介錯
 
 
1,そばにつきそって世話をすること
2,切腹する人の首を切ること
 
 
という二種類の意味があるわけだが、この場合この空気は、後者であろうと綾波レイは思った。どういうつもりだ、と問うことはしない。言葉通りのことなのだろうから。
 
 
しかし・・・・・・
 
 
さすがに即答できる話ではない。おまけに、刀など常備していない。しかも自分の部屋で腹を切られても、いろいろと後の始末も大変そうだ・・・・などということを考える軟弱な綾波レイではないにしても。とにかく、首を切ってしまう前に出来ることはしておくべきだろう。
 
 
「それは・・・・碇くんが・・・・?」
 
 
あなたは首を切られてきてください、とか言ったあげくに案内してきたのだろうか。
 
 
それとも、この女、水上左眼が、どこか適当に首を切ってくれるひとはいないだろうか・・・・なるべく腕の立つ者がいいのだが・・・とか言って、ああ!それなら心当たりがありますよ!任せてくださいだいじょーぶ、とか床屋さんの在所を教えるような手軽さでここまで連れてきたとしたら・・・・・・無茶苦茶であるが、7%ほど本気でありそうなところがこわい。まともに考えるならば、窮鳥、懐に入れば猟師もこれを射ず、的な、この追いつめられた小鳥・・・・・無敵の飛龍にしかあの時は見えなかったが・・・・・であろうところのこの女性、もはや現世に生きる気力なし、あの世行きのチケットを予約購入してしまっているような感じのこの水上左眼を、なんとかこの世に踏みとどまらせるようなアクションをこちらに期待して、ということであれば・・・・・
 
 
お門違いもいいところだ、と思う。そんな思惑に誰がつきやってあげるものかと。
 
 
しかしながら。話はよく聞かねば。こう、雰囲気からして、水上左眼である自分が腹を切るから、その介錯をお願いする、という意味にとってはみたものの、実は違って、誰かをハラキリに追い込んでやるから、せめてもの情けとして関係者であるお前さんに介錯を任せてあげよう、とかいう話であれば・・・・・・あちらの立場からすれば、こちらの誰が一番恨まれているだろうか・・・・いくらでも候補は上げられるが、捕獲された最大原因であるところの洞木さんを狙っているのだとしたら・・・・・・
 
 
「私の首を、斬り落としたいのだろう」
 
 
挑発ではない。淡々として事実の指摘。
 
 
「私としても、こんなようにはなってしまったが、誰とも知らぬ銭の獣ような輩に首はやりたくはない。出来れば、当然、怒り恨みの権利を正しくもつ者に差し出したいのだ」
 
 
間違いなく。そういう話であるのだと。なんの誤解も六回もなく。
 
見えぬ目でそう言われては、小賢しい嘘もつけない。もともとどんな時でもつけないのではあるが。いまさら、あなたを斬ったところで失われたものが戻ってくるわけもなし、などとやり過ごすことも。バカ正直にこのままバッサリやっていたかもしれない。
以前の綾波レイならば。割合、そんなバッサリ感で生きてきた。
 
 
死ぬくらいならば、その命、我に預けよ!!!とかいう王者の風でもない。
戦国武将ゲームをやっているのではないのだ。
 
 
・・・・・・、にしても、この難題。どうするべきか。
 
 
社会人であれば、基本たる「報告・連絡・相談」、略して「ほうれんそう」ルーチンに従って事を処理すべく、上司に報告しておけば済む話であるが。いかんせん・・・・この場合、この局面、この状況で相談すべき相手がいない。役職的、能力的にはそれは特務機関ネルフのこと、いないはずはないのだが、実際問題、いないのだった。
 
 
なにせ、重い話だ。
 
 
技術面では、赤木リツコ博士、その他の事項は冬月副司令。この二択しかもともとあり得ないところにその重量を解体できる肝心な片方がいないときているのだ。いれば即座に報告して済ませていたのに・・・・・
 
 
困った
 
 
このまま首斬り、殺してしまう流れだ。しかも、それに対して否定的でもない自分がいる。
以前の自分ならば、冗談抜きのバッサリ感でやってしまっていただろう。
やろうとしたら、慌てて碇シンジが止めに乱入してきたかもしれないが。
 
 
かといって、本当にこのままやってしまってもいいものか・・・・・
 
相手は本気で命を届けにきている。生きる目的を失ったか、それを果たしたのか、それは分からないが。そして、第三新東京市における結界のひとつであるここから放逐すれば、市内をうろつく狩人たちに今度はあっさり狩られてしまうであろうことは目に見えている。今頃、諜報部などが血眼になって彼女を探していることだろう。
 
 
殺すことにも生かすことにも、迷う。
 
 
以前、自分です巻きにしといてあれだが。あれから直後に顔を見ていればまた確固たる対応をとったに違いない・・・・・
 
 
・・・・・・ほんとうに、そうか?
 
 
・・・・・・胸の片隅、ほんのほんの片隅に、小さな、しかし揺るぎなく燃える感情が、
 
ある。
 
 
怒りだ。
 
 
焦りや怯え、苛立ちではない。怒りだ。純粋正当な、と断固としていえる怒り。
 
 
世界の中心で叫んでもいいほどの。
 
 
碇シンジ。・・・・・・べつにしゃれではない。
 
 
彼の存在だ。ここに彼女を連れてきた、彼の存在。よく考えたら、最後まで自分で面倒みればいいではないか・・・・・・・・なんだって、ここに連れてきたのか・・・・
 
 
連れてくる・・・・・普通・・・・・・?
 
 
という、純粋正義の怒りであった。それってかなりのダメ男のすることじゃないの?
つまり。
 
 
面倒事をこっちにおしつけてくるな
 
 
という底の底の女心の叫びであり
 
 
わたしはあなたのかあちゃんじゃないのよ
 
 
ということであった。ふざけんな碇シンジてめーころす!!と、もし綾波レイがもうちょっと短絡的な性格であればこう喚き散らしたことであろう。どちかといえば、絶縁的な性格であるがゆえに、なんとか踏みとどまれた。ここらへんが惣流アスカと決定的に違う。
 
 
野郎の身勝手な電撃に付き合わず、誘発されず、なんとか耐えきり、もう少しましな現実的対処法を考え出して実行する・・・・・・
 
 
「碇くんを・・・・・ここに・・・・・呼ぶから」
 
 
少し、待っていて、という身振りとともに立ち上がり、玄関に向かう綾波レイ。
ずいぶん今頃だなー、という当然の感想をあえて口にせず、うなづく水上左眼。
 
 
どくん
どくん
どくん
 
 
心臓が。
 
玄関までの短い距離で、呼吸が乱れ息があがりそうになる。
が、表には出さない。いるわけがない。こんなところにいるわけがない。
 
理性は告げる。
 
いたとしても、かなり困る。いてくれたとしても、それをうけいれるべきか。
 
 
 
ドアノブに手をかけて・・・・・・
 
やはり止めておこう・・・・・止めるべきだ!!こんな話は絶対におかしい、という予感が発動してあわてて筋肉の動きにブレーキをかける。
 
 
常人ならば間に合わないタイミングであったが、なんとか間に合った。
 
この反応速度であれば、たいていのホラー映画に出演しても最後まで生き延びることができるであろう。さすがは綾波レイであった。こんなところに碇シンジがいるはずがない。
 
 
なんらかの策略に決まっている。ここでドアをあけてしまえば、おぞましいバッドエンドが待ち受けていたりするのだ。逆に言えば、どんなに現状がアウターゾーンで謎々しく嘘八百横町であろうと、決定的な扉さえ開けてしまわねば、まだ、その目は、ある・・・。
 
 
はたして
 
 
碇シンジに会いたいのか、会いたくないのか・・・・・・・・
 
会う必要が、あるのか、ないのか・・・・・・
 
最後まで見届けなかった彼が、最後にどうなってしまったのか、自分は知らない。
そんな第二次未知との遭遇に、自分は耐えられるか・・・・・それになんとか対抗できる感情は、また胸の片隅に小さい。小さいまま、燃え広がることはない。
 
 
「・・・・・どうした?のぞき穴で確認せずとも、こんなところに来られる者は他におるまい」
 
こちらの躊躇を水上左眼はそのようにとったようだが・・・・・言われてみればそうだ。
というか、そう言われてしまえば確認くらいはせねば格好がつかない。ドアの前にいない可能性もあるけれど・・・・・それくらいなら・・・・・思ったところで
 
 
 
呼び鈴が、鳴った。
 
 
 
びくんっ
 
雷に打たれたかと、思った。