うまく、いかなかった。
 
 
何が悪かったのか、というより、そもそもアプローチが、その手段が間違っていたのかもしれない。・・・父親の乱暴極まる手段が成功したのはやはり、亀の甲より年の功というものか。うろ覚え式中国三千年の呪い的治療法は道場内に怪鳥音を響かせるだけにとどまった。多少強引にでもなにかうまくいった点を探すとしたら、水上左眼を驚かせたくらいのことか・・・・それも刹那のことで、疾風の速さで駆け寄って抱えられて道場奥の洗面所に運ばれて流水で冷やして手当してもらったことを考えると・・・・そのあとで「こいつを怒るべきかもはや相手にしないべきか・・・かなり迷う」みたいな顔をされたあとでやはり碇シンジ指定されて「女の体をつかってな・に・し・て・る・ん・で・す・か」怒られた・・・ことを考えると、何一つ成功していないような。頭をねじりとられて冷凍庫の中に入れられて「頭を冷やしていなさい」、とやられるかと思うくらいの新機軸・落語スプラッタ的恐ろしさであった。
 
 
恐ろしい、といえば、こんな中途半端ちゅうぶらりん自分でも迷い道くねくねごまかす準備も出来ていない状態状況でアスカの処遇についてあれこれ詰問された日にはろくな返答もできず水上左眼がどういう一刀両判断を下すのか・・・・それが何より頭部以上にキモが冷えたのだが
 
 
「・・どうにも、こういうことになった以上、外に放り捨てるわけにもいきませんので、その娘はシンジ殿とゲンドウ殿でおふたり、責任を持って管理してください。よろしいですか?」
 
えらくあっさりというか、どちらかといえば、ずいぶん投げやりなことを言われた。
 
拾った仔猫の処遇ではないのだ。まあ、そのくらいにしか考えないようにしたなら楽でいいのだけど。世の中それほどスイートではない。スイート・ビーでありぢくと刺される。
 
 
まあ・・・
 
どのような底意地の悪いこちらを七転八倒する罠が待ち受けていようと
 
「はい」
 
としかいいようがないのでそう答えた。
 
迷った末、中途半端をやるような甘い人間ではない。そもそも判断基準がごくシンプルであるから迷う必要すらない。そして、力があり。
 
けれど、父親の狙い通りになった、ということか。
 
導火線に火がついた爆弾を処理しないことを、支配者が決めた。
不健康な話ではあるが、それを追求する権利も義務もない。ただ喜べないだけのこと。
そんな爆弾は不発弾に決まっている、と思いこんでいるわけでもないのだろうに。
 
 
とはいえ、現状ボンバーガールであるところの自分としては渡りに船のおはなし。
相手の気が変わらぬうちに話を切り替えようと、もっとホットな、今一番ホットで役に立つ話題を振ることにする。振ることにした。
 
 
「ところで。やっぱり、ヒメさんは、この状態の人間を元に戻したりする方法なんかを思い出したりは・・・・されていないですかね?」
 
 
ものすごくタイムリーで熱い話題だと思ったのだけど
 
 
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 
世界で二番目に可哀相な人間を見るような目で見られた挙げ句に、返答はなし。
 
うまくいかなかった。こちらもこの先、どう話を続けようか考えるタイムラグで、柳の下で幽霊がぬるーりと平泳ぎしているような、微妙な空気が流れた。
 
直せるものなら直してもらった方がいいでしょうね・・・首から上を、みたいな目で。
 
 
「・・・・必要なものがあれば、また連絡を。あ、いや、適当にみつくろって寺の方に配送しておきましょう。ゲンドウ殿の退院の手続き等もすませてありますので。ではシンジ殿、お休みなさい」
 
命令のようでもあり、上手い具合に話を切り上げられたなあ、というようでもあり。
 
水上左眼ことヒメさんはそう言って去っていった。自分こそいつ寝ているのだろうか。
というか、何しに来たのか。
 
あの反応からすると、べつに生名シヌカのように何か考えがあるわけでもないのだろう、というか知っていれば、さっさと実行して、アスカを外に放り捨てているはず。
 
これで、父さんも一方通行的に、やるだけやったけど元に戻す方法はしらん、とかいうことになったら最悪だ。自分は困らないし都合がいいから、知っていても黙ってる可能性もある。役者を騙して調子をのせるアニメの音響監督じゃないんだから、てめえの息子を謀ってもしょうがないと思うよ?
 
 
・・・・・・あれだったら、たったの四日でギタギタのズタボロぞうきんにされた父さんを退院できるくらいに治療したという凄腕のお医者さんに聞いてみようか・・・・・・なんかヒントくらいはくれるかも・・・・・・そのまま入院させられても困るけど。
 
 
「まあ、医学の範疇じゃあ、ないよね・・・・まだ」
隣で寝ている自分は起きる気配はない。どれだけ深い眠りについているのやら。
まったくもって色気のかけらもない状況であるから心臓がドキドキしたりしない。
「SF、というか、すこし不思議、のエリア内かね」
 
 
それから、せっかく用意してもらったので夜食を片付けることにした。
 
ここ数日の気苦労でかなりやせただろうから、少々ごんぶとになっても帳尻はあう。
 
と、思う。隣を見ても薄目をあけてこっちをうかがっているようでもない。
 
どれほど深い眠りにあるのか。死より眠りが浅いと誰が決めたでもなかろうに。
 
 
 
「・・・・そんなに、怖がらなくていいのに」
 
カップうどんのあぶらげをはむはむしながら、そんなことを言い出す。
 
事情を知らなければ、自分でてめえを励ましているけなげな少女の図、になるのだが。
 
その目の色を知れば。
 
化け狐でも飼い慣らそうとする陰陽師の妖し影絵に早変わり。
 
パリッ、パリッと、設備が古いせいか、それとも。天井の蛍光灯が揺らぎまたたきするたびに、カップうどんをすする少女の姿も揺らいでいく。その本性を現像するかのように。
 
 
どこからも、その声に対する返答はない。それを認めているせいか、はなから相手にしていないのか。
 
 
「まあいいか・・・・・・たぶん、どっちにしろ、そんな感じになるんだろうから・・・」
 
 
最後の汁まで残さず啜って、鉄の血をもつ吸血鬼のように、口直しのクリームパンに手を出す。「最後まで見届ければ、まあ、そういうことになるかな」それから、ばくばくと、夢枕の獣のように、かじっていく。
 
 
 
そんな感じで、人の体だとおもって、遠慮なく朝がくるまで栄養補給を続ける碇シンジであった。
 
 

 
 
 
 
父親の病室に迎えに行くと、綾波者がそろっていた。しかも五人。
 
 
全員が赤いカラーコンタクト、なんてことはあるまいし、いまさらその異能を宿した原生色を忘れるはずも見誤るはずもない。凄腕の医者というのは・・・たしかに反則的に凄腕なのだろう・・・・このことか、と半分納得、四分の一詳しく聞かなかった手落ちを悔やむ。四分の一分、うげっと思い、四分の一、これでよかったな、と思い、さて
どう対処するべきか・・・・・向こうがこっちの外見ビジュアルに意表を突かれているうちに、なんとか表面的イニシアチブをとってしまわねば。問答無用で病室からたたき出されてもかなわない。どこからとっかかりにすべきかな、というところで、知った顔の綾波者がいた。他が白衣の大人であるのに、一人だけ学校制服の女の子であるから目立つせいもあった。病室が個室でよかったな、まあ当然の処置だろう、でもこれが大部屋だったらもうすこし楽だったのになあ、と少し現実逃避もしながら・・・その子をみる。目が合う。
 
 
綾波コナミだった。なぜか真っ黒い掃除機を片手にもっているが。
 
かなり驚いた顔をしている。どういう意味で驚いたのかは分からない。
海鮮料理食べて地元に戻るとか言ってたような・・・・・取りやめたのか戻ったのか。
ただいきなり不審を表に出してないところからすると、いきなり排除されることもない、と思う。
 
 
いちおう、父親はベッドにいるが、まだ目覚めていない・・・・綾波者に囲まれて狸寝入りを決め込んでいるようにもみえるが、もしくは無理な治療の反動がきたか。
かえって素人でも一目で完治ぐあいが分かるほどに、破れて空気抜けたタイヤがすっかりパンパンに空気補充されてるような、劇的にやられていたわけだが。
捕捉の説明が欲しい時はいつもこんな感じではなかろうかこの親父ぎりぎり・・・・という歯ぎしりはともかく。
 
 
「あー・・・・どうも先生方、いろいろお世話になりまして。今日が退院と聞いてきてみたんですケド、もう起きても大丈夫な具合でしょうか・・・・?」
 
向こうがどこまで知っているか分からないので無用な混乱はなるべく招かない方向で、名刺代名詞などは極力省いて、当たり障りのないあいさつ表現で探りにいく。ポジション的にはたまたま手がすいていたのでお迎えを頼まれてしまった遠縁の娘さん、あたりの声色で。しかしながら、どことなくおばさんっぽく、インチキ臭ぷんぷんであった。
 
 
「・・・・・君は・・・・・シンジさん・・・・・だよね・・・・・それとも・・・?」
 
蘭暮アスカの顔を知っている綾波コナミがそんな反応であるから安心した。なんだ、話は通っているのか。さすがはヒメさん、手抜かりがない。綾波関係だとどうも腰がひけてしまうけど、危害を加える殺る気ならもうやっているだろうし。
 
 
「ああ、いや、驚かせてもなんだと思ったけどそうなんです!僕、碇シンジです!いまはちょっと子細ありまして、こんな外見ですけど中身は男ですから」
答えた途端に
 
じろろろろーーーーーむ
 
合計十個の赤眼光による照射。非常に居心地が悪い。異能もちに異形をみる目で見られると、奇妙な気分。マイナスにマイナスをかけるとプラスになるはずだけどなあ・・・ラブがないせいだろうか?いちおう、不信や嘘を疑うものではないことを救いに思うべきか。
 
 
「肉体的には、ほんとうに女性。しんこうべに残っていた生体データとも適合しない」
「・・・・エレイがそう見るのならそうなのであろうな」
「しかしながらそんなレベルの人格転移設備がここにあったとはな・・・我々を呼ぶ必要もないのではないか・・・・ふーむ、施術跡もほとんどなし・・・見事なものだ」
「いえ!弱点もありましてよ!彼女、いえ、彼の姿をごらんになってください!剣道着ですよ?病院に父親を迎えるのに剣道着、というのはおそらく、生活常識の一部が消失してしまっているがゆえでしょう!肉体的にダメージが少ないとしても、精神面にそこまで深刻な障害を残すとしたら、とても実際的なシステムとは・・・・思えませんわっ!」
 
 
白衣の綾波者たちは確かに凄腕なのだろう。かつ、研究熱心というか。
 
しかし、こっちの格好が剣道着のままなのは別にそれしかなくて、それしか貸してくれなかったからだ。口に出して訂正しようかと思ったが、やめといた。
 
あ、今、父さんの片眼がちら、と開いてすぐに閉じた!閉じた!何を考えて・・・
 
まさか、この綾波連中、こっちを待っていたのか。この目の色・・・下手に直り方の相談なんかしたらまずいな・・・好きなように実験動物にされそうだ。自分たちがそのメソッドを習得するまで。ネルフとはまた別の意味で超法規的なひとびとであるからして。
綾波さんのご実家は。そんなわけでどうにか出来そうなのは・・・・
 
”クラスメイトのよしみで、できることなら、なんとかしてください”
綾波コナミに目で信号を送ってみる。盛り上がっている四人の大人たちから距離をとってさめているようであるのは遠慮があるせいか、それとも単にヒいているだけか。
 
 
「いや、もともと剣道着フェチという可能性もあるではないか!そこは想定から外してはいかん!いかんとも!」
「よしんばその可能性があるにしてもですわよ?いくらなんでも重傷から蘇った父親に会うのにそれを開陳するなんて、変態を通り越して外道の所業ですわよ!ド外道の!」
「・・・・話が逸れていないか」
「そうだ!お前たちはそれでも医者の端くれなのか?・・・着眼すべきは、剣道着を着てなにをするつもりだったのか?という点だろう!彼というか彼女の行動原理から読み解いていかねば・・・」
 
 
父さんのあのダメージからこの日数であっさり復活させたところをみると、端っこの人材を派遣されたわけではないのだろうが・・・・
 
あ、また片眼を一瞬だけ開けた。そして、閉じた。閉じやがりましたよ・・・。
 
別に直してくれたお医者さまに遠慮するようなシャイ性格でなかろうから・・・・・やはり自分と同じで綾波姓にはどうも遠慮というか特別枠があるのか・・・・・・・
 
 
「あの・・・メレイさまっ」
 
信号が届いたか、ここの同席に飽きたのか、それでも年長者に遠慮しつつ、四人の中で冷静を保っている女性に声をかける綾波コナミの配慮は、やはり前者かなと思わせる。
「いちおうっ、ご家族もいらっしゃったようですし、私たちはっ・・・・」
 
「ああ、そうだね・・・あとはコナミ、お前だけでも大丈夫だろう。大雑把に痛みを取ってやるといい。報告なんか子供にしてもしょうがないだろうしね・・・・それとも、碇シンジ、お前さん、私たちにそれを治療して欲しいかね・・・興味はあるけど・・・わたしの専門外だろうから」
 
直してくれるのなら有り難いけれど・・・・「剣道着は!」「剣道着が!!」「剣道着を!」剣道着のことについてさらにヒートアップしているあの三人の誰かが主治医になるのか・・・・・・・100%直せるとは限らないしなあ・・・・・実験おもちゃにされて終わり、なんてのはかなわない。自分の体じゃないわけだし・・・・・
 
 
「いえ、ち、父と相談してから・・・・お返事したいと、思います・・・・」
 
完全に断ってしまうのは度胸とは言わない。この場合。そう思う。いちおう、選択肢として残してはおこう。まあ、法外な治療費を請求されても払えないし。
 
 
「ほらほら、患者は治療を望まないそうだよ。義理も仕事も終えたわけだし、帰るよ、バスチタ、ブラヨ、ジンジン」
 
完全に見透かした目で一瞥すると、綾波メレイと呼ばれた女医は「えー?」「直りたくないですって!?」「まあ・・・わからんでも、ないかな・・・しかしなー長い目でみれば」心底意外そうな顔をした同僚三人を引っ張って帰っていった。どうも真剣にこっちを治療するつもりでいたらしい・・・・・いてくれた、というべきか。しまった、かも・・・・しれない。これは。
あっちょんぶりけ。
 
「あ、あの・・・人の顔で、しかも、女の子の顔でそういうこと、するの、やめといた方が、いいと思うなーっ・・・・」
「ああ・・・・異存は、ない」
 
思わずやってしまった・・・・・悪気とか、ウケよう、とか、この場を明るくしようとかいう意図はまったくなかった。ほぼ本能でやってしまった。落ち込むほかない・・・
 
 
人生という名のSLに乗って、北の外れの雪で煙る誰もが無口な車窓をそっと・・・・・
 
 
「なんでそこでしゃっきり同意!?」
 
のぞき込んだりする前に、父親に逆ギレしておく。いやさ、これは正当なる怒りだ!
いつの間にか両目をしっかり開けてこっちを見ている父親など!
 
「あ、つっこんだのはもちろん父さんだから!コナミさんにはありがとうというしか!・・・・・もしかして、かなり足止めさせてました?病室の掃除?とかまで・・・」
 
「興奮してるならそれは流してくれてもいいんだけどなーっ、でも、律儀な説明ありがと」
「感謝など、不要だ・・・」
 
「それは僕に向けてるんだよね・・・・・・父さん。でも、どっちにとっても腹立たしいのはなぜ?そんな憎まれ口が叩けること自体に感謝すべき?なのかな」
 
「・・・・・・・・ぐ」
 
追求がましい目をむけてやると、とたんに様態が急変する父親。なんと卑怯な・・・
 
「・・・・・・・ぐぐ」
 
あれ?
それとも・・・マジなのか・・・・・・・激痛をこらえてまで息子にいじわる口をきくような江戸っ子なキャラクターだったかな・・・・・うーむ、この父さんははたして本物か・・・・手の込んだ影武者だったりして・・・・・
 
「ほとんど麻酔らしい麻酔もかけなかったからね・・・・仕事に差し支えるとかで・・・・・関羽クラスに我慢強い人だねえ・・お父さん」
 
そういって綾波コナミは真っ黒い掃除機を持ち上げて・・・・なにしてくれるのかと思ったら・・・・・父親の胸に吸い口をくっつけて・・・・・「これをやると、一日から三日は何があろうと目覚めませんけど・・・・・息子さんが来たから、もう、いいんですよね?」確認めいたことを告げて・・・・・「ああ、やってくれ」確認を得ると・・・
 
 
掃除機のスイッチをいれた。その常識外れの行為を止める間もない。
 
 
「その時点で精神が感じる最大の波圧・・・・・この場合は、苦痛ですが・・・・それを吸い取る掃除機・・・・”ヨナルデパズトーリ”・・・・そんな解説なんて聞きたくない、その前に僕に会話させてよ、という顔ですが、やらせてもらいましたっ」
 
 
今度は瞼もぴくりとも動かない。ほんとにくたばったんじゃないか、と思うほどの沈黙。
 
こうなると憎まれ口でもいいから言葉をききたいのだから勝手なものだ。
 
それから、承知の上でこういうことをやってくれた彼女も・・・・やはり綾波者。
 
根本的に嫌われているというか相性が悪いというかそりが合わないというか・・・・
何されても怒れないというか・・・・・碇なのに。それにしても、この状態の半生死体を連れて帰らねばならないのか・・・・せめて寺に戻ってからにしてもらえばよかった。
自分の体の運搬もまだ済んでないんだけど・・・・・あーあ・・・・・
 
 
に、しても・・・・・
 
 
「父さんは、この治療期間の間、なんの仕事をしてたか、分かります?」
 
そんな便利な掃除機があるなら、さっさと使ってもらって自分とスケジュールを合わせてくれればよいものを。にもかかわらず、それをやらないとなると・・・・そのズタボロさで自分たちを守ろうとかいうおかしげなことを考えるような父親では、・・・・・・
 
 
どうなのだろう
 
 
それは、自問に近い。
 
 
「詳しいことは分かりませんが、少なくとも、綾波党の利益につながることでしょうっ。それは間違いないでしょうっ。そうでなければ、綾波能病院部門長のあの四人が派遣されることはないですっ」
 
綾波能病院というと、綾波党の中枢でもある・・・・そこから部門長がわざわざ・・・
それくらいヒメさんに力がある、と思うべきか、はたまた。なんにせよ、まだこのままか。
ヒメさんの許可というか放置判断というか、それが下った以上、はやいところ元に戻る・・・・・方法は、自前で確保しとくべきだろう・・・・・くそ、父さんめ・・・・
 
いや、ここで呪いの電波を飛ばしたりすると、ほんとに魂の緒が切れそうだ・・・
 
ティモテに穏便な感じで・・・・・・
 
父さん、はやく、良くなってね?はぁと、みたいな。我ながら、なんてすごい親孝行サービスだ。きっとすぐに目が覚めるだろう。さめるまでここで預かっておいてほしいくらいだが・・・・・・ヒメさんが手続きしちゃったからそうもいかないんだろうな・・・
 
 
「そーいえば、マルソの検地がどうとかいっておられましたけどっ」
 
重たくなってくる細い肩に綾波コナミの声が降ってくる。重さは、微妙だが。
重量物は、一定限度を超えるとかえって見た目と反してくるのはよくある話。
 
「マルソ?マルサじゃなくて?それがやる検地って?太閤検地とかの検地?それとも、地下世界探検を逆さにして略したとか・・・・・さっぱり、意味が分からないな」
 
「いえっ。わざわざ逆さにして略する、というやり方も意味わかんないですけどっ・・・・・・しんこうべにまでそれが波及してきたら困るから、とりあえず専門家を生かして恩を売っておこうというところじゃないでしょうか・・・・・大丈夫なんですか?」
 
「そう言われてもなあ・・・・・・というか、綾波党の皆さんでも困ることがあるんですか」
どうも、ただの写真マニアじゃないようだけれど・・・・・ここはボケの一手。ほんとに何もしらんのもあるけど。あの四人と一緒に出て行かなかったのは。個別に用があるのか。
 
 
「それは・・・・・ありますよっ。ところで、シンジさん」
 
「はい」
きたきた、という感じだが。父親の面倒をみてもらった立場上、少々の要求は呑まねばならない。小さな「っ」が語尾についているからって油断はできない。
 
 
「少し、お願いがあるんですが・・・・」
 
「はい、皆さんにはお世話になりましたから、僕に出来ることでしたらなんでも。少し年季の入った写真機で写真をとってもらってもいいです。説得力があれば、アングル、ポーズの要求にも応じます。存分にとってもらってもいいです。心ゆくまで・・・・・・でも、残念なことに、今の外見がこんな調子で・・・・・肖像権の関係というか、僕の一存ではそこまで応じられない可能性もありますので・・・・・現像した写真とネガはこちらに頂ければ・・・撮られることには、僕もちょっと興味あるんですが」
 
 
「あ、いや・・・ちょっと聞きたいことがあるだけですからっ・・・・・写真はまたこんど・・・・ええ、元に戻られた時でも・・・そうじゃないと・・・・意味ないですし・・・・・ないでしょうし」
 
「え?ああ、そうですか・・・・・ちょっと先回りしすぎましたか。すいません」
油断すまい、と思いすぎたあまりにとんだ無礼をはたらいてしまったのはあるまいか。
とはいえ、こればっかりは。ほんと、早く戻らないとなあ・・・・・・
「で、聞きたいことって」
 
 
「シンジさんは・・・・・魂の存在を信じますかっ?・・・・といいますか、魂の宿る場所というか・・・・・ちょっと、そうなってしまった人に尋ねるのは無礼かもしれませんが、わたし、そういうことに興味があって・・・・・・・できれば、知りたいんですっ・・・・・・・魂のある写真を撮るにはどうしたらいいかって・・・・・すいません、バカみたいですよね・・・・こんな風になっちゃって困ったひとにこんなこと聞くのって」
 
 
やはり、ちいさな「っ」は、信じてみてもいいのかもしれない・・・・・・
 
その瞳には熱がある。宗教とは関係なさそうな、ちいさな己をささやかに納得するための。
無味乾燥の寒波から心を守るための詩心の火、それで湧かした白湯にも似た真摯。
 
 
答えるにやぶさかではない。それくらいなら
 
 
どっこい
 
 
それが演技だと見抜けないのは、先に疑ってしまった、というやましさのせいか、それとも単に人生経験が足りないせいか、はたまた・・・・・・・魂など、実のところないわい、と思っているせいか。
 
 
「僕も、探しているところです」
 
 
おそらく、難しいことを簡単に組み替え直す能力がないのなら、この手の問いかけに関わるべきでも関わらすべきでもないのに。
 
 
「というわけで、魂は今のところ、ありません。旅行中というか待機中というか合流待ちというか受容申請中というか・・・あ、でも否定派というわけでもなくて、あってもいいだろう派というか、でもそれを目当てに悪魔と取引しないといけないよーな話ならない方がいいような気もしますが、それも寂しいような・・・・あ、もしかしたら仕事や作品への情熱という意味での魂ということなら話は違って・・・」
 
 
中庸中道というのもひどい気の抜けきった返答ではあったが。
 
 
「つ」
 
 
大きな「つ」だった。そのようにしか聞こえなかった。綾波コナミの目の色が強く濁り、その口から噛み潰すように弾かれた「つ」。碇シンジの耳に、刺さった。
 
 
「コ、コナミさん?」
 
雲を踏むような、タマゴを踏むような足先であろうと、踏むときは踏むのか地雷、と狼狽える碇シンジ。相手の赤眼光のやばさ具合はランセルノプト放射光レベル。クラスメートだからといって甘く見すぎた。
 
 
「つ」
 
コケにされた、と思った。
 
いくらなんでもそのコウモリ具合はないだろ、と思った。魂のない人間など、バグベアードに映らない人間などいるか、と。その秘匿具合は向こうが一枚上だったのだろうからそれはいい。ただ、そんな状況になってまで、そんなちんけな解答はないだろう、と。
 
ホントニコイツニタマシイハナイノカ?男が女に入れ替わった?ダト?
 
そんな秘匿に不都合な状況になっても手がかりの片鱗さえ見えないというのは・・・
 
コイツノタマシイハドコニアル?どこぞの金庫にでもいれて保管してある、ノカ?
 
能病院部門長たちが診察して人格の入れ替えなどというふざけた芝居が見破れないはずもない。細工をしていれば、舞台が変われば馬脚を現す、はず。なのに、それがない。
それほどレベルが違うのか・・・・・・こんな自由自在・・・または
 
 
それが本心なら、こいつは本物の化け物だ。人間のかたちをした何か別のもの。
魂、とは本性のことだ。本性のない人間、というのはなんなのだ?赤子にも本性はある。
心や精神が絵の具であるなら、魂はキャンバスだ。それがないのに絵が描き出されるはずもない。ただでさえ・・・・なのに、怪異の効かない怪異であるくせに、それがさらに怪事件遭遇当事者、二重怪異って・・・・・どんだけなのか。のっぺらぼうがたぬきにばかされるよーなものか?
 
 
それなのに・・・・自分の耳がおかしいのか・・・・・嘘をついているようでもないのだ。こんな様態になってまで完璧な嘘がつけるほど人間の人格は強靭ではない。
 
 
オバケ。
 
ぶつつっっ
鳥肌が立つ。部門長たちと一緒に帰ればよかったのに。
 
 
・・・・・コ、コケにされているのだ。それだけのこと。こいつは、並はずれてそういったことを誤魔化す能力に長けているだけのこと・・・・・・・お化けなんてないさオバケなんてないさ、オバケなんていない!!こんなもんが日中の病院にいてたまるか!呼べばすぐに誰か看護師さんとかが来てくれるわけだし・・・・・おそれることはない。
 
 
自分など確かに無能に近いが・・・・力ある物品がなければなにもできはしない。
だが、それが用意されるなら無制限に力が使える。物品が耐久する限界までであるが。
地味であるのを通り越してなぞなぞに近い己の能力がそれである、と発見するまでかなり時間がかかったが。
 
 
「・・・・・なんか顔色が悪いけど、大丈夫?もしかして、父さんに近づきすぎてなんか月曜日から日曜日まで沈思黙考、陰鬱になるしかない怪しいイチジクオーラを吸っちゃったとか?・・・・ちなみに、僕の答えが的はずれのせいだったら謝ります」
 
うわ、ものすごい心配顔で近づかれた。中身はオバケのBダッシュでも、顔は美少女であるから始末に負えない。どう反応してよいのか困る。「こ、困りますよねっ・・・」
なぜか同意を求めてしまう。困っているのは自分自身であるのに。
 
「?・・・・・やはり、イチジクオーラ・・・・・もしくはネルフ菌か・・・」
自分のぬるいコーラのような返答で怒らしたわけではないらしい、という安堵を隠しながら真面目な顔を作りてほざく碇シンジ。鏡を前にしない本人はいいが、言われた方は惑いしきり。
 
「い、いえっ、そうではなくて、シンジさんの、その現在のからだ・・・いえ、状態といいますか、さぞお困りだと思いましてっ!そういうことですっ、・・・よねっ?」
会話の順序的には河原のぴょんぴょん飛び石のようなところだが、相手に通じた。
というか、聞きたいように通じたいように通じた、といった方がよいか。
 
理解の波紋はオーバードライブする。
 
「そうなんだよ〜!男が女の体になってんだからいいだろう、とかいう意見が多くて困るけど、承知の上でやったならともかく、無理矢理やらされて戻る方法すら教えられてないんだから腰が落ち着かないことこの上ないですよ!!困ってます、実際アスカがいつ目覚めるかこの瞬間にも眼がさめているんじゃないかとおもうと・・・・その後に現出する修羅場を想像するだけで・・・・・あ〜鬱だ鬱だ鬱だ。分かってくれてありがとう!」
 
サービスになるのかどうか、そのつもりであったのかはどうか不明だが、感激のあまり綾波コナミをぎゅーっとハグする碇シンジの惣流アスカ。
 
 
「うぎゃっ!!」
ヒゲの父親なんかより、あんたのほうがよっぽど脅威でデンジャーですよ!こんなサプライズなんか嬉しかねーしハグなんか冗談じゃねーこのハゲ!と、さらっと体をかわしてケリのひとつもかませる体術など綾波コナミにはない。どちらかというと、同年齢女子の平均より鈍い反応であった。慌ておびえたそのあげく、能力を発動させた人差し指で碇シンジこと惣流アスカの体に触れてしまった。
 
 
「・・・・・・あ」
 
 
”スイッチを押す”
 
 
壊れていようと、機能発動を拒否されようと、そもそもそれ自体がなかろうと、
とにかく、スイッチを押してしまえる能力。押すだけでそれ以上でも以下でもない。
押した結果、どうなるかは分からないし、方向を指示できない、さじ加減出来ない。
かなり無責任な能力。能力には責任が生じるとはよく言われるが、とりようがない。
いっそ、その無責任路線で人生送ってやろうかともたまに思うのだが・・・・・
悪魔というか小悪魔の誘惑だが・・・・・一度だけ押したことがある人体への経験がそれをギリで押しとどめてきた。のだが・・・
 
 
美少女の体は停止している。のしかかったマネキンに近いそれをそーっと引き離し、何かの間違いでないかと、そうであってほしいとその様子を観察するが・・・どうにも。眼の光が消えているのは、内部で再起動をかけているせいだろう。不可逆のリブート、その目の奥にとりかえしのつかない虚ろがとぐろ巻くのを覚えている。うわ・・・・
 
 
 
「やってもうた・・・・・」
 
 
こんな時、人はなぜか関西弁になる。まさかあれだけ内心びびっていた相手にあっさり自分の能力が通じたことに喜ぶ状況ではない。その対象もまだどっちなのか不明なのだ。