一切の説明は無用、という口調だった。
 
 
「白黒つけにきた」
 
 
と、言葉そのままの立ち姿で天主堂の入り口に現れたその人影は。風もないのに悠々と泳ぐ黒竜の髪と、対逆に一切の揺るぎない重心を宿した太極図を擬人化したような身体。
 
 
黒羅羅・明暗、フォースにしてセカンド、エヴァ参号機の専属操縦者、ギルの双璧、杯上帝会の黒基督白基督・・・
 
 
付随すべき全ての肩書きを置き去りにしてきた、とその目が告げている。人としての役割を終えて。捨てて。本性顕わにして、ここにきたと。己と同じモノに会いに来たと。
 
 
赤瞳にその姿映して。映されて。風雲は急を告げている。獰猛な黒旋風が告げに来た。
 
ようようたる桃花の契りの儀式は終わり、誓いの花輪かりんも吹き散じていく。
中途の邪魔という野暮はしない。後悔も未練もなく、やるときはざっくり首の根本から。
せめて舞台が切り替わり暗転してのち。天上の照明は再開せぬまま、暗に赤。双の赤光。
 
闇瞳にその姿、吸い。視の牙突き立てた。時間止めて保存しておきたいほどの花婿姿。
 
戦装束とはこれまた対逆となる白装。人にあらざるもの・・・・・男性というよりは両性、それよりも神性というほうが近い・・・・渚カヲルと・・・・過去にそうであったものと呼んだ方が正解だろうが、分かりやすさを優先しよう・・・・・それから、その隣の、幸せの絶頂にあったはずの花嫁・・・・
 
 
 
綾波レイ、ではないようだ。
 
 
なぜなら、その「本人」が窓からその光景を覗き見ているからだ。目つきはそんなのどかなものではない、機械のような戦力分析、威力偵察直前というほうが近いかもしくはそれ以上。ドッペルゲンガーも裸足で逃げ出すしかない冷酷非情凶悪上等な目つきだった。
とてもじゃないが、声などかけられる状態ではない。問答無用で刺されかねない。
この迫力、真剣さ、本物でなければ出せない・・・・ことを、自分は知っている。
 
 
そして、なにより声が出せない。幽体離脱状態とでもいうのか、どうにもふわふわしているが、本物のファーストチルドレン、綾波レイのさらに後方から天主堂内部を見ている、ということになるこの立場・・・・・。もどかしさがあっても不思議ではないのだが、なぜかそういうこともない。「見ているだけの立場」というものに納得してしまっている。
 
 
 
これは、そういうものだ、と。
 
 
殺し合いが、始まった。
 
 
 
愉快な物語、どころではない。
 
 
明らかに間違えようもない殺意をもって、花嫁を背後に庇った渚カヲルに襲いかかる黒羅羅・明暗。この時点でもう目をそらすべきではあったのだ。が、先ほどの箱船を攻撃する金色目玉巨人の大罪行動を見続けた、それでも最後だけ見逃してしまった悔いがあったのか、見てしまった。見ていることしかできないのだから。目を、閉じてしまえば。
それまでなのだ、と分かってもいた。透明な幽霊は消えることになる。
 
 
びしゃっ
 
 
この時点では殺し合い、などというものではなかった。単なる罠の発動で迂闊に接近したバカモノが、一瞬にして切り刻まれて、五体バラバラにされた。なった、というべきか。
 
 
赤い蜘蛛の巣のようなものが・・・・・・おそらくは器用に変形されその分格段の切れ味をもったATフィールド・・・・・・疾風の歩法で接近する明暗を、捕らえ絡み逃さず、そこからなんの対話もなく、躊躇も注意も警告もなく、許しを乞う又はなんらかの因縁ないし事情説明、お約束定型美意識に彩られた敵手を称える声もなく・・・・黒風を裂いた。
 
 
濁った赤水が、散った。天主堂の床を、魔術の如く陣染めていく。残酷以上に、淫靡。
先に続いて感覚が麻痺していたのだろう。そんなことを思ったのは。
 
しかし、的中もしていた。半分だけだが。
 
 
ファースト、綾波レイも、身じろぎもせず光景を凝視し続けている。
 
床に散った嘆きの葡萄の文様は、魔力でもあるかのように、明暗の肉体を繋ぎ合わせた。
 
実際には、ただ単に、その程度で明暗がくたばらなかった「だけ」のことなのだろう。
足から血を吸い取り直すサイクロンなところを見るに。むろん、人間の芸当ではない。
 
ポスト神、であるところの超人でもムリだろう。人類に到達可能なスキルではない。
あんな目にあって再生可能なのは・・・・・
 
 
 
「クロノスならぬ、クモの巣、か。なかなかシャレてんじゃねーか。にしても、とんでもねえ切れ味だなー、色といい、こりゃ三世村正クラスか」
 
負け惜しみでもなんでもなく、こんなことが言えるのは。悪鬼の類であろう。
 
不死身を誇っているわけでは、ない。それならそんな顔で笑うわけがない。
 
楽しげに。
 
己の体を傷つけられて、こうも楽しげに笑うということは。笑えるということは。
 
 
躊躇も注意も警告もなく、初手で相手を八つ裂きにきた渚カヲルもかなりのものだが、
 
さすがに、笑みはない。仏神境地としてのそれではなく、内部で強く軋むものを均衡させての無表情、というところに見える。分かりやすくいえば、己と似たようなものを相手に、余裕をかましていられない、というところか。この戦いは解説者が必要だとは思うが、自分はその任じゃなかろうしなあ・・・・・。ファースト、綾波レイは言うに及ばず。
 
 
 
明暗は、すぐさまその忍法めいたATフィールド展開法を真似してみせた。
 
 
自らのアレンジを加えたそれは、色は黒く、てめえから獲物に齧りついていく気性をも備えていた。自分で機敏に移動するクモの巣は、もはや蜘蛛と呼びたいが、そうはいかない。蜘蛛ではないのだ、クモの巣、なのだ。・・・・・・いや、そんなことはどうでもいい。
 
目を、逸らしていた。この、あまりの戦闘センスの隔絶に。なんでこんな真似ができる?自分の体で喰らった、というのを差し引いても異常な速度だ。
 
もとが凡人の技ならまだ分かるが・・・・・・フィフス、渚カヲルの技なのに。
 
だから、笑っていたわけだ。
 
 
殺し合いが、続いた。正確に言うなら、渚カヲルが繰り出す技を明暗がその身で喰らい、再生し、それから間もおかず、それをてめえなりに改良改善した奴を繰り出してくる・・・・・・・元が自分の技であるから、渚カヲルもなんとかしのいではいるが・・・・その白装がところどころ朱に染まっていた。背後の花嫁を守ってはいたが。このままでは
 
 
殺し、合い、となる。どちらの手番で終わりになるのか・・・・・予想がつく。
 
 
双方に会話はない。どちらも基本、無口な方ではないのだが、その必要もないほどに技の応酬が饒舌なせいか。互いに求めるものは同じもの。「そろそろお遊びは終わりにしようか」的なセリフを待っているのだが、いっこうに来ない。「なかなかやるな」的セリフもない。唯一あったのが、「幻術の類はきかねーから、そのつもりでいろ。試した瞬間に目玉を引っこ抜くぞ」という脅しとも親切ともつかぬ直硬のセリフ。それを渚カヲルが信じたかどうかは傍目からは分からない。別にギャラリーを退屈させないためでもなかろう。
 
 
この攻防、正直、ハイレベルすぎて、参考にならないのだが・・・・。
 
 
絶体領域を立方体化してそれらを落ちものパズルのように高速大量にぶつけてみせるやつなんぞ何をどうやっているのか・・・・陸に上がったカッパのようにかっぱりだった。
 
根性でどうにかなるレベルではなく。どう理解していいか、その切り口さえ。不明。
 
それを即座に咀嚼してみせる明暗の奴が大食すぎるのだ。月も太陽も喰える魔獣のよう。
ファースト、綾波レイの方はどうかしらんけど。・・・・まあ、ムリだろうけど。
 
こんなの人間業じゃない。そう簡単に諦めてしまうのも業腹だが・・・・時間の限界というものがある。あの鋼玉ルビーめいた蜘蛛の糸式展開法を再現するだけでもどれくらいかかるか・・・・五年十年でいくか・・・己をそこまで精緻に機能化するのは
 
 
それに、ああもATフィールドというものは人体に馴染むものではあるまい。と思う。
 
別に怯懦や怠惰の言い訳ではない。幽霊のように透き通った感想だ。たとえば・・・
てめえたちの体を絶対領域でもってコナゴナのサラサラ・・・目に見えぬほど小さい、というたとえも陳腐ではあるが、実際そうなのだ、それでもって自由自在に「転送」する。
高速の移動とは明らかに違う。相手の体をすり抜けていっているのだから。
戦場を天主堂内部に限定する取り決めでもしているのか、そこから出ることはなかったが、目も眩む。これはもう、絶体に真似できません。かえって安心しちゃうなあ・・・・
 
あー!あー!すいませんね!小物ですいませんね!!転送事故が怖そうだ、なんて一番に思っちゃう小心者でごめんなさいね!ファーストの綾波レイだって、さすがに肩が落ちてきてるし!
 
 
それが埒があかないとなると、今度は「相手を」復元する競争。望んだタイミングで相手の息を止めるために「再生」する・・・って・・・・そのたびに光の花が狂い咲くのだが・・繚乱絢爛・・その、吐き気のするような美しさ。目を奪われるが同時に心の肝要な部分も薄削ぎにされている気もする。施再生奇跡の大盤振る舞い。有難味の種もない。
 
 
それにも飽きてくると、二つや三つではない、何十にも切り分けた絶体領域の連続転送。それをベースにした交戦。これまでぶつけあってきた数々の技能を織り込んだその光景は、見学が許されるだけでも無上の光栄だと思わざるを得ない・・・・・それが、屈辱だと思えない。全力で思い込もうとしても、出来ない、そんな位階。深く彼方にある技芸。
転送はほぼ絶対必殺命中必中のまことに厄介な技術だ。ほぼ、というのはそれを現に目の前でかわしている者がいるからだ。あくまでそれは例外中の例外であろうから・・・・
もし相手が強固な防御力にあぐらをかいてかわさなければ、弱点急所そこのところに無敵の刃物たる絶対領域を転送されてしまえばそこで終わる。
 
たとえ、かわしたところでその先に転送されてしまえば、そこでやはり終わる。移動速度は意味をなさなくなる。実際に転送されているのかどうかは正直、分からない。
そう見えるだけのことで、なにか別の原理が働いているのかも知れない。
 
 
分かるのは・・・・・ひどく単純なことでしかないが・・・・・渚カヲルが背後に守った花嫁を、傷一つなく完璧にかばい通している、ということくらいか・・・・・。
花嫁の方もそれを、納得しきっている。ここでしゃしゃりでてきたらそれこそ邪魔以外のなにものでもない。信頼と信用もあるのだろうが。死の泥池に浮かぶ一蓮托生。
 
 
この花嫁が助太刀できれば、もしくは己の身を守れるくらいの才覚があれば、渚カヲルも相当楽になるのではないかと思うが・・・・明暗の方にはなんの遠慮もないらしくそちらも標的にいれまくっている。駆け引き、作戦というよりは単に花嫁も殺害に値する相手と認めているだけのことのようだが。やはり、知った顔のこの光景は、ぞっとしない。
 
 
 
愉快ならざる物語、だ。
 
 
 
「なぜ、参号機を使わないんです?貴方の十字架なのに」
 
「十字架というよりは五行山に近いがな。ま、この体でやりあっても同じこったからな・・・・むしろ、技を覚えるにはこの身に喰らわせて血肉に染み込ませた方が早い・・・そっちこそ、四号機はどうした?ああ、改名したんだっけな」
 
「少し、私用がありまして・・・そちらに使わしています」
 
「そうだよなー、それが正しい使用法だよなあ・・・さすがによく分かってる。面白いよなあ・・・・」
 
 
くくくっと、懐っこく明暗が笑う。こちらの想いが通じたわけでもあるまいに。
 
花嫁もあっけにとられているほど、邪気のない素直な笑みだった。愉快である、と。
この不死身の黒獅子は。天井部に片手をかけて蓑虫のように揺らしながら。吊しながら。
 
 
これで、殺し合い、が、終わった、わけ、じゃない・・・・・・のだろう。
 
面白いし興味深いから、お前ら殺すのやめた、ということは、ない。ただ単に。
 
方向性を確認し合っただけのこと。明暗が止めようとたとえ。
 
 
さすがに渚カヲルの引き出しが尽きてきたのだろう。この、対話の間は。だとすると
 
 
もう、そろそろ・・・・・
 
 
「・・・・・・・」
 
気づくと、
ファースト、綾波レイがなぜかその様子を見ずに、振り返り、誰かを捜すようにしていた。
いや、遠くでなにか聞こえてその発生源を探るような目つきで・・・・しばらく、考えていた。
 
 
が、いきなり天主堂に背を向けて、この場を離れていった。引き留める術も声もない。
 
まだ決着はついていないが、もう最後が読めたからいい、とでもいうのか・・・・・・
 
その予想に耐えきれなくなった、などという可愛い女ではない。見届けぬことを判断の天秤にかけて選んだのだ。選ばれたのは、こちらではなかった、というだけのこと。
 
しかしながら、あの女、これを見るためにここまで来たのではないのか・・・・・
まあ、本人の判断で消えていったのだ。文句をつける筋でもない。こっちは見るだけだ。
 
 
「なかなか満腹になった。こうも喰らったのは久しぶりだなー・・・・・ついては、ちょいと頼みがあるんだが」
 
何を言い出すのか、頼みと言うからには勝利宣言とかではなさそうだが、明暗が奇妙なことを言い出した。
 
 
「なんでしょう」
渚カヲルが血まみれでも平静に応じると、
 
「おさらいに付き合ってくれねえか?天にも届く枝も、基礎の根に通じていなけりゃ使い物にならねえからな。幸い、ここには最上等の教師がいるときてる。悪形は今のうちに剪定しておきてえ・・・・どうだ?」
 
 
その笑顔がなければこれほどの皮肉もなかろうが、どうも、どうにも、本心のようである。
天然というよりは脅威の大野生というか。そんなもの引き受けるほどヒマでスケールでかい現代人はおらんだろう、と思ったが
 
 
「いいですよ・・・・なるほど」
 
なぜか納得する渚カヲル。こちらもえらくいい笑顔。後ろの花嫁も呆れながらも惚れ直しているのが分かる。こっちは、なにがなるほど、なのかも分からないが。
 
おさらい、しかも基礎、だとか言っていたから・・・・これなら、理解できる、かも。
ちょっと自信が揺るぎかけているけど。基礎の根、といってたからには初心者向け、という・・・ことだったら、いいな、と。まあ、見るだけなら。実際に喰らうわけでもないし。
 
 
まさか、こんなところでタナボタ式レボリューションに出会えるとは・・・・・
夢にも思っていなかった!。さよなら、マイ・スウィート・小物心リトルハートエイク。
 
 
と、ほんのちょっとだけ思っていました。ごく微量に。ほんとです。だからショックないです。すくないです。
 
 
「古代の哲学者が呼ぶところの・・・・」
「・・・・”五つの力ある業”・・・・・」
 
 
こんなこと言って始められたら、誰だって期待するに決まっている。これまでのレベルがレベルだったのだから、騙されても仕方がない。期待させる方にも問題があると思うなあ。
 
 
「”てこ”」
 
「”斜面”」
 
「”ねじ”」
 
「”滑車”」
 
「”車輪”」
 
 
むっちゃ基礎でした。ドレミファドキソでした。革命どころではない、文明が始まった黎明期だった。基礎でした。大切です。機械以前の道具です。にしても、アップダウンが激しすぎやせんか・・・・・、といいつつ、落ち込む他はない。この基礎の基礎ですら、今の自分には出来なかったのだから。”車輪”応用の赤い歯車まわして、ATフィールドの出力を増加させるなんて芸当も・・・・あの二者にとっては根の底の基礎でも、自分には出来ない。
こんなところから始めないと追いつけないのか・・・・・追いつこうと考えてはいけないのかもしれない。
 
 
 
「まあ、こんなところだな・・・・・助かった。感謝感謝だ。その礼だ」
 
黒髪が唐突に白髪に変わっていた。だが、注目すべきはそこではなかった。手だ。
 
九龍白雷門八龍赤雲門七龍緑石門六龍蒼月門五龍黒風門四龍金豆門三龍銀炎門二龍黄水門一龍紫星門、と刀身にびっしり彫られた長剣。どこから取り出したのか、という思考よりも速く。
 
 
すとん
 
 
渚カヲルと花嫁の首を二つとも、一息に斬り飛ばしていた。
おそらく、苦痛が走るよりも速く。どういたしまして、と返すよりも速く。