ごうーーん
 
 
リンチのようでもあった
 
 
どうぅーんん
 
 
餅搗きのようでもあった
 
 
ずどおおおん
 
 
鍛刀のようでもあった
 
 
 
ごうーーん
 
 
 
生きているとは思えないが、死んでいないのだろう。
 
 
それは、一撃では終わらなかった。
 
 
異形の音が続く。機械が人間に反旗を翻した世界の終わり、なまぬるい人類文明をまるごとスクラップする日がくればこんな音がするのではないか。それは徹底、している。
 
 
こんな・・・・
 
隕石の如く降ってくる巨大拳をまともに受ければ、クレーターの一部と化すしかない。
 
隕石と違うのは、それが一度で終わらないこと。流星雨とも違うのは、それが標的を確かに定めておそらくは威力を絞り込むなり操作することで、単一の目標にしか命中しないことだ。生きていようが死んでいようがおかまいなしに、プログラムされた回数だけ行うつもりなのかもしれない。象だろうが鯨だろうがなまなかな戦車であろうとこんなものをくらって無事でいられるはずがない。
 
 
しかも、それは人間の、少年の姿を、していたものなのだから。
 
 
戦闘、などととても言い難い一方的な、天罰ないし天誅、もしくは単なる屠作業・・・・・まな板の鯉、などという言い回しが確かあったような・・・・追いつめられれば獣は天敵に一撃喰らわそうとする・・・・それもなくその諦めは魚類的なのか
 
 
巨大拳はひとつではない。色違い七種類のそれらが行って帰って立ち替わりして、子供一人を叩き潰し続ける。分解分裂した虹のような不吉さ、禍々しさ。そこまで徹底して念を入れて肉塊どころかミンチにされるほどのことを、この子供がしたというのか。
 
かちかち山のたぬきは、老婆を搗き殺して汁の中にいれてあげく老人に喰わせたというが。
 
いままでさんざん行っていた、大罪であろうところの使徒、天使殺しの因果がとうとう巡ってきたにしても、「同種」にやられる覚えはないはずだ。
 
 
碇シンジ。
 
 
奇跡は、起こらない。
 
 
起きていない。
 
 
なんの、霊的、超常の現象も、見受けられない。
 
 
そのまま、そのまま、そのまんま、
 
 
降る拳どもを受けて受け続け、
 
 
潰され続けている。
 
 
その体は、一撃目からもう埋もれてしまい、どのような有様なのか、
 
 
確認できない。
 
 
その光景を
 
 
 
少女が見ていた。
 
 
黒いドレスの少女がじっと、見ていた。
 
 
拳が落下するごとに舞い上がる大量の土埃と衝撃波の風は少女の発生させるワインレッドの陽炎によって避けていく。かろうじての安全地帯に立って、その光景を、見ている。沈黙したまま。
 
 
 
微笑して、見ていた。
 
 
<火>が
 
 
試すように、見ていた。
 
 
<土>を
 
 
空虚に、見ていた。
 
 
<水>は
 
 
阿修羅のように
 
 
その瞳で。
 
 
見る角度によってさまざまな表情を、観賞する者もないまま、さらしていた。
 
その中のアパシーの一つが、単なる空席であるのか、実はそうではないのか、観賞する者解説可能な目利きがここにはいないため、分からなかった。それが出来るおそらく唯一人のマイスターは遠く独逸の地にいて、今は同じく奈落の子供、A・V・Thと対話している。
 
 
少女は、少年が、破壊されていくようすを
 
 
微笑しながら、探るように、空白の雪のように、
 
 
見ている。
 
 

 
 
 
思いきりよそ見をしながらの会話である。
 
 
「うわー・・・・・・なんだありゃ・・・・・あれで死んでないってのか?だとしたらバケモンだな」
 
「主査!司令が、いや、もう司令じゃないんですけど、その親御さんがいるわけですからもう少し表現をマイルドにした方が・・・」
 
 
それでいて、的確に襲い来る相手を倒し、畳んでいく。強い、というより戦闘能力だけを奪ってあとはいかようにも料理できる後の始末まで考えた手際の良さ、いわゆるプロの仕事であった。
 
 
 
「諜報一課所属、剣崎キョウヤ・・・・・」
 
 
訝しげに碇ゲンドウがその黒服ふたりの手際を見ていた。後ろにはアラバスターの巨大仮面に紅葉着物の六分儀二十七章と二十六章が控えている。
「おつよいわぁ・・」「ほんまに」
 
 
碇ゲンドウの目的は、この竜尾道を都合のよい生産拠点に変えようとする改造者の「追放」である。ぶち殺して殺害して終わり、という簡単な段階はとうに過ぎた。現場監督一人いなくなったところで自動的に事態が進行するレベルにまでなってしまったのだ。その厄介極まるデウス・エクス・マキナを操作する賢人・・・ゼーレの調律調整官の活動開始。
そのお膳立てが完了してしまう前に、その完璧な輪から、「逃げてしまうしかない」。
 
そのための最後の準備を整えるための時間が必要だった。
 
下手に影使いを殺害してその代わりに、調調官が陣頭指揮を執りだしたら最悪だ。
少なくとも追放扱いにして、その後任が決まる前の空白、空席の時間が欲しいのだ。
 
 
そのために直々に己が出張るしかない。まあ、もちろん、個人的にも、「影であろうと」妻に勝手に触れたその相手には、それ相応の目にあってもらうわけだが・・・・・・
 
 
というわけで、今の碇ゲンドウに纏いつく鬼気はそこらの魔界行の比ではない。
 
建前上は地域のことを考えていたりするが、そこいらの復讐鬼ではびびって道を譲るほど。
 
その顔は、まさしく黒閻魔。
 
 
当然、向こうもそんなことは百も承知であり、その道行きを妨害に来る。
 
影使いの秘術を尽くした伝奇襲撃に加えて、どうも金銭で雇ったらしい現地採用の、といいつつもとはよそから遊びに来ていた無法強者がウジャウジャと。影ユイが消失したせいか、観光組合が動かないのは幸運だったが。連中も計算高いところだ。自分の首にはけっこうな値段がついているらしい。
 
 
その程度は覚悟の上であった。たとえ己一人であろうとも。
 
というより、息子がかなりピンチであった。多少のことでは死なないとは思うが、それを封じている使徒が壊されるかもしれない。そうなれば・・・・・・・・・
 
急ぐしかない。いかなる邪魔が入ろうとも。
 
 
もとより
 
 
部下たちに指示を下してやらせるよりも、てめえでやってしまったほうが遙かに早いし気も楽な性質である。やってみせてやらせて出来たら誉めてやる、なんてのは向かない。
 
 
それが、荒事であろうとなんだろうと。
 
 
そこに六分儀から二名、派遣されてきたのは正直、有り難かった。影使いの伝奇攻撃と雇われ者の物理攻撃のコンビネーションというのはかなり厄介だった。「あのヒゲの首で三億だってよ!!」「ひゃっはー!!」「山分け山分け!ボクたちなかよしだもんね」「ついでにあのメズラな仮面も剥いたれやコラー」「うっぴー!!」地元民の迷惑被害など一切考えないあたり、左眼と竜がいなければほんとうにここはどうにもならぬ、と再確認するがそれで事態が好転するわけではない。二十七章たちもそれなりに腕が立つが、やはり呪術専門となると・・・・・・・こうなると、やはり自分一人の方が立ち回りやすいかもしれん、などと内心で冷酷なことを考えていたところ
 
 
そこに、思わぬ援軍が現れたのだ。
 
 
ネルフの諜報部。この機に乗じて自分を消しにでもきたのかと思いきや、雇われ無法者ないし臨時賞金稼ぎどもに混じって、「三億は貴様たちに渡さないぞ!」「ジャンボなドリーム見過ぎです!現実を見なさい!」とか言いながら「なんだてめえら!ぐわっ!!」「裏切り者だ!やっちまえー!!」な感じで仲間割れを助長しつつ、次々に畳み始めたのだ。
 
 
その動き方を見れば、この黒服二人の意思は分かる。嘘か本当かこちらを油断させる気か。
 
違うの分かる男、碇ゲンドウである。
 
体制変化で内部はゴタゴタのグズグズ豆腐状態かと思っていたが、まだこんな優秀なのが残っていたとは・・・・てめえで組織しておいてなんだが、なかなか感心する。剣崎キョウヤの名を知っていたのは別に碇ゲンドウが人の上に立つ男の器をもっていたからではなく、単に博覧強記で職員の名前を全て暗記しているからにすぎない。その証拠に、もう一人の男、コードネーム”ポーター+ホーク=ポーク”の本名だって知っている。口にはしないが。その必要もないし。
 
 
なにはともあれ、彼らがこうして動いてくれるのならば
 
”三つ首”は戦闘補佐ではなく、影使いの捕捉だけに専念させていいことになる。
 
なんのつもりでこんな真似をしているのか、いまひとつ不明であるが・・・・・彼らが言っているとおり、すでに上司と部下の関係ではないので、これで彼らが死亡しても拝むだけで済む。・・・・よもや、たったふたりで来たわけではあるまいな・・・・だとしたら腕利きを通り越してただの愚か者であるが。人の息子をバケモノ呼ばわりするあたりも。
 
 
 
「碇元司令」
 
 
剣崎キョウヤが呼びかけた。微妙に顔の角度をつけて、サングラスから赤く光る片眼がのぞくようにして。
 
 
「息子さんがあんなことになってますが、助けなくていいんですか」
 
赤い目は歌舞伎の隈取りか見栄切りのようなもので、あまり意味はないらしい。
すぐにグラサンに引っ込めた。なかなか、分かってはいる、男だ。
 
 
「と、いいますか、普通、もう死んでますよね・・・・あっ!すいません碇元司令!」
 
直立不動の姿勢をとったかと思うと、そのままドロップキックをかますコードネーム・ポーク。体型の割にすごいバネだ。空中殺法が売りのプロレスラーほどもある。あやまられたが、実際キックをくらったのはバウンティ・アルバイターどもだ。問題は、ない。
 
「あやまるなら山分けを誓い合った俺達にあやまれよ!!」「うるさいですね。悪党のくせに被害者面しないでください」さすがにネルフ諜報部・血も涙もなく被害者面など一顧だにしない。
その意気や、よし。自分が司令であったら、給料をあげてやっていたところだ。
しかし。
もう死んでますよね発言がマイナスだった。それで相殺、というところか。
 
 
 
「そのための、急行だ」
 
 
ここで踵を返して息子の元にとって返そうが、なんの意味もない。敵戦力の大幅な読み違えの責を負うにやぶさかではないが、それは自己満足で返済されるものではない。
問う間にも仕事をする彼らでなければ、返答もしなかった。時間が惜しい。
 
 
ここの支配者、水上左眼の目を気にせず行動できるアドバンテージは向こうも同じ。
 
あらゆる手をつかってその存在を信じさせなかった福音丸の力を全力で行使できる。
それは、ヘルタースケルターかもしれない、という左眼の恐れで直視を避けさせ。
この街に愛想が尽きた姉が、この街を終わりにするかも知れない、という恐れで。
 
 
ほんとうに陰性で、どうしようもなく、目を閉じてしまっている、あの小娘
 
 
不在の内に、段取りだけは整えておいてやらねばなるまい。最後の選択は己でやるにしても。その、可能性だけは。境界を、飛び越える、かもしれない、という望みは。
 
 
そうでなければ、ユイは・・・・
 
 
己の向かう先は海。産褥の機体のある。偽りの舟霊が闊歩する穢れの吹き溜まった海。
 
風もなく。
 
妻のいる霧の山街とは逆の方。未だに、そちらへは行けない。
 
 
 
闇が侵すように、碇ゲンドウが坂を下る。
天よりの衝撃に叩き潰される子の有様など振り返りもせず。
呪言葉と祝詞を代わりの悲鳴のように唱えながら仮面の六分儀が付き従う。
 
 
 
そして・・・
 
 
「主査、どうするんですか。確かに三億は魅力でなかなか数が減りませんけど」
「そうだなー、キツくなってきたし、このへんでもうおさらばするか。ポーク」
「はいそうですね帰りましょう!・・・って言ったらわたしが見た目どおりの使えない黒服じゃないですか!!」
「いやお前は優秀だぞ、ポーク。優秀すぎるほどの部下だ。部下キャラの見本といっていい」
「部下キャラなんてありませんよ!なんですかそれ!」
「後輩キャラがあるんだから部下キャラだってあるだろう」
 
 
会話しながらも手と足は動かし続ける剣崎キョウヤとポークである。ふたりとも諜報黒服にしては規格外の強さであった。危険手当もつく公務員の余裕であろうか。
 
 
「ただちょっと引き続き潜入調査中の部下の様子見に来ただけなのに、なんでこんなことになっているんだ?ちょっと激励してあとは尾道ラーメン食べて帰ろうと思っていたのに。小池さんだってラーメンのためにここまで体を張ったりせんだろう。なあポーク」
「いいかげんそのコードネームやめましょうよ。ホークかポーター、どっちかで」
「もう定着したからいいじゃないか。ポークで。に、してもだ」
「話を逸らさないで下さい」
「あのヒゲ首で三億というのは高すぎはしないか?現役当時ならまだしも」
「現役ならとても足りないでしょう!・・・でも、どうなんでしょうねそういう相場って。たとえば高額契約のプロスポーツ選手のむかつく移籍を威力抹殺しようとした場合」
「そうだなー、それがまかり通るならプロスポーツは絶滅するだろうなあ・・・・」
 
 
別に碇ゲンドウ個人への私淑でもなんでもないらしい・・・・ことは確かだった。
 
なんせ表沙汰になる心配がないので、もはや本性まるだしイケイケ狂犬であった。
加持リョウジのように意味ありげなことを呟くでもなく、ひたすら裏の暗狩りをする。
 
任務的には、そこそこ片付けて、碇ゲンドウに同行するべきではあるが・・・・・
 
 
「それだとあっちが背後気にしてスピードが落ちるかも知れないしなあ・・・・・」
「キングコングみたいに、欲しいならさっさと握ってどこぞに連れ帰ってくれればいいんですけどねー」
「ま、男の子だからなあ・・・・・・にしても、まだやってるのか・・・・せんべいになってるだろさすがにあれは・・・・見せしめもあるんだろうが・・・・・子供だぞ」
「なんとも暴力的で・・・・・・胸が痛みますね」
 
 
ポークの意味ありげな呟きに「ふざけんじゃねえええ!!」と鼻血やら血の涙やら流しながら臨時賞金稼ぎたちが反論したが、もちろん聞くようなふたりではなかった。
 
 
誰に捧ぐのかも不明な血の祭りはまだ続きそうだった。
 
 

 
 
 
それは、明らかな悪行だった。
 
 
リンチのようでもあり
餅つきのようでもあり
刀を鍛えているようでもあろうが
 
 
それは、明らかな「悪」だった。
 
 
竜尾道警察署の屋上から生名シヌカがその悪行をその目で見ながら、身を震わせていた。
 
 
多聞商店広場で行われた「指輪の交換式」だかいう碇シンジと蘭暮アスカのままごとならぬ「茶番」・・・・に、竜尾道警察も少なからず協力した立場だ。そこで何が行われたか、おおまかには理解している。
 
 
 
水上左眼に首輪をつけていた「影の女」が、この竜尾道から「強制退去」させられた。
 
させる、ということだった。方法はよく分からないが、水上右眼からの連絡によれば、それには成功したらしい。もし失敗していれば、それに関わった全員が皆殺しの憂き目にあっていただろうからすぐに分かる。バクチであったが、それにはなんとか、勝った。
 
 
はず。
はずだった。
 
 
 
影の女の正体、あれが結局、なんだったのかは分からない。
 
福音丸と同じく公然の秘密というやつだったが、生きている以上なんらかの痕跡はあるはずだが、それがない。所詮、人間であるならどこかに気を緩み油断しその正体を明かす瞬間があるはずだが、影の女にはそれがなかった。完全に裏に居続けるなど不可能であるし、こんな隠れ里で秘密にし続けられるはずがなかったが、やり果せた。水上左眼すら掴んでいたかどうか。死人にすらある足跡も、謎の匂い、すらない影の。あの影の女と福音丸が現れてより、水上左眼はおかしくなった。
 
・・・・もともと、ほとんど目が見えていない、ひとだ。
 
張っていた気が、弛んだ、というより狂った、といった方がいい。確かに張りつめた気はいつか切れてしまうが、弛んだ弦で演奏を続けて不調和音を垂れ流すよりはまだ。
 
 
だが。
 
 
たとえ説明されようが、理解不能な領域であることはカンで分かる。君子でもなんでもないが、怪力乱神を語りたくはない。マジで不得意領域だ。実害を被らなくなったならば、離れて放置しておくほかない。碇ゲンドウ・シンジ父子に関係した何か、なのは確かだろうが。そのために、あの父子はここに留まっていたのだろうから。じっとその機会を伺っていた。
 
 
水上左眼捕獲と同時にそれを好機として行動して成し遂げた、というわけだ。
 
 
が、現在、その筋書きにはなかった事態が展開している。こんなことになるために、自分たちが協力するはずがなく、わけもなかった。
 
 
 
福音丸の手が、ミサイルのように飛んで、たった一人の子供を狙い撃ちにしている。
 
七色だろうが光源の具合がどうだろうが、あんなもの、世界で一番汚らしい流星だ。
 
 
これを制裁、と呼びたくはない。
これが報復であるのなら、もう十分だろう。力の加減が分かっていない、はじめてケンカする子供でもあるまいし、これ以上やる必要がどこにある!?叫んでやりたかったが、声も出ない。情けないが、それを聞きつけて拳がここに飛んでくるような恐怖があった。
 
 
それをまともに、もう何十回も、当事者として喰らっている碇シンジは・・・・
 
どれほど、こわい、ことだろう。生きていれば、だが。いや死んでも、眠れまい。
 
あんな衝撃、あんな殺意、あんな轟音の中で。
 
どれだけのことをやらかしたのか、あんな小僧が。まだ、中二の。
 
高校にも入っていない。あんな・・・・さん付けしろ、といえば、素直にそうする、いろいろと面倒かけられたが、かわいいやつではあった。
 
奇妙な縁で、たいそうな危険人物だと聞かされてはいたが・・・・・・
自分たちが招集されたのも自分とダイサンが学年を下げられたのもあいつのせいだが
 
 
にしても、こんな目にあわねばならぬような奴ではない。
 
 
「ああ・・・・・」
 
どんな極悪印の大魔王とて、ここまで凄絶な処刑にあうことはなかっただろう。
 
 
「・・・・・・・・・あああ・・・・っ」
こらえきれず、涙だけが流れた。
こんなもので碇シンジの無念が晴れるわけでもないが。
 
 
水上左眼と竜がいれば、こんな暴挙は絶対に許さなかっただろう。
 
いかなる欠点があろうとも、自他ともにこの街の守護者を任じていた。
 
 
だが、福音丸は明らかに、違う。その方法も常軌を逸しているが、異物だ。
 
ここの空気と混じり合わない、この雰囲気を吸い同化して生きてゆけないモノだ。
必要とあれば、機能ひとつだけを保管して残り全てを切り落とすことをやってのける。
己だけで、己の都合のみで生きていこうとするモノ。噴き出す赤い匂い。
 
何か、よほど特別なモノを産み出そうとする胎腹めいた・・・・
 
 
城の破壊は決定的な狼煙だったのだろう
 
 
空気が、変わってきている。もともと淀んできているこの街だが・・・もっと、さらに
しぶとくへばりつこうとする住人すら、ついていけない・・・人の生存も順応も許さないレベルの清浄さに近づけていっているのかもしれない・・・・・
 
 
風のない夜だ。
 
嗚咽を吹き流してはくれない。
悪行に対して吼えることもできない無念も。
 
 

 
 
 
「あの、どこに行くんですか・・・・・」
 
チラチラと後ろを見ながら併走する皿山が水上右眼に聞いた。視線の何割か「戻らなくていいんですか」という問いが含まれているのは承知の上で気づかぬふりをする。
 
 
戻ったところでどうにもならない。
 
あそこに残ったセカンドチルドレンがどうなろうと。
巻き添えくってぺしゃんこに潰れていたら、ほんとに笑い話にもならないが、その程度の才覚はあるだろう。
 
 
そうでないなら、”こんな風”に走っている自分こそいい笑いものだ。
 
先ほどから市街をいったりきたり、グネグネと上がり下がり、直進というものをほとんどしない。目的地があるならこんなコースをなぜ通るのか。それは疑問もでるだろう。
時間の無駄、というより、どういう意味なのかも分からないに決まっている。
 
だが、答えている時間も説明している時間も惜しい。
 
こんな聞いた当初はこれほど初めから厄介な頼み事だとは思わなかったのもある。
 
ついてこれるのは皿山と真剣川と符令の三人。今笛ら残りは客の帰し案内と破壊された城の生存確認にあてて正解、本気の自分に三人ついてこられるのがこんな時だが嬉しいものだ。
 
 
ついてこられるのは走りの実力で、ついてくるのは信頼のゆえ、だが。
皿山君が最初に聞いてくるのは、まー、男だろうから、か。
真剣川が視線で「そこは黙ってついていけよ!」と叩きつけるが、それも痛い。
 
 
「このようにコースが不定なのは、目標が高速かつ柔軟に移動しているから・・・・・ですよね、ヘッド」
さすがに説明の潮時か、と思ったら代わりに符令がしてくれた。さすがにツナギより法服の似合う金科玉条的真面目女、掘塔符令。優秀なのだが、一度教えたことはすぐに呑み込むのだが訂正がなかなか困難なのが玉に瑕。ほんとにこれさえなければなあ、というわけで未だにこっちがはずかしいヘッド呼ばわり。冗談のつもりだったらしいが真剣川め。
 
まあ、それはいい、として。
 
 
「そうだ。すぐに捕捉できると思ってタカをくくってたが、思った以上に手強い・・・・・怪我人だったはずなんだなあ・・・・しかもこの動き方・・・・」
 
あの娘に頼まれたのは、ひとつのことだが、それをやるにはいろいろと手順を踏む必要があるわけだ。分かった上でやっているのか、分かっていなくても、まー、歳を考えればそう文句も言えない。その第一段階でこう手間取るとは・・・・・チャンバラ妹と違って札経由で監視しているわけじゃないから、相手のだいたいの位置はわかるが状況状態までは把握できない。だいたい、といってもこちらが徒歩ならもう話にならない大雑把レベルで、こうやって縦横無尽の二輪であるからなんとかやれるか、というところだ。
 
 
「ターボ竹馬では、ないでしょうか。わたしたちの二輪でも追いつかないというのは」
この頭の回転。完全に皿山と真剣川は置いてけぼりだが、まあ、しょうがない。
役割分担というやつだ。となると、ここで二輪乗ってるのもおかしい女だけどねえ。
 
 
「・・・・そうか。あんなもの、よそ者がそう乗りこなせる代物じゃあないが、世界は広いか・・・・宮武のオヤジさんなみの跳ねだぞこりゃ」
「げっ!あれを捕まえるんですか?それはムリ・・」
「ムリじゃねえ!やるんだよ!!根性なしかてめー・・・・あんなコゾーもなんか気張って耐えてんだぞ!気合いが足りねえぞ!」
 
「いや、まあ、そうだな・・・・・・やるだけやってみるか・・・・・」
 
皿山は正直ではあるが、優しい男だ。迷いつつも真剣川にそう答えてくれた。
 
これで実は碇シンジがあっさり圧死してました、なんてオチだったら真剣川は立ち直れないかもしれない。物言いはともかく心根は優しい女であるから。ちょっとバカかもしれないが、碇シンジが助かっている助かるのだと、信じきっている。疑いもせず。信じると決めたものは危険なほどに信じきる。自分勝手の極みである自分たち姉妹とは違って。
 
 
「城も破壊するあれだけの衝撃をあれだけの回数受け続ければ、周囲がもたないはず・・・・地崩れも今のところは・・・ない。打撃者が直前で力をセーブして手加減する理由もないのでしょうから・・・・・なにか不思議な力であの子が守られている可能性は、高い」
 
役割分担的に、皿山たちのためにいて欲しくはあるが、世間的に考えるとこの冷静な観察眼・・・・・法律家にでもなった方が世のため人のため、だろうなあ、と水上右眼は。
不思議な力、というのはあえて皿山と真剣川にあわせたのだろう。
 
 
なんにせよ、その不思議な力も、そう長続きはしまい。
 
妙な話だが、あの胸の悪くなる有様こそが、碇シンジの生存を証明している。
くたばったのなら、さっさと福音丸に収容しているはずだ。ギリギリでねばっている、という点では真剣川の言葉は当たっている。
 
 
 
それから、そこに同席したあの娘の、判断。
 
 
まともではない。
 
 
近くで見る必要など、なにもない。危険であるから離れて見ておけばいい。
 
だが、それではダメなのだろう。鍛冶が火の色を見るように。片時も離れずに。
 
それとも。
 
弱りきった碇シンジから、なんらかの不平等取引をもちかけるなり、譲歩を引き出すつもりでいるのか。
 
 
だが、それを止めることも出来ない。
 
 
この局面のキーマン、キーウーマンは彼女なのだ。
 
 
黒い花嫁、などといろいろ冷や飯的ワリをくってきただけに、とうとう反撃に移ったとて誰も非難できない。たとえ。ここで、この場面で。
 
 
傍観を選択、碇シンジを見殺しにしたところで。
 
 
怪物を仕留める方法のひとつ。”弱りきったところを、背後から心臓を串刺し”、というやつだ。魔女の神経を所有していなければ、とても耐えられるところでなかろうが。
 
 
やる、かもしれない。
 
あの目は。あの瞳は。
 
どこを見ているのか、なにを内包しているのか、いまひとつ読み切れぬあの青い目は。
 
 
丁半バクチより、もっと分が悪い。おそらく
 
 
 
「いました!!あっちで跳ねてます!!心臓止めます!!」
「よっし!!やってやれ皿山!ハンドルはまかせろ、逃がすんじゃねえぞ!!」
 
うわ!ちょっと考え事してたらよりによって皿山と真剣川が先に見つけてしまった。
殺してしまってはなんにもならない!目がいいのはいいが
 
「いえ!情報を聞き出す必要が!」
気づいた符令が慌てて止めようとするが、この場合、皿山の強力な能力が惜しまれる。
それから真剣川との連携と意思疎通の速度も。速すぎる!間に合わない!。
 
年中自分の心臓とめすぎて、ちょっと脳にまわる分が少なくなっているのではないか。
いやあれは自分も苦しいわけで、ものすごく一生懸命なのはありがたいのだが・・・・・
 
 
突然、心停止状態になって跳躍するターボ竹馬から落っこちた男・・・肉体的には男で間違いないだろう、女装しているが感触的に。間一髪で受け止められた。さすがにキング・カブ。ほかのものでは間に合わなかった。あぶねえ、あぶねえ・・・・・、と
 
 
「このバカヤロー皿山!!ク、」
 
ソしてねろ!!などと続けそうになったが、皿山はがんばってくれたのだ。逃げられる可能性も確かにあった。一応、生きてはいるのでがまんしておく。子分の責任は自分の責任でもある。教育が甘かったのだ・・・と思うことにしよう。叱る時間も惜しい。今は。
 
 
「クジラのステーキをおごってやるからな、あとで」
 
まともな人間なら建物に籠もるしかないこんな夜に、ぴょんぴょん尾行されないように動き回るのは・・・・まあ、まともではない。初っぱなから手間取ったが、仕事はこれから。
 
 
その前に、ゲンドウさんがどうにかしてくれてりゃ、それが一番なんだが・・・・・
 
 

 
 
 
「測量作業中断・・・・・・・・とめなさい」
 
 
調律調整官、エイリ・アンハンドは命じた。
 
 
「・・・・・?」
 
エリート揃いの直属部下たちもいろんな意味で心臓凍る。エリートであるから指揮者のいわんとするところを即座に理解して「?」マークなど発することはない、「?」や「!」を発するエリートはまだまだであろう。調調官直属になるには遙か遠い道のりと言わざるを得ないほどに。しかしながらの、「?」である。そんじょそこらの「?」ではなかった。
そこらの監視兵がまんまと潜入されて、ぽけーっと頭に浮かべるそれと比べてはならぬ。
まさにゴールデンな「?」である!!。
 
 
・・・・・まあ、疑問符なのは変わりはないのだが。
指揮者の意図はさっぱりワカメちゃんであった。磯野さんちではなく、訳野さんちの
 
 
しかも
 
 
「これより指一本も・・・・・動かしては、なりません・・・・・」
 
 
任務にとりかかった調調官が仕事の中断を命じるなど、ありえないことであった。何政府の何者の何機関であろうがその行為を妨害できぬほどの超絶権力を所有する調律調整官が。中にはその地位にいてもとんでもなく仕事をしない怠惰の王様みたいな者もいることはいるが、このエイリ・アンハンドは悲しすぎる容姿に悲しすぎる表情と悲しすぎる声色と悲しすぎる服装のセンスではあるが、なんせ仕事熱心ときている。少々どころか大々の理由があろうとものともすまい。血の雨だろうが槍の雨だろうが、降らせる側である。
久々の天領化。焦ることはないが、遅らせることもない。何やら元ネルフ総司令・碇ゲンドウが画策しているらしいことを考慮するに。通信で現場監督役の尻を叩きつつ。
 
 
それなのに、この「だるまさんがころんだ」的オーダーは何事であろうか??
 
 
ダブルゴールデン、ゴールデンペアな感じで疑問符を使用してしまった。驚きのあまり。
 
 
「十時間ほどそのままで・・・・・可能であれば、呼吸と心臓も」
 
 
できんわ!!!!死ぬわ!!!
 
と、超エリート直属部下たちは、並以下の普通部下ならば遠慮なく発することが突っこみもできようはずがなかった。しかも調調管にはそれがやれるのだから始末が悪い。
 
別に自分たちをいじめようとかいうせこい意図などはないのは分かっている。そんなスケールで調調官をやれるはずもない。自分たちを気遣って、そんな命令を出したのは、その悲しそうな、というか、いつもの表情であるが比率割り増しているような気もする、その顔を見るにつれ・・・・・旗を持ったまま歩いた足を下ろそうとした微妙なポーズで固まったまま、超上司な調調官に唯一人、素で意見できる兄、ニコニコルに救いの目を向けた。
 
 
「どうしたのだい、仕事熱心のハズの妹エイリよ。まだ童心に返った楽しいレクリエーションにはだいぶ早い時間帯じゃないのかい〜」
 
旗を持って回転させようとした、一番キツイポーズで固まっているが嬉しげな笑顔のまま、こうなると鼻アタマのピースマークが非常にかなしい。ピンポイントで妹に匹敵するほど。
 
 
 
「静かに・・・・・・・・すぐ近くに・・・・・・・・”いる”わ・・・・・・」
 
 
何が、と問い返す間抜けは少なくともこの場にはいなかった。
問うた時点で、兄であろうが調調官エイリ・アンハンドが殺していただろう。
その後で、悲しい、とかなんとかいいながら。
 
 
それに、その必要も全くなかった。
 
 
ぞわ
 
総毛立った。姿は見えない。光景に異常はない。計器の類にも敵性体の接近を知らせる警報はなかった。それなのに。体の方が、反応した。全身で。自分たちとは桁違いの「何か」がすぐ横を通り過ぎていっていくのを。音も、匂いも、気配もなかったが、分かる。
少しでも動いて、わずかでも揺らいで、「それ」と接触したりすれば、・・・・・
そのまま、命をひっぱりこまれるほど、吸引力を、感じた。圧倒される、などというレベルではない。もはやこちらから同化してしまいたい、と願いたくなるほどの。巨大さでいえば怪獣や恐竜より大地の方がはるかにでかいわけだが、そこにいちいち恐怖を覚えたりはしない。いっそ寄りかかってしまいたくなる、そちらに混じってしまいたくなる・・・・・・それほどの・・・知らぬ間に、巨大な体内に入ってしまった、というに近い。
 
 
「兆獣の・・・・・・・大使・・・・・・」
 
 
十時間の体の固定に耐えきれなかった者は、動いた部分、体の一部を変形させられた。「元に戻った!元に戻った!私は元々、こういうものだったのか!」エウレカ!エウレカ!と喚きながら大いなる快楽と歓喜を表す部下たちを。調調官とその兄は
 
 
「・・・・・・・・悲しい・・・・・・・・・」
「君たちが喜んでいること自体はとても嬉しい」
 
 
と、いつもの表情で、処理していった。
 
 

 
 
「こわしやがこわされるか」
「壊し屋が壊されるか」
「コワシヤガコワサレルカ」
 
 
ゼルエルの意外な結末に、大使徒が「壊し屋は自己まで破壊するべきか」という
命題で思考を開始する。普段し慣れぬことをするから、獣魂が多少漏れはしたが。
まあ、大したことはないだろう。ほんの2,300だ。
 
 

 
 
 
その目が見ていた。
 
 
青い目が見ている。
 
 
絶対領域がなくとも、碇シンジの左腕が、巨大拳の衝撃に逆らっているのを。
 
正確には、その左腕断面に宿っている「使徒そのもの」の耐久力で、だ。
 
一体全体、どういう頑丈さなのか知らない、見かけによらず福音丸とやらのロケットパンチが非力、というわけではないだろう。風圧だけで膝が折れ、体など埋められているのだ。
 
 
ドライは知っている。
 
 
碇シンジは使徒に寄生されている。汚染されている。その血脈を穢されきっている。
 
使徒だ、と言ってもいいだろう。廃棄処分されても仕方のない身分、存在。
 
人類の敵だ。
 
おぞましいことに、その内部を、その精神を、覗き込んでしまった。
 
人間ではない。その内部構造。明らかに。人間の思考をしていない。
 
理解不能に底無しに深い、のではない。その逆だった。ゆえに恐怖した。
 
足りなすぎる。知能が足りないのではなく、これで感情が人格が形成できるはずのない。
 
人格は精神という広大なスープから掬って己の魂に喰わせるスプーンだ。
 
器といってもよかろうが、機能的にそちらのほうがしっくりくるだろう。
 
これがなければ、心は枯渇衰弱死する。サイズも形もさまざまでも、必ず存在はする。
 
人間である以上。それがなければ生命活動はできても精神活動はできない。エヴァを駆るどころの話ではない。精神はある程度、文化圏などで共有されるものではあるが人格は完全に単一個人の所有するもの。
 
 
しかしながら、こいつには、それがない。なかった。自分には分かる。
 
ある意味、こいつと寄り添って生きるために生まれ出た、自分には。分からぬはずがない。
 
それを奥に隠し込む必要もなかろうし、ただでさえこいつには三本のスプーンがあるはずだ。それが、一本も、ない。・・・・・・・おそらく、無くしてしまったか、奪われたのだろう。寄生した使徒に。もはやこうなるとどちらがメインか。そうでなくとも。
 
 
あの時、見た、白い仮面をかぶった人間だけが住まう名も知らぬ壊しても壊しても再生する街の心象風景。銀鉄の記憶と混じっている可能性もあるが、思い返してもゾッとする。
 
己の体に使徒をすまわせていることを、認めている。それだけで、もう。
 
決して許されることのない。大罪者だ。架刑に処せられるべき。今、こうして土に埋められているから、その方が似合うかもしれない。
 
 
ただ、この碇シンジが使徒によって本物そっくりに造られたコピーという可能性もないわけではない。こうなるとそれを見破れない実父も怪しいが、まあ親などその程度のものだ。
情愛があれば盲目、なければ無眼。アスカでさえ、最後までついていっていないのだ。
碇シンジが、どうなったのか、知らない。分からない。
自分、というか、自分たちと再会した時の反応の鈍さを鑑みるに・・・・どうもな、と。
既定路線にアグラをかいているラングレーなどじりじり焦がれていたようだが。
 
 
ともあれ、ニセモノならば、このまま福音丸とかいうイモ焼酎すぎるネーミングの田舎ゲリオンにやられるのは皮肉というか傑作ではあるし、ホンモノであっても自業自得だ。
 
 
いい気味といえる。
 
 
しかしながら、サードへの憧憬から生まれた自分がこの光景を直視すれば、泡になって消えるかも知れないが・・・・・どうもそんな気配がない。アスカは消えたままだし、ラングレーもちんけな約束にこだわりがなぜあるのか分からないが自縄自縛で動きを鈍らせて前に出てこれないせいか。別にそのままで存在してもいい、というのなら、存在し続けよう。一番多機能かつ有能なのは間違いないわけだし。最新型ナンバーワンよ。いくらプロトタイプやテストタイプが強がっても、最終的には最新型が勝つわけだし。そりゃそうだ。そうでなければ出てくる意味がないもん。そんなのに乗ってる主人公も途中で乗り換えるわけよ。
愛着だけで勝てれば世話はないの。それにしても・・・・・・・・
 
 
まだ、壊れないのか・・・・・・・・
 
 
なんて頑丈さ。ATフィールドを展開してもいないのにここまで耐えられるものなのか。
 
ある程度、衝撃を吸収さえしているようだ。でなければ、地崩れしてこっちも危ない。
ともあれ、腕はよくても体は腰痛などではすむまい。伝導する苦痛で精神の方が逝く。
あれで耐えられるなら、それはそれでバケモノだ。
 
 
使徒は使徒らしく、反撃の一つでもしてみればいいものを
 
 
本物ならば、なおのこと。同じエヴァにやられる道理がどこにある?
 
 
掠われてきた街などに守護する義理もないだろうに。初号機もなく。
 
 
ギン
 
今までなかった音が。聞いたこともない音だが、この状況で考えられるのは唯一つ。
使徒装甲に亀裂が走った音。破壊の端緒。休みもせず一方的にあれだけぶちのめしてきたのだ。そろそろそれくらいのダメージがなければ福音丸とやらも立つ瀬がないだろう・・・と思ったその時。
 
 
 
「・・・・・・・・・・・そろそろいいか」
 
 
ラングレーが前に出てきた。ずいぶんと遅い出馬だ、と嘲笑おうとしたら、それよりももっと邪に唇が歪んだ。おそらく今のこの目はずいぶんと魔性の輝きを放っているのだろうな、と。確かめる術もないが。
 
 
「言え」
 
 
いきなりの命令だった。碇シンジ、いまや這い蹲るどころか強引に埋められ生死も定かでないところの、あわれなサードチルドレンに。何を要求するつもりなのか、と思えば。
 
 
「助けを求めろ・・・・・私に。この惣流アスカラングレーに助力を求めろ」
 
 
さながら主人公のピンチにつけ込んでとんでもない悪徳契約を結ばせようとする悪魔・・・・というか、そのまんまだ。こんな有様になればどんな鉄の猛者だろうが、なんでも言うことを聞くに決まっている。使徒装甲でも破損しているくらいだ。きかなければそれはもう死んでいるのだ。つまらないことをするものだ、と思う自分には期待があるのか。もうさんざんペッタンやられて、スライムベスにでもなっている可能性の方が高いのに。
 
返答どころか、もう人間の声を発することもできるかどうか知れたモノではない。
 
しかもこの轟音。音波を熱気で弱らせていなければ鼓膜もおかしくなるほどの。
 
声など聞こえるはずがない。
 
 
 
「いやだ」
 
 
そのはずなのだが・・・・・・・聞こえた。
かなり弱々しいが、間違いなく。断りの、返答。ごめんですらない。
 
 
「・・・なんだって」
 
予想外の返答であったらしい。返答があることには驚いていないようだが。
短気なラングレーには珍しく、もう一度、尋ねた。
 
 
「父親は間に合わない。絶対にだ。なんとかできるのは、私だけだ。そこを踏まえてもう一度聞く。・・・・・・弱音を吐け、弱音を捧げろ。負けた、勝てない、助けて、と三拍子で頼め。背負いきれない荷物を背負った大バカの碇シンジ。さあ、負け犬のワルツを奏でてみせろ・・・・・それであとは、なんとかしてやる。・・・・言え」
 
 
「おこと・・わり」
 
 
途切れはしたが、意思は確固と。どこにそんな体力が残っていたのか。
びぎ
 
 
同時に、先ほどよりもっと歪でイヤな音が。やばい音量で。
 
 
「死ぬぞ、お前」
 
 
冷酷の脅しではなく冷静な診断だった。それにはドライも同意した。滅びだな、と。
 
 
「言っておくが、ここで妙な逆ギレなんか起こすと、”こっちが死ぬ”ぞ。なんせほぼ零距離だ。あんなものに対抗できるパワーなら巻き添え確実だ。そんなことはないだろ、とかのんきにタカくくっている平和なお嬢さんもいるけどな」
 
 
ラングレーがそんなことを言い出すので仰天するドライ。そんなキチガイ魔女の覚悟でもって挑発されても迷惑なだけだ。慌てて前面に出直そうとするが、ブロックされる。
 
 
「ずるい・・な」
 
 
血の泡でも吹くような、苦笑いだった。 その姿をその前に表さない、という契約だからかわせる位置関係、対話である。
 
 
「アンタにいわれたくない・・・・・・アスカも、まだ戻らない・・・・・・打つ手ないだろ。こんな時を予想してたから、こんな安全装置を設定したんじゃないのか・・・・それを使うのは悪いコトじゃない、むしろ手柄の部類だろ。だから」
 
 
「そう・・・じゃない」
びぎびぎびぎびぎびぎびぎ・・・・・・
 
 
危険の音が連鎖を始める。もはや猶予どころかカウントダウンが始まった。
 
 
「そうじゃ・・・ない、んだけど・・・・しょうが、ない・・・・か・・・・父さん、おそいよ・・・・・おそい、よ・・・・・」
 
 
「そう。仕方のないこと。・・・・よく耐えたよ、シンジ」
 
その賞賛は本物だ。ラングレーもドライも。自分たちにはあらゆる意味で無理だ。
 
防御人格たるアスカでも、こんな真似は。・・・・・砕かれて、終わりだろう。
 
本能のまま牙打ち鳴らすのを止めるのが人の仕事ならば。碇シンジは見事、それをやり遂げたことになる。あとはバトンタッチだ。水上右眼が首尾よくやっていれば・・・・・
 
 
 
「・・・・・?」
 
 
その時、きみょうなものが視界を横切った。夜目に白く、この国では見るはずのないもの。
 
 
「雪・・・・?」
 
 
錯覚かと思ったが、それは断固として存在を示し始めた。るおーん、と狼の吠声を思わせる音が遠くから聞こえたかと思うと、予報などあるはずがない突如の降雪。気温が急速に下がることはなかったが、天の気まぐれとしかいいようのない量がいきなりどかんと。雪に似たなにか別の何かなのかもしれないが、この異変に福音丸の飛行拳がさすがに止んだ。
 
 
あっという間に一帯を白く染めてしまう。化粧のように。
まるで、それが目的だというように、すぐに降雪も終わったが。
 
 
しーん・・・・・
 
 
周囲に沈黙が戻る。
 
 
「・・・なんだったの?」
 
黒いドレスも白くなってしまったラングレーが首を振って頭の雪を散らす。
 
福音丸の攻撃が止んだ小クレーター状態の碇シンジ埋葬地点を見てみるが・・・・別にそこから這いだした様子もない。雪のあまりに少し目をつぶっていたが、それほどの時間ではなかった。逃げれば足跡も出来るだろうし、あの程度で誤魔化されるほど甘くはない。
 
 
グオーーン
 
そら見ろ実際に、福音丸の再攻撃が始まった。と思ったら!!
 
 
「武器を・・・・・・・」
 
 
その手に巨大武器を握っていた。あれでこの距離だと陽炎壁ではさばききれない。
 
しかも七本同時に。それぞれ異なる武具をもち。複雑な空中編隊を組んでいる。
 
もしや、なにか究極奥義とか必殺最終技とかを繰り出す気でいるのかもしれない。
 
トドメをさしても、いいのか・・・・?びびってそのあたりの判断を停止しているのかもしれないが。やばい・・・・・とにかく。空中で合体とかはしない・・・ようだが。
 
なんかタメているのは間違いない。夜空も怪しく七色に輝き、無茶苦茶危険域突入。
 
 
さすがに距離をとることにするラングレーとドライ。何者が降らしたのか知らないが、この過剰反応、いい迷惑だった。
 
 
どれだけ用心深いのか。あれだけ標的を痛めつけておいて、ちょっと雪が降った程度の異変でこの警戒ぶり。まあ、そのくらいでないと生きていけないのだろう。
 
 
碇ゲンドウか、水上右眼が何かやったのか、と少々、驚きはしたが。所詮はただの雪だ。
すぐに消えてなくなる。なんの意味があったのか。この些細な変事が・・・・、とと
 
 
そんなことに拘るよりも、先に契約をすませてしまおう。それが大事だ。
 
そうでなければ、あいつがもたない。
 
ドライはこのまま使徒部分もろともくたばれと考えているようだが・・・・なんのつもりか無抵抗を貫いている愚か者をそのまま見殺しにするのは・・・・人間のやることか。
ここは、使徒の反撃本能を碇シンジがなんとか抑制している、と考えるべきだろう。ここまでされてATフィールドを展開させない使徒が、生物がいるとは、思えない。
 
そんなことがやれるのは・・・・・・痩せ我慢を貫けるのは、人間だけだ。
 
エヴァを駆り炎を操る自分たちとて、一般人からすれば十分に規格外のバケモノだろう。
 
憧憬から生まれた三番目は、強いかも知れないが、幼く未熟だ。
 
敵認証をするのは、まだ早い。まだ、早い。ゆえに、ここは加勢する。
 
火の星のように。本家火星人はインカ文明が発祥らしいが。
 
まあ、それはどうでもいい。
 
 
加勢して救ってやり恩を着せて、まあ、三の手下くらいにはしてやるが。サードだから。
 
使徒だろうがなんだろうが、使いようによってはアレだ。バカとハサミで召還獣、じゃない。・・・・・・人間の敵は結局、人間なのだから。そう簡単に使える戦力を捨てていい道理はない。あくまで未来の戦力増強的見地から、だ。福音丸とやらはもうネーミングセンスからして相容れぬから、おそらくここで叩き潰すことになるだろう。こういう誇りの欠片もないことを衆人環視でやりまくるあたり。共闘なんぞとても不可能だ。A・V・Thの陰気さにもついていけないが、少なくともここまで下品ではない。だから・・・・
 
 
 
「さっさと、折れろ!!」
 
心で心を折れるなら。そのつもりで咆哮した。
 
距離をとったため怒鳴らないと聞こえないせいもあるが。
 
 
「う・・・」
 
 
・・・・・てごたえ、あり。
 
心で心をへし折って撃ち抜いた感覚が確かにあった。なんともいえぬ満足感と達成感と高揚感。巨大ハンドが握る巨大武器に向き合う、敵うはずもないギリギリの絶望感に心が燃えたぎってくる。こんなものからどうやって碇シンジを救い出すのか、脳はプランを作成中でまだ決定稿もでていないが、胸の内だけがひたすらに熱い。圧倒的不利状況にありながら、よけい元気がでてくるのだから。
 
ドライなどびびっておののいているが、そんなことでエヴァのパイロットが務まるものか。
 
せせら笑うその表情は魔女というよりまさに英霊をつまみにヴァルハラ中毒の戦乙女。
 
まあ、なんとかしてみせる。決して、誰にも邪魔はさせない。なんぴとたりとも。
 
 
力のない人間が芯から心の底から、こんなことを考えていたら破滅するしかないわけだが。
まっしぐらに。
 
 
そのための、力を、戦力を、ひそかに用意していた人間ならば。
 
この業界にいる限り、用心深さは似たようなもので。そして、時が至れば大胆に。
 
 
碇シンジの返答さえあれば。この姿をこの名とともに、さらせるならば。
 
遠慮無く、その敵を叩き潰そう。理由は後付でもいい。手を出したのは向こうが先だ。
 
 
さすがに心が折れたからには、もうこれ以上我を張ってはいられまい。
 
こっちの精神的支配下、下僕従属にしてやる。使徒こぶ付き?ああ、それも面白い。
 
なかなか楽しくなってきた。ドライが異論を唱えるが完全無視。使徒なるモノとまみえ向き合いまぐあう覚悟もない奴はだまっているがいいのさ。
 
 
「まけた・・・・・」
 
 
声があった。
 
 
「かてない・・・・・・」
 
 
確かに言った。聞こえた。あの碇シンジが。
 
実質的には、袋小路にいりこんだような、”詰み”、
ルールに殉じたかたちであるが、人の立場を捨て、獣になってそれを捨てるという選択肢だってあったのだから。
 
べつに軍師でもなんでもないのに。
 
碇ゲンドウは間に合わず、仕事を与えられた水上右眼もキレることはなかった。
 
碇シンジひとりに任せ支えるには、あまりに重すぎた。
 
よく頑張った。
 
よく耐えた。
 
これは恥でも何でもない。
 
勝ち負けは兵家の常、というか端から勝負になっていなかったのだ。
 
こんなもの。これも茶番だ。
 
終わらせる。終わらせてやる。
 
 
だから早く言えばいい。最後の一言を。
 
 
「たすけ・・・」
「あんたバカ?」
 
 
望んだはずのその一言末尾を、自分の声が押しつぶしていた。なんのドライの足掻きかと思ったが、違ったようだ。
 
 
「なにを情けない声あげてるのよ。男がそんなこと言ってんじゃないわよ」
 
 
神にも挑むかのようなスパルタンな声。雪化粧で白く染まったドレスは今こそ花嫁そのものに見えるが、新妻より稲妻の。ソクラテスの奥さんでもこの状況ではそこまでのことは言わなかったのではあるまいか。もう少し優しい言葉をかけたに違いないが。角こそないが、まさに鬼。鬼の嫁というか嫁の鬼であった。あまりのハードな厳格さにドライがドン引きした。切れ味爽快どころではない、弱り切ったところにこんな追い打ちでかけられてはほんとにショック死しかねない。おいおい、いきなり大遅刻して現れたのはいいが、完全に空気と状況を読めてないぞ、とラングレーが肩たたきをしようとした。
 
 
くるり
 
いきなり白いドレスが踵をかえして、たたっと走り出す!。
 
あのセリフ叩きつけて逃走かい?あまりといえばあまりの超展開にさすがのラングレーとドライもついていけない。反応できない。
 
 
「あ、あれ・・・・・アスカ・・・・?」
 
信じられないのは碇シンジの方も同じらしい。なんか気配か足音で去っていくのを感じたのだろう。裏切られた、というよりはあっけにとられた、というか。さすがにここで彼女が危険域から離れたことに安堵するようなら、もうそれはスーパーマンであろう。
 
 
「当たり前のことはいわなくていいの!。助けるなんて当たり前なのよ!待ってなさい!あともう少しだけ!!あんたが望んだ解決、見せてあげるから!」
 
 
全力疾走の声は実はほとんど碇シンジに届いていない。その必死の声色しか。
それで十分、ともいえるが。信じるか信じないか、もう少しだけ、待てるか。
 
 
「我慢できなくなったら、もう一度だけ、あたしを呼んでいいから!」
 
 
呼んだところで、それでどうなるというのか・・・・・説明はない。しかも一度だけとは。
 
本人は途中にあったスクーターを・・・どうやったのか一秒で鍵を壊して・・・・それに乗って行ってしまった・・・。我慢せい、といわれても。もう限界だからいい、とかさきほど貴女が仰っていたような・・・・・・・180転換、そんな無茶な要求をやれるのは・・・・・・・
 
 
「もどって、これた・・・・・・・んだね」
 
 
もはや笑みをつくる力もないが。
 
 
「なにを、わらってる・・・・・・ゼル・・・・・」
 
自分は、笑っているらしい。この無惨の墓穴から。見えるのは半壊した白い仮面と夜空に浮かぶ殺る気まんまんで武具を構えた七本の腕。あんなものがいちどきにぶち込まれれば耐えるどころか消滅しかねない。
 
 
「絶対領域を・・・つかっても・・・いいかゼル」
 
「・・・・・だめ」
 
 
墓穴の中だからこそ、許される異形の会話。
もはや見届ける者もなく。屍を拾う者もなし。
 
 
「実は・・・・・言ってみただけ・・・・・ゼル」
 
「ごめん・・・・」
 
 
使うに使えないのだろう。もはや。この守護天使は。自分のこの願いを受け入れて。
 
 
「君だけは・・・・、逃げてもいいんじゃないの」
 
「タブリスとの・・・・・約束、ゼル・・・・・・」
 
「はぁ・・・・・まぁ・・・・・そうか・・・・・」
 
「タブリスは・・・・”お前が”・・・好きなんだゼル」
 
「そうかぁ・・・・・・・・僕も、そうだよ・・・」
 
「・・・なぜ、壊しては、いけないゼル」
 
「なにを?・・・・」
 
「・・・なぜ、ひっくり返してしまわないゼル。・・・・境界の子供」
 
「よけいな名前が多すぎる・・・・・混乱するよ・・・・・・昔昔昔、とかね・・・なんて呼ぼうと勝手・・・・・かも、しれないけど・・・」
 
「今なら、まだ・・・・・・破壊光線が一回分だけ・・・・・・使える、ゼル・・・・・」
 
「だめ・・・・・それ、つよすぎるし・・・・・・・福音丸を今、動かしてるのは・・・・・・たぶん・・・・・だから・・・・」
 
「実は・・・・・・・言ってみただけ・・・・・・ゼル」
 
「そう・・・・・でも、なかなか、攻撃が、降ってこないね・・・・・どうしたんだろ」
 
「分かるはずがないゼル・・・・・・人間の考えることなんて・・・・・人間が分からないのに」
 
「それも・・・・・・そうか。焦らしてるのか・・・・・なにかトラブルでも・・・・父さんが、間に合ったのかな・・・・・」
 
「・・・・そうじゃない方に一票、ゼル」
 
「まあ、どうでもいいか・・・・・・・・ここから呼んでも・・・・届くはずないし・・・・・・・あ」
 
 
 
「くるゼル」
 
 
空中で待機中だった福音丸の七本腕武具付きは、とうとうポーズを解除した。
 
もはや見えていない目にも分かるエネルギーと殺意の凝縮。暗黒の巨大帝国彗星現出、といったところだ。福音丸の腕力よりも、巨大武具が相当な業物ぞろいらしい・・・・・ヒメさんの力作だったりするんだろうなあ・・・・・・それを一同に揃えたのはいいけど、制御するのが大変で時間かかったかも知れない。そんなにしなくてもいいのに・・・・・サービスしすぎですよ。
 
 
これは・・・・・自分ではどうにもならない。誰かに助けてもらわなければ。
 
 
けれど、それは当たり前のことだから、いちいち言うな、と彼女が言ったから。
 
 
口にしない。
 
 
その代わり、自分の名を呼べと。
 
 
それが恐怖に耐える特効薬になる、などとはいわなかったけれど。
 
 
呼べば呼んだで、なんか負けたような、気がしないでもない。でも、
この意識が暗闇の底に根こそぎ刈り取っていかれる前に。その前に。
 
 
呼んでおこうか。
呼ぶべきか。
 
 
特効薬でも呪いでもない、ただの人の名を。まだ言葉が紡げるうちに。
 
 
 
その名を呼ぶ
 
 
 
同時に、七腕七武具が降ってきた。その無敵陣形は北斗の如し。
 
 
一本、二本、どうにかしたところで、残り全てが目標を襲う隙の無さ。
 
 
 
「ご臨終、ゼル」
 
 
最強の力天使がそう言って諦めたのだから、まず間違いない絶対七撃だった。