なんだあのトンガリ帽子・・・・・・
 
 
命の門をこじあけたかのような・・・・・奇怪にして奇妙な有様の旧第二支部、現本部付きの生産研究開発工場部門となっている領域内で起きている・・・・・バラバラ”活人”事件。オペレータながらそこに現場入りしてレスキューヘルプ活動に八面六臂の活躍を見せる「あー!もー!手が足らなすぎー!!こっちが死にそうだわよ!!そこ!医者のくせにビビッてんじゃないわよ!!消毒殺菌なしで手術してるとでも思いなさいよ!こわくない!キモくない!なによ、手足アタマの一本や二本や三個!でぽっきり400円ってね!」疾風迅雷のごとく駆け抜けようとした大井サツキが施設内の中央広場にて、「それ」が目にとまったのは。
 
 
異常や異変などには、すっかり感覚がマヒしているはずなのに。なぜ。
そんな程度のことが、目にとまり、足をも止めたのか。
 
 
六人ほどのとんがり帽子をかぶったマント姿の「何者か」が、広場の真ん中で円を組んで踊っている・・・・・ように見えた。まさかフォークダンス大会でもあるまい。
 
 
広場はあくまで防火や息抜きのための空間であり、当然、レクリエーションに使用されてもそこで少々暴れられても、まったく問題はない。なにかの拍子でスイッチひとつ押し間違えただけでも大惨事になりかねない危険度の高いエリアはいくらでもある。ただでさえ殺人的にクソ忙しい中、危なげないところで戯れてくれるのはいっそ助かるくらいであった。・・・意識的にも無意識的にも、そのように判断して通り過ぎていくのが当然の流れだった。
 
 
けれど、大井サツキのアンテナにはピン、とくるものがあり、足を止めそこに注意して目をやった。これは、コンビを組むことになったエッカ・チャチャボールとの仕事の中で育まれたというか鍛えられたというか、そのような見方が自然に身に付いていたというか染まっていた、というか、本人にもその理由を説明できない。ただ、それが「重要なこと」であり、己たちが右往左往している事象の根っこにあたることなのだと、悟るものがあった。裏を返すと、それほどの磨かれ方をしているから、こうしてオペレータなのに現場入りを認められているのだが。
 
 
トンガリ帽子たちの輪の真ん中に、うっすらと、煙りながら光って立ちのぼる・・・樹というか流れというか、直立する天の小川というか、ミルクの梯子、とでもいうか・・・。
直視すると、頭の中がぼうっと、いやさ、魂をもっていかれる感じだった。
 
 
”やばい”
 
 
あれは、やばい。頭の中の施設図面と照合しても、ここには特になにもない。上も下もそれほど危険な回線や配線は通っていないはず。ここを少々つつかれてもどうということはない。そこを掘り返しても小判など埋まっていない。だけど、やばい。
 
 
猫にかつぶし
猫に小判
 
 
ふと、その二つのことわざが頭に浮かんだ。言霊、といっていい唐突さで。
なんで猫なのか、というのはたぶん、ブタよりも分かりやすいからだろう。
ブタにトリュフ、とか言われても説明がいるであろうから。しかもなんか違う。
 
 
大事なのは、かつぶしの方で、つまりはかつおぶしのことだ。
 
何を言いたいのかというと、かつぶしは、食べられるが、小判は食べられないということだ。食べるというのは生きる、ということだ。今日食べたものが明日の自分をつくる、という名言もある。対象への上から目線であるというより、対話理解不能な予感にすぎない。
 
 
トンガリ帽子たちは、踊りながら中央に立ちのぼる煙りながら光るなにかを、掠め取っているように、見える。よーく見ると、ツボのようなものを光る先に向けると、ぶわーっとツボのようなものはゴム風船みたく膨張する。それがパンパンに限界までになると次のツボに取り替える・・・・・単純作業の繰り返しだが、それが踊りのように見えたのだ。
 
盆踊りとアイドルのコンサートにおけるオタ芸を足して二で割ったような・・・・正直でごめんなさい・・・・・いやだって、光る振り付け自体はミステリアスといえなくもないけど、明らかに吸い取る作業がメインで舞踊の流麗さとかがないんだもん・・・・・とはいえ。
 
 
あの煙るように光るなにかは、命をつなぐ何か、だ。現在進行形でバラバラになっているここのスタッフたちのいちど破壊破損しまくった肉体を縫合していた、糸。
 
 
推察でもなんでもない、ただの直感だ。悪人顔してるからこいつが犯人だとか、イケメンだけど男が好きそうだからやはりこいつが犯人に違いない、とか、そのレベルで言いがかりもいいところだが。あんなとんがり帽子とマント姿でうろつけるほど、ここのセキュリティも甘くはないはずで。こんな魔術的事態が魔法使いか新本格推理小説家以外の手で行われた、というのも考えにくい。ハロウィンパーティでもあるまいに。
 
 
銃は携帯してきている。何が起きるか分からないから・・・・・というか、実はいつも持っていたりする。アオイやカエデたちには内緒だが。
 
 
・・・・・・応援や指示を求められるケースでは、ない。明らかにオペレータの仕事ではない、が。やれないことも、ない。完全に不意を打てるパターンであり向こうに銃器の用意はなさそうに、見える。あー、ライフルがあったらなあ・・・・
 
 
もしも、願いひとつだけ叶うなら・・・・・って、ちがう、直感が当たっていたら。
 
 
元の火も消さずに避難誘導だけの対処療法だけやっていても仕方がない。日向さんの指揮はこんな状況にあってそりゃあ大したものだが、明らかに人手が足りず、そのうち間に合わなくなる・・・・・。この手の見積もりこそは本業のオペレータ、おそらく間違いは、ない。ただ、その対処までは己の力でやれるかどうかは・・・・・・迷うところだ。
 
迷う時点でやるべきではない、と。これまでの人生の経験値が教えてくれるのだが。
 
 
銃を取り出し、安全装置を、解除。
 
独断で、やってしまうしかない。発令所が気づく前に。
 
いや、さっきからその発令所からの誘導が沈黙してしまっている。なにか、あった・・・・・・・に決まっとるわな、それは。命綱が切れたようなものだが、戻るわけにも。
 
エッカの助力が乞えればな、と思ったが、それも無理。
 
 
この判断は・・・・・間違っている。こんな博打は、すべきではないが。
 
期待できるリターンが高い。ここで一気にカタがつく可能性がある。とすると。
本部本陣だってヤバヤバと来てるのだ・・・・・・・そして、何より、今ここにいる人達が。
 
 
魂の緒、というのはマンガみたいな表現であるけれど、もし、そんなものがあるとして、それを引きちぎられるようなことをされているのだと、したら。それを止められず間に合わず、見た目通りのバラバラ殺人、になってしまったら。背負わされるあまりの重さに。
 
 
耐えきれなかったのかも、しれない。
 
 
・・・・・・とはいえ、そのまま銃を構えて「わああああ!」とか喚きながらドッカーンと突撃、するにはあまりにも見晴らしが良すぎた。マント姿の下にこちらより遙かに高性能な銃器等の備えがないとも限らない、というか、普通はあるだろう。トンガリ帽子だからって魔法の杖しか持てない、とかいうのはテレビゲームの決めごとであろうし。
 
 
幸い、化学材料には事欠かない環境であるので屋外消火栓と緊急時につき少量を失敬してきた薬剤とで、スタングレネード的な雨を降らせることにする。製造方法は内緒である。
 
間に合わせでつくったわりには、上手くいきそうだ、というところで。
 
 
 
「妨害者か」
 
 
トンガリ帽子にマントの一人がいつの間にか、広場の輪を抜けて自分の後ろに立っていた。
拳銃を抜くより死人のように冷たい手が首を掴む方が早かった。互いに問答無用。
 
 
ぱちっ、と静電気がはじけるような音がした、と思ったら、意識が、消えた。
 
油断はしなかったつもりだけど、気が焦ってたからなー・・・・・途絶の際にぼんやり思ったのはそんなことだ。ずいぶん軽々しい音で狩られたものだ、とも。
 
 
 

 
 
 
どういうわけだか、本部内のほとんどで停電状態だった。
 
 
まさか節電でもあるまいし、ところによっては誘導灯すら消えた極端な闇であり空調の効かぬ蒸し地獄であり監視カメラは瞼を閉じ、エレベーターやエスカレーターやらリフトやら移動手段すら停止しているのだから、仕事する気あるのかといいたいが、そのおかげで青葉シゲルのような人間も変装もせずに堂々と、いやさ水上左眼のようなお尋ね者も堂々と、本部内を駆け抜けられるわけであり綾波レイもあまりうるさいことは言えない。
 
言う体力も実のところないわけだが。
 
 
「交代で背負ってもいいが」などと水上左眼は言うのだが、了承できるわけもない。
 
自分だけなら体のサイズで、ダクトから零号機ケージへのショートカットも出来る、などと一瞬考えてしまうのだが、それではなんの意味もない。ただの負け惜しみだ。
 
零号機のケージ内にて現在進行形で行われているという「ロンギヌスの槍剥離儀式」をなんとしても中止させねばならない・・・・・・あの半壊石版司令の考えそうなことだが、従えないし認めない。絶対に。
 
確かに、「槍」は重要な、これからの使徒戦、それに限らぬありとあらゆるものとの全戦においての「鍵」になるような代物であろう。これほどの拘りよう、「たかがエヴァの一武装」と見なされるよりは同意できるが、・・・やりやすさでいえば、そちらの認識の方がやりやすいが・・・現状を、戦況を、見ろ、と。早い話が「空気読めこのハエ」、と言いたい。
 
 
無敵の使徒殺し・エヴァ初号機の力の源泉ともいえる・・・・・「左腕であったもの」。
 
 
それを掌中に管理していたい、という気持ちは非常によく分かる。ネルフ本部の司令であるなら当然といえる。綾波レイは蠅司令の気持ちだってちゃあんと考えているのだった。
 
だが、使えない。使えたものではない。人が扱っていい代物なのかさえも。分からない。
アレ単独で動いたことは今までも、つい最近も、あるにはあったが・・・・あまりにも。
こちらの計算外、予測のナナメの上とか下とかを、平然と。そこにしかいかない、とすら。
山で泳ぐ魚、空を潜るもぐら、地下を飛ぶ鳥、温泉に入るペンギン・・は、別にいるか。
 
 
殺しさえすれば、いいじゃない?
 
 
というのは、毒だ。使用範囲の区切られない。武器とも兵器とも言えず、まずは使い手をおかしくさせ、その後、滅ぼしてしまう。使いようでも薬にはならない類の、孤の毒。
ミミズもオケラもアメンボもクマムシだってころしてしまう、根源の、終わりの毒。
 
だから、ちゃんと厳重に保管しとかんといかんじゃないかヴ〜ン、という蠅司令の判断も、まあ、実のところ正しくは、ある。こんな中途半端な形ではいかんよ、ちゃんとしたまえちゃんと、と言われているのだとしたら。それは、おそらくそちらの方が、正しい。
 
 
毒であれば、何者も触れ得ない鎖を巻いた闇庫の中へ。・・・・・まともだ。
 
 
毒であることを承知の上で、腕として周囲の目を欺こうとした碇司令より・・・というのは穿ちすぎだろうか。まったく、あの親子・・・・・・
 
 
どういった原理、理由も知らぬが、いつの間にやら二次元変形してパッチのように零号機の左足断面に張り付いた・・・・・そのおかげで、とりあえず牙の呪いが抑えられている。
零号機が、動かせる。誰にも言わなかったことだが、以前よりも強靭になっている。
それでいてようやく、参号機の、鈴原トウジと洞木ヒカリの助太刀を頼まなくともよくなる。八号機もやる時はやるだろう。自分の命がかかってくれば。たぶん。
 
 
パイロットとして己の機体に
本部を支える人員の壱として
 
 
・・・・・・これは
 
 
自分のエヴァが使えなくなったら弱くなったら困る、という身勝手ではないのか
槍を抜き出して、牙の呪いにかけられたまま使いようのない零号機は戦力外としてベークライトにでも固められて地下の奥底で死体のように・・・・・
 
 
実のところ、冷静な顔してほぼ脊髄反射で飛び出してしまったから、考えられるのはこうして
 
「・・・そろそろ、下ろして・・・」
「ふふ・・・承知」
 
水上左眼に背負われて多少は酸素が脳にいく余裕が出来たからだった。
・・・・・結論も出ぬうちに目的地に到着してしまったが。
 
このふたり、どういう体力をしているのか、途中でくわした明らかに「部外者のくせ者」も叩きのめしながら息も切らさない。自分を背負って青葉シゲルと遜色しない水上左眼の方がやはり腕が立つのか。腕が塞がれていてもコレだし、あまりハンデになっていなかったのかも知れない。水上左眼が地元の駕篭アスリートよりも足が速い、なんてことは知らぬ綾波レイである。青葉シゲルの髪の毛が逆立っていない状態はまだまだ彼の本気、真実の力を出していない、なんてことも知ったことではない。
 
 
なーんだ、結局「おんぶ」なんかされてんじゃないの、とか弐号機パイロットなどは言いそうだけれど。この場にはいないし、目撃やあとで視聴される恐れもない。ので。
 
小さな声で、礼は言った。
 
 
 
闇の中の零号機ケージ前。
 
 
こうまで真っ暗闇の状態は初めてだった。普通、ここまで電力カットなど、ありえない。
ご丁寧にあちこちラインを封鎖切断すらしている。妖しげな札が貼ってあったりするところをみると外部勢力に襲撃されたわけでもないのだろう。たぶん。
使徒が来たらどうする気なのか、とかは考えない。鳥肌程度ですまない。
 
 
中で儀式が行われているとすれば、通常の整備スタッフなどは完全に用無しであり、居たたまれずにここにはおられまい。人間用の扉は、閉ざされている。電源が切れているなら開いているはずだが。あそこが結界の始まり。
 
 
「しかし、ほんとに電気きてないんだな・・・・・・どうやって作業するつもりなんだ?」
 
さんざん「悪事を勝手に白状したくなるツボ」とか「仮死状態になるツボ」とか怪しい神がかったことを言っておきながら、ここにきて常識人な台詞をはく青葉シゲル。手元の灯りに浮かぶ顔の掘りもそれらしく。
 
 
「逆に言えば、急に電源を入れてやれば、儀式の邪魔にならないものかな・・・・・・」
 
ロンゲをフリフリ、頭をひねってもみる。「にしても、儀式を執り行う術者とか、マジかよ・・・・電気切ってるのも実は照明の光に当たると、溶けるとか・・・・そんなのがオレのいない間の本部で大きな顔して振る舞ってたのか・・・・・北欧支部は、ほんとに天国だったなー・・・・マコト、苦労してたんだな・・・・」そして、友の苦衷を察したり。
「人、という字は支え合って・・・・・」とかなんとかぶつぶつ呟きだした。
 
 
「・・・・・・・・・」
 
綾波レイとしては、もう少し暴力的な手段で儀式を止めてやるつもりだった。ので。
ちと、意表をつかれた。そうか。もう少し、やわらか、というか、エレガントな手段で止めてもいいわけだ。さすがに伊達に髪の毛を長く伸ばしているわけではないな、と。
 
 
 
「・・・・・・・・・?」
 
表には出さないが髪心、いやさ感心したところで、水上左眼が闇の天井を見上げているのが気になった。彼女の目的地はさらに下であるというのに。眼光は、尖った銀杭のよう。
 
 
「・・・・どうしたの?」
 
「先に見つけられたのは久しぶりだな・・・・・・・番人だよ」
 
返答と同時に、人と剣の影が、降ってきた。
 
本部施設内でそこまで。どこまで用心深いというか疑り深いのか!?・・・・・当然、予想はできたはずなのに。こちらの甘首を切断するギロチン軌道は
 
 
「塩剣か・・・・これは、取れないな」
 
遅れたとはいえ対空位置で発見した水上左眼が余裕を持って白刃取りなり弾くなり反らすなりするつもりだったらしいが、直前になって「これはダメだ」と諦めてきた。ドタキャンとは。「辛くても、興味があってやりたい仕事であるから仕事というのは・・・」ゴールデンエイトに成りきっていた青葉シゲルの反応も間に合わない。警告や異議を唱える時間もない。
 
 
喉元に、ひやり、と妖しい風が吹き抜けたのを、感じた綾波レイ。
 
あまりに見事に斬られると、痛みを感じないというが・・・・・・
 
 

 
 
”ここか”
 
 
”此所か”
 
 
”此処か”
 
 
”ココか”
 
 
その声がするたびに、激しい頭痛が。頭の中に長く鋭い爪をグサグサ突っこまれているような・・・・・・これ以上やられたら仕事どころか、生命維持にも差し障るような・・・・・これがいわゆる死神の指先であるなら、いっそ、大鎌ですっぱり刈り取って欲しい、・・・・そんな弱気を必死で堪える日向マコト。寒気や怖気程度では済まない、これまでの人生で経験したことのない種類の、間違えようもない直接的すぎる、苦痛。しかも、声の中身から逆算するに、これは、攻撃ではない。ただ自分を探して、触診のようなことをしているにすぎないらしいのだ。足止めも兼ねているのかも知れないが、これは冗談なく死ねる。衝撃波で魚を捕るような漁法なのかもしれないが・・・・いや、実際のところ、この精神衝撃に耐えられない自分の肉体のどこかが破損し、痛みを訴えているのかもしれない。脳の血管あたりがザクザクと。・・・・そうなると、助かりようもなさそうだが。
 
 
・・・・・・・・
 
 
石や青銅のように身体を固めてなんとか耐えようとはするが、絶叫はいつこの口から爆発するか。硬化して口も目も動かなくなった自分を周囲の者たちが最初は訝しげに、「日向一尉!?」「大丈夫ですか!?」「何この顔色・・・真っ青とおりこして緑色・・・って」「心臓か?卒中か?それともとうとう胃が破れたか!」「魂吸われたみたいな突然・・・どうすればいいのよ・・・指示なくて・・」「サツキたちへの誘導はどうするのよ!」今はもう完全に異常に気づいて浮き足立っている・・・・・・そんな場合じゃないからそのまま仕事を続けてくれ・・・・・担架とかいいし、これは医療班にもどうにも出来ないし、今、この現状で自分がここを離れるわけにもいかないから・・・・・掠れた小声も出やしない。口を開けば出るのは、おそらく怪物のような叫び声。ここの機能を、流れを、完全に切断し壊してしまう、それはジェリコの角笛。
 
 
崩れかけている
 
 
今、自分のいるこの場所が。
 
特務機関ネルフ本部発令所・・・・・物々しくいえばそうだが、平たく言えば、職場が。仕事場が。居場所が。待つ場所が。戻る場所が。ここは血の雨が降っている間の、雨宿りにしかすぎないのだとしても。守らねば、ならない。自分に出来ることは唯一つの信号となって状況を誘導し、整理すること。「なんだ!?しっかりデスクにしがみついて・・・動かない・・・ぐっ!」「死後硬直・・・ってわけじゃないのに」「いやもう間に合わない!機材だけ持ってこい!医者まだか医者ー!!」ぶっとい神殿の柱のようにして支えることはできそうもない。
 
その程度のことであるが、信号が光の切り替えもせず、牙鳴るわけにもいかない。
 
こっちの身を心配してなんとかしてくれようとする同僚たちには悪いのだが。
 
 
・・・・・実際問題、ここで声をあげれば、特定される。発令所だと分かってはいるようだが、そうではないかもしれない・・・・声の主は恐ろしく用心深い・・・・そして、恐ろしく非科学的な力をもっている・・・・・対抗手段のない自分などいいようにいたぶられるしかない。相手の弱点を都合良く鳥や蛇が聞いてくれてたりすればいいが、それでは昔話になってしまう。知られたが、最後。一番いいのはサブマシンガンでも抱えてヘルメ部長のところに殴り込みをかけてやることだろうが・・・・・そんなヒマも体力もない。
一端、ここを離れればもう変化する状況についていけなくなる。それでは意味がない。
 
 
どうか、仕事の邪魔をしてくれるな・・・・・・・・・
 
思うのはそれだけ。仕事場で死ねるのは本部付きオペレータ冥利に尽きるだろうか。
それとも、こんな目にあっているのは、その領域を飛び越えたからだろうか。
 
 
”存外に、粘るな・・・・・これは、楽しみだ・・・・・”
 
もっと早く簡単に、一発で見つけられるつもりでいたらしい。その点に関しては勝った、ざまみろ、と言える。しかしながら、力のケタが違うのか、こちらをこんな目に合わせているのにあまり自覚はないようだ。実弾ではない様子見のソナーだけでこんな威力があるのだとしたら。とてもジュブナイルファンタジーのように魔法合戦など出来た話ではない。あらゆる意味で。レベルが違いすぎる。
 
 
”花霞の眩まし・・・・・・女の匂いだと、思っていたが・・・・・”
 
しかも、自分の悪戦苦闘にはあまり意味がなかったようでもあるし。評価は誤解だ。
耳より鼻が利くのだろうか。真・幻魔大戦の犬帝国の神官みたいなものか・・・・ああ、そういえば、いわゆる幻魔大戦理論によれば、そろそろこの緊急ピンチに秘められたパワーが解放されるはずなのに。聞き耳ずきんレベルで止まってしまっているのかも・・・・・だとしたら
 
 
”だとすると・・・・・男か・・・・・小癪な・・・・・・”
 
声に苛立ちが混じった。女だと思っていたのに男だから怒る!というのはちょっと単純すぎやせんだろうか?という疑問を呈す余裕はない。激痛。思考の九割九分までそれに塗り潰される。残りの一部で視界の片隅に流れゆく現況情報を捉えていく。後で教えてもらっってもどうにもならない類の儚い鮮度。その「あと」があるのかどうかも分からない。
 
 
思考の全てを使われ使い尽くし尽くされ・・・・・・・・あとに残る本能が
 
 
おたすけー
 
 
身も蓋もない声にならない救援信号を本部全域広域にフルパワーで送信した!!
 
 
しかしながら
 
 
それがあまりに本能剥き出し寄りであったせいか、それともミもフタもなかったせいか、人間としては限界値であろうアンドロメダマ星雲まで届いてもおかしくはない最大強度であったにもかかわらず、それが受信できたのは本部内で
 
 
たった一人、であった。
 
 
青葉シゲルでもなく、
綾波レイでもなく、
阿賀野カエデでもなく、
その他一般職員ではなく、
いうまでもなく、水上左眼でもなかった。
 
 
たった一人しか、いなかったのだ。
 
 
だが、幸運なことにその受信者には、日向マコトが陥っている非科学領域での苦難を取り除く力があった。というか、なかったら確実にあの世であった。