あのまま流されていた火というか日にはいったいどうなっていたことやら。
 
 
その疑問を解明したいとは惣流アスカは思わない。流されるだけ流されてしまえば、流れの終わるところで自分も終わるほかない。そこが自分にとっての楽園である保証もなし。
 
 
ならば、もう少し他の疑問を解明することに己の力を使おうではないか、と思う。
自分と同じ顔した・・・・・もう一人の自分にフレイムランチャーなどという無粋な武器で攻撃されて、しょうがなく川の中へ避難したわけだが・・・・なにゆえ。
 
 
そういうことになってしまっているのか・・・・
 
 
自虐自罰のイメージがこうした夢を脳内に生成したあげくに上映しているのか。ともあれ。
魔女裁判の火あぶりとちがって磔にされて動きを拘束されているわけではない。川の中に追いやられても、そこから這い上がってこないように見張られていても、川の流れに逆らってどこぞで上陸して体勢を調えて反撃するとしよう・・・・おだやかにやっている場合ではない。
 
 
川には小さな灯りをのせたスイカだの瓜だの小舟だのがあるが、その中にラッキーなことに巨人の子供が流してしまったようなおもちゃにしてはでかすぎるポンポン舟があり、ろうそくの類はそのへんからいくらでも調達可能であったから、・・・・もしかしたらそれらは何かの儀式のためのものなのかもしれないが・・・・・それに掴まって川の流れを逆流していく惣流アスカ。さすがに乗るほどの大きさはない。もう少し子供であれば乗れたかもしれない・・・・。リバースポーツというより、泳げない子がビート板をつかってかろうじて前進の図に近いのだが。
 
 
「行きましょう、ブリュンヒルデ」自覚はないのか、勝手に名前までつける。
 
 
ぽんぽんぽん・・・・・
 
 
線路の上からは小さな川に見えたが、いざその中に入ってみると、対岸が見えない。
流れの先と元しかない。あまり、長居していいところではなさそうだ。たとえ夢でも。
 
 
もう一人の自分に悟られないほどの距離をとって、あがるとしよう。
急いだ方がいいような気もするが、そうすることでそばを流れる小舟たちを転覆させるのもかわいそうだった。なんでそう思うのかは分からない。ともあれ、流れに逆らいながらもなるべく荒立てないように、微速前進していくブリュンヒルデと惣流アスカ。
 
 
そうやってしばらく進んで適当な距離を稼いだな、とこのへんであがるか、と思ったところで希望上陸地点にはなぜか先客が。・・・・・ちなみに、人間ではない。
 
 
 
「・・・・もう、終わりなのね。人間には二度と関わらないのね・・・さよならなのね」
「いやもうそればっかり。オフコースの名曲じゃないんだから。あれはあれでしょうがなかったというか、僕たちは触れなば落ちん、三尺先は太刀風で斬る・・・・、てな妖刀じゃないんだから。主が斬りたい時に斬れるのが名刀の条件だし」
 
火の鳥が二羽、焚き火ならぬ火花を散らす剣山を囲んで何やら話し込んでいた。鳥が火をまとえばそれは普通焼き鳥となるはずなのだが、それらはまごうことなき火の、鳥。何やら怒っている片方をもう片方がなだめているような感じである。どうも・・・知っているような気もするが・・・・もちろん、人語を話す火の鳥とお友達です、とかいうのは自分のキャラクターではない。関わらない方がいいだろう。もう少し先へ。ぽんぽんぽん・・・
 
 
 
火の鳥の輝きも見えなくなった頃、そろそろよろしいでしょうか、と思えば。
 
今度は、二足歩行する巨大な猫。猫と言えばこの暗い中、その瞳は大いに輝くはずなのだが、その猫は信じられないような糸目であり、その体躯といい、覚えがあった。
 
「あいつ・・・・・マサムネ・・・」
招いている。猫がやるから招き猫、ということになるが、なんともかわいくない、どころか腹に一物ありそうな・・・関わるとろくな事になりそうもない危険予知のみがある。
 
スルーしかない。
 
「いいこと教えてあげるから、こっちにくるのよ〜」とか言ってるがどうも信用ならない。
スルースルーの完全スルー。
 
 
もう少し先へ・・・・ブリュンヒルデでぽんぽんぽん・・・・
 
 
 
周りに流れてくる灯りの数・・・つまりは流れに従ってゆく小舟たちががずいぶんと減ってきている・・・・そんなことを感じだした頃
 
 
 
そこは川幅が狭くなっていたのか・・・・・対岸が見えていた。
 
人影がある。
 
そこにだけ強い風が吹いているように、戦旗のように不敵にはためく長い髪とそれでいて揺らぐことのない完璧な体幹とそこから伸びる剛を制すしなやかさを体現する四肢の線。
 
二つの髑髏で危なげのない軽やかすぎるリフティング。
 
背を向けていようが、覚えがある。
 
 
「・・・・アンタは・・・・!」
 
思わず対岸の方にあがろうとしたけれど、こっちに気づいたのは間違いなかろうが、人影は振り向くこともなく髑髏のリフティングもそのまま続けて、
 
 
すい
 
 
ただ指先を川の源の方へ向ける。怜悧な刃物にも似た指先には迷いがなく、そちらへ近づくことを完璧に禁じていた。従わなければどうなるか、指先の鋭形が雄弁に語っている。百の演説よりも分かりやすい。見事な芸だと思う。こちらにも吹いてくるはずの強い風が遮られているのは、長い髪のせいだとなぜか分かった。そのまま言葉を届けることもせず、指先の示す方へ進んだ。
 
 
夢であればもっと自分に都合良く自由のはずなのに。
 
 
 
そしてまた川幅は広くなり、対岸は見えなくなった。その距離も感じられぬほど。
 
 
ブリュンヒルデのエネルギー源である流れる小舟の灯りにほとんど出くわさなくなった。
 
川の果ては見えないが、川上りもこのあたりで終わりにするしかない。ずいぶんと遡った気もする。ここまでくれば、もう一人の自分に邪魔されることもないだろう。たぶん、あっちはこっちが川に墜とされた時点で素直に流されてドザエモンやっているとでも思っているはず。こっちがそれでも這い上がってこれることを知らないからだ・・・・さて、なんで今さらこんなことが分かるのだろう。理解が遅すぎる・・・・自分のことであるのに。
 
 
「まあいいわ」
 
 
川から上がり線路の方に戻ろうとした惣流アスカの目に、遠方の蒼い光と人影が映った。
 
対岸。さきほど、髪の長いあの人影がいた側だ。そちらに近づくことを禁じられた領域。
 
おそらく、近づけばろくな事がない・・・・・どころではすまない。
 
こんなところで危険をおかすこともない・・・・これがたとえ夢であろうと、
 
覚めないかもしれない。
 
 
けれど
 
 
目が、動かない。
 
 
蒼い光と人影を遠く映したままの、瞳が、動かせない。
 
それに従うように・・・・体が、ブリュンヒルデの舳先が、そちらへ向く。
 
 
蒼い光は・・・・巨大な球体のようであるが、鼓動して、すぐそばの人影を照らしもするし消しもする。だから、その人影が誰なのか、よく分からない。距離もある。カンでしかない。だけれど、よく知っている人間だ、と、蒼光に連動して強く脈を打ちはじめる自分の心臓が教える。
 
 
「あれは・・・」
 
 
ぽんぽんぽん・・・・・どくんどくんどくん・・・・・最後の蝋燭たちを使い、惣流アスカは心臓の命じるままに、対岸の方へ進んでいく。対岸からは戻れない、ブリュンヒルデの推進燃料が片道だけで無くなってしまう計算になる・・・あちらには、灯りはないのだから。頭はその行動を却下しているにもかかわらず。
 
 
 
「ママ・・・・?」
 
 
それを、止める者もいない。
 
 
 

 
 
 
巨大なビールグラスのようだ、と思った。
黄金に輝くボディにあふれ出した大量の白い泡。
 
 
黙っていれば、ビール会社の宣伝用の巨大オブジェのようでもありそれで押し通せたかもしれない。それほど、その光景は常識を外れていた。
 
だが、結局、駕篭に乗った碇シンジ達が現場に近づくにつれて大きくなる喧噪がそれが何かの冗談やイベントでもなんでもなく、まぎれもなく現在進行中の災事であることを教えていた。周囲はすでに消防と町内会による封鎖がなされている。上空からは消防大型ヘリの爆音と噴き出される泡消化液の匂い。夜を切り裂く赤い回転灯。サイレン。防火服を着た者たちのかろうじて動揺を抑えた硬い声のやり取り。通常の火事ではあり得ない異常光景に引き寄せられた住人達の興奮した声、声、声。「監視カメラで見た時はこんなんじゃなかったのに・・・・こんな・・・」城に戻らず、身分証明代わりに碇父子についてきたミカリがあっけにとられている。
 
 
「泡がなかったら、そこだけ夕日が残っている、とか表現できたのに。金色ビルかー・・・・こんな注目集めているのは・・・・・らしくないよね」
「通常の手段では消せぬ・・・・・・この輝き・・・念力発火の繭、といったところか・・触れると発動する・・・銀杏の陣・・・邪館の炉・・このような真似が可能なのは・・・”現神天照”か、もしくは”第二の効率”・・・シンジ、”あれ”を忘れるな」
「熱いところに特攻むのは父さんの得意技だと思うけど。そんなの伝承されても」
 
 
同時にザン!と駕篭から降りた碇シンジ、ゲンドウの父子
 
に「ここから先は入っちゃいけねえ、なんか見た目は冷えたビールみてえで熱くないみたいに見えるが、マンション内部はとんでもねえ熱さになってるそうだ!あぶねえからさがってさがって」町内会の人らしい刺又もって袢纏着たおっさんが制止する。
 
ザン!と格好良く擬音つきでおりてみても、おっさんの刺又がこわいのでそのままごくろうごくろう僕たち関係者、と臨場できない。父子そろって、ダン!と足踏みする。
 
 
「あ、その人達は・・・・」ミカリが役目通りに説明しようとしたところ
 
「ヒダリメには連絡がついたのか!!」「なんなんだこの火災は!?まともじゃない、外部の特異技能なのか?城の者として説明してくれ!」「近づくのは問題ないが、触れれば耐火処理済みの機材が溶けてしまうんだ!突入ができん!ロボットもダメだ!消化液もほとんど効果がない!炎もあがることもなく煙もないが・・・これだけの熱がたまって建築物が無事なはずがない、鋼材も溶けてとうに崩壊しているはずなのに・・・当初一室だけだった金色の熱帯が建物全域に広がっている・・今は建物ひとつで済んでいるが拡大しない保証もない・・これは・・我々でもどうしようもない!」
 
耐えきれぬほどに待ちかねていた消防の人間にわっっと駕篭を取り囲まれる。聖徳太子でもない小娘が対応しきれるわけもない。
 
「左眼様はもう少しすれば到着されるはずです!それよりも、住人は全て避難したんでしょうね?救助し終わったんでしょうね!?検索は!?」半ギレして怒鳴り返す。
 
「ああもちろんだ!それくらいはやっている!」という返答をもう半分で祈りながら。
 
が、
 
問われた者たちの表情が凍りつく。
「住人の女の子が一名・・・・まだ、中にいる・・・火元の、熱源の部屋だ」歯ぎしりしながらの返答に
 
「なんで助けてあげないのよ!!あなたたちが助けてあげなかったら、左眼さまは・・・・」頭で理解しつつも感情が許さなかった。竜を駆った水上左眼がこの異常にどう対応するかだいたい察しはつく・・・・この黄金に熱溜まるマンションごと引き抜いて里外の海にでも放り捨てるくらいのことは平然とやるだろう。中に人が残ろうと。
出来れば、そんなことはさせたくないし見たくもない。
 
 
「分かっている・・・・分かっている!」
消防の者たちが叫ぶ。
それが首長たる水上左眼の仕事であり、役割を果たしているだけのこと。
それが現場に到着して冷徹判断の剣を振るう前に、避難救助を終わらせること。
それが自分たちの仕事であることは重々承知している。人の命に里の内も外もない。
 
このあまりにも異常な・・・黄金熱の災い・・・・原因は、もしや室内に残された少女にあるのではないか・・・・・修羅場を重ねてきた者たちのカンが働きもするが・・・
それでも、見捨てたいとは思わないし思えない。この他に比する例も覚えがない異常事態・・・・であるが、一カロリーとて熱を外部に溢さない、というのは何か意思を感じる。
 
もしや大爆発の手前の静けさ、という可能性もあるが。快楽めあての放火や犯罪の隠匿目的であるなら、派手に燃え広がった方がいいはず。さながら熱の結界のように人を寄せ付けぬこれは・・・・・誰の望みなのか。少女は取り残されたのか己の意思で居残っているのか。
 
「同室の・・・兄とかいう男は今どこにいるんです?」
「それが・・・」
 
その謎に答えられそうな縁者は大やけどを負って病院に搬送済み。その男が周囲に火事だと知らせたおかげで他の住人の避難がスムーズに済んだらしい。が、その無理がたたったのか現在緊急手術中でとても情報を引き出させる状態ではないという。何がどうなってこんなことになっているのか、原因が多少でも分かればまだ手の打ちようもあるが・・・・・ないかもしれないが、今ほど迷うことはなくなるだろう。本人が承知のうえでこの騒ぎを起こしているのなら、こちらも態度を決めるほかない。納得して判断を下せる。
 
 
水上左眼はすぐに来るだろう。多少の疑問は揉み消してしまえる唯一の正解を携えながら。
 
 
自分たちはそれに従う身であり、対抗すべき術ももたない。けれど・・・
 
楽しんでいる主の不興を買わぬ中和緩衝剤として呼んだ碇ゲンドウ。あの謎の人物ならなんとかするかもしれない・・・・少なくとも、主をうまいこと説得するくらいのことは。
現場までやって来たのだからそのくらいはしてもバチはあたるまい・・・と、消防の人垣を抜いて視線を碇ゲンドウの方へ向けるミカリ。しかし。
 
「あれ、いない」
 
 
町内会のおっちゃんに制止されていた碇父子がいなくなっている。普通、大人しくそこで制止されているものだが、まああの父子普通じゃないのだろう。失念していた。まさかここで諦めて帰りました、ってんじゃ・・・・・超権力もっていた者がいきなりそれを失うと超弱くなることがあるからなー。まあ、確かに何の役目があるわけでもなし出る幕じゃないと自認すればそれまでのことだけれど。「・・・・それでいいのか」
 
 
”ミカリ。現状は”
 
 
竜に乗った主から通信が。竜の眼が現場の状況を把握していないことはありえないから、その現状とは、碇父子の動向を指すくらいことは分かる。しかし、思い切り見失ってしまっていた。まさか、野次馬はせずに帰ったようです、とは言えない。
 
 

 
 
 
「あれ、シンジくん?・・・・・それから・・碇司令っ?」
 
 
思いがけない再会であった。
 
 
町内会のおっさんに止められようと、はいそうですか部外者はあきらめますよ、と素直にお寺に帰る碇父子ではない。水上左眼が竜号機でやって来ればどういう対応をとるかだいたい見当はつく。これが使徒がらみの一件であるならとにかく、このマンションごと引き抜いて外の海に捨てる、くらいことはやるだろう。中に人が、よそ者が残っていようが。早いところどうにかせねばならない。消防の人間に囲まれてしまったミカリはもう使えない。まあ、情報の流れから遮断されてもこの場合は問題はない。
収拾段階でつまずいてしまっている。基本の情報量が違うのだから無理もないが。
 
とりあえず、蘭暮アスカのところまで行ってこの騒ぎを止めてもらわねばならない。
本人に意識があればともかく、無意識でやっているのだとしたらかなりの難事になるが。
このまま他人を装ってスルーという選択肢はない。
そうなれば、竜にもっていかれる。
 
人混みの中を移動して封鎖の甘そうな所を探す・・・そんな時に、背後から声をかけられた。ずいぶんと、懐かしい気がする。父子そろって振り向くと、そこに
 
 
「ミサトさん・・・・・加持さん・・リョウジさんの方ですね・・・・なんでここに」
 
頑丈そうな黒いコートと毛皮帽子とずいぶんと暑そうな格好をした葛城ミサトと加持リョウジがいた。防火用、ではなく単に冬用の装備なのだろう。
かなり驚いた驚いた顔をしている。この隠れ里に父子がいるのは承知していても、こんなところでこうも自由に動き回っていることと、やはり碇ゲンドウの着流し姿は。
 
 
「よく許可がとれたものだ・・・・・・いや、ツアーの方か」
返り咲く気があるのかないのか、特に司令呼ばわりに訂正もない碇ゲンドウ。
 
「ご明察。とても俺たちにはここの札はとれませんからね。なにせ軍資金がない」
「おかげさんで点呼とられてバレる前にすぐにここを抜けないといけないんですけどね。・・・・シンジくん、元気だった?」
 
エヴァ数体を直接指揮し、下手をすればそのまま世界を滅ぼしてしまえるかもしれないほどの超権力の座から転落したわりにはずいぶんとその笑顔は明るい。普通、こんな目にあわされると妄執の鬼になったりするのではあるまいか。けれど、演技ではない。演技ではないからこそつられることも、愛想を返す必要もなかった。感動している場合でもない。
 
優先させるものは、同じのはず。きっと、たぶん。まだ。そう信じる。
 
作戦部長と同時にもう一つの役目も止めてしまったら、こんなところにはいないだろうし、こんな顔はしていない。まだ、やっているようだ・・・・閉店もせずに。それを元気というなら
 
「ほがらかな感じじゃありません。がんばるしかない元気です。で、ミサトさん、さっそくなんですが、実は僕たち急いでるんです。アスカがあの中にいるとかで」
 
元気であろうとなかろうと、やるべきことがあるならやるしやらせる・・・・まあ、自分たちの距離というのは突き詰めればそのようなものではなかったかと。疾風怒濤にして迅雷交差点。感情はあとまわし。その一言を解析しているヒマもない。
 
 
「あー、あの中にね。大学イモみたいにねっとりくるまれちゃったマンションかー・・・・・ビールジョッキみたいにも見えるけど、泡は別にアスカが意図したもんじゃないもんねえ。ごめんシンジくん」
 
いきなり謝られた碇シンジ。その声色で、目の前のこの女性がひどく実務的な理由で謝っていることがすぐに分かった。この期に及んで本人にしか分からぬようなフィールな理由で謝られても困るだけであった。
 
 
「これって私のせいかもしれない」
 
しかしながらこれは聞き逃せない。葛城ミサトにそんな能力があったとは・・・・・まさかなあ、と思いつつ父子そろって加持リョウジの方を見るが・・・連れ合いはべつに脳に異常をきたしているわけではないようだ。彼女なりに正常であるようだ、と男のアイコンタクトで。
 
「な、なんでミサトさんのせいなんですか・・・・・アスカの、アスカの中にいる彼女の仕業だと、思いますけど・・・・・制御できなくなってるとか・・・」
しかしながら正面切って問い返すのはまだ少年のポジションにある碇シンジしかいない。
 
 
がしっ
 
 
いきなり葛城ミサトに両肩をつかまれる碇シンジ。「い、いや、ミサトさんがどうしても自分のせいだっていうなら、それはそれでいいんですけど!せ、責任とってもらえれば」
理由もなくとにかくフィーリングの超推理で犯人はあなたのせいだと、糾弾されるよりも百倍もマシであるが、これはこれでこわい。どう見ても、こっちを力づけているのではなく、ここは連帯責任でいきま翔子、のポーズであるし。
 
 
「アスカは多分、怒ってるのよ・・・・・・いじけてると言っていいかもしれない」
 
「なんでですか?いやまあ、あまり機嫌の良さそうなイメージじゃありませんが・・・人を寄せ付けない太陽はひとりぼっち状態というか。いや、あんまりのんきに話しているヒマはないんだった。ヒメさんが来る・・・その、アスカの怒りを収める手段でもあるんですか」
 
いじける、などとどこ突いてもそんな湿気た情動、あの蘭暮アスカというかラングレーというか惣流アスカから出てきそうにない。突いた時点でこちらが泣かされそうだ。
 
 
「いやー、シンジくんがアスカに作ってあげたあのミニチュアあるじゃない、独逸の家みたいなやつ」
 
 
「はあ」
ずいぶんとなつかしいが、こんなところで今やる話だろうか。
このミサトさんは本物か?
疑念が湧いてくる碇シンジであるが、
 
 
「壊しちゃった。バラバラに。ちょっち理由があって。ごめんね?」
 
 
「本物ですよ!!」
まごうことなく、権化でも何でもなく、モノホンの葛城ミサトだ。いやしかし破壊の女神かもしれない。明るくなったのではなく、OSAKA的マザー、つまりいわゆる、”おかん度”があがっているだけかもしれない。
 
 
「別にアスカに連絡したわけじゃないんだけど、今のアスカ、多分、”ものすごーくカンが鋭くなってる”んじゃないかしらねえ。虫の知らせじゃないけど。それで、こういうことをしている、と」
 
ものすごくカンが鋭くなっているのは貴女でしょう、と言い返しそうになった碇シンジであるが、ぐっとこらえる。突っこみはじめればきりがなく、タイムオーバーになる。
 
被害がマンション固定で周囲に広がる様子がないなら、もう少し状況を見てくれるかも知れないが、もたくさしていればこんな時間であるし早々にケリをつけにくるだろう。
水上左眼は好奇心旺盛な学者でも惣流アスカの家族でもなんでもないのだから。
 
 
「で、結局どうすればいいんでしょうか。まさか、アレをもう一個つくってお供えしろとか」
 
 
 
「・・・そんな対症療法ですまないっしょ。まさしく焼け石に氷ってやつ?司令もシンジくんもいるのなら、ここは根治療法をお願いしたいのココロ」
 
 
ぞく
 
物言いだけはふざけているが、凄みが増している。このドスの利き具合といったら。看板に頼らない自前の貫禄。ネルフの作戦部長から下りてどういう生活をおくってきたのか知るよしもないが、のんきに花嫁修業していたわけではないようだ。碇ゲンドウが加持リョウジをじろりと見る。元はと言えば、己がこの地に留まるようなことにならねば、彼女の人生もキャリアもこのような展開になることもなかっただろう。恨み言の十や二十、当然あるだろうに。文字通りに一刺しされても文句はいえない。あくまでその理由が個人的なものであるからなおさら。こんな所に来てもいいのか、など余計なことは言わずにおくか・・・・そうされた方がいいですよ、碇司令・・・・と女性に対する対処法で共通項のある男同士で目の対話。それからスライドさせて監視役らしい昔風の円筒郵便ポストを目で射抜く。これを見届けるつもりなら覚悟がいるぞ、と。
 
 
「とにかく、ここはシンジくんが現場に突入するしかないわ。多分、アスカはシンジくんを待っているのよ。別に焼身自殺がしたいわけじゃないだろうから・・・・こう、イバラ姫みたいなもんで、王子様役が来るのを待ってるのよ。イバラの代わりに高熱のバリヤーだけど、シンジくんが踏み込めば解除されるんじゃない?つーわけで、・・・・
 
 
出撃!!」
 
 
久しぶりの葛城ミサトによる出撃命令(しかも不意打ち)で、思わずその通りに突撃してしまう碇シンジ。人混みの間をまさしく変異抜刀稲光のようにバババとすり抜けていく・・・立ち入り禁止のロープも関係なくあっさり飛び越え・・・ようとしたところで
 
 
きゃいんっ!
 
あろうことか蹴飛ばされた子犬のような声をあげて禁止ロープ越えを制止させられる碇シンジ。簡単に言うと、ロープの近くにいた人間にとても素人ではない速度のケリで弾き返されたのだ。続いた呆れた声は、息も荒げず場慣れした者のそれ。
 
 
「何やってんだ碇シンジ。ここ、立ち入り禁止だぞ。漢字ならうれしげに読める方だろ」
 
町内会のおっさんではなかった。制服に警察の腕章つけた生名シヌカであった。
 
 
「野次馬なら野次馬らしく、ロープの向こうで見物してろ・・・・・・というか、家に帰れ。そろそろ片付くだろうから」
 
「あ・・・・・あの・・・僕、関係がない・・・・・わけでも・・・・ないんですが・・・・ちょっと自信ないですけど・・・」
 
電光ダッシュのカウンターであることを考慮しても、シャレにならん威力であった。
肋骨は大丈夫であろうか・・・・・折れてたらここでリタイヤになる。
 
 
 
「あら、シンジくんがまだこんなところに」
人混みをかきわけて、葛城ミサト達がやってきて王子様どころかチキンを見るような目で見た。てめえの父親まで一緒になってそんな目でみるので碇シンジもたまったものではない。うわ、加持さんまで肥料の足りないメロン見る目で見てるよ!
 
 
「あの・・・生名さん、僕、どうしても・・・・あっちに行かなくちゃ、いけないんですけど・・・こほ・・・」
腕力というか足力ではかないそうもないので、なんとか哀れっぽい演技で訴える。演技力だって立派な力だ、と思う。それも僕の実力だ。力あってもこれ正義じゃないけど。
 
「うるさい、仕事の邪魔すんな。お前、これまでも十分目立ってんだからそれ以上目立つことやる必要ねえだろう?」
しかしながら、あっさり却下されました。焦って上空を見ると、うわ、ヒメさんが来てる。
 
もはや一刻の猶予もない。「なんか金色に光ってるだけに見えるが、内部はものすげえ熱量が渦巻いてるらしい。マジで危ない。さっきからそう言ってんのにバカなやつらが興味本位で賽銭じゃあるまいしコインを投げ込んで・・・触れた瞬間に溶解だ。人間なんか黒こげじゃすまないぞ。原因も分からない、いわゆる超常現象ってやつで、珍しいかもしれねえが・・・まだ中に・・・い、いや、とにかくさらしもんじゃねえんだ、とっとと帰れ!さもないともう一発くらわすぞ。別に宇宙人がいたりするわけじゃないから」生名サンには説得されるわで。
 
 
「中にいるのは、同じクラスの蘭暮さんですよ」
 
 
賭ではあった。声の調子から、生名シヌカは中に人間がいるのは知っているが、それが誰かまでは知らないのではないか・・・・制止役がそこまで知る必要も無かろうが、知らされていた場合は動揺は最小限になるが、そうでない場合は・・・・・・
 
 
「!?」
目をむいて、その情報の真偽を確認しようとする。見かけはスケバンのそれでも中身は警察成分がかなり濃い。「あ、詳しくは、あっちにいる父さん達に聞いてください。特にあのお姉さんが詳しいと思います!・・・・・それじゃ
 
 
生名シヌカの目が葛城ミサトたちにいった瞬間、小声で挨拶して電光ダッシュ再開。あっという間もなく禁止ロープを飛び越えて金色に輝くマンションに到達する。これで葛城ミサトの予見が外れていた日には、碇シンジはただではすまないわけだが
 
 
ふっ
 
 
スイッチでも切ったかのように、碇シンジの突入と同時に唐突にマンションを包む金色の光は消えた。野次馬達の驚きの声は後追いとなるが、その分だけ怒濤である。消防の者たちも目の玉が飛び出んばかりに。
 
「・・・やっぱりねえ」葛城ミサトは予想が的中した割にはさほど嬉しそうでもなかった。
 
それから碇シンジの後を追う。加持リョウジが続き、そして碇ゲンドウ。それから「おい、待て!」我に返った生名シヌカが裏の方の事情まで知っていそうな面子を追いかける。
 
 
こうなると、我も我もと群集心理というより動物的な反射で野次馬たちもマンションに入ろうとする。あの異変の原因はどう考えても内部にあり、それを知りたいというのはまあ、高尚低俗中庸あろうと人の性、というものかもしれない。が、
 
 
 
ざしゅん!!
 
 
生名シヌカが最後にマンション内部に入り、それからすこし間が開き、後続の野次馬たちが続こうとしたところで・・・・・支配者からのストップがかかった。竜号機から小刀が投げられ突き刺さったそれがバリケードとなる。いくら物見高い性分でもその意味が分からぬ地元住民はいない。許可されたのは、彼らだけだということを。
 
水上左眼から指示があったのか、消防が撤収しはじめる。外縁の見物人たちも興味に後ろ髪はひかれるが、これ以上ここにいても、見られるものはない。見てよいものはなにもない・・・・。
 
 

 
 
ネームプレートには「蘭暮・RANGURE」とあった。
 
 
「ラングレーでいいんじゃないの」といった指摘の声はあがらなかった。
それどころではない。
 
 
入り口のドアは鍵がかかっていなかった。
 
一応、加持リョウジが罠の類のチェックを手早く終えて、皆で突入前の一呼吸・・・。
 
 
呼吸が明らかに合わないのが一人いるが。「ちょっと待て、あんた泥棒か?その手捌き」生名シヌカである。うるさい子ね、ちっと眠っていてもらいましょうか、みたいな目つきを葛城ミサトがした。「・・・・あんたは、強盗ってところだな・・・軍隊くずれってトコロか」そして、構える。
 
 
「いや、生名サン。この人達は、公務員なんです。言ってみれば、生名サンのお仲間です。ねー、ミサトさん加持さん、それからヒゲの着物が僕の父さん」
クラスメートと元保護者にして元上司が相争う光景など、碇シンジは見たくはなかった。
 
「で、こっちのスケバン警察が生名シヌカさんです。こっちの学校のクラスメートです・・・・年齢は上ですけど、別にダブってたりしませんよ。そこは穏便にお願いします」
 
「お願いされましょう。まあ、スケバン警察っていうと、見届け人みたいな感じかしら。・・・・しかし、ほんとにいたのねスケバン警察」
しかし、ほんとにいたのねスケバン警察、みたいな目つきでそのまんま葛城ミサト。
「・・・・あのなあ・・・・」そして、生名シヌカは構えを変える。碇シンジに向けて。
 
「なんで!?僕は平和をもたらそうと白い鳩のように」放射される殺気と先ほど喰らったケリの記憶にあわてて異議を唱える碇シンジ。「分かりやすい表現で、ですね・・・まあ、確かにあのケリ技は火星人刑事に近いですけど」「その分かりやすさがカンにさわる!」
 
 
「・・・一時収まりはしたが、再発しない保証はない」
豆鉄砲のような息子の言動に耐えきれなくなったのか、先へ進む碇ゲンドウ。
 
「まあ、確かに。あれだけの熱帯も残らず、簡単に収まるだけに、また簡単にぶり返す可能性もあります・・・泥棒呼ばわりもまんざら外れちゃいないがね・・・」
最後だけは聞かれぬような小声にて、続く加持リョウジ。
 
「まあ、確かに、そうなるとこっちも無事じゃすまない・・・・原因は究明しないと」
明らかにそろいもそろってカタギではなかろうが、中でもこの金色熱帯のスイッチを切った(単なる偶然にしてはあまりにも、の)碇シンジ、何らかの事件を起こす気でいるのなら・・・・己が同行するしかあるまい。どうも今年は運が尽きているな・・と思いながらの生名シヌカ。
 
 
「いーの?シンジくん」
それに続こうとした碇シンジを葛城ミサトが呼び止める。ベースに笑みが、ごく微量に他のものが。
 
「何がですか?」
 
 
 
「アスカをあの子に見せちゃって」
 
 
そのいわんとするところ・・・・・分からぬ碇シンジではない。短い間であろうとも、一つ屋根の下に住んだのだから。「うーん・・・」少し悩む碇シンジ。それから答える。
 
 
「ミサトさんがアスカを大事にしてくれるから、よかったです」
 
 
「・・・答えてないなあ、シンジくーん?でもま、いいか」
まったくもって答えになっていないが、追求することもない葛城ミサト。誤魔化されているわけでもない。推理小説の謎解きではないから、いちいちサンドイッチは誰かが具を挟んだからサンドイッチなのだ、みたいなことを確認せんでもいいだけのこと。サンドイッチを挟んだサンドイッチを出されても、どこから食べればいいのか承知している・・・。
端から見れば、怪しい者ども。
 
「ミサトさんはもう、加持ミサト、だったりですか」
 
「ふふふ、そうねえ。それだとすごくオチがついて落ち着くわねえ。落語の火事息子的な?・・・・・まー、来てみたらこんな調子だったんだけど。タイミングはよかったかもね」
 
 
話すべき事は大量にあるはずだが、許される時間がない。三人が交差可能な接触の時間はあまりに短い。「それで、さっきのあれ、どうやったの?」「僕にもよくは分からないんですけど・・・父さんにコレを渡されて・・・火伏のお札らしいんですけど・・・ってミサトさん、自分の見立てに自信なかったんですか!」「いや、碇司令がだまってたからねー」あとは歩きながら。
 
碇シンジは駕篭に乗る前に父親から渡された一枚のボロボロに古い紙切れを見せる。かろうじて、”流”・”鏡”・”夏”の三文字だけ読み取れる・・・これが効いて金熱の結界が消失したのか、碇シンジゆえにアスカが熱防衛スイッチを切ったのか、分からない。それとも。久々の面子がそろったゆえか・・・・・・
 
 
すぐそこにいる当人に聞いてみた方が早いだろうが。
 
 
「シンジくんは行ってくれないかなー、とも思ったんだけどね。・・・行くし・・・」
「何か言いましたか、ミサトさん」
 
「これ、預けとくわ」
す、っと何かの紙切れを碇シンジの胸ポケットに差し込む葛城ミサト。今さら携帯電話の番号メモでもあるまい。「なんですか、これ」
 
「それを確認にきたの。ラングレーによると、役に立つらしいけど。こんなピンチに」
「僕に・・・?ミサトさんの方が」
「あそこで何の迷いもなく、出撃、してくれたからね。ま、持っておいて」
「はあ」
 
 
「返事は元気よく!男でしょ!!」
バシン!とスーツの背中を思い切り叩かれて、腕力もかなりパワーアップしている、部屋の中へおっとっとと、片足跳びで入っていく碇シンジ。
 
 
内部は漆黒。
 
 
電灯がついていないのもあるが、焦げた臭気がすごい。加持リョウジと生名シヌカのもつ懐中電灯だけではどうにも照度が足りないが、おそらく壁も天井も床面も内部がまるまる焦げてしまっているのだろう。そのくせ、温度は奇妙に寒いほど。マンション入り口からここまで燃焼の様子がないのに、ここだけこの惨状というのは・・・この様子を見れば内部の人間が生きているはずがないが・・・・寒気の先に「彼女」がいた。
 
 
 
惣流アスカであり、
 
ラングレーであり、
 
それが演じる蘭暮アスカであり、
 
または、そのどれでもない「誰か」・・・三人目
 
 
 
なぜか加持リョウジが着ていたゴツい冬コートで体をくるんであった。火傷などはないようだが・・・目はうつろで、碇シンジや葛城ミサトの登場にもなんの反応もない。
 
 
壁に座り込んでよりかかる形で、その前にしゃがんだ碇ゲンドウが何やら問診している。
 
 
「・・どう?父さん」
何をどうやればこういう真似ができるのか、やれるのか、知っている当人に聞き取り作業を行っている父親に呼びかける碇シンジ。ここで、なんでコートをかけてあるの?などと聞くほど空気が読めなくない。ともあれ、すぐにやって来るだろう水上左眼が納得するような報告内容をでっちあげておかないといけない。こんな危険人物、早々に追放するに決まっている・・・が、その危険を内包した本人がそれで救われるわけではない。今度はいつぞやの狐祓いのような真似は通用しない。懐中電灯で父親と彼女を照らしながらも、辺りを見回しながら被害検分をやっている生名シヌカの目と、ほぼ同様の機能を果たしながらも周囲の警戒も行う加持リョウジの目。かける言葉が無い代わりに彼女の横顔を一心に見つめる葛城ミサト。
 
 
「人格の不統合だな・・・・・そのため、能力がコントロール不能になっている。同時期の成長と覚醒・・新旧双方向の能力増大に未熟な人格が喰われる・・・よくある症状だが・・・・」
さほど長いこと問診していたわけでもなかろうが、的確に原因を指摘してみせる碇ゲンドウ。当たっているのかどうか不明だが、どうも自信もって救いがなさそうな。
 
 
「・・・・・どうにかしてください」
「・・・・・・・どうにもならない」
葛城ミサトと、患者当人の声が重なる。そしてすれ違う。
 
 
「第一が・・・消える前に、とんでもないところに手を出して・・・・・・わたしじゃ第二を把握するので手一杯・・・・どういう理由か、修行でもしてるみたいに力が強くなってる・・・・・タチの悪いことにそれに集中して他のことに目がいってないから・・・あの戦闘狂・・・・こういうことになる・・・主導権を握りきれない・・・ここに、”あの人”は・・・・・いないの?ねえ・・・・」
 
その視線は目の前の碇ゲンドウのみに向けられる。近くにいる碇シンジと葛城ミサトの存在も意識にもあがっていないようで。
 
 
「こいつは病院に入れた方がいいんじゃないか・・・・ここの病院のレベルは・・・いや、許可されるわけもないか、このザマじゃ」
 
引くわけでもなく、冷静に言う生名シヌカ。この惨状のど真ん中で当人だけ無傷、という目の前の事実は、何を言われようと聞くには値する。聞いて後、判断する。
 
異能を持つ人間ならここ竜尾道ならば、そう珍しくはない。自分の家族にしてそうだ。
が、そのコントロールが不能な恐ろしさもまた。・・・・向ミチュの事件がある。
多重人格らしいというのもまた厄介。の力を振るう自覚がない人格に能力が振り分けられた、と仮定すれば・・・・。情け容赦が無用ということも十分に承知している。絶対に、水上左眼は見逃さないだろう・・・・・碇シンジ達が少々頼んだところで。また、簡単にそうされても困る。
 
何を今さら入れ込んでいるのか、という気もせんでもないが。泥棒と強盗の夫婦(?)もどういう関係なのだか・・・・「とにかく、ここから運び出した方がいいだろ・・・現場検証だって・・・うわっっ!」
 
 
「”どうしていないのよ!!”」
 
 
いきなりの少女の叫び声とともに、中空から突然炎の輪が出現して天井にぶつかった!。
子供がカンシャクおこして手にしたおもちゃを投げつけるような唐突さであったが、発火物もないところにいきなり火があがることは、本能的に恐怖である。
 
「やばい!またか」
反射的に元凶の意識を刈り取ろうと攻撃をしかけようとする生名シヌカを「ATフィールド!」とかいいながら葛城ミサトが首根っこ掴んだ碇シンジを盾にして防御する!
「げほっ・・・・な、なんでミサトさん・・・この扱い・・・」
「いや、シンジくんならぜひ、アスカを守りたいだろうと思って」
「おい碇シンジ、邪魔するな。気絶させるだけだ・・・ガスの元栓を閉めるようなもんだ・・・」
「そう言われると、なんか納得のような・・・・で、でも、もうちょっとだけ時間を下さい生名サン。ミサトさんも僕の頭部をグローブ代わりにするの、やめてください。加持さん、この新旧スケバン対決止めてください。父さん、どうにかしてよ、そろそろヒメさんくるよ!よくある症状なら、治し方も」
 
 
ここで父親任せが情けないとは思わない。亀の甲より年の功、親の威厳は今こそ発揮、この手の霊験関係ならなおさらのこと。こっちは、ラララ科学の子だし。
 
 
火の輪の二発目はなく、またうつろな目で俯いて。これで童謡でも歌い始めれば完全に誰かが死ぬ場面である。その点はよかったなあ、と、この場にいる全員が思った。
 
 
 
「こういった力を持つ者の生存数を考えれば、これは予め仕込まれていた自滅自死のようなものだ・・・・外部から手を加えても延命の助けにはならん。だが・・・」
 
 
目の動きで息子を近くに呼ぶ碇ゲンドウ。その意味を通じたか、葛城ミサトの虎の爪から解放される碇シンジ。特異な能力があるゆえの、その手綱を引き間違えた自業自得だから勝手に滅んでろ、ではあまりに運命万能すぎる。本人の自己治癒頼みの試練越え成長期待するのも待つ時間もない。
 
 
「幸い、この地では昔から伝わる、有名な民間療法がある」
 
 
「おお!!」
とそろって手を叩く葛城ミサトと碇シンジ。
同調しないのは「まさか」の加持リョウジ、と「なんだそれ」の生名シヌカ。別にノリが悪いわけではない。ただ、うさんくさいだけ。
前職を知っている加持リョウジしてからそれなのだから、着流しのヒゲ男でパチンコで生計を立てているらしい、あたりしか知らぬ生名シヌカにしてみれば信じる方に無理がある。
・・・なんでそんな素直に生きていけるのだろうか、こいつらは。似た者姉弟か?
 
 
「それを施すといえば、左眼も文句は言えまい」
効果のほどは、果たして主眼がどこにあるのか、疑問も残るが、あまりに特殊な事例であり正面切って碇ゲンドウに逆らえる者はこの場にはいない。生名シヌカにしても、スケバンであろうとも火星人であろうとも警察である以上、始末して終わり、という結末を望むのは最終最低のこと。
 
 
「で、その民間療法ってどうやるの?ここで出来そう?」
 
自分の父親を信じられるのは幸せなこと。信じられないのは不幸せなことであろう。
現状の碇シンジは限りなく前者に近かった。まあ、日本中ほとんどのダディはこんな問題に積極的に解答など出せまい。その点において確かに碇ゲンドウは頼りになった。
 
 
「高低差が必要だ・・・・・出来れば移動したいが、時間も惜しい。階段でいいだろう」
 
 
高低差の必要な療法。まあこのあたりで気づいておけば良かったのだが、焦りや希望や焦げ空気その他で目が曇っていたのだろう。
 
 
「治療など・・・・これは病ではない。機能性能の問題・・・・・支配権能さえ確立できれば・・・・第一と第二・・あの二つが無条件で従う、影と響き・・・その解析さえ出来れば・・・こんなことには・・・」
 
スーパードライ、略してドラと名付けられた第三人格は、取り返しても取り返しても取り返される脳内の高速無限の陣とりゲームにほとほと疲れ果てていた。碇シンジと葛城ミサトの出現に驚く余裕もない。調子に乗って猛攻を仕掛けてくるラングレーへの対応を少し間違えれば今度は自分の体が蒸発しかねない。その危険性を全く考えていない・・・!
いったん敵認識すれば、自分自身にも容赦なし・・・・・バカじゃないの?といいたい。
ラングレーのみを相手出来ればまだなんとかなるが、防御人格であるはずのアスカまでが血脈に潜む古来の禁忌才に覚醒しつつある。こっちの目覚めをかなりの力を割いて妨害しているが。こんなことをしていれば、そのうち自己崩壊する。早い内に主導権を握って二つをコントロールせねば。己で突き落としておいてなんだが、こうなると話の通じない深度領域にいるアスカは厄介だ。ラングレーを抑えておくように誘導もできない。
 
 
「ユイならば・・・・・とある式に来るようになっている。ただ、待っていればいい」
巡る思考を中断するように、碇ゲンドウが囁いた。見透かしている。
「え?」
 
「・・・・その気があるなら、招待してもいい・・が」
 
代償として、治療を受けてもらう・・・いずれにせよ、目立ちすぎた。このままでは処分されるぞ、とその目は語っている。それが人情によるものかどうかなど判然としないが。
このまま大人しく首に縄をつけられるほどこちらも甘くはない・・・現状のラングレーを多少なりとも何とか出来るなら、出来るものならやってみろと言いたいくらいであり。
 
 
とはいえ、現にアスカの発現させた古式の金熱結界を一時停止させて、彼らはここにいる。
 
 
「・・・分かりました。今は従います」
 
ドライは受け入れた。怪しさ満点だが、その民間療法とやらを。
何をするつもりなのか、分からぬが現状では何も出来ない。どころか自分の生命さえも維持できない。サポートであるヘドバ伊藤もどうも焼いてしまったような覚えがあるし。
まあ、あいつは判定役のくせにどうもアスカとラングレーに肩入れしていた感もあるし。
 
 
「そうか」
言うなり、懐から紐を取り出すと、コートごと少女をぐるぐると巻いてしまう碇ゲンドウ。
「え?」
 
 
「え?ちょっと何してるの父さん!」
自分も同じようなことをやった覚えがあるが、まさかここで父親がやり出すとは思いもしなかった碇シンジ。父親への信頼マイナス10ポイント。
 
 
「・・・・これでシンジを縛ってくれ。手足両方だ」
続いて葛城ミサトと加持リョウジにそれぞれ紐を投げ渡して命じる。
「おいおい・・・・・」いきなりの虐待予兆にもはや外に連絡して逮捕の段取りを調えた方がいいかと考え直す生名シヌカ。地元民の名誉にかけて、こんな民間療法などない。
 
 
「治療には苦痛が伴う・・・・・自然のことだが」
 
だが碇ゲンドウも伊達に前職が特務機関の総司令だったわけではない。顔色変えずにそう言われると確かに説得力があった。「・・・・うーむ・・・」しかし、碇シンジの方を縛る理由がいまいち分からない。悩んでいる内にさっさと泥棒夫婦(だろう)たちは碇シンジを縛り上げてしまった。「ごめんね、シンジくん。なんか謝ってばっかだけど」「すまない、シンジくん。オレからも謝ろう(オチが読めただけに)」「いや!謝らなくて全然いいですからほどいてよ!父さんはもう総司令じゃないんだから、言うこときくことないじゃないの!!」
 
 
「階段に運んでくれ」
 
 
言ってひょいと「え?え?え?」とおそらく三人前驚き混乱している簀巻き状態のドライを担ぎ上げて部屋から出て行く碇ゲンドウ。「分かりました」それに続く葛城ミサトと加持リョウジ。
「ちょっと待って?階段?この状態で階段?うわ、なんとなく分かったオチが読めたよ!読めましたよ!!もう読めちゃったから諦めてよ父さん!」往生際悪く暴れる碇シンジを二人がかりとはいえ、涼しい顔して運搬するのだからさすがに軍隊くずれ、と生名シヌカは感心する。ちなみに、碇シンジとの関係性は全く読めなくなった。
なんだこの完熟卵度。顔見知りらしいがよくここまでやれるものだ・・・
この時点で碇シンジの父親への信頼マイナス100ポイント。ついでにそれにあっさり従う大人二人も信頼マイナス50ポイントであった。
 
「生名サン!たすけてええ」さらに年上のクラスメイトにも助けを求めるが、「もし死んだら確実に現行犯で逮捕してやるから」慰めにもならんことを言われる。
 
「というか、お前、蘭暮を助けに来たんじゃないのか」
ついでにトドメも。情け容赦ない。
 
 
「こんなのうまくいくわけない!絶対うまくいくもんか!もう失敗バッドエンドイメージしか浮かばないよ!だから、ね、やめましょう、やめときましょうミサトさん。久しぶりに会ったのになんでここまでやれるんですか!距離感なさすぎですよ!ハリネズミぐさぐさですよ」「やらずに後悔するよりやって後悔する・・・・方が、私らしいからカナ?」「こーゆーのは神社の階段でやるからジュブナイル的魔術が発動するもんじゃないですか、こんなトコロじゃダメですよ!ロケ地変更を要求するー!」「あ、そろそろ時間。そろそろおいとましなきゃヤバイわねー、じゃアスカのことはお願いねシンジくん。・・・・本願を達したら、また”あの街”で会いましょ。じゃー、ね!いってらっしゃいっ!!」
 
 
「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
碇シンジは最上階から
 
 
「え?え?え?・・・・・・なんでこんなことになってるの?こんなところに固定されたら、上から転がり落ちてくる彼に命中させられる・・・・・・なんて不条理・・・これは、夢?」
蘭暮アスカは一階に
 
 
階段を、転がされけっこうなスピン速度で螺旋で落ちていき
 
それを身動きできないまま待ち受けているしかない、というのは
 
 
どちらが恐怖であっただろうか。この人間喧嘩ゴマと人間ボーリングを足して二で割ったような・・・・「民間療法」。生名シヌカの知るところではこんなことする治療院はないし、もしあったとしたらすぐさま乗り込んでその看板をたたき割るだろう。似てはいるが根本的に何かが違う、よその銀河のギャラクティカ治療法ではあるまいか。そして。
 
 
マグナムすごい音がした。
 
 
ともあれ、脳がカチ割れないで良かった・・・いや、頭蓋骨が割れるから脳がでるのか。
映画ではないから衝突の瞬間、スローモーションになったりしない。当人達の脳裏に走馬燈が流れるくらいのことはあったかもしれないが。
あのセッティングからもう二つか三つ、なんらかの手順を踏むのかと思いきやそこから一気にやってしまうとは・・・あれを治療というのは、なんというか、治療への冒涜というか。”あれ”がここのやり方で有名になっているとしたら・・・ずいぶんと曲解されている、と愕然とする生名シヌカである。元ネタすらもさっぱり分からない。制止しなかった己をちと悔やんだ。・・・・・一応、二人とも生きてはいるようだが・・・とりあえず確認のために駆け寄ろうとした背後から声が
 
 
「・・・何をやっているんだ」
 
竜号機から降りた水上左眼であった。地元民としてだいたい考えることは同じらしく、似たような表情で。止めておけばよかった、と顔に書いてあるがもう遅い。竜の力を持ってしても今のをNGにしてもう一回はじめからやり直させることは出来ない。
 
 

 
 
 
独逸 
ギルガメッシュ機関
 
 
マイスター・カウフマンは作業机に並べた刃物を見ている。
 
 
アワビむき、皮むき鎌、ツバスおろし、真珠貝掃除包丁、サカキ鎌、タイ締め、俵鎌、磯ノミなど、洋物ではない和物であった。すべて竜尾道産。それらをミストグリーンの隻眼で長いこと見ていた。製法の解析をするわけでもない、職人としての興味でもない。まるで占い師が水晶玉をのぞくように。その内に潜む何か別のものを見ている。もしくはそれらを成立させている透明な鱗のようなものを。それは内骨格か外骨格か、はたして。
 
 
「・・・・・・」
 
 
それからマイスター・カウフマンは引き出しから鋏を取り出す。これも和鋏。
それでもって・・・・・並べた刃物を次々と、切っていく。切れる。同じ刃物が紙のように。鋏はねりもしっかりしていない目釘も緩んだ後家合わせだった。しかし、切れる。
ちなみに、後家合わせというのは、夫婦と同じでそれぞれの出来は良くても左右の相性、組み合わせが悪く切れないものを、縁組み解消して違う部品と組んでみること。だが良縁になる率は低い。しかしながら、これは切れる。マイスター・カウフマンらしくもないメンテナンス不十分の品であるが、切れた。じゃくじゃくと。が。
 
 
がきん、と
 
 
最後の一品、磯ノミが逆らった。岩人間の豪腕のこと、刃の摺り合い移動力が落ちたわけではない。切れ味が落ちた、もしくは磯ノミが意地を見せた、というべきか。
 
 
「・・・・・・」
 
 
マイスター・カウフマンは鋏を外して、いったん置くと、今度は小型のランプを取り出した。そして、点火。剥き出しの芯にささやかな黄色い炎が灯る。その黄炎をもって鋏を一瞬、炙る。そして、また鋏を持って磯ノミに刃をかける。
 
 
切れた。
 
 
音もなく。
 
 
「・・・・・キョウコ」
 
 
岩人間が呼びかけたのは、小型のランプにむけて。何者が聞こうとその声にはなんの感情も読み取れないが。確かに。ランプが答えるはずもない。魔神が封じられているわけでもなし。ただ。
 
 
眼球が入っていた。
 
瞳の蒼い、目玉が、ひとつ。
 
ランプの中に。