透明な幽霊のように
 
 
見ていることしかできなかった。
 
 
明らかに関わり合いどころか、近づいてその所業を目撃するだけでも禁忌なほどの高濃度に圧縮された災い・・・・パンドラの箱の実物がもしあるとしたら、ああいうものではないかと思わせる・・・・・救いようのない「埋蔵量」。人の感情はいくら苛烈なものであろうとも所詮は導火線どまり。呪いを持って岩山を叩けば手の方が砕ける。が、連結していることが問題なのだ。岩山を穢し腐らせるのみならず、実際的に砕いてしまえるほどの爆発力を所有している・・・・・気配だけであるが、確信がある。果物ナイフを振り回しての刃傷沙汰、なんというかわいいものではすみはしない、と。
 
 
道具や薬品に罪はない、と科学の教科書では教える。取り扱いに注意するべし、と。
 
そも神様のつくったものではないものに罪罰の判断も下しようがない。
 
 
それが、ヨッドメロンだと知っていようといまいと、出来ることは何もない。
 
 
天主堂の方を見ていればよかったのだが、目はそちらを追ってしまった。闇の現場へ。
弱者が、まともに光を見上げることすらできないほどの弱者が、光輝を纏う絶対強者に一矢の毒を報いてやるにはどうするか・・・・・その察しがつく自分の強度も疑いながら
 
 
参加者ならぬ参加生物たちはロボットとアンドロイドに先導されて、接岸していた「箱船」に乗り込んだ。あえていうなら光馬天使港、ということになろうか。タンカーでもフェリーでも巨大客船ともいわぬのだから、外見は、植物素材メインで建造されているように、見える。船名もとくにない。動物が大勢乗り込んでいるのを別にしても、それは「箱船」としかいいようのない見た目であった。機能の方はどうかしらないが。銀鉄・・・に、ちかいようなものなのかも、しれない。そうであって欲しい、と思ったのだ。
 
 
のろのろじりじりとその後を尾行していたバケツ娘は、箱船に完全に生物たちが乗り込み、雲海に向けて出港するのをじっくりと見届けると・・・・
 
 
”がなじめ”
 
 
泣きながら呪詛を叫ぶ。ダメージを与えようがないほど相手との力に天地の差があるのなら、どうするか。せめて、その天の光を浴びている連中を消していくほかないではないか。自分にあたることのないそれを満喫しているものたちを。そうすることで、天の光も曇っていく。曇らないならそれは天の光ではなかったのだ。かれらに向けられるものではなく、天の光が勝手に輝いていただけのことなのだ。地に潜伏していたらしい頭部と腹部に金色の目玉をもった巨人が呪詛に同調して大罪咆哮した。
 
 
 
 
人の命が地球より重いかどうかは、たぶん火星人あたりが判断する問題であろう。
 
 
が。
 
 
人の破壊情念が地球より、どうも・・・重いらしいのは、今、この目で、見た。
 
認めたくないのだけれど。透明な幽霊のような、この目で、見ている。
 
この光景を見れば、即座に地球人生命枯れ葉一つの重さもない説が火星学会では満場一致で採択されるだろう。
 
 
金色目玉の巨人は立ち上がることはせず、横になった涅槃入りのポーズで己の上半身の四分の一を割るようにスライドさせると・・・そこから身体の内部に片手をつっこむと・・「うげ!?」と思ったが・・・・ミサイルのようなものというかどう見てもミサイルを何本かまとめて取り出すと、箱船に向けて投げつけた。投げた途端で発火し飛行していったから砲撃した、といえなくもないが・・・・原始的なのか逆に最新科学なのか分からなくなる・・・・それを繰り返す。どういう機構になっているのか、身体の容量以上の相当数の飛翔体を投げつけても投げつけても投げつけても、減っていないのか、止めることがない。
 
 
この破壊暴力の使い方はなんなのだろうか。在庫一掃どころか、保管放棄というか、機械機能そのものを使い潰してしまおうとでもいうような。ミサイルを発射するならするで別に砲口からやればいいし、こんな仕舞ってあるものを手で引きずり出して無理矢理投げつけるというのは・・・・猿だってあれだけの回数こなせばそろそろ学習してくるだろう。
もともと、戦闘用ではないのかもしれない。ゆえに、かえって止め時を知らないのか。
 
 
見かけ木製で実は超合金で造られていたとしても、これだけの破壊砲撃をくらえば箱船もただですむはずがないのだが、というか、たった一発でも耐えきれるのはおかしいのだが・・・・ちらと見ただけで確証はないが、もし飛んでったミサイル名と符合する記憶に間違いがないのなら、でかめの船どころか百万都市まるごと消し飛んでいてもおかしくない・・旧型であるからこそかえってやばい系の・・・・そんなレベルのものをさっきからぼんぼんぼんぼん、これで最後の花火大会のような頻度で。おかしい・・・・と思ったが
 
 
ATフィールドだった。
 
箱船を守っている。誰が守っているのかは、いうまでもない。
 
ゆえに安全だと思っていて、ゆえに躍起になっているのか。絶対の領域に道化がコショウ玉をぶつけるくらいの。喜劇であるのか。それを、透明な幽霊の目で見ている。
もしくは、七日先のオリーブにでもなっている。ホウレン草好きの水兵の恋人じゃない方の葉の。
 
もう雲海は鉛色に染まっている。ときおり弾ける黒い虹。様見ろ冒涜のための笑弔の鐘。
 
感覚が麻痺してきて、なにかひたすら目の前にあるガラスや鏡を割られ続けているだけのような気がしてくる。世界が壊れそう、だ、などという単純な形容では受けきれない。
そうでなければ、こんな距離で巻き込まれぬわけがない。衝撃波だけで肉も皮ももっていかれている。規模的には現象であるとか、天候であると思った方が、精神健康的にいい。
もはや、どうしようもない。これは生理現象だ。おさめようとしてもおさまらない。
 
まだ終わらない終わらない。まだあのなかにはぶっそうなものが詰め込まれている。
 
戦士と武器屋がケンカすれば、戦士が勝つに決まっている、と思っていたけれど。
 
あの金色目玉の兵器庫巨人・・・・内蔵する兵器が実在のものということは・・・容量無限の四次元倉庫、ということも、たぶん、ないだろう・・・・・計画的に、段階的に、日常的に、詰めこみ詰めこみ詰めこみ、限界までパンクするまで、いっさいの余裕なくただひたすら、着々と、有効活用されて、あれだけの分量を仕舞われていた、ということだ。自分の望みであるわけが、なく。倉庫番がその任を自ら、辞めてしまったとしたら。
己が存在意義を叩き潰して解放し投げつけてでも届かせたい執念があるとしたら。
 
 
どういう因縁があのふたり・・・・おそらく渚カヲルの方だ・・・・とあるのかは知らないが
 
 
いかなATフィールドでもまずいのではなかろうか・・・・。この砲撃の嵐。まともなミサイル類だけではなく投げつけても効果があるのかおそらく何の意味もなさそうな類のものまで保管棚の隅から隅まで根こそぎ投げつけてでもいるような、完全に己を失っている己をも捨て去ろうという特攻玉砕精神・・・・・・絶対領域が崩壊するまでその手を休めそうもない絶体絶命の怨念は。通常兵器であろうとそれを上回るパワーがあれば障壁を越える。箱船の方からの反撃が一切ない以上、ATフィールドを維持する根気と、それを打ち破ろうとする根気との勝負になれば・・・・・そして
 
 
それを最後まで見届けるのも、相当な根気が必要になった。
 
 
時間の感覚も麻痺していたから、透明な幽霊としての視点ゆえに腹時計その他体感もあてにはならんし、それは三十分程度であったような気もするし、一ヶ月、へたをすれば数年くらいやり続けていたような気もする。ただいえるのは、「これで終わりだろう」と思ったのが三十回で、「さすがにこれで終わりだろう」と思ったのが十二回で、「これで終わりじゃないと許さない」と思ったのが四十二回で、「これで何クールめよ?」と思ったのが五回。博物館どころではない、積みも積み込んだりの量とバリエーションだった。開発したのはいいが使い所が結局最後までなかった、というモノもけっこう多かった。それは兵器なのか首をかしげるようなものもけっこうあった。ひたすらにそれらをぶちまけ続けた。ええかげんにせえよ、といいたいところだが、現物の身体がそこにあれば一秒ももたなかっただろう。便利な言葉で片をつけたい。地獄だ。しかも無管理の荒れ地獄。
こっちも観音様でもマリア様でもないから、そこに垂らすべき慈悲の糸一本もない。
 
 
だが、物事には終わりがあった。始まりがあれば。出会いがあれば別れがあるように。
とうとう体内の保管棚の最後の最後隅の隅まで使い尽くした。ようだ。
 
 
それと同時に、箱船も。とうとう絶体領域の加護も及ばずに、紅蓮の炎に包まれて・・・・
 
 
そのまま沈没していくのか、と思いきや・・・・・今の今まで全速で逃げもせずひたすら防衛にまわっていた箱船が、この期に及んで舵を切った。もしくは推進機構を逆回転させた。どういう意図があるのか、あったのか、不明だが・・・・
 
 
大罪に大罪を重ねたバケツ爆弾娘と金色目玉倉庫巨人に向けて・・・・体当たりした。
よけもせず、逃げもせず、その力もなくなっていたか、怨念を果たしてようやく満足したのか、そのまま。
 
 
 
おそらくは、激突を受け入れたのだろう。
 
だろう、というのはその瞬間は見ていないからだ。いまさらビビリはいって目を閉じたわけではない。ただ、透明な幽霊としての視点が、その激突時に巻き添えをくらったものと思われる。あの調子だと、金色目玉巨人もその傍らにいたバケツ娘も磨り潰されたのであろうことは容易に想像がつく。自業自得ではあろうが、あまり愉快な物語ではなかった。
 
 
 
 
 
「そんな物語がまだ続きますけど、大丈夫ですか・・・?」
 
覚えのある声が、どこからか、聞こえた。