「種明かしを、してもらえる?」
 
 
妻と夫、母と子の、精霊を抜かした家族の再会における声でも言葉でもなかった。
 
 
つまらなそうに、これ以上ないほどつまらなそうに、心動かされるものなどなにひとつこの場にないが、やもうえない義務が生じていたしかたなく現れました、という呪いに縛られたランプ、いやさこの場合は提灯かも知れぬ、の魔神の物言いである。
 
 
「なぜ、そんなところに立っている」
 
 
が、碇ゲンドウはそれには応じず、逆に問うた。「お前のための席を用意してある」
 
 
「そのために、ここまで来たのだろう」
 
 
まじない札を配置していくような、これまた感情のかけらも伺わせない声である。
 
 
「なんで、来てしまったのかが、分からないのよ」
 
 
怪音は止み、壊された夕暮れはビデオの逆回しのように回復しはじめているが、回復役がよほどのどじっ子なのか、取りこぼし部分が多々あり、裏表を切り替えるパネルゲームのように夜と夕暮れが混在する奇妙な空間になっている。とりあえず、ダメージのない水上右眼が子ウサギのように震えている皿山たちをひとまとめにして自分の背に隠しておく。
初手からこんな調子では安全地帯などあるはずもないが。気休めだ。
 
 
碇ユイと碇ゲンドウとの対峙。
 
 
言葉がかわせる距離になり、そこから一歩踏み出し、あの赤い席につけば、この術は終わる・・・・のか、どうか知らないが、そこで話し合いして解決する間柄でも、ない。
 
 
碇シンジとラングレー。
寄り添う、には間に二歩くらい距離のある少年少女であるが、もはや主役の座は奪われている。
 
「・・・もう、いいでしょうね」念炎を展開するのに邪魔であるからヴェールは外してしまうラングレー。いつでも戦闘開始の体勢だ。炎の棘をもつ黒薔薇の騎士、といえば格好がよすぎる。王を守護するか、力のない一般民を守るか、・・・・・はたまた挑むか。
 
 
「”来ることを望んだゆえ”、ここに現れた・・・・・それだけのことだ」
 
 
不敵に笑い、はしなかった。完全に罠にはまった相手を目の前にして碇ゲンドウが。
 
 
「それは、逆じゃないの。こんなところに来たくない母親なんているもんですか・・・・・こんなままごとでも・・・いや、ままごとだからこそ、かな。あなたたちのような、星よりも遠距離通話の家族にとっては」
 
 
「だが、実際、”お前”はここに来ている。城崩しの影縫いを振り切ってでもな」
 
 
「・・・・・ほんとに、センスないわね、あの男。趣味の鎧が惜しかったのか、分散投入なんかするからわたしの足も止められないのよ。それでもダメだと判断したなら途中で諦めておけばいいのに、ずるずると最後の膜まで使ってしまって、わたしの中に全部戻ってしまった・・・あなたの狙い通りかしら」
 
 
「元来は左眼があたる任であるのだろうからな・・・・・そこまでは期待しない」
 
 
「わたしが、欲しくないの?」
ばさっと、唐傘を、捨てた。提灯の黒火はそのままで、顔は見えぬまま。
 
 
女の声で。子供のことなど完全に念頭にない、させなくもする、ひたすらに男を喚ぶ女の声で。そのあまりに剥き出しの女のサガに、水上右眼はともかく、ラングレーなどその他の女子はゾクゾクっと身震いする。女の自分たちで体の内奥にこれだけ来るのであるから、男などひとたまりもあるまい。これだけ強烈に乞われたら。はらわたを照り焼きにされるような。ぬらぬらと七色輝く乱れた牙に噛まれるような・・・・麻痺の毒に深く。どるどろと、若草を穿つよう。
 
碇ゲンドウはいいとして、おっさんだし自己責任で。しかし碇シンジの方は、ティーンだし、けっこうこたえたのでないか、と、ちろ、とそちらを見るラングレー。
 
 
「それをいいだすと、キリがないからなあ・・・・」
 
けろっとしているわけではない、それなりに辛そうな顔ではあったけれど。
 
碇シンジの、おそらく自分にしか聞こえない呟きは。
 
どうも、悩んでいる方向性が違うような。辛いというより、切ないに、ちかい。
意味はちょっともわからんけど。それにしても・・・・
 
 
この期に及んでも、お前は贋者だと見破ったりとか看破したりとかしない、ものなのか・・・・・・あきらかに、この女、人間ではない。贋者が欲しい者なんか、いるわけではないか・・・・・ニセモノの母親など。ニセモノの奥さんなど。それとも、てめえたちの都合がよければ、ニセモノだろうと本物だろうと、どっちでもいいものなのか。
 
自分と、アスカと、ドラ。自分たちも他人からしてみれば、残った二人は偽者贋典の茨冠をかぶせられるようなことにもなろう。碇シンジにしてみれば、自分は明らかに、そうだ。
そのような、契約を結んだ。あの時、無間地獄の闇がひらいた。こいつの前では自分はいない人間なのであるから。
 
 
この女も、そんな契約をした、のだろうか・・・・・
 
今日は、その契約を破棄するために・・・・・・呼び出されたか
 
 
この女、碇ユイのなんなのか
この女、碇ゲンドウのなんなのか
この女、碇シンジのなんなのか
 
 
あんた、アイツのなんなのさ
 
 
こんな格好までさせられてこの一幕につきあっているのだから、自分には問う資格はある。
こんな茶番で縁など結ばれてはたまったものではない。せいぜい、エンはエンでも炎のエンで。ドラは問題外、アスカのスタンスは・・・・・よく、分からないが・・・・・
 
 
 
「必要な部分を、もらう」
 
 
男でもなく、夫でもなく、父親でもなく。あえていうなら、有能で決断の覚悟ある医師のように。碇ゲンドウが返答した。前職である特務機関総司令時の口調とほぼ同じであるが、異なる。裏切られた腹いせに人間1000人を殺す、と脅しあげた恐妻女神に対して、それをやめさせるわけでも、女神を倒すわけでもなく、1500人産むことで対抗しようとしたよく考えてみればかなり特殊かもしれない、ジャパニーズスピリチュアル誕生、それがニッポニアニッポン・スタンダードになってしまったかもしれない旦那神様めいた言霊、とでもいえばいいのか。肝心な起こるべくのカタストロフィを解決もせずその場しのぎに逃げてる感もいなめないが・・・絶妙な危機回避のテクニックといえなくもない。
 
 
妻殺しをするよりも。
 
 
神話は民族のお手本でも、ある。幻想を剥けば、そのくらいの価値しかない。
 
 
子供が見ているのだ。
 
 
じっと、見ているのだから。
 
 
呼ばれもせずに。声もかけられずに。
 
 
女は、碇ゲンドウにのみ話しかけている。
 
 
顔が見えないからしかとは分からないが、息子の方を見ているようでは、ない。
 
こんな母親は、いないとはいわないが。なら、何しにやってきたというのか。
息子に興味が全くないなら、こんな茶番に。
 
 
・・・・・なぜ、自分は、この女を、完全なニセモノだと切り離して、見ないのだろうか・・・・・・・完全にニセモノであれば、本物とまったく違う、むしろ似せることを諦めたなら、どんどん距離は離れていき別物になるは当然だ。それなのに・・・・・
 
 
この女は・・・・・・碇ゲンドウはともかく、
 
 
碇シンジに、近しい者だと・・・・・同類同格だと
 
 
確信してしまうのか・・・・・
 
 
「必要な部分・・・・ね。ずいぶんと強気だけど、そんなこと、できるのかしら」
 
 
女は嘲笑う。碇ユイには確信がある。碇ゲンドウにはそんなことは、できない。
 
心情的にも能力的にも。確かに、能力はある。が、もともと大層な望みをもつように出来ていないのだ。安全装置でもあろうし縦横の方陣を乱さない血筋についた呪いでもあるかもしれない。人に背を蹴飛ばされて、ようやく動き出す旧式のテレビのような男。蹴飛ばせる人間が数少ない上に、その角度も絶妙なものを要求されるから、碇ユイくらいにしかやれないわけだが。ますます故障した初期型ブラウン管白黒テレビのような。そうしなければ一般世俗とチャンネルがあわないのかもしれないが、それを、面白がっていた。楽しんでいた。
 
碇ユイという女は。碇ゲンドウはそれを完璧に理解している。しすぎているほどに。
 
 
碇ゲンドウは碇ユイには、勝てない。これは、絶対の法則だ。なにをしようが関係ない。
 
鷹揚に構えていれば、下手なことをして自滅さえしなければ、負けることはない。
ここまでは術中にはまったが、そこから無駄にあがいたりしなければ、術は自己崩壊する。
耐えきれずに、男の方から術を解いてしまうだろう。そうに決まっている。
 
碇ユイは、碇ゲンドウの限界を知っている。よく知っている。とても、よく。
 
なぜなら、この存在こそが、この男の限界そのものであるからだ。そこに辿り着けば、満足して、果てる。その先は、ない。それ以上を、望むことはないから。闇よりも深い能力も発揮されることはない。この舞台が京都であればまた話は違ったかもしれないが、あまりに手駒も道具も少なすぎるこの環境と準備でどうにもなるものではない。武芸と違って空手ではどうにもならない。都合のいい魔法のアイテムひとつでどうにかなるほど、甘くはない。せっかくの日本駐留、楽しみにこつこつ作り上げた鎧武者のシリーズはまことに惜しいことをした・・・・
 
 
種明かしさえ終われば・・・・・・それだけが、分からない。どんな手妻か。
 
調律調整官も動き出した以上、趣味の時間を終えて街の改造変を急ピッチで完了させねばならない・・・・・・復職など面倒なことになる前にこの男は、殺し・・・セカンドチルドレンも一体、なんのためにこんなところにいるのか・・・・どうせ着るならドレスではなく白無垢、この茶番用には黒無垢といったほうがいいのか・・・ヴェールではなく角隠しの方が遙かによかったのだが・・・・・いや、捕獲したあとは、そちらに着替えてもらおうか・・・・・・そうだそうしよう・・・そうするでござる・・・・・おっと、つい、調調官の前で口にしてはまずいのでやめることにしたハヤリの口グセをつかってしまったでござる。とと、なんとも愉快すぎるミス!にんともかんとも。右眼も、下手なことを考えぬうちに幽閉してしまった方がいいだろう。そう考えると、都合のいい集まりであるともいえる。まとめて仕事が終わる。他のは・・・綾波の紅目玉は惜しいから、こっそりといただくとして、あとは・・・・口封じか
 
 
”タイマー”も、さんざん手を焼かしてくれたが、今も隙だらけといえば隙だらけ。
 
碇ユイの遺伝子を受け継ぎ損ねたか。碇ゲンドウの息子であるのは間違いないのだが。
・・・なんにせよ、もう様子見る時間はない。弱点らしい弱点も左眼の無能小娘は発見できなかった。内部に潜む・・・・・パターン青、そして、蒼のウル。
 
左眼の目を誤魔化す必要もない今、福音丸の全稼働でかかれば楽勝だろう。
なにせ、心臓エンジンの数が違うのだから。使徒だろうと、エヴァだろうと。
戦闘が使用目的ではないが、それより強いのは四号機と同じだ。
破壊ギリギリまで痛めつけて、福音丸に取り込んでおこう。元々、それが主目的であったのだから。
 
 
 
「ああ、提灯なんだ」
 
 
いきなり、碇シンジが言い出したのでぎょっとする。思わず、必要以上に黒火を吹いてしまった。碇ゲンドウ以外は皆、いきなり小僧の真意が読めず、まじまじと見る。
明らかに会話の流れはそんなことではなかったような・・・・なかったよね?と互いに。
 
 
「どろろん閻魔くんのシャッポじいみたいなものかな。すごい!懐かしの昭和センスだ」
 
しかしながら、日向流会話封殺の術を会得したのか碇シンジはそれこそ己のセンスで流れを生み出そうとする。単に状況が読めてないだけかもしれないが。ホラー映画であれば、いまのこのセリフだけでゾンビに殺されているところだった。もしくは監督に。
 
 
「いや、提灯はいらん。完全に不要だ」
 
 
息子はおいておいて、おいとけばいいのに、微妙に相手をしたところで、父親が元に戻す。
 
髭の顔を見なければかなり甘い。おまえなんかうちの子じゃありません!と叱られてもしょうがないレベルであったような・・・・・・水上右眼以下が目で意見交換。”髭親父は甘い”が、半分越え、”碇シンジは調子こいている”、がこれまた過半数を超えた。
 
 
「必要なのは・・・・・」
 
碇ゲンドウが向きを変えた。入り口まで来ておきながら入ってこない女から、会場内の赤い席に。白と黒を配して、そこだけが、赤い。碇ユイのための、新郎母親の席。それと対面するように。
 
 
「ここに座ることのない」
 
 
言葉が、途切れた。その先を、言えない。女は背を向けられたため、男の顔は見えない。
 
 
「未来永劫、この席に座ることのない」
 
 
碇ゲンドウは、持っていた指輪の箱の、蓋を、あけた。
 
銃の、引き金に、指を、かける、ようだ、とラングレーは思った。
 
重さが、なんの重さも、あの箱の中に、水上右眼は、計量できなかった。
 
あれは、デススイッチの類だ・・・・・それしか能がないゆえ綾波コナミは直感した。
 
とうの昔に作動しているから、逃げることなど、できはしない。もう遅い。
蓋を開ける行為にはさしたる意味はなかった。碇ゲンドウが、凍結を解いたのだろう。
 
 
「この席に座らないことを、決めた」
 
 
あのにぎやかなことの、宴会の好きなあの女が、そんなバカなことを決めたのは、自分たちの結びつきが、それにまつわる周囲をド派手に破壊してしまったからだ。心の幸不幸を判断しても仕方がないが、事実は事実。再生不能の人脈、乱濁途絶した血脈、伝来義務の放棄、・・・・・・闇の世界のことであるが、それだけに影響は根深く、悲惨にして陰惨。
無理解は不理解に。即座に断絶まで変化する水より濃いはずの流体が。川の如く流れた。
 
それを、”ものともせずに”やり抜けてしまった、というのは、それはそれであの女を落ち込ませた。あの女が落ち込んだ、ところを見たのはあれが最初で・・・・最後。
 
それ以上に、己が矜恃してきた古い闇が、あの女にとっては、影を踏む、程度の、ぴょん、と飛び越える程度の障害でしかなかったことに、己が激しく傷ついた。そんな傷を見られたこと、傷とも言えぬような傷に痛みを感じる己自身がまた屈辱であり、本末転倒もいいところだが、悶え苦しみ、このまま消えてしまおうかとも思った。
 
 
逃がすものですか
 
 
と、あの女、ユイは言った。冬月先生に言ったら死ぬほど笑われるか背後から撃ち殺されそうなので誰にも秘密にしてあるが、事実だ。ユイは、そう言った。言ってくれた。
 
 
わたしは、いかないんだ
 
 
親の因果が子に祟る、くらいならまだしも
 
お嫁さんがかわいそうなことになったら、たいへんだから
 
 
計算上、シンジを授かったのではないかと思う夜が明けた朝のこと、ユイはそんなことを言い出した。「男とは限らない・・・・・・女の・・・娘だったら、どうする・・・」
ごにょごにょとそんな訂正疑問を伝えたような、記憶もある。くらいならまだしも、の辺りは聞き流してしまった覚えもある。
 
ああ、そんときは・・・・・・・・うーん、どうだろ?お婿さんなら任せて大丈夫な気もするけど・・・・草食系だったら、やっぱり大変だろうし・・・・
 
 
誰だろうと、どんな器量だろうと、背負いきれるわけもない、重荷だ。
自分たちの。さらに、実際に、息子に因果の使者が訪れてみれば。
 
 
 
自分は、弱い人間か。
 
ユイからみれば、おそらく相当、弱く見えるのだろう。
寂しさに狂う人間もいるが。愛しさに歪む人間もいるが。重荷に曲がる人間もいるが。
弱さを認めて位相をずらすか、それとも危険承知で鍛えるか。花実を鉄で打つような。
 
 
今、この期に及んでも
その意図を理解できない。言葉での説明では足りるわけもない。
器の限界以上の想いがそこにあるなら。
 
 
しくじった、とあの時。
 
この竜尾道なる奇妙な隠れ里を誕生させる切っ掛けとなった孫六殲滅刀の一閃。
 
刀は粉々に砕けた。データ採取が目的であるからそれが叶えば後始末の手間が省けたくらいでかえって都合がよかった。マゴロクターミネーターソードの予算を流用して造っただけの計測装置であり、戦闘刀ではないのだ。無理詰めの構造からしても役目を果たせば砕けて当然といえる。そのせいで表兵器の選択肢から姿を消すはめになったが、問題ない。データは採取できた。
 
 
ならば、しくじった、と言ったのは。
 
なんだったのか・・・・・刀を振るったユイ本人に問いつめればよかったのだが・・・
 
 
これは・・・・・悔やむべきか・・・・
 
 
今、己の目の前に
 
 
赤い席に、現像写真が浮かび上がるようにして、その姿を埋めているのは・・・・
 
 
黒火の提灯は入り口に置き去りに放置されている。瞬間移動のように、女だけが席にあり
 
 
まっすぐに、己が差し出した指輪を、見ている・・・・・・
 
 
 
「ユイ」
 
 
 
その、影だ。
 
 
 
正確に言うなら、「初号機に搭乗したままの碇ユイの影」ということになる。
 
あの時、斬線上にあった少女たちを避けるため、わずかに刀の動きを歪めたのだろう。
殲滅刀のああも完全な粉砕具合はその急激な負担のためかもしれぬし、何より完全に入神の域にあった気合いを乱した代償は、思わぬ箇所への飛斬撃。
 
初号機の影の一部を、斬った。
 
 
それだけならば、振るったのがエヴァ初号機でなければ、その刀が孫六殲滅刀でなければ、どうということもない、ミスといえるほどのこともない、むしろ、その急な避けぶりを賞賛されるほどだっただろう。当初は、結局、剣線を避けようとしたが、避けきれなかったのではないか、という推測を冬月先生としたものだ。
 
 
殲滅刀内部にセットされた剣術の中に「影斬り」なるものがあった。
 
詳細は知らない。それを体現できるのがユイだけであるからスタッフたちも命じられるままに造りはするが、それが実際どのようなものであるのか、再現ではできない。データにも残らない。伝統というよりは、伝説に依った業であろう。それになんの意味があるか。
 
 
意味などはない。刀の内部に”詰め込めるだけ詰めこむ”、ということに意味があった。
データ採取というのはそういうことで、あらゆる可能性を試す必要があった・・・。
 
 
要するに、「下手な鉄砲も数撃てば当たるし、下手な剣術も数討てばどれかが当たるかな、と」ユイの言葉を借りるなら、そういうことだ。実際作業的にはそんな単純なものではないが、本質的にはまさに。
 
国宝の七枝刀というものがあるが、大本の発想はそれらしい。それと、各剣術流派の奥義をコピーされたロボット人形が詰め込んだ流派の数だけ巨大刃の上に並んで座っていると考える。不気味な眺めであろうが、あくまでたとえだ。それらが枝。
繁茂し絡み合った枝をそのまま、補強と刀の体裁を整えるためのプレートで隙間を埋める。
 
 
「剣術の同時展開」・・・刹那の違いも遅れもなく完全に同一に数百の剣技を発動させる。
 
 
同時でなくては、なんの意味もない。単なる剣舞に堕する。欲するデータを求めるために。
 
巨大刀剣などを製造する実利的理由はそこにある。といおうか、そこにしかない。打撃力斬撃力うんぬんではない。巨大な武具などエヴァの場合、四肢と同様にATフィールドで包帯できないのなら意味はない。
 
「零鳳」などの鍛錬法からして根本的に異なる使徒斬り日本刀は別として、刃で切れる相手ではないのだから、手間のかかる刀剣より金棒でも持たせておけばいいのだ。
見た目は二の次。子供は、それでいい・・・・・。
 
 
だが、刀鍛冶だけが、鎧鍛冶でも兜鍛冶でもなくその他の武器制作者でもなく、刀鍛冶だけが、国守受領を名乗ることを許されたというのは真実どういうことか・・・・・
威力の強い武器ならば、ほかにいくらもあり。そも殺傷力は使い手に大方左右される。
にもかかわらず。所詮は、鋼をのばしたものが。こうも名誉とされるのは。
所領を得るために、絶大の力を誇ったからにほかならない。単純な、話だ。
 
その奪った所領が人の暮らしやすいかそも住めるかどうかは、また別の問題だろうが。
 
 
当初は、ユイの遊びだ、と思っていた。遊びで悪ければ趣味であると。刀など。
用が済めば、砕けても鉄塊に戻ろうと、なんの問題もないと。その程度の使い捨てだと。
 
 
だが、実際はどうだ。狂いに狂わされた。さまざまなことが。
 
 
ユイは知っていたのだろう。陽の目をもつが、十全に、闇をのぞける女だ。
 
 
武器は使い手による守るものにも殺すものにもなり、善悪はなし、というが。
本質的に、そのようにして生み出されたのだから、斬らずには、おれぬのだろう。
 
人を。肉のみならず。人にかかわるすべてのものを。斬って、みたいのだろう。
 
血塗られた魔剣、などと、わかりやすいものなど、可愛い部類だ。
単に自分たちが刀なるものと相性が悪いだけかもしれないが。
 
 
斬られた影がいつ頃からこのような活動を始めたのか、迂闊なことによく分からない。
 
調査はあまりに遅きに逸した。痕跡は消え推理だけで組み立てるには時が経ちすぎた。
お伽話の影法師のように、独立心のもと活発に動き回っていたのかどうか。
明らかな異変を理解したのは寂神房に幽閉されたあとなのだから間抜けな話だ。
左眼のような実質夢見の強い娘を実務に役立つと判断したのが間違いだったのだ。
まあ、政治家なども存外、占い師やら手相見にこてんとやられたりするものだが。
番犬ならぬ番竜など、とんでもない話でそのツケがまわってきたのかもしれぬ。
気づいたときには手遅れで。対処療法しかない。名も問わず消し去るほか無し。
 
それが「影」などではない可能性も確かにあった。だが、これで証明された。
影以外にこんな手にひっかかる存在があるはずもない。強固な意志を裏返し。
 
意識などないのかもしれない。ユイを映されただけのことで。何も、語ることも。
冬月先生も勘付かないくらいであるから、里の片隅で眠っていただけかもしれない。
通常の影と同じように。
 
この隠れ里が消滅してしまえば、影も同じく消え去ったに違いない。
 
が、右眼のエヴァ・ヘルタースケルターによる調整で、思いも寄らぬ長生を見せた。
 
その間、左眼の仁義なき活動によって業界の注目が集まるようになってきた。
 
実際には軍師気取りの野心家青二才に乗せられていた、のだろうが・・・・それも自分たちの油断であり不手際ではあった。
 
 
影を残したのは、左眼と右眼を見守るために・・・・と、文字通り影からひそかに、などと考えたいところなのだが、
 
鍛え足りない部分を鍛えるために確信犯的にここに残しておいた・・・・・たとえ影を使う秘術を知る業界の人間がふと訪れてそれを利用して一仕事しようとむしろ好都合・・・・ あくまでわずかな一部分、おぼろな幻像ではあるが、それは碇ユイと初号機を映すあわせ鏡でもある・・・・・・・十分すぎるほどの脅威と強力さだ。影使いはそれを小分けにして使役するほどの実力のある高位階であるようだが、本日のこの茶番式にて元の木阿弥となった。
 
 
ドンブリ勘定の確信犯ほど恐ろしいものはない、という見本だ。善人も悪人も普通の人間も皆そろって苦労して迷惑する。それで最後に救われる、というオチがつかないなら最悪の魔女だ。我妻ながら。
 
 
もしくは・・・・
 
 
影であるから、人格心情はほぼ反転する。それでも残されたよすがであると、己が喜ぶとでも思ったのか・・・・・・寂しさに狂うほどあなたは弱い人間だと。
 
 
さらにいうなら・・・・・・こんなことは考えたくないのだが・・・・
 
ほんとにほんとに全然まったく、ユイはそんなことには気づいていなかった、とか。
 
ポカすぎるが。ポカなどというかわいい事態ではないが。ありえない、ことも、ない。
 
 
影であるから、何をしようと滅ぶことはない。いかな言葉をかけられようと変容しない。
 
いかなる刀よりも薄く鋭く、そして冷たく。厚みのある形を切り裂くこともできる。
 
パワーも写され身が映され身であるから、それ相応にある。碇ユイひとりならまだだろうが、なにせエヴァだ。さすがにモノホンの実体エヴァたる竜号機にはかなわないが、機能中枢を従わせるコードを碇ユイは知っているのだから世話はない。人間など屁のようなものだ。上品に言えば、水に映った月のようなもの、だ。
 
 
ゆえに、座るつもりもない席に、”瞬間衝動的”に、転じてそれはつまり
 
 
「鋼鉄の痩せ我慢の反動」だ
 
 
・・・・それらが連動し渦を巻き、自分をここまで呼びきった。茶番そのものであるが、効果はあった。常人離れした痩せ我慢ぶりであり火も涼しいどころか山も動かすだろう。誓いよりも泥臭い、庶民的な意固地ともいえるが、パワーが違いすぎる。冗談のように凄まじい意志力ではあるが、種と原理が分かれば対応できる。こんな手は二度と通じない。そのしょっぱさに影と提灯に宿る影使いはシンクロでせせら笑った。
 
 
「死人を求めるより影を植える方がよっぽど健康的だ」
「死人を追うより影を抱く方がまだいいと思わない?」
 
 
ひゅん
ひゅひゅん
ひゅひゅひゅ
 
笑顔で。碇ユイと、そっくりそのまま同じ笑顔で。影の女は・・・不意をついた。
 
笑顔を向けた相手とはまったく別の方向へ。この場面、なにやら仕掛けた碇ゲンドウから攻撃されるべきであろう。それなのに、足下を八つに分裂させて神速の影槍とした人外攻撃は碇ゲンドウ以外の・・・明らかに無力状態に転がる綾波コナミやサーラ皿山たちにも突き出された!言うまでもなく、メインは碇シンジでノド・心臓・へそ狙い必殺の3本槍。
 
念が入りすぎている。速度とタイミングからして本職の格闘家でも死ぬしかあるまい。
 
自他共に認めるほかない攻撃力の差を考慮するに、そのやり方は卑怯というか敵の甘さをつくというより単にせこいと言われてもしょうがない。
 
 
「なんだそのセコさは!!」
水上右眼が自分たちのところに飛来した四本の影槍を叩き落とした。
 
自分をあれだけスパルタしまくった碇ユイの「逆」を考えれば予想できた攻撃ではあるが、実際にやられてみるとがっくりくる。それから・・・怒りがこみ上げてくる。あの鬼ババの逆者であろうと、喜びが湧くことは全くない、決してない。
 
 
ラングレーも当然、反応自体はしていた。見るだけで燃やす念炎があるため反応さえすればあとは自動防御で攻撃物を燃やし尽くす・・・・・・はずだったが、対象物が影であるため燃えなかった。影が不燃物であるとは・・・・ひとつ勉強になった、などと感心しているヒマはなかった。この一幕に加わっているのだから敵視されても仕方ないだろうがそれにしても問答無用の殺戮鬼ぶりだ。やたら戦意の高い人物である、というのは記憶あるけれど。「碇ユイ」に殺害されるなら、アスカも満足だろうか?・・・・・まあ、冗談だ
 
 
冗談ついでに
 
 
碇シンジが体を張って、こちらを守りに来ている。絶対領域ごっこか?
・・・いくらなんでも気づいているんだろうに。こっち側の茶番にも。
 
 
ぐさーぐさーぐさーぐさー!!
 
都合、四本の影の槍が碇シンジの体に突き刺さり、薄紙のように貫通する。
 
一本もかわせず。まあ、本職の格闘家でもかわせそうにない人生裏街道攻撃であったから碇シンジがよけられるはずもないのだが。血しぶきも、苦痛の声も、あがらなかった。
いや、よけていたら、こっちに当たるから盾になりにきた意味がないわけで。
 
「・・・・・シン、ジ?」
 
・・・・なんか、空気がヘンだ。微妙だ。悲劇的な音楽も流れてこない。
 
ひょい、と首を傾げて前方の状況を確認してみるに
 
 
「うわ」
 
自分の黒い花嫁姿も似たような感想を人にもらさせてしまったが。けれど他に言いようが。
 
 
「あ、師匠」
 
あまり感謝のこもっているようでもない、むしろこの局面への出現理由を問うているかのよーな碇シンジの前に、
 
 
「・・・・ミーは世界最高に不幸な師匠ざます。弟子の祝宴に招かれないなんて・・・尊敬する立派な師匠は身内の式にも別格としてお招きしてご馳走する!フランス料理じゃなくてもいいざます!!オデン以外なら!これは世界共通の常識ざます!!まったく・・・・・常識と礼儀知らずにもホドがあるざます!!まったく親の顔が見てみたいざます!」
 
 
金色ケバケバであるが微妙にあちこち疲れた生地のスーツ、これしかもってないのだろうか、といういつもの格好の、世界最高に不幸らしい居闇カネタが、立腹していた。
 
感心してもいいのだろうが、四本の影槍をこともなく仕込みステッキに吸い込んでいた。そのざますセリフさえなければ、感嘆するほかない手並みなのだが・・・・
怒るのは右眼と同じでも理由が天と地ほどにも違う。
 
しかも、誘っているとしか思えないセリフ。
 
 
弟子としては、応じるほかなかった。
 
 
「いえ、師匠。目の前に」
 
 
内心で、母気味です、と誤植ではなくつけ加え。しかし。
 
 
「自分の子を騙し討ちする親がどこにいるんざます?非常識と非情キチは全くの別物ざますっ!!ミーの目は細くとも節穴ではないざますっ!吸刀術・しぇー・りー・に・くち・づ・け・ざますっっ!!」
 
誘ったくせに。誘ったくせに、ボケもせず。
最悪の師匠だ。師匠として最悪だ。僕の返しを裏切ったな!
僕は世界最高に不幸な弟子だ。けれど、最低に幸運な弟子では、ある。
 
「なんだこのインチキフランス帰りみたいなのはっっ!!」
よほどカンに触ったのか、激怒のツボであったのか、よもや同族憎悪かさらなる神速の八槍同時攻撃を、あっさり受け止めた。相変わらず技名もひどい。が、攻撃の方で勝手に吸い込まれているとしか思えない見事さ。怪しいフェロモンでもあるのか吸刀術・・・・・使い手のビジュアルがアレでもダテでは、ないらしい。達人、ではあるのだよなあ。
もしかして、ヒメさんは、家庭教師を斡旋する天才・・・なのかも。
 
 
しかしながら、この場面で出てくるのかー・・・・・アンチ・騙し落ちというか・・・・
 
 
ぐー、師匠の腹の虫の音。「・・・・・ハア・・」しかもため息。ヴィオロンぽくない。正調日本式の。お金がないのは首がないのと同じです、みたいな。
 
なんの伏線もなく、本気で式のご馳走目当てだったみたいだが・・・・遅いでしょう、いえそもそも呼ばなかったわけですが
 
 
けれど、助かった。
 
 
問答無用のパワーでこられていたら、負けていた。一方的に叩き潰されていた。その優位を策無く不意なく無敵のように、振るえばよかったのだ。皆殺し間違いなし。ここぞ、というところで、小細工をする弄してしまう・・・・・ここぞ、というところで遠慮も情け容赦もなくゴリゴリの力押しであったはずの母さんと、さかさまだ。裏返しにしか、動けない。影であるから。そのように影を使うから。逃げ続け隠れてヒメさんに指示だけ出すなら最上だったのだろうけれど。けど、手持ちの最弱カードでこれだからなあ・・・ぞっとする。
 
 
”わざわざ小技で不意をついてくるだろう”、というのは、バクチだ。読みですらない。
 
 
ロイヤルストレートフラッシュがそろっているのに、チェンジしてブタを出すだろう、こっちはワンペア固定、くらいの。賭け事好きな人でも、たまたまキュー、な感じだろう。
 
 
ここで、父さんが寝返って「やはり、影でもいい!ユイラブ!マイラヴ!」とか言い出す可能性も、バクチである以上、ないでもない。父さんもやはり男で人間であるのだから。
影の差す湿った部分は、ある。
 
 
けれど、闇が補完する。してくれる。
その、意志をこれ以上ないほどに、補強する。
 
 
赤い席に向かい合い、指輪を握って、九字だか十字だか十一時だか知らないけど、呪術師のようなアクションをしていた父さん。カッコいいと思ったし堂に入っててえらく決まってるとも思った。演技力かなあ・・・歌も悔しいくらい上手いけど。だけど・・・立ち位置的に、見せ場は師匠にとられていた。皆は父さんの方なんか見てなかった。意外性とギャップもあるけど、あのイヤミ師匠の方を注目。アウト・オブ・眼中な父さん。ま、まあこの場合、目立ってはダメなんだけど!。ちょっと・・・複雑。せめてラングレーさんは見て欲しいなあ・・・・知らない仲じゃないんだし。
 
 
 
指輪の銘は「結闇」
 
 
月光仮面の正体かもしれない、と言われたおじさんが経営する宝石店で磨かれてきた。
 
霊験あらたかすぎるスポットなので、ちょっと問題のあった女の子と寄ったことがある。
まー、すぐ近くにいるんですけど。今。誰とはいいませんが。
 
 
母さんの、闇が入っている。
 
 
影よりも血よりも濃い、闇。
 
あなたが生まれた夜の色を参考にしてみました、とか箱の中の説明文にはあった。
 
いとしいいとしいミッドナイトブルー。命がぽっと芽吹くとき天にある色。
 
ちいさなちいさな輝きが塗りつぶされてしまわぬように、やさしくやさしく抱きとめる色。
 
千回でも一万回でも呼びかけたくなる場合の闇の色。(いや、注意書きはいいから、とか思った)。
 
 
「シンジ」
「父さん」
 
同時に呼ばれ、呼びかけた。
 
「ユイ」
「母さん」
 
呪文のように、言葉はまわる。
 
 
どうやって取り出したのかは、知らない。
 
同じものをつくってみようとも、思わない。
 
まともなものではないし、その中に秘められているのは。
 
 
闇は、闇だから。
 
 
「あれは」
「これを」
 
千切れる。千切る。写しであろうと契りを千切る。
 
 
影を呑み込むような用途がないなら、見ないにこしたことはない。
どのように、あまやかな、あまがみかむようなことで、いざなわれようと。
 
のぞいては、ならない。
 
 
「せめて」
 
のぞきかえしてきた闇に、とらわれるに決まっているから。
 
時間を必要としたのは、周囲の自分たちが呑まれないため。
一人分追加になったけど、結界を。張っていた。科学じゃないけど。
 
 
区別など、してくれるはずがない。誰だろうと、何だろうと。
 
 
「きたへ」
 
 
それが、影であろうと。