「お前の竜は何処にあるか聞き出せたか」
 
 
その器でないと判断されたなら、見捨てられても仕方がない。
告げられず、去られたとて。
ましてや男、
ましてや他人。
 
 
だが、騙し討ちで命売られたとあっては、仕方ない、ではすまされぬ。
男だろうと他人だろうと、そうでないとこちら側が思っていたにせよ。
 
身内であれ。
この不始末。
 
カタをつけねばなるまいよ、と。
この身を裂いても、この身を鬼に喰わせても。ああ、弱者の思考であるな、とは思えど。
ずいぶんと、出世をされたみたいだが・・・
 
 
 
「変わったようで変わっていませんね、刃源さん」
 
 
それが、第一声か。
 
 
人のファインプレイを喜ぶことが出来るのがジャーナリストの第一資格だと、宮武ナンピに聞いたことがあるが、軍師の第一資格というものはどういったものだろうか。
 
その声を聞いて思う。
 
軍師にもいろいろタイプがあるのだろうが、表仕事も出来るタイプと裏仕事しか出来ないタイプというものがあるだろう。硬骨であるとか卑怯であるということとは関連せず、システムそのものを自分の内に呑み込んで作動させるタイプもいれば、もうひたすらシステム造りにのみ傾注するタイプもいるだろう。その中で彼は
 
 
影の中でじっとモノが見える目をもっている、ということになるか。
 
 
同性質の相手に当たればこれほど強いものはない、というほどに強い。というか、こういうのが表だって衆に物言いだしたら最悪だろうな、と思う。
 
 
「今は逆異にし、”Y”の称号を得ている・・・シオヒト・Y・セイバールーツだ」
 
 
今までどこに潜っていたのかと調べなかったはずもない。
名前はさんざん変えてきたのは間違いなく、刃源の名も今となっては真かどうか怪しい。
どうにも捕まらなかったのは、順調に階梯をあがっていたせいか。
下ばかり見て上を見ていなかった、ということになるか。我ながら未熟。
灯台もと暗し、というのもちと違うか。とはいえ、
ああいうマネをしておいて、アがれるのだからずいぶんとこの業界は・・・
 
 
かえすよ、刃源さん。
 
 
「人間は変化などしない。ただ忘却し劣化していくだけだ・・・その前に成すべき事を成せる者とそうではない肉の案山子がいるだけだ。私は前者でお前は後者ですらない」
 
 
完全拘束されている自分にここまで言えるのだから、ネルフの人間も大変だ。
まあ、ドクターもやっていること自体は同じだから、さほど変わりないか・・・・。
 
 
「見張り番も満足にこなせないのだからな。古鴉のようなあの男が”七人工場”を潰そうとしているぞ・・・・・監督役が無能なこともあるが・・・・」
 
 
ドクター冬月をぞんざいに脇に置いて、近寄ってくる。刀の間合いよりさらに近く。
すぐ目の前に。そして、下腹部に手をのばしてきた。
 
 
「姉の胎盤、お前の子宮だろう・・・・・なぜ、その任を全うしない・・・・・?」
 
 
拘束服の上から、爪を食い込ませるように、掴まれた。気が弱い娘ならそれだけでショック死しそうな悪夢的シュチュエーションだった。こんな男に惚れる女の気が知れない。
ほんとうに。
 
 
「なぜ、ここまで無能なのだ。お前たちは・・・・・・理解できない」
 
悪夢に理解されても辛いだけ。馬の耳になるに限る。だが、口は言い返す。
 
 
「七人工場ってなんですか・・・・・そんなものを守ってきた覚えはありませんよ」
 
 
「箱庭療法をまだ続ける気か・・・・このブレード・・・・まあいい。時間もない」
 
 
左のこめかみに短針銃を突きつけられた。カートリッジは換えていないから麻酔薬ということになるのだろうが、その場所は。かちり。指先でモードだけ換えた。「連射」に。
 
 
ぱぱぱぱぱぱぱっ
 
威力に反して音はイヤになるくらい軽々しい。どの程度の薬剤を使用してるのか分からないが、こんな連射されれば恐竜だろうと昏倒するだろう。・・・、とこうして意識を保っていられる自分は恐竜以下の鈍覚ということになるか。・・・・・だが、効いた。
 
 
「金臭い声を聞くのも面倒だからな・・・・」
 
言うなり、眼帯を剥がされた。そして、その下にある眼球に指をのばしてくる。
 
手持ちの駒はあるから竜は不要。だが、”こっち”は復元のアテでもあるのか・・・・・
 
 
「こちらをもらっていく・・・・・これは取引材料にはなるからな」
 
 
孫六殲滅刀の破片・・・・・眼窩を埋めて自分と同化してしているそれを、
 
文字通りの<左眼>を
 
 
さすがにこっちの体質のことまで調べ上げて調合したのだろう麻酔の強烈なこと。ドクターもそのまま目が覚めないんじゃないか、もしかして。この朦朧具合・・・・左眼を抉られてもそのまま気がつきもしないんじゃなかろうか・・・・・慈悲のはずもないけれど。
 
 
「かえすよ・・・・・」
 
 
うまく発音しているのか、どうかそれも分からないが・・・・・
これまでずっと胸に沈めてきた思いだ。少々のことでは揺らぎもせぬと信じたい。
 
 
「かえすよ・・・・・・刃源さん・・・・・・」
 
 
声が届いていないのか、発音しているつもりで声にもなっていないのか、それとも単に聞こえぬふりをしているのか、男の指先は、神経と生体回路の塊である左眼に、触れた。
 
 
まだ、生体稼働中の、孫六殲滅刀の、カケラに・・・・・自分の奥にこれまでずっとあった光と闇を同時上映する膜を
 
 
抉るのではなく、一気に、抜き取ろうとする指の力が
 
 
その器でないと判断されたなら、見捨てられても仕方がない。
主ではなく駒でもなく
告げられず、去られたとて。
ましてや男、
ましてや他人。
 
 
だから・・・・・
 
 
あなたにもらった刃をかえすよ、刃源さん
 
さかさまにして、なおることのない傷を
 
 
カケラに宿る、対人にしてはおつりがきすぎるほどの切断力を、首の角度をほんの少し傾けて、対象に向ける。この身はひとつの鞘・・・自爆スイッチと言ってしまった方が早い。
 
 
用事を済ませたらさっさと立ち去ればいいものを。まだ奪えるなどと考えたから。
奪いすぎはよくないよ、愛もないのにねえ。
軍師のくせに、ばかだよ。
 
 
なるべく、ドクターには当たらぬ角度で。とはいえ、この部屋自体が裂けてしまうだろうから、あまり意味もないかも知れないが、努力の範疇で。巻き込まれたらそれは因果応報というやつで。けど・・・・・
 
 
ここで、刃源さんが何も言わずにこっちを解放してくれたなら・・・・・・
どういう筋書きになっていたのかなあ・・・・・・・やはり斬殺してたかなあ・・・・
 
 
「記憶も記録もならず歴史に残りようがない、銀紙のような一生だったな・・・・ページ屑以下の。かえす、というならお前の竜は、八号機のゲヘナに与えてやる・・・・満足か」
 
 
してたなあ・・・・・・
 
 
頭が朦朧としてきたが、発動のタイミングを違えるはずもない。
この身はひとつの自爆スイッチ・・・・・いやさ、鞘なのだから。
人間抜刀・水上左眼。これにて閉幕、といったところ。
 
 
 
なのに
 
 
 
「ヒメさん、むかえに、きましたよ」
 
 
その時、あまり緊張感もない、その声が聞こえたりしなければ。