イキハヨイヨイ
 
 
カエリハコワイ
 
 
コワイナガラモ とおりゃんせ とおりゃんせ
 
 
 
ここまでやってくる「動力」が、分からない。
 
 
この一幕を見届けるために、それもお役のためではなく単なる意地で、こんな物騒の地に留まった内心一刻も早く帰りたい綾波コナミとしては、己をレンズにもガラスにも出来ない。ただうつりゆく事態をそのまま写し取るだけの空フィルムにはどうしてもなれない。
 
 
指輪交換式、とかいう、この、茶番。
 
 
正確に言うなら、見せ物に近い。ことの成り行きを最初から最後まで見る必要はないし、実際それをやる人間は関係者以外にはおらず、観客も動く歩道にでも乗っているかのように、しばしその有様を・・・珍しい儀式を見るように・・・楽しんだあとは、それなりに流れていく。氏子でもない寺社における祭礼や博覧会における化石遺物のような関わり方で。何やら面白いことをべしゃるわけでもない。南京玉簾とか芸をするわけでもない。まあ、一目みれば十分なシロモノだ。というか、長時間見るにはむごいシロモノかもしれぬ。
なまじ、花嫁役が美少女なだけに。黒白反転したこの状況は。優しい、とか暖か、とか心がこもった、とかありがち形容詞にバックドロップをかましてしまっている。
 
 
実際、場所的にも多数の人間の参加を許すような広さはない。道の途中でちょっと見たら移動するしかないような狭さ。展示場所と動線。それしかない機能性は実のところはこれがイベントではないことを示している。境界が引いてあり。寄せはしても混じることはない。自分などは100%旅行者であるが、この街におけるあの父子の立場を象徴しているようでもある。ゆえに、完全外様の自分はこうしてバグベアードを提げながら片隅にぽつんと立っていられる。この鯨幕を背にして。記念撮影でもあるまい。結界を成立させる人柱にちかい。これがどのような結末に終わろうと、口出しもしなければ手も出さない。
 
 
血の雨が降ろうと、死人が出ようと、知ったことではない・・・・。
 
 
・・・・そんなところに基本、無力な自分がいれば巻き添えくらってどんな目にあうかも分からないが、それは己の選択したことだ。この赤い目で顛末を見届ける。
この不安定な隠れ里もいつまで続くか・・・・・撮影する気にもなれないけれど。
 
 
そんなわけで動画記録している人間はいない。誰もいない。リハーサルだからではない。
国営放送における地元紹介番組ではないのだ。まだ、始まっていないからだ。
参加者が、全て、そろっていない。欠けた茶碗のような茶番。茶色のパンダはレッサーパンダか、というくらいの。それでは、どうにもなるまい。
 
 
母親が、くるのだという。
 
 
新郎側・・・・まあ、茶番であるから、つっこみはかんべんしてやろう・・・の
 
 
碇シンジの母親が。現れるのを、待っている。新婦側は二親とも来ないのが固定で。
 
 
普通に考えれば、こんな遅刻はありえない。どこかのゴドーを待つ演劇でもあるまいに。
 
 
全容が掴めるわけではないが、この場を裏から仕切っているらしいテキ屋の格好をした水上右眼とその周辺の声を拾い聞きするに、こちらにゆるゆるやって来てはいるらしい。
 
 
ゆるゆると
 
 
まったく慌てた様子がない、らしい。世の中にはいろいろな人間がいる。
鎧武者が現れて、道をふさいで妨害がどうとか言っているようにも聞こえたが、たぶん、聞き間違いだろう。新郎がなにかと邪魔されたり苦労するのはなんとなくドラマ的でわからんでもないが、新郎の母親の出席を妨害してもしょうがなかろう。しかも鎧武者って。
 
 
まー、怪人や戦闘員のいるしんこうべもよそ様のことはいえないけどさっ。
 
 
「それにしても」
 
つい、口に出してしまった。
 
 
なんだって、こんな茶番に効果があったのだろうか。おそらく、碇シンジの母親がどうしても表に出てこないから、こんな派手な、ある意味恥さらしなことをしているのだろうが。
外でどんちゃん騒いで岩戸にこもった相手を引きずり出すのは神話の頃からの手口ではあるが。もうちょっと他にやりようがあったのではあるまいか。確かに、息子の晴れ姿ではあるが、ちょっと早い気もするが超法規的に民法も無視しているのかもしれない、なにをおいても駆けつけるのは無理もないが。その、割には
 
 
己の背後の鯨幕といい、花嫁役の黒衣といい、人の流れる宴席といい、
 
 
なにがしたいのか、よく分からない。秘儀のようでもあるが、儀式を衆目にさらすのも。
あべこべというか、さかさまというか。
 
 
こんなことをすれば、効果など、”あるはずがないのに”。
 
 
じぶんの旦那と息子が、すこしおかしいことくらい、奥さんならば承知の上だろうし。
 
何を考えて動いているのか、その動力は、なんなのか。不思議でしょうがない。
男の考えるこんな苔のむした手にひっかからねばならぬ理由は、さっぱりだった。
 
 
いちおう、男装はしているが、胸の辺りといい確実に女である水上右眼に目をやってみる。
 
 
目を糸のように細めて、来し方を見ている、ようだ。
 
細工はりゅうりゅう、仕上げをごろうじろ、と横顔に書いてある。
 
内心はうかがいしれないが、場を仕切る者の存在感、重量感が確かにある。
 
格好だけ見れば、バナナをたたき売っているようにしか見えないのだけどっ。
 
これが、茶番でありぺてんであるのは、百も承知であるが、なにが重要な一大事が起きそうな顔をして、周りの者に気を抜かせない・・・・かといって不要に緊張もさせない表情というのは、ひとつの顔芸といってもいいかもしれない。どっからみても女暴走族レディースみたいな格好してそのものズバリであろうのと、対照的に裁判官の法服、まさかまんまといこともあるまいがそんな格好の二人の女子分たちの報告を受けながら、事態推移の手綱をしっかり掴んでいる・・・・・そう見えるだけのハッタリだとしてもたいしたものだ・・・・・様子は、実のところ、逆に不審を増す。
 
 
その存在感をもってしても、この茶番を止められなかったことだ。
騙し呼び出しにしても、もうちっといい手段が考えられそうだが・・・・
実際、効果があったからこれでいいのだろうけど。それにしても・・・
 
 
「ん?」
 
 
目が合ってしまった。
 
 
にっ、と笑顔で手招きされた。赤い瞳の綾波者としては、超然として無視、という選択肢もあるけれど。こちとら非武闘穏健派ときている。聞き耳も立ててたしなあ・・・
 
招きに応じて近づいてみると、
 
「これ、使うかい」
なぜか折りたたみ椅子を見せられた。持ってきたのは女暴走族だけど。
 
「どうも、長丁場になりそうだ。立ちっぱじゃ疲れるだろ」
 
「え?はい、ありがとうございます・・・・」
そういった当人は座る様子も見せないが、断る理由もなかった。かよわい文系だし。
 
「でも、長くなると言うのは・・・・あ、すいません、自己紹介もせずに」
別に女暴走族と法服女の目が怖かったわけではない。こちとら綾波だし。
 
「ん?撮影係の綾波コナミさんだろ。ゲンドウさんから聞いてるよ。とはいえ、友達甲斐にシン郎が頼んだって話らしいから、こっちに遠慮はいらないよ」
 
聞かされた覚えも頼まれた覚えもない。そもそも今日ここに来ることさえ言ってない。
そりゃ確かに、責任を感じないこともないけどっ。ばっくれる選択肢もあるのだしっ。
なんなんだあの父子。しかし、シン郎って。昭和センスだなあ・・・その、遠慮はいらないどころか面倒見てやる、という懐の深い目も。
 
「はい、それではおたずねしますが、長くなるというのは・・・・つまり、到着が遅れる、ということですか」
 
遠慮はいらないけど裏は読め、とか言われたらかなわんなー、と思いつつも安心するのは。
 
「そういうことさ。おかあさまの、ご到着が、おくれるということだ。つるかめつるかめ、どこじゃねえ、かめかめかめかめだ。ま、往生際が悪いな・・・・・あのペースなら夕方になるかもしれない。夜にはずれ込みたくないもんだけど」
 
「かめかめかめかめ・・・・・・」
なんだそれは。波がつかないから南の島の大王でも必殺技でもない。とにかく、それくらいの亀ペースなのか。ゆるゆる、が、じりじり、に変わったわけか。確かに知らなければかなり困った情報ではある。なるほど、仕切り屋とはこういうものか。役目をきっちり果たす律儀さ。