かごめかごめのように
 
 
「ころせぬな」
「ころせぬか」
「ころせぬよ」
「ころせぬか」
 
 
「ああ、ここでは殺せぬ」
「妨害者であるのにな」
 
 
己の周囲を陣を組むように取り囲まれて
 
 
声のする。老人のようでもあるし、子供のようでもあるし、成年のようでもある。
己の上を通り過ぎて交わされるそれらの声には、感情らしいものは一切ない。
 
 
単なる技術上の問題であるのだと。「ここで空穴をつくるわけにもいくまいよ」
 
「そうだな。流れが変わりすぎる」
「光綱を握れなくなる」
「体を切り替える時間が惜しい」
「血を浴びられる体に戻る時間も惜しい」
「吸い込み専用体もその点は不便よな」
 
 
死んではいないみたいだけど・・・・・・状況がよくなったわけではないことを、
寝た体勢で金縛りのように体が動かない大井サツキは、わきまえている。
篭の中の鳥を出す気があるのかないのか、こいつらは・・・・・・まあ、なさそうだ。
何言っているのか分からないが、とんがり帽子にマントに、そろいもそろって宇宙人のような面構えからするに、オカルトっぽいことだろう。つまりは、邪魔者や敵には寛容ではないどころか、非常に厳しいわけだ。それをどうこういう資格は、自分にもないけど。
 
 
「ならばどうする」
「すておくわけにもいくまい」
「利用せねば」
「利用せねばあまねく」
「残さず拾うていかねば」
 
 
ほうっておいてくれればいいのになー、とは思うが。こっちとは理解し合えるはずもない間柄で、あるとすれば切るか切られるかの二つに一つ、少なくともこっちは絶対にオカルトに染まったりしないわけだから。・・・・・魔法使いとかいうのは、普通、スピリチュアル系で、あんまり肉食じゃないイメージなんだけど・・・声色だけからすると、これもまた技術的問題を語り合ってるにすぎない感じではあるけど。完全にまな板の上の鯉状態だ。後ろをとられてまだ生きている、というのが幸運すぎるのだろうが、かなわなくもある。利用か・・・・・こっちの発想と合致してもしなくても、不幸な展開にしかなるまい。
 
 
「歩き壺にする」
「あるきつぼか」
「それならばいいか」
「どれくらいいけるか」
「保つまい。この国から離して」
「いや、この肌の色・・・ツンドラに埋めておけば70年は保とう」
 
 
・・・・・・・・・・・おい・・・・・・
 
 
冗談じゃないらしい。本気らしい。オカルトだ。間違いなく。純度100%の。
頭に来るが、この特級科学施設のど真ん中でそれに手も足も出ない自分がいる。
確かに、科学は現時点での結論の集合体にしかすぎないかもしれないが。
 
 
連中のイヤな感じの言葉から察するに、どうも、自分をさきほど捕集していた煙りながら立ちのぼる光る何かの保存庫に・・・・満腹になるまで詰めては取り替えていたあのフーセン壺の代用品に使う気ではあるまいか・・・・あの光る何かと人体とにどのような融和性があるのかは分からないが。健康になれるとか美容にいい、とかそんな生やさしいことで済むわけもなかろう。こちらの意思は当然無視される以上。
 
 
殺すつもりはない、と言っているからには、生け贄、ではないのだろう。
それ的な、それと同等、もしくはそれ以上にタチの悪い。利用法。
 
 
口がきけない状態が、いいのか悪いのか・・・・・。たぶん、
 
 
「そうだな・・・この蠱壺も値が張るからな」
「壺自体もそうだが、保管薬もな・・・」
「あの店も後継者不足で・・・・」
「契約菜園が地上げで・・・・・」
「これというのもマーリンの当代が・・・・」
「ああ、あそこはもうダメだ・・・とてもとてもとても」
 
 
なにか井戸端会議モードに。野菜が高いから野菜ジュース買いましょう、みたいなノリでドロドロに溶かされたりした日にはたまったものではない。・・・怖さがつきあげてくる。
 
 
「では、充填保存処置した後、分けるとするか」
「頭はいらんから、左手を」
「右手はいらんから腰を」
「胸はいらんから左足を」
「心臓はいらんから目玉を」
「右足の中爪はいらんから臍を」
 
 
・・・・・・・・・・なんだこの錬金術殺人事件。しかもこんなもの、誰も解決してくれそうにない。口がきけたら・・・・・・・きけない方がいいだろう。この場合。
 
呪いの言葉を吐いたとて、この専門家集団の前に跳ね返されて終わりそうだし。
 
自分が、そんな風にバラバラにされても、ここを離れれば、たぶん、今ここで起きている活人・・・活け作り女体盛り、のよーなことにはならないんだろうしなー・・・・・・
 
 
奇跡が地を割って地上に吹き上げてみないと、その流れを存在を感じ取れもしない。
それを十分に味わうオカルト生活を送ってこなかったことを後悔すべきだろうか?
 
 
いや、そんなのは人の勝手だろ!!!と思う。
 
 
たとえ、さよならだけが人生でも、
オカルトだけが、人生じゃない!。
 
 
そう思いながらくたばることにする。負け惜しみ以外のなにものでもないが。
ここで都合良く助けがくることを期待しない自分には誇りが持てた。
 
それは、甘すぎる。この大井サツキはそんな甘口じゃない。
 
この異常を今さら日向さんあたりが察知して来たとしても、この連中には敵うまい。
やれるとしたら、この陣の中央にいる自分ごと、ミサイルでもぶち込むしかない。
 
 
キーンと、耳鳴りがした。連中が踊りを再開する。自分を中心としてぐるぐると。
 
高速の気配。寝た体勢で動けないあたり、レンジでチンされているようでもある。
解凍されてるのか、それともあっためられているのか・・・・煮えるようなのはハラワタだけで、今のところ皮膚などに苦痛はない。ただ、感覚が失せて自分の体が”そうでないもの”に変わっていっているのか・・・・・連中は、目的のためにてめえの体の方をそれに併せて切り替える、ようなことを言っていたし。要は、口先だけ、ではないのだろう。
 
 
 
ああ、・・・・・
 
 
視界が強い光に覆われて、そして、
 
 
何も見えなくなった。
 
 
心残りが多い最後になってしまったが、名字が名字だし、しょうがないのかも
しれない。
 
 

 
 
 
塩の剣については、さまざまな逸話がある。
 
 
その刀身を見ただけで、塩の柱になってしまうとか。
 
いやいや、それはさすがにない、その刀身で斬られてはじめて塩の柱になってしまうのだとか。だからかわしてしまえば意味がない、とか。平たいものや塊状のものを斬っても柱になってしまうのか?とかそれはおかしいから、フォルムはそのままで塩になるだけなってしまうとか。それとは逆に、塩の塊、もしくは海をその剣で斬ると、主のいうことをなんでもきく、しもべを造り出すことができるのだ、とか。
 
 
あまりに偉大な、凄い神代的能力をもっていると、大事に保管庫に仕舞われてかえって出番がなかったりするので、話には聞くけど、実害を被ることはないから結局、そこいらの通り魔の果物ナイフの方が危険度が高い、なんてオチがついたりもする。のだが
 
 
今、現在、綾波レイの細い白首を狙った塩剣は、剣技のデパート、刀芸のおひとりさま銀行ともいえる水上左眼にして「これは、取れない」と即座に判断を下したほどの、激甚の危険高度。つまりは、必殺である。が、いわゆるインテリジェンスソードでもあるまいし、使い手は存在する。その塩剣を振るう使い手の腕の方を、狙おうとした水上左眼であったが愛刀もなく、発見が遅れたタイムラグときては、さすがに間に合わなかった。これ幸いに斬られた・さよなら、というわけでもないが。自分を盾にするほどの義理もない。
それはロンゲの彼の仕事であろうし。もっとも、毒手拳よりもっとタチの悪い塩剣ときては気づかなかった方が幸せだったかもしれないが。その前には盾にもなれないのだから。
 
 
一度、塩の結界で殺られかけただけに、その怖さはよく知っている。
一時期、恐怖心が消すにも消せず、物狂いしたように研究したこともある。
それは焼け石に水、というか単なる塩田開発で終わったが。
毒だのなんだの異常を操る相手などは怖くも何ともない。
 
必須の正常を知り尽くす相手こそ、恐るべき。
 
 
塩は潮。対応する海の潮汐と同じ圧力で押し引きするという刃を止める術などない。
それに引かれて寄らざるを得ない人体は、それを使用する限り、かわしようもない。
 
 
首をとらせてもいいかな、と思った相手が、ほどなくして首ちょんぱ、とは世は戦国。
さすがに東の鎧都。年中血を吸う桜の花でも舞っていそうな危うさだなー、流石だ、と感心さえしていた。人並み外れた反応速度で気づいても、このレベルではとうてい間に合わなかった青葉シゲルが「ゲゲゲ!!!」と髪の毛針を、出もしないのに発射しようとしたほど墓場の顔色になってビビったが、時既に遅し。
 
 
そんなわけで、綾波レイが、ここで”ジ・エンド・オブ・骨が如く”にならなかったのは、
 
 
単に、相手にその気がなかった。
 
 
正確には、なくなった、途中止めしたからに他ならない。
 
 
「頼みがあるんだが」
 
 
塩の刀身を首筋に突きつけながら、ル氏の衛士、ル・クァビカ・バタロウテイルが唐突といえば、あまりに唐突すぎることを、言った。いつぞや、この男に零号機の暴走からギリギリで救助されたな、という記憶も蘇る綾波レイ。それが今、こうして殺されかけて、脅し半分に何か要求されている・・・・・・これは。皮肉、と言うべきか、そこまでせんでもいいのにな、と思うべきところなのか。とにかく・・・・・
 
 
「はなして・・・」
 
 
突きつけられた剣に距離をとれ、というわけでもなく、お話しましょう、ということだ。
多くは語らないが、そういったニュアンスを、かなり強めに込めた。込めたつもりだ。
 
そうしないと、バトルが始まってしまう。
 
水上左眼の方はともかく、青葉シゲルが超やる気で殺意に充ち満ちていた。パンク寸前で見るからに危ない。フゴーフゴーッ!とした鼻からの水木式怒息も凄い。彼はこんな性格だったかな?とも思うが、確かに現状、自分は危険にさらされているわけで。ル氏の中でもこの衛士は術師でないという以上に、少し毛色の変わっていることもあるが。
 
 
「ああ・・・それでは、話をさせてもらおう。急ぎの状況で直裁的な言い方になるが、それでいいか?」
 
一人ではなく、三人全員に向けた返答だった。それに三人が肯いてようやく塩剣を下ろした。まあ、衛士としての役目上、儀式の邪魔をする奴は片端から排除するのがこの男の仕事なのであろうから当然だろうが。ずいぶんと物わかりのいいことでもある。
 
配置は、ル・クァビカを中心にしてのトライアングル。だけれど
 
水上左眼の目は剣に注がれ、「じぶんのものにしてもいいかしら」的にウズウズと。
青葉シゲルの指も「百八の裏ツボをついてもいいかしら」的にウズウズと・・・・。
 
であり、神秘的な要素はあまりない。ひたすらに、肉体欲得バトル風で。自分が介入できそうもない。しゃべりが得意な方ではないが、そうするしかない。そして何より
 
 
いい機会でもある。
 
 
ここで一段落、情報と状況を整理しておくのは悪くない。なんの頼み事か知らないが、この男の気紛れがなければ、この首は体とおさらばしていたのだろうし。
これから自分は、たとえ蠅であろうと、司令の所業を妨害しようとしている。
容易なことではない。あらゆる意味で。勢いだけで成し遂げられることではない。
勢いだけでやれたように見えても、それは単にその無茶を受け入れて代わりに代償を背負ってくれた人間がいたからにすぎない。
 
 
話をしないと、この衛士、門番も自分たちをそう簡単に通すわけにもいかぬだろうし。
再び、排除しにくるか、協力をとれるか、そこまでいかずとも黙認がとれるならそれはかなり状況がかわってくる。この中の誰かの腕一本二本、下手すれば命一個二個の差が出てくるような題目だ。竜の元へ早いところ辿り着きたいだろう水上左眼が嫌がって手っ取り早い血生臭方法を選択するか、という心配もあったが、そんなこともなかった。
 
 
「で、頼みとは?仕事熱心なル氏の衛士殿」
 
揶揄も混じった青葉シゲルへの説明半分、そんな調子で切り出した。
隻眼は、こちらを見ていた。ついでだから、”例の話”もここでしておこう、という色で。
 
 

 
 
 
浮き袋がノドにつまった感じで釣り上げられた魚の気持ちが、分かった。
 
 
分かった、つもりではない。分かった、のだ。断じて、分かってしまったのだ。
 
 
木に登る鳥だのなんだのの話す声も聞くことができたが、そんな深い海で生きる魚の気持ちまで理解してしまえるなんて・・・・・これぞ真のアースコンシャスではあるまいか。
 
 
・・・・・そんな余裕もなく、日向マコトは死にかけていた。疲労は深いが、外傷はない。
これでポックリ逝ってしまってもおそらく、本当の原因は誰にも分かるまい。近頃、健康診断に行く余裕もないので詳しく調べてないので知らないが、内臓も血管ももしかしてボロボロになっていたのかもしれない。本当は単に蓄積されていたストレスがサイレントキラーとなって寿命を削りきっただけかもしれない。2015年になっても人間がどうして死ぬのか、科学的に解明されてはいない。されていなくても、死ぬときになったら死ぬ。
生き続ける条件がそろわなくなったら、元の混沌に溶けるだけなのかもしれない。
土に還るだけなのかもしれない。千の風になるのかもしれない。泣かないでください。
 
 
「・・・!!」
「・・・・・・・!!!」
「・・・・・??・・・・!!」
「!!ーーーーーーーーーー!」
 
周囲の人間の声もよく聞き取れなくなっている。自分が今どこにいるのかも。
強く強く念じて思い返さないと、分からなくなってくる。ここはどこだおれはだれだ状態。
映画や小説でそんな主人公にいまひとつ感情移入できなかったが、もう完璧だ。
彼や彼女たちの気持ちが今こそ、理解できた。これは、こういうことだ。浜の真砂の。
 
 
残念ながら、それを役立てる機会はもてそうにないが。この苦痛は。激痛は。
 
 
せめて、ダイイングメッセージでも残すべきか・・・・・「犯人は、ヘルメ」・・・
 
うーん、どんな不可能犯罪だ。大人しく発見でもされて、その配下にでもなればこの苦痛を味わうこともないのかもしれないが・・・・・・冗談じゃない・・・・・・
 
 
上司は選びたい!!
選べないけど!!
 
辞世の句としては十分だ。句じゃないけど。誰に知られるわけでもないから。
 
思えば、そんな人生だった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
うーん、ここで走馬燈が名場面をいろいろと見せてくれるところのはずだけど
走馬燈自体、見ることがないわけだしなあ・・・・まあ、脳内DVDで再生しよう・・・
なぜか、お寺の墓石がドアップで投影された。近すぎる。特撮実相寺アングルじゃあるまいし。いや、単にカメラマンが素人なのだろう。それは、しょうがないのかもしれない。
しかし、
 
 
戒名・ハリー日向・・・・・・・・
 
 
それは、ないんじゃないの。というか、誰だよそれ!!勝手にハリーにするなよ!!
なんで墓石に彫ってあるんだよ!おまけに、なんで墓石の前で泣いているのが喪服のネルフ職員のみんなとかじゃなくて、トンガリ帽子かぶってマント姿の魔法使いみたいな奴らなんだよ!!しかも全員宇宙人顔で!!知らないよ!カッパのお寿司でも食べてろよ!!
 
 
・・・・・・やはり、DVDではだめらしい。走馬燈でないと。死にかけの走馬燈が滅びない理由が今、分かった。走馬燈しか、ないのだ。走馬燈でないと、だめなんだ。
 
 
 
ああ・・・・・・もうだめだ・・・・・・・・
 
 
あんな悪の魔法使いそのまんまの奴に捕獲されてアゴでこき使われて生きるくらいなら、ここでくたばった方がいい・・・万能科学の砦の住人として、栄えあるオペレータ三羽ガラスの一人として・・・ここで・・・・・
 
 
 
ぺたぺた
 
 
なんだか、妙にぷくぷくとした感触が。額のあたりを。頭のあたりに。
くすぐったいような、奇妙であるが、そう悪くはない感触が。心地いいとはいわんけど。
 
 
ぺたぺた
 
 
あの脳の中に鋭い爪を突き立てられる感覚と比べればそれはもう天国地獄の差がある。
触られる箇所が、ちょっと自分的に危険な感じもあるけど、それは受け入れられるレベルだ。・・・にしても、なんだこれは。もしかして、これが天使の、オモチャの缶詰のエンゼルみたいなアレ・・が触れているのだとしたら・・・・・つまり、自分は天国にいる、のか・・・・・こう、昇天クライマックスー!みたいな部分は端折って。だとしたらしまったな・・・・・脳内DVDなんか観てたからか・・・・・・・
 
 
 
「起きる、だーるね」
 
 
はっきりと、声がした。のんびりとしてはいるが、力のある。誇示する必要もないくらいの自然な。それにしても独特な口調だ。聞き覚えがある・・・・・・・これは、いわゆるニライカナイ語というやつだろうか!?さきほどまで同僚たちの声は何言っているのか分からなくなっていたし。死人にしか聞こえないあの世言語、というわけだ・・・・。
 
 
いつの間にか、あの激頭痛もなくなっているし。そうか、今、自分は魂だけの・・・
 
 
ぺちぺち
 
 
・・・・・・この感触も。そうか、この柔らかで平和そうな、赤子の手のような感触はやはり、自分は現世の苦役から解放された証拠・・・・・そうでなければ・・・・
 
 
「自分の仕事をする、だーるね!!」
 
 
どごん!!!
 
 
「げぼっっっっっ!!!」
 
 
いきなり腹に巨大隕石がジャイアントインパクトしたかのような大衝撃が!
 
最近、筋トレの時間もとれなかったのでたまったものではない。さきほどのぺたぺちとしたかわいらしい赤子の手とは別次元の閻魔さまの判決槌のよーなゴッツイ一撃だった。
 
 
ゴッドもデスるよーな、「オゥ・・・・・!ゴッ・・・デス・・・・・・・!」
と思わず英語圏の住人に輪廻転生したかのような声が出る。なんというか、ひどい。
 
どんな悪魔がこんな真似しくさってくれたのか!!こっちも伊達にストレスを溜めに溜めあげとるわけやないんやで!!いくらチャンネーでもええかげんにせんといてまうぞコラ!!と、起き上がりこぼしのように起きあがりざま眼鏡をビカビカ光らせてやはりジャパニーズはウエストエリア方面の言語で猛ツッコミをいれそうになる日向マコトだったが・・・・・・・
 
 
「日向さん!!」
「日向さん!!」
「生きてた!!生き返った!!」
「無事だ無事だー!!蘇ったぞー!!生きてたぞー!!」
「死んだフリじゃないぞー!!ほんとにさっきまで心臓止まってたけど、復活したぞー!!」
 
 
雨が、降っていた。地下施設、室内であるにもかかわらず。ここはどこだおれはだれだ。
 
ここはネルフ本部発令所・おれは日向マコト・・・・のはず。間違いないと思うがなぜ雨・・・・と、そう誤解するほどの、声の雨が。濡れても、暖かい。雨のような声が。
 
 
目に映るのは、同僚たちの顔。顔。顔。確かに心臓止まったはずなのに息を吹き返した人間を見るような、顔だった。自分自身は変わったところなどないのに、なぜそこまで、と言いたくなるけれど。・・・・・言えるわけもない。「みんな・・・・・」
 
 
ばしん!!
 
そこで背中を思いきり叩かれた。シャレにならない力の強さで、口から浮き袋、いやさ肺が出るかと。これは真っ赤に跡が残るぜ・・・・・深紅のヤツデのよーな、そんなもんを残してくれたのは誰じゃい!!とやる前に、
 
 
「さあ!これでも飲んで景気つけて、仕事する、だーるね。日向君」
 
目の前に、徳利が現れた。一瞬、葛城ミサトが戻ってきたのかと思ったが、そんなわけがない。声の中身が同じであろうと、やはり声が違う。選びようもない、一択の上司の声とは。それに確か、ビール派だった。徳利でビールもなかろうし・・・・・・いや待て、職場で飲酒って!「ほれほら、いくだーるね」強引なキスのように流し込まれた。酒だった。
気付け、とかいうレベルではない。しかしながら、頭痛は消えている。あの激痛も、あの不気味極まる声も。
 
 
「もう、”探しに来れない”、だーるね。安心する、だーるね」
 
内心の疑念を読んだかのように、耳元で囁かれる・・・・・そのとおり安心してしまう、南の風のような声。知らぬ相手ではないが・・・・・赤野明ナカノ・・・・・そこまでされる間柄でも、ないはず・・・・・・・なんでこの人が自分の背後にいるのか?なんで発令所スタッフでもない彼女がここにいるのか・・・・・・・もしや、膝枕とかされてた?
 
 
「あー、あー」
 
それ以上にこの赤ん坊の声!絶対にありえない人員の存在・・・・しかし、ここに、確かに・・・・・ラルトくんだったか・・・・・赤野明ナカノの子供が、こんな修羅場に、医療スタッフに抱かれて自分を笑顔で見つめている、なんてことはあっていいはずが・・・
けれど、あの柔らかい、ぺたぺた、としか感触は・・・・
 
 
「七分ほど死んでたけど、もう心配ない、だーるね!あちこち大変みたいだから、指示するここが休んでいたら、全体の仕事がまわらない、だーるね。説明はあとで、とりあえず目の前の仕事を続けるのがいい、だーるね?」
 
七分ほど死んでた?それってもう仕事しちゃダメなんじゃないの?このまま入院とかしなくちゃ、と自分の頭の中の常識が異議を唱えた。が。赤野明ナカノのその大らかな笑顔でこっぱみじんにされた、というか、なった。ここらへんは葛城さんとは大いに違う。
凜として疾風のように引っ張られるではなく、悠々と大地を越えるように背中を押される。
難事に気合いを入れて立ちむかう、というよりは、今までの難事が些事に見えてくる。
命令されるでもなく、己で決める。決められる。
 
 
子供どころか、赤ん坊が見ているのだから、答えなど一つしかない。
もう頭痛もないし。
 
 
そうなると、七分死んでたとかいう間隙が気になって仕方がなくなる・・・。
 
呑気にベッドの上で半死人ぶってる場合じゃない!! 今、どんな状況だよ!?
自分がのびてた間に、死人とか重傷者が出てたら・・・死んでも死にきれない!
三羽ガラスはなぜ鳴くの。それは一人残された寂しさのためでは断じてない!!
 
 
 
「もちろん・・・・・・・やりますよ・・・・・・・」
 
 
声はいささかしゃがれているが・・・・この酒、アルコール度数はいくらくらいだったのか・・・・・胃の腑がなんか燃えてくるが・・・・・やる気は湧いてくる・・・・・
 
そんな体で仕事なんぞしたらマジ死ぬって!やめとけ!故郷の家族は泣いてるぞ!脳の片隅の冷静な部分が最後の忠告をしてくれる。それは確かに正しい。けれど・・・・・
 
 
「・・・・・こんな時に、やらないなら・・・・・・・それは・・・・・」
 
 
四肢に力をいれて、立ち上がる。明らかにドーピングでなんとかしてるような状態だ。
分かる。ダメージは甚大だ。今は休息をとるしかない、命ある身としてそれが正しい。
 
それを、無理矢理稼働させたとて。・・・・・・おそらく、いいことにはなるまい。
 
あの酒、何が入っていたのか知らないが・・・・・・ありがたい、としか言えない。
いつもチルドレンたちがやっていることを、自分もやっていると思えば、どうということもなく、言うこともない。のだが、なんか周りの者たちが、甦った自分のセリフを待ってました、みたいな空気では、ある。なにか、彼らのやる気の出るようなことを言わねば。
 
別に、見栄をはるつもりはない。これも、仕事の一環だ。勢いを、景気をつけるために。
 
 
「それは・・・・・・・・・?」×この場にいる全員(赤野明親子のぞく)
 
 
ドカン、と言わねばなるまい。自分の役柄ではないのだが・・・・・・・まあ、
ものすごーくやる気のでる言霊を、一発。投下する必要が、ある。だろう。
 
 
「そんな、やつは・・・・・・・・ッッッ!!!」
 
 
そう、稲妻のように。
 
 
「のび太くんよりも、のび太くんだ!」
 
 
だから、言ってみた。
 
ズズズゴーン・・・・・・
その時、発令所内に、突如キノコ雲がわき上がったような気もしたが、幻視だろう。
 
 
「さあ!ハリー!ハリーアップだ!みんな!ポッタリしてる場合じゃないぞ!」
 
 
ものすごい速度で自分からスタッフたちが遠ざかり、自分たちの定位置に戻っていったあたり、効果抜群だった。サッとこっちに目もくれず、仕事を再開するあたり驚くばかりの。
 
 
「あゃはは♪」
 
ラルトくんが笑ってくれた。・・・・・面白かったかな?まあ、泣かれるよりいいか。
 
 
「・・・・ラルトは、やさしい子、だーるね」
 
なんか赤野明ナカノさんの言葉がひっかかるけれど。とにかく、仕事せねば。
ここがまともな状態でないと、他のところにも影響がでかい。
 
こんな時、せめてシゲルやマヤちゃんがいればな・・・・というのは弱気か。
 
せめて、どちらか片方だけでも・・・とはいえ、・・・北欧に上海、あまりに遠い。
 
 

 
 
 
しかしながら。
 
 
稲妻の言霊を吐いたメガネに切望されたかのロンゲは、実は同じ本部内にいたのだ。
 
 
エヴァ零号機ケージ前である。万能科学の砦の中とは思えぬ原始的薄暗闇の中、塩キャンドルの灯りを囲んで、塩キャラメルなど舐めながら。日向マコトの窮地など当然知らぬ。
五百マイル離れていたわけでもない、友情のディスタンスであった。
 
 
 
「今やってる”儀式”を、潰して欲しい。・・・・こっちの面子が立つ形でな」
 
 
ル氏の衛士、クァビカ・バタロウテイルの頼み事というのはそれだった。
 
 
血族の長であるベルゼの命令であるが、実際問題、現地の者たちは色々たまらんらしい。
 
湿気の多いこの国にもういい加減いたくもない、電気がパチパチとなんともわずらわしい健康に悪そうなこんな機械帝国みたいな街からは早々に逃げ出したい帰国したい者がほとんどであり、今回の槍剥離儀式も、命じられたからやるにはやるが、剥離した後、また牙の呪いが再発した巨人の足に喰い殺された日にはかなわないのだと。
 
 
「・・・・・・・?」青葉シゲルなどいささか話についていけないが、黙っている。
暴走したのともまた違うようだが。北欧支部は平和ではあったが、本部が隠匿する情報をかすめとるよーな力はなかったのだ。水上左眼もここで親切に説明をいれたりしない。
 
こんなところにいたくない、かかわりたくない、もう自分たちの洞窟の国に帰りたい、と普通のル氏たちは思っている。だが、長をはじめとする「聖書レベルの」「使命に燃えている」高位の呪術師たちは、割合にこの国やこの都市を気に入っていて、本腰を入れて移住の準備に取り掛かっている、という話もあるのだとか。確かに、聖書的では、ある。
 
大して行きたくもないところへ、行かねばならぬ、というのは。
 
 
もうホームに帰りたい、と泣きを入れる彼らは、神様視点だと、囲われた羊、愚者の群れっぽいが、こちらの都合には合う。確かに、ムリムリの共同生活であったのだ。ここらが限度だろう。似たような理念の第二支部のメンバーとももめる時には相当もめたのだから。
 
ムリの壁、というものがあるのかもしれない。それを越えてもムリムリの壁が。
 
 
とはいえ、イヤイヤながら、槍の剥離など・・・そんな、「奇跡の逆さ」が一応やれる、というのはこの氏族の無上の強力さは知れる。層の厚さというか底知れない。やる気がなかった、とはいえ、こちらの科学者が束になってもそんなことがやれたかどうか・・・・・・赤木博士はとにかく。
 
どういう手段を用いたものやら・・・・・呪術的なことを説明されてもどうせ理解はできまいが
 
 
「それがだな・・・・・・・」
 
 
クァビカの表情がとたんに苦くなった。それまで同族のホームシックを面白がっているようなところが見受けられたのだが。
 
 
「出来れば、これも頼みの内に入れて欲しいんだが・・・・」と前置きした上で、
続けた。
 
 
「”人質をとって、脅している”・・・・・こんな説明でいいか迷うが・・・・手段としては、そうなる」
複雑高度神聖なオカルトの原理に導かれて、というよりは。かなり言葉を選んだのだろうが、言った当人からして無理を感じているのだからそれで理解せよ、というのも苦しい。
 
が、
 
 
「それは、誰?」
 
綾波レイは即応した。心を読んだわけでもなく、凄まじい速度であった。IQが1984ほどあるのではあるまいか、と思われた。青葉シゲルなど、これにもついていけないが。頭の良くなるツボを押し、しばらく考えて、「人質にとられているとかいうのは、どこのどなたですか?」と問うているのだと理解した。槍を相手に脅迫、とかいう点はスルーしているらしい。当然のように。「くく・・・」水上左眼が苦笑していた。
 
 
あまりの切り返しの速度に、一瞬、喉元に白刃を突きつけられたような顔になるクァビカ。
 
 
それがもし、霧島マナなのだとしたら。だいぶん、時間の短縮になる。
 
 
「・・・・・塩剣を止めておいて正解だった。こうでないとな。自分の判断を誉めたい気分だ」
 
他の誰でもこう容易く理解はされまい。頼みに足るかどうかは別としても、話す値打ちはあった。なんせ説明し辛い事象であり、論より証拠と現場を見せて、それで信じる程度ではとても間に合うまい。目にした途端、気圧されて何も出来まい。
 
 
「ル・パロウ・ヴォイシス・・・・・・名だけ聞いて分かるかどうか・・・・・一時期、槍と契約まがいのことをやって、少々、調子に乗っていた、小娘、なんだが・・・・」
 
「・・・・・・・」
 
今度は即応しない。綾波レイの白く、端正な顔で沈黙すると、ものすごく賢いことを考えているように見える。しかし、考えていることは、「霧島マナ、彼女じゃないのか」と「パロウ・ヴォイシス・・・・誰?」の二本だけだった。ほぼ、思考停止に近い。
 
 
「契約まがいのことをした、というのは、多少の繋がり・・・・かの左腕・・・ロンギヌスの槍に覚えがあるかもしれない、ということを期待して、ということになるのかな?・・・となれば」
 
水上左眼が口を挟んだ。まあ、時は金なりである。少し、青葉シゲル向けにサービスもいれる。「その娘を痛めつけて、今は零号機の傷ふさぎの包帯ヒフに甘んじて化けている・・・を、騎士のように駆けつけるところを取り押さえでもする気かな・・・・・」
 
 
途中で、言葉がモザイクでもかけられたように不明瞭になったが、「あるいは、すでに生け贄にでもしたかな・・・・?」蛇のようにつけ加えられたその一言で。
 
「おい・・・・・」
誘導された青葉シゲルの圧縮怒声が、意識をそらしてしまう。遊びにつきあっている場合でもない。もしくは、逃げか。
 
 
「神でもあるまいし・・・・そこまでやるか・・・・・」
クァビカが吐き捨てるように。ただ、そこまで至らずとも遠くないことが知れる。
 
「頼みの内に入れて欲しい、というのは、その娘のことだろうか」
白々しく水上左眼が尋ねる。問うべきは綾波レイであったろうが、まだ停止していた。
「多少は効果があったようだが・・・・優秀な術師なのかな?」
 
「あの槍が・・・槍といっていいのか、立場上アレだが・・・・変わっているのだろう。なんらかの意思があるにせよ、・・・・なんというか・・・」
苦っていたクァビカの顔が多少、調子を取り戻した。興味のある対象を考える時の少年の片鱗をひとかけ、はめ込んで。
 
 
「・・・・・・・・」
 
あの槍、あの左手、あの・・・・が、変わっているのは誰より良く知っている、と自負する綾波レイである。が、微塵たりとも笑んだりしない。ただひたすらに。その感情は。
・・・・いっそ、かわってしまえばいいのに。これまた余人にはおそらく理解しがたく。
 
 
ただ、この情報、申し入れは有益というか、都合が良かった。ここであくまでこのクァビカが衛士としての役目を死守などしようとしていたら。時間の浪費だけではすまない。
 
 
しかしながら、面子が立つように・・・・というか、要は自分たちには責任がないように、悪くないよーな感じで処理して頂戴、というわけで。まあ、てめえの都合しか考えていないのは超おたがいさまであるが。もともとそうしてやるつもりではあったので問題なし。
 
 
「分かったわ・・・そうしましょう」
 
嘘をつくメリットもないだろうし、つかれたところでどうということもない。
了解する綾波レイ。
 
やることは決まっているのだ。しかし、このル氏の儀式作業者たちが「面子が立つ」というか「長であるベルゼに怒られないように」というのは、こちらが完全に悪人にならねばいかん、ということであり。その点、どうすべきか・・・・・・とくにアイデアが浮かばないのだが。
 
 
「クァビカ殿級の護衛者は内部に何人ほど控えている?」
「・・・ああー、そうだなー。あと、罠とかの位置も聞きたい」
「で、クァビカ殿は当然、我らと共に行動していただく、と」
「それはそうだー。もう上の意向を裏切ってるわけだから中途半端はよくないからなー」
「内部電源の復電は・・・・・」
「新司令に納得がいくように返答する役目は・・・」
 
 
水上左眼と青葉シゲルが。
具体案を即座に詰めてくれるらしいあたり頼もしいが。かなりハードな煮詰め具合で。
ここはもう、謎の覆面でもして襲撃、現場を荒らしに荒らすくらいしかないだろう。時間もないし。しかし、なんか向こうの面子が立っていないような気もするけど・・・・
 
 
 
「結論から言わせてもらえば、綾波レイ」
 
 
長々議論しとるヒマもない。精神的な重圧はかなりのものであろうが、肉体的危害が加えられているわけではなく、優れた術師であるためそのへんは優れていない術士よりは長く耐えられるだろう、というクァビカの期待をもとに、青葉シゲルに検算させて、綾波レイのゴーサインを待つ水上左眼が出した最終手段とは
 
 
「竜号機で襲ってやるのが一番いいと思う」
 
 
司令がこの件で失脚でもしてくれればいいが、まんま健在だとしたらその反撃たるや。
その点、ネルフ本部の敵対者・水上左眼と竜号機が「仕返しのために」やった、となれば誰も責められる者はいなくなる。襲撃戦力として問題もない。なさすぎるほどにない。
 
 
「逃げ出した竜を捕獲するために、エヴァ零号機が緊急出撃する、というのは無理のない話だろう・・・・・司令にいくら権力があろうが、目の前の危機を放置も出来まい・・・・・最もいいのは司令と本部とのラインをドサクサ紛れに切断してしまうことだが」
 
 
無理もなく、そして水上左眼にずいぶんと都合のいい話ではある。
 
 
が、クァビカに内部の状況を聞いた青葉シゲルもそれに異論を唱えない。鉄壁、という以上に理解すら不能な要素が多すぎて、犠牲なく目的を達成するのは非常に困難、というより無理だった。久々に元・オペレータ三羽ガラスとしての段取り計算能力を用いても。
時間に余裕があるのならばまた別の話であるが・・・・・
「発令所、マコトと連絡がとれたらなあ・・・・・」とは思うが、できるはずがない。
 
 
どの時点で時間に区切りをつけ、締め切りとするか、それを判断するのは。
 
誰が嘘をついているのか、誰がギリギリまで真実を追究していないのか、見極めるのも。
 
彼女と長く対話や質問をしたらしい霧島マナが、秘儀を用いて凍らせるほどの信用度。
 
がんじらめの状況を、快刀乱麻する、できるかもしれない自由な”解刀”。
 
触れる者を皆切り裂かずにはおらぬ、危剣な・・・妖刀竜女・・・・信用すべきか
 
 
綾波レイの役目である。そのために、ここにいる。他に仕事はない。
 
 
 
「そうしましょう」
 
 
そして、決断。
 
 
ほとんど悩んだように見えない。いっそ、考えもせず、その話を呑み込んだだけのようにも見える速度であった。もう少し考えた方がいいんじゃない?と青葉とクァビカ、男ふたりが驚くほど。そうするしかない、と計算上、分かってはいても。その後の影響を考えれば躊躇するはずなのだ。神経がないのか、それともその内部に無尽蔵の知恵でも秘めているのか、もしくはその赤い目は未来が見えている、とか・・・・・
 
 
そんなわけがない。
 
 
綾波レイが感じているのは、左足に幻の痛み。
今の己が取り得る最も現実的な手段であると。
教えるように、疼いたそれが。それだけを。
 
 
「では・・・・・、といいたいが、ほんとうに、いいのかな?綾波レイ」
 
あらゆる意味で、してやったり、というところなのだろうが、コンピューターゲームのように再確認を求める水上左眼。もはや寄り道はなく、ノンストップで竜の元へ駆け抜ける、という意思表示でもあるような。
 
 
「いい。けど・・・・・・ひとつだけ、聞かせて」
 
 
「なるほど。・・・・女の子同士の秘密の会話か・・・・ああ、紳士は聞くまいな」
 
目配せひとつで、距離を取る男ふたり。ピュアな紳士を気取るわけでもない・・・、というか、なにか思いきり焼いた血水の匂いがしていたが、仕方がない。漢でもしょうがない。
 
 
 
 
「うお・・・・・ここまで心臓の音が聞こえるぜ・・・・・」
「幻聴・・・・・でもなさそうだな・・・オレにも聞こえる」
 
この状況で綾波レイが聞くようなことだ。機密に決まっている。決まっている!
 
本部職員の全ての命がかかったような、天秤傾くような重要事であろう!まさか、
ここで「なになに君がどうしたこうした〜」なんて話ではあるまい!100億パーセントありえん!!もしそうだとしたら、綾波レイはとにかくとして、その「ホニャララ君」はぶちのめすしかあるまい!!こんな緊急時に時間をとるよーな奴はリアルで銃殺だ!!
時間を取っているのは綾波レイであるけど、「ナントカ君」をぶちのめす!男の掟だ!!
なんて迷惑な中学坊主!・・・・・と、決まったわけではないが。あのヒゲ元司令のことかもしれんし。
 
 
・・・・・・と、ピュアな紳士はこんなこと考えたりせんわけで。
青葉シゲルもクァビカも目を瞑り、北斗の星に祈りつつこれからの作戦イメージなどしていた。いたのだ。
 
 
 
「シンジ殿のことか」
 
目の前の白い顔の小娘のどでかい心音を聞きながら、静かに語りかける水上左眼。
 
 
「そう」
本人はそんな内臓の音など気にもしていられないようだが。
 
 
「まあ・・・・・知らぬようだったから、教えるつもりではいたのだが。まあ、こんな状況でなければそもそも会うこともなかっただろうからな・・・・が、いまさらだな」
 
 
「・・・・・・」
言われるまでもない。扉一枚向こうに、答えはあったはずなのだから。
 
 
「こんなことは普通はない。ベタ甘に幸運だよ・・・・・・同時に、限りなくも不幸か・・・・・天秤が傾いていようが、その皿が大きいと、乗っているものは気づきもしない。
忘れるな、その幸運を・・・まあいいか。それで、何を聞いておきたい?」
 
 
「何人・・・・?」
 
 
数を問う童謡のように、
 
ひと、
 
ふた、
 
みつ、
 
よつ、
 
 
ひとつでふたつ、
 
ふたつでよっつ
 
 
かえりて、ひとつ・・・・
 
 
 
「霧島マナの執拗さとは比べものにならない淡泊さだね・・・・・・まあ、そこらへんがお好みの人はお好みなんだろうけど・・・・」
 
何十にも張られた結界の中で手鞠をつくしかない子供の神を見るような目で水上左眼は。
挑発する。その本性を招請する。妖刀のごとく舌をもて。己とは異なる類の魔性を招く。
 
 
闇に会うては闇を問い、光に会うては光を問う。
何を問うか、こそ、その者の本性に他ならない。
答えが返ってくるかどうかなど、単なる運のみぎひだり。
 
 
「碇君は・・・・・・」
 
 
踏み越えてはならぬ、一線を、結界を、踏み越える。
その中で、数だけ唱えていれば、よかったのに。
自ら、問うことで。知らねばそれで済んだことを。
関わりを、繋いでしまった。ひとたび繋げば、それを容易に切り離せない焼き付け性質。
 
 
 
「碇君は、何人いるの」
 
 
 
最深度の紅蓮。目の色は、淡泊どころではない。相手に己が灼熱を刻印せねばすまない。
こう、レーザーのように、・・・びーっ!と。・・・・じゅーっと、みたいな。
絶対零度の吹雪だろうが、はたまた三体制で全天隙なく光り輝く陽光だろうが、関係なく。
独自採算で気の済むまで燃え続ける星の海対応の灯台のように。
 
 
つまりは、光線である。
スペシャルかつ、スペシウムな。
 
 

 
 
 
 
「ちょっと待ってもらって、いいですか?」
 
 
若い女性の声だった。あくまで、控えめな、押しつけがましくない涼やかな、たとえ宗教やあやしいセールスの勧誘だと、分かっていても、老若男女の七割は、つい、足を止め振り向いてしまうような・・・・・
 
 
しかしながら、この場合この状況、このトンガリ帽子とマントで異形の儀式に勤しむ者たちとなると、明らかに残りの三割分類であろうと思われた。そも、声かけすらされぬカテゴリーであろう。そんな声の好感度など一切無視の方向で物事を進めていく。そのはず。
 
 
だったが。
 
 
その声に一応、従ったのは、やはりこの場合のこの状況のせいであった。
 
 
こんな場所にいるはずのない、人間の、声。
 
器にされかけている大井サツキのその不在と異変に気づいた応援にしては、
当然、込められるはずの緊張感や緊迫感の、全くない、声。しかもていねい語。
 
 
逃げるな、といわれて逃げない泥棒がおらぬように、やめろ、といわれて儀式を中断する術師もいない。そういわれると、さらにハイペースでもっとひどいことをやりたくなる。そのへんの機微を分かっているのだとしたら。若さに似合わず、その女の器量は。
 
 
「何者だ」
 
 
妨害する、と明言したわけでもなく、実力行使に出たわけでもなく、ただ声をかけてきただけだ。それだけで邪魔と言えば邪魔であるが・・・・・同業者であれば話は違う。
この美味なるポイントを教導した人物の使いなどであれば・・・・・高速の舞踏が停止。
 
 
ギリギリ、大井サツキは人間を止めずにすんだ。神様はいるのかどうか、ただ幸運はある、と思った。それを操る人間の側にいたからこそ。流れの奇妙さを、朦朧とした意識で。
その声を、聞いている。それなりに距離をとっているようだが。
 
 
「ああ、申し遅れました。わたくし・・・・」
 
 
なんだその低姿勢ビジネストーク。ここは普通、「人の名前を尋ねる時は、貴様から名乗れ」とかなんとか不敵なことをいう場面だと思うけど。しかもこの連中、どう見ても不審者というか部外者というか、何者だと問われるのはどう考えてもそっちだっちゅーの!的つっこみもない。・・・・・声には聞き覚えがあるよーな・・・・・でも、にしては・・・・・誰だ?・・・・まあ、自己紹介してくれるらしいし・・・・・・死んだマグロ状態であってもこんなことを考えられるタフネス、白露系アマゾネス・大井サツキであった。
 
 
「上海雑伎エンターテイメント公司代表、上海電脳義肢公司代表、上海映像針撃度公司代表、上海SV軌道公司代表、上海カニ道楽グループ代表、上海潜水公司代表、白金山公司代表、大銀山公司代表、超銅山公司代表、上海蒼天体操公司代表、上海華南治療院公司代表、上海分解公司代表、上海赤山公司代表、上海湯荷句路公司、上海プラダ公司、メアリー&クララタン社代表、グレイグラスセンチュリーフェッド社代表・・・・・」
 
だが、淀みなく流暢とはいえ、次から次へとこの数・・・面倒くさいので途中から聞き流してしまったが・・よく覚えていられるな、いやさ「代表」と名乗るからには覚えてもらわねば、それに従う下の者がたまったものではなかろうが・・・・・にしても大井、じゃない多い。若くしてグループ企業の総裁、とかいうのもアリといえばアリなのだろうが・・・・・・これは、違う。
 
名乗りが嘘か本当かはともかく、白金山、大銀山、超銅山、の三公司は上海でも飛び抜けて優秀なプログラマー会社であったが、互いに無茶苦茶に仲が悪い、と有名であった。三すくみ状態でギリギリ均衡がとれていた切磋琢磨だ、IT三国志といえば聞こえはいいが。
 
その裏に暗い勢力がいたとすれば話は別で。その優れた知性を人類全体の進化のために生かしてくれればなあ、少なくともこっちに飛び火させるなよ、とオペレータ業界として思っても浜の真砂は、だ。
 
 
しかし、その名乗りが嘘でないなら・・・・・この女は・・・・・何者か。
 
 
他にも、雑伎エンターテイメント、電脳義肢、映像針撃度、の三公司もこれまた巨大企業であり、ホンマかいな、と疑うしかない。これらの中のひとつでも乗っ取ったのだとしたら大したもの、どころではない。日本のこんなところに来てるよーなヒマはないはずだ。
というか、この三公司もやはり、表ではニコニコ握手していても裏では激烈に相争う間柄だったはず。雑伎エンターテイメントと電脳義肢と映像針撃度がなぜぶつかり合うのか・・・・・素人にはいまひとつ分からないだろうが、それほどまでに深い闇、なのだ。
 
上海カニ道楽グループと潜水公司は、これはまあ、仲が良かったはず、だが、正確なところは専門ではないから知れたものではない。いや、潜水の社長がカニが好きだっただけか。
 
それから、上海分解公司、と、上海赤山公司、これはもう、純然たる公然たる犯罪マフィア結社だ。もちろん、仲がいいはずがない。日夜、殺し合いとかしてるんだろう。しらんけど。蒼天体操公司、なんてのは聞いたことがない。なんの会社かすら分からない。
 
上海湯荷句路、と上海プラダ、は、まさかなあ、とは思うが。本当なのだろうか。
それから急に来た洋風の社名は・・・・
 
 
「長い!長いよ、アンタ!」
 
どうもまだ続いたようだが、女の、それも歳のいった貫禄満点の声が止めた。
 
「え?でも、聞かれたからには正確にお答えしませんと・・・・・・社員の皆さんにも悪いですし」
「いや、あたしたちも社員だけど、長ったらしいほうが困るね!」
世間知らずのお姫様に苦言を呈するばあや、というには、なんか愛が足りない厳しさ。
 
「アンタたちもそう思うだろ?」
 
もしか、この状況でこんな名乗りを黙って聞き続けるトンガリ帽子たちの方が優しい、・・・・・のか?体勢のせいで視界が限られて狭いせいから、若い女が一人でやってきたわけでないらしいことに今、気づいた。それなりに武装集団を連れてきているなら話も違ってくる・・・かな?だとすると、この位置だとモロ巻き込まれそうなんですけど。
 
 
「ヘルメの使いか?」
 
トンガリ帽子の問いは短い。なんの感情も交じっていない。それだけにこの返答は死命を分けるような重要事であるはず。余計な口をきいているから仕事をしくじるのだ。
 
 
 
「いいえ?ヘルメさんの会社なんか、もらってませんよ」
 
 
ぞく
 
と来た。
 
声には確かに聞き覚えがあるのに。誰だ?その声に潜んだ、怪しさは。猫でもかぶっていたのか。誰なのか。・・・・・ほんとうに、彼女、なのか。
 
いやさ、猫の皮をかぶった化け猫の皮でつくった三味線を弾く猫又、のような。
 
女にしか分からない、多重構造の。そこに意識を焦点できない男という生き物は否応なく、ブレる。揺るがされる。不可思議の、妖しの香をかがされたように。
 
 
「ほら、橘さんが途中止めさせるから、とんちんかんなこと言われちゃったじゃないですか」
「アタシのせいじゃないだろう。どっちにしろ、時間のムダなのは同じことさ」
年齢の離れた女ふたりの間には、強い絆があるらしい。声で分かる。親子では、なさそうだが。
 
 
「何者だ」
 
 
トンガリ帽子どもが攻撃態勢に、入った。何をするのかは分からないが、空気が変わったことだけは分かる。これは先ほどとは問いの質が異なる。返答を待たない類の。
自分の例にならうなら、殺害されることはないようだけど、それだと自分が助からない。
 
その声からして期待しなかった、というのは嘘だ。戦闘力はとにかくとして、その差配能力は、よく知っていたから。適材適所、適正な人員配置を、期待して、いいはずだ。
 
 
「アタシは橘エンシャ・・・・・肩書きは、ま、やめとくわ。自分で長口上やってりゃ世話ないからね。尾道、松下とか、その他はもういいだろ?自己紹介したいやついるかい?」
「その必要がどこにある・・・・・時間が惜しい」
「その他呼ばわりがちっと気にいらないんだがな、確かにそんな場面じゃないか・・・・・いくら上客さんでも目の前でおなごを転がされると・・・仕事する気が失せるわ」
 
 
けど、どうもトンガリ帽子どもの迎撃態勢に対応する気配が、ない。まったく、ない。
余裕をかましている、とか、実力に天地の差がある、とかいうことではなく。
 
 
・・・・・この連中、戦闘能力が、ないんじゃないの・・・・・・・?
 
いや、対オカルト的能力こそ求められる状況だけど、そんな空気もないような・・・
だいたい、緊張感というものがない。仕事する気が失せる、とか言ってるし!
そこは男なら危機感とか騎士道精神に燃えるところじゃなかろうか。橘エンシャに応じた声からするといいおっさんたちのようであるけど。
 
 
「どうする」
「どうするか」
「この者らも」
「歩き壺にするか」
「いや」
「目に暗闇を埋めておく」
「くらいんのめだま、か」
「そうさな。おとこはあるきつぼに向かぬ」
「七人みな、やっておくか」
「闇よ・・・・・」
「やみよ・・・・」
「闇よ・・・・・」
 
 
トンガリ帽子どもが魔法素人にも超分かりやすくもぶっそうなことを言っている。殺さないのはいいことだが、失明も辛い。それだけで済む保証もない。まあ、自分が心配してもどうにもならないけど。
 
 
「カイセンの奴もそろそろ来るだろう」と、橘エンシャがなんの抑揚もなく
「そのためにチサトをつけたんだ」と、尾道?か松下?か、どっちかの男が
「単車ならすぐですよ!ねえ、社長」と、尾道?か松下?か、どっちかの男が
 
「はい、そうですね。意外に広かったですからねー、私も自分の足は初めてでしたから。データ上では万単位で確認したところですけど・・・・・スケールが違いましたしね。
あ!見えましたよふたりが!」
 
トップらしく社長、と呼ばれた若い女にも、まったく危機感が。それでいいんかい!
 
 
もうだめだ・・・・・・
 
 
見かけはちょっとファンシーファンタジーでもけっこうこいつらは腕が立つんだって!無視したからって夢から覚めて連中の攻撃が止むわけじゃない。
 
科学万能の砦の出身、それも東方賢者の秘蔵っ子として、相手にする気もなくなる見かけなのは分かるけど!ちゃんと相手して!確証はないけど、こいつらやばいんだって!
 
 
声が出れば・・・・・声が出せれば・・・・・・・・声さえ出せれば・・・・
 
 
人魚姫じゃあるまいし!死んだマグロの体勢で口惜しむその絶望の中、やしきたかじんのようにつっこむ気力はさすがになかった大井サツキ。
 
 
 
しかし・・・・・
 
 
 
「大井さん、ヒーロー超人役が来てくれましたから。いま助けますよ」
 
 
若い女が、ようやくというか、今頃というか、こっちに声をかけてきた。でも・・・
 
今、なんつった?ヒーロー・・・超人・・・・「役」?役って何?文句の言える立場でも無し、助けてくれるなら誰でもいいけど、それは・・・・・大丈夫ですか?
 
 
「闇よ!!
「とうっっっ!!」
 
 
ばりぶるーーーーん!!どーん!!
 
おそらくトンガリ帽子どもが先ほど言っていた目殺し魔法か何かを使おうとしたのだろう。いや、あくまでそう思うってだけで確証はないけど。この体勢でよく見えないし。
 
 
けれど、正義が悪を真っ二つに裂くがごとく。
 
 
その大きな声も、トンガリどもの怪しげな声をぶち壊した。なおかつ、その直後に来たこれまたでかい単車の排気音がその場の空気をいろんな意味で台無しにした。トガッたことを売り物にするメーカーでもこんな排気音のする単車は発売せんだろうと思うから自分で改造なりしたのだろう・・・・なんだこの秘密戦隊の秘密ヘリみたいな。宙明みたいな。
 
 
「伊吹商事の専属警備員こと!ISDN回線男!社長のお呼びで、宿敵・ダークファイバーナイトをしばき終えたところで、至急直行ただいま参上!!」
 
 
参上、というか、惨状だった。
 
これまでの人生で、ナマで見たことのない、ほんまもんのヒーロー「役」の何者か、だった。巨漢であり、物言いから想像できるそのまんまの姿をしていた。バイクから飛び降りて空中回転でもしたのか、こっちの方に下りてきやがった。
 
その決めポーズといい、その目と心に痛いルックスといい、明らかに世界が。だがしかし。
 
世界は厳然として続いていくものであり。トンガリ帽子たちになんのリアクションも感じられないところ・・・・・・どうも・・・・・あの大排気量の単車で・・・・・はねた、のではあるまいか・・・・・そんな音も聞いたような・・・・聞こえたような・・・
 
ブレーキかける音とかは、なかった。「急に下りないでくださいって、いったのに・・・」
弱々しそうな、それでも自分でその単車を操って止めたらしい少女の声が。
 
 
「いやー、すまないすまないチサト君。社長のお呼びとあってはすぐさま駆けつけなければ怒られて、リストラされてしまう可能性もあるからな!社長は新世紀の織田信長ともいえる大人物であるからして!そのお命を狙う敵もさぞ多いに違いない!さあ!敵はどこだ?究極可憐な社長のお命を狙う石田三成はどこにいる!!このISDN回線男が十段階チェンジ変身を見せてやるぞ!」
 
 
・・・・・・・目が、あわないようにしたのは、いうまでもない。
 
 
これまでさまざまな恐怖体験をしてきたが、今現在、更新された。なんだこの至高。
当分、更新されることはないだろう。誰にも話せそうにないのも辛い。
 
 
「ばーか!信長を殺したのは明智光秀だよ」
橘エンシャは偉大な人物なのだろう。この手のまるだし危険人物にこうもストライクなことが言えるとは。ちょっと感動する大井サツキ。
 
「けど、仕事が速いのは誉めてやる。他が圧してるからね。よくやったね、カイセン」
 
「評価されるのは嬉しいが、あれは単なる戦闘員にすぎない!これから陰の本命が現れるのです!・・・・・もしや?意表をついて、さらわれて人質になっているかのよーに転がっているこの女が・・・・・」
 
 
巨大な顔をめぐらして、こちらの目と合うように・・・・必死で目を動かして避ける!
この苦境を察してくれたのか、女若社長が
 
「あ、いえいえ。あの人たちだけで終わりですから。さすが、回線男さん。見事なお仕事ぶりです」
 
橘エンシャの言うことは聞かなかったクセに、回線男とやらはこれにはあっさり
 
 
「はっはっは!いやいや、これぞ77の高速殺人技・”光ニシテイインデス”!!・・・これを喰らった者はたちまち光になって浄化されるのです・・・たぶん、自分たちがこれまで犯した悪行を悔いながら・・・いやー、ダブルヘッダーだったが今日もいい仕事だった!」
 
 
認めて勝ち誇っている。一瞬、このハッピー具合を、うらやましい・・・と思った自分の弱さを強く戒める。しかし・・・・・確かに、この異形の巨漢は口にした。
 
 
その名を。
 
 
別に隠す必要もないから堂々としゃべったのだろうが・・・・・・そんな細かい意識じたいなさそうではある。
 
 
「あのー・・・・・・やっぱり、そこにいるのは・・・・・」
 
異能の力をもつトンガリ帽子たちをあっさり撃破した異形の巨漢を従え、年齢が上の者たちの信頼に満ちた補佐を受ける・・・・・若い女。発令所でのイメージとはあまりに違うが・・・・それでも、その声と、その名は・・・・合致するのは・・・・・自分が知る上では、唯一人。
 
 
「伊吹マヤ・・・・・さん?ネルフ発令所の・・・三羽ガラスの・・・・?」
 
 
違いはなさそうだが、自信はない。顔見れば一発なのだろうけど。
 
 
「そうよ」
 
ものすごく簡単に答えが来た。なぜ、そんなことを尋ねるのか、と不思議成分も混じって。
 
ようやく、全身から力が抜けて、どっと安心感が来た。そうなると、少々怒りがこみ上げてくるのが人情というものだ。大井サツキも女の子であるから。
 
 
「じゃあ、もう少し、早く、助けてくれても・・・・・・・」
 
自分でもコレは甘えだな、と思う。助けてもらって文句など。しかし、あの時の言葉をそのまま受け取ると、お助け役が来なかったら、助けないよ、ということにもなる。その絶望の気分は、やはり恨み言を生む。感謝が先だとはアタマでは分かっていても。
 
体には、震えが来た。やはり、専門外の対処には心身両面のストレスが深すぎた。
 
これまで耐えてきたが、やっと、リレーを渡せる、ような気持ちもあった。
 
 
「ごめんなさい、大井さん・・・・・・でもね」
 
その甘えに怒るでもなく、ゆうゆうと、色付き眼鏡をかけた、社長オーラも身に纏った伊吹マヤは近寄ると、慰め抱きしめるではなく、大井サツキが起きあがるための手を差し出した。「私もね・・・・」
 
 
「え・・・・?」
眼鏡越しではあったが、伊吹マヤのその目は真剣そのもので、呑まれる大井サツキ。
異形の巨漢が気分よく従うのも、こちらを見てなんかニヤついている一癖もフタクセもありそうな年配者が両翼に立つのも、分かるような、気がした。
 
 
「オカルトなんて・・・・」
 
 
「え?」
 
なんか、人生とか仕事のやる気が湧いてくる、深イイコトを告げられる空気かと思っていたのだけど・・・・・・。今、なんていわれましたこの女社長。
 
 
「苦手だし」
 
 
「私も、です」
 
 
しかしながら。現在のネルフ本部には、それが得意な人間が、かなりいる。