六十二間小星兜、牛頭、六十二間筋兜、喝喰頭、総髪、尉頭、半頭、野郎頭、力士頭、仁王頭、老頭、釈迦頭、唐輪、嚢頭、合子、二の谷、一ノ谷、富士山、火焔、鳴戸、切竹、口入、唐冠馬蘭後立、児頭、越中頭形、日根野頭形、雑賀、置手拭、椎形、錐形、南蛮兜、角先、桃形、烏帽子形、風折烏帽子、鯰尾、小結烏帽子、兜巾、唐冠、編笠、熊坂頭巾、唐人笠、丸頭巾、投頭巾、抹頭、角頭巾、烏天狗、巻龍、金剛杵握り出し、象鼻、向鹿、向熊、兎、鳶嘴、鶏尾、兎耳、鯉形、貝息、蟷螂、帆立貝、栄螺、蝶形、獅子頭・・・
 
 
「なんともカラフルなもんじゃのう。まあ、手柄を立てたのが誰なのかわかるように目立つことが必要だったからそうなったんじゃろうが・・・・なんともネタ成分満載じゃな」
 
パトカーに寄りかかって着崩した制服を風にぶらぶらさせながら国道境界における”異常光景”を見ながら竜尾道警察署長・生名シナンゾーは感想した。
 
 
「襲撃体験型アトラクション、”ブシドーランド”とか”戦国バサランド”とか銘打って新たな客寄せになるかもしれんなー、どうじゃろなシヌダロウよ」
 
「お父さん、道路沿いの避難誘導終わりました」
 
署長である父親の問いは無視して、無線連絡を受け警官の見本のような謹直の顔で報告するのは生活安全課長・生名シヌダロウ。
 
「ああ。耳の早いよそ者は出て行ってしもうとるからな。その点は楽ができた」
 
「これで進行ルートが無作為であったら少々、困りますが」
 
「そこまでは責任とれんわ。せいぜい家に隠れて震えておれ、としかいいようがない・・・・・”あんなもん”が出てくるとは、あのヒゲ男、予想はしておったのか・・・?」
 
「人目を集める宣伝をしておきながら、その折の危険を予知する・・・・外道のやり方ではありますね」
 
「遠巻きに見る分にはかまわんだろうが・・・・うかつにちょっかいだせる代物でもなかろう・・・左っ子もおらん今・・・・血の気の多い連中がかまわんようにしておけよ?」
 
「連合町内には回覧をまわしています。右眼の手下が走っていますからその点は心配ないでしょう」
 
「しかしながら、なんじゃな・・・・シヌダロウ」
 
「なんでしょう」
 
「なんでワシらみたいな平和弱小警察がこんなやばいところの最前線におるんじゃろう。目と鼻の先にあんなもんがおってから。嗅ぎ付けられてこっちにこられたら指先ひとつでやられそうじゃぞ?実力からいっても、やつらの危険度を示すバロメーター役にはならんじゃろうし。警察なんぞ殺らんでも、凶悪さや無法精神は面構えを見ればわかるんじゃし。プロレスじゃあるまいし解説役もいらんじゃろしな・・・どう考えても、やられ損じゃ。どう思う」
 
「それは、我々が警察だからでしょう。警察、官、ではなくても」
 
「そのきめ台詞、かっこいいのか悪いのかよくわからんのう・・・微妙に法フリーダムじゃし」
 
「決めたつもりはないのですが。ぼやくつもりもありませんが」
 
「ほんとうに、トンビがタカ、じゃの。お前は自慢の息子よ」
 
「褒めてもらっても出てくるのは手錠か拳銃くらいしかありませんよ」
 
「・・・カツどんくらいは出てもええんじゃないか」
 
「では、無事にこの任務が終わりましたら、一杯やりながら」
 
「勝って兜の緒を締めよ、とな・・・シャレになっておらんな」
 
 
そして、状況を再確認する。これが幻か貝の見る夢蜃気楼かなにかで、会話をしとるうちに霧散してくれていたら楽でよかったのだが、状況は変わらず。
 
 
 
鎧武者だ。
 
 
 
それも、ひとつやふたつ、ひとりやふたり、ではない。
さきほど数えていた兜のバリエーションの豊かさよ。
ひとつの戦闘集団を形成できるほどの、数。数は力、常人がまとめてかかっても対処できぬ、常識という題目では潰しも消去もできない、確固たる存在力の宿る数。
 
 
映画の撮影などではない。いくらなんでもノスタルジックを通り越して時代がかりすぎている。それがアスファルトの国道に、群れをなして境界の向こう側から来るであろう敵軍を迎えている、の図だ。タイムスリップものにしては、鎧武者たちに全く動揺は見られない・・・そもそも中に入っているのが人間なのかどうかよく分からぬほどに面頬の中の影が濃い。その数、現在のところ、五十。軍隊規模で考えればちんけな数であるが・・・明らかに銃刀砲法違反、というのもこの街では今さらだが、槍やら刀やら鉞やら揃えている武装集団となると、警察としては脅威であり、これらが街中住宅に押し込んで・・・となると脅威以外の何者でもない。連中は、海を泳いできたらしい。鎧を着込んで。おそらくは古式泳法で。どこから来たのか、と考えるのも無駄無駄しい。まだまだ追加がある。
最終的に何領というか何人というか、こっちに上陸してくるのか分かったものではない。
 
 
「左っ子が戻らんのは、芝居でもなんでもないらしいな・・・・・負けて泣きながらでも必ず帰ってはきたものだがな・・・今までは」
 
指揮者がおらぬようでも、動きには乱れがなく単純にして明快な目的があるようだ。
 
 
境界の向こうから来る「何か」の迎撃。
 
 
会話を拾えればもっと確実に分かるだろうが、連中は口を一切きかない。呼吸音すらとれないくらいだ。よもやロボットのたぐいをわざわざ海に漬けてから出すバカもおらんだろうし。相手が何なのかによるだろうが、普通考えれば、鎧武者よりはたとえフンドシ一丁でも現代兵器飛び道具をもった方が強いだろう。
 
数を揃える勘定を考えれば余計だ。そういったことを度外視するのは・・・・
 
度外視できるのは・・・・・それとも、そうせねばならぬ理由があるのか・・・・
 
はたして、鎧武者たちはこの街を守るために現れたのか・・・・その「何か」がこの竜尾道に害意をもつ脅威であるならば。
 
 
「仲間割れを始めたんかの、あの怪しい観光組合は」
 
「さて。それとも、竜のいぬ間に桃太郎がやってきたのかもしれませんよ」
 
「ワシらは鬼じゃないぞ。どちらかといえば、あの直立歩行するカバの方にちかい!」
 
「・・・ともあれ、武者たちがロケット砲や機関銃などを使って周囲を破壊する心配を、ひとまずはしなくてもよいことに感謝しますか」
 
「そうじゃのう、市街戦というと殺伐としとるが、合戦かっせん、というと、どこかのどかなイメージがあるのう。まあ、イメージだけじゃが・・・・・お前は直立歩行するカバが嫌いじゃったかの?」
 
「この局面でその話題を展開する必要性が認められませんが」
 
「・・・そうか、そんなに嫌いじゃったのか、直立歩行するカバが。まあ心配するな。実のところ、ワシもそんなに好きじゃない」
 
 
 
「・・・”来ましたよ”」
 
 
その声のトーンだけで分かる。連中が待ち受けていた「何か」だと。
 
父子のツーカーという以上に。その声に、滅多に表さないこの生活安全課長が、驚きを。
 
時代錯誤の鎧武者がスクラム組んで待ち受ける相手がまともであろうはずがない。
 
分かりきったことを、予想のつくことを、いちいち驚くこともない。
 
鬼が出ようと、蛇が出ようと、それからほんとに直立歩行するカバが現れようと。
 
 
そして。
 
 
この異形の鎧群が迎える相手が、美しい女性であったりするのも・・・・いやさ、
するのは、
 
 
王道
 
 
であろう。この伝奇的展開において、それは。もはや。そうでなくてはいかん!レベルの。
正義であり、普遍的常識ですらあった、かもしれない。かといって、ここでマッスルムキムキのいかにもたこにも戦場帰りの現代兵器飛び道具を両手にあまるほど抱えたおっさんが現れるのは、意表を突くというより・・・・・
 
 
邪道
 
 
というしかあるまい・・・・まさに。誰が決めたのかなどは知らない。そうなのだ。
 
裏の裏は表なのだ。多面的に物事を考えるのはいいが、単純な事実はそう簡単には覆せない。裏の裏は表!だだをこねてもだめなのだ。兄貴よりすぐれた弟だって存在するのだ。
そんなわけで、こういった道を外れる輩は、そのうち天空に輝く七つの星のすぐ近くにかぼそく光っているはずの星がしっかり見えてしまったりするのだった。
 
 
 
「なんじゃありゃ?」
 
 
鑑識なんぞやってるせいで年の割に目は悪くない警察署長が、あっけにとられる。
 
目は確かに、その姿を映像としてとらえているが、脳みその理解が追いつかない。
あれがなんなのか、という問いにはすぐさま答えられるが、なんでそんなものがここに現れたのか、という追加設問にひっかかって言葉が出てこない。
 
 
「T・・・・ですか」
 
 
変換途中なのではない、確かに、アルファベットの「T」、てぃー、と生名シヌダロウは発音した。遠くない老父の耳も確かにそう聞いた。「T」だ。沖縄の太陽のことではない。
 
 
 
 
縁取る周囲に影をまとわりつかせて、直立する、蛍光橙に光る「文字」だった。
 
大きさは、鎧武者たちよりひとまわり大きいくらいか。単純に考えれば、はぎとられて風に飛ばされてきた電飾看板、といったところだが・・・まさかであろう。邪道を通しこしてもはや落ちている。
 
 
だが、鎧武者たちは「それ」を相手に現れたのだ、と目に見えてわかった。
 
ガシャン
一斉に武器を構え、「それ」を包囲しようと動き始めた・・・・少なくとも、遅く現れた味方やようやく到着した主人に行うアクションではない。なれど首を取る、というても、どこが首になるのか分かったものではないが。異形同士のケンカならまだしも。これは。
 
 
この一幕は。
 
 
対応どころか、どう見物したものか、それすらも分からない。
解説役としては不合格。
 
 
耳にした無線イヤホンからは予想進行ルート上に次々にどこからか現れた鎧武者たちが陣を張っているという連絡があるが。「お父さんなら、見抜けますか、あれは・・・・」
「ああも単純なもんに弱点なんぞあるかい。ワシにも無理よ・・・・おそらくな」
 
 
守護者たる水上左眼の不在時に、誰がこんなものの始末をつけるのか。
 
Tが一回転しただけで、迫り来る鎧武者ども全て、その兜首を飛ばされた。