これでいいのか、果たして本当に
 
 
阿賀野カエデは苦悩していた。
 
 
堕ちる、というより感じるのは
 
 
隘路にはまり込んでいくような、自分の体のサイズがどんどんと締めつけられて、ちいさくなっていくような。より高いより優れた何かを求めるための身を削るような試行錯誤ではなく。光も闇もないただ行き止まりだと思っている先に進まねばならない、というのは。
 
 
ただ、命じられて。その通り。動くしかない己が。
 
 
不運を嘆いてそれで済むのならばいいけれど。
 
 
「吸い上げ作業急げ!上書きはあとでもいい!とにかく吸い上げ優先だ!優先順位を違えるな!とにかく今は量だ。質はあとでもいい解析なんぞあとでダボハゲにやらせとけ!」
「ノーチラス?いや、野散須カンタロー。この人物に関係するデータは特別ボーナスだそうだー。あー、欲しい奴はがんばってさがせー」
 
「あぶ、あぶっ、あぶぶぶ、A・BU・AB・EA・BI!!YA・B・A・!!あぶな、ぶなっ、ききききけん!すぐそこここくるうるう!」
 
「机上の筆圧スキャンよりゴミ箱書棚漁りをしっかりやりなさい!メモの類が大事なの!覚え書きの類からパーソナルは逆算できる!髪の毛皮膚より栞、紙片一枚見逃すな!」
「これが、噂に聞くマギの個人専用回線か・・・目が眩みそうだ・・・・まさに竜の眼アブラカタブラエロティカセブン・・・・千夜一夜は壱秒の夢、だ!ひゃっほー!!」
 
 
忙しく行き交う白と灰色の白衣軍装、所属不明の者たち。目の前で行われているのは冬月副司令失踪の調査などではなく、明らかに集団空き巣だった。重装備を持ちながらセコセコと急ぐあたり。それらの中央でボロボロの白衣を着た男が明らかに怪しい電波を受信しながら狂気系ダンスを踊っているのがよく分からないが・・・・
 
 
「シヌーレ副隊長!!そこの年代物っぽい金庫を解錠してもよろしいでありましょうか!」
「いまどきダイヤル式・・・本人の趣味の品とかそんな俗なものだろ時間の無駄だ」
「札束や金塊や宝石など、思わぬ報告外臨時収入に繋がる可能性もありますが!」
「まあ、あのハゲも金より名誉のクチだからいいか・・・・・よろしい、許可する」
 
 
騙された、とは思わない。分かってはいたのだ。今の自分の上司の仕事のやり方など。
ダボハゼならぬダボハゲ呼ばわりも同意してしまう。それに従う立場も同じなら。
 
 
 
「おい、次はこれを解除しろ」
 
 
軍人というよりはコンビニの店員にレジを開けさせる強盗だった。髪型がずいぶんと独特で・・・・なんというか、コウモリ型というかサリーちゃんのパパカットというか。この空き巣部隊のリーダー格の男だった。顔色が青い。もう一人は猛禽類のような女性だ。
 
 
「にしてもなんなんだこの「蠢く言語」は・・・・・見たことがないどころか、視覚認識した片っ端から忘れていく・・・記憶出来ないときている・・・記憶術には職業柄自信があったんだが・・・事前に教えられていなかったら、まあ信じてもいなかったが、どうにもならなかった。監視にもならないお前のような小娘をなんで寄越してきたのか、と思ったが」
 
 
大人しく従えば、撲たれることもない。先ほどのように。
 
 
副司令執務室などネルフ内の特に情報機密レベルの高い箇所で使用される電子機械は特殊な言語というか文字を使用している。元・オペレータ三羽ガラスのひとり、青葉シゲル先輩が提唱したセキュリティ対策だった。ユダロン、とかいうところに研修だか旅行だかに行った折りに思いついたとかいう話だったけれど・・・・持ち帰った、というのが正確なところだろう。隔絶、あまりにも異質すぎる言語体系は、完全に人を選んだ。オペレータでも習得できた者は五人もいない。普段使いは出来ない代物だが、情報を守る鍵としてはこれ以上のものはない。
が、鉄で出来ているわけではない人間は、かんたんに、回る。
曲がってはいないけれど、回ってしまう。時代よりも簡単に。生まれ変わって歩き出せてもこの場で倒れたくもない。
 
 
命じたのは、作戦部長の一人、我富市由ナンゴク。いつの間にか、直属の部下、ということにされてしまった。なんで私が、と思わぬ日はなかったが、この日この時のためか。
ひとくくりにされてはたまらないのだけど、周りの人たちの目も。つらかった。
 
 
逆らうのは簡単だが。この調子で我富市由部長が副司令に成り上がってしまったらどうなるか・・・・それに付随して自分の地位が上がることなどは全くないだろうが。今はまだ部長連、などと不安定な抜け駆け牽制の均衡状態ではあるが、それが決着つけば。
他の部長たちが動いた様子はない。動けない、というのが正しいのかも知れないが。
あのモノリス司令を支える構図、というのは全く想像出来ない。一日も保たないのではないかと思うが、その一日で自分たちに何をしてくるか、・・・・・ある程度は予想がつく。
仲間を守りたい、などとは言うまい。自分を守るためだ。今もやっているように。
 
 
 
ただ・・・・
 
 
これで、本当に、いいのか。
 
 
 
こんなのは。
 
 
 
冬月副司令もいい加減、嫌気が差して逃げてしまったのかも知れない。
だからといって、こんな風に執務室を空き巣に荒らされていいわけがない。
これまで最大限に耐えに耐えてきてくれた、と思う。よくも我慢してくれた、と。
裏切るタイミングなどとうに逸している。苦労に苦労を重ねて、死期を悟った象のように自ら墓場に向かったとか・・・・いや、もはやあの世で碇司令とお酒を酌み交わしていたりするのかもしれない・・・・・・
 
 
「・・・・これは、調査では、ないんですか・・・・」
 
命令とあれば、責任は命令者にある。という建前。もし、この場に別の空き巣なり強盗がやってくるなら、彼らはこの場所、陣地を守るべく、撃退に動くだろう。自分たちの仕事が終わるまでは。シオヒト部長などはやりそうだったけど、そこまで下品じゃなかったか。
 
 
「詳しい所属は言えないが、憲兵でもないんでな・・・・・・俺達は俺達の仕事を、お前はお前の仕事をするだけのことだ。そうだろ?全責任はあのハゲがとるだろうさ・・・・まあ、気が収まらないなら、大事な情報を運んで保存してよそで保管している、と解釈でもしろ。こういうもんは早い者勝ちだからな・・・・ああ、撲った責任は俺が取ってもいいが」
「すまないねえ、お嬢ちゃん。あたしたちももう少し余裕があれば、”それらしく”やってもいいんだけど、急いでるんだ。機動性だけが取り柄のあたしたちなんか比べものにならない”ヤバイ”のがやって来てる。それもいろいろとね。一種類だけならなんとか気をつければ避けられもするだろうけど・・・下手に出くわしたら皆殺し全殺し、間違い無し。その前にミッション完了して脱出しないとね・・・・なんというか、この施設全域に死相が出てるってのかね・・・・もうダメだよ。義理立てする値打ちもない。あたしたちも、あなたも、死にたくない、のは同じでしょ?協力、してくれるわよね」
 
 
確信の双璧。説得や交渉の余地などない。割り切り終えている。個別の変化はあるが、全体の結果は変わらない。仕事を頼む相手は確かに間違っていないあのハゲ部長は。
 
 
ほんとうに、行き止まりだ。誰も助けてくれない。こんなところに進んでしまった自分も悪いのだろうけど。正義といえるはずもないが、悪とも言い切れないところが厄介だ。人間活動の全ては悪事であるとかなんとか言われても、この袋小路感が解消されるわけもない。こんなところに来る前に逃げてしまえばよかったのだろうか・・・・。
 
「なるべく手間はかけたくない。お前がダメなら他を持ってくるだけのことだ」
 
「え?そこでそんな分かりやすい脅しをかけたら台無しじゃないの!!すぐ屈服しちゃうじゃないの!!ギリギリ最後まで耐えさせて、ダメになった後で教えるのが最高なのに!」
 
「お前の悪趣味に付き合う時間もない。リーダーのあの”受信具合”を見るに、最強レベルの危険度、調調官か狂粉官クラスが来てるのは間違いないんだろうが」
 
「ああ、そうだった。レーダー、いやさリーダーのあの暗黒テンテコの舞の激しさを見るに間違いないよ。久々のパールちゃんを目の前にしてちょいと・・ね。いやー、傷ついた貝にしか真珠は出来ないし。ま、そりゃいいか。それと・・・」
 
 
ソウルをハッキングされたような踊り狂う白衣のあの男がリーダーだったらしい。
・・・・いいのか?
 
あの踊りを読める方がよほど特殊スキルだとは思うが・・・・・戦場の危険気予想が出来るならそれは重宝されるだろう。あんな調子の狂気系でも。仕事は仕事、役割分担、か。
 
 
「そんなわけでな、時間がないんで暴力その他の手段に頼りたくない。割り切って頼む」
「そういうこと。上の言うことには黙って従う。それが刃物と銃弾の森でのサバイバル術」
 
 
これが仕事?
これが任務?
 
 
こんなのは・・・・・・・・・・・・・・・・・「・・・たまんないぜ」
 
 
だめだ、口に出てしまった。自分の領域はあくまで、”かよわい系”なのに!自覚のないまま、葛城さんとかに感化されていたのか。この銀河烈風のような物言いは。はにはに。
 
 
「なに・・・・・・?」
「へえ・・・・・・♪」
「あじすあべば!あじすあべば!!」
 
 
脅すというより確認され、楽しまれた。かなりまずい。ここで自分が逆ギレしても壱秒で撃ち殺された挙げ句に、他のオペレータが連れてこられる。必要な情報は相手は全て持っているから時間稼ぎなどほとんど意味はない。狂気系レーダーの言動もそうだろう。
 
 
「犯罪は職業じゃ、ないんですよ・・・・・・・だから、仕事でもない!」
 
 
しかし、口は動く。震えもせずに止まりもしない噛みもしない。断言してしまった。
 
 
「へえ、でも、あたしたちはこれでおまんま食べてるんだけどねええ・・・」
「見解の相違だな。どうでもいいが、目さえ一つ残っていればあとは、かまわんな?」
「端末の操作もあるかもしんない、両腕は残しておけば?」
 
「後悔したな」
 
こちらの翻意を促すこともせず、淡々とやることをやると。それもさっさと。
そういった作業に慣れきった手が、伸びる。
 
 
空き巣作業は一部中断。熱中しすぎている金庫破りと危険予報の狂い踊りだけが続けられて、突き刺す視線がまるで弁慶。ネルフの女性スタッフでも、わたしはか弱い系分類だったはずなのに・・・・・
 
 
思うが、もう遅い。
 
 
「するか!!よそ者が土足で踏み込んで、くんじゃないっっ!!」
 
 
とどのつまり、どうもその一点が気にくわなかったのはないか。この本音は。旧第二支部やら新入職員やら融合にかなりの苦しみを経てきたからこそ。か弱い系であっても、それほど除菌や無菌に拘る方でもない。たぶん、潔癖性でも。誤解しかされないモノの言い方であろうが、かまわない。誤解上等、ついでに言うてやるとする。
 
 
「よその業界の者が!こっちの業界に!口出し!するなっ!!この知ったげ空き巣野郎!!」
 
 
うーわー、言ってしまった。逝ったな、これは。
しかし、考えてみればこれはもう、利用するだけされてあとは投げ捨てポイか口封じに殺害されるしかないパターンだ。それなら言うだけ言ってやった方がいい。誰か仇をとってくれるかどうかは別として。
 
 
自分は”こっち側”の人間だ。崩れかけていようが乱れていようが腐りおちかけようが向こうの道理の方が数学的とかで整然として美しかったとしても。そんな、単一機能の世界には生きられない。自分たちは、ごしゃごちゃとした雑多な群れ、ネルフ村の一員だ。混ざり合うようにして繋がることを選んだ方だ。
 
 
それは確かで。確かに。使徒どころか、エヴァそのものにも立ちむかわねばならない子供の姿を見ていれば。そんな道理もへちまもなく無茶を背負わねばならぬ細い体をいとしく思うなら。ついでに啖呵の一つも切ってやらねばなるまい。
 
かよわい分類の自分がぺしゃんこに踏み殺されても、そー簡単にネルフが蹴り倒されるわけにもいかない。
 
「上の人間はこっちが思うほどにも下のことなんか考えてないんだがな・・・」
 
伸びた手が、拳に変わった。なんて分かりやすい肉体言語。こんなもの、鉄のハンマーとえらく違わないんだろう、な、と思ったところで
 
 
「あべべべべべ!!あべべれいじはあべゆうのだんな!!」
「やった!!金庫が開きました!!最初は手こずりましたが、ラストになるとスパートかかって・・うげぽっっ!!」
 
 
かつて聞いたこともない奇声があがった。リーダーの電波はもうスルーとして。
 
 
中によほど見てはいけない精神的にキッツイものが入っていたのかと思いきや、
ごろごろん!と重たいものが転がる音をBGMにして黒影が執務室を駆け抜けた!!
 
動体視力に自信があるほうではないけど、「まさか」の奇襲というか出現に空き巣部隊たちも一歩も動けなかったから、その影が「誰か」分からなかったとしても仕方がない!
少年マンガじゃあるまいし、銃弾より速いことはなかっただろうけど、
 
戦闘のプロの拳を真正面で受け止める、というのは・・・・いやはや、常人の仕事ではない。
 
 
これは・・・・誰だ?誰だ?誰だ?
この背中は誰なのか?
 
 
「阿賀野・・・・撲たれていたのか。もう少し早ければ・・・・・すまない」
 
 
黒い影ではもはやない、こちらを盾のように守る逞しい背中をもった男性だ。
なぜか、こちらを知ったような口をきく。助けてくれたのに、謝ってもくれる。知り合いだったかなー・・・・・覚えがないんですけど
 
 
「てめえらの・・・・・・・」
 
 
怒りに充ち満ちた、男性の声。聞き覚えがあるような・・・・ないような・・・
 
百戦錬磨の戦闘部隊の者たちが思わず、「ぬぬっ・・!!」後ずさるほどの威圧。
店で出されたら全ての女性客が卒倒しそうな「お待ちしておりました!!」的激情。
 
なんだこの時代劇の定番のような展開・・・・・。
一瞬、自分は騙されているのではないかと思った。ドッキリ?ドッキリかと!
 
だって、覚えがない。自分のためにこれほど怒ってくれて、なおかつこれほど世紀末の救世主っぽくて、そして・・・
 
 
「てめえらの・・・・・っ!」
 
 
こんな長い髪の毛が天まで届けとビンビン逆立ってそれでいてユラユラ揺れたりすると、なんかもう別個の生物を頭皮に飼っているようで、知り合いにいたら忘却不能のはず。
こんな「波動砲キューティクル」のひとは・・・・・ヤマト男児発進!というか。
いや、天をも焦がす漆黒の炎、とかファンタジー小説っぽく表現してもいいんですが。
頭の中に消しゴムをかけられても、忘れようがないこの強烈さというか、爆裂さで。
 
 
「てめえらのカニは、なにガニだああああ!!」
 
 
「たわば!!」
「たわば!!」「たわば!!」「たわば!!」「たわば!!」「たわば!!」
「たわば!!」「たわば!!」「たわば!!」「たわば!!」「たわば!!」
「まつば!!」「まつば!!」「まつば!!」「まつば!!」「まつば!!」
「わたり!!」「わたり!!」「わたり!!」
「しゃんはい!!」
「しゃんばい!!」
「すべすべまんじゅう!!」
 
 
訂正しよう。百烈だった。守られている身であれだが、ほんとに容赦ない。自己紹介すらせず相手にもさせずに、いきなり拳で語り叫ばせる。なぜカニ。分からない。たわばがにが多いのも。好きなのか。もしかしてこの男性は海底帝国かなにかの先兵だったりするかのか。けど、阿賀野って呼んだしなあ。
 
腐敗と自由の暴力コミュニケーションのまっただ中。ノーガール、ノークライ。
すすんで介入などできるわけもないする気もない。
 
 
「あべし!!」
 
「あべしはカニじゃねええええええっっっ!!」
 
 
男性も訂正入った。厳しい。情け容赦ない。でも、世の中広いからそんなカニもいるかもしれない。
 
 
「ひどい!!」
 
「ひでぶもカニじゃねええええええっっっっ!!」
 
 
確か、ひどい、と殴られた相手は素直に言ったような気もするが、スルーしよう。
日向さんみたいによけいなことを言って不幸を背負い込むのもたまらない、から。
 
 
 
「・・・これが、狂律粉砕官なのか。噂通りの狂乱破壊魔ぶりだ・・・・こりゃ、おさらばだね。行こう、リーダー」
 
容赦のなさは、男のみに発揮されるらしい。明らかに見た目でもアレなリーダーは別枠として。女性の副長は百烈拳から除外されていた。少年誌のヒーローじゃあるまいし、そんなの今時ありなのか、逃がしちゃうのかそれはあとあとまずいなと思っていたら
 
 
ばた、といきなり倒れた。
 
 
ころんだ、とかいうことではなく、それきり動かなくなったのだから、つまり・・・・
 
 
「ふーむ、こういう女がタイプなのか・・・・わざわざ見逃したところをみると」
「・・・・・・・・もしかして、踊っていた人の方かも」
「え?いや、そんなことはありませんよ?ないですって!イヤだなあ・・・ははは」
 
 
これまたいきなり現れた、としか思えない、金庫の前に隻眼の見知らぬ女性と・・・・・その隣には綾波レイ・・・・どちから、というか、隻眼の方がやったのだろう、と想像くらいは
 
 
「ええええ!?なんで?」
 
 
つくことはつくが、思わず声があがってしまうのはやもうえない。ハード神拳の権化のようだった男性がいきなりムコ養子みたいな態度に豹変したこともプラスすれば。
 
 
しかも、振り返った顔を見てみりゃ、青葉先輩ときているし。
 
怒りのオーラ(らしきもの)が抜けて髪の毛がへにゃりと普通に重力に従うようになれば、確かに青葉先輩だった。こんな特技があったのか・・・・顔の掘りとか筋肉とかもさっきは少し違っていたような・・・・まあいいけど。
 
 
「にしても、なんだこの連中。思わずぶちのめしてしまったが、いくらなんでも副司令執務室でこの狼藉で本部職員ってのは、ないよなあ。・・・・と、そうそう、急ぐんだった。
そんなわけで、阿賀野、後は頼む。適当に拘束監禁でもしといてくれ。目が覚めたら自分の悪事を反省文付きで全て白状したくなるツボを押しといたから。それじゃ、あ、そうそう、一応オレは北欧支部にいることになってるから、そういうことでよろしくな」
 
 
けど、そのバイオレンス神拳的物言いを考えると、ほんとうに同一人物だったのか・・・・・自信がなくなる。三人でさっさと行ってしまって・・・・情報交換くらいしましょうよ・・・オペレータとして。殺し屋兼ラーメン屋じゃないんだから。金庫の中から出てくるとか、これもまた泥棒チックではあるけど・・・・中を見てみると緊急脱出路だったようだ。
 
 
 
「さて、どうしましょうか・・・・」
 
気持ち的には、その金庫の奥に走り去ってしまいたいけれど。そうもいくまい。
責任が、ある。任された仕事があるから。自分がやらねば。
 
 
迷いが晴れたわけでは、全然ないのだけれど。やらねば。
そう思うと、なぜか、後ろ髪が、ふわっと浮き上がった。
静電気でもなかろうに。はて。なぜか、力も湧いてくる。
 
 
が、その時、デーモン軍団のようなタイミングで
 
 
”あー、モアン、聞こえるか。こちらマキムラ。侵入ルートの確保に成功、だ。・・・にしても、なんなんだこの廃墟のくせに念の入った防衛設備は・・・・すぐそこに目に見えてる団地まででいくら掛かったと思う?仕事が始まる前に三人退場ときてる。追加で予算もらわんとかなわんぜ・・・。目標の”エース”・・・見習いチルドレン、二軍みたいなもんだろ?話が違うぜ・・・・こっちの業界査定で子供ふたりがどれほどの金になるのか知らないが・・・・・終わった後で実は見積もりのケタを間違えてた、なんてことになってないように頼むぜ。そうだったらお前ら殺すけどな。ははは。じゃ、行ってくるぜ”
 
 
モアンという名前だったらしい倒された男副長のレシーバーから聞こえた通信が、その心の浮力を、消し潰す。
 
 
 
「・・・・・・・・・・どうしよう」
 
 
あのダボハゲの差し金なのか、それとも金欲しさか安全保障として彼らが独自に判断したのか。こんな状況下では何が起きてもおかしくないが、事実確認することすら恐ろしく、実際どうしようもない。綾波レイのいるはずの、あの幽霊マンモス団地に、鈴原トウジくんと洞木ヒカリさんが、いるというのか・・・・なんで?と尋ねる相手もここにはいない。
 
 
「どうしよう・・・・どうしよう・・・・どうしよう・・・」
 
 
隘路が終わったと思ったら、次は螺旋階段が待っていた。
 
もしくは、完全に閉じたメビウス迷路か。やばいと思うなら、救助の手配をすべきなのだが・・・オペレータの計算能力で、間に合うはずがない、と結論出してしまっていた。
 
 
「どうしよう・・・・どうしよう・・・・どうしたら・・・」
 
 
阿賀野カエデは迷い続ける。
 
 

 
 
 
さー、レイさまを守りにいこう
 
 
一方、綾波ツムリという女は、決断力に富む。思考の速度を考えると、これで遅かったらもはや生きていけないかもしれないから、いっそ迷うことをしないのかもしれないが。
 
 
党本部からの帰還命令が出て、いったんはそれに従ってしんこうべに戻りはしたものの。
 
あのままでいい、とはとても思えない。正確には、単に自分がイヤだっただけのことだが。
綾波党の判断としては、間違ってはいないのだろう。後継者として確定どころかその座から離れていっているような党首の孫娘のために、党の人員をいつまでも危険地に派遣するわけにもいかないだろう・・・・公私を切り離した、まったく、まともな判断だといえる。
 
 
が、あのままでいい、とはやはり思えない。というか・・・・
やっぱり単に自分がそうしたくないだけのことなのだが。
 
 
さて、そのためにどうすべきか・・・・・・迷うほどのことでもない。
党の判断とは党首の判断なのであるから、綾波党党首・綾波ナダの許可さえもらえばいい。
 
 
けれど、どー説得したものか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
思考速度が遅いだけに、己がその問題に対して最終的に答えを得られるのか、という判断は本能的にやれた。自分には、ナダさまを説得なんて、できない。結論は。ならば。
 
あの、口先だけはよくまわる、あのチンピラ兄弟の兄貴の方からなんとか言い含めてもらえれば・・・・・本人はいまさら絶対に行きたがらないだろうが、同行の必要は全くないのだからそこは問題ない、自分だけが行かせてもらえればいいのだから。悪くない。
 
 
そーしよーうー
 
 
決断は早かったのだ。
 
主観的には即決といっていい。外見はゆるく見えても、世間知常識がないわけでもない。
肉体的な反射は、まさに電光石火。伊達に戦闘部門の位もちではなかった。
 
 
ただ、客観時間でいえばどうなるか・・・・
 
 
結論から言えば、遅かった。手遅れだった。
 
 
チンを捕まえて党本部に押しかけようとチンピラ兄弟の家に行ってみると、「え?チンの兄貴は党に呼ばれて本部に行きましたよ」という弟の返答だった。下っ端のようでいて実はかなり聡いこの弟の意外そうな顔を見て、朱く閃くものがあった。それは・・・・
 
 
たぶん、綾波の血が教えたのだ。
 
 
なぜこの時機にあんな物騒なところで孤立するにきまっている同族の娘を放置し、党員を引き上げたのか。党首の、真意を。
 
 
「ずー
 
 るー
 
 いーーーーーーーーーーーー」
 
 
 
ツムリの叫びがしんこうべの空にこだました。
 
 

 
 
 
”それにしてもマキムラ隊長、たーいちょ!”
”なんだ、ドスロック”
 
 
厄介面倒極まる幽霊マンモス団地のセキュリティを、予想外の費用と人員をつぎ込んでようやく突入に必要なだけ眠らせることに成功し、さあこれから一丁やるぞ!と突撃用の装甲に身を包み終えたところで単独通信が入った。一端、装甲に身を包めば28時間は剥がれなくなることを考えれば、何を言おうがもう遅いわけだが。突如、天啓を得て神の代理人等に目覚めようが、この場は役割を演じるほかない。こんな姿では何を言おうが。
 
 
性能は折り紙つきでも、外見がどうにも・・・なのだ。いや・・・性能にも一部、難が。
 
 
配備されたばかりのこの新型には2タイプあって、片方はいつまでもしゃべり続けてなぜか黙っていられなくなるタイプ、もう片方はなぜかドスが利くようになるタイプだった。
 
この問題も早いところ修正してもらわねばならないのだが、今回のミッションには間に合わなかった。ちなみに、自分は隊長であるから「ドスの利くタイプ」だ。選んだわけではない、あくまで機能と役割上、そうなっただけのことだ。文句は言わさない。
 
本人の名誉のために言い添えておくと、装甲を脱げば名前の通りドスロックは寡黙でドスの利いた態度でしか行動しない男なのだが。それって単にヤクザちゃうん!?とか突っこんだりしないわけだ。
 
 
”なんでワテらはこないな立派なヨロイ着させてもろうとるのに本部施設襲撃やなくて、こーんな廃墟でキッドナップとか地味くさーい任務なんですやろか?いや、ま、仕掛けられとった悪魔のお城みたいなセキュリティを考えると収支がワヤクチャになっとるのはわかりま・す・け・ど”
 
ここまで人格が変わるというのは、着装時に吸うことになる薬剤が脳に影響を与えるのか、それとも思考がダイレクトに伝わっているだけなのか。そうなるとこいつの本性は、ということになるが、まあ、どうでもいい。重要なのは、この任務が思わぬ成果をあげるかもしれぬ、という点だ。新型装甲で市街戦と一般市民の蹂躙がやりたかっただけの戦闘狂いは知らなくともよいことだ。現時点の第三新東京市で戦闘力をもつ集団とぶつかったら敵と見なしていい。敵の敵は味方、ということはありえない。だったとしてもそこまでの配慮などしていられない。犠牲が出ようが。こっちの損害は出てしまった。それも含めて雇い主に埋めてもらうほかないが・・・にしても、働き次第、成果次第で話は変わってくる。
 
 
元来の目的は、「エース・チルドレン」鈴原トウジ、洞木ヒカリの捕獲。
 
 
見習いの立場でなぜ「エース」なのか、誤訳か誤用でもしているのか分からないが、雇い主から指示された呼び名がそうだっただからしょうがない。そのように呼ぶしかない。
未来のエース、という希望の呼び名であったのか、ともあれそれは今夜で過去形とならざるを得ない。このような手段で手に入れようというのだから、雇用主がまともな使い方をするはずもないだろう。チルドレンというのはずいぶんと希少な才能だか体質だかと聞いてはいるが、手元に置いて愛でようと悪事の道具に使用しようが、関知は出来ない。
やることをやるしかないが、面倒なことになっていた。
 
 
そこそこのガードはついているようではあるが、機構的な備えのない一般住宅居住、という点でほとんど勝負はついていたはずだった。厄介なのは都市全域を科学軍事以外の手法で防衛している勢力だったが、雇い主が話をつけたようでその関与は心配しなくともよかったが、よかったはずなのだが、それとは別に妙な一団が跋扈もしていた・・・・こちらの存在を明らかに察知しながら無視するあたり、求めるものが異なるのだろうが風向き次第で分かったものではない。放り投げるような理解でいうなら、バトルロイヤルオリエンテーションとでもいうべきか。これで例の「使徒」とかいう巨大自律兵器なんぞが現れればどうなるのか・・・・人類の天敵、というのならこの状況を放置するだろうか。
 
 
出会い頭の地雷さえ踏まなければ、簡単な仕事であるはずだったが・・・・・・・
 
それを察知したのか、教えられたのか・・・・ふたりの子供はここに逃げ込んだ。
 
その間の捕獲がならなかったのは、いくつかの不可解な機材のアクシデントと出会い頭を避けるのとゴーサインとのタイミングの噛み合わせの悪さのため。まさに、絶妙な間合いをすり抜けられた、といったところだ。イヤな予感がし始めたが止めるわけにもいかない。
 
 
幽霊マンモス団地などと子供の肝試しにぴったりなロケーションにある、ファーストチルドレンの茨の城は、入敵吸殺・敵なら必ず吸い殺す・・・・・こうなれば、その防衛体制のデータこそ要りようなのだが、雇い主もそれを持ち合わせていないときた。
 
 
時間制限は、ある。というか、まるで対応が違ってきているといった方がいい。
 
 
ドスロックのような輩が「そのへん大丈夫なんかい。まともに給料でるんかい」と心配になってきているのもムリはない。赤字のために働くバカはいない。体が資本のこの商売、少々の金額で当分働けなくなるダメージを負えば、信用込みのトータルで言えば大損もいいところで、今回はイチ抜けやめた、という選択肢もあり得る。そのへんの見極めが出来ない奴は長く商売はできない。飽きるほどやれるような業種でもなし。
 
 
が、別の風も吹いてきている。思わぬ大物が、ここに転がり込んできていた。
 
 
ネルフの副司令・冬月コウゾウ。
 
 
こんな状況だ、影武者であるかどうかは分からないが、ただ、本物の副司令職のコードを所有して、この入敵吸殺の幽霊茨城の殺意に充ち満ちた門をあっさり開いて中に入っていったことだけは確かなこと。思わぬ僥倖、その隙間をねじ込もうと切り込み役にダッシュさせたが間に合わず、結局三名の犠牲者が出た。判断ミスだとは思わない。
 
 
これをもし、捕獲できれば・・・・・金星も金星、大金星だった。
 
 
星がまるごと買えるほど、とはいわぬが法外な身代金をとっても文句の出ぬだろう相手だ。
これはもう、確実に高値がつくこと間違い無し。子供のもつ未来の値段なぞ。
 
 
侵入経路が確保できた、というのは五割、嘘だ。行きはなんとかいけるだろうが、帰り道で引っかけられる確率が高い。侵入者に気づいたあとに作動する機構の解除が全く終わっていない。「こんな殺意の高い空間によくいられるもんだなー、一般人は五分でプレッシャーに潰されるだろうな。まあ、そのあたりに気づかないからのお姫様、なのか」技術屋は呑気なことを言っていたが。
 
 
ヴィナスと読まぬ
老いた金星があの中にあることを、突入部員どもに教えるべきか、否か。
現地の臨時収入ははじめに手をかけた早い者勝ち、というのがルールだ。
この状態のドスロックに教えたが最後、黙ってはいられまい。絶対にしゃべる。
「そんな大事な情報〜、みんなで分かちあわないと!ひとりトクしてもさびしいだけですわ!かまへん!かまへん!」などと。普段の性格とまさに反転して。後に自己嫌悪に陥る。
難儀な装甲だが・・・・・性能はいいのだ。光線兵器をほぼ無効化、外部強制操作、いわゆるマリオネット攻撃にも強く、有線であろうがミサイル系はまず回避しきるだろう機動性能は他を圧倒する。優れた装甲であり、部下どもも手間を惜しまず喜んで着込むほど。
 
なのだが・・・
 
 
子供や副司令の老人が出てくる瞬間を狙えればいいが。そんな時間はない。
事態が収拾するまで、させるまで、出てくることはあるまい。もしくは体勢を万全に整えてこちらなど一蹴されるような。この業界、いくらでも上がいる。
 
要は、好機を獲れるかどうか、だ。
 
大金のかかった新型生体装甲を引っ張り出してきても、なんとか強引でもやるほかない。他の勢力がこの事実にいつ気づくか、知れたものではなく。
 
 
”金の心配なんぞしてんじゃねえ・・・・・・・いや、逆に、使い方の心配をしなくちゃならないかもしれねえ、ぞ?”
 
と、ニヤリと笑ってみせる。突入経路と同じく五割の真実五割の嘘だが、分かるだろう。
長い付き合いだ。・・・・・と、思ったら
 
 
”え?なんでっかそれ?なーんやそれ!なんですか?なんですか?なーんですか〜?”
 
通信が届いていないわけでは、ない。異様なポージングを見れば分かる。
 
 
理解力の低下もこの新型装甲の難点か・・・・・いや、わざとやっているのか見抜けないこちらの装甲も影響あるのか・・・・・怒りやすくなるのがこっちのタイプの特徴だ・・・ビキビキと青筋が浮いてくるが耐える・・・・人体以外のパーツで補強しようとすればどこか無理がかかってどこか能力低下を引き起こすのかもしれない。機動性能、サイズ比しての戦闘性能は目を見張るほどなのだが・・・・・・・・世の中が便利になれば時代の人間が弱く愚かになっていく縮図なのかもしれない・・・・そう、社会考察的に思えば、少しは我慢が
 
 
「なんだい、この昔懐かしいブラックデビルみたいなのとホタテマンみたいなのは」
 
 
できなかった。一瞬でキレてしまった。
 
 
外国出身の部下たちは幸いにして知らなかったが、日本生まれのマキムラは知っていた。
設計も製造も外国であるから期せずしてこの姿が何に似ているか。一番言われたくないことを、いきなり知らぬ相手から背後から言われた日には。
 
背後まで部隊員以外の人間に接近されておきながら全く察知出来ず、そのことに戦慄するよりもなお。ムカついてしまったのだ。キャラクターのズレなどは許容していた。それはあくまで個人の感傷であり、ドスロックたち部下どもは知らずにやっているのだから。
だが、それでも無関係の者に言われるのは、勘弁ならなかった。
 
「HOU!!」
振り向きざまに岩をも砕く、言われたとおり強力ではあっても、”ホタテのロックンシュート”としか名付けようもない一撃を食らわそうとした・・・・威力は必殺であったが、その外見でやるとどんなドスの利いた猛者がやっても、抑えきれないひょうきんさが逆に哀愁漂うアクションとなる。命を奪うことよりそっちの方がはるかに悲しかった。
 
 
だが、その一撃が言われたくないことをズバッと言ってのけた相手に届くことは、
 
 
永久になかった。
 
 
 
マキムラが最後に見たのは、赤い眼光。
 
 
 
人間のものかどうか疑わしいほどの敵意と憤怒が込められた、赤光。呑気な物言いとは真逆の、ひとのかたちをした嵐だった。今週の懺悔・・・・・そんな単語を思い出した。
 
なんで「こんなもの」にここまで怒られねばならぬのか、今ひとつ分からぬまま・・・
そこが「×」であったのか・・・・・
 
 
 

 
 
「ホンマ、お医者はんは来てくれるんやろうか・・・・・信頼できる、とは言うとったけど・・・・」
「嵐が来たら、くる、ってどういう意味だったんだろう・・・・・急ぎだったからあまりくわしく聞かなかったけど」
 
留守番程度のことは任せてもらってもかまわないが、健康状態がかなりまずいやばい感じの人間を、それもふたり見守らねばならない、というのは中学生ふたり、鈴原トウジと洞木ヒカリにしてみれば、なかなかの重圧であった。一応、未成年であるし。
信頼できる大人、そして医療の知識と技量をもった人間、医師であれば最上だが、この場合、救急救命士さんとか看護師さんとかでもいい、とにかく、早いとこの救援を今か今かと待っていた。
 
 
が、現在の市街が、使徒来襲以外の理由で非常事態であることも、弁えている。
 
ゆえに、こんなところで病院に運びもせずに、その、信頼できるスジの人を待っている。
ネルフの人間では、ないらしい。青葉シゲル本人の、個人のつてなのだろうが・・・・
その程度の資格で、ここまで来れるのだろうか・・・・・そのあたりを青葉シゲルが考えてないわけもないのだろうが、ただ、名前も告げずに「信頼できるのは間違いない、君たちも一発で信用するだろう。で、その人はたぶん、嵐とともにやってくる」とか、ギターを持った渡り鳥みたいなことを言って行ってしまった。いや、渡り鳥でもそこまで無責任ではないかもしれない。嵐、というのが何を指すのか・・・・・・トラブルてんこもりの雪だるま状態で、さらにこの場をややこしくされても困るものがあるのだが・・・・・
 
 
文字通りの、嵐、非常に強い雨と風、いわゆる暴風雨のことである、とは考えにくかった。
 
というか、考えたくなかった。そりゃー、嵐で混乱する妨害者の隙を狙って、とかいう話はあるが、そんな運命系の犯罪小説じゃあるまいし、今現在嵐になっていないところをその発生を待って行動開始、というのであれば遅すぎる。雨の降る日は寝てしまう南の島の王様と逆のパターンで、暴風雨になると元気になる波瀾万丈なタフガイ・ドクターがいてもおかしくないけど。頼りになりそうだけど、とにかく早く来てえな!というのが本心だ。
 
 
冬月コウゾウ副司令も、シオヒト・クビ(だろうそれは)部長も、いまだ目を覚まさない。
 
 
せめて冬月副司令が意識を取り戻せば、だいぶ、気が楽になるのだけど・・・・・
 
ただでさえ、綾波レイたちのことが心配なのだ。というか。なにもかも全部心配だ。
 
ひとつ助かるのは、目の前そば近くにいる、お互いの安全が確認できている、ということか・・・・・危機意識による吊り橋効果もこのふたりにはあまりない。
 
 
「大丈夫かな・・・・・」
 
洞木ヒカリのこのひとことに、ここで「指示語がないやんけ」などとつっこむ鈴原トウジではなかった。
 
「大丈夫やろ。一応、いちばんエライ人が生きてここにおるんやからな。それが分かっとるワイらは、かなり安心できとる方やろ。絶対に負けとらん、と分かっとるんやからな」
 
将棋じゃあるまいし、などと洞木ヒカリも返したりしない。「で、でも、鈴原」
 
「なんや?」
 
「一応、いちばんエライって、ちょっと失礼かも。副司令だから偉いのは間違いないし、あ、でも、副がつくから一番でもないのか・・・・な?」
 
「あー、それはなー。女はどーかしらんけど、男は、基本的に、自分より仕事する奴にしか従わんからな。地位がどーか順番がどーかしらんけど、今の本部でいちばん仕事しとんのはこの人やからな、いちばんエライ!、で間違いないわ。それに、今の司令はん?か?なんか顔も見せずに正体不明で・・・・・トップで正体不明ですむんは、特撮の悪の組織だけですよ?一応、っちゅうたんは、言葉の綾波ってやつや」
 
 
「それ、綾波さんの前でいっぺん言ってみて?反応がちょっと見てみたいような・・」
 
「オノレで言え!そないな恐ろしいこと、ワイにさすな!
・・・・どんな死刑や
 
「分からないじゃない!思わぬ雪解け水、春の小川のさらさら感、ぴるぴるな感受性を発揮してくれるかもしれないじゃない!すごく見たい!」
 
「命を賭けて綾波専門家を目指すよーな器は、ワイにはないっっ!!断言してもええ!」
 
「じゃあ、まあ、それでいいとして・・・・・・遅いね・・・」
 
「そうやな・・・・・・・しかし、今ので綾波が肝心なところでクシャミとかしてしくじってしもうたら・・・・・どないしょう・・・・?」
「あれくらいならセーフだと思うけど。噂じゃなくて、ネタにしただけだし」
「そうか。助かったで・・」
 
 
ご轟うっっと
 
神の家の戸をようやく辿り着いた血まみれの人の拳が、叩きつけたような
 
大風の音がした。続いて、びしゃびしゃばばばばばばばばばばば!!!と激しい雨音が。爆弾が爆発したような唐突さで。それは、起きて、あっという間に収まった。
 
単に爆風と放水のコンビネーションといった小細工ではありえない、心魂震わす迫力は間違いなく。人なぞいくらあがこうと、悲鳴のかけらも残さぬような大響の聖絶は
 
 
「あらし・・・・・・・?」
「やな・・・・・・・・?」
 
奇妙な現象ではあったが、これが青葉シゲルの言っていたことなのだと、直感した。
自然のものではなく、人か、意思のあるものがコントロールした、強く唐突な風と雨。
ラブストーリーより突然な。エマージェンシーな。
 
 
玄関の方を見てその到着を待つふたり。少し肩の荷が下りるはずなのに、緊張は増す。
 
あんなことが出来るとしたら、人間業ではないが・・・・・・・それを、信用しろと?
嵐が起こせることと、医療技術は別物じゃないかなーとも思うし。シオヒト・クビ部長も目の前で死なれると(今も仮死状態にしてあるとはいえ)さすがに気分がよくない。
なんか微妙に「あらしのよるに」状況になっているのではないか・・・・・・
 
 
呼吸を落ち着けてやってくる気配を感じ取ろうとするのは、鈴原トウジの意思か、それとも参号機使いの習い性か・・・・・それとも黒髪の守護霊がささやいてでもいるのか
 
 
「まだ、かいな・・・・」
「おそい、ね・・・・・」
 
 
救急車の消防隊員とかの足なら、団地の前からでもとっくに辿り着いて運び出し終えているんだろうなー、といったほどの時間が経って、ざわざわとした気配と、単純に開けっぴろげな隠す気もないらしい声たちが。玄関前に、その到着を告げる。
 
 
「ここまで来ておいて、いまさらでしょう、ナダ様・・・・跡形もなく吹き飛ばされた彼らもいい狗の皮だ」
「それを言うなら、面の皮、というカー、なんでこんなところにひょうきん族がいたんですカー。リバイバル撮影でもやってたんでしょうカー。まさかアレ程度で綾波の主脈が捕獲できるとでも思っていたんでしょうカー」
「祖母が孫娘に会いに来て、何が悪いのですか?さあ、早く呼び鈴を押して」
「いや!!それはついていきますわい!!当然でしょう!ナダ様は党とは関係なく個人の血縁として、我らはそのナダ様のお付きとして来ただけですからな!かんらかんら!」
 
 
 
呼び鈴は、なかなか鳴らなかったが
 
 
その正体は、綾波レイの