「使徒使い・・・・?ショーア?」
 
 
こちらの目、こちらの声、こちらの表情、そんなものから察したのだろうが、水上左眼はしまったな、という顔もせずに続けた。竜のごとくか、はたまた蛇のように。
 
 
「そのとおり、使徒を使う人類の誰かのことだ。三の倍数の数を従えることが出来るとか・・・・・・最低でも三つのしもべがもてて最悪666の軍勢を所有することになる」
 
 
「使徒を、使う・・・・?従える・・・・?そんなことが・・・」
 
言葉の分かりやすさと受け入れやすさは反比例することが多い。複雑多様なことを簡潔にまとめられても、それであっさり理解できる人間は「天才」と呼ばれたりもする。
 
理解しかねる自分は、天才ではない、らしい。綾波レイは鈴原トウジ、洞木ヒカリの反応をちら、と伺ってみたりするが、自分とさして変わらない。そうだよね〜分からなくてもおばかさんじゃないよね、と安心したりはしないが。あまりに突飛すぎる。
 
 
「その使徒を殲滅するエヴァを使う方が凄い、と普通は思うがね」
 
 
その目と表情からするに、皮肉ではないらしいが、そうにしか聞こえない。
 
まあいい。世界は広いし百歩譲ってそんな黄金の才能をもつ人類の誰かがいたとしても。
ただ・・・・
 
 
それが、霧島マナである、などと・・・・・
 
 
「表沙汰には、いやさ、裏の世界でもこんな話は出来ない、か。表も裏もダメならどこですればいいのか、ということにはなるが・・・・・まあ、使徒を使う者はいつの時代の呼ばれようも変わらないから、下手に隠さない方がいいんだろうが」
 
秘匿するしかない、禁忌の情報。それが真実である証拠もないが・・・・
 
元来、伝えられるはずもないことが、この竜の口から解放され伝わってしまった。
この女はどこでそんなことを知ったのか・・・・聞けば答えそうなところが怖い。
 
 
「あの・・・ショーア、というのは・・・・?聞き慣れない単語ですが・・・」
これは、好奇心などではあるまい。おそらくは義務のように。洞木ヒカリが問うた。
 
水上左眼、片眼を取り戻した女が答える。
 
「分かりやすく文字で書くなら、”召A”と書く。エンジェル、天使を召し使うもの、の略称・・・・・ということにしてはあるが、”別の呼ばれ方”をされたくないゆえの隠れ蓑みたいなものかな・・・・・君たちは友人なのだから、その名で呼べばいいだろう」
 
秘儀を紐解く・・・・には、口調がさばさばしすぎていた。100%他人事、あれだけの力をもちながら使徒来襲する第三新東京市の苦境を対岸の火事的に静観していた事実。
 
 
これが、本性か・・・・・・どうにも、とんでもなく迷惑な女だ。今さら、今さらだが。
 
 
こんなこと、自分一人ならともかく、鈴原トウジに洞木ヒカリにまで知らせてしまってどうしようというのか・・・・出来れば否定してしまいところだが。自分も衝撃を受けていて、そのダメージが抜け切れていない。精神の半分くらいが凍結してしまっている。
 
鈴原トウジが目で「どないなっとんや光線」を送ってくるが、応答のしようがない。
「そんなのしりまへんがな」障壁を展開するしかない。まったくもって・・・・・
 
 
当然、知らぬはずのない冬月副司令がいれば十字架に磔にしてロンギヌスの槍で刺してやりたいところだが・・・・いや、碇司令もこうなると同罪か・・・・・・いやいや、そうなると碇シンジ・・・・・・・彼もまた・・・・・・・・・・・知っていたのか・・・?
 
 
 
これは、罪ではなかろうか。
 
 
 
しかし、責任をとるつもりもなさそうで、天罰を甘んじて受けるタマでもないような。
 
どいつもこいつもいたりあも・・・・・いや、イタリアは関係なかった。
 
 
「綾波レイ」
 
 
明らかに殊勝さの欠片もない口調で水上左眼が呼びかけてきた。前言撤回する、と顔にかいてあった。やはり目は口ほどにものを言う、とはよくいったものだ。
 
 
「女に二言はない、というのが座右の銘だったのだが、返上するしかないようだ。
すまない。綾波レイ」
 
ここで頭も下げてきた。つむじが見えたが、何を言い出すのかは分からない。
 
やはり、この間す巻きにされた恨みがムクムクと湧いてきたから三人ともまとめて死んでくれ、とか言い出すかも知れない。人格破綻もいいとこの言い草だが、あり得る。
 
 
「どうしても、確認したいことが出来た。思い出したというか、思いついた、というか。
昔からなぜか解けなかった、簡単な謎が、今とけてしまった。陳腐な表現だが、見えなくなって初めて、見えたものがあった。・・・・こんな言い回し、何千回何万回も使われてきたんだろうな・・・・それなのに、使うのはなかなか快いんだ。不思議なものだな」
 
 
「それで?」
 
一人で感慨にふけるのは結構だが、結論を言ってもらいたい綾波レイであった。
細い身体に、力をいれた。そうせねば、再びこてん、と倒れそうなことを言い出す予感が。
そのための時間をくれたのかもしれないが。
 
 
「竜号機で地元に帰りたい。そこで確認しなければならないことがある。答え合わせに近いのかもしれないが・・・・・それを終えて、私がまだのうのうと生きていられるようであれば、首をはねてもらってかまわない。おそらく、ここに戻ることはないだろうから、介錯は同行後、あちらで、ということになるが」
 
 
当たった。
 
力をいれて備えていなければ、血圧があがりすぎて額の青筋のあたりからピューと噴き出していたかもしれない・・・・。
 
 
ふ・ら・じゃ・い・る
 
 
じゃない、壊れかけるところだった
 
 
ふ・ざ・け・る・な・
 
 
であった。なんだこの王蠱並の虫の良さは。それも大海嘯なみ。
 
 
 
なめとんかこのアマ!ぼけかすくうきらっぱ!!
 
 
・・・、と鈴原トウジなら怒りのあまり言ってしまいそうだ。同じ関西でも神戸文化圏ではそこまでよう口にしないが。そこまで言われても仕方があるまい・・・
 
 
後半部分はまあ、よしとしよう。首はね族じゃあるまいし、そこまで首がはねたいわけではない・・・・鈴原トウジと洞木ヒカリのこちらを見る目の色がなにか違う気もするが・・・・ともあれ、問題は前半だ。そんなことが出来るわけがない!。というか、してもらっては困るし、されてたまるか!!というところだ。ナントカに刃物どころではない。
 
だいたい、思わせぶりな話も最後まで聞いていないのだ。ここに長期潜伏する気はないらしいのは結構だが。
 
 
「力を貸してもらいたい。シンジ殿にまた案内を頼めれば、それが一番いいんだが」
 
 
それで手打ちにしようじゃないか、という馴れ馴れしさもない。こちらがそれを受けるものだと決めてかかっている物言いだった。虫の良さと頭の悪さは別にセットというわけではないのだが・・・・・その点がひっかかって、すぐさま反撃に移れない。この女が求めれば、碇シンジが案内としてまた現れるのか・・・もし、そうであるなら・・・・そんなことも考えていたから。しかしながら、
 
 
「まあ、サービスのようなものだから、やりたくなければもちろん構わない。時間も遅いことでもある、私一人で行かせてもらおう」
 
 
・・・こういう聞き捨てならないことを言うほど調子に乗っているのだとすれば・・・・
 
綾波レイの赤信号が発光し始める・・・・・
サービスすれば全て許されると思ったら大間違いだ・・・サービスが正義だと思ったら
 
 
「!すっんません!、サービスっちゅうのは、どういう意味でっか?」
 
攻勢に移ろうとしたところでギリで間に合った鈴原トウジに抑えられた。
間合いと呼吸が、うまく乱された。
 
その妙の入りに感心したように水上左眼は
 
 
「報酬に対しての代価を多めに払おう、ということだ。鈴原トウジ君。君たち、というか、綾波レイが、ネルフ内の立場を利用してなんらかの便宜を図ってくれるなら・・・・」
 
 
そんなもの、図るわけがないじゃん。と、内心で横浜風に答えたところ、それを見透かしたように
 
 
「私も、竜号機を使って、霧島マナを救うとしよう・・・なんらかの苦境に陥っているらしい孤独な少女を、な・・・・間に合うかどうかは・・・誰かが知っているのだろうけれど」
 
 
「「えっ!?」」
 
サービスというよりは取引だろう。が、この女にとっては子供向けのサービスであるらしい。世の中と第三新東京市とネルフなめんとんか、といったところだが・・・・そういう人生を送ってきたせいか、虚勢に聞こえない。無理なく本気でやるようだ。自分を凍らせた少女を救う、という点もサービスに含まれているのか、それが主か、分からないが。
赤信号をひっこめて、ふたりを見る。
 
 
そろって驚いたあとの、鈴原トウジ、洞木ヒカリの立ち位置。
 
もう走り出す気配に満ちている。どこに行けばいいのかも知らないのに。彼女が
使徒使いであろうと、(それがどういうことなのか理解も及ばないことがあるにせよ)
 
 
彼女の元にいかないのなら、自分のところにも、来なかっただろう
 
 
ほとんど答えが出たようなものだ。出させた、といってもよいが。口がまわる以上に耳もいいのか・・・というより、竜とここまで繋がっている女だ。通信を途中で拾うことなど調子が戻ればわけもないのかもしれない。
 
 
・・・・・一体どうなっているのか、あまりに目まぐるしい夜だ。
 
のんびり夜歩きも楽しめない。まあ、副司令が誘拐されてる時点で重警戒でアレな夜ではある。
 
 
「冬月副司令は彼女の保護者だ。文字通りのな。君たちチルドレン、エヴァのパイロットをガードする体制も彼女には適用されない。存在自体、無いものとし続けなければならない。そのため影から役割を果たしていたのだろうが・・・まあ、それ以外の怪しい付き合いはなかった、と思いたい・・・・が、ドクターなら大丈夫だろう・・・ひーふーみーで、人格的にも年齢的にも信用していいだろう・・・その不在を、保護する後ろ盾がいなくなれば、貴重な雛鳥はすぐさま奪われることになる・・・・・うまく隠したつもりでも、衆人環視の中でああも”司どれば”・・・分かる・・・そのあたりのこらえ性のなさが世間知らずの子供なのだろうが・・・・・自分にどれくらいの栄養が秘められているのか・・・分かっていないんだね。老人や大人はそれが欲しくて欲しくてたまらなくなる時があるんだ」
 
 
さきほどの吹雪どころではない、極点「零」の夜のよう。
 
これで怖じ気づくな、というほうが無理な。それに慣れている綾波レイは「それだと救い出した後に、あなたが奪っていくかもしれない」くらいのことを言い返す余裕はあるが。
 
 
「霧島も、ここに・・・・この街にまだおったんですか?今は、どこに」
 
顔が赤いのは霜焼けのせいではあるまい。鈴原トウジのその血が赤く燃えているせいか。
それとも、他の台詞を許しそうにない洞木ヒカリの目の輝きのためか。
 
 
「正確な住所は知らないが、私のところに質問に来ていたくらいだからね・・・・その質問はまだ続く予定だった・・・途中で放り出す形になってしまって申し訳なく思っていたところだよ。異状を察知して離れもしただろうが、彼女のような立場で、身を寄せるところなど・・・・・そうはない。なにせ、ここは東の鎧の都・・・・・使徒殲滅用武装要塞都市・第三新東京市なのだから・・・・」
 
 
それを言うなら、あんたの地元も相当なものじゃないの、とは指摘しない綾波レイ。
 
 
「見えているの・・・・?」
 
時間がないと言っておきながら、しかも知っている誰かというのは明らかに自分のことで。
取引であるなら、明確な返答をしてやらねばならんのか、と思いながらも基本的に実務的に出来ている綾波レイが実務作業的なことをたずねる。代表者としてはあまりよくない態度であった。しかも、端的という以上に短い。
 
 
「竜号機から見えるものは私にも見える。・・・・この場合はこういった方が分かりやすいかな。竜が読み取れるものは、私の頭に入ってくる、と。大体の状況、戦況といった方が早いなこれは・・・、把握は出来ている。いい感じに混乱してるねえ・・・・」
 
 
どう見ても横からお宝をかっさらおうとする海賊の笑みだった。義もなにもない。
 
冬月コウゾウ副司令不在の間に好き放題やろうと考えているのは・・・・
 
これはもう組織の体を成していない。腐食の王が巡障しているごとく。
 
己らの欲望のまま蠢動するその有様は。まさしく、ソドラとゴドムに焼き尽くされ凍結されるに相応しい・・・・その双璧は
 
 
ル・ベルゼなる司令は零号機の脚部に取り憑いた「ロンギヌスの槍」を引き剥がそうと、元の槍に戻すべく、非科学極まる儀式を開始していた。原理は不明だが効果を発揮しつつある。
 
 
ル課のヘルメなる諜報の異能部署の長は、渚カヲルと碇シンジがこの都市と第二支部にかけた「大魔術」を解析逆流、解呪吸収するべく奮闘努力している。
 
 
それらの行為が”何を意味するもの”か、百も承知で力あるものたちは行ったに違いなし。
 
 
このためにエヴァのケージ周辺と旧第二支部のスタッフが支える領域は、文字通りの血の池地獄になっていた。とても子供に見せられも聞かせられもしない阿鼻叫喚。
 
 
我富市由ナンゴクは冬月コウゾウは死亡したものとして、副司令の座を射止めるべく、日本政府とも密約しつつ外部から駒を借り受けて本部内施設の制圧に取り掛かっていた。
 
 
座目楽シュノは危篤状態、エッカ・チャチャボールもあまりの混沌色具合に辟易して、アレクセイ・シロパトキンも火薬状況の専門家であるだけに介入を諦観している。現地にいればまだ仕切り直しも出来るだろうが、あまりに遠い場所から作戦家として声をあげても。
 
 
内部がズタズタのところを、これを好機として奥に隠れていた霧島マナを狙いに来る輩と諜報部との戦闘・・・・かなり激しい。おそらく、使徒使いの存在を知る者たちが抹殺なり拉致するなりの最高最後の好機として最大最強の戦力を投入してきたためだろう。防衛側はかなり旗色が悪い。あるはずがない領域の警備など配置可能人員数から逆算するとかなりの奮闘ではあるのだが。霧島マナ自身が己の身を徹底して守る覚悟がない以上、どうにもなるまい。
 
 
そして、それは何を意味するか・・・・・・分からぬほど彼女も子供でもない。
 
 
それをやってしまえば、”霧島マナ”は今夜、消滅するしかない。
 
 
もう一つの呼び名を襲い。
 
 
まあ、実際のところ、これは派手な斬撃をやらかして施設を破壊して混乱を引き起こした自分にも責任がないわけではない。目撃者から証拠から何から何まで竜で叩き潰して燃やし尽くすしかない・・・・・彼女とは、いわば規格外仲間、といえなくもない・・・・
 
 
まともな、常識ある、一般市民の味方といってもいいかもしれない通常ネルフ職員たちは必死で頑張っている。この混乱をなんとか堪えて切り抜けていこうとしているが、いかんせん指示役がいないときている。恐慌に陥らないだけでも大したものといえるが。
 
 
苦しい。苦しいだろう・・・・正しく今、彼らが主役なのだろうが、その勇者の苦しさは。
 
 
一方、そんな苦しさを涼しい顔でスルーしている科学者もいることはいる。
 
赤木リツコ。この混乱を柱となって支えられる可能性のある、賢者。
 
しかしながら、自分の研究室に籠もって事態の収拾に動く気配は一切ない。
・・・現実問題、適正なガードがいなければ、こんな修羅場、頭脳派がいっても瞬殺される可能性も高いわけだが・・・・・ソロバン弾けばまさに。しかしなー、とも思うが。
 
 
誰が、このグダグダを解決するか・・・・・・・
 
 
スーパー名高いコンピューター、マギも、その結論を出していないようだ。
問題設定がちと無茶ぶりすぎるだろうか・・・・
 
 
シオヒトの設定したアンチガウマータの残留部分からマギに侵入して情報を頂いている、などということはいちいち青少年に説明しない。教育にも悪いから、と地方の支配者として若年層への教育にも力をいれていたりもする水上左眼の内心などしるよしもなし。
 
 
 
「どうする?綾波レイ。決断は早い方がいいと思うが」
 
 
そちらがどんな決断をしようが、こっちのやることは変わらないんだけどなー、と顔にかいてあった。どんな回心があったのか、えらく元気を取り戻している・・・それが目的であったのなら、案内人は確かに小面憎いほどに果たしているといえる。ベクトルが変化しただけでこちらの負担には変わりないのがまた。腹など決まっているというのだ。
 
 
どこかの誰かさんと違って明らかな敵対行動をとられたわけでもない・・・・・
霧島マナを救助しない、という選択はあり得ない。多少、正体不明だろうが・・・・
あの声の低温は確かに、自分の耳で感じたもので。
偽られようと・・・・・・納得も、出来る。公開、という選択自体が存在しない。
冬月副司令が保護、事実隠匿していたのも無理からぬことだろう。
 
 
水上左眼が求める代価とは、市内における”手間のない通行”だろう。
実力で押し通ることも出来るのだろうが、確実に余計な手間がかかる。
エヴァで戦闘するわけではないので、戦力と数えられても困るものがある。
 
霧島マナと水上左眼の機体、竜号機はおそらく近くにいる。
 
遠距離からそんな真似が可能かどうか、というより、いくらなんでもそんな都合のいい隠し場所隠れ場所がそうおいそれとあるわけではない、ということだ。
 
あればあったで真っ先に探索される。
 
消去法ではあるが。あれだけ碇シンジに固執している感じの霧島マナが、水上左眼を連れ出して案内する際に彼の気配を察知できなかった、というのは・・・・
 
 
 
「でも、本当に信じられるかどうか、分からないよ・・・・綾波さん」
 
言い切ったのは洞木ヒカリ。大きくはないがその声の強さに思考も切断される。
 
鈴原トウジも「エー!?二人三脚ブレーキかいな!」と首をまわしている。
 
 
「ほお」
 
面白そうに水上左眼もそちらを見る。綾波レイが決断し終えているのは見抜いていたが、意外なところでストップがかかった。またしても、なのだが、再びにても新鮮だった。
 
 
「霧島さんと話をしたわけじゃないから、余計なことかもしれないけど・・・・・鵜呑みにしてはダメだと思うの」
 
口と顔に出さないだけで、それなりに咀嚼はしているのだけど・・・・・と、やはりまた言えない綾波レイである。素人さんはだまっていなさい、という場面なのだろうが・・・
 
 
確かに、基本的に考えるなら、さっさと本部に連絡して捕獲してもらうのが一番いい人物ではある。(実際的ではないわけだが)むしろ、そうしなかったことが後日ばれれば、相応以上のペナルティがあの蠅モノリスから下されるだろう。べつだん、洞木ヒカリもそれを心配しているわけでもないのだろうが・・・・・・・・ぱっくんと鵜呑みしてるように見えるのだろうか・・・
 
 
「いや、綾波もこんな顔して腹の中で熟慮の上で、なあ?」
腹の中で熟慮、というのは鵜呑み丸呑みとどう違うのか・・・・同意せよ、というのか鈴原トウジは
 
 
「・・・・第三者的立場でいうなら、洞木嬢の言うとおりだ。怪しい人間のいうことを疑いもせずにまともに聞くと、ろくな事にならない。霧島マナに不思議な力がある、という話からしてただのホラなのかもしれない・・・そうだとすれば、彼女に迫る危険などそもそも存在しなくなる」
 
竜が戻りさえすればいい女は、急がない。急がねばならぬのはこちらの方だ。
 
真実か嘘か、確かめるには竜の隠されている場所にいかねばならず、その場所を逆探知できるのはこの女だけ。”案内人”を呼べればいいが・・・・・
 
 
 
「シンジめ・・・・・・」
 
鈴原トウジがぼそり、とその名を呟いた。ウインタームーンな副司令によるさまざまな感情が混じり合いそして一条の流れ星のように男の人生ブレンドされた”あの呟き”と非常によく似ていた。綾波レイと水上左眼が一瞬、あれ?と思ったくらいに。
 
そして、それを因果の国の鏡に映したようなのが
 
 
「綾波さん・・・・・・」
 
 
実際問題、決めるのは自分一人。その責めを負うのも。それが分かっているから洞木ヒカリも油を注ぐより水を差したのだろうが、その分、時間と速度を失ったのも事実。虎の穴に入らねば虎児を得られぬわけだが、自分の巣穴に竜を放り込まれた場合はどうするか・・・・・古人の知恵も示してくれない。なんの保証もなく、こんな相手の言を信じるべきでは、ない。理性で判断するなら、そうだ。立て続けに異常時が起きようと。
・・・・惑わされるか。惑わされるな。目をつむろうと、天恵は降ってこない。
 
 
 
「さて、どうするか。まあ、すぐに決めてくれるだろうから・・・・ここから先は、単なる雑談のようなものなんだけどね、洞木さん鈴原君」
 
 
それから、いきなり村八分にされた。自分の家なのに。なにそれ?
 
 
「は?」
「はい?」
呼ばれて返事をすると吸いこまれるひょうたんを持っているわけではないから。ないのに。
 
 
「ふたりとも、妹さんがいたのかな」
しかも、ほんとになんだかアットホームな話題を出してきた。そんなの無視、決めねば。
 
 
「・・・はあ、おりますけど」
「います・・・・ノゾミっていうんですけど」
現在進行形です、などと不要なことは言わないふたりの妹持ち。しかもかわいい。
 
 
「兄や姉の立場からすると・・・・どうなんだろう・・・・?言うことを壱から十まで全く聞かなかった妹というのは・・・・当然、だめだめだろうな・・・・」
 
聞いておきながらてめえで結論を出すあたりが雑談なのだろう。
 
「まあ、それは・・・・正直、だめだめでしょうなー・・・ホトケの顔も三度まで。あんまり度が過ぎとると妹とはいえ、ブン殴っとるかもしれません」
「こっちも通ってきた道だから・・・・っていうのもあるけど、100パーセント全く聞かない、のは、ねえ・・・・・もう、だめだめだと思います」
 
雑談なのに容赦がない兄貴と姉貴ふたり。大人でもなく子供でもなく、微妙なラインに微妙な問いを投げてみたのかもしれないが、そりゃだめだめだろう。切り口も綺麗な絶妙の答えなどかえってくるはずがない。妹などいないが断言する綾波レイである。
他人の家庭事情に聞き耳をたてている場合ではない。
 
「そうか・・・・・そうだなー・・・・・私にもそんな聞き分けのない妹がいたら膾にしてるかもしれないなあ・・・・あー、その前に、相手にもしなくなるか。見捨てるな・・・・・・」
 
 
自分ではじめといてどんどん落ちていく水上左眼。ふたりの返答がクリティカルすぎたのかもしれない。もう少し手加減されたものを想定していたのか・・・・急所をさっくりと
 
「いや、それはない」
「うん、それはない」
 
やっておきながら、ふたりそろって振る手で否否と。
 
「実際に妹がおったら、そんなことはいわへん」
「血は水より濃い、とか難しいことはいわない」
 
その息の合い具合は、妹いる組といない組とに完全にこの場を分かった。ふ、2対2・・
それなのに。水上左眼は
 
 
「私には実際に姉がいる。その経験から逆算するに・・・・・そんなことは」
 
そこでさらに姉の存在をアピールして分裂独立してしまった。また一人にもどった。
完全に絶対領域だ。こんなもの、混ざりようもない。親戚勝負なら負けないのに・・・
 
 
「かわいい妹やから!!」
「妹はかわいいから!!」
 
断言された。負けた。理屈も何もないが。負けた。説得力もなにもないはずなのに、納得してしまった。負けとしかいいようがない。・・・・あ、いや、聞いていないから負けてないはず。負けるはずがない。いや、それどころではなく、・・・・霧島マナは無事だろうか・・・・危険になったら碇くんが助けたりしないだろうか
 
 
「そうだなー・・・鈴原君と洞木さんの妹さんたちは、可愛くていい子なんだろうな」
水上左眼のコレも、別に負け惜しみなどではないのだろう。そうに違いない。雑談だし。
 
「ほーなんです!!」
「そうなんです!!」
 
「で、もしそれが弟だったら?」
 
「勝手にシカバネで!!」
「弟もかわいいから!!・・って鈴原!それ差別!」
 
「いや、兄のいうことを聞かんバカ弟のことなどしらんっっ!!知らぬわ!!」
「バカな弟!?うわ、それってもうすごくいいじゃないの!どうして鈴原!?」
「え?いや、実際問題バカやったら困るやないか?ええんか?ええのんか?」
「甘いわね、鈴原・・・・・もし、そのバカな弟さんが困った顔で、助けて兄者〜とか呼んできたらどうするの?」
「え?そ、そら・・・・ぐっ!・・・そ、そんな手にのってたまるか・・・たまるかい」
「なんて強情な・・・・・でも、そんな鈴原が・・・・・といいつつ、小声で兄者〜〜」
「ぬおっっ、なんたる吸引力・・・!!魂が、魂が引っ張られる・・・っしかし!待て」
「え?どうしたの?そこでいかない鈴原なんて鈴原じゃない!」
「この現代日本で!兄者〜〜とかホンマにいうやつがいてるかい!一人称が”オイラ”よりもさらにレアや!それは創られた、幻想の弟のイメージや!現実にはおらんっ!」
「いるよ?・・・三丁目の張飛さんちのヨクト君はお兄さんをそう呼んでるけど。それと、お芝居の演出家に一人称がおいらの人もいたけど」
 
こんな芸風だったかなー、それともふたりで新開発したのか・・・・相田君がこの場にいればどうコメントしただろうか・・・・どうでもよさそうなことに考えがそれるのは脳に酸素が足りないせいだろう・・・・深呼吸せねば・・・・・・すう・・・・
 
 
そのタイミングで、呼び鈴が鳴ったものだから。
 
 
「こほっ・・・・」
軽く、咳き込んだ綾波レイ。
 
 
「おっと・・・・来たかね」
このやり取りも単なる時間調整であったように、あっさり水上左眼は当然の顔をしていた。
 
 
ちょっと、ついていけない・・・・・にしてもこんな時に一体
セキュリティは警告を発していない。団地まで無傷でここまで来たことを意味する。
資格もなしに実力でそれをやったのだとしたら、手練れどころではない「侵入者」。
火織ナギサでもないだろう。こっちにも向こうにも用はないし。
 
誰か・・・・・・誰なのか・・・・
 
 
嵐の山荘、芝居の舞台であるまいに、ここで最後の結末が拝めるわけでもあるまいに。
この期に及んで郵便配達でもなし・・・・・いやはや
 
 
いきなり、(一部哀愁ただよう感じで)勇ましい幻聴が聞こえた。
 
 
あれは誰だ・・誰だ誰だ誰だ
 
裏切り者の名を受けて〜全てを捨てて戦う男〜
 
ロンゲアローは超音波、ロンゲイヤーは地獄耳、ロンゲウイングは空を飛び
 
ロンゲビームは熱光線!!
 
ロンゲの力を身につけた、正義のヒーロー・デビ夫人、じゃない。誰だっけ。
 
初めて知った人の愛〜、その優しさに目覚めた男〜
 
ロンゲチョップはパンチ力、ロンゲキックは破壊力、ロンゲアイなら透視力
 
ロンゲカッターは岩砕く!!
 
ロンゲの力を身につけた、正義のヒーロー・・・・・幻聴のクセにコール待ちらしいけど、覚えがない。誰だっけなあ・・・・
 
 
まさか・・・・・
 
 

 
 
 
「南」と魚が唱えた。
 
「無」と波が唱えた。
 
「妙」と蛸が唱えた。
 
「法」と波が唱えた。
 
「蓮」と海草が唱えた。
 
「華」と波が唱えた。
 
「経」と魚が唱えた。
 
 
「南」とフグが唱えた。
 
「無」とアコウが唱えた。
 
「阿」とホゴが唱えた。
 
「弥」とアマテが唱えた。
 
「陀」とギザミが唱えた。
 
「仏」とゲンチョウが唱えた。
 
 
「あ」と水上右眼が唱えた。
 
「あ」と水上右眼が唱えた。
 
「め」と水上右眼が唱えた。
 
「ん」と水上右眼が唱えた。
 
 
経や聖句にそんな力があるわけではないのだろうが、唱えられるごとにギリギリと閉じられていく海穴がある。名を竜城宮。傷ついた竜をべらぼーに早く流れる時の治癒力で超回復させてきた奇跡の場所である。妹である水上左眼の無敵竜伝説のタネ、トリックの源泉源流ともいえるそれを、今、水上右眼がその天秤才をもって閉鎖していた。
 
ちなみに、トラフグの産卵場所は尾道であり、アコウとかホゴとかいうのは魚の俗称であり別に聖人の名前だったりということはない。
 
周辺海域に住む海のものども全てに唱えさせる経の合唱に、善人も悪人も生者も死者も立ち入れぬ結界と化していた。一切の邪魔が入る恐れもなく水上右眼はここを閉じ終える・・・・・・・・
 
 
その前に
 
 
福音丸の巨大ハンドが飛んできて、海上に立つ水上右眼を捕らえた。そのまま持ち上げる。
 
 
”やめろやめてよやめてくださいやめるんだヤメテやめないと”
 
 
大人とも子供とも男とも女ともつかぬ・・・それらがいちどきに同じようなことをバラバラに言うためひどく聞き取りにくい・・・・肉団子状の重声。それが、福音丸の声だった。
 
 
”竜の竜が傷の竜が傷で傷が竜が戻った戻って傷の時直る治す癒せない傷が”
 
 
手を巻き戻すのではなく、海と波と結界を割り、自らその姿を現した。
 
福音丸、というのは現場監督役だった影使いが趣味丸出しでつけた「和名」だ。
そのセンスを「和」と呼んでいいのかは大いに疑問であったが
 
 
七本の腕をもつ、海神の仮面をかぶった観音・・・・・を模した顔をしているが、明らかに通常のエヴァシリーズと異なる点は、その「腹部」。大きく膨らんだ赤と青の輝きを内包して脈動する胎み腹。下半身は船・・・上半身との対応サイズでいえば軍艦といったところだが・・・世界中の女神だの人魚だののフィギュアヘッドを集めた挙げ句に逆さに吊ってあるあたりタイタニックを連想させる・・・恐竜戦車的バランスの悪さは、ここ竜尾道海域でなければ三秒で出港転覆間違い無しの代物であるが、もちろん航海用でも海戦用でもない。移動運用するようなものではないものが、ここに来た。エヴァ・ヘルタースケルター、エヴァ骨号機の操り手、水上右眼の目の前に。
 
 
その必要を認めたのか、なんらかの意思を発動させにきたのか・・・・・
 
 
「待ってたよ・・・・・いちいち探す時間もないから来てもらったけど、遅かったねえ」
 
どちらにせよ、水上右眼の思惑通り。都合が良かった。サシで話すには。
 
 
”・・・・・・・・・・・・・あなたはあんたはおまえはきさまはきみは・・・お姉様”
 
 
その重声にぼたぼたと滲み出るほど深く染み込んでいるのは、恨み。七人みさきの七乗ほどの。常人ならば聞くだけで心染められ一瞬で発狂間違い無しの分量であるが。
 
 
「あたしを姉呼ばわりしてもいいのは、うちのチャンバラ妹だけだよ・・・・とはいえ、なんかそそる響きではあるね・・・・・・伝統かな」
 
掴まれたまま苦笑する水上右眼に変わりなし。その目に反撃の意思もなく。
 
福音丸・・・・・その存在を妹の、竜の眼から隠匿するために、骨号機を隠れ蓑に使ってくれもした小癪な機体。水上右眼からしてみれば、それこそ恨みしかあるまいに。
 
 
「もう、やめにしないか・・・・・?今回の一件で、あのバカな妹もさすがに目を覚ますさ。まだ誰も現場を調べていない・・・・・・まだ、間に合う」
 
 
”なにを、なにが?、なに!、なんでっ、なんの!、なんに!?・・・・・・・”
 
 
重声がグラグラと揺らいだ。分かりやすい動揺。七つの腕の機体に宿るのが亡霊や怨霊ではなく、現世に生きる人間である証拠。そして、今、相手がサポートを失った状態であることを水上右眼は見て取った。碇のおやじさんが上手くやったのか、それとも他の何者か。
 
ともあれ、サポートが万全の状態ならば、問答無用で握りつぶされて海の底に沈められていただろう。相手は今、迷っている・・・・・こっちの言葉を求めている・・・・
そこが付け目だ。
 
 
おそらく、その存在は祝福されるべきなのだろう。自分たちの古い住処を押し潰そうが。
正義や大義ということでいえば、向こうに分がある。こちらはどこまでも家無しの海妖だ。
書面上データ上では存在していないのはこちらだ。明るい光はあちらに差すだろう。
自分たち姉妹が「間違ったなりに」積み上げてきたものを吸い上げて成長してきた寄生体。
ここでなければその存在は・・・・あまりにも難易度が高すぎた。
この海でようやく、適度にぬるくなれる。なんとも怪しい産湯だが。
 
 
エヴァ・マリア・・・・・正式名称ではこれが正しい。・・・・が、現場監督風情が、聖母にして生神女たるマリアの名を、「マル」で略してしまうあたり、扱いも分かろうというものだ。もう一つの呼び名の方が、現実に、事実に添っている。
 
エヴァ・オルドとかいう身も蓋もない二つ名もつけられてもいる。オルドのOをそのままマル、と呼んだ・・・という説もある。いずれにせよ胸が悪いのでどうでもいいが。
 
聖母というより幻母といった方が相応しい。シオヒトあたりはもっと露骨に七人工場などと呼んでいたが・・・・・材料は、死者の復活を望む人間の魂・・・・オカルトのようだが、それを使用した折に最も成功率が高くなる。もし人間の魂が定数であるなら人間の誕生は死者の復活に他ならない・・・わけだが、輪廻のカラクリなど人間の手に負えない。
単なる経験則、そして、神ではないが深く巨大な手が、この実験を弄っただけのこと。
 
 
エヴァの中枢パーツ「死海核」をその肉体器官から「産み出す」エヴァ・・・・
 
 
いわば量産機を造り出すマザーマシンとしての「量産化機」。唯一の神の子を産むことなど期待されていない。単に巨人の兵士をポロポロと誕生させることを望まれた
 
 
エヴァンゲリオン新世生機・・・・・・・・
 
 
こうしてみると、まだ”福音丸”の方が趣があったかもしれない・・・・・
 
 
その製造が天文学的に困難な核パーツを、こいつがここにやってきてポコポコ産むことに成功したものだから、目をつけられたのだ。要因はさまざまだが、結果が出てしまった。
 
 
それだけならば、まだ住人の残る目もあっただろうが・・・・・
この大成功に気を良くしたバカどもはさらなる禁忌に手を出した。
 
 
「コア」と呼ばれる、使徒の中枢パーツの製造だ。
 
 
ちょうどよい「見本」があることを、誰が思いついたのか。
 
 
こうなれば、もはや隠れ里であろうがなんであろうが、世界を我がものだと思っている連中が囲い込みに来るのは当然の道理だった。23世紀くらいになればこんなことも解消されていればいいのだが・・・・今世紀中はムリだろう、おそらく。
 
 
「な?チャンバラ妹が戻ってくるのを一緒に待とう。それっくらいの才覚はあるさ・・・そうでなかったらとっくの昔にくたばってる。今度もちょっと長くなったけど・・・・・大丈夫さ。なあ、ミカリちゃんよ」
 
 
おもえばジャイアニズム全開であった手加減というものを知らない武闘妹に素直に付き従ってくれた唯一人のスネオポジションのスネ子ちゃんに、水上右眼は万感の思いを込めて呼びかけた。
 
 
「うそだ!!!!」
 
 
のだが、海を裂くような勢いで否定された。