お嫁入りご準備品
 
 
荷目録(白木台付き)袴地料揃 家紋(消金仕上げ 磨ぎ仕上げ)入り広蓋(京塗り 越前塗り 輪島塗・尺五)本来、衣服などを入れる箱の蓋を金品をのせる台として使用するもの 袱紗 風呂敷 万寿(まんじゅう)盆 正絹縮緬 進物盆セット
 
 
免状箱 文庫 鍵箱 夫婦椀 重箱 硯箱 各種文房具 箪笥敷き 衣装用文庫紙 匂い袋 念珠 念珠袋 線香 赤白リボン 人形ケース
 
 
結婚披露宴の進行例
 
 
1,迎賓ゲスト入場 2,司会者開宴の辞 3,新郎新婦媒酌人入場 4,媒酌人挨拶
5,主賓挨拶 6,ウエディングケーキ入刀 7,乾杯 8,会食歓談 9,祝辞 10,お色直し 11,祝辞余興祝電披露 12,お色直しキャンドルサービス 13,親族代表挨拶 14,花束贈呈 15,両家代表挨拶 16,お開き 送賓
 
 
扇子の交換
 
結納までに少し間をおく場合は、けじめとして、扇子の交換を行う。地方によっては酒や杯になる。
 
 
結納の語源は、結いの物、すなわち婿方と嫁方とが共に飲食する酒と肴
 
 
嫁側の労働力の代わりに婿側から金品を送る。娘を嫁がす家庭に対する婿側の誠意。
一見 無駄に見えるものを無駄にしない感性。優美和ゆびわ
 
 
熨斗、寿恵廣、帯地、小袖、袴地、白生地、紅白絹地、真綿、寿留女(するめ)、子生婦(こんぶ)、柳樽、松魚、友白髪、履き物、化粧品、米、茶、傘、登慶恵(とけい)、繁度馬津久(はんどばっく)、高砂人形
 
 
結納は婚礼のおよそ六ヶ月前の大安吉日か友引か先勝の午前中に納められる。
 
婿から嫁にいくのは、「熨斗、末廣、帯地料、柳樽料、松魚料」の五品。
それぞれ縁起の良い鶴、亀、松、竹、梅、の水引飾りを添える。
 
 
熨斗には鶴の飾り物、熨斗はあわびの肉を長く打ちのばした物で長生不死の妙薬ともいわれ先様の健康と長寿を祈る物です。鶴は千年の齢を保つとも節操を保つ鳥ともいわれる。
京都では必ず鶴が手前を向くようにする。これは、鶴が幸せをもって舞い降りてくるように、という願いがこめられている。また鶴は陰陽では陽を表し、陽は天、すなわち上から下に降り注ぐ、という意味があります。そして、その幸せを持って舞い降りてきた鶴を逃さないように、打ち出の小槌で押さえて止めておきます。
 
 
末廣には亀の飾り物を添える。末廣は先様がますます発展なされるようにと祈るもので、水引飾りの亀は万年の齢を尊ぶとともに、一度結ばれれば共に仲良くするところから縁起物といわれる。この末廣は鶴とは逆に床の間の方を向くように飾ります。これは亀の忍耐強さを表し、努力して這い上がって行き、幸せをつかむように、という願いがこめられている。
 
 
帯地料の金封に封入する金子がいわゆる「結納金」です。飾る松飾りは、長寿と永久に変わらない松の緑のように、気持ちの変わらない様子を表現しています。
 
 
柳樽料は、お酒を持参する代わりに金子を封入するもので、飾る竹飾りは、節度、潔白、そしてまっすぐに成長することを表現しています。
 
松魚料はお酒の肴を持参する代わりに金子を封入するもので、飾る梅飾りは、春に先がけて一番に花を咲かせ実を結ぶので、めでたきものとして用いる
 
柳樽料、松魚料に封入する金子は、帯地料(結納金)に封入された一割以内を、柳樽料2,松魚料1,の割合で包む。これは結納金ではない。お札はすべて新札。
 
 
これに京都では指輪を加えて六品とするが、六は陰の数、割れる数だと言われて慶事には用いられない。これに高砂人形を加えたりする。尉(じょう)は熊手を持って幸運を掻き寄せ、姥は箒をもって悪いものを掃き出す・・・
 
 
 
 
「なかなか奥深いものですねー・・・・・にしても、はあ、・・・・まさか左眼さまが」
 
 
水上城の一人しかいない事務室にて礼儀の本などをぱらぱらやりながらたまにメモなどとっているのはミカリである。一応、主たる水上左眼から水上の姓を許されてはいるのだが本人が畏れ多いから、といって使おうとしないのだから名のみで示すほかない。その名にしたところで水上左眼に拾われたはじめて出会った地名をそのまま使っているだけのことで。やってることも押しかけ秘書のようなもの、というかストッパーだ。ほっとけばいくらでも仕事をし続ける城主専用の。自分も人間だということをお忘れになっているんじゃなかろうか。拾われた恩義は不興を買おうと怒りをもって斬られようとあの方に直言することで果たす。これはこの街の人間には出来ないことだ。よそから拾われてきた自分にしか。絶対的腕力をもった人間がこまごとと忙しく働く・・・・いいことには違いないが・・・・・いかにも人気でそうにない行動である。どーんと構えていればいいのに。出る幕をわきまえてないというか、起承転結もへちもないというか人好きしないというかウケを考えないというか。左眼さまが悪いわけではないけれど・・・・・そばに人間を寄せようという発想が今はあまりないですしねえ。昔、そばにいた人間に仕込まれた考えをそのまま堅持してらっしゃるのでしょうけど・・・部門部門の人的機能、その出力平均しか信用していない・・・・それ以下になれば介入もするけど平均を保っていれば文句もないという・・・他人に成長や奮闘を求めない夢想をしないといえばしないのでしょうけど・・・竜が人に覚醒を呼びかけているわけでもない、べつだん語るべき理想もなく・・・別に癇癪持ちでもないのに・・・・・怖がられているというのも。仕えにくいのは確かだ。
 
 
そんな中、あの父子、特にお子様の方を連れて戻られて以来、左眼さまは変わられた。
 
もともと因縁深いのもあるのでしょうが、単なる仕事の枠を越えて・・・・プライベートの領域が広がったというか・・・ひたすらに公しかない・・・・力持つ者の義務を果たしているといえばそうなのだろうが、何が楽しくて生きているのかこの人はと思わなくもない・・・・・そのくらい左眼さまの日常というのはこの街の心臓、フルに働きハートフルといえば聞こえはいいが、つまりは内臓じみている。グロいとまではいわないけれど。その仕事ぶりは街の生死浮沈に直結する、となれば気の休まるヒマもなく緩めるすき間もないのも当然なれど。それでも、左眼さまもやはり人間であり。
 
「今日は、いいことがあったな」と微笑して言える心の揺らぎが、ささやかな油断があってもいいだろうと、思う。
 
 
 
この街の人間はきらいだ。
 
 
特に年寄り連中は、左眼さまにさらなる苦痛苦労を強いるつもりでいる。
後ろに控えてその話を聞いていると、言葉のはしばしからそれを感じる。
”隠された要求”・・・・・・言いたいことがあるなら、直接言えばいいだろうに。
親が言うなら子が真似して、その子の子がまた真似をする・・・・・いい加減にしろ
 
 
おまえは”・・・・”が、足りない。お前は”・・・・・”を、やらねばならない。
お前はまだ・・・・・至ってはいない。”・・・・・”が求めるところに。
 
 
さらにさらにさらに
ガツガツガツガツ
もっともっともっと
ゴリゴリゴリゴリゴリ
いけいけいけいけいけ
 
 
そんな汚らしい圧力を、左眼さま自身はまるきり相手にされていないけど。
・・・もしかしたらまるきり気づいていない可能性も。そんな無敵なところが多少ある。
 
 
竜神の化身かなにかと間違えているのではないか。左眼さまは今だって相当の苦労と努力をされている。なにをもってこれ以上追いつめようとなさるのか。なぜ
自分がストップかけたりしなければ、どうなるのか予想つかないのか。
「よくやった。もう、いいんだ」と言ってさしあげないのか。
まったくもって非協力的な姉の右眼さまに言えばいいのに。「妹を助けてやれ」と。
なんであの方も毎日バイク乗り回して遊んでばかりなのか・・・それなのに、左眼さまより人気があるのか・・・・・・・気に入らない・・・・・納得は、できるけど。人徳とか包容力の差かなあ・・・それはどこから生まれてくるのやら。教えて欲しいし教えてさしあげたい。
 
 
 
それが、最近は「遊び」を覚えられた。
 
少々手荒に扱っても壊れない点が、遊び道具には求められるだろう。
非情であっても弱者をいたぶって喜ぶようなヒマな精神構造には左眼さまは縁遠い。
 
 
第三新東京市から左眼さま直々にトランクに入れて連れてきた「碇シンジ」という子供。
 
 
正体不明ではあるが、その外見に似合わぬ頑丈さ、強度を持ち合わせているのは間違いない。左眼様が遊んでも壊れないほどに。
 
 
それを相手に結納の真似事など・・・・・人形遊びの一環なのだろうが・・・
 
 
地元の人間が驚く顔が・・・くせ者揃いで素直に驚くようなかわいげのある者はほとんどおらぬだろうが・・・楽しみだ。今のところ、左眼さまから支度の指示などはない。
 
 
が、そこを前もって先読みで注文しておくのがよい部下というもの。こういう遊びはストップをかけたくない。むしろ、多少は羽目を外してもらいたいくらいで。遊びには金をかけねば面白くも何ともない。貧乏くさくてはコント芝居になってしまう。お笑いが低俗だとはいわないけれど。
 
 
というわけで、高級品を次々と注文していくミカリ。先読みはいいのだが、そこが小娘というか肝心なことを忘れている。真似事といっても、結納は婿側から嫁側に、不足する労働力の代価として送るもので、未成年とはいえ一応男である碇シンジが、一応女である水上左眼に送らねばならないわけだが・・・・どうせ真似事・・・実質を承知の上でやっている可能性もあるが。ウエディングドレスを注文してしまうほどお約束ではなかったが、とにかくこれは先走りすぎであり、それらおめでたアイテムは一切が無駄になることを彼女は知らない。
 
 
 
じりりりりんっっ!
 
 
ミカリの必殺技である膨大な高速発注がようやく一区切りついたところで呼び出し電話が鳴った。なにか苛立ち不機嫌そうなベルの音だなあー、と思ったミカリであるが。
 
 
「左眼さま、ですか?今日はホテルのほうにお泊まりですよ。かなり微妙な取引ということですのでこちらからの連絡は禁じられてます・・・けど、街にかかわる変事があれば駆けつけない方じゃないのはご存じ・・・火事が消えない?なんですかそれ、燃え広がるわけじゃないけど消えない火災?溶鉱炉火災だって消すあなた方が何を言って・・・・溶けてる?中に人?まだ救助しきってないのに電話なんかしてんですか!あんたたちは!!・・・・・くっ、・・あー!もー!あー!もー!!現場はどこですか?連絡つければいいんでしょ、怒った左眼さまに斬られて死んだら化けて出ますからね」
 
 
水上左眼が碇シンジと宿泊するホテルに連絡しても、すでに夜・・・スタート時間を考えれば休んでいてもおかしくはない時間帯だ・・・・おそらく休息中の竜の主を叩き起こす蛮勇を持った者はいないだろう。自分が行くしかない。・・・それにしても、水上左眼ともあろう者が街中に火事があって反応がないとは・・・まあ、火事を消すのは消防署の仕事だが・・・これが札をもつ外来者の仕業なら左眼さまは即座に動く・・・そもそも火付けをする前に潰してしまわれているだろうが・・・・巨大刀剣鍛錬施設に対応した竜尾道の消防は警察とは正反対に巨大で強力な組織になっている。いわゆるサンダーバードクラス。たまに訓練をかねて海外の巨大災害をねじ伏せているらしいが。そんな彼らにも消せない火事、とは一体・・・・・
 
 
出がけにちら、とITVで火災現場の外国人居住エリアの方を見るが、燃え広がっている様子はない・・・・竜が発進した連絡もなく・・・・なんでもかんでも左眼さまにもっていきなさんなよ、とも思うが、電話の声はまごうことなく必死で真剣なものであり。札持ちのよそ者であろうとも、懸命に救おうとする怒号の交差が電話越しでも聞こえていた。
 
 
しかしながら・・・・・竜尾道、地元の民以外には、左眼さまは冷淡だ。
 
ところがある、どころではなく、冷酷をすぎて、冷淡。金なり物なり技術なり、交流する全体図としてしか、よそ者を見ていない。つまり、それはひとのかたちをしていない。
被害が広がらぬなら、放置、の判断もあり得る。
 
 
 
いまだ、触れたことはないけれど、あの方には、逆鱗が、ある。
どこにあるかも、分からないけど。街どころか国一つ滅ぼしかねない、人ではなくなるボタンが。火系の怒りより水類の怒りの方がいざ発動した折は根深く広範囲の損害を与える。
 
 
 
そんなところに、重大な取引・・・とか言っていたが、他には聞かせられぬ話をするのだろう・・・・のこのこといけば、タダですむか・・・ちょっとでも地元の家に飛び火するようでもあればまだ話はしやすいが・・それなら大急ぎで竜を駆けてくれるだろう・・・
 
 
この街の人間が好きではない自分は、街に溶けこんでいるとは言い難い。
そんな自分が、思い切り不器用ながらこの街全てを愛して愛して捧げきっている(その割には報われてもいない)左眼さまに告げ、息をぬく時間を奪おうとしている・・・・
 
しまったな、城で留守番なんかするんじゃなかったな・・・・と思っても後の祭り。
この場合は黙殺こそが忠義になる。乱れる主を正しにいくわけでもなし。
冗談抜きで今日今夜が自分の命日になるかもしれない。
まあ、左眼さまに斬られるのならそれはそれで本望だけれど。
そのうち、すぐに仕事しすぎでぶっ倒れてすぐに再会できるはず。
 
 
ただ、残されるのはまっぴらごめんだった。
 
 
左眼さまの危険感知は眠っている時の方が遙かに鋭いことを知っている。そのような異変が起こって主の目が覚めない、というのは考えにくい。それとも内部の犯行なのか。
 
足を急がせるのは、万に一つの可能性。なんぴとたりとてかなうことなき、竜退治。
 
あくまで、掌で転ばせて遊ぶだけの、「あの子供」・・・・トランクの中に厳重に保管されていた・・・普通の人間のようには、扱われなかった、あの男の子。どう見ても・・・・竜を組み伏せる勇者のようには見えなかった。予報士よりもはるかに雲が読める左眼さまに限って、恋はいつでもタイフーン!、なんてこともないだろう。
 
 
あの、水上左眼が、(なんらかの奸計にはまったとしても・・・・・地の利は完全にこっちにあるし)
 
ベッドの上で、男にねじ伏せられている光景など・・・・・・・ちと考えもつかない。
 
昔は昔でいろいろあったかもしれないが、ここ最近の主の威容と相対するあの男の子では。
 
 
しかしながら・・・・遊びにしたとて、それなりの脅威と格を認めていなければ、主が結納の真似事など承知するわけがない。いや、商売でも政事でもなんでもない、遊びだからこそ。秘めた毒が、あるのかもしれない。”おねえさまキラー”の極めつきの美少年、ってわけでもないけどなあ。主が物思いにとち狂う、様子もなかったよーに記憶する。
 
 
鱗を逆さに剥がされて、その心臓を掴み出されている光景も・・・・・ちょっとなあ。
 
かなりのラッキーに恵まれてたとしても、地力が違いすぎるでしょ、とも思う。
 
 
「でも、どーしようかなーっと」
 
このままお楽しみの最中かも知れない主のところへ、明らかに関心もなさそうなことで邪魔だてしてよいものかどうか・・・・・かといって、尋常ならぬ怪事に近いとはいえ、火事は火事、燃え広がりでもしたらそれこそ。良かれと思った先読みで何回も水上左眼に大損を与えておいてもこりずに先読みしようとするこのミカリが城勤めから追い出されないのはヤケにならずにギリギリ最後まで良さそうな答えを得ようとするその粘り根性ゆえ。
 
 
こんな場合、どうするべきか・・・・・・ミカリは”とある所”に電話を一本入れて、それから主のいるホテルに向かった。
 
 

 
 
 
豪華な寝室に喘ぎ声が続いている。たまに挿入されるのは房事特有の甘い泣言。
 
いわゆる、十八禁断の果実がたわわに揺れて互いに擦れ合って香る言霊というやつである。
 
 
「あっ、あん・・・・んんっ」
 
「あぅ、の、やっはうあっっ」
 
「ひぉ、あああーーっ!はあっ、はあぁっ」
 
「だめえーーー、声が、外に聞こえちゃうよ・・・」
「やん・・・ああ、あはぁ、動かさないで・・・」
「んむぅ、んっ・・・ちゅう・・・んはあっっ」
「・・・聞かないで、恥ずかしいから・・・」
「ひあ、こんな格好・・・ああ、あふああっ」
「痛いけど・・・・入ったの・・・・?」
「きゃ・・・ん・・は・・あはぁ・・」
「そこ、くすぐった・・・・はっ、ん!」
「あ・・・あん、ん。はあ・・・・・・ん」
「あ・・・・・いいです・・・は、あ・・・・」
 
 
 
・・・ちなみに、これ全部碇シンジの声である。
 
 
怒っていいのか泣いていいのかほっとしていいのか緊張すべきか弛緩すべきか、よく分からないもはや観音のような顔で台本を読みながら・・・・この顔でなぜ棒読みにならないのか不思議なのだが・・・・熱の籠もった愚息も豚児も昇天しかねない朗読が続いていた。朗読という以上、誰かに聞かせるわけだが、その相手は未だ浴室から戻らず、碇シンジはテープレコーダー相手にとても他人様には見せられないような話芸を披露していることになる。
 
 
そして、三十分テープも止まった。録音分が完了した。
余韻もへちまもなく、碇シンジは完璧なタイミングで朗読を停止した。
 
 
 
「あー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のど乾いた」
 
 
備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、ガブガブと飲む。
 
三杯ほど飲んだところで、浴室から水上左眼が戻ってきた。生まれたままの姿どころかバスタオル一枚どころか、さすがに先とは違う新しいものではあるが完全なスーツ姿。このままどんな商談もいけるだろう。どうせ愛刀の類も懐に呑んでいるに違いない。
 
 
「なかなかの名演技でした。おつかさま、シンジ殿」
拍手こそしないが、皮肉でも意地悪でもなく純粋に賞賛しているらしい水上左眼に
 
「どうも。・・・・・お水、いります?」
「はい。頂戴いたします・・・ふふふ」
もう一つのグラスに氷をいれて水を注いでいく。まあ、そんな風にさらっといわれるのが最もダメージが少ない。怨もうにも言い出したのが自分であるから。
 
 
最上階のすぐ下の予約された”自分の”部屋が分不相応に広く豪華で驚き内心少し喜びもしたのだが、広いのは当たり前、これが「二人前」だというのだから、仰天した。目玉が飛び出そうになった。つまり、水上左眼のヒメさんも今夜ここで過ごす、というのだ。何か言おうとする前に、「自分も風呂に入りたいのだが、少し仕事が残っていたのを忘れていた」などと言うので、つい「手伝いましょうか」などと言ってしまったのだ。どういう反射なのかと自分でも思うのだが、口に出してしまったものはしょうがない。自分に手伝える仕事などあるわけがないのに。なのに。「はあ、そうですか。それではお願いしましょうか」などと。ヒメさんは!ヒメさんめ!ヒメさんよ!・・・・・あんた、きったないよ!風呂にでも入ってろ!いやだから風呂にはいるのか・・・・とにかく。
 
 
 
・・・・読み聞かせ屋、というのだそうだ。
 
 
元来は、忙しいがそれなりに話題を豊富にもっておかねばならぬ、社会的地位の高い人間などに最近話題の本などをダイジェストに圧縮して読み聞かせる仕事なのだが、中には面白がって実体験した方が明らかに早いよーな、ビジュアルイメージで取り込んだ方が役にたちそーな種類の「本」をわざと注文する者もいるのだという。社会的地位が高くとも常に王道まっしぐらとは限らない・・・・・おかしいのは、そんな商売するのはとにかく、そんな注文まで受けるヒメさんの方だ、と碇シンジは思うのだが。
 
 
「バカにできないもうけになる」のだと水上左眼は大真面目で言う。
 
「これでも大量の本を読むのは得意なのだと」胸も張ってくれた。うん、読書量はミサトさんに勝ってるだろうなあ、と。
「バカな注文もたまにはあるが、これからはそれも引き受けてくれる人間が見つかったからよかったよかった」などとぬかすのでキレそうになる碇シンジ。が、
 
 
「しかしまあ・・本気でやってくださるとは思っておりませんでした。途中で切れてしまって投げ出してしまうものかと」
こういわれるとキレにくい。「下らぬ内職だとお思いでしょうが、費やす労力と時間と賃料を考えるに・・・・困ったことに、最良の部類に入るのです。数分で職人一人養えるとなると・・・・人に都合良く要約をしてくれる機械は未だありませんからね・・・ん?どうされましたシンジ殿」
「数分?数分というと、1分か2分とかいう・・・・でも、あの台本を全部読んだらそんな時間じゃ絶対に・・・・もしかして超高速早口言葉とか?」
「全部読む必要がそもそもないのです。どこか適当な一文か、最後の行でも読めばそれでいい。そういうことは特に流行というものはありませんし・・・・真面目に相手をすると面倒なだけだと思ったのですが・・・・さすがシンジ殿。そのような注文にも誠心誠意相手をしようとは・・・・」
 
「そ、そうなんですよ。実は僕、新撰組のファンで。誠を見せないと気がすまないんで」
さっき飲んだ水三杯がそのまま涙になりそうだが、ぐっとこらえる碇シンジ。
かなしくて、かなしくて涙があふれるのは、かなしいからに決まっている・・・。
 
 
「十分に聞かせていただきました。・・・・・では、仕事の話はこれで終わりとしましょうか」
水上左眼は碇シンジのなにか大事な成分を取り込んだテープレコーダーを鞄の中に仕舞い込む。いまさら返して、というわけにもいかず、黙って見送るほかはない。よく考えてみればなんでこんなところでそんなサービスをせねばならんのか。しかも特大サービス二乗くらい?。こんなサービスをしてしまったのだから、ここからはちょっと楽しい目にあってもバチはあたるまい、と思わぬでもない。
 
 
 
「ここからは・・・個人的な、シンジ殿のお話をしましょう」
 
 
とはいえ、なんかもう眠くなってきた。出来れば、自分が知っている自分の話などしたくもされたくもなく、早く寝かせて・・・・・もちろん、一人で一つのベッドで、奇しくも同室となっている女性とはそれなりに距離をおいたうえで・・・・もらいたいものだ。
目が、とろん、としてくる碇シンジ。ふつうの中学生十四才の男子ともなれば、この状況であれば心臓ばくんばくんで眠気など訪れる気配もなかろうが・・・・眠かった。
右眼のまぶたが・・・・落ちそうになったところで
 
 
「とはいっても、正確には、初号機の話です」
 
 
元に戻った。地獄よりも濃い珈琲よりも効果のある一言。あまりに、効果がありすぎて・・・・その目の色は夜雲色・・・・何か別の人間を呼び覚ましてしまったかのよう。
 
 
「未だに発見されないエヴァ初号機・・・・・いったいどこへ消えてしまったのやら。そろそろ持ち直してきている新体制のネルフ本部もその他の組織も血眼で探しているようですが・・・愛機から離れられて、シンジ殿もずいぶんとお寂しいのでは、ありませんか」
 
 
「・・・・・・」
イエスともノーともいわず、けれど、碇シンジの両眼は輝いている。
 
 
「そういえば、こんな話を聞いたことがありますか?・・・・”もともと、エヴァ初号機は左腕がないように設計されていた”、という。両腕があればすべてユイ様の腕っ節でカタがついてしまうからだ、という冗談なのか本気なのか、そんな昔の噂話を」
 
 
「人形破壊の道化あるるかん、でもあるまいし。それはない、と思いますよ」
 
 
「ひとのかたちをあえて一部、崩してみせることでそこから領域を拡大していく・・・・ような設計になっていたとか。構成パーツのバランスの配分などを見ると、それもまんざら分からぬ話でもないな、と思うわけです」
 
 
「ヒメさんは詳しいんですね。ずいぶんと昔の話のような気もしますが・・・・」
 
 
「ある方に教えていただいたんです。エヴァ初号機は実験機、七つの実験をするための、ことさら頑丈に出来ている巨人なのだと。
 
 
第一の実験は、”異能の拡大”
 
第二の実験は、”人能の深化”
 
第三の実験は、”操支配力(テレコントロール)”平行する”残力”
 
第四の実験は、”異能の伝播・遮断”
 
 
・・・・これだけの実験をこなす機体が、いつまでも使徒に奪われていいように舞台裏に放り込まれたまま、というのは私には、私のような者には、すこし、考えられません。
 
 
・・・・このようには考えられないでしょうか?
初号機みずからが、次なる実験を行うため・・・・パイロットをはじめとする制約を課す者たちから離れ、目下自由実験中である、とは。ほんとうに・・・・・
 
 
初号機は、なぜ、見つからないのでしょうね?シンジ殿」
 
 
「ヒメさんがそんなことを考えてるとは・・・・・ちょっと意外でした。束縛を放れたいっていうのは分かりますけど・・・・そんな、実験したいからどこかに隠れるなんて・・・・・でも。造った人間に似るっていうのなら、ロボットとか人造人間とかはまさにそんな性癖をもつのかもしれませんね。・・・・・実験欲かー。
 
 
で、第五の実験は、どんなものなんですか?」
 
 
まるでひとごとのように。誰の機体の話をしているのか忘れているのか分かっていないのか。目の前にいるのは、ほんとうにサードチルドレンなのか。知らぬ、はずがない。
 
 
ありえない問いかけをしてくる、怪獣が踏んでも壊せないトランクから抜け出した、子供。
死ぬことはないが逃げることはある、とあの方の言っていたとおり。ぬけぬけと。
ただ拉致してくるだけでは、足りなかった。どれだけの不足分があったのかも分からない。
 
 
しかしながら
 
 
その、夜雲色の目を見ていると・・・・・・こうも思うのだ。
 
 
このままでいい、と。
 
 
この不足分を補わせてはならぬ、と。断片を集め組み立て、完成させてはならぬと。
竜号機をもってしても、太刀打ちできない何かと対峙することになる・・・・己の左眼が疼く。何としても力を欲したあの頃の記憶が引き留める。弱さゆえに正確な感知が出来た。
 
 
「ヒメさん?」
 
 
奇妙にして奇怪な予感だ。今のままでも十分にわけが分からないというのに。
初号機が出てくれば、この宙ぶらりんな状況に終止符が打てると思ったのだが。
が、これがもし三すくみのようなそれであるなら、漁夫の利ということもありうる。
姉に言われて調べ直した蘭暮アスカこと惣流アスカ・ラングレーはエヴァ弐号機を日本国内に持ち込んではいない。当然のことだが独逸に置いたままにしている。姉の口車にまんまと乗せられたわけだ。・・・・・そんなわけで、あの娘は戦力計算から除外してもいい。
 
 
エヴァ初号機がおらぬとなれば・・・・・・果たして、本当にそうなのか
 
 
「ずいぶんと、もったいをつけますね・・・・・そんなにすごい実験なんですか?」
 
碇シンジはあくまで自分は第五の実験のことなど知らぬ、という仮面をはずさない。
ならば、こちらでその仮面をはがしてやるほかない。鬼がでるか蛇がでるか・・・
 
 
「凄いのは何か、ということになりますが・・・・・・第五の実験は、」
 
 
言葉が途切れた。水上左眼の視線は碇シンジから移動して入り口のドアへ。
 
もちろん、ルームサービスなどではない。この気配。生気が引かれ吸い込まれていくような不吉な存在感。死神でも向こうに立っているのかと錯覚するほど。
 
「いいところなのに」碇シンジがこのまま押し倒してやりたくなるような声色を使う。
 
そのくせ、敵意はない。生きたままこちらに何かせよ、と要求する隔意がじりじりと。
 
 
「どなたです」
 
 
こんな気配に覚えがないが、察しはつく。近くにあるより遠くにあった方が本質が理解しやすい人物。息子が手元に届く前、寂神房の中でこんな感じであったのか。
 
 
「私だ。シンジに用ができた。・・・・すぐに出る用意をしろ」
 
碇ゲンドウ。もちろん、未成年の息子を心配してやってきた、わけではない。
 
 
「ゲンドウ殿・・・・ここ、数日はご子息をお借りする約束だったはずですが」
使徒襲来、ではあるまい。それ以外のことでこんな唐突な真似が許されるとでも・・・
ドア越しだろうとかまわずに、現物の代わりに透過剣気を叩きつけてやる。相当の猛者でも三十分は硬直レベルの。・・・手応え無し、さすがに慣れていらっしゃる。
 
 
「そちらにも無関係の用件ではない・・・・」
言葉を切ったのは、誰かにあとを譲ったようだ。「左眼さま!申し訳ありません」
 
 
城で留守夜勤のはずのミカリの声だった。「外国人エリアで消防でも消火できない特殊な火事とかで・・・周囲に広がる前に左眼さまに出動願いたいと・・・・・・」
 
碇ゲンドウを同行させたのか・・・・・小癪な、とは思うが、納得もする。
今夜は碇シンジに集中しようと・・・途中からはそんな意識さえなかった・・・・連絡機器は遮断していたが・・・・それにしても、そのレベルの異変が発生しているのにこの自分が気づかないとは・・・・・表には出さぬが、愕然とする。「消えぬ、火事・・・」
どこが発生源であるのか、カン以上に碇ゲンドウの同行が確信させる。よもや火事の野次馬の付き合いに息子を召還にきたわけでもあるまい・・・・・
 
 
姉は「火の輪くぐり」だとか言っていたが・・・・・・このことだったのか?
 
 
とはいえ、起こった以上、関わらざるを得ない・・・・実際に火災となれば、・・・・・・火炎をもってこの街に敵対ないし害を与える者だとするのなら・・・・・
 
 
 
容赦はしない
 
 
「シンジ殿・・・・・・今日はもう、眠れないかもしれませんよ」
「合点承知・・・・・もう徹夜覚悟ですよ・・・お付き合いします」
 
 
げしげしっ!
ドアの向こうで打音弐発。その寄り添う声があまりにも・・・・怜悧なのに状況にハマっていないのでかえって許せずドアの向こうでついやってしまったのだろう。二人いっぺんか、それとも片方が弐発かどうか、不明であるが。