直感だ。
 
 
あるいは、エジプト十字架、と表現するべきか。
 
 
なぜ、「それ」に”母親”のイメージを感じるのか・・・・・
 
 
完全に無駄なものは削ぎ落とされた、芯金というより寓意のようなその姿。
数式にちかいのかもしれないが。現実には存在せぬはずの、共通認識用の楔として。
人格らしいものを感じさせるものはなにひとつないというのに。なぜか。
 
 
とおりゃんせ
 
 
とおりゃんせ
 
 
ここはどこのほそみちじゃ
 
 
てんじんさまのほそみちじゃ 
 
 
ごようのないものとおしゃせぬ
 
 
内容といい調子といい子供が聞いて楽しむようなものでもないのに、その危険を予兆させる、足止めのまじないの効力がありそうなところが交通行政的に評価されたのか、信号機などに使われて、天神様指名があるわりには全国的に有名な童謡を連想させるためか。
 
 
歩道でもない道路の真ん中、その進行はとまることがない。
 
歩行者も車も駕篭もターボ竹馬なども、通行どころか寄りつける雰囲気でも状況でもないわけだが。謎の鎧武者が集団でとおせんぼをするルートなどわざわざ選ぶバカは長生きしない。この街の住民が異常慣れしていることもあるが。
 
 
一応、街中であり、これが山越え関所越え、となるとまた違った受け取り方をしたかもしれないが・・・・・
 
 
このこのななつのおいわいに
 
 
おふだをおさめにまいります
 
 
このあたりは自分たちが知っている状況とは、異なる。目的地には「ななつのこども」などいないからだ。いくら年齢詐称をしようと限界というものがある。ざっと倍だ。
 
 
確か、十四。中学二年生であるから、そんなものだろう。六十の人間が四十ちょいに見える、とかいうのとはワケが違う。また、札の有無をあんなものに問うても仕方がない。
 
 
あれが、母親に見える、のはなぜだろうか、と。
 
 
 
「やることがないから考えてしまうわな、シヌダロウよ」
 
背負った父親のシナンゾーが内心を見透かしてきた。実際、やれることは監視だけであり、巻き添えをくわぬ距離を保ち現場に最も近いとはいえ、立場的には見物客のそれと変わらない。拳銃の弾を何発か撃ちこんだところで、状況は何一つ変わりも動きもせぬだろう。
 
 
なんらかの犯罪が、行われている、わけでもない。適用すべき法もそもそも不在である。
 
 
住民に今のところ被害が出ているわけでもない。鎧武者どもは・・・そんなものが動くというのがそもそも脅威なのだが・・・・まったくとおせんぼの役割を果たしていない。
鉄や鋼その他の高級金属、最新化学素材でつくられた案山子のようなもので。
動ける分、それほどには諦観もせずやる気もあるのだろうが・・・・力のケタが違う。
まさしく、闘者せぬ、わけだ。あちらが容赦せぬ、こともあろうが。
 
VS/右工前防衛線
VS/農協病院前防衛線
VS/旧NTT前防衛線
 
「伊達は黒かなぶんの金八日月の前立・忠宗、綱宗、綱村、宗村、重村、済村、済義、済邦、慶邦・・・真田は皺革乞昇梯子文仏二枚胴具足・・太平の世にあっても武芸を疎かにすることがなかった松代手入れだけのことはある・・大した再現度よ・・・赤備えの金天衝前立は井伊、黒田の一の谷前立・・・・サーミット製で魂こもってなかったってわけでもなかろうし、それをバックリ両断とな、左っ子でもこうも鮮やかにできまいよ。刃こぼれしてる様子もなし・・・・・・動力源も中身はカラで手がかりなしときてる。意外に根性がないのか、怨念も残っておりゃせん。ワシらの仕事じゃないの」
 
 
境界付近で待ちかまえていたのはバリエーション豊かではあったが、てんでばらばらのせいで名称らしい名称もない、まとめて雑兵鎧、としかいいようのない金属防御体群であったが、つい先ほどやられたのは、外見だけのコピー品とはいえ、御家流の大名鎧だった。
その威儀にひれ伏すことを期待したわけでもなかろうが、大将が自ら刀槍もって戦うわけではないから能力がアップする道理もなさそうだが、強そうでは、あった。一応、日本男子として期待するものがあったが、やられっぷりは一番始めと変わらない。瞬殺だった。
こうなると、鎧武者がたいしたことないのか、あれが圧倒的なのか、よく分からなくなる。
 
 
「西国無双の立花家、宗茂、忠茂、鑑虎、鑑任、鑑通、鑑寿、鑑賢、鑑備、鑑寛・・・・戦は兵の多少に依らず・・・・とはいえ、じゃの」
 
「両断された鎧も消えてくれれば私たちが幻覚を見ている、という説明がつくわけですが」
 
「いずれにせよ、あんなもの、手錠をかけようにもかけられんしの。・・・・まあ、よくがんばるもんじゃ。男ならわざわざ面倒だと知っとるルートを選んだりはせん。避けて終わりじゃい。行く気が失せてまわれ右するかもしれん。視野が狭い、というか、かたくな、というか・・・・そのあたりが、女を連想させるとはいえばさせるの。行き着く先に、圧倒的な恐れを感じながらも直進できるのは、女だけよ。男には無理じゃから。なんのかんのと屁理屈つけて背中向けて逃げてしまうわ」
 
「圧倒的な恐れ・・・・・・・お父さんもそう、お感じになるんですか」
 
「あんなものに人間の道理をあてはめるのもアレじゃがな。ワシにはそう見える。イヤイヤというかシブシブというかな。好きこのんで目的地に向かっておるようではなく、そうせねばならぬ理由が無理矢理足を、と、足はないんじゃ、とにかく前進させておるような、な。あれだけの力があってあの速度、というのはありえんじゃろ。どんな牛歩よ」
 
 
確かにあの「T」文字の進行速度は人が散歩する程度。その破壊力に反比例して、突破や進撃、といったイメージとはかけ離れた速さ。行く手を阻むものどもを避ける必要がないからその速さであるのかとも思ったが。それもまた、人がましい人よりの見方であろうと。とあれ、恐れを抱えてそれでもなお、我が身のためではなく、ちくちくと目的地に向かっているその姿が、幻聴させるのだろう。あの童謡を。
 
 
このこのななつのおいわいに
あのこのゆびわのおいわいぎ
 
おふだをおさめにまいります
めだまにやきつけまいります
 
ちっととおしてくだしゃんせ
ちっととおしてくだしゃんせ
 
 
その、進行はとまることがない。
 
 
VS/祇園橋交差点防衛線
 
「うお!?国宝まで投入してきたのか?厳島は源為朝の小桜威鎧、武蔵御嶽は畠山重忠の赤糸糸威鎧、厳島は平重盛で紺糸糸威鎧、日御崎は白糸糸威鎧、大山祇神社は河野通信の紺糸糸威鎧、源頼朝義経兄弟の赤・紫糸糸威鎧、春日大社は赤糸糸威梅金物鎧、黒革威矢筈札胴丸、櫛引八幡は赤糸糸威架竹離菊金物鎧・・・・・・も、ダメじゃったな。ま、まあモノホンでは当然なく、それをまねたコピーじゃから・・・・・期待などしとらんよ、もちろん。道ばたの空き缶のように一撃でやられたとしても、コピーじゃもの・・・それにしても、いろんな意味で怖い物知らずな奴らじゃな・・・・」
 
 
「というより・・・・鎧武者を斬りとばすごとに力が増しているような気もしますが・・・・血糊で切れ味が鈍る、ということも疲労することもないどころか・・・・・」
 
「ここはもう伝説にお出ましを願うしかあるまい・・・・・・国宝でダメなら、あの”伝説の八領”しか、ヤツを止められるものはおらん!!」
 
「聞いていませんね・・・・・しかし、伝説の鎧、なんてものがあるんですか?名刀や妖刀の話はなんとはなしに聞いたことはありますが・・・基本的に飛び道具には勝てないわけですから・・鎧というものは・・だから、あまり期待は」
 
「盾無、薄金、源太産衣、膝丸、沢寫、さんずいつけておもだか、と読む、八龍、日数ひかず、月数つきかず・・・・・というてな。まあ、源氏秘蔵というか散逸してしもうとるから伝説は伝説なんじゃが・・・いやー、残念じゃのー、コピーでもあの伝説の八領を写したものであるなら、ヤツも苦戦はまぬがれんかったじゃろう・・・・・に、って!!」
 
VS/尾道駅前バスターミナル防衛線
 
「もしかして、真打ちっぽく今でてきたアレですか。確かに、伝説らしく誰もその姿を知らぬせいか、体の真ん中に名称をペイントしてありますが・・・・・」
 
 
「うわー!!!なんじゃそれ!!出てくるな!!ワシの夢を壊すな!!いろんな意味で!!」
 
 
「あ・・・・・・・やられました・・・・」
 
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
 
「いや、もう、あれを止めるには怪獣でももってくるしかありませんよ。だから、そんなに落ち込まないでください」
 
 
なんだかんだで、もう道程半分過ぎてしまった。謎の鎧武者たちはなんの足止めにもならなかった。進行も想定どおりで周辺の避難が済んでいたせいか、被害らしい被害はないが。
まともにいけば、死屍累々道行きだった。鎧武者は強かったのかそれとも見かけ倒しに弱かったのか、確かめる度胸も必要性もない。ただ、中身がなくとも動く相手に少々銃器をぶち込んでも効きはせぬだろうし、その間に囲まれて刀槍でグサグサやられればそれで終わり。合金やサーミットで出来た、泳ぐことも出来る高性能な人形・・・・攻撃殺傷するのなら、もっと効果的な手段を用いることもできるだろう、周辺の被害も甚大だろうが。そのあたりを考えたのか、はたまた、鎧武者たちは足止めはしたいが、出来るだけ、あれを傷つけたくはなかったか・・・・・端で様子を見て考えても、真実には至るまい。
 
 
腰のホルダーに手をかける。
 
 
「おい、シヌダロウ。冗談じゃろうな?冷静なお前に限って・・・・」
 
 
拳銃を抜く。最悪の事態に備えて、所有する最強のものを持ってきていた。<444マグナムカルタ>。拳銃の形をした戦車砲。虚言としか思えぬシロモノであるが、己の手首がそれを実現する。命中精度はいうまでもない。”飛び道具の存在すら知らない”相手がいきなり狙撃されてかわせるはずもない。
 
 
「ワシの夢のカタキをとってくれるのは嬉しいが・・・」
 
「そんなわけないでしょう」
 
「だわなあ。お前はそういう息子だよ。じゃが、止めとけ。あれが生ける爆弾で、そのスイッチを押してしもうたらどうするよ?目標が人間に切り替わって無差別殺戮を始めるとか」
 
「その時は、お父さん、責任をとってください」
 
「うお!!?なんちゅう警察の暗部をえぐっておるんじゃ。副署長におしつけようとも、おらんしのー・・・・・威嚇射撃なんぞするなよ?アドバンテージが失せる」
 
「言うまでもありませんよ。幸い、私たちは、警察ではあっても、官ではありませんから」
 
「そのセリフ、そういう裏があったんかい・・・・・我が息子ながら鷹のようなワイルドよ。撃ったらすぐに逃げるぞ。効こうと効くまいと・・・・」
 
 
一矢も報いず、ただ見ているだけ、などという真似ができるはずもない。
 
目的地に着いても、その「両断」が終わらなかったら、どうする?最後の最後まで目の前にあるものを斬りとばすつもりでいるならば。人の道理は、通用するか。
これを企んだあの髭男がやられるのは、まあ自業自得であろう。犯罪者顔であるし。
さながら、それに使われた子供まで、というのは。札付きのよそ者であるというのはこの場合、関係ない。
 
 
「お父さんにも、見抜けませんでしたか・・・・・・」
科学であろうと非科学であろうと怪異であろうと超心理的なものであろうと、必ずその弱点を見抜いてきた生名シナンゾーの鑑識眼が通用しない。あれだけの強みがあって弱みがないとは、なんともアンバランスな話ではある。
 
「すまんな、シヌダロウ。トンビの親父で。・・・どうにも勝手が違う。役立たずもいいとこだが、アレの本性すら見抜けん」
 
「なんなのでしょう。以前、竜がしらを焼き撃った・・・使徒、とやらの小型種でしょうか」
 
「わからんとゆーとろうが!父親のブレイクハートに塩塗って楽しいか!」
 
「・・・・・私も父親ですから。さて、・・・・・・・」
 
 
照準を合わせる。移動する目標であるが、あの程度の速度ならば。外すことは、ない。
「さあ、逃げるぞ逃げるぞ。走って逃げるぞ。よーい・・・」
 
 
Tの中心に。なぜか母親を思わせる切れ味鋭い移動物体に、必中の一発を。
 
 
「・・・・・・・・む」
 
 
撃ち込もうと、した。
 
 
「・・・・どうした?」
 
 
停止したままの引き金に不審の声がそろった。「お父さん・・・」「なんじゃ?・・・・・おい!!アレは、どこにいった?・・・・それから・・・・あれは・・・・・あの、女は・・・・」目の錯覚かと思ったが、違う。二人して、というのはありえまい。
 
 
一瞬の、早変わりだ。
 
 
Tが消えて。女の、傘を差した和服の女の姿に、化けた。提灯の灯す黒い光のせいか、顔の造作ははっきりしない。化けた、としかいいようのない速度。背丈はTの時より縮んだか・・・・・もしくは、棺桶のようにして、その中に入っていて抜け出てきたか・・・では、そのT形棺桶はどこにいったのか、という疑問は残るが。目に映る事実は。
 
 
女がひとり、ゆるゆると、傘をさして提灯提げて、目的地へ、坂を、あがっていく
 
 
ということ。