ゆっ
 
 
うがいな正しさを その顔に塗るつもりなら私にも 映らずに済む〜♪
 
 
燃えさかる祈りの家に 残されたあの憂鬱を 助けたりせずにすむ〜♪
 
 
小さな腫瘍は脈を速め 荒々しい愛の指揮が私の 旋律を 辱める
 
 
焼け野原には 選択のカードが 散らばる
 
 
それでも、貴方の魔神玉はケースの中に?
 
 
 
鬼束ちひろの「Castle・imitation」を歌いながら
 
 
真希波・マリ・イラストリアスはほくほく顔で帰路についていた。
歌詞を一部変更しているのはそのせいだった。
 
 
機体のテスト半分、任務半分でやってきた島国の片隅でなんとも思いがけぬ拾いものをしてしまったのだ。海賊の秘宝、などというちんけな代物ではない。
 
 
業界注目の”魔神玉”だ。
 
 
別にMajin-Damaなる名称が公的についているわけではないが、的を得た名前だと思う。日本語的には、当を得る、と、的を射る、とのごたまぜハイブリッドであるあたりも。
 
 
さて、これをどうすべきか
 
 
幸運とはいえ、宝くじが当たったのとはワケが違う。銀行での当選金への受け渡し、のような正当かつ安全な対応方法などない。取り扱いによっちゃあ身の破滅につながりかねないような・・・・・
 
 
「うへへへ」
 
 
それでも、真希波・マリ・イラストリアスは、笑う。楽しい。嬉しい。
舌なめずりする。別に誰に見られる心配もない環境であるから、それはいいだろう。
 
 
ここは、エントリープラグ。”任務”の性質上、モニタリングも切断されている。
 
 
「アスカたちも帰らされたし、こっちもそろそろ・・・・・・うひひひ」
 
と、その時、唯一開放されている任務変更コードが届いた。
 
 
「はあっ?まだ働けっての?」
 
変更、ということはそういうことで、まさか仕事の労いなどではありえない。
いいこととわるいこと、人生、皮肉だけどバランスとれてんのかなあ・・・
 
 
「まったく人使いが荒い・・・・・・いやさ、獣使いか。猛獣使いって言うと、サーカスになってしまってなにか違う気もする・・・・・ま、そりゃどうでもいいか」
 
 
ヘッドセットから直接流れ込む変更指令に首を傾ける。耳ではなく。
 
 
「ふーん・・・・・パイロットのテストもやるんですか。”ついでに”?」
 
 
眼鏡の奥の目が鋭くなる。どうしても鋭くなる。一部の大人に、真希波、ではなく、”魔ノ牙”呼ばわりされる一因だろうと思うが、直しようもない。
 
 
「あの子は裏コードに特化されてるから、勝手の違うエリアでのいきなりの実戦は・・・本人はともかく、周りが・・・実戦データの収集ならこのまま私が・・・・・・・・」
 
 
機体の専有をしたいわけではない。エヴァなんぞ働いてくれさえすれば、なんでもいい。
ただ、人間だけは、そうはいかない。「獣飼い」呼ばわりされる自分たちだろうが。
 
 
その、異形。
 
 
自分たちは通常のパイロットたちとは違い、血筋正しい人形使いではない。
巨人としてのさまざまな可能性を閉ざし潰し、ただ巨大な敵を狩るために。
輝かしい夢や憧れなどとは無縁の。正義だの防衛だの理念すら繋がらない。
膨れあがった闘争本能。生存競争における加速装置。
 
 
今、海中を高速でジグザグ進むこの姿を目視できる者がいれば、なんというか。
 
 
海獣
 
 
おそらく、そのように呼ばれるだろう。海洋を支配する神の偉容とはほど遠い。
 
シンクロしているこの当人であるところの自分が、サメとかシャチとかのイメージであるから、そうに違いない。神は神でもタコイカ系クトゥルー神話はかんべんしてほしいしなあ。ワニ系のリヴァイアサン、てのもまた違うけど。
 
 
後弐号機を完全に気取られずに追跡していた。その気になれば、撃沈可能。そんな可能性すらアタマにない獲物を狩るのだ。なんのわけも、ない。
 
 
ゆえに、ハードルをあげられた、わけでもないだろうが。
そこに挑むのが自分であれば、まだ。今回のテストだけで裏コード大成功!とか信じ切られてもなあ、と。大人というのはそこまで単純なのか。そうでもなかろう、と思いたい。
 
 
おそらく、どこかでもっともっと悪知恵の働く誰かが。
てめえの都合最優先で働いた結果だろう。
 
 
痛い目を見るのは果たして誰か?心の痛みが肉の傷を凌駕するケースもないではないが。
 
 
これは、魔神玉の祟りではあるまいか・・・・・?
 
 
 
「ま、それもないか」
 
 
そんなものは信じない。どちらにせよ、代用の仮設号機も渡さず弐号機を取り上げたのだから、戦場に戦力が足りない。いや、いつも戦場に戦力は不足して、満足することはないのだろうけど。ちょうど、現地に獣飼いの一人がいるのだから、そこまで機体を運ぶことは必要で、大事なことだ。そうなのだろう。
 
 
 
武装要塞都市・第三新東京市
 
 
そこには、エヴァ零号機と、エヴァ参号機と、エヴァ八号機が配備されている。
 
それぞれ、「まとも」ではない、と伝え聞く。「面白そうだなア・・・・」
 
 
牙が。敵肉を穿つ原初の輝きを。
 
 
今回は共闘できそうもない。・・・・まあ、この先、決闘することになるかもしれないが。
なにせ因果な業界のこと。使徒殲滅業界から福音相殺業界へのシフトチェンジを気の早い目の速い者たちは考えている。前世紀に逆戻り、ともいえるが。
 
 
真希波・マリ・イラストリアスと掟破りの裏コードを組み込まれたエヴァ弐号機は指令に従い、進路を変更、Uターンした。
 
 
「しかし、この魔神玉くんをどうするかなあ・・・・そこらの小島に隠しておくか・・・・かといって、盗まれてもなんだしなあ・・・・・」
 
 
拾いものの処遇を考えながら。
 
 
 

 
 
 
「君の弟妹たちは、そこにいる。特殊な場所だが、進入方法は・・・・」
 
 
シオヒトの通信端末から、求めていた情報を伝えたのは、ネルフ副司令、冬月コウゾウだった。形式的には部下の立場であるが、個人的にも心情的にもなんら斟酌するところはない。業界内で蠢く妖怪の中の一体くらいの認識しかない。信用など出来るはずもないが。
向こうにしても、こちらはシオヒト付きの専用手駒、くらいに考えているはずだろう。
 
 
この、火織ナギサは。
 
 
ただ、だからこそ、この状況で、自分にそのような言葉をかけてくることは、ありえない。
 
 
渚カヲルではない。
 
 
 
「救いたまえ」
 
 
と、言った。救いたければ救えばよい、といった謎日和見もなく。峻厳と。命じてきた。
迷わないわけがないが、この声の冷厳が、すぐに意識を切り替えさせた。行動の時だと。
 
 
シオヒトについてなんの事情説明もなく、こちらの処遇についても説明はない。
ただ、求めていたそれだけを、成せ、と。妖怪には相応しくない明解さで。
しかしながら、異形の命令ではある。身中の不安定要素を排除するにしてももう少し賢人の方法があるだろうに。
 
 
だが、構わない。
 
それが小賢しい嘘であろうと。天秤にのせられるほどのことではない。
代用品に救う義理などない。この都市が使徒に滅ぼされようと。興味も、ない。
オリジナルが何を重要に思っていたのか、それすら引き継がれず。
 
 
 
飛翔した。
 
目的地に向けて、飛んだ。
 
拘束されていた鎖を千切る感覚もない。
 
高揚感のひとつもないのは、シオヒトの死体を確認していないせいか。
 
元来は舞台にあがるはずもないあのふたりの無惨な舞踏を想ったせいか。
 
 
使徒の飛行能力を模倣した常識外の加速を捕らえられる者などない。
 
それゆえに感知していた。
 
使徒の降臨を。それも3方向より尋常でない神話の匂い。レベルオーバーの威光線量。
 
日常と非日常の境界が軋む音。その境を己が聞き分けられたことの不思議を思う。
 
 
現在保有戦力でどうにもならない。マギに計算させずとも容易に結論できる。
それでさらにこの八号機と己が抜け飛んでいるのだ。誰が勝利を約束できる?
 
 
愚者しか。
 
 
苦痛を耐えた人の心油で灯した光で、空を覆う天使の光を打ち消せるか
 
 
飛翔の中で人光を探す。それを祈りだということを、オルタの身は知らない。
 
 
オリジナルの示唆や啓示など気配も感じない。指し示すくらいのことはしてくれてもバチはあたらんだろ、と思うが。向こうにしてみれば不完全なコピーなど怖気しかないのかもしらん。
 
まあ、このタイミングで出現されても、オカルトすぎるしなあ・・・・・
 
 
救うことも、正しいことなのか
 
 
サギナ(タイプ上弦 サードバックアップ)
 
 
迷いではない。これしかないのだから。
 
 
カナギ(タイプ伏待 セカンドバックアップ)
 
 
シオヒトにすっかり洗脳されきって、こちらを「敵」だと認識されるかもしれない。
救って、そのあとどうするか、というヴィジョンもない。あるわけがない。
 
 
だが、それでも無関係になることはできない。見捨てて、知らぬものだと頭をリセットすることは、できない。
 
 
それは、それだけはオリジナルが唯一持ち得ないモチベーション。
 
 
目的領域に近づいた。後戻りは出来ない。シオヒトの道連れにされている可能性も高い。
 
それでも。行く。
 
救いを待たれているという確信もない。それなりにオリジナルが守護してきた都市を見捨てて背を向けて。自分は飛んできた。ははは、愚者はこちらかもしれない。
 
 
教えられた通り、近い海域で船首に刃を装備している奇妙な船を捕まえて、刃部分だけ頂く。あとは用がないので放す。かかった時間は一秒もない。隠れ里の竜がいればそれは最悪の敵対行為と見なされ、襲撃されただろうが、今はその守護役もいない。
 
 
刃、孫六殲滅刀の破片が焼き込まれたそれが、竜尾道に至るカギ。
 
 
結界を開く。
 
 
使徒にも開けない割りには、案外簡単なものだ、と火織ナギサがその中途半端を笑おうとしたところで、望遠の視界に「それ」が入ってきた。
 
 
 
妊婦のようであり
 
船のようであり
 
工場のようであり
 
望まぬ役目に疲労しきった女神のようであり
 
 
尽きぬ怨嗟を紡ぐことしか見えていない濁りきった一個の眼球のようでもある
 
 
見たことのないタイプのエヴァが、海上で人間を握りつぶそうとしている。
 
 
結界の内部に入ってしまえば、八号機の「目」をはじめとした探知能力はこの地海域の全てを把握した。拍子抜けするほどの防壁の無さだといっていい。時代遅れ。一言で表現するならば。使徒ではなく人間を相手にしているらしい、あのエヴァのことも無論。全て。
 
 
福音丸とかいう理解不能センスでここでは呼ばれていたらしい、マザーマシン用エヴァ。
 
正確には中枢パーツを製造するマザーマシンとしての、エヴァ。むろん、戦闘用ではない。
腕部が何本か破損しているが、誰がやったのか・・・・・
 
 
なんでもいいが、その中に、サギナとカナギが、いる。二系統のダブルオペレーション、いや、製造管理機能と通常運行機能を別割りにして、適格者としてそこそこの才質をもった者たちを五人、入れ込んでいるようだ。また、才もないがただ中枢のサギナとカナギの負担軽減のためなのかどうか。まあ、設計者に確認するまでもない。
 
 
ATフィールド発動。
 
 
双方向化。代用品であろうとそれくらいは容易い。
 
ボクシング・ゲヘナが疼く。が。
 
こればかりは、使徒の模倣能力を使うべきではない。
 
人の手、人の血のような、渚の光で。
 
 
最大限まで展開する。
同時に、限界まで緻密度を。これは、ただの切れる刃物ではなく。
精密な触手でもある。切断しながら高速で作業するようにプログラムを焼き付ける。
 
 
そんなわけで、ただ怪獣を切断して終わり、とかいう特撮ヒーローの必殺技とはひと味もふた味も違うわけである。日向マコトがこの場にいないから、その旨の解説もいらないが。
 
 
 
深紅の光輪を放った。
 
 
問答無用だが、のんきに再会会話などしていたら掴まれている人間が潰されてしまう。
いまさら人命救助が目的というわけでもないが・・・・。
 
「救え」と命令はされたが。この狙ったようなタイミングをなんと呼ぶのか。
 
この機体でシオヒトが何を企んでいたのか・・・・・八号機よりはその構想の中枢に近かったのは確かで。
 
 
赤光一閃
 
 
それだけで分解された。
 
 
母機殺し。
 
 
おそらくは大罪なのだろうが、知ったことではなかった。
 
 
 

 
 
 
 
直角ドリフトであった。
 
 
「うひょひょ、これはいかん」
「そうそう、これはいかんわいな」
 
 
船というものは後退はもちろん、すぐさま曲がれるシロモノではない。
大量の人間が乗る巨船になればなるほど。おいそれと進路変更できるものではない。
なんにせよ、舵取りというものはそういうものであろう。
 
 
「へルタースケルターが・・・無事で・・・・よかった・・・・ほんとに・・・」
「だから泣くなよ!?泣くよりほか考えることがあるだろーが!自覚しろベソ子が」
 
 
が、直角ドリフトである。
 
 
福音丸が光線一閃で分解された光景を目のあたりにして、今の今まで碇ゲンドウとやり取りしていた竜尾道観光協会の面々は、すぐさま路線変更、その唐突さはまさに直角ドリフトであった。では、それはそもそも船ではないのだ、ということにもなろうが。
 
「福音丸が見事、バラバラになってしもうたわいな。ウメの奴までバラバラにされておらんとええが」
「目にみえねえでかいミキサーをすっぽりカブせられたような鮮やかさだ。が、死んじゃいねえんだろうな。揺れのひとつもないところからすりゃ。大した腕だ」
「・・・・よりによってやったのはセイバールーツの子飼い、か。こりゃ後引きそうだ」
 
 
これもシナリオのうち、などと余裕をかませる状況ではないが、いかにもそのような顔をするのも大事な碇ゲンドウであった。もちろん、実践実行している。
 
フフフ、想定通り。全てこちらの手の内なのだ。みたいな。
 
実のところ、タイミングはかなり遅めの狂い咲き、といったところ。
百中、九十七くらいは、右眼は潰されていたはず。やはり司令職を離れて鈍っていたのか。楽観が過ぎた。反省する余裕もないが。時計の針を進めていかねばならない現状では。
 
 
「とはいえ、左眼が戻らぬ状況では、こちらもどうしてよいのやら」
「そうそう、わからぬわい。とうの昔に始末された可能性もあるしの。うひょひょ」
 
車と同じで急に止まることはできない。
実は止まろうと思えば止まらないこともないが。
進むしかないのだ、と思えるから進めるのだ。止まれることを知れば。
 
 
「戻ってはくるでしょう。・・・・・あちらでも、そのように動いている」
 
実際のところ、どうなのかは分からない。冬月先生に一任している。こっちの意向を全て汲んでくれるとは思うが、先生とても神ではない。いや、格下に捕まったことなども考えるとだいぶお疲れのようではある。だが、他にいない。他に誰もいない。冬月コウゾウ実務能力分析の第一人者であるこの自分がいうのだから間違いない。
 
 
「碇ゲンドウ、あんたほどのお人がいうんじゃからそうなんじゃろ」
「けれど、これは・・・・・ヘルタースケルターには、最後の負担・・・・やりなおしが、きかない・・・・・どれほど・・・・後悔しても・・・」
「左眼の性格なら分かってる。おそらく、つまんねえ選択をするだろうよ。あれはああいうカタブツだ。・・・・だったら最初からやらなきゃいいんだ」
「無責任に・・・・・・けしかけるのは・・・・簡単だけど・・・・」
「ンだと!!?このミズ女!冷静と消沈をとりちがえてんじゃねーぞ!!泣け!!」
「・・・・わん。これで・・・いいの?」
 
 
青筋を浮かべることもない。こちらの求めるものを向こうが持っている間は。
しかも、水上左眼に対する信用度でいえば、彼らとそう大してかわらないのだ。
ユイがあの娘に無茶な期待をかければかけるほど、それとは逆の流れになるのではないか。
認めれば認めるほどに、近くに。そばにいたくなる。その影を追うように。
道理として、そうなる。自分の内部だけの算盤を弾くならば、そう確信する。
 
 
無駄な仕事。いや、趣味の領域といっていい。やりたくもないのにやっているあたり、
義務感にすぎないのか。さりとて、最優先にやるべきことをおいて、ここに留まっているというのは・・・・・
 
 
相当、錆びてしまっているのだろう。古い海風を浴びすぎた。
旧い街を歩きすぎた。とうの昔に失われたものたちと交わりすぎた。
 
 
目の色は隠すようにしている。が、わずかに窓をあけたような惑いがあった。
わずかな隙間から細い記憶の煙が、漏れ流れるように
もう残滓だけが
 
 
ゴトン
 
 
目の前に、ずいぶんとぼろいアタッシュケースが
 
 
運ばれてきた気配も感じない。・・・・もしや、自分は居眠りしていたのか。
錯覚にも似た唐突。フィルムをむりやり繋げたような。先生のことを言えないな。
 
もしかしたら、意識しないうちにたいそうな弁舌をふるっていたのかもしれない。
 
 
目的はこのケースの中身。鍵を解かれ、開かれた。中には
 
 
一本の鍵
 
 
正確には、菱形の青い宝石から、うねうねと蠢く七本の青鎖にそれぞれ鍵が繋がっている、というシロモノだが。このワンセットでグランドマスターとなる。
 
 
「お求めの、”ネモのカギ”、よ。うひょひょひょ」
「そうそう。カモがネギ、じゃないネモのカギ」
「これを保管しておったがゆえに、わしらは観光協会なんぞと呼ばれておった。まあ、確かに他に呼びようがないわいな。わしらのような集まりは」
 
 
これを用いて最後の準備をしなければならない。
仕事でもなく趣味でもなく義務でもなく、これは・・・・
 
 
「こうやって見つかったのに八つ裂きにされんのがおかしいくらい恨まれておるのは分かっておるから、それでチャラにしようかの」
「それで足りねば、いかした帽子もつけるが。うひょひょひょ」
「しかし、ほんとうに間に合うのか?左眼が戻らねばなんの意味もないぞそれは」
 
 
返答はせず、鍵だけ手にした碇ゲンドウ。
前に進むしかない。知る者が昔日の扉を開いておかねば、続く者は先にも進めない。
 
 
幼子を守るための立ち入り禁止の扉であろうが。
 
その先に全てを奪う番人が手ぐすね引いて待っていようが。
 
 
仕事であるならもはや撤退しかないような道行きだが
 
 
妬ましささえ手の届かない、時間は確かに流れていた
 
 
影の囁きももう置き去りにしたところでもある。・・・・・・しかし。
 
 
八号機とそのパイロットをどうしたものか・・・・・・これはかなりの難問だった。
元司令の言うことなど素直に聞くタマでもあるまい。オリジナルの少年もそうだったが。
 
 
”冬月(わたし)に代わって任せたぞ、碇・・・・フフフ”
ウインターフルムーン。冬月先生のものすごく満足した会心の笑顔が浮かんで、消えた。
 
 

 
 
 
己の力がどこへ向かおうと
 
 
戦は、戦か
 
 
エヴァ参号機は久しく抱かなかった「本来の適格者」の蒼白い幽鬼めいた思念を、あっさり割り切って体現しようとしていた。最近乗せていた二人の子供とは、完全に異なるその魂。人類を守護するどころか、使徒など目もくれずに、人間を殺戮するための復讐装置。
人を傷つけるため、何よりもそれを最優先で行うヒトガタ。微塵の誤差もなく正確に鋳造された兵器のカタチ。
 
 
この機会を臥薪嘗胆虎視眈々と狙っていたのだろう。
 
 
同族を殺すなら、同族の補佐は受けられなくなる。当然の道理である。
現地調達として奪えばいいが、限度というものもある。殺戮終了までの稼働時間を計算し、それに必要な気力を貯蔵していく。当然のことながら、電力の使用は最小限、究極レベルの節電である。四肢の慎重短縮を含めた体幹の連動を最大限にして無駄をおさえる。肉体の内部に高密度の肉粘土を生成しそこにもモーメントを溜め込む。ギリギリギリと内臓筋肉の多重バネを気功で巻き上げ瞬発力を保管しておく。弾薬庫のように。戦闘準備は。
筋肉を一時的に増強させる薬液、生体装甲を一時強化させる薬液、神経伝達速度を・・・
パイロットの汚染を考えれば、こんな真似はとても出来たモノではないが・・・・・
己の血肉を知り尽くしたゆえの歩く化学工場。生きた薬釜。化け人形。
普通の人間は、そこまで己のハラワタを、管理できない。変化できない。直視すら。
 
その他、やるべきことはいくらでもある。とれる手段はいくらでもある。
もとより見守る大観衆の前で戦う剣闘士ではなく、暗殺者のように動いてきた。
 
 
 
エヴァ参号機封印指定操縦者「黒羅羅・禁青」
 
封印解除条件は同「黒羅羅・朱夕」との2類組運用のみ。
 
 
 
長期間、土中に埋まっていたせいか、朱夕、朱夕酔提督としての人格はほどんど消えかかってしまっている。禁青が時間をかけて毒殺したのかもしれない。酔わせることでひとときでも忘れさせようとする、もうひとりの己を。
 
 
本来であれば、いかなる毒をも円環浄化する、まさしく救いの巨神になるはずだった。
エヴァ参号機だけはそのことを知っている。到達出来なかった可能性を。絶えた道を。
 
 
蒼白い魂が、じっと凝視しているのを、参号機は感じる。深く無音で浸透する魂。
 
 
最近乗せていた子供たちとのその魂の重さの違いに、重心の狂いが生じるほどに。
そこを修正するのが、唯一、苦労だった。あとは、馴染んでいる。本来の、乗り手であるのだから当然のことだが。力の流れは、この苦しいほどに重たい魂の持ち主にある。
全てにおいて、ケタが違う。格闘戦最強の看板はこの重量ゆえ。
 
それが、動こうと、活動しようと、己のやるべきことをしようとしている。
 
 
・・・・その間、でく人形のように動きが取れなくなるが、どうということはない。
 
 
機体を管理すべき本部の人間たちは、理解できていない。今、この参号機に「誰が」乗っているのか。「何が」込められているのか、を。理解できていれば、この最大の隙を見逃すはずもない。
 
 
同族殺しを「解禁」された巨人が、どれほどの脅威であるのか。想像できぬはずがない。
その力を間近で見続けてきた者たちが。暴走と呼ぶのか、発狂と呼ぶのか。
 
 
使徒など眼中にもなくこれからはじまる大量虐殺について
未来を予見できる者がいるなら、それはバラバラにしてでもそれを止めんとしただろう。
復活蘇生などなおさら。
 
 
うーむ、これはもう逃げたまえよ、君たち。
と、参号機もできることなら紳士的にそう忠告してやりたかった。出来ないけど。
 
 
口はあるけど、この口はそのようなことのためにあるわけでは、ない。
 
 
咆吼した。北へ 上方へ 老へ 
咆吼する。東へ 左方へ 若へ 
咆吼した。西へ 右方へ 男へ 
咆吼する。南へ 下方へ 女へ 
 
 
このためにある。溢した杯に何を注ぐべきだったのか、問うているなどと。知るまい。
我と我が身と我らの害意と殺意を示すために。天上天下にこの独毒心、隠すものなどない。
血の大河を飲み干せば、この身が聖杯に成り代わるというのなら。
 
 
戦は、戦か
 
 
何を得られるというわけでもない使徒どもとの戦いよりは建設的であるのかもしれぬ。
 
 
 
思えば・・・・・・・・使徒とは・・・・・・・・・宇〜無・・・・
 
 
 
などと感慨にちょっと耽っていたら、いきなり首めがけて斬撃がきた。
 
 
かわすのと、その突進攻撃を発したのが、エヴァ零号機であるのを認識するのはほぼ同時。
宇ー無、危ないところであった。ちとノンビリ充力しすぎたようだ。そういえば、こうして野生動物並みの危機意識を持った人間もいたのであった。振ったプログナイフに躊躇は全くなし。
 
 
見事だ、と言いたいのは、その意識の速度だけで、ほかはお粗末極まる。
いちいち突っかかってこずに、銃器でドカンとやればよかったのだ。それしかない。
本気で停める気であるならば。虎児の小僧の時の動きを参考にしているならそれは
 
 
 
あまりに
 
 
なめすぎている
 
 
なめかえすかわりに、その一つ目頭部を
 
 
喰い千切って
 
 
やろうと
 
 
”首を、のばす”・・・・・まあ、こんな芸当は、あの虎児小僧にはできんわな。死ぬし。
 
 
腕部や手拳、足蹴での速度と遜色ない、むしろ、予想外の相手の対反応の遅れを計算すれば、それらより遙かに”速い”。格闘戦に長けていれば頭突きくらいは警戒するだろうが、それが伸びてくる、とは、人間の、パイロットの、発想の外にある。ロケットパンチ程度なら一部の人間は発想反射できるかもしれないが、ロケット噛みつきはムリだろう。
 
 
そんなわけで、二本足なので美味なのかどうか、エヴァ零号機のあたま、いただきまう
 
 
がちんっっ☆
 
 
びょーん
 
星が散るくらいの派手な噛み合わせ。信じられないが、かわされた。まうすが、外れた。
 
ナイフをかわされた態勢から、反射、速度ともに不自然極まるバックステップ。
びょーん、とかいう擬音もしていた。シリアスな格闘戦で発生していい音ではない。
完全に喰ったタイミングであったはずだが。ケダモノめいた、危機回避。いやさ、今のはそれ以上。零号機本体ではなく、それに取り憑くとてもずる賢い寄生生物が強制キャンセル、バックコマンドをかましたかのような反則速度。
 
 
よく見れば、エヴァ零号機は通常の形体ではなく。左足部分が、赤く、それも脚部のフォルムをしていなかった。できそこないの義手、義足ではなく、義手だ、冗談のように接続されているその、異形のパーツが。本体を、零号機を、救った。
 
 
この予備動作なし、予測するのはちと厄介そうな反射反応速度を勘定に入れたうえでの先制攻撃であったのか・・・・だとしたら、なかなかやるものだ。気を読もうとしても、あっさり流される。一対二であるのは今の攻防で知れたが、それすら誤魔化そうと、シラを切ろうとするのにも似て。
 
 
なかなか面白い・・・・・・
 
相手にとって不足なし
 
 
こうなれば、目の前の我らを放置して使徒に立ちむかう、という選択もなかろう。
人殺戦闘兵器としてのサガを全うしたくて仕方がない。これは、自然の流れだ。
連中は正確な都市の守護者なのだから。先の咆吼を聞けば、もはや理屈は不要のはず。
矛と盾、一が双を構えるのではなくそれが二つの立場に別れ、対峙するなら。
矛盾の理だ。矛は誰を襲おうと自由だが、盾は守護すべきものを守護するしかない。
 
 
なのだが・・・・・
 
 
それからエヴァ零号機は予想外の行動に出た。
 
 
口があるものだから、思わず
 
 
アイヤー!?
 
とか言ってしまうところだた。いや、だった。
 
 

 
 
 
シェルターへ向かう途中の通信で、”それ”は告げられた。
 
 
「・・・・・ここまで、か」
 
 
それは、予感でもあり事実でもある。必要なくなった通信端末を車椅子のポケットに差し込む。それだけでブクブクと溶解が始まる。証拠隠滅。第三新東京市での任務の終了。そして、帰還命令前の新たなオーダー。
 
 
「それなりに楽しめたが・・・・やはり、目立ってしまうな」
 
 
長い藍色の髪が揺れた。立ち上がらずに、身を投げるようにして、車椅子から離れる。
普通の人間がこんなことをすれば顔面で床を叩いただろうが、その前に両手で支える。
とっさの反応ではなく、”四つん這い”、流麗に靡く藍髪と相まってそれが自然の形であると、認めざるを得ぬような、滑らかさとしなやかさ。そして、力感。馴染まぬ動き特有の危うさなど微塵も。檻から出る聖獣めいた。その所作はある意味、美しくさえあったが。
 
 
「あること」の代償のため。
 
人間が二本の足で歩く平衡感覚と、引き替えにしたものであると
すれば。
 
 
「どう感じるだろうな・・・・・パイロットの諸君は」
 
本当に答えを求めているわけでもない。どうもこうも獣以外の何者でもない。
そして、獣は足が速い。遅ければ生きていけないから。車椅子ではとても間に合わない。
 
 
駆けた。あっけにとられている人の流れに逆らうが、所詮向かう先が違うのだ。
 
 
真希波がどこに「到着」させるのか・・・・、瞬発力と攻撃力はピカイチだが、なにせ大ざっぱときている。あらゆる困難を噛み砕く実力をもってはいるけれど。
その方法もおそらく、大人しく指示に従ったものではないだろう。
 
どこで合流すればいいのか。もはや嗅覚の世界。
 
けれど、同じ「獣飼い」。さしたる苦労は感じない。エヴァ弐号機には必ず搭乗する。
裏だの表だの言い合うつもりもないが・・・・・・それが闘争であるのなら。
 
強い方が、勝つ、のかは分からないが。
破れた方は、喰われる、のは間違いない。
 
闘争を、開始しよう。嘆くつもりは毛頭ないが、それに主眼を置かれたエヴァが、自分たちのものだ、ということに決められたのなら。
 
この唐突な開始命令にどうしようもなく凶な臭気を感じても。
 
 
「・・・・・・・・獣のカンは当たるのだから」
 
 
帰ってこれない、そんな予感に
 
恐怖を感じなくなったなら もう生き物として終わりであろうと
 
 
「とはいえ、狩りは休めない」