「出来れば、生目で見たかったもんだけど・・・・」
「同感だが、あまりぜいたくもいえた身分じゃないしなあ」
 
 
なんとも、死人のような物言いであった。
 
 
見ている映像より周囲は暗く、いかにも目が悪くなりそうな視聴環境。「このモニタちっこすぎるし」「まあ、なあ」しかも狭い。密閉された避難所のようではあるが、照明もつけずいい年の男と女が隠るには不健康というよりは景気が悪いといった方がよい。最低限の空調しか稼働していない、半分死んだような施設。眠り続けるメカたちは洞窟のコウモリのようにぎっしり詰まっている。人間がのんびりできるような環境ではない。
「・・・一服していいかな」「だめ」
 
 
葛城ミサトと加持リョウジが、そこにいた。
 
ちなみに、死んではいない。生きている。文句は多いが。
 
「・・・これで、一区切りつくのかしら」
「つけるんだろうさ。そしてまた次の厄介ごとが待っている、と」
 
言うことは他人事でありながら。その顔つきは。その目は。
 
こんな長丁場だと聞かされていなかったせいか、どこで気を抜いていいのか分からず、その格好でウロウロするわけにもいかず、じっと座ってぶるぶる肩を震わせていた黒衣の花嫁に注がれていた。・・・その眼力念波が伝わったのか、碇の父子はもう完全にてめえたちの世界に入ってしまっていてダメだ、自分たちをここに案内した水上右眼が気を利かして休ませてくれた。G愛J。
 
 
これは仕事か、それとも私事か、それとも、趣味か。仕事は命を養うもので、私事は命に付随するものでなかなか切り離せようもないが、趣味というのは、下手をすると身を滅ぼす。使命なんて立派なものなら、こんな陰からのぞいたりしていないだろうし。
 
 
「それにしても、あの鎧武者ってなんなの?ことごとく瞬殺されてたけど、弱いの?」
「中身もなしにあれだけ動くなら使いようによっては十分な戦力だろうな・・・鎧のくせに泳げる器用さも考慮するに」
 
 
「それでも繰り出してきたってことは、無駄を承知なのか、それとも少なくとも勝算はあったのか・・・・・あんなものを止められるものがもし、あるとしたら」
 
「エヴァか、使徒か、それとも・・・・・」
 
「N2地雷とか言わないでよ」
 
「街中で使えるって条件ならエヴァも使徒も除外だろうが・・・・・・まあ、目には目を、歯には歯を、同類のものだろうな、アレと」
 
「アレ呼ばわりもちょっと心痛むんだけど。・・・恩が、深いから」
 
「実際に、足が鈍ってきているからな・・・・破壊させて中身を浴びせるか吸わせるかすることが目的なのかもしれないな。鎧姿は単なる趣味で、中身の運搬役でしかないなら」
 
「そうじゃないなら歴史ファンというか、武将ファンはちょっと悲しいわねー・・・で、その中身って?」
 
「オレに聞くなよ。聞くなら・・・」
 
「いや、どーも苦手で。えへへ」
 
「かわいく言ってもダメだっ。歳を考えろ!それに、距離から考えればオレの方が苦手だ」
「いや!それはゆずれないわ!私の方が苦手よ!あなたはリツコとうまくやってたじゃない。その流れでいけば」
 
「それが親友の言うセリフか・・・」
 
「ふっ!女の友情は儚いのよっっ!というわけで決着がついたわね」
 
「順調ですかー!?
作業は順調に進んでいますかー?なにかトラブルでもありませんでしたかー?ちょーど1分休憩時間が出来ましたからなにか聞きたいこと相談したいことがありましたら今の内になんでもどーぞ!へい!かまんっ!」
 
密閉空間に突如、第三の声。かなりハイテンション通信。どこかプロレスラーに近いが、れっきとした科学者、都市工学の奇才。赤木レンタロウ博士。世界のあちこちに自分しか根幹メンテできない変奇都市を造ったせいで年中忙しい。変形都市を造らせたら右に出る者はいない。学派を形成するほどそんな都市ができまくっても一般人は困るだけだが。
その忙しさはネルフ総司令時代の碇ゲンドウをして脱帽させるほど。そんな人間がこのタイミングで時間がとれた、というのはまさに奇跡に近い。ご都合を司る神の御業としか思えなかった。
 
 
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
 
 
しかし、慣れていないと、このテンションに引いてしまってせっかくの時間を無駄にしてしまうのであった。幸い、使徒戦でもまれてこういう局面に強い葛城ミサトでも反応が遅れた。やはり苦手意識があるのだろう。友人の忙しいお父さん、というのは声がかけにくい人物ランクトップ3に入る。しかも、避難所を提供したという恩をきせてちゃっかり雇用主におさまるような人物ならなおさらである。忙しさのあまり、出来る、と判断した人間はすぐに使ってしまうのであった。悪気があるのかどうかも不明だが、当人がそれで楽しているならともかく、その電光石火の忙しさの前にはどうも文句も言い辛い。
これまでの人生、自分が手を抜いてなまけて鈍重に生きているのではないか、とつい内省してしまうのだ。モノホンの高速魔人を前にして。
 
しかし、1分休憩って。ボクシングじゃあるまいし。
 
 
「あーっと!!ここでタイムアップ!残念っっ。ではネクストチャンスに乞うご期待!
君たちの誠心誠意全力の作業消化を期待しています!次回は86巡回後で!また会いましょう!」
 
クイズ番組の司会者にも近い、情け容赦ないブツ切りぶりであった。
 
この唐突速度に慣れたならば、晴れて「赤木組」を名乗る資格を得られるとかなんとか。
でも、実の娘でもこのハイスピードにはついてけないらしい・・・・・・・
 
 
「、と、んなこと解説してる場合じゃなかった」
「レース仕様車と軽乗用車くらいの違いがあるなあ・・・・世界が違う。ああいう人たちが造った街で働いてたんだな、オレたち」
「あの突貫力がないと造れないものなのね・・・・・って、よい子の社会科見学番組じゃあるまいしそんなんで納得してたまるもんですか!ちょ、ちょっと待ってください、お父さん!リツコのお父さん!!」
「上下位の一方通信だからなー・・・つかまるわけが」
 
 
「おめでとうございますっ!
ラッキーチャンスに作業者1077グループのあなたたちが選ばれました!わずか十分間ではありますが、この赤木レンタロウ、知っていることならばなんでも答えましょう!さきほど思いついた愚問でも長年の疑問でもなんでも聞いてください!それが氷解する晴れやかな心持ちをもってつらい作業もいっそうがんばってくれることを大期待します!・・・・・・さあ!くるんだ!」
 
「よっしゃー!!」
思わず柏手打ってガッツポーズの葛城ミサト。
 
「うおっ!?すげえ!・・・・・というか、なんだこりゃ」
相方の嘆息に付き合う余裕などない。聞くことは聞かねば。
 
 
「ところで、エヴァ・ヘルタースケルターって、要するになにができるんですか?気になって夜も眠れませんっ!」
 
ついつられてテンション高めに聞いてしまった。鎧武者のこととはいいや。どうせ見てればそのうち明らかになる。というか全滅したから解明されてもしょうがないし。しかも事態の説明してたらそれで時間終わるし。
 
 
「ヘルタースケルターには何も出来ない。なぜなら、その前の段階の話だからだ!もともと動かして運用するようなシロモノではないのだ。以上」
 
 
「超強力な使徒が現れてチルドレンたちが超ピンチの時に助けにきてくれるような燃えるグレート機体じゃないんですか!!」
「あのなあ・・ぐふっ」
いらんことをほざこうとした相方にマジ裏拳をかます。笑いはいらない。
 
 
「骨が燃えては話にならない。ああ・・・・・そういえば設計上搭載された機能ではないが、操手があってはじめて作動する機能はある。その意味で、ヘルタースケルターはそれがやれる唯一の・・・・でもないか、実験大好き初号機にもちゃっかりコピーされたから・・・・規模と安定信頼性がケタ違うから別物ともいえるなー・・・・・とにかく、”生態の埋設”、ヘルタースケルターがやれるのはそれだけだ」
 
 
「生態の、埋設・・・・・?」
なんだそりゃ。しかし、そういったグレート&ドリームをちょっと期待して労働しているというのに。こんな暗くて狭くて細い・・・・暗所恐怖症ならひとたまりもなく鐘を割り出すだろう・・・・ところで、技術者でもないのに、えんえん舞台下の点検作業などやり続ける元気が・・・まあ、契約なんだけどさ。生命と安全対価の。文句言えないけど。
・・・・・・戻ったら、娘に言ってやろう。
 
 
「”思わぬままに、動かす”、ということだよ。当人たちにその気はまったくなくとも、思うがままに支配するより、よほど・・・・、と、何?天京で突発トラブル?それではしょうがない、すまないが君たちのラッキーを他の地域でがんばる労働仲間に分けてあげてくれ。それでは」
 
 
通信は切れた。ラッキーは分けてしまわれたから、待ってみても無駄だろう。
 
 
「・・・じゃ、このあたりで作業進めておくか。幸い、坂のところでカメの足になってるし、会場にたどり着くまでしばらくかかるだろうよ」
「そうね・・・かめ、と見せかけていきなり呪縛が解けたようにダッシュで駆け込んできたりする可能性もあるけど・・・・・」
 
作業をさぼった人間を自らの忙しさにかまけて見逃すほど赤木レンタロウ博士は甘くなかった。そういった人間をしっかり制裁矯正するための仕掛けが絶妙に用意されていたのだ。
 
一応、親友の父親であるから、イメージのために、詳しい説明は省くけど。
 
この局面で葛城ミサトが外部監視モニタにかぶりつきになれないのはそのせいで。
宿題をすますまでテレビ見れない小学生のようであるが。
てめえたちの安全と、縁者の縁者の未来の下ごしらえに、手が抜けるはずもない。
 
 
ここで見守っていたところで、あちらの状況が良くも悪くもなるわけでもなく。
祈るだけなら手と体を動かしながらでも出来る。作業範囲は広大で。
葛城ミサトと加持リョウジは「内視鏡室」から動き出す。作業人員は自分たちだけではなかった。すでに「向」「弓削」「大三」など島の名を染め抜いた半被に似た作業服の地元民が動いていた。さすがに手際もいいし数もいるしよそ者の自分たちはいらんのじゃなかろうか、というのは甘く、一番危険そうな領域の割り当てだった。あのなあ・・・
ほんまにこれでまともに作動するんかいな、というほど経年劣化以上に破損ダメージの深い領域・・・・「右手」だと地元作業員たちは言っていた。
 
 
「あの状態のアスカのためには、早く片付いてもらいたいけど・・・」
「どちらにせよ、今回は縁の下の力持ちに徹するだけだな」
 
言いたいことも応援の声も届かない。だいたい、ここは「がんばれ」という場面なのかも。
碇ゲンドウ元司令も、どうも信用ならねえし・・・・・能力はともかく、その性根が。
 
 
「一応聞くけど、加持君に」
「なんだい、葛城元作戦部長殿」
 
 
二手に分かれる直前で足を止めて。
 
 
「”アレ”・・・・って、あのひとって・・・・・まさか、本物じゃ、ないわよね・・・」
 
「・・・・ここでアレ呼ばわりを撤回か、らしくもない」
 
「・・・ということは、やっぱりニセモノなのね、アレは。あーよかった。それじゃ!」
 
 
赤木博士、もちろん都市工学の方、の真似をしたかのようなぶつ切りダッシュで通路奥に消えていく相方を見送りながら加持リョウジは煙草を探しながら、独りごちる。
 
 
「オレが知るか」
 
 
そんな簡単に判別つけられる相手なら、とうの昔に碇ゲンドウが始末をつけていただろう。
葛城はあの鎧武者どものスペックを聞いておくべきだったのだ。
そうすれば、見当がついた。まあ、今後の参考にはならないが。
使徒来襲に慣れた目に、あれがさほどの脅威に映るはずもない。
彼の女の竜も一薙ぎして終わりだろう。あの程度の怪異。問題は・・・
 
 
「・・・・・・・」
 
ポケットから煙草箱を探り当てた。一動作で一本弾いて口に挟んで、ライターを、というところで動きを止めた。