リセットか、それともコンティニューか
 
 
目覚める前の自分は、そのどちらを期待してまぶたを開くのだろう。
 
 
都合の悪いことや辛いことであれば、リセットしていてもらいたいような気もするが、それでもわざわざ目を開けようとするのなら、このままでもいいや!いったれ!!的な覚悟をもっているのかもしれない。だとすると、眠りの中の自分は偉大な勇者だ。
 
 
 
「むおー」
 
ひさしく人間に詣でられていない神殿のヒマすぎる伝説石像のような声をあげる。
 
あげて、目覚めた。違和感が、あった。正確に言うと、予想された違和感という矛盾する認識が。わかりやすくいうなら、「詰まり直前状態でコンティニュー」というところ。
 
困っていた事態はまったく解消されておらず、現実は続行していた。解消するも服従するもてめえ次第だぞ、と。寝ぼけた頭でもそれくらいはわかる。
 
 
声が、じぶんのものではない。
 
少し押しつぶした伝説石像ボイスをつくってみたためでもない。性別からして違う。
いや、まあ、その気になればかなり女性声だって作れますよ?それとはまた違って。
 
 
「うーん・・・・アスカのままか・・・・」
 
 
寝た姿勢で見上げる天井は、知らぬ天井。かなり高い。生活感のない、あまり夜間使用を想定していない剥き出し蛍光灯の安めの照明と、延長コードでむりやりここまで持ってきた首ふり扇風機のぬるーい風が、侘びしいようなやさしいような。あと、蚊取り線香。
 
 
ごろり、と寝たままローリング視点移動で周囲を観察。
 
 
だらけているわけでも、現実続行を拒否しているわけでもない。もちろん、寝間着代わりらしい剣道着に包まれた肉体の感触を楽しんだわけでもない。危険の少なかろう低い体勢で現在位置の確認をしようとしただけだ。
ま、まあ、その行為は結局、かなり危険だったわけだが・・・・精神情緒的に。
むに、とか、むにょ、とかいう擬音は頭の中で抑える。無になるのじゃ、無に!喝!
 
 
ここは・・・どうも、武道場というか、板張りの、掛け軸はないが神棚があったりする、個人で所有するにはけっこうな広さの、隅の方に畳が積んであるところからすると柔道場にも早変わりするが予算の無駄使いはしない方向であるらしい、そんな武骨空間だった。
 
いつもの寺の本堂とも違う。それから・・・
 
 
隣、たたみ二畳ぶんくらい離されたところの布団に、見慣れた顔が寝ていた。
 
というか、自分だった。碇シンジだった。その中に誰がいるかは別として。ああ・・・
 
 
それにしても。この扱いは一体どういうことなのか・・・この武道場に道場破りでも挑んだはいいが、徹底的に返り討ちにあって仕方なく寝かされていた・・・・・とかいう江戸時代的シュチュエーションでもなかろう。いや、それなら道場の外に放り出されるか。
それから、そんな剣豪な覚えもない。記憶を思い返してみる・・・寝た覚えのないところから目覚めのスタートとなると、混乱してしまうなあ。そこらへんに「これまでのあらすじ」とか「今の目的は?」とかいうタグでも置いてあればいいけど。
 
ああ、ほんとうに道場破りしてました、そして負けました、なんて記憶が底の方から蘇ってこなければいいけど・・・・・・隣の、「自分」を起こして事情を聞く、とかいうのはないよねえ・・・・なんてレベル7状態。いや、7までいってたらもう戻れないんだっけ。
 
 
 
「目が覚めたか、蘭暮・・・・じゃない、碇シンジ」
 
 
がらり、と武道場の入り口らしい木の引き戸が開いて聞き覚えのある声。生名シヌカだった。夜ではあろうが深夜帯ではないのか、制服姿だった。それからこのタイミング。遠慮も容赦もない性格を差し引いても、この程度の挙動に反応してノックもなしに入ってくるあたり、まあ、監視されていたのだろう。説明役としては有り難い対応ではある。
この剣道着への着替えも、まー、女性の手でなされたのであろう、そうであってほしい、という希望的観測もできようというものだ。我ながら細かいことをこんな時に考えるものだなあ、とは思うが、これはどうでもいいことの範疇には入らない事柄であるからして。
 
 
「・・・・ふー、話聞いただけのときは、いまいち信用しきれなかったが、どーも本当らしいな・・・・・・起き抜けに小賢しいこと考えてやがる野郎の目つきだ」
 
このスケバン刑事は潜入捜査のみならず取り調べなども得意なのだろう。なんざましょう、この読心術。しかしながら、このややこしげな現状についていちいち説明したり信じてもらったりする手間が省けたのはラッキーだった。ちなみに、生名サンの目つきは鮫とか狼とか捕食側狩る側の目つきです、とか余計なことは言わない。
 
 
「・・・本当ですか・・・・僕には信じられない・・・人格転移なんて・・けど、この人なら・・・いや、しかし・・・」
「すげーこともあるもんだなあ、だが、ねーちゃんが信じるんならおれも信じるぞう」
 
生名シヌカだけかと思いきや、その後ろに弓削カガミノジョウと大三ダイサンもいた。
 
さすがに委員長こと、向ミチュまではいなかったが。まあ、確かに小学生にはショックでかすぎるであろうし、精神衛生上よくない。トラウマになられてもこまる。
 
 
「皆さん、おはようございます。・・・・・・ところで、ここはどちらなんでしょう」
 
格子戸から夜がこぼれる時間帯であろうと正座に直っておはようございます、なのは別に業界の仁義にならったわけではない。おばんでがんす、とも言い難い状況だからにすぎない。この見知った面子なら自分の家、というか、暮らしている大林寺に運ばれてもおかしくない。むしろ、そっちの方が自然だ。どうせ、ヒメさんこと水上左眼の指示なのだろうが。
 
 
それから、自分はどのくらい目覚めてなかったのか・・・・哲学的命題ではなく。
ただ、単純なスケジュール単位として、それを知りたかった。わざわざ着替えさせられているところからすると・・・
 
 
「ここは、うちの・・・というと語弊があるかもしれないが、警察の道場だ。離れみたいなもんだな、建前であるようなもんで、最近は妹たちの遊び場になっちまってるから、全焼してもさして惜しくねえ」
 
 
「はあ、警察の、というか、生名サンの・・・・・」
 
保護下にあったわけか。行き倒れというか酔っぱらいの後始末みたいな感じだが、それなら留置所にも・・・入れられてもおかしくはない困るけど。なんせここは竜尾道。
 
「留置所には先客がいたからな、とはいえ、あたしらの部屋なんて冗談じゃねえし」
あっさりというか、ばっさりというか。目つき通りのカミソリ発言でかえって安心。
 
「はあ、おかげさまで安心して寝こけてしまいました。どうも、ご厄介に」
正座のまま頭を下げる。普段と重力の、懸かり具合がちょっと違うなあ、と思いながら。
 
 
「その顔で・・・・この違和感・・・・どうしたら、いいんだ・・・・」
なぜか、口元を甲でおさえるようにして弓削カガミノジョウ。
 
「そこらへんは同感だが。これも仕事だよ弓削・・・・で、これからどうすんだ、お前」
同情のかけらもない。道場なのに。
 
「もう少し現状を伺ってみないことには、なんとも・・・・」
 
人間の頭も起動したてじゃうまく働かない。使いすぎればオーバーヒートもするけれど。
なんにせよ、知り合いが話し相手でよかった。これが未知の相手となるとまた負荷も。
これでもう少し優しく、とかフレンドリーとか、なんて言ったらバチがあたりますよ。
 
「そうか。じゃあ、伺ってみるか?何を聞きたい?」
こうして、意識することなく、素で、威圧的な感じであっても。幸せを感じねば。
これで喜びまで感じるようになると、やばいけれど。さて。
 
「僕、どのくらい寝こけてました?それから、父さんは、碇ゲンドウは、生きてますか?」
 
「副署長の指令から四日経ってる。今は夜中の10時半。それから、親父さんは生きてる。たいそうな重傷だったとか聞いてたが・・・水上城が腕利きの医者を連れてきたらしくてな、明日には退院だとさ・・・・・以上か?」
 
「生きてるのか・・・・さすがに父さんはしぶといなあ。それから、僕の目が覚めたらどうしろ、とか、なんかヒメさんに命令されていないんですか?あっちのほうの”僕”が先に目覚めてたらああしろ、とか」
 
「フン・・・それどころじゃなかったんじゃないか・・・・・・・」
「生名さん!!」
仕事だ、といいつつ、思い切り私情に振れたその物言いに、弓削カガミノジョウの声が弾ける。怠業を叱る、というよりは、禁忌への恐れや焦りを導体にして。
 
「うるさいよ弓削・・・・まあ、演技を続けてるかどうか見ろ、とは言われたが・・・・正味、お前らのことなんかどうでもいいしなあ、面倒さえかけてくれなければ・・・・・警察がヒマなのは平和の証、なんてことはいわねーが、お前らみたいなのはこっちの手にあまる。軍隊・・・いや、地球防衛軍とか怪奇特捜隊とか、そういう部署の仕事だろーからな」
 
 
生名サン、正解です。と心の中で返答しておく。この演技力を生かして、入れ替えが続いている・・・・その前に「ホントに」入れ替えを直しておかないといけないわけだが・・・・・・そんな芝居でヒメさんの目こぼしをもらうわけにもいかないらしい、いかないぞ、とそんな甘い性根でいると痛い目みるぞ、と生名シヌカは言ってくれているわけだ。
 
こうなると、やはりしばらくこのまま、これで過ごさねばならぬのか・・・・・・
 
父さんも何を考えて、こんなことしてくれたものか・・・・・いや、緊急避難なのは分かってるけど・・・・べつにこれで娘ができたわけじゃないんだから・・・・
 
 
「今晩くらいは庇を貸してやるが、母屋までとられた日にはたまったもんじゃないからな、日が昇ったら寺に戻れ。ああ、自分の体も忘れずにな」
 
「・・・そうですね、お世話になりました。お家の方、というか、警察の方にもよろしく」
「仕事だから感謝はいらねーよ。が、伝えておくよ・・ああ、それから体の方、腕も直ってるからな。城からパーツがきてな」
 
四日となると、保護もなかなか面倒な仕事であっただろう。意識がないとくれば看護に近い。プラス、つけ直し手術かー。それでも意識戻さないのは相当なもんだなー・・。引き取り手の父親も入院しとるとなれば。よく四日も寝させてくれたものだ。ここは病院ではなかった。それでいて体にとりたてて不調を感じることもない、というのは、これぞ温情というものだろう。
 
「弓削君と大三さんも。ありがとうございます」
この体だろうが、感謝するのに悪いことはあるまい。アスカもここで怒るような了見の狭さは持ち合わさせてないはず。
 
「え・・ええ・・・」
「おおーう!」
大三ダイサンの気分の良い反応に比べて弓削カガミノジョウの反応がえらく鈍いのはなぜだろう。いや、確かに妙かもしれない。違和感ありまくるのだろう。目の前に鏡とかあったら自分もそうかもしれない。に、しても・・・・・・本当、この体、どうにかならんかな・・・・・
 
 
「ま、意識がいったん戻ったんなら、朝になればまた目が覚めるだろ。もう一眠りするか?」
意識が戻ってよかった、などといって安心した笑顔を見せるでもない。あくまで捕食側狩人側の目つきのままで対処し通しであるが、嘘がない。こういった混乱状況ではなにより揺るがぬそれらが有り難い。生名シヌカのその言葉に、首を振る。
 
 
「いえ、もう十分寝ましたから、起きてます。夜が明けたら父さんと合流しつつ寺に戻りますよ。もちろん、体も忘れずに」
いくらなんでも二度寝など出来る状況でも心境でもない。心臓に毛皮を巻いてもムリな。
 
「ま、それならそれでいいか。朝までまだあるしな。・・・・洗面の類はそっちの奥だ。それから、ダイサン」
「うーい」
それで分かるらしい、大三ダイサンが背中のリュックから飲み物の水筒三つとサンドイッチやおにぎりやら菓子パンやらカップ麺やらどさどさどさっと夜食を・・・とても一人で食べきれる量ではなかったが・・・用意してくれた。寝てた分まで食べようとするのは暴食を通り越してマンガだな、とは思う。学園マンガのような、この人たちの面倒見の良さだと、そう思う。
 
 
「じゃ、こっちも休ませてもらうよ。弓削、扇風機のカメラにゃもう用はねえから切っておきな、・・・見張りたいならここでやんな。いくよダイサン」
「うーい、じゃーなー」
「ぼ、僕も戻ります!・・・・では、失礼します」
 
 
「あ、ちょっと待って!・・・・ください」
反射的に引き留めてしまったのは、何故か。言えることとやれることは全てやってくれたに違いない相手にこれ以上何を言うべきか。心細さを覚えようにも、体すら今の自分にはないというのに。
 
 
「なんだよ」
やはり不機嫌でもご機嫌でもない捕食側狩人側の目つきで振り返る年上のクラスメイト。
それに続く同じく大巨漢の年上クラスメイトと眼鏡クール系年下クラスメイト。
奇縁同窓のひとびと。
 
 
「あ・・・・あのですね・・・・・こんな状況に陥った場合の対処法とか、ご存じないかな、と。地元の民間療法だとかうちの父が言ってたんですけど・・・・・・」
 
折り紙のやっこのようなポーズでこの体の変異を元に戻す方法などをダメ元で聞いてみる。ダメ元というか、元ダメといった方が正しいかもしれない。期待すら裏返しだったのだから。まあ、そんな調子のいい話はない。その臆面も無さを恥としたのか、弓削君も赤い顔して視線を外しているし。
 
「しらん」生名サンには即座に蹴下されるし。「それから少しは胸隠せ、張るな」
「おれ、しってる」大三さんには・・・・・・・・・・・・あれ?なに?そうですか?
 
 
「どうすれば、元にもどるかだろ?そんなのかんたんだ」
 
かんたんだ、と言われてしまいました。かんたんなことだったのか・・・・・生名サンに指摘されたことでもあるし、胸を隠しながら恥じるとしよう。もしかして、おばあちゃんの知恵袋的伝統なウィズダムをたまたま聞いていたりしていたのかもしれない。
なーるほど・ざ・竜尾道地元民!閉鎖地域とはいえ、それなりに広いんですよやはり!
姉貴分の生名サンが知らないことでも、弟分の大三さんが知っていることだってある!
 
 
それで、その方法とは・・・・・・・聞き耳をたてるどころではない、にじり寄ってお知恵を拝借してしまおう。「そ、それは・・・・?」目をキラキラさせながら。弓削君がヒいていたが、ほうっておく。鏡さえなければこわいもんはない。その動向が真実を映しているのかもしれないが。
 
 
「それはなー・・・」
もったいをつけることなく素直にそのまんま知っていることを教えてくれるその名の通り大らかな大三さん。そのはずだったのに・・・・
 
 
「やめなダイサン、こいつに教えるな」
 
 
その名の通り、もしくはそれ以上の極悪非道の停止命令を出してくる・・・・・
 
 
このをんな・・・・
 
 
生名シヌカだった。もちろん、上記のような表現は口には出さない。裏切られた、とも思わない。
 
 
「水上城がこいつのどこにここまで手間ヒマかける価値を見いだしてるのか、あたしにゃ今ひとつもふたつも分からない。血筋か才能か、それとも性向か・・・肉体に付随するもんなのか、精神的なものなのか、それともそれらを込みで混ぜたもんか・・・・・蘭暮の方もどうもかなりやばい才質を・・・弓削、あんたんトコロに近いのかもしれない・・・・持っているようだし・・・あんなことがあった以上、それは完全に水上城に目をつけられてる・・・・・それも、いまんところ、どっちにあるのか、あたしにゃ分からない・・・・・こうして話してる間にも爆発して燃え上がる可能性だってある・・・・水上城の常ならぬこだわりがなけりゃ早々に外海に捨てられてるだろうさ。あたしの言ってる意味、分かるよな?碇シンジ・・・・まあ、フェアじゃないってことさ。お前に特別肩入れする理由もないから、蘭暮にも公平に生き残るチャンスを与えるべきだろうな・・・・・お前、男だろ?いや、・・・・・・今は女か・・・・・・ややこしいな、ま、どっちでもいいか。そんなわけで、お前には教えてやらねえ、てめえで考えろ。二人で相談しろ、とまではいわねえが」
 
 
うーむ、まごうことなきマッポの手先だ。なんの因果かこんな説教を喰らってしまっている。それはそうなんですけど、こっちの身にもなってほしいが、ならん!と仰っている。
まあいいよ。父さんに聞けばいいのだ。しかし、こわいし痛いことを平然と言ってくれる。
・・・アスカの方、というか、体の方というか、あっちが正気を取り戻す前にその方法くらいは把握しておかないと。
 
 
「それじゃーな」
そして、行ってしまう。もう呼び止める余地はない。ふたたび、二人きりになった。
隣を見ると、碇シンジの体は、まだ目覚めない。ほんとに生きてるのか心配になる。
呼吸の確認をしておこうかと思ったけれど、・・・熟考の末・・・、やめておいた。
限りなく一人きりに近い二人きりだ。もう少しふて寝でもしようかとも思うが、そうもいかない。もう、あまり時間もない・・・。
 
 
しかしながら・・・・・大三ダイサンが「かんたん」だと言った元に戻る方法とは一体なんだったのか・・・・・地元民には簡単に思いつく方法なのか、それともほんとうに難しく考えることもなく、とっても、かんたん、だ、な方法なのか・・・・さて。
生名サンと弓削君の顔色もいまひとつ読めなかったしなあ・・・・・・うーむ・・・・
 
 
ともあれ、のどが渇いたので、せっかく用意してくれた水筒をひとつ、蓋のコップに中身を注ぐ・・・・・・熱かった。冷たいジュースか麦茶を期待していたのに、お湯だった。なんの意地悪かと一瞬思ったが、ああ、カップ麺用か、と気づく。疑ってごめんなさい。両手を合わせて謝りを入れる。精神的に。
 
 
「・・・・・・・・待てよ・・・・・・・・・?」
 
 
その拝みポーズが脳に良かったのか、閃くことがあった。「もしや、このお湯が・・・」
 
 
地元の有名な民間療法ではないが、話に聞く中国三千年の呪い的治療法・・・・・・
 
なにで聞いたか読んだか、忘れてしまったが、確かそんなのがあったような・・・・
父さんのこんな「民間療法」が成功するなら、こっちのうろ覚え逆療法がうまくいってもおかしくはない!。・・・・オカルトの本かなんかだったかな・・・・お湯をかけると変化した女が男の姿に戻る、とかいうのは・・・・・・・
 
 
まあ、この場合は、一緒に入れ替えて戻らないと意味がないわけであるから・・・・・
女を男にする場合は・・・・・確か、水をかけていたような・・・・うーむ、この記憶はどこの脳内倉庫にしまっていたのだろう・・・・・手順の断片の覚えだけはあるのに。
 
 
なにかとせっかちなヒメさんが様子を見に来る可能性もある。今のうちにこの方法が実効あるのか、確認だけしておけば・・・・・ラストシーンになってようやく方法を思いつくみたいな悠長な断頭台展開はかんべんしてもらいたい。備えあれば憂い無し!
 
 
そして、他の水筒には冷たい・・・・スポーツドリンクが入っていた・・・・まあ、水っぽいからいいか、緑茶とかよりは近いし・・・・少しべたべたするかもしれないけど・・・・・それをコップにいれて・・・・分量が少ない気もするけど、かかった部分だけ元に戻るなんてザ・フライ、みたいなことにはならないだろう、ならないといいな、ちょっと覚悟はしておこう。
 
 
両手に冷熱それぞれのコップをもって、隣の布団に近寄る。幽体離脱的臨死体験をしなくても自分の寝ている姿をまじまじと見れるのだから考えようによっては貴重な体験だが
いや、
 
 
・・・・・考えるな・・・・・・感じるんだ・・・・・・・
 
 
そして、寝ている自分の体に冷たい水を
それから、自分の意識の宿るアスカの頭頂に・・・・・
 
 
お湯を
 
 
・・・・・とはいえ、これはかなり熱そうだなあ・・・・一応、自分の体じゃないわけだし、あんまり無茶しちゃいけないよね・・・・・少しくらいなら、ぬるくしても・・・
 
 
いや!!こんな雑念が入ってはうまくいくものも、いかなくなる!!
 
 
・・・・・考えるな!・・・・・・・感じるんだ・・・・!!・・・・
 
 
とはいえ、熱さは考えて受け入れるものでなくて、そのまま感じるもんだしなあ・・・しかも脊髄反射で。それが敏感になっていると熱さもよりパワーアップするんじゃないでしょうか・・・まさに脳天釜ゆで地獄?・・・・うまくいこうとしくじろうとなんかひどいことしか待ってないような気もしてきた・・・・・
 
 
・・・・・感じるな!!・・・・・考えるんだ!!・・・・・・・
 
 
そうだなあ・・・他にもう少し安全な方法がないか、考えた方がいいよねこれは・・・
やめたやめた。たけやぶやめた。逆さに読むと、ためやぶやけた。よし!一秒脳トレ完了。頭脳の働きも元に戻りかけている。寝起きでちょっと混乱してただけなんだ、なにが呪い的治療法だよ、そんなのないよ。ここは考えるところだよ。無理矢理感じて怪しい知識を実行することはない・・・・これは、びびったんじゃない。猪突猛進しなかっただけさ!
 
 
術式中断、危険な位置にある熱コップをひっこめようとしたそのとき。
先走る思考に封鎖され感じることをやめた、燃えぬ惰弱を嘲笑うかのように。
 
 
ドラゴンが、現れた。
 
 
「ようやく目覚めたと聞きました・・・・・シンジ殿?」
 
地元の独眼竜のいきなりの登場に
 
 
 
手が、すべった。