「ほんとーに大丈夫なんですかっ?」
 
 
「どこも痛くないし・・・大丈夫だと思うけどなあ、たぶん・・・・きっと」
 
 
これで何度目になるのか・・・・心配も度を越すとやはりウザ・・・いや、心がぽかぽかする以上に暑いというか・・・しかも綾波コナミの心配には具体性がなく、当人もどこらへんを心配せねばならないのかよく分かっていないようなふわふわ調子であるからこれまた。具体的にどこらへんが大丈夫でなさそうなのか聞きたいところだが、それを口にしようとするだけで気配を察知して泣きそうに赤い瞳に涙を盛り上げたりするのでそれもダメときている。ふざけて遊んでいる・・・・わけでもないようで、当人はいたって大真面目。しくじれば首でもかかっているような真剣さで大林寺まで泊まり込んできていた。普通に考えればちょっとワクワクどきどきな状況であるが、まったくもってそうならない。
 
どちらかといえば、早々にお引き取り願いたい状況ではあるのだが・・・・・・
 
 
「それじゃ、ごはんを運んできますねっ」
 
エプロン姿でお盆にサンドイッチにオレンジジュースと点滴パックを乗せて運んでいく綾波コナミの図、というのは、碇シンジにとってはなんとも有り難く、冗談抜きで後光がさしているように見えた。いや、マジでマジで!と、近頃絶滅が確認された古代若者語をつい使用してしまうほど。初登場の時は思わず大怪笑するほど戦慄してしまったけど、そんな過去は忘却してしまいたい。やはり、綾波姓のだけのことはある・・・・なんか迷惑かけてばっかりなんですけど。一方的に。借りてばっかりで後々の取り立てがこわいほど。
 
・・・・綾波さんに感じる恐怖の本質とはまさか・・・・・!ちょっと悟ったりもする。
 
 
この借りはどれほどいかばかりになるのだろう・・・・・まっこうくじらも喰らってしまうという伝説の大王イカほどかまさに悪魔の十本足・・・・・今日の晩ご飯はイカ刺しにしようかなー・・・・新鮮でちょっといいものを買ってコナミさんに・・・
 
 
 
などと考えられる碇シンジは、男に戻っていた。昼食もまだ終わってないのに晩飯のことを考えても、いちおうボディは男性のそれになっている。
 
 
 
直った原理はよく分からないが(それをいうなら入れ替わった原理もまた不明なのだが)直してくれた者は見当がつく。ほかに思い当たらないので、まあ、彼女だろう。
 
その自覚がないらしいが・・・・・綾波コナミ。彼女の、おそらく異能の宿った指が触れた途端、(体感的にはすぐのことだが、客観的には十五分ほどかかったらしい)、体の入れ替えが元に戻った。いきなり病院から警察道場に場面が切り替わったのでびびった。最初はテレポートでもしたのかと思ったが、鏡を見て分かった。
 
 
「僕だ!!」
 
大声をあげたので生名さんの家族が驚いて現れたけれど、そんなのも気にならないほど喜んだ。やはり、自分の体がいちばんいい。この感覚は入れ替わりを体験したひとじゃないと分かってもらえないだろうなあ・・・・・ゴースト・イン・ザ・シェルも大変だよ?
 
少々「こいつとうとう壊れたか」みたいな目でみられても平気さっ!かまうものか!
 
寝っぱなしのために体があちこちゴキゴキいうので慣らすためにストレッチを始めたら
「うわ!ゾンビだ」「こわいー」「ぞんびってからだやわらかいのでありますか?」「いや、とうとう彼の体に定着しきったんだろう・・・不憫な」「もう一度強いショックを与えるといいかもしれんなー、おいシヌカ」「・・・なんであたしなんだよ・・・・まあ、あの体で一生過ごすのも、ちっとアレだろうしな・・・・蘭暮、がまんしろよ」
 
 
連続口撃くらいはおおせのとおりに我慢もしますが。
 
チャイナ服のストリートファイター並の高速連続足蹴りを喰らってしまったりもしたが。
 
もはやストレッチどころじゃない、関節あちこちはずれかけたが、げ、元気です。
 
「あ、あの・・・実はですね・・」乾されたタコのように釈明というか説明するも。
 
 
「あー、戻ったのか。そりゃ良かったな」
 
謝罪の言葉はなく、それですまされてもしまっても・・・・・・なんとか、耐えていける。
自分の体だからこそ。この痛みも・・・・自分のもので。どこかにやり場もないけれど。
・・・・・・ものすごい警察24時だ。こんな暗部が隠されていようとは・・・・・
というか、トップがトップだしなこのヒメさん国は。まともな裁判所もなさそうな。
 
 
「・・で、蘭暮の方の始末はちゃんとつけてんだろうな・・・・」
耳元にそっと近寄られたので、囓られるかと思って身を引いたら頭を掴まれてドスが十分効きすぎている小声で囁かれた。うぶな後輩を騙す許せねえ女たらしに脅しをかけている・・・わけではない。意味は分かる。やはり、公平じゃあない。女性は女性を心配する。
 
 
「ふっ・・・言われるまでもありませんよ」
男の体に戻った余勢を駆ってナナメの鼻息でちょっと言ってみると、そのままアイアンクローに移行。「その鼻息が気にいらねえ・・・・どこのゲゲゲの若大将だよ」ゲゲゲ方式は直噴型ですよ生名サン!!と異議を唱えようともこの握力。さすがに鋼鉄のヨーヨーで鍛えているだけのことはある。一方的に締められた。なんか、勝てるところがない。
 
 
 
「お世話になりましたー」
 
「もう来るなよ」「また来てねー」「来てくださいであります!」
「シヌカ、その言い方はない・・・・いや、あるのか。そうだな、年齢を考えると、来ないに越したことはない、か・・・」「難しく考える話かよ?、別によかろう若いうちから人生勉強も」「うちみたいなチンケなとこで人生勉強もあるかよ?公民館よかヒマだろ」
 
 
そして警察道場を辞して改めて、ゆっくり病院に向かうと・・・・・・・元に戻った蘭暮アスカこと惣流アスカがいる・・・・・はずなのだが
 
 
 
「やりすぎちゃったかなあ・・・・・・・どうにも」
 
そんなことを呟いてゆっくり。面倒な説明を他人に任してしまう確認牛歩であった。
 
 
そこにいる彼女が誰なのか、やらかした当人は当然、見当がついているのだから。
 
 

 
 
 
あの状況で確認が完璧であった、とは言い切れない。そも、人員がたったの二名なのだ。
 
 
 
しかしながら、その人員は自分と冬月先生であり、あの極悪天候の中ではかえって最善の人員配置であったとも確信する。多少でも惑いを生じるような生半可な人間では見誤り己の進退すら見落とすハメになっただろう。そも、あんな状況に飛び込み関わるのは、優秀な人材ではありえないのだが・・・・まともな人間は、あそこにはいなかった。
あらゆる意味で。そう言える。
 
 
だが、神ではない身ではその断言に事実を従わせることは出来なかった。
神ならぬ人の身では、起こった事実に沿っていくことしか出来ない。
素人の踊りだ。その足を踏み踏まれなんとか転ばぬように無様に舞っていく。
 
 
だが・・・・・それにしても・・・・・
 
 
この自分と、冬月先生の調査探査能力、眼力をもってして・・・・
 
 
二人もの人間の存在を見落とすとは・・・・・・事実は事実だが・・・・・
長い間、信じられなかった。実際、二人いたのだと、分かったのは斬り終わった後であり、ユイに警告を与えたあの瞬間、自分が感知していたのは、一人だった。ひとつの影が。
ラインの上にあったのは。
 
 
ほんとうに二人だったのか・・・・・いまさら考えても仕方のないことであったが。
 
 
ユイが「しくじった」、というのはどういうことだったのか・・・・・これもいまさら聞けはしないこと。きっちり誤魔化されず、問いつめておけばよかった、と思うが。これも。
 
 
まさか・・・・・
 
 
と、冬月先生と二人して、後で気づいた。どうも、おかしいぞ、と。
 
こちらが気づかぬはずもないことに、気づかぬユイでもあるまいから・・・・
それも、織り込まれていたのかと。あのどんぶり勘定にはさんざんやられたが・・・
 
 
あっけらかんと、それを告白するゆえ、なんとかしてきたし、なってきたのだ。
 
無茶ぶりではあるが、そも振られてみないと対処しようもない。永久機関かと思うくらいのその魂の駆動ぶりは確かに謎で仕方がなかったが、秘密の二字とは縁のない女だと思っていた・・・・メガトン級ギガトン級の大迷惑でも夜討ち朝駆け平気で共有かけてきたような女がいまさら
 
 
どのようなつもりで、
黙っていたのか・・・・・・・
 
 
あの未熟のウシャ、福音どころか黙示録に近い堕天体のあれに「竜」の一字を与えた時、だいたいの魂胆は読めたが・・・・
 
 
しくじった、と
そのあとを呑み込んで。
 
 
これは誘いなのか・・・・・惑わせる・・・・・別に仏道に精進しとるわけでも、むしろ逆方向だが、・・・・まあ、選べる道はひとつでも、不思議なもので迷う方向は千も万もある。道標をもつ者たちが繁盛するわけだ。
 
 
言えぬゆえに、傷は深く
かえって跡が鮮やかな
 
 
 
どちらを残すべきか、それとも、全てを残さず消し去るべきか・・・・・・
誰にもその跡を辿れぬように
 
 
 
「・・・・うさん・・・」
 
 
碇ゲンドウは眠りながらも思考する。沈思黙考にはかえってその方が都合が良かった。
煩わしい目に入り込んでくる事象たちはおおかた思考の邪魔であり。夢もまた作業現場。オフィスのひとつにすぎず。
 
 
「・・・・・とうさん・・・・」
 
 
このように呼びかけてくる声というのも、いくら弱々しく小さかろうと、仕事の邪魔の騒音であった。自分でできることは自分でやれ。自分でできそうもないことも自分でやれ。自分では絶対できそうもないできるわけがないことも、やれるようになれ・・・・。
 
 
部下には厳しく自分にも厳しく、身内にはもっと厳しい碇ゲンドウであった。
ちなみに、自覚はあまりない。
 
 
「・・・・・おとうさん・・・・・」
 
 
お前はもう赤ん坊ではない、自分の足で立てるはずだ・・・・・私もそうしてきた。
自分の足でたて・・・シンジ・・・・・・・
 
 
とはいえ・・・・声が違ったような・・・・しかも、聞き間違いでなければ、「父さん」ではなく、「おとうさん」だったような・・・・・・耳を澄ませて、もう一度・・・・
 
 
「おとうさん・・・・・・・こわい・・・・」
 
 
確かに、おとうさん、ではある。聞き覚えのある声だ。息子ではないが。しかし、なんかトーンが違うような。ぼそぼそしたしゃべり方はレイに似ているが、どうもこれは・・・
 
 
片眼だけあけて様子をうかがう。物心ついたころから用心深い性格であったから、これを見破れるのはユイくらいなものだ。ククク・・・・いや、思い出し笑いをしている場合ではない。さて、潜望鏡のように状況を静かに確認してみると・・・・・・・
 
 
「・・・・・・・・・?」
 
 
セカンドチルドレン、アスカラングレーがいた。自分を見下ろしている。なんとも気弱な少女の瞳。・・・・・明らかに、息子シンジの目ではない。まあ、当たり前なのだが。どうにかして元に戻ったらしい。・・・・しかしながら、まともな戻り方ではなかったのかもしれない。肉体的体力的に衰弱している、というわけではない、このダウン具合は、人格の基礎部分を粉砕されたもののそれだ。多量にあった活気、その礎となる魔性が大幅に減じている。自分と交渉にやってきた時とは見る影もない。さながらどこぞの血を吸う鬼にでも戦闘レベルを根こそぎもっていかれたかのような。一応、未成年のやらかしたことは保護者の責任、子供のやったことは親の責任でもある。怯えている・・・・・使徒戦にも怯むことのなかったその顔が・・・・何に対して、そこまで恐れるのか・・・・・もし、レイがこのような顔をすることになれば・・・・・自分は、それを成した者を地獄に落とす。己を含めて道連れだ。
 
 
が、この現状、惣流のセカンドチルドレンに、このような表情をさせているのが、てめえの息子だとすれば・・・・・十中八九、そうなのだろうが・・・・・悪いのは・・・・
 
 
うーむ・・・・・・・沈思高速黙考マギより速い謀略算段・・・・・・・願いましては・・・・・・
 
 
判断はもう少し、情報を集めてからにしておこう。とりあえずシンジの口から事情を聞いてからにしても遅くは、ない。だろう。・・・にしても・・・寝ている自分のすぐそばとは・・・・・・シンジは不在なのか・・・・・庇護を求めるにも他の人間は・・・・・
 
 
いないのか・・・・・・?と思ったところで、こちらにやってくる足音が聞こえた。
 
 
ひとまず、目を閉じる。我ながら用心深い。シンジではなくどこぞのプロでもない。
 
 
「お食事というか栄養補給の時間ですよっ」
 
 
綾波コナミだった。場違いだろう、と思いもしたが、傷自体は完治した以上、医療専門家の四人は居残る理由もない。さりとて、この綾波の娘にもそこまで義理堅くされるいわれもないのだが・・・・・・考えていると、てきぱき点滴パックを取り替えられた。苦痛のコントロールには慣れてもいるし、意識は保っていられるだろうと予想したがやはり西洋の呪具は勝手が違う。告げられたとおりに日数喪失していたらしい。
 
 
かたかたかた・・・・・わずかに体が震える・・・・・・・のは、伝導するゆえ。
 
 
綾波コナミが入ってきた途端に布団の端をセカンドチルドレンが握ってそのまま
震えている。まるで対人恐怖症だ。が、気を悪くすることもなく綾波コナミは
 
 
「ヨワネッタちゃん、あなたには、サンドイッチありますよっ。オレンジジュースも。・・・・でも、切り替わってもらえると、罪悪感感じなくて助かるんですけど・・・ラングレーさん」
 
顔だけだったらしい。確かに今のこの娘に接するとたいていの人間は壊れ物のガラス皿で皿回しやっているような危うさを覚えるだろう。それならば
 
 
 
「・・・・碇シンジはいないんだろうな・・・・今、こいつに会わせたらこっちまでダメージがきそうだ・・・・・完全に目が焼かれてる・・・・あれほど欲しがってたのにな・・・憧憬の太陽を直視すると、こうなるわけか・・・沈んだ太陽・・・・隠れて見てるとかもダメだぞ」
 
 
しばらくの沈黙の後、人格が切り替わったらしい。声だけで分かる。内蔵する力のケタが違う。こちらは別物のようにパワーアップしている。いや、強靭になったというべきか。どこまで熱しても溶解することのない矛盾の炎剣のような。これはこれで危険な兆候だが・・・・・今は
 
 
「だからわたしがこうして運んできてるんじゃないですかっ。まあ、あとでアルバイト代は請求させてもらいますけどっ」
 
娘っ子に気づかれるほど甘くはないゆえに、鉄の顔皮でスルーする。
 
「それだけじゃ、ないンだろうに。下手打ってた場合、あの片眼女に斬り殺される・・・・・一体、なにやったんだ?夢から覚めてみればアスカはいなくなってるし、ドラの奴は幼児退行起こしてる・・・・・・病院の時は現状説明で時間が終わったけど、・・・・正直に言わないと、焼き殺すよ?」
 
「だから、シンジさんに聞いてくださいよっ。もしくは、そこのヒゲのお父さんに。この人たちが元凶なんでしょー」
 
「・・・それは否定しないけど。いろんな意味でこの二人の男が悪いんだけど。この世に存在し続けていいのか微妙なところだけど。諸悪の根源といっていいんじゃないと思うけど、ラスボスじゃあないし。・・・・シンジには会えないことになってるし、この痩せゴリラみたいなオヤジ・・・・・そろそろ離れよ・・・・・・まさか自分の中にこんな属性があるわけじゃないわよね・・・・・と、こっちも素直に話すタマでもないだろうし・・・と、いうわけでアンタに聞くしかないってわけ。別にこっちも聞きたくて聞くんじゃないから。仕方なくなんだからねっ」
 
「うわ、もしかしていまのわたしのマネですか。似てない・・・・・全然似ていないっ」
 
「?・・・・・え?どこが?・・・とにかく、教えなさいよっ・・・・アンタも妙な力もってるみたいだけどこの距離なら・・」
 
「とにかく、先にサンドイッチ食べてくださいよっ。せっかく持ってきたんですからっ。弱ったちゃんのほうは拒食がちで・・・この部屋からほとんど出ようともしないんですから・・・まー、シンジさんがこの寺から出て行けば済む話ですけど・・・・わたしが出て行けとかいうわけにもいきませんしっ?おなか減ったでしょうっ?」
 
「まー、そうかな・・・・補給がなければ戦争はできない・・・・・むぐむぐ、きゅー、はい補給終わり・・・・全然足らないわねえ・・・味付けもヘドバのやつの足下にも及ばない・・・・なんか切なくなってきた」
 
「なんで点滴パックを切ない目でみてるんですかっ、それからそのヘドバさんとやらがどれほど超コックさんか知りませんが、相対的にわたしの料理スキルを貶めるのはやめましょうよっ」
 
 
あーだ、
こーだ、とかしましい。
 
娘っ子はよくしゃべる。半分、綾波コナミの方が寝ぼけ半分のラングレーを煙に巻いているようなところはあるが。まあ、そうしないとあの火事の二の舞かと思えば必死にもなるだろう。顔色に出ないところはさすがに稲村Jの娘か。罪悪感を感じぬためだけにこんな危険人物を起こすあたりは。ただ少女なだけかもしれないが。
 
 
結局、寄り道が多すぎて効率的に情報収集、というわけにはいかなかった。
 
 
「あまりあたしが時間出過ぎると、アスカが戻ってきた時に不具合が起きそうだ・・・・・あのバカがどんなつもりでこんなマネしてくれたのか・・・ま、半分は自業自得なんだけど・・・・弐号機が戻ってきたらタダじゃおかないから・・・・・」
 
 
聞かせるつもりの説明ゼリフでもなかろう、そのわりにはその独り言はどこか満足げで。
 
ラングレーは内に引っ込んで、また表には迷子の仔猫のようなのが。
 
すりすりと戻ってきて、布団の端を掴んだ。そうすると多少は落ち着くのか・・・・・トサカ頭の毛布少年のような・・・・・激変の芸風といえる。いや、もっと事態は深刻なのだが、碇ゲンドウにとってはその程度のこと。シンジのやつに振っておけばどうにかするだろう、というか、しろ、程度の。
 
 
 
「目、覚めてますかっ」
 
べつに年代的にアゴの長いプロレスラーのマネをしたわけでもあるまいが、それと匹敵するような唐突さであった。「こちらのヨワネッタちゃんがこわがるから、もう行きますけど、苦痛の波が引いたようでしたら起きあがってくださると、いろいろ助かるんですが」
 
 
・・・・・わざわざしんこうべから第三者的観光でも100%善意の助っ人でやってきたわけでもなかろう・・・・本来的にはこちらの足を引っ張りにやってきたのだろう、が・・・・・
 
 
大人のダダを子供が背負い込むことはない。のは、間違いない。
 
とはいえ、物事にはタイミング、というものがある。ここで、はいそうですか狙ってましたよ、みたいな調子で起きあがるわけにはいかないのだ。司令職の前歴をあげるまでもなく。大人は難しい。綾波コナミには悪いが、去るまで黙っていた。念のため、帰ってしまうまで待とうかと思い待っていたら、なかなか帰らない。まさか泊まり込むのか・・・どうもいろいろ言葉巧みにシンジに使われている様子を漏れ聞くに、その可能性が高い・・・・・・すでに夕刻。うーむ、時間を無駄にしてしまったような・・・・・・
 
 
 
にしても・・こちらの娘も、まったくこの部屋を出て行かないのだが・・・・・
 
レイ並に大人しいというか、いや単に生気がないだけなのだが・・・・・
これは、そばでピコピコ携帯ゲームをやられたり遺産相続の相談をやられるよりも疲れるな・・・・
 
とはいえ、出て行け、とも言い難く。
 
 
 
太陽が沈めば、当然の如く暗くなる。その闇の中に慣れているか。一人でいる闇の中に慣れているか。自分は慣れている。そこでどう過ごすかなど。文字の見えない書斎。そこに蜘蛛のように巣くっていても一向に平気。むしろ平安をおぼえる。もとより陰の住人。
陽のもとには客で来たようなものだが。
 
 
「・・・・・心配、いらない」
 
「あ・・・・」
 
そっと、布団の端をつかんでいる手を、包んでやる。暗闇の探る杖を与えるように。
枯れた岩のようにやるのがコツだ。
 
 
こちらの娘は、そういうわけにはいかず。平安であろうとなかろうとそれにほど遠かろうと、陽の、火の本道に戻さねばなるまい。このままだと、ほんとうに衰弱死しかねない、というのもある。バランスが崩れている。三者がそろわず、元に戻るのが早すぎたのだ。
拙速というか・・・。右眼に診せてなんとか出来るか・・・・・・
その点、息子の実力を見誤っていたのか・・・。残酷なほどにひとつしか見えない集中心。
子供は成長するものだが。今回は、こう言わねばなるまい・・・・・・
 
 
カエルの子でも、ボケガエル
 
と。