「巨人の大きさというのは、どうやって決められると思う?」
 
 
なんで、そんなところから始まるのか・・・・・・そりゃ波瀾万丈の生活を送ってきたのだろうが、いくらなんでもそんな神話みたいなオープニングはないだろう、と思いはしたが、無言の綾波レイ。許可を出したのは自分なのだ。今さらダメ出しもない。
好きなようにしゃべらせておくしか・・・・・綾波レイは知らないが、冬月副司令にしてもこの水上左眼の舌は止められなかったのだ。
 
 
とはいえ、妙な命題ではあった。巨人の、大きさの、決定などと。
 
この場合の巨人とは、おそらく神話や物語の材料としてではなく、エヴァのことだろう。
・・・・・そうでなかったら、話のまくらにしては壮大すぎる。
 
 
「そりゃ・・・造るんやったら、なるべく大きい方がハッタリきいてええやろうし・・・・・予算やら日数やら人員やらと相談しながら、決めたんやないですか?」
 
夢がない、といえばそうだが。鈴原トウジもべつに白けて穿った答えを出したわけではない。相手の反応が分からぬ内は、あまり飛ばぬほうがよいだろう、とした判断だ。
というか、現実的に返答するなら、それしかあるまい。模範解答といえる。
小さくコンパクトに高性能をめざすなら、巨人という発想がそもそも違う。
 
 
「そういった制限を、無視したとしたら?造りたいだけ巨大にできるとしたら?」
 
 
男にしてはスケールの小さいことを言う、といった残念さもなく、水上左眼は生徒を導く教師のように続けた。しかし、学科は理数系ではありえない。
 
 
「一番をめざすのが人情、だけど・・・・・たぶん、そんな人は、そもそも数字なんて見ていない・・・・・」
その当時の光景を、想像するように、目を瞑りながら洞木ヒカリが返答する。
 
「自分の目も眩むような・・・・・星に触れるような、それでいて、好きなときに好きなところに移動できるくらいの足をつけて・・・・・」
 
 
凄まじいまでのフリーダムさだ。世界が統一でもされん限り存在を許されぬ自由さだった。
もしくは世界終了後のノーサイドか。
 
しかしながら、そんな発想をする人間を、綾波レイは、知っている。そして、実行力を。
夢想だけなら子供でもするだろうが、実現においてまさに無双のその人物に関する昔をあまやかに思い返そうとした・・・・ところに、
 
 
つんつん、と横から視線を感じる。いい邪魔だが、鈴原トウジだった。
 
”なんで、こんなやばそうな女がここにおんねん!”と、別に心を読まなくとも分かる。
 
”いるものはいるのだから、しょうがない”と、声にせずに返答する。
 
 
=ぜんぶ、碇くんのせい=
 
レーザービームのような視線になってしまったかも、しれない。鈴原トウジは沈黙した。
正確に言えば、碇一家のせい、ということになろうが、そこまでは伝達しようがない。
 
 
が、目の前のこの女が長舌を振るおうとしていることも、郵便ポストが赤いのも、みんな。
そう考えると、全く問題は解決されていないのに、胸がすっとするのはなぜだろうか。
 
 
「・・・そんなところかもしれない。あの方の考えは、未だによく分からないけれど。
それとも、ものの例え、なにかのシャレで出したそんな台詞を実現させてしまったあの人の仕事ぶりが異常だったのか・・・・そんなわけで、巨人の、エヴァの基礎骨格フレーム試作型の全長は、現在のエヴァシリーズの、ほぼ17倍に相当した。まさしく、目も眩むような身長だったわけだ」
 
 
「「「じゅっ、じゅー17倍っばい!?」」」
 
ハモっているようでも驚きのあまり足並みがそろわない。綾波レイにしても、そんな無茶な話は聞いたことがない。いくらなんでもでかすぎる、というか、無駄すぎる。
 
現状のエヴァの大きさを文字通り、体で知っている三人だからこその驚き。ファースト・インパクトから覚めてもまた次の驚きがある。ただでかい、というより、よくそんなものを造る気になった、というか、造れた、というか。・・・・・第三新東京市のサイズから逆算するなり、シンクロするパイロットの知覚速度から考慮するに、ただ高さを誇ればいい観光タワーと違って、戦闘兵器たる巨体が動くにどれほどのサイズがちょうどいいか、マギがなくても見当くらいはつくだろう。ちょっとサバを読み過ぎた。
 
 
間に「、」をいれて、1,7倍くらいの間違いだろう。まさかそりゃー・・・・
現実にやったのだとしたら、ちょっとバカすぎる。税金だとしたら悲惨すぎる。
 
 
「数字に間違いは無い。17倍だ。呆れるのは分かるが、嘘でもなんでもない」
 
子供三人の視線が刺さったのか、水上左眼は言い張った。
 
 
「あくまで基礎骨格のことだからな・・・・おそらく君たちが想像している完成品のエヴァとはかなりかけ離れた・・・・・肉がない骨だけの人体標本を考えてもらえれば、そう無茶な・・・・いや、確かに無茶なんだが、実現できないこともないわけだ。予算的にも人員的にも。実際にやったのだから、それは揺るぎのない過去の実績なわけだ」
 
 
「いうてみれば・・・・・超巨大プラモデルみたいなもんですか?動かさんのなら、それなら、材料と場所さえあれば、あとは根気かいなー・・・なんとかできんこともないか。ギネスブックでもねらっとったんですかいな」
 
 
動かさなければ、まあ、そんなものも出来ないこともないだろう。しかし、それを巨人と呼んでもいいものか。未来につながることもない、化石と呼ぶべきでは・・・・
 
鈴原トウジたちは、あの人たちを知らないから、そのように考えるのも当然だろう。
 
趣味でも、道楽でもないのだ。本気で、やっている。工程的にも意味がない。
 
 
「ああ、これは例えが悪かったか。骨だけではなく、正確には心臓もついていた。エンジン、動力だな。置物にする気など毛頭無く、もちろん動かすつもりで造っていたんだよ。しかも、その心臓は骨だけの巨体にはふさわしくない、モンスターたちだった。縮退炉、試験中S2機関、対消滅機関、イレーザーシステムその他もろもろ、ここぞとばかりにパワーだけはお墨付きだが安定性のカケラもない動力源を積み込んだ。科学者たちには夢の実験空間だったのかもしれないが、ちょっとでも間違いがあれば、この島国全体が世界地図から消滅していたのは間違いない」
 
起動させては絶対ならない、大魔神だったわけだ。恐竜というか、まさに恐神。
 
救いは、あまりの巨体で動かせる者が誰もいませんでしたよ、とかいうオチか。
 
実際には、エヴァは試作骨格の十七分の一のサイズにおさまっているわけだし。
 
しかしながら、そんな物騒な話が、ほんとうにこの女の身の上につながるのか・・・?
 
 
聴衆を意識せず、自分の世界に没入するタイプの話し手だったら、こりゃえらいことになるぞ、と綾波レイと鈴原トウジが視線を合わせたところで。
 
 
「しかしながら、その巨体には意味があった。絶対領域、ATフィールドだ。その体躯のぶん、いやさ、それでは効かないな。現状の制式タイプとは・・・17倍などでは、比べものにならない強度と範囲を誇るフィールドを発生させ得た。いささか不安定ではあったけれど・・・・・使徒などすぐさま圧殺できるほどの・・・・・電力の問題ももちろん、戦闘用には誂え向きであっただろうよ」
 
ニヤリ、と笑ったりもしない。あまり意識しないタイプらしいが、揺るぎない語りが、逆に聞く者の背中に冷や汗かかせる。
 
 
「けれど、乗り手はそこにあまり価値を見出さなかった。十七分の一にサイズダウンしてしまうことを予定していたように、・・・・・・そのあたりのお考えは本当によく分からない。ともあれ、現状のエヴァがああも自在に、ある意味人間以上に自由に動けるのは、この時点の試作骨格の巨大さのゆえだ。試練のようなそのサイズを切り抜けられなければ、ああも柔軟で強靭なフレームは造られなかっただろうよ。どちらかといえば、押し相撲を想定して、相撲取りのようなスタイルになっていたかもしれない。安定性優先でね。本式の機体をああも自在にうごかすために、試作骨格をああも巨大にしたのかも、しれない」
 
 
おそろしいIFだった。まさか、ちょっと制作者の意図が変わっていたら、今のようにスマートなエヴァではなく、相撲取りのような「ごっちゃんエヴァ」になっていたかもしれないとは・・・・・・畏怖するしかない。いや、おすもうさんが悪いなんて言っていない。
なんせ相撲取りは強いのだから。強ければ・・・・強ければ、それでいいんだ!!と、虎になるための格闘施設の経営者も言っていた。そう言われてみれば、確かにエヴァは動きすぎる。動きが良すぎる。軽業師かサーカスの芸人、下手すればそれ以上。起動させること自体が大変だからそこまで目がいかなかったが。
綾波レイと鈴原トウジが、過去の偉業に感心&感動していると。
 
 
「あのー・・・・」
 
遠慮がちに、洞木ヒカリが質問の挙手を。
 
 
「質問か。なんだろう?」
これもまた話を深く理解するための行為だと考えた水上左眼が、見えぬ目でも微笑みを。
しかし。これは。
 
 
「どのあたりで、水上さんが登場されていたんでしょう・・・・・今のお話・・・・」
 
 
違った。雰囲気や語り口に惑わされず、正しく話を聞いていた証拠ではあるが。
 
 
「いや、まだ登場していない・・・・・・んだが、巻いた方がいいだろうか・・・・」
 
 
いきなり死んだ魚のような目に、というか、そんな雰囲気になる。過去を追憶することで多少は忘れていた現時点の虚ろぶりを思い出してしまったというか。やり遂げ黄昏れ顔が。
 
 
本音を言えば、巻いてほしいが。
三倍速くらいでいってほしいが。
 
 
「そのまんまでお願いします!」
 
ここは、鈴原トウジが押した。”え・え・な?”少女ふたりに目で念も押す。
 
 
「そうか。・・・・・・鈴原君、君はいい男だな。では、続けさせてもらおう。多少は端折りながら。で、だ。そのエヴァの試作骨格、プロトタイプのプロトタイプとでもいうその代物は、ある日、旅に出た」
 
 
宣言したとおりに、端折ったらしい。旅に出た、ときた。たいやきくんじゃあるまいし。
そんな物騒な実験兵器にそんな自由があるはずがない。障壁に障壁を重ねた安全領域から出られるわけがない。そんな気まぐれ、どんな悪魔がそそのかしたのか。
 
 
「その目的地が、竜尾道。私の地元だよ。君たちが社会科で使っている地図には載っていないかも知れないが・・・まだ竜の一字は冠してなかったけれど。端折った分、サービスさせてもらうと、その巨大な試作フレームに乗っていたのは、碇ユイ、シンジ殿のご母堂、母親だよ。サポートとして、その父親、碇ゲンドウ氏、それと・・・まあ、それはいいか」
 
 
サービスすぎる!非難の視線を浴びせようとしたが、すぐに諦める綾波レイ。
 
そこらへんのことは、自分も知らない。三人目が誰かも、まあ、どうでもいい。
情報の取捨選択の権利は、ふたりのものだ。ここまできたなら。ここまで、きたなら。
 
 
「ちょうど嵐の日でね。災厄の日、といっていいか。なんでここまで、といいたくなる天災の全員集合、その徹底ぶりは、なんというか・・・・パンドラの水槽かね。海を望む街は崩壊沈没するはずだった。私と姉は最後の居残りだった。といっても、逃げるつもりがそもそもなかった・・・・・」
 
 
ふと、思う。
 
この女は、怒るということをしないのか。竜に乗ってそれを炎に吐き出すため体内の袋にでも貯め込んでいるのか・・・・表情も声も淡々としたもので。女の暗さは、この折の暗天をそのまま保存しているのだろうか。泣いて流すわけでもない。こんなのに恨みを買ったら大変なことになる・・・・・、と若者たちは若いながらも戦慄する。
その天災を乗り越えたゆえに、この女がここにいるわけで、過ぎた過去でありながら。
またその暗天を、心に持っている。もし、その目が復調したなら、映る色は何色か。
己の赤色と比べるでもなく。
 
 
「その時に・・・・お会いに、なったんですか?」
 
洞木ヒカリが。
登場は最悪の夜にはじめて、などという振り出しの暗さに、痛みを感じたように。
 
 
「そう、旅をしてきたシンジ殿のご両親に、街と私たちは救われた。運が良かった、のだろうね」
 
またしても、大幅な端折り。そんなわけがない。なんの目的もなくあの人たちが動くはずも動けるはずもない。なんらかの実験だ。しかも人目のない、何が起ころうと隠匿可能の、消滅が決まった、天災のおかげで誰も責任をとらなくてもすむ都合の良い実験領域・・・・そこでしか行えない、とんでもない実験を。あの人たちは、行った。
 
 
運がよい、という便利すぎる言葉の大風呂敷で全てを包んではいるが。にしても・・・・
 
 
「どうやって・・・・・救ったっちゅうんですか?あ、いろいろな意味があるとは思いますけど・・・・実際、ワイらの使っとる教科書やらには、その地域は載っとりませんで」
 
デリケートな領域に鈴原トウジが斬り込んだ。まさに逆鱗に触れかねない。無謀に過ぎるが、当事者意識がそうさせたのだろう。当人が、そういうことだ、と心の中で満足している、という話ならばそれで済む。いらぬ踏み込みを謝りもするが・・・・
 
エヴァ、というのは、それが未完成品であろうと、そこまでのパワー、ポテンシャルを秘めているものなのか、だとしたら・・・・・自分の同調具合など、まさに児戯。
 
 
「具体的には、分からない。私もそれを目指してもみたが、とうとう届かなかった。ユイ様がどうやって、それをやったのか・・・・・才能の違い、というものかな」
 
そこで、はじめて、この女が笑った。牙を剥くように。
 
一瞬、鈴原トウジが竜の牙に噛み千切られる幻想を、綾波レイは観た。
 
ギリギリ。この女が今、ギリギリで踏み耐えただけなのだ。これ以上、話を聞くべきではないのかもしれない・・・・。
 
 
「ただ、ユイ様たちはべつに街を救いに来られたわけではなかった。私たちとはあくまで偶然の縁だった。けれど、子供だった私たちにずいぶんと良くしてくださったよ。それ以来の関係であるから・・・・それなりに長いかな・・・・ん?」
 
今度は手こそあげなかったが、もの言いたげな呼吸を感じ取ったのか、洞木ヒカリに呼びかける水上左眼。「質問かな・・・・それとも、ここいらで切り上げようか」
 
 
綾波レイとしては、もう止めるべきだと思った。端折りが多く、過去を知るには不足であるし、その上、地雷だか魚雷だかも多すぎる気配。手負いの竜はやはり危険すぎる。格別の攻撃意思がなかろうと、身に備えた力だけでも・・・・強すぎる。手枷足枷はめた上でツムリあたりの護衛がなければ、とても平常ではいられない。
 
 
「あ、いえ・・・質問です。私たち、と仰いましたけど、その方は・・・ご姉弟とか、ですか」
 
それなのに、なんでこう度胸決まっているのだろう・・・・・この洞木さんは。
 
鈴原君もそろそろ幻想が追いついてきたのか、青い顔しているというのに・・・
出来れば、なぜその力をもって、今まで助っ人に来てくれなかったのか、とかいうS2地雷は踏んで欲しくなかった。惣流アスカがこの場にいればイの壱に聞いていただろうが。
 
 
「ああ。姉だよ。身内のことだと、つい説明を省いてしまうね・・・・すまない。・・・ついては、そのあたり補完してもらえると助かるのだがな、綾波レイ」
 
「え・・・ええ・・・可能な部分は」
意表をつかれて政治家答弁みたいになってしまったが。自分にまわすな、とも思う。
助手になった覚えも無し。ナチュラルに人を使おうとするあたり、この女。
 
 
「はあ、お姉さんがおられるんですか」
青い顔なりに、というか、それゆえにか青少年らしい鈴原トウジの感慨か。
 
それをどうとったのか、水上左眼は
 
 
「そう。こと、エヴァの操縦にかけては・・・・・ユイ様以上だ。君たちも、及びもつくまいな・・・・・例の、十七倍フレームの巨人を、完璧に自在に、操ってみせるほどの・・・・。ユイ様にも、それは、出来なかったことだ」
 
 
この世にこれ以上なく、寂しげに姉の自慢をした。
 
太陽でも月でもなく、星ですらない、地上から光を見上げるほかない、張り付いた影のような。竜の力を得て、まだそんな幼い憧憬を保存しておけるその、暗さ。血を分けたものに、そんなことを覚えねばならぬ感傷。同じく姉妹があるゆえに、そうっと写しとれることがある。幻像に近かろうが、洞木ヒカリの理解は。
 
 
その心中はとにかくおかまいなく、表情には出さないものの綾波レイ(ひとりっ子)は仰天した。鈴原トウジたちは「はー、そんなものでっか」「すごーい」で済むだろうが、こちらはそうはいかない。
 
 
碇ユイ以上のエヴァの同調者がいる・・・・というのは・・・・脅威以外の何者でもない。十七倍もの巨体を動かせるセンスがあるなら、通常サイズのエヴァであるなら・・・・・仮定の話をしても仕方がない面もあるが、プロトタイプ以前の試作骨格など碇ユイ専用に決まっている代物を・・・動かして見せた、ということは。それ以上に。
 
彼女たちが自分たちで言っているように、ひとりではない、エヴァ級の戦力が、単独ではなく、まだ後方に控えている・・・・それもあの竜に匹敵どころか、超越するようなモノが・・・となれば。自分たちの今までの苦労は一体、なんだったのであろうか。
 
 
これはもう、裏切りではあるまいか。碇司令以下、碇ファミリーの。ネルフやチルドレンに対する。
 
 
が、すぐに熱は冷める。だが、戦力には、ならなかったのだろう。理由は・・・
 
 
「姉は、ユイ様たちを嫌っていた。身内の恥をさらすようだが、性格の不一致なのだろう。
その才能を見込まれていた・・・・直接、教えも受けていたにも関わらず。
ユイ様を筆頭に個性の強い怪しい三人組であったから・・・・そのせいかもしれない」
 
 
まさか、それだけではあるまい・・・・・・そんな好き嫌いで戦力地図を塗られても・・・・こちらの視線も感じたのかすぐに続いた。
 
 
「最大の原因は、その意向に従わなかった、ということだよ。
街から出よ、という、そのお達しにな。それには私も同じく逆らった・・・・・ユイ様たちの調査によれば、救われたと思われた街も一時期のことで、すぐに海に沈んでしまう、ということだったが、私たちはそれを信じなかった。あれほどの天災がここをまた襲うとは思えなかった。次はよその番であろうし、それが自然の摂理というものだ。が、ユイ様たちはガンとして聞き入れてくれない。有り難い親心なのかもしれないが、あげくのはてにはエヴァ初号機の力ずくで連れ出そうとするから・・・・・・・姉は、ユイ様たちを、追い払った」
 
 
絶句するほか無い。そんなマネが良くできた・・・・・・・
 
しかも初号機?ユイおかあさんの初号機で、やれなかったほどの・・・って。
実際にやり合ったわけではないのだろうが、あの三人の意思を引かせた、というだけでも瞠目に値する。
赤い目をまん丸くする綾波レイだが、さすがに洞木ヒカリも萌えている場合ではない。
 
 
「恩知らずではないつもりだが、無条件に全て言いなりの忠犬になるつもりもない。・・・難しい話かも知れないが、そんなわけで、微妙な距離感があるのだ。碇のご家族とは」
 
その言葉のホントの難しさ、面倒くささ厄介さはリアルタイムで竜尾道にいた者でなければ分かるまいが・・・・・・
 
「分かります、なんて軽々しく言えませんけど・・・・・こう、碇くんのことを、一人だけじゃなくて、家族の中のひとり、として見ている視点は、新鮮です」
 
自分たちにはない観点だ。長いわりにははしょりまくりの話を聞いた値打ちもそこにある。
あの列車を呼んだ最中に割り込んできた人には人なりの事情があるということだ。
許せるかどうかはまた、別の話だけれど。洞木ヒカリは内心を呟いたりしない。
 
 
「新鮮か・・・・・・・久々の誉め言葉だねえ・・・・・・・・」
 
それを見抜けぬ聞き知れぬ水上左眼ではないけれど、頬を緩めた。そこから新鮮でも清らかでもなくなった自分の黒歴史が始まるのだけど、まあ、飛ばしておこう。
納得したなら、このあたりで十分だろう・・・と思ったところで
 
 
「ネルフにはそんなフレームは残存していない・・・・・・それは、まだ、そこにあるの」
 
 
綾波レイに話の続きをせがまれた。まあ、業界も、一昔の知るものぞ知る、みたいな伝説のようになっているから、現役の子供が知らないのもしょうがないのかもしれないけど。
 
 
エヴァ・ヘルタースケルター
 
 
姉だけが動かせる、目も眩むような骨の巨人。だけれど、今は動かない。
姉が、動かさないからだ。何を考えているのか、自分がいかなる危機になろうと、姉はそれを動かしてくれない。竜尾道を維持するための、仕事もせずに、遊び回ってばかりいる。
 
 
「あるには、あるけれど・・・・・もう、何の役にも立たない。・・・動かないんだ」
 
 
同じようなことは、あの娘、ラングレーにも聞かれた。もともと無茶な設計であるし、強固な実験棟としての役割を果たせば、その巨躯ゆえ、お払い箱になるのもやむをえない。
エヴァシリーズのサイズが決まり、快活な稼働ができるなら、それ以上望むものでもない。
 
 
・・・・・・己の血肉を溶かした竜号機と違い、実際のところ、どこまでまだ機動可能なのか、分からない。分かりはしない。分かるのは姉だけで、その姉が語らないのだから。
そういうことにしていた方が、対外的に何かと都合がいい、というのはあるが・・・・
自分くらいには、教えてくれても、いいではないか・・・・・・
 
 
 
告げられないのは
 
なにゆえか
 
 
 
”それをいっちゃあ、おしめえだよ。わかんないかね、このチャンバラ妹は”
 
 
姉はそれしか言わない。分からないから聞いているし、教えてくれないなら、もうそれでかまわない。教えさせてください、というまで、聞いてやるものか・・・・・
 
 
けれど・・・・・・本当に、福音丸、なんて・・・・・・
 
 
 
「あ、あの・・・水上はん?水上はん?」
 
遠慮がちに鈴原トウジが繰り返し呼んでいた。迂闊なことに内面入っていたらしい。
 
 
「ああ、すまない。ちょっと段ボール遊びの疲れが出たようだ・・・・・で、なんだろう?」
綾波レイが赤面したが、知ったことではなかった。言ったもの勝ちだ。
 
 
「お姉さんの、お名前はなんとおっしゃるんですか」
 
なんだこの青少年、姉が好きなのか。姉属性なのか。彼女持ちの分際で。それはまずいだろう・・・・というわけでもなさそうだが。「右眼、水上右眼だ。ウメと呼ばれるとたいそう喜ぶ」
 
まさか会うこともないだろうから、ストレス解消情報を刷り込んでおく。と。
 
 
「そのウメお姉さんに、操縦の手ほどきを受けることは・・・・できまっか?」
 
何の冗談かと思ったが、青少年の目は真剣そのものだった。ランランと虎のように輝いて。
 
操縦と言うからには、当然、エヴァのことだろうが・・・・・これは意外だった。
単純に強さを求めて、という話ではなさそうだが・・・・・竜を捕らえてまだ足りぬか・・・・いや、だからか。自分と同種の苦悩を抱えているわけだ。道を違えかねない。
 
 
姉とこの青少年の組み合わせは、一瞬、面白くも思ったが、実現は不可能。
少なくとも、自分が渡りをつけることはないのだ。
 
 
「出来ない。だろう・・・・姉の今の職業は・・・・・暴走族だ」
 
そんなわけで、無自覚的に身内の恥をさらしてしまう水上左眼。
 
「あの、暴走族は、職業じゃないのでは・・・・・?」
援護射撃的な突っこみだった。さすがの彼女、と感心している場合ではない。
 
 
「あ、違った。そうだ、走り屋だ。バイクであちらこちら走り回ってルポを書くでもなく気がむくままに金も払わず飲食店で食事をしている・・・・・改めてみると、放置されているのが不思議なくらいのひどさだな・・・・我が姉ながら・・・・」
 
 
「走り屋さんでもないのでは・・・・・それ・・」
「そやなあ・・・・・違うわなあ・・・・それは」
 
どうやら竜尾道というトコロは、ものすごい無法地帯らしい・・・・。と、鈴原トウジと洞木ヒカリの脳内にインプットされた。されてしまった。それから、イメージ誘導もいいところかもしれないが、水上右眼は、堕ちた天才、ということに。
 
 
「学んでも、何か得られるとは・・・・・・限らない」
 
その無謀な志に、綾波レイが釘を刺す。実際問題、エヴァを動かす才、というのは言葉にも数値にもしがたいものだ。他者に伝導伝達されるものなら・・・・・・・まずは、妹がそれを継いでいるだろう。何よりそれを望んだ者が、年月をかけ、叶わなかったというならなおさらだ。しかしながら鈴原トウジは
 
 
「お姉さんに、こっちに、第三新東京市に、来ていただくっちゅうのは・・・・やはり難しい話でしょうな」
 
 
「「む・・・」」
水上左眼と綾波レイが同時に。かなり虎穴、いやさ竜穴に入った問いかけではある。
間合いを、見計らっていたのか・・・・・
 
本来の話とはだいぶかけ離れてはいるが、これが会話の妙というやつかもしれない。
 
少女も油断ならないが、青少年も油断ならないな、ここは・・・。
水上左眼は苦笑する。
 
 
「どうだろうな・・・・・試す分には止めはしないが。連絡をつけるだけでも一苦労な相手だ、とは言っておく」
このくらいの学生には甘いところがある姉だ。もしかして、あっさりと申し出を受けるかも知れない。そうだと、面白い、とは思う。
 
 
「望みがあるなら、それだけでも嬉しいですわ。・・・・にしても、すごいですな、えー、その骨モデルを動かすウメお姉さんの・・・・」
 
 
「あの才能に追いつくには、並大抵の努力では足りぬだろうが・・・・・」
餞としては、未来ある君ならば、とか適当なことを言うべきなのだろうが、どうもそこまで舌は動かない。牙が邪魔して。
 
 
しかしながら。鈴原トウジは、そんなことには言及しなかった。
 
 
「いや、すごいんは、そのバランスですわ。才能なんてワイにはハナから分かりまへんし。
けど、十七倍の大きさの・・・・骨号機を、周りに迷惑かけずに無事に動かす・・・・バランス感覚は、誰でももっておるけど、そらもう超人モノやと思います。その一端でも学ばせてもらえば、と」
 
 
彼に分かるようなことを、分かるように言っただけのこと。
適当な造語を加えて。