「お客様、遅延分を回復なさいますか?」
 
歓喜の声だった。
 
 
そこはノーザンクロスだった。プラットホームに自分は立って、列車乗車口前に歓喜たちが立っている。ヤニ、ススキノ、それからマサムネ、そして、黒犬仮面。
 
 
自分の答えを、彼らは、待っている。
 
 
遅れた間に何があったのか、見て、知って、なお下す自分の判断を。
 
ずいぶんとサービスのいいことだ。この連中に限って、いまさら乗せたくないから、あんなものを見せたわけでもなかろうに。目を見れば分かる・・・。
黒デブ猫と黒犬仮面はちとわからんけど。
 
 
代価を払って自分がこの列車に望んだことは、ただ目的地に到達することではなく、碇シンジとの同行であり、それが叶わなかった、ということは銀鉄にとっては、同じ銀鉄列車による妨害があった点も差し引けば、かなり体面丸つぶれな事態なのかもしれない。
 
 
しかしながら・・・・・自分はもう、それを知るために、遅延証明を使用してしまったのではないか。遅ればせながら、自分は碇シンジの目的地、光馬天使駅に辿り着いて、そこであったことを見た。知った。多少の失態を埋めるに十分なサービスだといえる。これ以上なにか要求するのは、さすがに・・・。モンスター乗客の異名などとりたくはない。
 
 
歓喜の声には誠実があり、あなたにはその権利が正しくあるのですよ、と、礼節を踏まえた笑顔で告げているのだけれど。どうもなー、そこまでサービスされると、管理役なのだろうそこの黒犬仮面にあんたたちが立場悪くされるんじゃないかと思うと・・・・
 
 
「なんか、ぜんぜん分かってない顔なのよ〜、チエンをかいふくって何?みたいな顔なのよ〜」
「そう思うなら、捕捉説明をしてやるべきだろう・・・まあ、こいつに期待するだけ時間の無駄だが・・・いささか複雑怪奇な事態になってしまっている・・・面倒な」
 
笑顔ではあるが自分の発言名詞をそもそも理解しきれていなさそうな黒デブ猫と、その面倒事の全容を完璧に把握しそれを解決する能力と知力を持つがゆえ、憂鬱で愛想のない賢猫、向かい合い耳を傾けるべきはどちらか・・・迷う必要などあるか!
 
 
「どうゆうこと?」
ヤニにたずねる。こちらにサービスしてくれるだけ、という単純な話でないらしい。
誰のせいなのか・・・・・見当はつく。ついている。つかいでか!!
 
 
「その前に確認させてもらうのであるが」
 
威圧的かつ偉そうに、黒犬仮面Z・O・E二世が横やりいれてきた。竹槍を突き刺してやりたくなるが、まあ我慢する。「なに?」あのバカの不始末ならば
 
 
「ソウリュー・アスカ。そなたは、この列車に、なんと命名したのであるか」
 
 
「はあ?・・・・・名前?・・・・・名前は・・・・・・・だって、この列車は」
 
 
なまえのない銀鉄。そのはずだ。その命名権は自分が遅延証明とともに受け取ったはず。
 
 
 
いや・・・・・
 
 
待てよ・・・・・?
 
 
たしか、ヤニはあの時、この列車に名を授けるときにやって来る、と言ったような。
 
ああ、いやいや証明書に付け足しのように書いてあったんだっけ。
 
指名するなら命名せよ、と。それまで命名延期ならそうするしかないじゃん。ばか。
 
それが遅延証明を行使する条件・・・くわしい原理はよく分からないけど。
そんな取り交わしというか契約というか約束だったような。自分たちの間のことでも。
 
 
さて・・・・・
 
 
そういえば・・・・・
 
 
自分が名前を呼んだわけでもないのに、なんでこの列車が・・・・べつに鉄道マニアじゃないけどあれだけ乗ればそれなりに見分けがつく・・・・・自分のところに現れたのか。
 
銀鉄側になんらかの危機があって、助太刀を頼みに来た、とかいう一昔どころか、十昔くらいのSFマンガみたいな展開じゃあるまい。とはいえ、千年くらい巡ると一瞬の光の矢だそうだけど。夢また夢、どころじゃない。
 
 
そして、いまさら乗客との約束を違えるような軟弱な面子でもなかろう。上役から言われたからやっぱりアレはなし、社長の考えた名前を使いました、みたいなソルトなことは。
 
 
「”スーパー夜雲”なのよ〜」
 
 
「は?」
買い物でも食い逃げでもやりたければアンタ一匹でやれ。というか、聞いてない。
そんなこと。どこの三丁目の食料雑貨販売店なのよそれ。メガトンありえない。
 
 
「”スーパー夜雲”、アンタがつけたのよ〜。寝台好きなら分からなくもないけど、あんまり面白みがないのよ〜」
 
 
「はあ?なに?スーパー?なんだって?なによその前世紀まるだしのセンス!!・・・・・・つくならもっとマシな嘘・・・・・・・え・・・うそ・・・じゃない?ほんと?」
 
マサムネのたわごとを一蹴しようとしたら思い切り空振りでオーバーヘッドキック失敗で落下着地失敗!のよーな気分であった。翼が折れて飛べないエンジェルの気持ちが分かる。
 
 
「しかも、現在のところ、銀鉄には”夜雲”なる列車がありませんので、その上位種としてもありえないといいますか、分かりにくいといいますか、分類区別が困難といいますか・・・・」
さすがの歓喜もフォローのしようがないらしい。「いきなり単独で”スーパー”と名乗られても・・・・・・・・・とは申せ、その反応を伺うに、ほんとうに別の方が命名されたようですね・・・・」
 
 
「魂徴は間違いなかったが、・・・・・事実として・・・合一適合する別人が、代わりに遅延証明と命名権を行使して、無銘であった新型列車に名を焼き付けてしまった・・・・・ということだ」
 
こんなことはありえないはずだ!と普通の銀鉄職員なら混乱してわめき散らしているような事態なのだろう。ヤニだからこそ、こう淡々としていられる。それでも、無茶要求に応じ続けたこの有能な猫が面倒だ、と言っているのだから、かなり面倒なことなのだろう。
 
確かに、厄介な話だ。同一人物である別人、か。このヤニが言うんでなければ信じない。
それをやった人間の悪知恵を賞賛することもないが。というか、デタラメだ。無茶苦茶だ。
うーむ、邪悪すぎる。
 
 
「まあ、銀鉄を十線以上召還する化け物の関係者なのであるから、その点は考慮すべきでこちらに油断があったのである・・・・そういうわけで、ソウリュー・アスカ、選ぶがいい、正しく遅延を回復し・・・つまりは、時間を遡って、遅れなかった時点にこの列車で到達するか否か・・・遅延証明して銀鉄発着を優遇優先再使用だけではすまないレベルの不手際である・・・・・そなたには、その権利がある」
 
 
「時間を遡る・・・・・えーと、なんというか・・・・・、安っぽい言葉になるけど、タイムトレイントラベル?」
 
 
「もちろん、権利を放棄することも、できるのである。そなたの自由である」
 
 
できる、というからには、できるのだろう。この銀鉄には。具体的原理をいちいち説明などせんでもいい。確かに黒犬仮面は上から目線で偉そうなのだが、時の流れの重さにおののいて、こちらが権利放棄するのを見越した物言いではない。自由なのだと。
 
 
「もちろん、なんの追加料金その他も発生いたしませんよ。こちらの手落ちであるといえば、手落ちなのですから・・・・まあ、ズルといえばずるですが」
 
歓喜が言うからにはぞうなのだろう、いやさ、そうなのだろう。信用していい。
 
過去に戻ったから、その瞬間、パラドックス封じもしくは代償に黒犬仮面によって心臓えぐらえる、とか。天秤に乗せられる、とか。過去に戻るのはいいけど、改変はダメだ!とか言って。まあ、そりゃそうなのだろうけど。それじゃ行く意味ないじゃん・・・。
 
深く悔いて結局、そうなるんだとしても。
 
小声で付け加えたのは、この行為のことではなく、途中で消えたあのバカのことだろう。バカは生きており死んでいないようだ・・・現在の、自分の足場的時間軸で考えると、そうなる。
 
 
「・・・・やっている方はやっていますしね。好嫌の判断を置き忘れて、あんまり真面目にやってるとバカをみますよ」
 
なぜか、いつもは斜にかぶっている象面をまともにかぶって歓喜がそんなことを、言った。
言った意味が分かる頃には手遅れであるのだぞう、と教えるかのように。
 
視線の先が仮面のせいで分かりにくい。自分に言っているのか・・・・もしくは。
 
しかし、そんなこと、好き嫌い、で判断していたら、それこそとんでもねーことになるだろう。普通は、そんな好き嫌いで物事決めるとは何事だ、とくるわけだけど。
・・・・・・もしか、大人の女は、そんな感じで行動選択しとるのかもしれんけど。
 
 
しかし・・・・・
 
 
やっている方は、やっている・・・・?
 
 
赤信号、みんなで渡ればこわくない、なんて話ではあるまい。銀行強盗、みんなでやれば金融危機、みたいな話でもない。真面目にやってるつもりもないが・・・・あのファーストに比べれば・・・・・引き返せ、といった真意も今なら分かる。確かにあんなもの見ればああなるわな・・・・バカを見る真面目というのはあのレベルだろう。
こっちはまだまだ。あれほどじゃないですよ。それから、あのバカのように小賢しくもない。それでも、それなりに勘定は働く。
 
 
向こうのリングというか土俵というか、縄張り陣地に、時間的に戻ったからといって、
どうにかできると思えない。得意不得意、貫徹意思努力根性のレベルじゃない。
 
 
知らぬことが多すぎた。無力以上の、無知。いかに飛車が強くても棋士には勝てない。
王様を捨ててしまうことだってできる相手に、駒の立場では。その、ルールでは。
 
 
どこまで時間を遡る?どこまで時計の針を戻してもらう?
この銀鉄連中が、シンデレラの魔女より優秀だとしても。
 
 
不出来な、というか、噛み合わせがそもそもなってないパズルのようで。
余分のピースを無理にはめようとしても、知恵をひねればひねるだけ。
 
 
ひっかかる。
 
 
ひっかかる。
 
 
だいたい・・・・・自分が男なら・・・・あの状況で女を連れて行ったりするか?
 
 
自分の力では、ここに来ることもままならなかった。あまりに違いすぎるフィールド。
 
あの時、あいつがトロッコなんかで迎えに来たからだ。なにを求めるわけでもなく。
 
というか、途中で考え直して置き去りにしようとしやがった。やってからの優柔不断はほんとにタチが悪い。なにがしたかったのか、よく分からない。バカだからだろうか。
 
どう考えても、余裕も余力もあったふうではない。てめえのやりたいことだけで精一杯だったはずなのに。二人連れだって転落パターンなんか冗談じゃない。
 
 
しないだろう。ふつう。というか、絶対、置いていくパターンだ。連れて行くなんて話は聞いたことがない。有名な三世大泥棒だってお姫様を連れて行くのを我慢するくらいだ。
白馬の王子でもないくせに。
 
 
自分がシンジなら、あそこで自分を連れて行かないなあ・・・・・・・・
我ながら奇妙な結論だけど。
男になってみれば、また違った答えがでるものなのかもしれないけど。実際。
 
 
 
そうなると・・・・・・・このお膳立てに乗るべきか、乗らざるべきか。
恥とか体面とか、考えずに、自由に、答えを出していいらしい。
 
 
たいして悩むことはなく、胸に問う想いの形もはっきりしてブレることはない・・・・・なまえのない銀鉄・・・(いまはスーパー夜雲とかいう前世紀センスの名がついているらしい)・・・を、すーーっと、先頭から後尾まで見てから・・・・・
 
 
「やめとくわ。遅延回復の権利を放棄する・・・・します。求めるなら、母親の名にかけてでも」
 
 
正式に返答した。
 
 
ヤニは片眼をわずかに大きくし、ススキノはしずかに安堵したように、歓喜は礼儀に反しない程度に疑問を表して、マサムネはまったくそんなのどうでもいい感じで、それを受けた。
 
 
「本当の本当にいいのであるか?あとになって放棄の撤回をされても遅いのであるぞ?泣いても今度はどうにもならないのであるぞ?」
 
 
黒犬仮面・Z・O・E二世の最終確認。けれど、まったく揺れるものはない。
 
 
「いいって言ったの。あいつらはずいぶん先にいっちゃったみたいだけど・・・・・あとからでも、自分の足で追いついてみせるから。それから、追い越してやる・・・・その方が楽しそうじゃない・・・・・というか、黄金パターンだし。最後に立って笑った者が勝者なのよ。あわてない、あわてない」
 
 
運命の束ね糸をばっさり切る鋏・・・・・など、正直、自分の手に余る。それをもう一度うまく紡ぐ自信もない。だが、その魅惑の輝き、禁断の望みを渇望し目が眩む者も多いのだろう。度胸があるといえばあるが。ここが分岐点なのか。それを自ら切り替えられる希有な機会であるのだろうけど。やらない後悔よりやった後悔、とはいうけれど。
気弱になっているのか
 
 
あんなものを立て続けに見せられて・・・・本当はもっとがっくりきてもおかしくない。
 
 
また、炎の中に立つ日々に戻る。自分の代わりがいないからだ。やり残したこと、やっていないこと、がまだたくさんある。炎火無双。自分は戦火を防ぐ者。それを自認するならあの炎壁くらいはじぶんのものにしなければ。戦士のアタマだけなら、あんなものをみれば確かにぼきんとやられたに違いない。そりゃー道が遠すぎる。逆に言うと、あれ見てぽきんとやられない自分は、本質的に違うものなのだろう。目先の殲滅勝利より百年の総合礎防備。少々、上に乗っけるものが破けても、土台さえやられなければそれでいい。知り得ないほど深く、深くににあるのだろう底の流れさえ保てるなら。また、そうでないなら、バランスがとれなくなる。自分が、どっしり構えていなければ。どうにもならない。
覚悟というか、己自身に対する見切りだ。
 
 
 
「会いたい者にも二度と会えませんけど・・・・・貴女は、本当は・・・・・」
 
そんな未練なことを言う当人もそうなのだけど。奇妙な縁で、もともと彼女はこの銀鉄の乗務員ですらなかった。黒デブ猫が食い逃げしなければ。これが、最後。夢でも最後だ。
 
 
「そんなにロマンチックに出来てないけどねえ・・・・・もっと、テキトーよね、いきあたりばったりだったかな。旅の初心者で・・・・・だから、・・・サポート、ありがと」
 
 
「いえ、・・・準備不足で行き届かないところが多く、恥じ入るばかりです・・・・感謝などとても・・ですが・・・この車両のご利用、ありがとうございました」
「そうなのよ〜、ありがとうございましたなのよ〜お客さんによろこんでもらえて、うれしいのよ〜」
 
言葉としては似たような乗客への感謝であるのに、どうしてこう中の重みが違うのだろうか・・・・もはや、歓喜と見合わせて笑うしかない。こんな時は、ため息だってわた菓子になる。
 
 
「さて、オレは発車の準備だ。立場上、実験車両に乗ったことを素直に感謝しにくいんだが、その選択には感謝するよ、ありがとう」
 
ススキノが片手を振って軽やかに列車に戻っていく。
 
 
「あー、我が輩である。エルプサイコンサルゲートは解放中止である。フェニックス魔橋も封鎖するのである。マキセ・クリゴハン踏切もマユシー踏切もウルシルカ踏切も全て開けるのである!そう、文句が出ないうちにすぐやるのである!・・・フェイニャン、ダルダルも当たり前である!」
 
通信機らしきものに大声で何か指示を送りながら黒犬仮面も去っていく。
よく分からないが、大事をするためのスタンバイをしていたらしい。
 
 
「では、オレたちは次の駅に向かう。そっちはひなゆきせが送る手配になっている」
 
ヤニがいつもの仕事口調で事務的事項を申し送ってくる。それきり背を向けて行ってしまても、それはそれでこの猫らしい。ナゴナゴ名残ごとなど言わぬし、やらぬ。
 
 
「うん。それじゃ」
 
ここで帰りはなんとか金払って自分で帰れとか言われたらかなわんな、と内心、ちょっと心配してたりしてたのだ。こんなノーザンクロスで気持ちよくさよならだけ、されてもなあ・・・・と。それも大事だけど。やっぱり最後の始末はこいつしかいないなー、と。
感謝は声に込める。この鋭い目をしたこの猫にはそれで十分に通じるだろう・・・・。
 
 
「・・・・・・」
 
 
さっさと言うだけ言ったら行ってしまうかと、思ったのに、何か・・・らしくない、何かを言い淀んだような立ち姿で・・・なんでもかんでも言いにくいことまでズバッといってきたこのカミソリ猫には珍しい・・・・「どうかしたの?」まさか、このタイミングで謝罪、なんてねむたげなことをしてくれるはずもない。
 
 
「・・・・・・・」
 
 
返答がない。代わりに聞こえてくるのは、汽笛、というか、汽哭。目の前のコレとは全く違うやさしいそれは、おそらくひなゆきせのものだろう。そろそろ到着するのか・・・・・ほんとに手際がいいなあ・・・この銀鉄連中は。黒デブ猫の無能がほんとに際だつ。
 
 
「あー、あんたにも世話になったわね。ありがとう」
まさか、こんなのを期待しとるわけでもなかろうが、間が持たないので言ってみました。
 
空気読んだ歓喜がマサムネを車内に連れていってからようやく。
 
ひなゆきせ接近とともに降ってくる白粉雪がホームにうっすら化粧したころ。
 
 
大事なことを、ヤニが言った。
 
「もう少し、マシな名前に変えてくれ・・・・・・・当人申請なら・・・・今ならまだ、間に合う・・・・それだけ頼みたい・・・・」
 
 
切実だった。むっちゃ。
 
 
「ああー・・・・・・・そうね・・・・・・・それじゃ・・・・」
 
変えられるのであれば、変えてしまえばいい。この程度なら、かまわないだろう。
責任とれるし。最低限、アレよりかっちょいいのをつければいいのだ。
まあ、前から考えてはいたのだ。ハードルが低くて助かった、といえなくもない。
 
 
「・・・・・・・ってので、どう?」
 
ヤニの耳元でささやく。
 
 
「・・・・かなりマシになった。では、改名手続きをしてこよう」
 
それだけで行ってしまう。そっけもないが、らしい背中だった。
 
 
ひなゆきせが到着して、迎えの車掌が降りてくる。
最後の最後に邪魔かましてくれた因縁の車両ではあるが、ここで恨み言を言うすじでもない。乗客の頼みを受けただけなのだろうから。その乗客は、たぶん、目的地で、ぽっきり、折れてしまった。そのはずだ。
 
あのバカを見るほどの超真面目人間には、きつすぎる幻像。最後まで見なかったが。
現実か。過ぎ去った現実。手にしたい、したかった未来は飛び去ってしまった。
 
 
「ソウリュー様、お手をどうぞ・・・・滑るかも知れませんので」
 
そう思うなら雪を降らすなよ、と言いたいところだが、ぐっと我慢。こっちは面倒見てもらっている身である。しかしながら、奇妙な呼びかけではある。代金払った一般客じゃないせいだろうか・・・・まあ、どうでもいいけど。まさか自分の名前が銀鉄内部で一連の突発事件を戒める意味の符号として使用されることになったことなど、知るよしもない。
 
 
車内に招くその白い手をとろうとした時
 
 
「た、大変ですっ!それで本当にいいんか世の中許すんか的に大変なことが起きてます!」
 
大慌ての歓喜が走ってやって来た。よほど慌てているのだろうセリフもなんかおかしい。
その後ろを面倒そうな顔したマサムネがテレビ・・・それもブラウン管タイプの厚型テレビ・・・・を抱えてついてきていた。どうもそれに大変なことが映っているらしいが。
もう十分すぎるほど大変なものは見たし、いまさら慌てて教えてもらわねばならんこともないだろう、と思ったが、それを無視してまで急ぐこともない。事故速報とかなら、まあ、知っておくに越したことはないけど。知らせてくれるのはありがたいけど、驚かない自信がある。なにをそれほど慌てているのか・・・・・
 
 
「これを見てください!!真剣な話、先ほどの権利放棄撤回を再考した方がよろしいかと!」
 
そんなうすらみっともないことができるはずがない。何が起きたか知らないけど、いったん決めたことをそう簡単に・・・・黒デブ猫が運んできた厚型テレビを見てみる・・・・
 
 
黒白の鯨幕がぐるりと張られた・・・・どこぞの公園らしき屋外の場所だ・・・・
 
その配色に一瞬、ぎくり、とする。不吉な予感。
 
お葬式・・・・・をすぐに連想するが、そこに流れてくる人々の服装に黒色はなくどちからといえば艶やかなものが多く、礼装も見られない、式に列席というよりたんなるもめ事の見物というか観光地のようなばらけ具合だった。なんとなく見覚えがある・・・人種から判断するに、日本国内・・・露骨に富士山とか大仏とか地方名物が背景になっていないからどこかは分からないのに・・・・なんとなく・・・・映画の撮影か、それとも写真会でもやっているのか・・・ブラウン管映像はえらく視点がドンブラドンブラ揺れる・・・人の流れの最奥に、どうも大変なことが起きているらしいが。
 
 
誰か死んだとかいう空気ではなさそうだが・・・・・・葬礼の方法は万国共通というわけでもないが、これはどうも、めずらしいものを見物しよう、といった雰囲気だ。
 
 
「もう少し視点を先に・・・・・さ、お願いします」
「猫使いがあらいのよ〜」
マサムネがテレビをボンボン何回か叩くとそうなった。コツがあるのか?
歓喜の指示したとおりに映像視点が奥に進んだ。
 
 
 
そこには・・・・・
 
 
碇家・水惣流家婚約御披露目指輪交換式会場
 
 
 
それなりに金がかかってそうなのに、いきなり相手が変更したかのように、碇家・、の次の水、の後がてきとーに上塗りされて、惣流家、になっている看板が立っており。
 
 
黒い毛氈にやはり背後は鯨幕、ハッピーそうな、というかそうあるべき看板の内容に偽りありどころではない正反対、ほぼ戦陣幕であるところの・・・・・そこに
 
 
黒いドレス・・・しかも、ウエディング用としかおもえない大輪ぶりの・・・・
それを纏った、完全にさらしもの状態の・・・・・・
 
 
自分がいた。
 
 
その隣に誰がいようと・・・・・
 
そんなことはミジンコ並にささいな問題でしかない・・・・・この場合。
なんだこの地獄センス・・・ヒーリングは悪役の進行形?みたいな・・・・確かに、歓喜の言うとおり・・・・
 
 
黒いヴェールでなんとか顔を周囲の視線から隠そうとしても果たせぬほどの蒼い瞳の眼光・・・恨み骨髄で敵を捜してさまようヒトダマのような・・・・
 
 
「・・・・・・・・」
 
テレビ画面に鉄拳が飛んだ。