あまり、胃は痛まなかった。その代わり、
 
 
今夜だけで、何ミリ後退しただろう・・・・・自分の額は・・・・頭部戦線は
 
 
そんなことを考える日向マコトであった。葛城さんはこの心配はなかっただろうけど。
 
 
いろいろと、修羅場であった。つまり、神も仏もいない。
いるのはマッドで自分のことしか考えない悪い魔法使いだけ。
 
 
どうしてこうなったのか。いつからこうなったのか。
 
 
考えても仕方がないが。見る人間からしてみれば、自分もそっちのテリトリーにいれられているかも知れないし。また細かく分類するなら、自分はそちらからも仲間はずれにされそうだけれど。
 
 
木に登っている動物や鳥の声が聞ける、というのは。
 
 
日本昔話の領域であり、脇役というか、おじいさん役のスキルであろうし。もしくは純真な幼児か。自然と同調しながら生きていくだけ、ならそれはそれで素晴らしいし、早くそんな生活を送れるようになりたいものだが。実際は、それを最大限活かせる仕掛けなどをつくってしまう。
 
 
朝、昼における鳥やリスの世話はもちろんのこと。街中での”入り組んだ案件用に”使いでのいいように頭のいいサルに忍者のスキルを仕込んだり、思わずのめりこんで「なんで警察サルってのはいないのかなあ・・・海猿はいるのに」などと呟いてみたり、当然、夜もかかせないので、フクロウやモモンガやムササビなども世話することになる。珍しい蛇なども。保護条約的にまずかったかもしれないが、そこらはネルフの特権を使って目を瞑ってもらった。が。
 
 
自腹である。さすがにえさ代の予算までつけられなかった。現在の立場をもってすれば、そのようなことは簡単にできるが、やらなかった。あくまで「日向マコトが趣味で」面倒をみている、のだから。
 
 
この能力を知っているのは葛城ミサトだけで。しかも、信じているかかなり怪しい・・・というか、ピュアな心がないせいか、ほとんど信じていない。というか暴力を持ってもみ消しにかかられたことさえある・・・理不尽な記憶だ。
 
 
組織内で公にできるはずがない。現体制下であればカミングアウトの大きなチャンスであったかもしれないが、そのつもりもなかったし、あの蠅司令にどこか別の部署に配属されそうだった。切り札を温存する意味合いもあることはあるが、今でさえ「アニマル日向」とか「ハリー日向」とか「日向ムツゴロウ」とか「庭師キング日向」とかいう生暖かいあだ名がつけられているのだ。
 
 
だが、この魔法やら魔術やらというにはあまりにもささやかなこの能力が、銃弾のように殺気だち行き交う人声や麻痺雲のように機械端末が吹きつけてくる現状データ群の騒乱の中、密かに、伝えてくることが、深度6レベルで揺れる精神の足場をなんとか補強してくれる。そうでなければ、さすがに崩れてしまっていたかもしれない・・・・。
 
 
それほどまでに現状はひどい。ひどさの見本市でもやっているのかとセルフつっこみしたくなるほどにひどい。組織が崩壊する日というのはこんなものかもしれない。
 
 
冬月副司令の偉大さが身にしみて分かるというものだ。司令がいなくなってもなんとかやっていた事実を考えてみるに。あの蠅司令がいても何の役にも立たないどころかてめえで大火事起こすような真似をするときているし。トップが腐れば組織は腐るというが、これまでなんとか保ってきたところをみると、組織はやはりナンバー2で決まる。
 
 
冬月副司令は生きている、らしい。
 
白いフクロウが見ていた。黒いスーパーサイヤ人のような男が副司令らしい人物を背負って綾波レイの住む幽霊マンモス団地まで運んでいったことを。台車でもう一人、人間だかマネキンだかも運んでいたとか・・・・・途中、何度か襲撃があったらしいが、容赦なく蹴散らしていくその有様は、子連れ狼、いやさ介護狼、というべきか。高齢者向けウルフガイというか。誰だか知らないが苦労な人物だ。出来れば、こんな混乱時、味方であって欲しいが。単なる誘拐犯のリレーという可能性もあるわけで。
 
 
オフィシャルな方法で確認したわけではないので、発令所から本部全域に通達してしまうわけにもいかないのが辛い。したらしたで沈静化するとは限らず、それがどう化学反応してドカンと爆発するか分かったものではないような厄介な状況だ。
あ、また額が何ミリか・・・逝った感触が・・・・
 
 
なんといっても面倒なのは、指揮命令系統がグチャグチャだということだ。
碇司令の時には考えられないような有様であるが、事実現状そうなっている。
 
 
蠅司令が副司令の生死も確認せずその不在を狙い、ここぞとばかりに零号機と、融合した「槍」の剥離分離作業にとりかかったことだ。まともでない、というだけ無駄だろう。
 
そのためにあの蠅モノリスはここにいるのだから。そのためだけに。つまり、己の仕事を今こそやっている、といえなくもない。本人に「特務機関の総司令」たる自覚もなかろうし。そんなのを司令職に据えた者こそ責めるべきだが、意味もない。
 
 
だが、最低限、そんな怪しげな術式など、やるにしても他の部署の迷惑にならぬように取り計らうのが常識であろうが、そんなことも無視される。どころか、それを最優先最上級の主としてそれ以外の事象は全て副次にしてしまい、本部施設をほぼ休業状態にしてしまった。魔法使いだか妖術師にそもそも日本世間の常識を期待するのが間違っているとはいえ。・・・・・業界内の仁義くらいは弁えていて欲しいのだ。
 
 
儀式的な理由があるのか、単に煩わしいのか邪魔が入る余地を消したいだけなのか、
本部内の科学設備の一時休眠、生命維持に支障が生じない程度まで、機能を停止せい、と命じてきたのだ。早い話が大規模停電をなんの事前計画もなく、いきなしやれと。やると。
 
 
自分たちがつかうのは電気ならぬ伝奇だけだからって、調子にのりやがって・・・・・・
 
 
と、いえたらどれほどこの額フロントラインも墨守できていたか・・・・。
 
 
たとえ蠅であろうとモノリスだろうと、司令は司令なのだ。
 
 
分離作業中に零号機の電源が生きたままだと、暴走の危険性があるので完全にカットする必要がある。これは作業者施術者の安全確保のためのやむない処置である、とかなんとか言ってくる知恵くらいはこれまでの本部生活でつけてきたらしい。ではその周辺だけで構わないでしょう、というておるのに、いやだめだ、本部施設全域において電力をパワーダウンせよというご命令だ。零号機ケージなど電力完全カットどころか物理的断線までやって完全にシールするという。そうなるとおいそれと復旧も出来ない。使徒が来たらどうすんだ・・・!と言い返そうとしたがやめておいた。存在意義や目的意識がそもそも異なるのだ。洞窟暮らしで夜目も利くル氏の連中は照明も空調もなくてもまるで困らないときている。困難な仕事であるからコンディションを整えるため自分たちの馴染んだ環境にさせてもらう、と言われると。分かってはいたが、こうも露骨に顕わにされると・・・・・
 
カルチャーのクロスカウンターというか・・・・カルくない、重すぎる。重たすぎる。
 
平身低頭の末、発令所とマギ関連のセクションはパワーダウン低下を免れた。・・・・なんでこんなことで頭を下げねばならないのか・・・・・宮仕えは凄まじいなあ、と。
とはいえ、外部通信系をほぼ麻痺させられたのは辛い。侵入はないがこちらからの管理も行き届かなくなる。自分から籠の鳥、鉄の檻に入ったようなものだ。結界とはそもそもこうしたものだ、と言われれば返す言葉もないが。
 
 
そもそも肉体がこっちに来ていない蠅司令はとにかく、この湿気の国に実際に派遣もしくは島流しにされてきた者たちはいろいろとカルチャーショック、というかカルチャーショッキング!くらいの玉突き衝突があったにせよ、同じ人間、最近はそこそこうち解けて話せてきた、と感じていた矢先にこれだ。異臭騒ぎにボヤ騒ぎ施設の破壊備品の破損いろいろ言うに言われぬ面倒を引き起こしてもくれたが、防諜面での凄まじい働きは認めてもいた。そうでなければ、鈴原トウジと洞木ヒカリはとっくに日常生活を失っていただろう。
 
秘密を守護する点に関しては、これまでの諜報の常識もやはり通じないためか効果抜群、確かに頼れたのだが。槍に拘るのが蠅の一個人としての妄執なのかどうか知れぬが、この零号機の古傷を抉るがごとくの所業は(実際問題、あの牙呪のこともある)本部スタッフ、とりわけ整備の人間との決定的徹底的な断絶を生じることになるだろう。魔術は魔術、科学と共存共栄できるような代物ではないのだ。
 
 
副司令がいれば、なんとか抑えてくれただろうが・・・・そう、思いたい。
 
 
それとも単に月の巡りやら特殊な都合がついただけなのか、とにかくやるのだと。
その暴挙を表立って止められる役職がいないのだ。蠅司令もその点、完全無能でもない。
面倒な邪魔者がおらぬうちに事を進めるあたり、機を見るに敏だ。こんな時だけ対処が機敏なあたりもむかつくが。
 
 
魔法呪術に対して科学部門の旗頭として、赤木リツコ博士に立ってもらいたいところだが、またしてもケージに籠もって出てこない、ときている。なにか研究だが制作に没頭しているようだが、この集中ぶりも異常といえば異常だ。異常者に異常事態をどうにかできる道理もなく。
 
 
作戦部長連もこれまた・・・・・・・三人寄れば文殊の知恵、というより、船頭多くして船、どこにもいけないのパターンだ。掛け値無しの重病人、座目楽シュノは危篤状態で他者の心配をしている場合でもなく(いてもいられず最上アオイが現地の隔離島に飛んだ)、エッカ・チャチャボールは他で手がけている作戦が忙しいらしく「使徒戦でないなら、うちはしらんち」ときた。嫌味たらしく斬り込んでくるはずのシオヒト・セイバールーツが沈黙したままなのが不気味だが、その帳尻を合わせるように我富市由ナンゴクの動きがガツガツとギッシュに激しい。
 
独自の戦力を「国連のどこからか」調達してきて、「内部調査のため」本部内に入れるぞ、ときた。副司令冬月コウゾウの突如の行方不明に関連して、彼が特務機関ネルフを裏切り機密情報を持ち出して行方をくらました可能性があり、早急に事実の確認、機密保全を完璧に執り行う必要があり、そのために本部付きではない外部スタッフが必要でありその護衛もまた・・・とかなんとか。副司令不在の隙に機密を抜き取るついでに嘘か真の偽装工作、冬月コウゾウを組織人事的に抹殺した挙げ句に、後釜には己が就く、という筋書きなのだろうが・・・・冬月副司令がほんとに死亡していたら、そんなにまずい行動でもないのだけど・・・生きて戻れば凄絶な泥仕合が始まるのは間違いなく・・・にしても、過去の所業とあわせてこの肉食ダボハゼぶりはどうなのか。
 
 
まさに、身中のピラニア。蠅司令は例の如く、全く関知しない。放置だった。
 
 
「仕事だからやることはやるが・・・・・あのハゲオヤジも形式上とはいえてめえの陣地でよく毟れるもんだ・・・。味方にすると一番恐ろしいタイプだな。義理人情のカケラもねえ」「まさに混ぜなくても危険な、毒にしかならない人間化学兵器みたいなもんすね〜アセチレン・スカンクとでも。いや最臭兵器ゲーハーの野望とか」「遙か古のシューティングゲームみたいなタイトルだ。あー、弾幕張るのはオレたちなんだが」「軍人も上の方にいけば何故かああいうふうになっちまうんだよなあ・・まあ、組織内の椅子取りゲームにも勝てない奴が集団を守れるわけもないだが・・・にしても、ハゲタカ合戦というか」「今度は敵になって煮え湯を飲ませてやりたいですねえ〜」「ま、仕事だ仕事。おしゃべりはそこまでだ・・・」
 
 
作戦中の私語を、闇の中、賢い蛇が聞いていた。
 
 
裏切りの果実がどうのこうの、という神話くさい話でもない。単なる鳥と獣と魚の戯画だ。
 
戦自にJTフィールド発生器を横流しなどしといてなぜまだ部長職に止まれるのか、不思議でしょうがないが司令が蠅であるから、阿賀野カエデにおっ被せるような証拠不十分の偽装でそんな些事はどうでもいいのだろう。尤も、蠅でなく普通の人間の司令ならば我富市由部長もろとも阿賀野もやられていたわけだが・・・・・。
 
 
規模こそ違えどこの手の騒動のカタをつけるために現在、世界一豪華な牢獄にいるアレクセイ・ シロパトキンもなにをかいわんや、だろう。
張るべき体もないのだ。銃を撃つ腕もそこにない。つまり、役には立たない。
 
 
他人の不動、役立たずぶりを批評するくらいならば、己でどうにかすればいいのだが
その立場にもなければ、力もない。嘆くヒマすらなく、緊急にやるべきことがあった。
 
 
旧第二支部でのバラバラ事件。旧第二、という名称も今さらであるがそうとしかいいようがない。絞り込みの必要もなくピンポイントでそれは起こっていた。
 
 
否応もなく、繋ぎ役として関係の深かった自分がこれの担当になった。他の者に任せられない、ということもあった。奇怪で・・・これも科学では解明できそうもない問題であり。
 
 
旧第二支部に所属していた人間がつぎつぎと「バラバラ」になった。 現在進行形で「バラバラ」になっている。
 
・・・・・しかしながら、意識はきっちりと保ったままさほど痛みはないようで驚く程度で済んでいるらしいが、「かつて着地した時」に千切れた肉体部分が、”接着剤の粘着力が切れたかのように”バラバラ、と”とれてしまった”のだと。
 
全員がこんな時間まで起きて仕事していたわけではないが、素材開発やら生産やらで重要度と危険度の高い設備を使っていた者の手足がなんの予告も無しに「ぱらんっ」と胴体から離れて落っこちたとしたら・・・・・たとえ脳波コントロールの機材であろうがたまったものではない。大急ぎでフォローを入れないと、下手をすると連鎖爆発、プラントどころか研究エリアまるまる吹き飛ぶ恐れがあった。千切れた部分が手足の先くらいならまだしも、明らかにもう「思考もできない部分」が接着切れて床に落ちちゃったようなスタッフは・・・・。100万円もらっても入りたくない、リアルお化け屋敷だ。こんなものを発令所スタッフ全員に見せるわけにもいかなかった。
 
 
可能な限りの人数を絞って、出したくはないが出すしかない肝の据わった人員を送り出し、(「いってきます!こんなところでビビってられるかって」意外なことに先頭を切ってくれたのは、大井サツキだった。知識がある分、恐慌状態にあった医療系スタッフを引っ張って)仏でも観音でもない自分がメインでその阿鼻叫喚を見続けるしかない。蜘蛛よりも頼りなくか細い糸を垂らしながら。とれてしまった自分の左手を脇に挟んでエマージェンシー発生現場に駆けていく白衣のあるるかんを導き。カレー鍋星人のような姿になって完全にパニックになってあちこちやばいスイッチを押しまくろうとする女性スタッフをなだめたり。仮眠している途中で、たんころりん、と頭が首から離れてしまい、ちょうど積ん読本の山の隙間に入り込んでしまった頭部を探す手伝いをしたり。
 
 
バラバラ活人事件・・・・話だけ聞くと、星新一先生のショートショートみたいな感じであるが。きれいにオチがつくどころか、このまま「なりようになりました」「どうにもなりませんでした」といった現実まるまんまの結末を迎えそうだった。、まさか犯人は鉄のハートも恐怖に凍りつかせるバラバラマンでした、ということもあるまい。
 
 
奇跡の期限切れ、ということなのか・・・・・・
 
 
本当ならば、「あの時」全員、死亡していた。そうでなければ、おかしいほどの。衝撃。
事実、その身は千切られていたのだから。バラバラに。その道理を科学は説明出来ない。
 
 
しかし、宗教的に解釈しようとも、あの場所には神様はいなかった。いるはずがない。
結果を受け入れて生きるのが人生ならば。生き続けよう。生きていくしかない。
その感謝を誰に何に向けるべきか、いまひとつ不明でも。発し向けていればいつかは届く。
 
 
いままで生かされていたのが単なる大サービスで、そのサービス期間が終わったから、
 
 
・・・・・、と、諦め、勝手に納得しているところだった。
 
 
 
だが・・・・・・この耳が・・・・・
 
 
 
とんでもないことを、聞いたのだ。これもまた、人災であると。むしろ犯罪であると。
 
 
寿命のつきかけた蝉が。教えてくれた。
 
 
「アラン、あらん、もう溜まってしまいましたのよ!?。これで十三本目ですわ!。なんなんでしょう、このドッキンズッキュンすぎる充填速度は。枯れるどころかますます・・・・こんな東の島国でこんなに湧き出すなんて知らなかったですわ!?ヘルメの誘いで仕方なーく”汲み”に来たのですけど、来てよかったですわ〜近頃は、どこも老いて枯れてしまって・・・ここはほんとうに若者のようにドクドクと!この底無しの種馬感!すばらしいですわ〜・・・にしても、こんな量を何に使ってたのかしらん?ねえ、アランはご存じ?」
 
「人体の修復維持です、ね。このような大規模同時展開は古今に類を見ません、が。」
 
「あらん、では、こんなにわたくしたちが”汲んで”しまっては、修復維持されている者たちが困るのでは、ないかしら?治癒でも治療でもないのだから」
 
「既に、困っているようです、ね。バラバラ、と。捨てられた玩具の、ようです」
 
「あらん、それは大変。ひどいわ。かわいそう。このあたりで、やめておきましょうか、アラン」
 
「ワタクシは、止めません、よ。やめるのなら、ご自由、に。マナツノスピア、よ。”東の子供”などが、このように、”亞ソース””無ソース””理ソース””汰ソース”を十以上も専有するのは、迷惑で、あり、面白く、ない」
 
「こちらでは、光酒とか光脈とかいうようですけれど」
 
「見立ての違いです、ね。ワタクシは、認めません、が」
 
「あらん、血も流れていないクセに、なんで感情がまだ動いているのかしら」
 
「・・・チョウチョチョウ夫人は、もう、二十本汲んで、います、よ」
 
「あらん、あの方なら自分のお腹がはち切れても吸い尽くそうとするのでしょうね。この量ならホントに破裂しちゃうでしょうけど・・・・・イタズラされたカエルみたいに。その姿を見物もしたいですけど、わたくし、帰りますわ。アラン、ほんとにやめませんの?」
 
「こんな機会はもう、二度とないです、よ。止めません、よ」
 
「あらん、それは残念。それでは、御機嫌よう。どうか剣をもった天の獣に噛み殺されぬよう・・・・・聞いておりませんの?仕方のないアラン・・・・ねえ?そこにいらっしゃる短命な殿方、そう思いませんこと?」
 
 
蝉の声も、途切れた。
 
 
証拠などなく。
 
妄想だと言われれば、それまでの話だ。むしろ、妄想であって欲しいような。
そして、人員を送って確認するような度胸もない。咎める道理もない。
 
おそらく、こういった問答無用どころか問答禁止な中村主水的必殺事態を担当するのは蠅司令であり、その氏族配下の仕事なのだろうが、それが全員、槍儀式に集められている。
 
 
せっかく埋めた奇跡のタネをほじくって、てめえのものにしている連中がいる・・・・
 
 
タネを解剖して、その秘密を解明しようというのが科学的な態度であるなら。
目をまん丸にして傍観しかしなかった自分たちは魔術を楽しむ観客にすぎないのだろうが。
 
 
”汲む”だのと表現されていたが、実質、どういうものなのだか死んだ蝉にも自分にも分かりはしない。せめて分かるのは、ヘルメ、という名に聞き覚えがあるということだけ。
 
 
いつの間にか、ネルフの諜報部門を棺桶に落とし込んだ、と評される人物。
一度、息の根を止めておいて、その後、己の都合の良いように吹き還らせる怪人。
影から闇へ縫い止めて。最終的な主は公であるとした契約を破棄させて。うろぞろと。存在意義の内臓を食い荒らされて。迷わせこき使う。そんな手管を息を吸うように使う。
 
エヴァを稼働させるのが第一義の組織内にあって予算的に苦しい面も確かにあっただろうが、個人資金で潤沢に転がされ今や誰が手綱を引いているのかさっぱり不明な部門になってしまっていた。外部というか下界というか下々どもの情報を全く必要とせぬ蠅司令との関係が今ひとつ不明でどこまで従う気でいるのかも分からぬ気ままな部分が多々あったが。ここに至ってこういうことをしてくれるとは・・・・・何がしたいのか。単純に人体修復の奇跡の謎を解明したいのか。ならばよそから同業者を呼んでそれを自由に汲んでゆかせるというのは・・・・
この手の人物像にはそぐわない太っ腹ぶりであるが。
 
 
”邪魔がしたいのだ”
 
 
突如、頭の中に”声”が響いた。その衝撃のあまり、センチ単位で額が後退したかと!
 
 
”あの小僧の邪魔がしたいのだ。・・・理由は特にない”
 
 
ここで不用意に返信してはならないのは電子メールなどと同じである。知らんフリに限る。
こちらが気づいたとなると、向こうもこちらの位置を特定したりするのだ。つい内心で、
 
”理由がないのかよ!”とか指摘しそうになるが、ぐっと我慢する。こちらを釣る気だ。
 
”聞き耳を立てるのが上手い奴だな・・・・・しかも用心深い・・・使えそうだ・・・すぐに捕獲して道具にしてやる・・・・発令所内は、間違いないか・・・・”
 
 
そして、声は消えた。機械仕掛けの巨大人食いザメが悠々泳ぎ去っていったかのような。
 
 
恐怖は後から来た。脇の下の汗がドバッと。意識が一瞬飛んで、自分はすでにヅラだったから安心だね、などと現実逃避しそうになった。超やばい。しかも逆襲の手段はなくおまけに目の前の仕事の手も抜けないときている。・・・・・・逃げようがない。
 
 
さすがに、胃の痛みが来た。
 
ギリギリギリと、万力で締め上げられるような。胃が死んだかと。
 
 
「・・・・」
思わず出そうになる呻き声を噛み潰す。ここで吠え声をあげようと、状況は好転しない。
耐えて耐えて、それでも耐え抜く。だが、元の上司が葛城ミサトだったせいか、弱音の代わりにこんな言霊が噛んだ歯の間から漏れるのは止む無しか。
 
 
「・・・・・けんじゃない・・・・・っ!」