黒い羽が舞う
 
 
黒い羽が舞う
 
 
黒い羽が舞う
 
 
ホ・バエルがその檻の身を意図せず震わせたため、その内に封じている「けっして人の世に出すべきではない禁鳥群」、その羽が、隙間から漏れたのだ。
 
 
現地制圧兵器としては、あまりに便利なシロモノであったが、その後が「収拾つかなくなるため」に、その使用を厳重に制限、ほぼ禁じ手とされている、首のない黒い鳥。
 
 
異名は数多いが、正式名称というものがない。凶鳥というのも地獄鳥というのも堕天鳥というのも、その習性を表すにはまだ生やさしかったからだ。
 
 
大使徒(VΛV)リエルがことのほか、”それ”の使用を嫌ったために、やりようによっては交渉、もしくは脅迫の手段になり得た。こちらのいうことを聞いてくれないと、こいつらを解き放っちゃうんだもんね、という。東海林さだお先生風に言ってもぜんぜんシャレになっていない、えげつない毒マムシの脅しあげであった。
 
 
かといって、実際に使用する気は御大ジブエリルも<ハ>ミズノミドリエルもなかった。
 
こういうものは、使わないけど、「使うぞ!使っちゃうぞ?何が起こるかわかってるんでしょうな」とチラつかせることが重要で、それによって相手に言うこと聞いてもらうことこそが目的であり、実際にやってしまうのは愚の骨頂、完全な失敗といえた。
 
 
その点、大使徒たる上司、(VΛV)リエルのことを信用はしていた。
 
絶対間違いはなかろうと。おそろしくはあっても、慈愛の御方であることは確かであり。
ホ・バエルが、「鳥を放つ前」には、戻ってくれるだろうと。構えていたのだ。
 
 
 
ジブエリルと、<ハ>ミズノミドリエルは、そのように考えていたのだ。
 
 
が、ホ・バエルは別の考えをもっていた。ちょっとくらいなら、いいではないか、と。
 
こんなところまで出張させられて、「秘密兵器」のままで終わるのも面白くはない、と。
収拾つかなくなったものを、収拾つかせるのがどれほど大変か分からぬわけでもなかったが、それは己の使命になかった。御大かハッピーがやるだろう、と。
嘲笑しながら見物するのも、また一興、くらいに考えていた。
 
 
己の絶対兵器ぶりを認識するがゆえの傲慢。こうなると使徒というより悪魔に近い。
使命以外の余計なことを考えて、なおかつそれを実行してみたくて、たまらない。
実のところ、その機会をずっと狙っていたのだった。
降臨使徒として、虚ろ鎧どもと一戦交えてみたい、とかいう根性ではなかった。
それはそれで、人類的には迷惑な話であったが。
 
 
しかし、その好機は邪魔され潰された。
 
 
あの青銅色の虚ろ鎧によって。
 
 
問答無用に強力かつ無慈悲に広域であるが、細やかなコントロールの利かない能力なのである。あれを避けて、その足下にいる人間たちに効かしてやったらさぞ収拾つかないことになっただろうが、上手くいかなかった。邪魔だった。非常に邪魔だった。まさしく邪な魔物であった。使徒観点からしても滅ぼすべきだったが・・・・・・手が出せない。
 
あれは、強い。
 
御大かハッピーにどうにかしてもらうべきところが・・・・それも出来ず。歯痒かった。
 
 
”分かってやっている”のか・・・・・それとも単に、”狂っているのか・・・・・あの”バルディエルのように
 
 
疑問は、不気味の笑みで応じられた。ニタァと。理解不能の混乱をもたらす・・・・渾沌笑とでもいえばいいのか・・・・しかも、それが近づいてくる!
 
 
「敵意」と、「害意」と、「好意」と、「馴れ馴れしさ」と・・・・・完全均等な四分割の、生物としてあり得ない匂いを纏いながら
 
 
この、行動は何であるのか・・・・・
 
 
議定心臓を砕かれた上の、完全消滅を瞬時に予測させた。容易に。容易に。容易に。
 
 
適切な対応策をとるべきであった。速やかに。速やかに。速やかに。
 
 
だが、「こんなもの」にはどう対応すべきか。接近してくる。近寄ってくる。前か隣か。
 
 
鎧の中に満ちているのは、混じり合わぬ純粋の四極。もはや虚ろとは呼べないシロモノだ。
 
 
余裕とも気まぐれとも無気力ともとれる速度は、ジブエリルか<ハ>ミズノミドリエルに助けを求めれば、なんとか追いつくことも可能であっただろう。だが、出来なかった。
 
 
その前に、”羽”は漏れ出た。
 
 
使うつもりがまるでないわけでもなかったが、出てしまったというか・・・・
人類で言えば流され男の言い訳のようであるが、ホ・バエル的には偽らずにいえばそう。
人類の肉体のように膀胱はないから、水分関連のそういうこともない。
そんなつもりではなかったのに、雰囲気がそんな感じだったのでつい・・・・みたいな。
 
 
不幸不吉のシンボルと決まったわけでも、毒でも武装でも、ましてや科学忍法でもないのだが。ただ、”収拾がつかなくなる”、禁じられた鳥の羽。過粒子砲をぶち込もうがパイルバンカーを叩き込もうが生体爆弾となって降っても許認可されてきた。
 
 
それはそれでこの世の収拾がつくからである。
 
しかし、これは禁じられた。大使徒(VΛV)リエルも嫌った。
 
 
それらが、大量に・・・・
 
 
ゆるやかな風、プラス、羽の供給元であるところの首なし鳥(いうまでもないだろうが、一羽残らず性格はものすごく悪い)の強烈なアオギにより、
 
 
第三新東京市に向けて・・・・・・・撒き散らかされた。ぶわあっと。
 
 
「「!!!」」
 
鼻先にちらつかせるだけでよかったのだ。本当に使ってしまったら、交渉も何もない。帰還の確約のないままこんなことやらかしてへそを曲げてしまわれた日にはたまったものではない。やってくれた・・・・ようやく喪失感から立ち直った御大ジブエリルは激怒しかったが、てめえも思わぬトコロでつっかかってしまって仕事をしたとは言い難い状態であるので、グッと我慢し激怒れなかった。が、目下の若いモンのしくじりの面倒も見ねばなるまいよ、と、収拾がつかなくなる前に”羽”を回収すべく、千尋千たるその力を発揮しようとしたところで
 
 

 
 
 
 
くちゅくちゅくちゅ、と
 
 
丸イスに座らされ、うがいをさせてもらう綾波レイ。「はい、ここに吐いて。・・・・・んー、口の中切ったりはしてない、か。なにせ派手にやられてるからなー・・・・しかも、一方的」
 
 
まるでセコンドに面倒みてもらっているインターバル中のボクサーのよう。
 
 
「・・・・・・・」
 
 
返す言葉はない。沈黙というマウスピースを含んだ、とかいう表現をしなくても。もう少し近寄れば、キン、キンと音がしそうなほどに灼熱しきっている頭と心を、自己冷却するのに忙しいらしい。水容器を片付ける綾波コナミから見ると、ガラス細工の工房のようである。あぢい。こりゃ戦術だの戦略だのが理解できる状態では、ない。
 
言の葉など触れたとたんに焦げ消える。
 
というか、人体がここまで白熱するオーラを放てるものだと始めて知った。なんだこの発熱源は。この赤い瞳もやはり本家直系だと抵抗値が違ったりするのか。
 
 
「少しは、やり返してやったらどう?・・・ですか。後継者ともあろうお人が」
 
こうして、休憩時間という名の途中止めを提案できた(認めたのはなぜか居闇のおじさん・・・微妙なコネだ)のは、党首孫娘のスズメバチ的特攻を見かねても自らは動けないトアに頼まれたせいもあるが、自分がこの後継者と精神距離が遠いせいであろう、と綾波コナミは思う。冷静というよりは、白けに近い。むろん、あの竜尾道での経験値もあるが。
 
・・・単純に、女子としてどうよ?というのもあった。
 
 
同じ綾波でも、女子、というくらいしか共通点がない自分が、こんな役をしていることを不思議に思っているのか、それともそんな余裕はないのか、うかがい知れない。冷たいタオルで顔を拭いても嫌がったりもせぬかわりに反応もないので、やばいこの女、と思う。
 
他にやる人間がいくらでもいるだろうが、あいにく許可出したのが、居闇さんときているから、そのような流れというか空気で、自分、この綾波コナミが相務めさせていただくことになっている・・・・・・・うーむ、めんどうな。誰か、変わって欲しいんですけど。
 
 
しかも、ここはリングじゃないから、別にインターバルは何分、とか決まってもいない。
のぼせ上がった後継者のお熱が冷めるか、再スタンバイが済めば勝手に終わって、また特攻を続けるだろう。目の色見れば分かる。それだけは同じ綾波であるから。その朱紅は。
 
 
・・・・・師匠ヅラするなら、居闇さんがなんかアドバイスしてやりゃいいのに・・・・
 
「なにが気に入らないざますか!口で言ってみるざます!」巨人の足に文句つけてるし。いや、野球の監督じゃないんだから。そんな抗議に次の判定に効果はないでしょ・・・
 
って、
 
別に居闇のおじさんも巨人に詳しいワケでもないもんね。ムリか。あたしと同じだ。
ほんのちょっとだけ、道ばたの石ころ程度に、時間稼ぎができる程度のことだし・・・・
 
 
 
目があった。
 
 
いつの間にか、こっちを見ていた。この赤い目を見れば、だいたいの事情は分かるだろうからいちいち自己紹介はしない。綾波のひとり、少女A。それでいいです。後継者の目からすれば。それでいいはず。なんかできることもなさそうだし。
 
 
「あなたは・・?」
 
「少女Aです」
聞かれると思わなかったから、ついナチュラルに言ってしまった。
 
「え?」
 
この地元で赤目で少女なら、みんな少女Aですがな!とかいうツッコミはない。
 
まあ、そんな余裕がないからこそ、こんな目にあっている・・・・イヤ、逆か。かな?もともと、その手の遊び心には縁のないタイプであったような。
 
 
「素人ついでに言わせていただくなら、もう少し攻め方を変えてもいいんじゃないですか。押してもダメなら引いてみる、とか。簡単にそうもいかないのかもしれませんけど」
 
「え?え?」
 
こっちの言葉が聞こえてはいるらしいが、脳内にたまっている熱量の分、染みとおるには時間がかかるのかもしれない。もし自分がセコンドなら、こんなドランカー状態ならもうタオル投げるなり試合中止にさせるけどなあ。無責任な感想くらいしかいえない。
 
 
・・・・というか、この状況に対して有益なアドバイスが出来る人間っているのか?
 
 
意味も分からず言葉も通じず、ひたすらダメ出し空気砲をくらっている相手に。
よく向かっていけるよ・・・あんな姿までさらしてまで・・・・恥ずいとかないの?
 
刹那であの技を習得する才能と言い、地元民の目があって引くに引けないという立場を考慮しても感心するしかない、やられてもやられても立ちむかう、知能ゼロと紙一重なあのド根性・・・・・なにが気にくわないのか・・・・・あの巨人は、というか、あの足は。
 
 
才に溺れるだけの器量なら、もうとっくに泣き出して止めているだろう。どちらかというと、後継者のアレは、根性ベースの、それに才覚が乗っている、という感じだ。そうとしか思えない無茶ぶりだし。この二物がそろってまだ足りないというのか・・・・
 
 
「よく見てるざますよ?こう、こうやってこうやるざます!簡単ざましょ?」
 
居闇のおじさんが一応、師匠の役を果たすつもりか、手本を見せてくる。よく巨人と話がついたなー、と思うが。威力は後継者が喰らっているより数倍強い感じだが、見事に捌いている。周辺の被害がちょっとアレですけど・・・。とにかく、技法的には、問題ないのか・・・・・・それとも、この居闇氏が実はミュータントかサイボーグとかで、肉体的ポテンシャルが足りないのか・・・・
 
 
単なるイジワルにしか、見えない・・・・・・・いや、巨人の思考はわかんないけど。
 
 
なんか深い意図とか、ありそうだし、あるんだろうけど。そこまで知らないけど。あるの?
 
 
本家直系が才長けるのは当然のことであるが、こんな根性を目の前で見せられた日には・・・・・・見守る綾波者たちの目の色も変わってきている・・・・攻撃色、つまりヤバ目。
同族の子供を守るのが綾波の本能である上に、本家の血筋をこうもゴロゴロとやられては。
 
 
相手が巨人であろうが、巨像であろうが・・・・・・いつまでも黙っている異能持ちどもではない。
 
 
「ワンダとパタポン」、いやさ、「パタポンと巨像」、と嘲笑われようが。やるだろう。
 
 
うわー、なんか人数集め始めているし。ナダ様あたりの抑えがないだけ、やばいかも。
この自分のセコンド的ポジションもこうなると、なんかやばい。プレッシャーが。
でもでも、わたし関係ないじゃん!やりたくてやってるわけでもないし!
 
このシジフォス賽の河原的状況に、活路を教えられる・・・・とても、己の任でも器でもない。「ひゃっ!」
 
手をふいに握られたから。へんな声が出てしまった。
 
つめたい手で、甲を包むように。
 
 
後継者に、そんなことされるとは思っても見なかった。「あ、ど、どうしました?水のお代わりとか?ですか」
 
 
「・・・なまえを、聞いていたのだけど・・・返事が、ないから」
 
 
意外なことを言ってくるので驚いた。・・・・・少しは、脳が冷えてきたのか。というか、気づかず、自分がガン無視していたのか。この距離で。うわー、絶対セコンドとかじゃない。イヤ、確かにこれ試合とかじゃないんだけど!・・・、と気を取り直して。
 
 
「コナミです。すみません、お返事が遅れました。あちらの、居闇カネタ氏と面識があったものですから、臨時にお手伝いをさせていただいております。慣れぬもので十分なサポートに至らぬコトお詫びします・・・・ツムリさんは不在ですが、治癒に長けた者に交代いたしましょうか。もしくは、もっと正確な助言の出来る年長者を・・・」
 
「ありがとう、コナミさん・・・・・・」
 
「へっ?」
 
礼は言ってもらったが、あまり人の話を聞いていないらしい。冷却も中途半端な状態で立ち上がってヨロヨロとファイティングポーズをとろうとするから、
 
「いやいやいやいや?!レイさま!?ちょっとお待ちを!!まだインターバルですから!休憩時間ですから!第2ラウンドのゴング鳴ってませんから!座って!お座りください!」
 
慌ててその両肩をもって半ば押さえつけるようにして座らせる!。どう見ても打開策を見つけて戦いを再開しようという人間の目ではない。スズメバチか猛牛の目だ。そして。
 
 
ぎろ
 
ものすごい目で睨まれた。さすがに異能一族綾波の直系本家。邪眼なんぞというレベルではない。個々人の運不運に影からちょっかいかける程度ではない、それは、万単位の人間の生き死にを映す目の色。映すことを誓った反射率。おそろしくはあるが、それ以上に。
 
腰がぬけるほどに、美しい・・・。やばい。トアを知らなかったら、完全にやられていた。
 
 
「むっ・・・」
 
腰をぬかしつつ、そんな目をした後継者を押さえ込めたのは、それほど後継者の足腰がヘロヘロだったからだった。意識はすさまじいほどにすごいのだろうが、体は、正直。
なにが「むっ・・・」だよ!!かわいいじゃないか!!いや、そうじゃなくて!
 
 
「さ、作戦を考えましょう!このままじゃ、また玉砕ですって!そうなれば、周りの見物客もだまってませんし!ここら一帯血の海火の海阿鼻叫喚の巷になりますよマジで!わ、私も考えますから作戦!レイさまもここはゆっくり体力回復しながら・・・・あー、このツナギみたいな戦闘服もちょっと脱いだ方がいいですね。こんなの着てるから熱が冷めないんですよ。レイさま、これどうやって脱がせるんです?・・・このスイッチかな?」
 
「だ!、だめ・・・」
 
連射トーク成功。処理速度以上の情報を放り込んでやるに限る。こっちも必死だけど。しっかし、あの物凄い目はどこへやら、ウブなネンネみたいなことを言ってくれちゃって。
口から出任せに近いけど、この戦闘服のままじゃ、頭の切り替えはできないでしょー。
よいではないかよいではないか、だめよだめよも好きの内・・・・・・って代官か。
 
 
「早く、早くいかないと・・・・・・!」
 
ああ、だめってそういうことか。・・・・こんな少女Aの細腕さえどーにかできんのに、あんな巨人をどうにかできるわきゃ、ないでしょーが、といいたい。いえないけど。
そんな切なそうな顔したって、ダメなモンはだめですって。敵うモノか・・・。
 
 
巨人に乗り込んで終わりって、わけでもないんだろうに。そこから先に、また。・・・・
 
・・いえた義理じゃないんだけど。あー、手に余る。だれかどうにかして。しろ。してよ。
 
 
「これ!こんな感じざます!この呼吸、いまのをバッチリモノにしとけばオッケーざます!わかったざますかー?」
 
居闇のおじさんは見本というか手本を見せてくれてるけど、こちとらどう違いがあるのかも分からない。「・・・・・」後継者当人の反応も鈍い。
 
 
考える、といったところで、素人がどうにか発想できるようなことなのかこれは。
 
 
巨人の方も、よくおじさんのリクエストに応えたものだけど・・・・そのウザさゆえ?
 
周囲の気配はますます戦闘色に。爆発までカウント開始、だ。なんせ党本部前、戦闘系の人材には事欠かないときてる。
 
 
「ん?」
 
 
・・・・今、なにか思いつきそうになった。なんだ、このとっかかり・・・・・。
 
 
・・・・・・だめだ、消えた。というか、沈んだ。なんの意味もない気もするけど。
逃した魚はでかく感じるっていうのになー。感じないからだめかなそれは。
 
 
「支えには、感謝、するけど・・・・・・・これ以上は」
 
 
・・・・ひえり
 
邪魔であり、妨害である、と。声が、告げる声がこちらの背中を凍結してくる。
 
やはり格が違う。生半可なことじゃ、止められない。もっと強力な言葉で貫き縫いつけてしまわないと。不死者の女王のごとく、往生際悪いやり方で攻め立てていくだろう。
けれど、そんなセリフのストックなどない。あるはずもない。接点すらもともとほぼない。
 
 
いっそ。
 
 
いい知恵が閃くまで、寝とけ!と思うけど、言えるはずもない。そんな義理もない。
勝手にさらせ、と。
 
 
 
「あの巨人には、魂があります・・・よね」
 
 
思ったのに、同意を求めた。同族でありながら、他人事で、けれど、近いカテゴリーの経験が、ある。自分は、それを知っている。その熱に伝導されることが少ないけれど。
 
 
言ってやれることなど、それくらいしかない。
 
 
そのまま同じものではないのだろうが、あの竜尾道でまみえた、「巨大手」、
 
それと似たようなものであるのは間違いないだろう。巨大なヒトガタ、ロボだか怪物だか知らないけど、魂宿る、何かだ。それは、確かなことで。
 
 
「・・・知っているの?なぜ・・・」
 
 
驚いたようだ。目が丸くて。かわいい。・・・・いや、それはいいから。
 
「ちょっと、ありまして。でも、詳しいことはまったく、専門的知識とか期待されても超こまるんですけど、それだけは確信してます。なんでかって聞かれて説明もむつかしいんですけど、逆算的に、分かったんです」
 
我ながらひどい説明。かといってここでバグベアードの話などしても混乱するだけだ。
それに、自己紹介や売り込みがしたいわけではないし。己の足下、道程のことを少しでも思い返して頭が冷める一助になればそれでいいのだ。その、反応こそ。
 
 
あれには、魂が、あるのだと。
それが、重要事であるのかどうかまでは、こっちの知ったことではないけど。
 
 
「・・・・・・・・」
 
少し、効果があったようだ。そのレスポンス、相当に単じゅ・・、いやさ、素直、なのだろう。
 
 
「魂には損得勘定はありません。ある意味、とてもワガママ、というか・・・・。
だから、それベースで考えてもダメだと思いますよ」
 
こちとらスピリチュアル易者でもないから、べつに魂を礼賛したりしない。そんなものだし、あんまり深く考え込まれてもまた困る。いつまでもこんなことしている時間もないのは後継者本人だけではない。ええかげん、コナミちゃんも解放してほしいよ・・・。
 
 
 
「たましい・・・・・わがまま・・・・」
 
 
水気のしたたるような呟き。かなり、冷えてきているようだ。
 
ゆっくりと思念の底をかきまわすような。
 
なんらかの迷いがあるのは当人に自覚があったのだろうから、そこを探る手助けになれたのならば御の字です。
 
 
 
このヒントはお役に立てましたか?
 
 
 
と、綾波コナミがピントの外れていることでちいさな自己満足を得ている知らぬ間に。
彼女の能力が、さくっと発動していた。
 
”通常は押せないスイッチを、押す”。綾波の異能の中でもおそらくぶっちぎりの最弱。
 
しかし、使いようによっては。いやさ、使われようによっては。無限にして無制限の導き手・・・・最凶最悪の異能に化ける。この先、いかなる職業を運命を選択しようと、ラスボスの情婦にだけはなってはいけない、それが世界平和のためであろう・・・それはともかく。
 
 
プロトタイプといいつつ、実際は綾波レイの専用機と化しているエヴァ零号機は、
「異能の拡大」を得意とした機体に調整を続けて仕上がってしまっている。
 
 
パイロットの持つ技能を再現するだけならば、音だけ使徒戦リィ・アマーティの時のように美事やってのけるであろうが・・・・・・それでは、足りない。足りぬのだと、左足は、ロンギヌスは、知っている。エヴァに乗って、それを用いる理由は、何か。
 
 
エヴァ参号機が体現している「技芸の深化」。この領域にシフトする必要があった。
 
願い事のために。綾波レイに至って欲しい境地に立ってもらうために。
 
 
人の身で技を完璧に身につけ使えても、エヴァに乗ってそれを使わせなければ、使えなければ、なんの意味もないわなあ、と、なんとなく綾波レイも内心思ってはいたのだ。
 
 
それを使う局面が、そもそも、「想像も出来ない」だけで。
 
 
シフト自体は、今、綾波コナミが自覚せんうちにスイッチを異能押ししたのでそれで片がついたのだが、もう一つの境地うんぬんは、当人が悟るしかない。なんとか。
 
 
そのために、ゴロゴロと転がし続けた。筋金入りの性格は一度こうと決めたことを変更する柔軟さに欠ける。というか皆無に近い。ここは心を鬼にして。別に鈴原トウジにやらした時代特訓のツケをカラダで払わしているわけではない。オンドレそろそろええかげんにせえよ!と吼えたかったであろう零号機も忍んでいた。涙を流せるなら、ダダダッと流していただろう。
 
出来れば、禅寺で座禅でも組みながらやればいいのだが、時間がない。3年ほど壁にむかって座り込んでいるような余裕は残念ながら。
 
 
その前に、確実に世界はともかく、第三新東京市は終わる。
 
 
別に、イジワルをしているわけではないのだ。しかし、地元住民の反発もひどい。
これ以上やったら・・・・・・「ピクミンと巨像」、のようなことになるだろう。
 
 
なんで、あんなチョビ髭の出っ歯おじさんがホイホイ捌けるのか、その理由を考えてくれれば・・・・・技を、その内奥まで、成立構造まで、まんまコピーしているがゆえの。
 
完璧に映したはずの君が、できないのは、なぜなのか・・・・・・・その理由を。
 
 
能力は異能を持ってシフト出来ても。心の考えだけは、当人が至らなければ。
 
 
・・・・・・・・ところで
 
 
・・・・・休憩時間が長いけど、諦めたかな・・・・・・・・まさかなー・・・・
 
 
「居闇さん、居闇さん!こっち!こっちに来てくださいよ!。作戦、作戦タイム・・・・というか師匠タイム!最近の弟子は口でも導いてあげないと!師匠の技を目で盗め、とかいうの最近のはやりじゃないですよ?」
「ユーはなにいってるざます?目で見て完全コピーしてるざますよ?ミーには分かるざます。だから逆に出来ない理由がわからないざます」
「いいから!!とにかく、なんかそれっぽいこと言ってあげてくださいよ!わたしじゃ荷が重すぎですよ!これから師匠タイムですから!・・・・なんか、考えすぎて、今度はまっ白く燃え尽きかけてるんですけど!うわ!いらないこと言うんじゃなかった!」
「これがほんとの世話が焼ける、というやつざますね」
 
 
出っ歯師匠の駄ジャレはとにかく、後継者のその姿に地元住民はなんか感動して、感涙してしまっている者もいた。かなりの身贔屓だとは思うけど・・・・・え?それってやばい。
 
やりすぎたかな・・・・・変形する深紅の邪悪生物が後悔する。その感泣が一段落したら百億倍の怒りがこっちに向けられるのだろう。うーむ・・・・・しまったな。
 
 
いまさらジロー級の今さらであった。
 
 

 
 
 
 
それは、使徒、人間問わずに思った。
 
 
黒い風だ、と、
 
 
風に色はないはずだが、突如、発生した旋風は、市街中心に向かうはずの大量の黒羽を、その進軍を、ソレハナラジ、妨害するように、吸い取った。そのため羽の色が風を黒く染めたようにも思えたが、そのはずだ。それでも、その風は、黒かった、と思えた。
 
いかなる暴風にも楽しげに流れはためく黒長髪の幻想が重なったせいか。
 
 
使徒は知識として、人間は本能で、その黒い羽が、「けっして人の世に出るべきではない、収拾がつかなくなる」、禁断不触のものであることを、認識している。
 
 
竜巻にも近い連続旋風の中心にいるのは、エヴァ参号機。
 
 
どういった技を用いて、こういうことをやっているのかは、分からない。
 
もはや武芸というより魔術に近い。
 
自分たちとは違う頂きが、その内にある、と鈴原トウジと洞木ヒカリは悟った。
 
分かるのは、その方法でなければ、黒羽を捕らえることは出来ない、ということだけだ。
理屈ではない。あの羽は、触れてしまえば、「収拾がつかなくなる」のだから。
 
 
そんな羽の大群から逃げもせずに、単騎でそれを全て引き受ける・・・・・・
人間の仕事ではなかった。が、それを参号機は実行した。
風の中心にいる参号機は、当然のこと、大量の羽を被り浴び纏うことになったが、それでもおかまいなしに、不気味な笑みを浮かべながら、前進を続けた。
 
 
籠の使徒、ホ・バエルに向かって。何者も、手は出せなかった。
 
 
羽のこともあったが、ここぞ、とばかりの、ぞるっとした速度があった。
ホ・バエルの予測は正しかった。己の黒羽に囲まれながらも歩を止めず、こんなところまで、やってくる、乱れなく迷いなく転ぶことなく、やって来られる存在。
 
 
天を抱くように。あるいはそこから零れ落ちる全てを受け止めようとする地の杯。
 
 
参号機が、両手を広げる。黒白の双方向ATフィールド、黒妖壁、白蝋壁にて。
 
 
罵惨!!ばさんと。
 
挟み、潰し、(内部の首なし鳥ごと)、変形させながら、風を漏斗状にしておいて絡め取った黒羽を注ぎ戻しながら、圧縮する。その手際。
まさに神業。
 
 
としか、いいようがなかったが。それでも。
 
 
黒い羽が一枚、風網を逃れ、市街中心部に至った。数量的にもタイミング的にもホ・バエルの意図したところではなかったが、性格の悪い首なし鳥たちの執念だったのかもしれない。
 
 
・・・・あるいは。
 
 

 
 
 
表に出すかどうかはべつとして
 
 
上司にしてみると、命じておいたことをきかぬのはもちろん、こちらのこれまでの言動から意図をくみ取り、それに沿って働かない部下、というのはむかつくものなのだろう。
 
 
現・ネルフ本部司令、ル・ベルゼ・バビデブゥルは、その遠距離分を差し引いても、ストレートにそれを出すタイプの上司であった。そもそも、その任に自他共に認めるほど適合していなかった、という点もあるが。むしろ、免疫拒絶で壊死寸前の関係性といってもよかったが、だからといってどうにもできない。大権力も神秘能力もそれを癒す役には立たない。
 
 
「・・・・なぜ、槍が・・・・ここに、ないのだ・・・・・答えよ」
 
紋言構築とやらがもう終わったらしい。専門分野においてはおそらく有能極まるくらいなのであろうが。蠅を思わす作動音を伴う声が発令所内に虚ろに響く。不協和の異音。
 
「・・・・繰り返し申し上げましたとおり、これは迂回作戦の一種です。零号機とともに最終的にはこちらに戻ることは間違いありません。作戦が完了するまでお待ちください」
 
この蠅モノリス、コナゴナに打ち砕いてやりたいぞ、と、顔にかいてある冬月副司令。
 
「そのような・・・・まやかしを・・・・・・通じると・・・・思うてか」
 
互いに、うんざりしきったやり取り。また、それを聞かされる者たちも、また。
どこの職場でも大なり小なり行われているやり取りであろうが、ただ、この場合極大にして、重すぎた。
 
 
これがド修羅場ど真ん中、とうとう動いた参号機が鳥籠の使徒と、80年代のマンガ表現のように文字通りケリ飛ばされてきた、エヴァ弐号機(Verアップずみ)は割とやんわりと中心部外れに着地を果たし・・・・どういうつもりなのかこの状況下でパイロットが交代し、走って追いかけてきた水飲み鳥型使徒とガッツリ交戦に入った、という怒濤の展開で、上がそんなことをやり合っている、というのは、発令所という群体にとってプラスに働くわけもない。戦闘真っ直中で、それ以外のことを最上位に掲げられても困るしかない。
 
 
現実、槍の変化した脚部を宿した、綾波レイの駆る、というか、駆られた、というか、エヴァ零号機は、しんこうべまで高飛びというか、翔んでいってしまっている。綾波レイの意思ではなく、”槍”に、持っていかれた、拉致られた、といった方が正解だろう。
槍といっても元は初号機の左手で、勝手やらかすのは今に始まったこっちゃない。
発令所内の誰一人として、この局面であの少女が逃げを打った、などと考える者はいない。
 
 
「計って・・・・・・・落ち延びさせた・・・・わけでは・・・・・・あるまいな・・・・・・もしくは、単なる・・・逃亡か・・・・・・・・」
 
この組織の司令を除いて。
当人をその目で見ていなければ、当然の想定であろうが。
 
 
発令所の全スタッフが、司令席のモノリスに向けてメンチを切った
 
 
ああ?なにゆってんの?このハエ・・・
 
 
空気が、悪くなった、というのも、やさしい。どろどろとジャパニーズ妖気が充ち満ちた。
 
機能的に、いきなり不良巣窟学校のレベルにまで落ち込んでしまうネルフ発令所。
 
ピンチにピンチを重ね、ストレスにストレスを積んでも、それを乗り越えてきたが、こうまで不完全燃焼的に空気悪くなったことはない。そうなるまえに葛城ミサトなどが散発的にハジけて、圧力を抜いていたせいであろうか。完全にバランスが崩れてしまい、命令系統ピラミッド崩壊一歩手前、といったところ。ソレを見て影でほくそ笑んでいる一部の人間もいないではなかったが、人類最後の砦としての役職的には、まずい。まずすぎた。
 
これまでならば、「どうせハエのいうことだし」ということでスルーしてきたが。
タイミングと、スルー側のコンディションがあった。不幸にそれが噛み合った。
同じ人物の同じセリフであろうとも、許せるときと許せぬ時があった。今はその時。
 
 
冬月副司令からして、ビーバップな空気を背負って、目つきも無意味に若いときの頃を思い出したようなナイフでJINGIなソレに。
 
全員で、ろくでもない時の少年少女に戻りつつある。
 
良心・常識枠の日向マコトとて、もはや限界とばかりに、目に暗い炎を灯しつつあった。
青葉シゲルなど、いうまでもない。伊吹マヤならば意外な耐性を見せてくれたかもしれないが、一仕事終えたことを知っても逃げ回った距離の分だけ発令所にまだ遠い。
 
 
爆発時期を、時限機構で定められたりすればいいのだけれど。
人間の心はそうはいかない。爆発したくなった時が、爆発どき、なのであった。
 
 
どかーん!!!!!
 
蟻の穴から堤が崩れもすれば、蠅の羽音で、砦が内部崩壊することもある。
これがサウンドノベルであれば、このバッドエンドにいたった原因をヒントコーナーで教えてくれることもあるのだが・・・・・
 
 

 
 
「ぎゃああああーーーー!!!」
 
その前に、悲鳴が上がった。使徒殲滅を目的とする特務機関ネルフ本部の機能中枢たる発令所できこえては絶対まずかろう、虫嫌いの主婦が夕飯作成中のキッチンでゴキブリでも見つけたかのような、ご家庭パニック風リアクションであった。
が、今の今まで全員そろって不良学生のメンタルレベルに戻っていたのだから文句を言える者は誰もいない。蠅司令はそもそも下々が何を喚こうが全く完全に興味がない。
 
「な、なんだ!?どうしたんだ?発令所いち霊感体質であるところの三笠さん!」
いち早く通常営業にスイッチが切り替わった日向マコトが女性オペレータに尋ねると
 
 
「あ、あれを・・・・」
G嫌いの度合いにもよるだろうが、それよりも遙かに怯えた表情で彼女が指さす先には
 
 
黒い、鳥の羽が
 
 
「い!いつのまに・・・・・っ」
 
 
このタイミングでただのカラスの羽が空調フィルターをすり抜けてくるわけもなく、何より、羽一枚であろうが、オーラが、違う。不吉でも不幸でもなく、触れた存在を「収拾つかなくなる」オーラが、テラテラと輝いているのだ。
 
 
フフフフ・・・・・・
 
 
黒羽に囀るクチバシがあれば、そうやって謎の忍者のように笑ったであろうか。クチバシでは、カーカーとかしか鳴けないかもしれないが。とにかく、その羽はそこにあった。発令所内を、ふわり、と宙を泳ぐのように。そう・・・・
 
 
黒い羽は、子供向け絵本よろしくの旅路を経て、ネルフ本部まで、それから・・・・
発令所まで入り込むことに成功した。黒い羽の中でも特に優秀な、というか、悪運が強いというか、ソリッドでスネークな黒い羽だったのかもしれない。蛇に羽はないけど。
 
 
しかしながら、さすがに機能中枢の中心部、人類最後の砦の行き着くところまでいけば発見されて当たり前である。そして、霊感の高い発令所女性スタッフの一人に見つかった。
 
 
が、羽の立場にしてみれば、最終ボスステージまで辿り着いたわけであり、感無量で思い残すことは、なかった。あとは・・・・・
 
 
誰かにとりついて、そいつを「収拾つかなく」してやれば、終わる。それこそがボクの存在理由!それだけがボクの生まれてきた理由!そんなわけで・・・・・・・
 
 
4649バリバリ!!
 
びゅーん、と黒羽が特攻んだ。誰かと言ってもなるべく地位の高そうな奴がいいだろう、とミエを張るのも青春のリグレット。司令席のところに、一直線。我ながら大金星。
爽快、爽快っと。ははははは。羽だけに。我が羽生に一片の悔いなし!!
 
 
ぷす。
 
 
黒羽は、蠅モノリスに突き刺さった。といっても、表面をほんの浅く。内部機能にはなんの影響もなさそうだった。影武者どころか、単なる通信発声器にすぎないのだ。いっそ、あれで派手に壊れてくれとけばよかったのに。ちっ、ちっ、と揃わぬ千鳥のような舌打ちが弾ける。それにしても、惜しい、と発令所のほぼ全員が思った。
 
 
「・・・・・・」
当然、司令を守るため自分の老体なんぞ張るわけもなかった冬月副司令をのぞいて。
 
 
「副司令ー、ハエ、じゃなかった、シレーは”大丈夫”っすかー」
青葉シゲルがどうとでもとれるような声をかけてくる。冬月副司令には意味が分かるが。
 
 
これ以上悪くなりようがない、「大丈夫」だ。世の中には、煌めくような希望の言葉としての「だいじょうぶ」もあれば、このような救いのない「大丈夫」もある。志村けんの「だいじょぶだぁ」よりも力ぬけてくる「大丈夫」だった。うーむ・・・言った人間のキャラクターの問題であろうか・・・ラチもないことを考えてしまった時。
 
 
 
異変は、起こった。