予見
 
 
未来を見る、ということは、貴重な才能なのかどうか
 
 
個人における主観ということでいうなら、それは誰しもが持っているような・・・己の内部において使用するのなら、霊感などではないただの想像力であろうとも、誘導ブイの役目しか果たさなかったのだとしても、未来は、そちらに近づく可能性が、高い。
 
 
100%、もしくは
 
 
万が一であろうが億が一であろうと、それぞれが運命を切り開く、可能性同士の鬩ぎ合いの結果、未来の変更がなされた場合、それを認知し、解答、つまり予言の変更が適時できること・・・・
 
 
そもそも、人間の、というよりは有機物無機物問わず、意識だの意思だの魂だの心だの人格だの七欲だのそういった不確定なものを持たぬ、物体、それを構成する元素の変質具合を読み取っているだけにすぎぬのか。落葉帰根の循環における揺らぎを読み、観測にかける手間を省き、結末の果実を先取りするかのような・・・・・
 
 
そんなことを考えても、なんの意味もない。
もたねば、答えは出せない。永久に。
そんな力を、目をもつことが、どういうことか。
役目を果たす、役割を演じる、ということは。
実際は、ほんとうは、どうであるのか。
選ばれた者の至上の高揚、幸福感があるのか、はたまた
薄い空気と突き刺す光しかない山頂に一人登って下りることは許されない絶対の孤独か
 
 
舞台に、立たねば
 
 
マクロとミクロ
 
 
観測もできぬような遠くの宇宙の果てあたりに起きる巨大事象を100%の確度で予見出来たとしても、それがなんだというのか。凄いと言えば凄いのだろうが・・・・スペースオペラならばそれこそが全宇宙を救う最後の鍵、最後の希望になったりするのだろうが。
宇宙英雄ローダンが迎えに来たりするのだろうが。ちなみにレンズマンは嫌いだった。
 
 
無人の谷に松の枝が風に揺れる
 
 
それくらいならば、ちっぽけでも太陽系第三惑星の、星一つ、その中のこれまたちっぽけな島国の一都市の”ここ”で起きている、宇宙サイズでは目視することもできないほど、ささやかな野火の行方を知れる方が、有益といえば有益だ。まあ、その程度では「地球人類隙アリ!」とプレデターが襲いかかってくることはあるまい。エイリアンと食い合いでもしていろ。
 
 
さらに、倍率を上げたなら
 
 
島国の一武装要塞都市、その地下にいる働き蟻のように蠢いている職員の誰か、老若男女誰でもいいが、その中の誰か一人の明日の晩餐メニューが何なのか、分かったとしても。
それは、凄いだろうか・・・・・・100%、間違いなく的中したとしても。その偉大さに誰か気づいてくれるだろうか。紛い物ではない、真の未来視の実力に戦慄するか。
 
 
天与
 
 
天は人界における有益有効を考慮して、その才を下したのか・・・・・・
ギフトとして意を込めておろしたのか、それとも気紛れに落としただけなのか
 
 
それは、ふたつとない
 
 
ある者がそうであるなら、その他の者はそうではない。
 
 
そこに価値を見出すかどうか、だろう。要は。
 
不運なことに、自分たちの命は、そんな価値世界に発生した。してしまった。
 
 
予備であれ、と言われてもまだ納得は出来た。本物に対するコピーであると。
 
ただ、己が望んだわけでもないのに、それを「贋者」などと言われた日には。
 
立つ瀬がない。クレバスに呑み込まれる。
 
 
そんな、
 
 
あるはずのないものを、備えていなかったから、といって
 
 
「失敗」だと言われた挙げ句、氷漬けというのは。失敗作が罪ならば、制作者がコキュトスに堕ちればいい。あるいは、失敗せざるを得ない道を曳いた唯一つの本物をこそ。
 
 
賢い大人のすることか。どうしても、未来など見てもらいたいのか!
 
それとも、素晴らしい未来がこの先、到来するように、導いて欲しいのか!
 
それとも、操って欲しいのか!
 
 
 
いずれにせよ、「渚カヲル」は消えた。
 
未来視など、当人一人の精神を押し潰すか救うかする程度のことではないのか・・・・・
少なくとも、この自分は、そんな目など、全く欲しくない。与えるといわれても断じて。
 
 
今、何が起こり、
 
この先、どうなるのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
もし、その目があれば、疑問にすら思わない。
 
 
サギナ、カナギ、シオヒトに「保管」されている分身・・・・クレセント、月が、欠けていくように呼ばれた弟妹たち。欠けた分だけの、フィフスの影として。
 
どこにいるのかさえ分からない。八号機の目をもってしても。さがしてももとめても。
それらが今、どういった状況なのか。遠隔のボタン操作ひとつで消される露の身柄。
それでいて、絶対の盾、だ。触れれば砕ける、ガラスの盾であるが、絶対だ。
己にとっては。揃えたところで満ちるわけでもない欠片であろうと。それ故に。
八号機を与えられ起動を果たした最初に考えたことは阻まれた。
 
 
シオヒトに「発見」されたのが運命の始まり。この業界、誰に見つけられようとさほど扱いに差はないのだろうが、最も用意周到な部類の人間に見つかったのは厄介だった。
自分たちの存在を知る者がそもそも限られている。利用法を考える者はなおさらだ。
 
 
用心深くはあったが、神経質ではなかった。消耗による失策も期待できそうになかった。
刺客その他、敵にやられてくれても、トータルで考えるとそれはそれで都合が悪い。
無私にして無心の具現、正義の味方の到着はあまりに遅すぎた。待てる、はずがない。
完全に道具とその使い手の関係だった。長い手綱を握られた上での放置。
規格外の駒を扱う術を心得ていた。術、といった意識した技法なのかは分からないが。
高層建築で育ったゆえ高所を恐怖しない高所無感症というやつがあるが、それに近い、異能不感症、のようなものなのかもしれない。逆襲はやりにくい相手だが、忌避されることも恐怖されることもなかった。理屈で動く犯罪者に対する信頼、に近いか。
 
 
そのシオヒトに連絡がつかなくなった。取り決めたサインにも応答がない。
 
 
上か下か同位か・・・・・仁義などない業界のことだ。何が起こっても不思議はない。
デススイッチになっているとしたら・・・・、という可能性もあるが、道連れを欲しがるほどロマンチストでもあるまい。そうなれば、保管場所を知るものがいなくなる。
 
 
今、何が起きており
 
この先、どうなるのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
その目が自分にあったなら
 
 
ドリィトグラァ。エヴァ八号機の中から火織ナギサは、絶賛盗掘中の王墓もしくは虫の神殿のような有様のネルフ本部を見ていた。
 
 
その目が自分にあったなら
 
 
この煮えたぎる混沌は、どのように見えていたのか。
そもそも煮えぬように、火力の調整をするものなのか。
それは、どこから始めればいいのか・・・・こう考えるなら、極度の依怙贔屓でもなければ迷宮入りするほかない。
 
 
「・・・にしても、泥棒が多すぎるな・・・・・・」
 
 
電力を遮断され施設機能がマヒした本部は、侵入者の気合いの入り具合、能力の高さから対比計算すると、安全度はほぼ宿直の先生一人くらいしかいない夜の学校レベルといえた。
・・・・比喩があれだが、対比の精度を優先するなら、そのようなことになる。
 
エヴァをそのまま手に入れる、ということは不可能でも、それを破壊することは出来る。
破壊してどうするのか、という疑問に多種多様な答えを持つ者たちがいる。
使徒ではなく、人間でも。パワーバランス教の偶像なのかもしれない。
 
 
現時点で最もガードが固いのが零号機であり、ないのも同然なのが参号機だ。
八号機はこうして自分が乗り込んでいる時点で論外となるが。
 
 
その参号機を狙うのがぞろぞろと・・・・・・結構いる。ぞろぞろと。
 
 
きっちりとエヴァの特殊装甲を研究してきたらしい念入りにして純粋な破壊工作装備からすると、本部内の人間は止めに入らない方が賢明だ。そういった装備を所有できる精鋭中の精鋭を僅かでも足止めできるはずもない。ムダな犠牲は出さないだろうが、立ちはだかるなら技術系の非戦闘員にも躊躇もするまい。失敗する要素のない破壊工作。おそらく、成功して、参号機はつかいものにならなくなるだろう。しばらくは。その程度に破壊して去ってしまうのだろうから。そんな協定が結ばれているのか、異なるチーム同士でも食い合うこともなく、さりげない共闘が展開していた。足並みがそろわないどころかヨロヨロの病人状態の現在のネルフ本部がどうにかできる相手ではなかった。
 
 
参号機の機体にとりつく間際まで来ていた。ケージは既に無人。やりたい放題状態だった。
 
 
格闘戦最強、そして、他の機体のシンクロ率を上昇下降するという、ありえない新機軸のエヴァ用法の暁星機・・・・選ばれるはずのない、素人ふたりが乗り込む、という点も異常な・・・人造人間。ここにきて自らに繋がる因縁もあり、正直、心が、揺れる。
 
 
あの、ふたり
 
 
その声は、微れたコピーの意義すら消滅させる、強い強い、光のようで。
その熱は、砕けやすく脆いだけの、知られることもない影細工の絆を溶かすような。
 
 
敵はこちらの存在を確かに認識し浮かび上がらせもし、敵として肯定するけれど。
彼らは、味方としてこちらを否定する。認識しない。心を許せる本物ではないと。
 
 
あの、参号機が動かなければ・・・・・・
 
 
とはいえ、備えがないどころか、わざわざそれをオフにして、ウエルカム状態全開で盗人というかドリルとかもった破壊工作団を迎え入れているのだ。そんな、混沌体制。
どうしようもない。まだ自分のように機体にパイロットが乗り込んでいればどうにかなるかもしれないが・・・・
 
 
あの、猫の鳴き声は、もう聞こえない。
 
 
参号機はダメだ。零号機などよりそちらの方に力を注ぐべきだとはおもうが・・・・
なにせ司令の命とあればそれも仕方ないこと。発令所も混乱しきっている様子。獅子身中の虫どころではない。いや、虫なのかもしれないが、そのサイズが常識外であるという。
腹を食い破ろうと、食い破られようと、激痛と愉悦に、身悶えする・・・それが現状を端的に言い表しているのかもしれない。
 
 
「ロンギヌスの槍・・・・・」
 
 
その虫が拘る神器。シオヒトは単に武装のひとつとしてしか見ていないようだったが。
それを元に戻したから、どうなるというのか・・・・・
この崩壊しかかった組織体が再生するのなら、まさに魔術だ。
そんな御利益があるわけが。
 
 
「ゼルエルの鉾・・・・・・」
 
 
しかし、それと対になるような武装を、贈っていた。未来の視えるオリジナルは。
ひたすらに破壊の道具だった。決戦兵器の最終兵器というか。多量の人間の運命路線を切り替えた。隔絶している。バックアップ、コピーを期待されても、外れるほかなかったのだ。
 
 
夢のような
 
 
自分たちには、その思考が追跡できない。満月にならねば開かれぬ扉でもあるのだろう。
欠片にすぎぬ自分たちには及びもつかない。完全に満ち足りていない自分たちには。鍵は。
予め用意されていた答えに気づくことが、悟り、というものなら。それも違う。
夜になっても目が覚める、覚めてもいい、ということに初めて気づいた子供のような。
 
 
付き合わされる者たちこそ悲惨。
 
 
眠っていたいのに。
 
 
叩き起こされて。
 
 
駆け回るハメになって。
 
 
その先頭は誰か。レースでもない、判別など出来るはずもないが、ただ。
自分が先頭だ、と自分で感覚している者は、そうだろう。否定しようがない。
 
 
さきほどまで零号機ケージの直前まで来ていた綾波レイなど、口にはしないが絶対にそんなことを考えている。表面表情があんなだから騙されやすいが、意外と彼女は単純だ。
 
 
と、思っていたのにこの土壇場にきて、いきなり反転。司令の意向に逆らってケージ内に特攻をかけるかと思いきや、進路を変えてどこぞへ姿をくらましてしまった。本部内のパワーダウンもあるが、まだ結界が生きているエリアへ駆け込めば、八号機の目でも追いきれない。凡百の学者の設置したものならば問題にもならぬが、ここには東方賢者・赤木リツコ博士とはじめとして、怪しい系技術者も多数常駐するオカルト本部と化してしまっている。一番簡単なのは、八号機から降りて身一つで追うことだが、やれるわけもない。
 
空きドグマの無人性を生かして、何種類か毒ガスを滞留させたり空気濃度を弄ったりもしてあるため、おいそれとは侵入者が近づけなくしてあるが、それでも諦めないトム・クルーズィーはM・Iな者もいるだろう。
 
 
ムリもない。
 
現在、業界内で最もデータが高く売れるのは、この八号機に関してのものであろうから。
 
シオヒトに連絡がつきさえすれば、早々に離脱して完全に高みの見物を決め込むつもりなのだが・・・・・何度やっても返答がない。こんなことは、かつてなかった。
本部内のこの現状を知れば、向こうから緊急連絡がくるはずなのだ。
 
 
「死んだのか・・・・・」
 
 
こんな時であるからこそむしろ不思議はない。それだけのことをやってきている。
後ろから刺し殺されたか、遠距離から頭部を撃ち抜かれたか、転んだ拍子に首の骨が折れたとか・・・・・・
 
報いがいつやって来てもおかしくない。出来れば、もう少し分かりやすい形であって欲しかったが・・・・・なおかつ、サギナたちの居場所をメッセージで残してくれれば。
もう、いうことはないのだが・・・・・そんなに都合良くいくはずもない。
 
 
望みもせぬのに与えられた目の玉冠、その重みに耐える限界も近い。
 
 
「そうなれば・・・・・・・・」
 
 
 
その時、シオヒトから連絡が入った。
 
 
正確には、シオヒトにしか使えぬ通信端末からの連絡だったのだが、まさかそんなことまで考えもしない。ずいぶんと待たせたな、くらいの認識しかなかった。
 
 
 
だから、かなり驚いた。そして、
 
その内容に二度、仰天する。
 
 
シオヒト以外の人間から、弟妹たちの居場所を教えられた。
 
夢は見るものであり、通信機器から耳に流れては来ないはず。
 
 
幻聴、など、では、ない。
 
 
エヴァ八号機がドリィトグラァを突き破るようにして西の空へ緊急発進していったのは、その三分後だった。
 
 

 
 
なんで、ここを自分が守っているのか・・・・・・・・
 
 
諜報三課・課長代理、洞木コダマは「ニフの庭」と呼ばれる大深度施設への至るルートの張り番をしながら、口にするわけにはいかぬ疑問を、もう何十と心中で繰り返したか。
 
 
ただ、初めのそれと現在のそれとでは疑問の色が大きく異なっている。
 
 
副司令の行方不明、内部犯による拉致の可能性が高い・・・とんでもない事件発生直後に課長から出た、これまたとんでもない命令、「このルートをなんとしても守れ」に対し、
 
 
白にちかかった初めのそれが、血みどろの赤に染まりきってしまっている。
 
 
あの拳骨狸は頭がタマキンになったのではないのか、とはハードボイルドでも女子高生の洞木コダマは考えない。それはハードではなくただ下品なだけである。ともあれ、その命令はあまりに異常だった。チルドレンの警護を主任務とする諜報三課の守備範囲から逸脱しすぎていた。現在の本部における最後の常識、冬月副司令がいなくなれば、どのような混沌がネルフ本部を支配するか。諜報部であるから恐怖支配の方が先が読めるだけまだ怖くない。ともあれ、そんな大危険デンジャー状況となれば、エヴァのパイロットの警備は最優先であろうし、参号機のパイロット、洞木ヒカリは洞木コダマの実の妹なのである。
 
 
別に妹を守るために諜報三課に入ったわけではなく、妹がパイロットになってしまうなどと、想定外もいいところであったが、そんな立場であれば、妹を、妹たちを守るのはまさに天職であり使命ともいえた。天才というよりは先祖返りに近いような、現代の一般市民生活には過剰な戦闘の才に引きずられるように、この若さでこんな職場に身を置くことになったが、これも天の采配であるのか、全力全身で守っていくことになんの異論もない。ただ、あまり大っぴらにはしない方向でひとつ。ハードボイルドだから。
 
 
しかし、そんな洞木コダマに上司は、「まるで関係ない学術研究エリアを守れ」という。
 
 
おみそやひよこであるなら、背負いきれぬ危険に潰れて死なせぬ為にそんな指示も意味があるだろうが、課長代理である。強いのであり有能なのである。女子高生でも。
 
 
無能な上司の無意味な命令に大人しく従うのはハードボイルドではなかった。
 
これが警察であれば、「どうしても許せなかった」とかなんとか言って上官をブチ殴り辞表提出、私立探偵でも始めることになる。
 
 
洞木コダマはそれに従った。黙って。異論も唱えずに。理由も問わずに。
 
使徒戦とはまた異なる、風雲は急を告げる、というのはまさにこんな時のことだろう。イヤな予感がした。業界の麒麟児(大昔の相撲取りのしこ名とは関係ない)となってしまった妹も拉致され、行方不明になる可能性、そんな心配が胸を突いて離れなかった。が、それでも。
 
 
上司の目は、「これも人を守る仕事のうちだ」と語っていた。「詳しくはいえんが」と。
狸であっても、部下をだましてもしかたがない。なんらかの嘘をつかれた感触はあったが。
 
 
この状況でヒマ仕事を放られるほど信用がないわけではない。最近はちょっといろいろ無茶なこともやってみたが。課長代理の任のあるうちは。その言を受けねばならない。
 
 
が、フタをあけてみれば、それは地獄の釜のそれだったのか、くるわくるわくるわ
 
 
「なんだ小娘、そこをどけいっ!!のかぬなら職員のご家族であろうと容赦はせぬぞ!・・・あくまでどかぬようなら、これをくらえいっ!マイクロナパーム入りニードルクラスター!!」
「この殺気・・・・素人の迷い人などではないな・・・敵にして不足無し。参る・・・サイバー蟷螂拳!!」
 
 
とかなんとか説明ゼリフ優先の三下などは瞬殺するが。
 
 
もりもりと
おおもりで
 
 
まさに地獄の釜めし状態。互いに問答無用で平らげ続けるほかない。ひたすらの鉄の味。
 
食べ応えが、ありすぎる。
 
このルートをなぜ選択してきたのか。ここから中枢にいけるわけでも重要機密が・・・学術的には貴重なのだろうが、・・・・隠されているわけではない。少なくとも、諜報三課課長代理である自分は知らされていない。どこぞの学会が研究のためここまでの戦力をこのタイミングで投入できる、とは考えにくい。どんな学究の徒だ。
 
 
「まずいな・・・」
 
 
まずすぎた。
 
いつぞやの十字暦庭園での一仕事とは量はとにかく、質のケタが違う。能力もそうだが、何より商売優先興味本位の盗賊の気合いではない。この先がまるで全ての勝敗死命を分かつ大局での本陣であるかのような。底の知れない業界のことである。この奥にそんな重要なものがあったかな・・・・・だとしたら、教えておけよあの拳骨狸・・・・しかしながら、敵側の気合いで理解させられる。
ここは妹の身と天秤にかけられるほどの何かがある、のだと。
 
 
「ライダー、それも昭和ライダーの大群に攻め込まれるショッカーの戦闘員の気分だ・・・・・どうしてこうなったんだかな・・・・」
背中を守るこの場における唯一の味方、孤一マルタカがぼやく。しかしながら、意味がよく分からない。というか、ほぼ。錯乱しているわけでは、ないようだが。
 
 
「ライダー?なんのことだ?」
 
襲いくる当たれば十センチの鋼鉄板でもブチぬく電磁ナックルを引き流し、隣の孤一に渡しそこからさらに投げ技の遠心力で加速させて、向こう側のロボット系襲撃者の心臓をぶち抜かせながら返答する洞木コダマ。敵の勢いを呑み込みながら展開する一連の動きはもはやコンボなどという次元ではなかった。伝言デスゲームとでもいった方がよい。伝え損ねた奴が、くたばる。ただ、そうでもせねばとりわけ超兵器も超能力ももたない洞木コダマたちが敵に抗することは出来なかっただろう。少年マンガであれば「佐伯流・柳暖簾」とか技名を唱えるどころだが、そんな余裕などあるはずもない。そんな技名でもないが。編集部から注文があるわけでもない。
 
 
ちなみに、この戦場は完全に丸投げされて課長からの指示も増援もない。
 
ただ、二名だけでどうにかせねばならない。虚ろの木に、鷹が宿っているだけの一陣。
 
力の公平などということがありえない乱戦合戦の中でこそ、さらに敵を呑み込めるその才能は。そんな才覚はないから人狩人の戦闘能力だけで必死についていく部下の孤一に容赦なくリンクさせていくその非情さも。
 
 
「・・・単車乗りで分からないのか・・・・・くっ」
わずかに、赤面しながら吐き捨てる孤一マルタカ。その赤面も返り血で見分けもつかない。
 
 
「単車に乗るのに元号が関係あるのか?昭和でも平成でも・・・」
「平成ライダーなど俺は認めん・・・・・・断じて・・・・・」
「・・・・・・?ショッカーというのも、なんなんだ?」
「・・・・・ううう・・・」
 
倒した敵の骸を次々壁に砦に仕立て上げて、どんどんと流れを押し返していく洞木コダマ。
一進一退しながらのダンスマカブル。塹壕が掘れぬ代わりに天井裏を使う。
病弱の世間体を装う道具である鬘などとうに外して、糸を全て張り巡らす。蜘蛛のように。
 
その目の色は、虚。とても身内に、とくに妹たちに見せられるものではないが。
 
駆けるのに足下の草も踏まぬという麒麟の輝きをもつ妹に比べれば。蜘蛛のようだ。
 
 
「言いたいことは分からないでもないが、こっちはまだ、楽な方だ」
「・・・・・・・・」
「どうも相手の目線動線から察すると、ここまで来る前に一戦やったか・・・・それを避けてきたような感じだ。怯えと、安堵と・・・つけ込ませてもらっているが」
「・・・・取りこぼし分が、こっちにまわっているだけだと?どこの誰がそんな大ナタをふるっている」
 
侵入者は帰りのことを想定してか、通路そのものが破壊されるような兵器は使ってこない。
あまり派手にやりすぎればさすがに発令所も気づき、これを手引きした者たちも黙ってはおれない関係もあるだろう。人数は圧倒的不利であろうとも地の利は完全にこちらにある。
ブラックリストにさえ載らない強かな、一騎当千の影の中の影どもが寄り集まろうが
そんな戦い方をした時の洞木コダマの隣にいれば、負ける気がしない。阿修羅の手になった気分だ。・・・・それが、ただの取りこぼし処理をやっているだけだ、とは。
どこまでハードボイルドなのか。ハンプティダンプティのミイラでも見ている切な苦さが。
 
 
「さあな・・・・・課長、か」
「・・・・・・嘘だろう」
「確認のしようもない。ただのカンだからな」
「・・・・・・・そうか」
 
 
カンだろうがなんだろうが、洞木コダマがそのように見てとり、そこにつけ込んで相手を倒しているのだから、真実なのだ。十分すぎる。それが誰か、などと余計なことだ。
 
 
予想はつく。が、こちらから見えぬ前衛のその名を出すほどの余裕はない。なにせ「孤一人狩術中伝・四地理亞」とか技名を唱える間もないのだ。呼吸する間も惜しいくらいで。無言で連接技を炸裂させ続ける。しゃべりながらもこちらに敵の攻撃力をバトンできる女子高生上司の異常の冴えだ。ちなみに、人狩術のその技名はほんとにある。
 
 
なんで、ここを自分が守っているのか・・・・・・・・・・
 
 
自分たちが、守っているのか・・・・・・・・・
 
 
戦闘の中、洞木コダマの想念は、色変わりゆく。いつまで持つか、いつ終わるか、という時間の概念もない。ただ、移りゆく色だけが心にある。折れる硬さも破られる固さもない。戦闘を欲する熱狂もなく、醒めることもない。番人ではないが、それ以上に終わらない。やって来る者どもに向かい、呑み込み続ける。人の形をした、洞。
 
 
ただそこで口をあけるだけで、撤退などあり得ない。
 
いくらなんでもそろそろ限界、義理も果たしただろう、目的すら知らされていない状態で、ここまでやれるか・・・・・・という亀裂すら発生しないふたり。それを、ちら、とでも浮かべれば破砕されること間違い無しの修羅場であることもあるが。
 
 
 
終わりは、唐突にやってきた。
 
 
 
「間が、空いたか・・・・・・・さすがに」
 
「・・・・・・はっ!、ぜはっ、はっ、がはっ・・・・・・!!」
 
 
次から次から次へとやってきた侵入者の一群が、ようやく、途切れた。
 
洞木コダマの呟きに続く激しい孤一マルタカの呼吸音の他に、近づく足音もなく。
課長からの通信はもちろん、電力の回復がないあたり、なにも片付いてはいないのだろう、が。こうして、ぽっと間のあくことは、乱戦合戦であれば、あり得る。ここで休息をとるべきか、判断できた。なんらかの事情で侵入者側に引き上げ命令でもかかっていれば、一番いいが。
 
 
それは甘い予想。甘美にすぎた。
 
 
「ほら」
回復機能最優先のわりには、ラムネの味がする回復ゲルを部下の口に放り込む洞木コダマ。
「んぱっ!・・・・い、いや、くれるならくれるでひと声かけろ・・・・・・はっはっ・・・・・・ふう・・・」
 
味だけは爽やか。周囲全ては爽やかとはほど遠い、みどろドロドロ具合だった。
 
そして、その重みも。誰に評価してもらえるわけでもない。
 
 
「これは、三課の仕事なのか・・・・?」
狸の評価を得るために、この有様など、あまりに騙されすぎている。ぽんぽこが痛い。
鷹の目をした若い人狩人は、傍らに立つ女にたずねた。虚ろの目の色が、多少薄れた。
 
 
「そうだな・・・・・私たちがやったのだから、三課の仕事なのだろう」
 
そうとしかいえない。自分たちが守ったこの先に何があろうと。
 
 
足音が、した。聞き覚えのある。侵入者を吐き出すことがなくなった通路の向こう側からやってくる。これは・・・・
 
 
「おーい、生きてる?」
「無事のようだね、部下の君も」
 
佐伯ヒトミ、佐伯マコトの師匠兄妹。軍服でも異形の装備をつけているわけでもないが、その圧倒的な、竜が尾を曳くがごとくの、力の残心。おそらく、久々に本気を出したのだろう。師匠ふたりも人間である以上、拳神剣神と呼ばれた手の内を隠せても、それは隠せない。表情も声も明るく、穏やかであるが。以前、死命を救われた孤一も黙礼の体勢に。
 
 
やはり、「前衛」はこのふたりだったか・・・・他にもいるのかもしれないが、主力に間違い無しの、貫禄。この双神配備を考慮すれば、狸課長の命令もそう無茶ではなかったか。
 
 
・・・・・これでこのふたりまで敵であったら、最悪だ。師弟の感情は別にして。簡潔に。
ベリーベリーバッドだ。拳と剣、どっちを相手にしても、そうである、という意味で。
 
 
 
「・・・・まさか、それは、ないですよね」
 
 
眠たそうな、こんなところにきてまだ、眠たそうな目の、師匠兄・佐伯マコトに問う。
妹師匠に尋ねると、微妙にはぐらかされる恐れがある。「なにが?」とか。孤一が問うた。
 
 
「・・・・・・・・・悪いね」
 
 
返答は、摩利支天の札を貼り付けた剣での構え。得意の穏行剣が・・・くる、と刹那の予感が額のあたりを走ったところで、
 
 
「ほんとに、ごめん」
 
鳩尾に、拳がきた。電磁ナックルでも硫酸ミストグローブでもない、いつもはペンやらスクリーントーンやらで古風に漫画を描いている、そんなインドアな手が、一撃で。
こちらの意識と戦闘力を、根こそぎ奪った。それこそ、少年マンガだった。友情も努力もないが。
 
 
「な!?」
とかいってこちらもお決まりに驚いている孤一もマコト師匠の見えない剣閃でやられた。
正確には、やられたに違いない、という予感だ。
 
 
これは外れないだろう。さすがに。
 
 
 

 
 
 
「なにか、失礼なことを思われていた気がするわ」
 
 
開口一番、赤木リツコ博士が言ったのは、そのような気難しい魔女老婆のようなこと。
 
 
「邪悪で、奸佞の塊で、齢八百才くらいで、意地悪な、魔法使いのばあさんみたいな、とか」
 
そんなことを言われてもいまさら素直に顔色を変えたり言い訳をしたりする綾波レイではない。というか、なんでこんなところに赤木博士がいるのかがそもそも理解できない。
くしゃみを続ける水上左眼はともかく、青葉シゲルもクァビカもあっけにとられている。
言われて、そうかもなあ、などと思ってしまったことは速攻でハートの内部から削除し「ちがいますちがいます!」とシンクロで否定する。芸をいれた二重否定では、ない。
 
 
「そう・・・・」
殴り書きのメモを何十枚もあちこちに貼り付けた作業用の黒衣。金色の髪はキューティー成分など元素変換しても発生しそうにないほど疲れており、目は充血、お肌の艶などいうまでもない。魔女かも知れないが、人間には違いないのだろうな、というくたびれぶり。
カリビアら機械の助手たちが、変わらぬ顔をして背後に控えている。
 
 
ここは、邪悪で偏屈で年齢三十才くらいで精神年齢数万才、有能だけど意地悪な魔女の館・・・、
 
ではなく。人造人間再生工房・シュタインフランケージ。ここで水滸伝よろしくバラバラになった参号機を組み立て直した。正規不正規問わず、赤木博士に許可されぬ者は立ち入ることのない、機械仕掛けの魔女の褥とでもいおうか、ともかく反則気味の特別領域であった。
 
その果てがどこまで続いているのか・・・・・・・把握しているのが博士一人しかおらぬのだから、好き勝手もここに極まれりであった。本部がこんなことになっているのに、この人はいったい何をやっているのかと思えば・・・・・
 
 
「ここに・・・・・機体が・・・?」
 
水上左眼の帰巣本能マグネっぽい案内によれば、ここに竜がいるのだということだが。
くしゃみが収まらない有様に一抹の不安があったが・・・・・これはもう赤木博士に聞いた方が早い。状況が状況なので、挨拶などは省く方向で。副司令が知っていたなら赤木博士も一枚かんでいたとしてもおかしくない。そのあたりを問いつめる時間も惜しい。
 
 
「あるわよ・・・・・・頼まれて、少し手をいれさせてもらったけれど・・・・・ふわ」
 
あくびをした。あの赤木リツコ博士が。
 
「もう済んだから、好きに乗っていっていいわよ・・・・・カリビア、お茶はいいから案内してあげて・・・・・ああ、疲れた・・・・・」
 
ここは説明するところだろう、見せ場だし。と皆が思ったが、そんな気配は微塵もなく、ふらふらと寝床の方へ向かう赤木博士。てめえの見せ場を放棄しても眠りたい、とは。
霧島マナのことを、聞くべきか・・・・・迷ったが。
 
「ハイ、ますたー・りっちー。デハ、コチラへ」
案内役をつけてはくれているから、三十代女性にあまり無理強いも出来ないかな、と納得した。一人をのぞいて。
 
 
「手をいれた、というのは・・・・・・・直接に説明して頂いてよろしいか?」
 
隻眼に危険な光を灯した水上左眼だった。あれだけ連続していたくしゃみが収まっている。
そのくしゃみが竜号機をいじられたせいならば、機械のメイドなどではなく、責任者自ら説明する責任があるだろう。頼まれた、などと言ったところで。
その怒気は機械であろうと感知できるのか、サリビアとソルビアが主の盾になる。
 
 
「見れば分かるわ・・・・・・ケージの一番奥にあるから・・・・遠いけど・・・・私たちも今さっき戻ってきたところだから・・・・・・・あふ・・・・・」
 
鈍いのか、素人が受ければ昏倒しかねない気合いにも反応しない赤木リツコ博士。ぜんぜんまったく説明になっていない。さきほどまでの遠隔いじられぶりを目の当たりにしていた綾波レイたちからしても、これで済む話とは思えなかった。逃がさぬように自爆装置を組み込んだ、とかいう単純なことではないようだが・・・・・
 
 
「頼まれた、というのは・・・・どなたに?」
 
見れば分かる、その手に触れれば仕掛けられた細工、異常の全てが分かる水上左眼であれば押し問答のムダを悟ったのか、すぐさま問いを切り変えた。
 
 
そして、この場の温度が、さらに低下した。
 
 
ここまで走戦してきた青葉シゲルやクァビカ、綾波レイらの体温も一気に下がった。
 
機械のメイドたちは分からない。問われた当人もさすがにどうか。
 
 
返答次第では、実力を行使してくる・・・・・・・・・・
 
その気配、氷の刃。それが、ひとつやふたつではない、十も百も陣をなすような無言の威。
こうなると最早、何をいうてもずばり、と、やられそうな・・・・・
 
 
ここで赤木博士が斬殺されたら、ここまで連れてきた己の責任でもある。
綾波レイは何か、言おうとした。が、ここでうまいこと言える性格でもない。
 
 
「あ・・」
ちょっと待って、とさえ言えない。赤木博士もこの期に及んでこの殺威を理解しているようでもない。考えもなしに言葉を発すれば・・・・
 
 
「父に、頼まれたの・・・・・・もういい?さすがに、こんな無茶な急仕事、いくら娘だからって・・・・・・もう・・・・ふわぁ・・」
 
 
最後のあくびはなにかの感情を隠すようでもあった。そして、そのまま無防備な背中をみせて行ってしまう。サリビアとソルビアがつきそって。振り返りもせず最後に
 
 
「・・・・でも、選ぶのは、あなた。望まないなら、引きちぎって捨てるなりして頂戴・・・・・」
 
いかにも迷わせるようなことをいうのは、まさに魔女。意地が善い、とは言えまい。
 
 
 
水上左眼に動きはなかった。
 
 
「そういう・・・・ことなのか」
なにか、一人でその返答を噛み締めている。
 
 
 
「・・・・・・」
綾波レイたちはおいてけぼりもいいところだが。ここで押して説明を求めるほど空気が読めなくもない。しかし、赤木リツコ博士の父親というのは・・・・意外の名だった。
 
 
「デハ、アラタメテ ゴ案内ヲ。げすと設定ハ・・・・何名サマニイタシマショウ」
カリビアが水上左眼に尋ねた。竜号機の乗り手は彼女でありスジからいえば、そうなのだろうが、ここで「一人で行く」などと答えられても正直、困ったことになる。どういう教育されとんじゃい、と言いたいところであるが、教育したのが赤木博士なら仕方がない。
 
 
「移動などに問題がないのであれば、私たち四名全員で案内を願おう」
 
抜け駆けはゆるさんぞ光線を感知したのか、あっさりそのように返答する水上左眼。
 
 
「了解シマシタ。デハ・・・」
歩を進めるカリビアに続く。
 
 
「ここから遠い、とか博士が言ってたが、あれはどういう意味だ?」
「距離ガアル、トイウコトデス」
「リニアモーターカーに乗って三時間ってことはないよね?」
「歩行デノ移動デシタラ、ソレ以上カカリマスガ・・・イカガシマショウ」
「まじかよ!?あ、いえ、本当ですか?」
「・・・なんで機械相手に敬語なんだ?そういう趣味なのか?」
「バカヤロウ!!このキャビアだかなんだか噛みやすい名前しやがって!!このクァビ太郎!!日本人の男は皆そうなんだよ!!かわいいは敬意なんだよ!!ヒゲ上司より偉いんだよ!!」
「そうなのか?・・・・・文化の違いだな」
 
 
それは他の日本男性があまりに厳しいだろう・・・・・と思ったが、沈黙の女がふたり。
 
それどころでもない。
 
シュタインフランケージより。かの人造人間は最後には北極を墓標にしたというけれど。
 
 
思いも寄れぬ展開でこんなところまで来てしまったが・・・・・ほんとうに、
これで良かったのか・・・・・この選択は間違っていなかったのか・・・・・
 
 
そう思っても、こんなところからやり直せるわけでもないが。
東方の賢者は眠りの魔女になってしまって、そのあたりの質問もできそうにない。
 
 
 
だが、迷うことすら許されない、選択の余地もない事象が、ここにきて発生する。
 
 
 
聞き慣れた警報が、闇の向こう側に進もうとする足を止めた。
 
 
襲来警報だ。なにが、などと。この状況で言うまでもない。
 
 
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい・・・・・!」青葉シゲルがいかなる秘密のツボをついたとて、こればかりはどうにもならない。
 
 
 
「使徒・・・・・・・・」
 
 
人間同士の小競り合いなど我ラ関セズ、とばかり。
 
 
天敵は、やってくる。
 
 
 

 
 
 
竜尾道を出る直前にギリギリ、父親を捕まえることができた。
 
 
やはり一人、息子の姿はない。単車から降りるのももどかしく「真剣川!」ハンドルは任せて、そのまま男の前にダイビング土下座する皿山。心から信じて見抜かれるから嘘をつくな、とは言われたものの、そんなことどうしてできるものか。ただてめえにやれる最速のレイギを見せるほかない。掌と顔面がオロされていくが、それもやむなし。そのくらいの痛みがなければ、ああはいったものの、水上左眼が無事に目を覚まして戻ってくる、なんて夢を信じていられない。夢見る爆走族ではいられない。「バ、バカか皿山!!」真剣川たちにどういう目で見られて何を言われようと。自分がそこまで信じるのは水上右眼唯一人。そのためにここまでやれるのだから。
 
 
「お願いします!!お願いします!!お願いします!!」
 
 
連呼する。実際のところ、己の信じておらぬ事で人を動かそうなどと、虫のいいのも極まれり、一秒で見抜かれるであろうが、気迫でカバーするほかない。まだ用件も切り出していないことをすっかり忘れている皿山であった。「あほですか、皿山さん」符令が呆れて。
襷を掛けての選挙活動ではないのだから。これではなんのことか分からぬ単なる暗黒パフォーマンスであった。水上右眼、痛恨の人選ミス、・・・・・かと思われたが。
 
 
 
 
「・・・分かった」
 
 
その、煮ても焼いても食えなさそうな、こんな無茶な頼みを聞き入れるようには全く見えなさそうな、クズブった暗い顔をした男は、そう答えた。若者の無軌道まるだしの熱にほだされたわけでもないのだろうが。
 
ええ!?そんなのでいいの?と皿山をのぞく全員が驚いた。
 
こいつがなにを頼んでいるのか、それも聞いていない内から。それで大丈夫なのか。
 
暗い表情は打ち拉がれてもそれが目立たないだけで、意識朦朧自暴自棄的に使い物にならない心理状態であるだけではないのか・・・・・・・「え?いいいんですか!ありがとうございます!!」お使いが果たせた皿山は顔面流血状態で目を輝かせているけど。
 
 
「観光組合まで、頼む」
 
 
・・・・・見抜かれていた。ヘッド、水上右眼がここで後事を託すだけのことはあるわけか。皿山のあまりの軽さに呆れたが、男の、その重みに安堵する符令。
 
まあ、まともなテーブルについての交渉ごとであれば自分たちが百年かかっても説き伏せられるような相手ではないのだろうが。拉致するしかない、とは考えていた。ひどいが。
 
その声の重さは安請け合いなどとは次元が違う。事の発端から知る者だけが発することのできる、時間の重さだ。歴史、とはあえていうまい。ここはあくまで隠れ里なのだから。
 
 
・・・・に、してもこの判断というか、決断の早さ強靭さは、常人のそれではない。
ただのギャンブラーなどでは、ない。何者なのか・・・・・・
 
 
碇ゲンドウ・・・・・(無職)
 
 
子供があの歳なら、まだ隠居でもないだろうに・・・・前職は、ちりめん問屋とか・・・
ともあれ、自分たちは新たな、しかも厄介にして不公平極まるだろう仕事を、頼んだ。
逃げられても文句は言えないところなのだけれど。逃げたら追うけど。
それを完遂できると信じて。この一大事に取り掛かる前に、なんと呼べばいいのやら。
不安定極まる皿山の頼みを受けた器量や迷惑料その他込みの敬意などを表現して
 
”おじさま”
 
とか?。オジキ、とかだとこっちが組員みたいだしなあ・・・・皿山さんはそのまんま鉄砲玉Aとかでいいけれど。ああ、そろそろ血まみれ顔面の治療をしてあげよう。
 
しかし。
 
ああも委細承知で以心伝心な感じなら、あんなダイビング土下座なんかしなくてもよかったのでは。
 
 

 
 
 
綾波レイと別れた。零号機で使徒に対するのだと言って。
 
 
お供の男たちを連れてケージに戻っていった。ほぼノータイムの判断。
 
 
「条件反射に近いのかもな」
 
 
その速度に感心してよいやら呆れてよいやら。こちらは放置になるがいいのかい、と思ったが、まあ、いいのだろう。あいにく急ぎで戻らねばならない身のことで助太刀も出来ないから、せめて心残りがないように洞木ヒカリが頼んできたことを教えておいた。
実行できるかどうかは分からない。見物ではあるだろうが、見ることはない。
 
 
碇シンジの正体については問われれば答えても良かったが。
 
また会えるだろう、その時までには、などと。
 
少女が生ぬるいことを考えているのでなければいいけれど。
 
 
 
機械メイドが運転する機械のバッタのような乗り物で、闇の三次元トンネルを行く。
 
寒いのは心境のせいではなく。冥土とかけているような、単に気温のせいだろう。
あのケージはあくまで門のようなもの。確かに作業場としては距離がありすぎる。
誘導された気配がないわけでもないが、抜けた先で気づいても遅い。
竜号機に近づいているのは間違いない。くしゃみは収まり、危険な異常も感じられない。
改造について機械メイドに問うても、説明の許可を得ていない、の一点張り。
自分の目で確かめてみろ、ということらしい。別にサプライズを期待しとるわけでもなし。
 
 
己の選択次第では、なんの意味もない、些細なことになりはてる程度のこと
 
 
反転する必要十分条件
 
 
不要であれば捨てろ、とあの金髪女は言った。どうにも気にくわない。ウマがあいそうにない。腕は確かであるようだが。
 
 
小さな親切余計なお世話、小さなサービス巨大な迷惑、ということかもしれない・・・・
 
 
「向こうに、霧島マナ嬢もいるのだろうか」
 
こちらも同じようなことをすることになるかもしれない。本人の希望もあるだろうが。
いちおう、問うてみると。
 
 
「ハイ。人ヲ、待タレテイルヨウデス。オソラクハ、キニナル男ノ方ヲ」
 
「男の方、ねえ」
 
どうも答えを自力で出したのだろう。どこか箱入りのんきな綾波レイとはやはり違う。これで己が行っても会うどころか見つけることも出来るかどうか・・・・・この街から離れることは、ないだろうなあ。目的が果たされるまで。ムリに連れて行くことは、できない。代償のはずだった混乱は使徒の来襲で上書き的に果たされてしまっている。これ以上竜を狼藉させてもあまり意味はない。というか、本気で大丈夫かネルフ本部は。
 
使用可能戦力は、零号機と八号機、か。参号機はパイロットが近くにおらぬし。零号機も実際のところは・・・・・
 
・・・・・なんとかがんばって欲しいものだ。ケチのつけはじめであった南方槍主も回収するのはかんべんしておこう。
 
 
 
こういう点、水上左眼は完璧な冷血動物であるといえた。
 
 
さらに気温は低下してゆく。
 
 
 

 
 
 
蒼白く燐光する、少女の仮面が。同じものが何百枚も。波を描くように、配置されている。明滅する光が曳くせいで、波が動いているように見える。ある種の計測器のようでもあった。見た目は完全オカルトであるが。
 
 
光のない目、何百ものデスマスクが懇願する。祈るように。唱和する。輪唱する。一部呪いの言葉を紛れ込ませながら。
 
 
「シンジさま」「どうか」「おいでください」
「シンジさま」「どうか」「おいでください」
「しんじさま」「どうか」「おいでください」「コノクルシサハ」
「しんじさま」「どうか」「おいでください」
「オマエナド」「どうか」「おいでください」「コノツラサハ」
「シンジさま」「どうか」「おいでください」
「シンジさま」「どうか」「おいでください」「コノイタミハ」
 
 
照明のない零号機ケージ内部壁面で作動中の剥離儀式。言うなればただの「呼びかけ」であるが、確実に結果を出していた。零号機の左脚部を、筋力に特化させた筋肉ダルマ、ダルマッチョ状態の術士たちが電力がないからしょうがなく、綱引きの要領で引っ張ってブチブチブチと「外した」・・・人力であることに瞠目する者もこの場にはいなかったが、これは拷問じゃないの、と異論を唱える者もいなかった・・・・後は、一枚の安定接着剤となってしまったポリデントいやさロンギヌスの槍が露出したところで、「顔」に呼びかけさせた。顔のオリジナルはル・パロウ・ヴォイシス。型どりのために顔面を剥ぎ取られる、ことはなかったが、逆に呪術紙でグルグル巻きのサナギとなってロンギヌスの直下に転がされていた。位置的に、槍が零号機から剥離され、牙向く切断面が顕わになった時、真っ先に食されるだろうポジションであった。呪術紙はよそに遅いかからぬようそれを誘導しながらもパロウ・ヴォイシスの身を守るであろう、という建前であるが、それを信じる者はこの場にいる誰一人、いない。巻かれた当人でさえ、そんな呪言ならぬ寝言は。
むしろ、内部に取り込まれてから発動する人柱式であることを。
 
 
だが、効果は確かにあった。すでに、「槍」は接着剤からあのマジックハンドのようなロンギヌシュ状態に戻ってきている。質量保存の法則など何処吹く風の復元具合だった。
 
 
「シンジさま」「どうか」「おそばに」
「シンジさま」「どうか」「おそばに」「アナタハヤメル」
「しんじさま」「どうか」「おそばに」
「しんじさま」「どうか」「おそばに」「できますように」
 
 
ル・パロウ・ヴォイシスの顔は山岸マユミにそっくりであり、それが大群としてそんな名前を呼ぶ・・・・相田ケンスケにも当人にも見せられぬ悪夢の光景。
 
 
それを使徒来襲の報を知りケージに緊急突撃した綾波レイは、直視した。
 
 
知った顔の大量複製が壁面を地獄の門のように飾っていること
 
 
己の半身とも言える機体が、また、左足を失っていること
 
 
そこから、赤い手腕が生えていること・・・・
 
 
元来とは違う役割を果たしていたのが、強制的にそれを停止させられ、元の姿に復元させられた・・・・・ビギビギとした得体の知れない動きはそれを直感させる。こんなこと誰にも説明など求められない。
 
 
零号機の足下には、紙のサナギのような・・・モゾモゾ動くあたり、人間のよう。
おそらく、あれがクァビカの言っていた調子に乗っていた小娘とかだろう。
 
 
やったのは、こいつら
 
 
紅に染まる脳内で思うのは、”それだけ”。
 
 
「な、なんだお前たちは!」「儀式の途中に入ってくるなど何を考えてイル!!」「クァビカ?お前は何をしているのだ!!」「これで失敗しても我らの責任じゃないのだからな!!・・・・うーん、ある意味よかったような」「いいことあるか!こんな中途半端が一番始末に困るわい!」術の途中で乱入してきた無礼者のことなど想像もしなかったのだろう、大いに驚いているル氏の術師たち。反科学の徒。蠅司令の手先。使徒来襲のことも知らぬようだ。普通ならば、怒る気も失せるところだが・・・・・・・・・・
 
 
「シンジさま」
「しんじさま」
「シンジさま」
 
 
薄闇の中であろうと爛々と輝く、赤い目。理性は警告する。こんなことに関わっている場合ではないのだと。ここの者たちにしても上の蠅司令に命令されただけなのだと。
 
 
にしても、一度は失った感情は。身体のコントロールを強く支配する。他に何も考えられない。・・・・・なぜ、ここでその名前が出てくるのか・・・・・それだけで、こうも。
 
 
こころが
 
 
「あー、皆さん。静粛に。静粛に。作業の邪魔をして申し訳ないっす。でもね、使徒が出た、って連絡、こっちに来てないんスか?ま、電気止まってるんじゃそういうこともあるんでしょうけど・・・・とにかく、緊急事態なんですよ。エヴァ零号機で出撃しないと」
 
内心、呆れかえってはいるのだが事務的に青葉シゲル。ここで相手の血液の色を尋ねていてもしょうがない、使徒来襲の緊急事態であることを自ら否定するようなものだ。
 
同時に、沈黙のままキレそうな綾波レイの忍耐を求めてもいた。しかし、
 
 
(こんなにしちまって、どーんすんだよ・・・・・・)可能ならば自分もキレたかった。
 
 
が、ネルフに籍があるだの本部勤めだのは、関係ない。人類の天敵が来ているのだ。
いくら妙ちきちんなオカルト集団であろうと、このくらいの道理は通じるだろう。
 
そう、信じていた。
 
 
 
「長からそんな命令は来ていないのですよ」
 
 
一秒で、信頼という名の裸の心がばっさりやられた。キラれた。キレたいところを。
この有様の零号機を戦闘に使えない、という親心などではあるまい。たぶん。
 
 
「発令所の専門家たちが、なんとかしてくれることでしょう。私たちは儀式の専門家、戦いの専門家ではありません。私たちにできることは、長に命じられた儀式を成功裏に終わらせること・・・・・そうではありませんか?クァビカ」
 
 
みょうにふっくらとした顔をしたル氏だった。頭がパンで出来ているような。子供向け童話に出てくるヒーローからあんこを抜いたような、まあ、コスチュームも違うのだが。
物言いも、ふっくらしているが、その奥にあるのは金剛の意思であることを三人とも見抜いている。
 
 
「この本部が天の使いに破壊されてしまえば、儀式そのものが続行できなくなるのでは?ル・パンをわけるひとよ」
 
「あなたたちのその判断ももっともですが。その前になんとしても終わらせてしまわねばなりません。ここで優先の順位を言い争っても時の無駄というもの。長にお伝えすることはせず、わたくしの頭ひとつにおさめておきますので、ここはお引き取りを」
 
 
話し合いでは、どうにもならない、ということを、告知されたも、同然。
 
しかし、クァビカの気配からすると、こう言われて真正面から逆らえるようでもない。
こちらの邪魔にまた回り直す、となれば。腕ずくでも手足が足りなすぎる。水上左眼がいればまだなんとかなったかもしれないが。いや、ダメだ。あれは平気で子供でも殺す、強信の目。童話向けなのはふっくら具合だけだ。悔しいが、ここは出直すしかないか。
組織体の長がこんな調子なら、時間などダダ漏れバケツの水のようなものだが。
 
 
・・・・・それがわからぬ綾波レイではないだろう・・・・・・
 
 
と、思っていたら。退く、どころか。
 
 
「でも、あれは、槍には戻らない」
 
 
静かに、それでも急所を突くように。もしくは、神託を告げる聖女のように。
嫌がらせの負け惜しみ、空気が凍る、などというレベルではない。
いきなり目的の全否定であるから、一帯は敵意で構成された蝗の海と化す。
ふっくら男の顔が、一部、カリっと焼け焦げている。
 
 
演技でこんなことをやっているのだとしたら、主演女優賞は決まった。
黄金の拳で全会一致承認まちがいなし。けどまあ、たぶん天然。どうすんだ?
顔は不敵なまま掘り深く、内心は常識計算のオペレータの香り高く、コクのある青葉シゲルであった。騎士であれば、同行する姫君が困りものであるほど、やるっきゃナイトでボルテージアップするのだろうが・・・・・・・連中の目の色は、超勝手が違う。暴力手段はともかく、「お前をガマガエルに変えてやるぞ本当だぞ」みたいな目つきなのだ。
 
 
「どういう、ことでしょうか・・・・・?なにか、我々の手順に間違いでも?」
 
 
儀式の責任者(だろう。正式名称はしらんけど)がそのように問うてしまうほど、その白い少女の顔には、確信があった。大丈夫か!?大丈夫なのか?とこっちも問いたいところをぐっと我慢の青葉シゲル。これでまるで見当違いのことを言い出したら、ダ・ビンタ程度ではすまない、ふたりとも生きたまま巨大パン釜に入れられそうだ。
 
 
 
「そんなこと、知らない・・・」
 
 
なん、だと!?
 
思わず心の目玉が飛び出そうになる青葉シゲル。透明目玉親父が爆誕するところだった。
なにその無責任トーク!父ちゃん情けなくて涙出てくるよ?父ちゃんじゃないけど。
 
 
「ただ、意思を感じるだけ・・・・頼むことも出来る・・・」
 
 
いくら相手がオカルトでも、相手の土俵に立ってこれでは・・・・電波にもほどがある。
電波は科学でも、デンパは科学ではない。と、思う青葉シゲルだった。いくら結果が欲しくても論理を飛び越せばいいというものではない。それで納得するものか・・・・鉄テツが鉄テツを嫌うように、存外、オカルト者はオカルト者を憎むものである。他流儀を認めず、上か下しかないからだ。
 
 
「なるほど・・・しかし、その程度ならば、我が氏族にもおりますぞ。由緒正しき術衣をまとい槍の近くに侍っておりますあの者がそうです・・・・・あの者の、正しい御姿を取り戻すという願いも、叶えられるとしたら、それは相殺となりますね」
 
 
そんな勝負であれば、素人に遅れをとるはずもない、と目が語っている。
それはそうであろう。綾波レイの赤い目で真摯に語られると、たいていの人間が言うことを聞くようになるが、今回ばかりは相手が悪い。というか、あまりにも切り出し方が。
大根もいいところだった。小さくても大根、とか言った小癪な小坊主もいたが。
 
 
「私は、それ以上。・・・・・命令、できる」
 
 
大根はピーマンと違って中身がつまっているはずなのだが。緑色の顔色で青葉シゲル。
もう逃げ出したかったが、クァビカが退路を塞いでくれている。この野郎・・・・
と思ったが、おそらく同じようなことを考えているのだろうから理解は出来る。
 
 
「なるほど。槍に命令できる、と・・・・・・それは凄まじい。ここにいる我々を皆殺しにもできることになりますね・・・・・・」
 
 
「正確には、それ以上、進まないように、命令できる・・・・ということ」
 
 
「そうする前に、口を塞いでしまう、ということくらいは、戦いの専門家ではない我らにもできますが」
 
 
「呪文を唱えるわけでもない、儀式を行うわけでもない、ただサインを出すだけ。
五秒もあれば出来る・・・・・やってしまえば、私でなければ、リセットできない」
 
 
退路をクァビカが塞いだだけに距離がある。瞬間的攻撃力でいうなら目の前の責任者もそこまでではない。他の者たちにしても儀式で精神的にも肉体的にも疲弊している。
命令、といっても魔神や鉄人に自由に言うことを聞かせる、といった類ではなく、コマンドワードを差し込む、程度のことらしいが・・・・逆に、信憑性がある。
 
些細な傷が全体を台無しにする・・・・・いったんは呪いで青く染まった赤の目には微塵も揺るぎがない。
 
五秒くらいなら死守も出来る、か・・・・青葉シゲルは計算する。実際、そんな調子のいいことができるのかどうか、半信半疑、いやさ一信九疑くらいなのだが。
 
 
綾波レイが、ロンギヌシュに向けて、右手の人差し指を
 
 
表情に変わりはない。しれっとしている、といっていい。
ただ、その、”分からなかったら殺します”的アイカラーは。
 
 
これが、サインの発動準備なのか。これより五秒。確かに、わけもなさそうだ。
 
 
「もし、零号機とわたしが、使徒に敗北すれば、その死体から、もいでいけばいい」
 
 
そして、要求する。もう一度、指を振り、人差し指を出す。一から二へ。数の増加はない。
 
 
「使徒が来ている。今は、このまま出撃させてもらう・・・・」
 
 
左足をくっつけている時間はない。
 
 
「私は、槍の形だろうと、それ以外でも、どうでもいい・・・・・」
 
 
余計なことをくだくだいわず、さっさと行動を進めてしまうのは、この場合、強みだろう。
 
 
また手を振り、今度は指をひとつ増やして、Vサイン、数字の二の形をとった。
 
 
「・・・なんの気配も感じられない・・・・・槍ほどの代物を、そんなことで意に従わせるわけが・・・・ない」
 
なんかものすごい秘術オーラでも指先から漂ったり光ったりすれば、まだ理解して対応策も打てるのだが、ただ指を振っているようにしか・・・・・感じられない。そのサインが読めない。印の類にしてもあまりに簡便すぎる。しかし、ただのハッタリにしては、あまりにも意味がなさすぎる。人間知能のよくなし得るところでは、ない。青葉シゲルにしても同感なのだから。
 
 
「信じないのは、自由。ただ、二度と槍の姿にはならない。儀式は、あなたたちの目的は、果たされない。あなたたちも、分かっているはず。この槍には、魂が、ある。だから、このような手法を用いた・・・・訴えた。応じるものがないなら、声などあげないはず」
 
 
「・・・・・・・・・」
素人にそんなこと言われたくない。そう見えるだけで、あれはあれで高度で手間のいろいろかかっている儀式なのだ。長が決め打ちした点が多く、こちらにも不明な点があるが・・・・・だが、本質はついている。逆意ではあるが。
 
 
何か言いたげな沈黙には、三本の指で答える綾波レイ。またサインを進めた。
 
容赦などない。あろうはずもない。
 
 
 
「もともとは、・・・・槍なんかじゃ、なかった」
 
さまざまな感情が圧縮されて、爆発を待っている気配。この期に及んで諫める言葉など青葉シゲルももたない。五秒もあれば、とされたサインは、たぶん、次で最後となる。
 
 
 
 
「そう。そして、今回はまた、別の姿になるよ・・・・七変化にはまだ足りないけど」
 
 
 
儀式場と化した零号機ケージ内にいる全員が、その声に、ぎょっとした。
 
ゴリゴリに押していた綾波レイも、外面と内面とのギャップ激しい青葉シゲルも、あんこぬきアンパンマンみたいな、パンをわけるひとも、いろいろと板挟みのクァビカも、その他大勢状態のル氏の術士たちも。ギョギョギョ!であった。
 
 
その声の主は・・・・・・
 
 
「変わるわよ・・・・・じゃない、変わるよっ」
 
 
術衣サナギ状態の、ル・パロウ・ヴォイシス・・・・意識はないはずの、彼女の声に
 
 
「じゃないな・・・・・今は、変わるわよ、でいいのか」
 
 
間違いはない、が・・・・
 
 
その、物言いは。魔物・・・いやさ、悪魔もまたいで遠慮するような、十重二十重に結界張られたある意味、聖なる聖なるど真ん中のこの場に、何かが乗り移ったかのような・・・・・・レベルを超越した大魔王とか言うには、あまりに威厳がない。
 
 
「だから、綾波さん。フィボナッチ・サインは中断してね。周りの人達も、それでいいでしょ。とりあえず、出撃させてくださいよ。やらなきゃいけないことがあるから。上の人には、あとであやまっておくから」
 
しかも、あやまることが前提らしい。
 
 
「ヴォイ、シス・・・?お前なのか・・・・・・お前のつまらぬ手妻なのだろう!」
 
 
どーん!!
 
腹話術などではありえない、びょーんと伸びたロンギヌシュによる指先突っつき攻撃!。疑念を晴らすには強烈すぎた。もし命中していたらいきなりパンがピザだ。悪魔か。
に、しても問題なのは、この物言いだ。誰だこいつは。悪魔なのか。サタンなのか。
なんかこれは外に出さない方がいいような・・・・・・世の中のためのような
 
 
「・・・・・・」
サインはしてもこの展開は予想していなかったらしく、綾波レイも赤い目を丸くしている。
 
 
「誰だ・・・・これが、槍に宿っている魂・・・・・・なのか・・・・もしや・・・サインのフィボナッチというのは・・・・・魂の名、ソウルネームなのですか・・・・!」
 
 
呪術師がなんか勝手に納得しているが、ちがうだろうなー、と内心で青葉シゲル。
あのサインの数字の続きが、5であるなら、たぶん、イタリアの数学者のことだろう。
5で最後だとするあたり、また別の意味があるのかもしれないが・・・・・・
 
 
「とにかく急いで、しんこうべに行かなくちゃ」
 
 
「え?」
 
使徒と戦うとか言わないこいつは一体・・・・・・?しかし、その地名は。
イタリアの数学者・レオナルド・フィボナッチではない。とにかく。魂の名とか関係なく。
 
 
どうやら、全世界の数学大好き人間とは全く関係のない話らしい。