あの列車の車窓で見るような光景だ、と思った。
 
 
流星のビリヤード、とでもいえばいいのか。
 
しかも、3D。
 
 
規則正しい天体ショーとも違う、計算された軌道を描くそれではなく、突如割り込み乱入してきた流れ星が、それよりもっと大きな星の運行を乱しに乱した。神話のように物語をそこに見いだしてもよかったが、あまりに唐突すぎてそんな観賞余裕はなかった。
弾き飛ばす、ことを目的にした、遊戯ゲーム、というのが近い。
 
 
高速回転することで球体にも見える武具、巨大なエネルギーの塊たちが、外から走ってきたひとつの光点に弾かれ(そのたび宇宙望遠鏡で見る銀河系の中心のような複雑な光点描のうねりが見えた)(地球は田舎ド田舎なのだと思い知らされる生き人の目を抜く光の激しさ)(空いっぱいに広がる宇宙画像カタログを高速でぱらぱらめくられているような)互いにぶつかりカクカクとした竜巻を描きながらすっかり狭くなり朦朧とした視界から流れ飛んで消えていく。さきほどの、混乱の呪文でも唱えられたかのような同士討ちとは違う。
 
数が違うが、水滸伝か八犬伝のオープニングのよう。いや、これで打ちきりエンディングになってもらわないと困るのだが。
 
 
 
ばしゃー、ばしゃー、と遠くに聞こえるおそらく巨大な水柱の立つ音は、巨大武具たちが墜落する音。ビリヤードでいえば台から落ちてアウトというか、個人的に言えば目の前領域から大殺戮兵器どもが消えてくれて素敵すぎるブレイクショット、オールインポケットなのであるが。
 
 
ああ・・・・・
 
 
かろうじて保っていた意識が遠のく。回り灯籠のようにこれまでの人生の記憶が・・・・
 
ということもない。そんな素敵なことができるほどの余力も残されていない。
 
やられた。ギタギタにやられすぎた。ゾンビのほうがまだ元気なくらいに。
 
 
七本の腕でそれほど抱擁したかったのか、それともそれほど憎いのか・・・・
 
あとはいろいろ想うところが渦を巻いているのだろうが・・・・表現できるデバイスが多すぎるのも困りものだ。他のものを隠して我慢しておけない。抑制の欠如のダダ漏れ。
ふたつあたりが人間の器量にはちょうどよい数、なのかもしれない。
 
 
 
「ああ、くるしいです、サンタマリア」
 
碇シンジがうめいた。白象のように。
 
 
「くるしいのは・・・・生きてる、証拠、ゼル・・・・・とにかく、やせ我慢おつかれゼル」
 
 
「・・・・乙ゼルと、象・・・・・・・」
 
 
「・・・・・・・・・・・・」
 
 
こんな時なのに、すべるしかない一発ねたをすべらせる碇シンジ。
 
真面目な綾波レイならばなにがしかの意味を探しだしたりするのだろうが。
これが人生最後のセリフだったら、どうするつもりだったのだろうか。
 
 
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
 
 
互いに土の中にあってフォローする気力も体力もない。まさにドツボ・オブ・ドツボ。
 
墓穴にあって墓穴を掘る、ジ・アンダーテイカーもびっくりのドツボぶりであった。
死者を蘇らせる救世主の偉大な奇跡も、この彼を救いあげることはためらうくらいの。
 
 
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
 
 
シラケ鳥すら飛ばない暗黒牢獄めいた沈黙の重力の底状態を終わらせたのは、
 
 
意外なことに歌であった。
 
 
それも、第三者少女声による、歌だ。
 
 
 
♪だいじにだいじにしてたよ
 
ぼくのぼくのびぃだま〜
 
サイレンのおとに おどろいて
 
ポケットからとびだした〜♪
 
転げていくよ だれかひろって
 
ぴかぴか ひかり ながら
 
どこへ どこへ いっちゃうの
 
 
ザバダックのアルバム、COLORSに収録「僕のビー玉」なる歌であるが、幸い、碇シンジには聞き覚えがあった。文化祭でコピーしたこともある筋からすれば当然の知識ともいえるが。
 
 
ただ、こんなところで歌っていい、ものかどうかは・・・・・・・分からない。
 
歌に絡めてなにかを告げているようでもあるし、そんな難しいことをあまり考えていないようでもある。
 
 
 
♪そっちはだめだよ
 
王様の 兵隊にみつかる〜おーいぇ、おーいぇ
 
そっちもだめだよ
 
泥の中 おしゃべりガイコツだ・ら・け・だ・よ〜ぅ
 
 
 
「そこにいるの?」
 
 
歌詞からそのままつなげると、落としたビー玉を擬人化して呼びかけているようにも聞こえる。碇シンジは聞いたことのない、声。声色からすると、十代、同年代のようであるが。
 
 
・・・・・・・こんなところに何しにきたのか・・・・・
 
 
というか、よく、こられたものだ。アスカですら一時撤退したというのに。
 
 
「いるの?いないの?返事ないけど」
 
 
上から降ってくる声は平穏。熱くもなく冷たくもなく慌てもせず恐れもせず、この惨状を認めているのかいないのか。ただの工事現場とかじゃないよ?ここは。分からないはずないだろうに・・・・・今の今までドカンドカンやっていたんだから。危険が去ったと判断するには早すぎる。そんな保証は誰にも与えることは出来ない。・・・・ちょっと足りない感じの子なんだろうか・・・・・保護者の人、早く迎えにきてあげて
 
 
「・・・・・・」
 
 
声は出なかった。さきほどの一発すべり芸のために言霊を使い切ってしまったようだ。
声帯などとっくに形をなしていないのだし。今のこの状態を女の子が見たらさぞショックだろうなー・・・・・父さんなら眉毛ひとつ動かさないんだろうけど。
 
 
 
「いいにおい」
 
ぞく
 
戦慄した。かたちをなしていまいと、身震いした。その声に。勘違いでも足りないんでもない、確実に「業界関係者」だ。油断も隙もなくしかも足は最速と来ている。
誰よりも素早い狩をする、能ある肉食獣の声。
 
目的があって、自分を狙って、ここに現れた、のは間違いない。
 
その一声で父親や水上右眼からの伝令役ではないことが知れる。
 
 
 
「いるんだよね?」
 
 
「・・・・・・・」
 
どちらにせよ声は出ないが、沈黙するに限る。
 
苛立ちやら覇気やらを表出してもらった方がこんな場合はよほど安心できる。攻撃が終わった保証はどこにもない。予備の腕を出してきて再攻撃する可能性は十分にあるし、こんなド修羅場に立つくらいならその程度の予想は出来るであろうし、声は穏やかではあるが安穏とした楽観の成分はなく状況を把握して承知の上でここにいるんだよといった図太い芯を感じる、いくら芯が図太かろうともう一発アレがくればまとめてぺしゃんこなわけであり、それが恐怖でないとしたら、まともな神経の人間ではない・・・・相手の心配などしてる場合ではない。
 
 
いいにおい、だと言った。確かに聞いた。人の声はまだ感受できる。
 
 
目的語がないからいまひとつ判然としないが、言霊は自分を掴みに来た。
 
”そんなつもり”で、相手はそう口にしたのだ。誉めているわけではない。
 
フローラルな花のよう、とか、リッチバスな檜のよう、とか、オゾン入りの森のよう、とか、それから・・・
 
 
「あげぱんのにおい」
 
 
・・・・・・?
 
 
自分にはあげぱんの匂いがするのか、それとも、なんらかの比喩なのか。
それとも最強の力天使はあげぱんの匂いがするのか。あんまり美味しそうなビジュアルではないけど、愛と勇気と希望とかを、あげぱーんち!とか。青いブリンクも入ってるな。
 
 
 
「いるじゃない」
 
のぞき込まれてしまった。反論のしようもなく、目撃されてしまった。それから。
 
 
「うわさの魔神玉一個、げっと」
 
 
ゲットされてしまった。にわとりの卵でも拾うかのような自然体で。
 
 

 
 
 
雄々しく海を割り、夜空にそびえた蒼鋼の城は、後期制式型エヴァンゲリオン弐号機、通称、後弐号機であった。
 
 
ちなみに現在、乗組員が反乱を起こした潜水艦のように全速力で戦場から泳ぎ去っているので、実質格好良く重厚にそびえていたのは、二、三秒程度であったが。
 
 
そのわずか数秒で、後弐号機専用装備・列車砲型自動拳銃「ワルサーキューレ」の弾丸一発で、七つの巨大武具たち全てをコンビネーション北斗七星ショットよろしく、互いにその威力を相殺させて反発で海中に跳ね飛ばし落として、なおかつその余波で福音丸の手腕を刻んで使い物にならなくさせた・・・・モノホンの「魔弾」も使わず、それと同等もしくは以上の芸当をやってのけた・・・・のであるから、その気になれば一気に福音丸の首もとれたはずであるが、こうして大急ぎで戦場を後にしているのには理由があった。
 
 
突如、マイスター・カウフマンから命令がきたのである。停戦、そして帰還せよ、と。
 
タイミングを見計らっていたとしか思えないが、そんなはずはない。使徒が真上を通ろうが我関せずで隠れ通してきたのだ。どの機会で使うかなどと、分かるはずがない。
 
 
だが、従うほかない。
 
 
信じられぬ時機の読みとバケモノとしかいいようがない対応速度。
この隠れ里内部にギルの通信を通すことが出来る、という事実。
誰が計っていたのかはこの際、どうでもいい。肝心なのは・・・
 
 
従わねばどうなるか、ということだ。
 
 
引き下がりながらラングレーが指揮系統周辺を調べたところ、自分たちの刑罰はともかくとして、
 
 
ギルガメッシュ機関のトップの更迭。
 
を筆頭に、職員半分と生徒半分を抹殺する、とかいう完全に常軌を逸した裏権力の大目玉がぎょろりとこちらを睨んでいた。しかもそれを実行すべく周辺の軍に命令が走っている。
上位組織の絶対命令。トップが更迭で下が半抹殺というのでは道理に合わぬが、ゆえに。
権力は無音に作動する。脅す必要すらなく、欲するところを理解せぬ者こそ消える。
 
指定時間内に独逸までに戻らなければ、確実に実行される。迷うヒマどころか怒る時間もない。ネルフがこの前、似たような目にあっていたが、それよりもさらに苛烈だった。
 
 
黄金の卵を産むガチョウによほど傷をつけられたくないらしい・・・・・・・
 
産むのか産まないのかいまひとつ不明なガチョウよりもよほど大事らしい。それはそうだ。
 
 
あの岩人間はいつ死んでもおかしくないくらい長生きしたのだろうし、何が起ころうと態度に変化のあろうはずもないが、その他の者が刈り取られていくのは・・・・望むところではなかった。五年先、十年先の・・いや、もっとすぐ先のことかもしれない、心情的に言えば既に、の「敵」を目の前にして放置せねばならぬというのは・・・・・なし崩しに先手必勝のやり口を許さないあたり、見事な統制だと感心は、する・・・・・が、
 
 
あの一発は間に合ったのか、そうではないのか・・・・・意味はあったのかなかったのか
判断する言葉は与えられず、ただ戻れと。
 
 
複雑怪奇にストレスがたまる・・・・・が、どうしようもない。これは同じような複雑怪奇な手段でしか解決されない。無理矢理に単純な暴力装置に頼るなら、それは使徒が暴れているのとえらく変わりはしない。まあ、どうせもうほとんど戦闘続行する体力もなかったのだが。もう一組切り札を温存していたら、首を刎ねられるのはこちらだ。
 
 
碇ゲンドウにどうにかしてもらうしかない・・・・・それが専門なのだろうし
 
手応えは十分にあった。戦闘能力はあれで打ち止めだとは・・・・思うが。
なんとも後ろ髪引かれる結末だ。碇シンジの安否も不明、というか・・・・確かめるのが恐ろしくも、あった。自分たちの身の保証をまずはせねばならないのも、ある。
 
 
事態は微妙なバランスを保ちかねてたわみにたわんだ天秤を見ているようで・・・・・
 
割れた地球の欠片と割った地球の破片を両端に載せたかのようなムリムリさ
 
危うい、というよりは、どちらも滅ぶしかないやりきれなさの予感で胸が苦しい
 
 
それを支え続けた者の根性と想念を愚かと笑う何者かがおり
明日があって次があると無責任に支配の帳面を手繰っていく
 
 
どうにもなるまいな、と思う自分がいる。
すでにザリド、絶対の楔が打ち込まれている。
こんな隠れ里にまで。人間を操る糸が垂れて。
その目は届いている。まあ、マギが設置されてもおかしくないくらいの産屋だ。
あの竜がいてもどうにもならなかっただろうな・・・・もしくは、
単身、第三新東京市に乗り込み、碇シンジを掠っていったあの女なら、
なんとか、出来たのだろうか・・・・・代償を払ってでも。
いやでも、結局はとっ捕まっているわけだし・・・・いれば妨害する立場だ
 
 
姉である水上右眼は、紙テープの代わりに「目盛りで計ったような戦果だよ、やるねえ」と別れ際に感心された。そんなつもりもなかったのだが。急いでここを離脱して帰国せねばならぬ理由を説明すると、「なら、もうひとふんばりするかね・・・・・」子分たちに支えられないと立てもしないくらい消耗しているようなのに、ヘルタースケルターで「なにか」やったらしい。これといった重圧も加速感もないのに、次の瞬間には後弐号機の座標は竜尾道周辺どころか瀬戸内海も抜けていた。そこから融通の利くベースまで泳いでいかねばならないが・・・・日本国内のネルフ監視網のことを考えればこの短縮はかなり有り難い。
 
そして
 
 
「シンジは・・・・・どうなったの・・・・」
 
 
もしかしたら、隙あらば戻ろうなどと考えているかもしれぬアスカを内包する自分たちには都合のいい距離ではあった。海の門は閉ざされて、もう隠れ里には戻れない。エヴァ・ヘルタースケルター、その力に驚くよりは感謝する。既に闘争の時機を逸した。上から抜き奪われたといってもいいが、これ以上「ここ」に留まるのはまずい。
 
 
こつこつと築いてきた隠れ竜の巣を「自分たち」の「領土」だと「線引き」し始めた。
 
それが終われば誰も足を踏み入れられなくなる。碇ユイのいる霧の山街と同じだ。
ななつのめだまの結界となる。逆に言えば、それがまだ完了していなければなんとでもまだ言い訳はつく。だがこれ以上首を突っこんでいれば、線引きを終えられる。
 
 
たかだか小僧ひとりの安否の確認も出来ないとは・・・・・・、とは思わない。
 
 
あんな目にあって生きていられるはずもない。使徒の殻をかぶっていようが。
くたばったに決まっている。潰れた死体なぞ確認したとてあとの食事がまずくなるだけだ。
 
 
「、うどん、だったっけ・・・・・」
ずいぶんと前のことのような気がする。愛憎半ばして己が中間層を担当する気もないが。
 
 
「何言ってんの?あんたも大丈夫?・・・・・はー、それにしても、芸術としか言いようがないあの多重跳弾誘導射撃に誰もなんの拍手喝采もないんだけど・・・・・」
基礎として後弐号機の質の高い戦闘経験があったにしろ、言うだけのことはある。
 
 
「そのレベルを平然と当然みたくやり果せるからドラ、あんたの価値が、あんたの世界があるんだと思うんだけどね。とはいえ、どうしても誉められたければ誉めてあげるよ。A・V・Thのやつがこのデータを他人に公開するわけもないからね。さ、誉めるよ。えらーい!次元が違ーう!」
 
まさに”ハジキ”の天才。確かにドライの射撃は努力や訓練がどうとかいうレベルではないが、それによって救われた(だろう)碇シンジが感謝するかどうかは、分からない。だから代理だ。
 
 
「・・・・・なんか違う気がする。まあいいか、ギルに戻れるわけだし」
 
ドラにしてみれば、後期制式型とはいえ同じ弐号機に乗ってシンクロし一発ぶっ放せたわけでかなりストレス解放されて機嫌がいい。碇シンジなど薄気味悪い他人であるし。
ギルに戻ることを望むあたりは意外ではあったが。
 
・・・・もしや、とも思うが検証はあとでいい。
 
ただ、この戦果を出せたことで、他の二人格との役割分担を認めて三人格としてこれからもやっていってもいいかも、という落としどころを見つけたらしいことはラングレーにしてみればとりあえず目的を全て果たしての帰還、ということになる。碇シンジがズタボロにやられ、その生死も定かではない、ということには大いに溜飲がさがる。それだけのことを昔、やられたからだ。それから、つい先ほどもやられた。
 
 
「・・・・・・・・」
 
悲嘆し、後ろ髪をひかれる逆舞姫は、アスカだけだ。
 
 
威勢のいいことを言ってはいたが、基本的に防御人格であるゆえに、死に損ないの敵の首を狩るよりも、銃後にいたはずの非戦闘員たちの生命が脅かされている事態の方が優先危急する。単に、自分が間に合ったのかどうか、確認する度胸がないのかもしれないが。
 
まあ、攻撃人格の自分がアスカの立ち位置であれば、なにがなんでもその安否を最優先にしたいのであれば、ギルなんぞ平然と見捨てて戻るが。一応、でる前にそのように告げてはあるし。その場合、ギルは平然と半壊させられるわけだが。A・V・Thが黙るはずもないから命の取り合いが始まることになる、か。
 
 
「シンジ・・・・・」
 
 
あとは、父親に任せるほかない。黒白反転した婚約式の次はやっぱり葬式でした、というのも洒落にならない。エヴァに乗り戦いさんざん親孝行したあげくの親不孝、なんてのは、らしくない。うまくない。なんて、不器用な生き様だろう。けれど。
 
 
死にそうにないやつだって、死ぬのだ。死ぬときは。
 
というか、あれは無茶すぎた。碇シンジによほどの恨みがある、のか。
 
それとも・・・・・・・、
 
 
 
「また、会うか、どうか・・・・・・」
 
 
新モードが搭載された弐号機を駆る自分は、自分たちは、やはりこの業界の最前線をいくことになるだろう。後期制式型もこの通りちょろく操れるのだから、あとから来た奴なんぞにそうそう追いつかれたりも追い抜かれたりもせぬ・・・だろう。
 
 
だが・・・・・
 
 
ここに残してきた敵がいずれ力を取り戻し、今回やられたリベンジを計画するとなれば
 
 
因果な商売だ・・・・・・見目麗しい少女の姿でありながら、固く硬く卵を茹でるように
 
 
苦く憂い笑う
 
あしゅらのように
 
その因果の果てに、もう一度
 
 
あのバカに会うことになる・・・・・かも知れないし、そうでもないかもしれない。
 
彷徨うからどこぞの道の行き止まりで、因果と再会することがあるだけ。
 
蒼鋼の機体を舟にして海道をゆく。
 
 
 
「あーあ、翼とか生えて空飛べる機能とかないの?後期なんだからそのくらいの機能拡張はあって良くない?このままちんたら泳いでくなんて・・・」
 
といった学習しない余計なことを言って、この僅かな消費電力でこの海中速度が出せるのは我だけだ、と悦に入っていた舟役の機嫌を悪くして再び沈みかけたり、それを修繕するはずの一人の気分がさらに沈み込んでいたりするので、その帰還行はかなりの冒険であったという。
 
 

 
 
 
銃声が三発、鳴った。
 
 
感情の波に任せて殺害するためではなく、
確実に一発づつ、思い知らせるかのように
三度殺しても飽き足らない、というようもなまぬるい、
三界を渡り逃げようと必ず追いつめる、といったような
 
 
聞き慣れた火薬の化学反応であっても、それは
聞き間違いようのない、意思の発露だった。
 
 
 
とても有名日本画家美術館でのことである。
 
 
碇ゲンドウは最終的にそこに入っていった。この期に及んで標的の位置を捉え損ねるような元・特務機関ネルフ総司令殿ではなかろう。事実、そこにいたのだ。
 
 
だから、銃声が鳴った。
 
三発の。だれとだれとだれの分であるかなどと、言うまでもなかった。
 
 
 
「・・・ほんとにあそこか?」
 
返り血を多少浴びてもほとんど疲れた様子もない剣崎キョウヤがポークに尋ねた。
 
加持リョウジと違って、こういうことを平気で尋ねる。もう少し空気が読めればこの人も出世するのになあ・・・・・実力は問題ないわけだから、とポークは内心でため息。
 
 
「・・・・今、それっぽい銃声が鳴ったじゃないですか。殺しはしないんだけど、家族三人分の底無しの怒りを表現して相手を恫喝する、みたいな。ここでお供の女性もろとも返り討ち、なんてちょっと斬新すぎますよ!」
 
「あー、それはちょっと斬新すぎるなあ。・・・・・よくあるパターンすぎて」
 
「それに、こういう解説は普通、主査の仕事ですよ!わたしみたいなのが解説するなんてそれも斬新ですよ!?」
 
何言ってんだこの狂犬は、などと優秀な部下であるところのポークは言えぬ代わりに
 
「そういう斬新はいいんじゃないか?それになんで三発も撃ったのか、俺は分からなかったし。こんなところに隠れたのもよく分からないしなあ・・・・あんな鎧からするに、もっとこう・・・因島水軍城とかそのあたりだと思ってたんだが」
 
指摘してみたところで効きはしない。諦めて続ける。引き立ててもらわなくてもいいからさっさと出世して査察官とかえらいさんになってもらいところだが・・・・今回のコレもなんの手柄にもならないだろうときているし・・・。運のない人だなー・・・こっちを評価してくれるのはいいのだけれど。この業界、上司に運がないと部下までツキに見放されるものだしなあ・・・
 
 
「おそらく、先ほどの自爆?リストカットで所有エヴァの戦闘能力は無くなったのでしょう。当初はその頼みの綱の付近にいたのかもしれませんが、それが切れてしまい、一気に不安になって思いも寄らぬところに隠れようとしたのではないでしょうか・・・・脱出装置くらい事前に用意して高飛びしてしまえばいい気もしますが、?正直、私にもよく分かりません」
 
 
「たぶん、ポーク、お前ほど有能じゃなかったんだな。やっこさんは・・・・・おっと、電話だ。もしもし、剣崎ですが」
 
 
「・・・・・傍受専用の機材に何ゆーとんですか」
 
 
「サングラス越しとはいえ、そんな冷凍視線で見るなよ。最新機器に弱いわけじゃないぞ、単なるクセだよ、クセ・・・・・・で、ここを今現在仕切っている人物は何を考えているのか、と・・・・・・・」
 
 
ここでわざわざ上司の方を見て、美術館の監視を疎かにする甘ポークではない。
 
しっかり監視していた。銃声以後、動きはない。碇ゲンドウも、お付きの者も、他の誰も、そこから出てこない。賞金稼ぎたちによる追襲撃もない。
 
 
人間が二本の足で行う人間狩りとしては、条件状況を考慮するに、おそらく世界最速の部類に入ると思われる碇ゲンドウ元司令が、ここで唐突に動きを止めるのは、理に適わない。
 
 
一区切りつけたのであれば、余韻などにひたらずに、次の仕事に移行するか・・・・・実の息子の元へ戻るべきではなかろうか・・・・・人情としては、現場に危険が去ったのなら自分たちがそれを行っても構わないくらいであるのだ。 もしや・・・・基本的に狂犬な上司が言ったとおり、”よくあるパターン”で、返り討ちにでもあって、額に大穴あけた死体が三体、美術館内で転がっているのではあるまいか・・・・・・・犯人は地下の隠し通路でも使ってゆうゆうと逃走・・・・・そんなことまでされたら装備に乏しい自分たちには追跡できるはずもない。自分たちとて次の行動を決めねばならないが、決定するのは上司だ。いなければ自分一人の判断で動けるのだが・・・・ちらり、とサングラスの視線が移動する。
 
 
赤の片眼とぶつかった。「ポーク」
 
 
「すみません」
 
 
「何を謝ってるんだ?別に俺の視線は誰かの予約が入ってるわけじゃないぞ。それでなー、おえらいさんの話を盗み聞きするところによるとだな、ヂェイク」
 
「ポークです」
 
「ああ、すまない、ポーク。あまりの大情報につい言い間違えちまった。もう完璧に魂まで定着したんだよな、ポーク」
 
「・・・・・それはいいですから、ウォーターゲートクラスのスキャンダルでも?」
 
「聞いたら後戻りできないかもしれないぞ・・・・・・それほどのネタだがいいのか?」
 
「その傍受機材、組み立てからチャンネル設定買収もろもろやったのは私なんですが」
 
「有能すぎるのも困りもんだなあ。じゃ、話してやる。ただ、もう聞きたくなくなったら、危険だと判断したら手をあげろ。即座にストップかけてやるから」
 
 
どういうコントだと思いはしたが、素直に「はい」と頷くポーク。
視線は美術館方向に戻っている。
 
 
「副司令が誘拐された。これが第一問だ」
 
 
「第一問?・・・ってなんです?」
 
「あ、間違えた。第一関門だ。すまん、のっけからちょっと危険域すぎたか?」
 
 
「・・・・・驚きはしますが、実際的に困るわけでもないので・・・・・・」
直属の上司の取り扱いにも困っているのに、そこまで上の人間など気遣えるものか。
 
 
・・・というか、もともとおかしいベルゼの蠅司令がとうとう怪しいお告げでも受信して生け贄にでもしたのではあるまいか・・・・・・
 
実際的に困ることはない、とは言ったが、現状のネルフがなんとか薄皮一枚で現実路線で稼働できているのは、副司令一人の力によるものだ、ということは理解している。
蠅司令に、黒ヤギの副司令でも就任した日には、完全にネルフは別物になる。自分たち普通の人間には非常に働きにくい職場環境となるだろう。今もかなり微妙なところなのに。
 
万能科学の人類最後の砦どころではない。悪い意味での区別のつかない魔法の城、だ。
 
とんでもない。とまれ、その一線を冬月副司令が担っている、ということを知る人間は、好き嫌い利益不利益ウマが合う合わぬを越えて、手など出すはずもない。少々の有能でそう簡単に現状の、あの蠅司令の相手をしながら膨大に膨れあがった組織をとりまとめる仕事など出来るはずがない。ちょっと門外漢が想像しただけでも過労死しないのがおかしいくらいの作業量のハズだ。とって代わるにしても、もう少し状況が安定してからにするだろう、少し頭のまわる人間なら。同様の理由でわざわざ手を出す者がいるとは思えない。たとえ外部の、敵性組織であろうとも、それは同じく。暴走されても政治的に困るのは目に見えている。逆説的に、あの蠅司令が副司令を守っているといえなくもない。
 
それが、途切れた、ということかもしれない、と咄嗟に考えたのだ。
手は、上げない。
 
 
「誘拐犯の目的は、冬月副司令の身柄を使っての、碇ゲンドウ元司令の脅迫、らしい」
 
 
危険水域に沈み込まぬように、アンダースローで投げた水切り石のような歯切れ。
 
しかしながら、上手くいったとは言い難い。それは、そのタイミングの、あまりの良さは、
 
神の目で監視されているような、絶大な権力を容易に想像させる。上の上の、さらに上。
まさか宇宙人、ということもあるまいから、雲宙人、くらいか。それだと平安貴族の方が偉いような感じだが、まあいい。考えていることが分からぬあたり、違いもないだろう。
 
 
「要求は、なにもするな、だと。息を止めて死ね、ってことじゃないんだろうが・・・身代金くらい要求してもよさそうなもんだがなあ」
「邪魔をするな、ということでしょう。正確には。互いの腹の中なんか分かり切っているんでしょうから。そもそも取り上げるものは取り上げているわけですし・・・息子さんも」
 
 
とはいえ、そんなことが、やれるらしい。特務機関副司令を的にして、前職はともかく、今や無職の民間人・・・懸賞金がついてみたりその立場も微妙なところだが・・・を、脅迫する、というのは・・・・二人の間に深い情義があるのだとしても、いささか滑稽な感じもする。狂犬剣崎らしからぬ歯切れはそれもあるのだろう。脅迫。館内から動きがないのはそのせいか。今や無職の身として地図にもない地域にあり何者の指図も受ける覚えのない碇ゲンドウを従わせるには、それしかないだろう。犯罪であるとか悪であるとかは、この際問題にもならない。
 
返り討ちにあわずに本懐を遂げたところで、吊り上げられた、というわけか。
 
さて。
 
 
何者が、それを行ったのか・・・・・行い得たのか、という点は目を瞑ろう。聞いた方が早い。手をあげず、先を促す。館内にても動きはない。自分たちももう少しすれば呼び戻されるだろう。いつまでもここで成り行きを監視していられない。
 
 
「やったのは、水上左眼・・・・・ここの住民は商品の納入先にとっ捕まったままだと思ってるみたいだが・・・」
 
「ここには戻らず、す巻きにされた復讐のためにどこかに潜伏して機会を伺っていた・・・・のもおかしいですね。ここより安全で都合のいい場所はないわけですから」
 
 
剣崎キョウヤがじっと部下を見る。強い視線を感じるが、手は上げないポーク。
聞けばマズイねた、というのはまさにここから先のことなのだろう。
 
 
「副司令が、密かにあの竜とパイロットを確保していた、ということなんでしょう?」
「どうやったのか、さっぱりだが、どうも、そうらしい」
 
副司令の権能をもってしても、人間ひとりくらいならばまだしも、竜エヴァ、あの巨体を衆人環視機器部下の誰にもどこにも知らさず記録に残さず隠し通すことなど不可能に違いない。出来たらとしたら、それはもう魔術だ。零号機パイロット、綾波レイ率いる日本妖怪的派閥と蠅司令やル課の連中が寄り集まる西洋妖怪的派閥が睨み合う中、仲裁できるわけだ。それなら納得するが。・・・・・・そういうわけでもないのだろう。おそらく、もっと別ルートに大掛かりな仕掛けがあって、気づかねば認識できない、というあたり。
 
・・・・諜報員の血がさわぐ。いや、これは秘密基地、なるフレーズに魅せられる男心か。
 
秘密基地の中にさらに秘密基地!これは燃える!・・・・・まあ、今はおいといて。
 
 
「尋問でもしていて、隙をつかれて逃走・・・・されるくらいならまだしも、誘拐、お持ち帰りされるとは・・・・・」
 
「ということ”だけ”だったら、話は簡単だったんだがなあ・・・・・やっぱり盗み聞きってのはいけないなあ、スタン。・・・ま、推理小説は最後から読む派の俺みたいな奴にも簡単に黒幕が分かっちまう」
 
もう少し出世したら、あなたもその黒幕ステージの仲間入りなんですよ、とは言わずポークは「ポークです」もう、定番にするしかないお肉の人宣言。
 
 
「スキャンダルといえば、スキャンダルなんだよなあ・・・・・・まずいよなあ、まさか作戦部長の中の一人が、実は、やりました、なんてのは。てめえの口で脅迫もしてやがる」