どんな花
 
 
 
 
 
 
散るために咲いている
散るためだけに咲いている
 
 
赤とは限らない、さまざまな色をした「花」、あまり綺麗ではない「花」
共通するのは、どれも、嗅いでいると気が滅入ってくるような匂いであろうか。
 
 
この真夜中に咲いている
月も火も人工照明もない真っ暗闇の中で
 
 
ひたすらに
 
 
咲いている。
正確に言うなら、咲かされている。無理矢理に。肉の殻を破るようにして。
 
 
ぶしゅっ
 
 
また咲いた。神速で突かれた青銅の槍が、咲かせた。闇に咲く血の花を。人とも動物ともつかぬ、それが混ぜ合わさった・・・・妖しく異なった何かの背中に。咲かせて散らす。
 
花は人のものより動物のものより遙かに頑強でしぶとい妖異の命と確実に契っており、咲かされて散らされれば、足掻くことなく、くたばった。槍の神通力のせいなのか、それともそれを振るう使い手の技量のせいなのかは分からない。
 
 
ただ分かるのは、この油筍大路で槍の持ち主が尋常でない数の妖異を討伐していること。
雨は降らぬのに、血の花が咲きまくったばかりに道は泥土と化している。
 
 
それは最後の一輪。断末魔も呪いの声も上げることなく倒れた妖異は花が散るよりも先に影に消える。同時に、槍の使い手も疲労のあまりに倒れ込みそうになる・・が、なんとか槍を支えにしてこらえる。が、
 
 
「あかん。まるきりあかん。・・・・・らんくれい、来や」
 
 
若い女の声が闇に響くと、それに従うように青銅の槍は一時の使い手から本来の持ち主の手に戻った。いきおい、支えを失った使い手は倒れるしかない。どしゃ、と顔から。
 
 
「な、なにを・・・・なにが・・・・・」
 
 
抗議と疑念がいちどきにわき上がるが、疲労のあまりうまく処理できない。使い手の悔し涙一歩手前のその声も若い娘・・・より若い、少女に近いものだった。あれだけの数の妖異をたった一人で討伐したあげく、ねぎらいの言葉どころかダメだしなどされれば・・・あげくに転ける直前の支えを取り上げられた、となれば誰しも頭に来るだろう。根拠をねじ曲げた誹謗にしか聞こえない。闇にあって姿形がおぼろげなれど、少女のことなれば、ここで涙がでちゃっても無理はなかろう。しかし。
 
 
ぼうっ
 
 
火の燃え上がる音とともに周囲が明るく照らし出される。同時にかぐわしい香りが辺りの血なまぐささ異臭を洗い流していく・・・・惣流御門の特製松明だった。
 
 
「これだけやってもうて・・・・・一体も、面とれてないやないか」
 
 
松明を片手に、槍をもう片方にしているのは・・・・・赤い巫女服を着た、豊かな金の髪を背に流した・・・四つ目の仮面を被った異人だった。
 
 
「これなら、化け物同士の食い合いと変わらん」
 
 
方相氏の黄色とは違う、赤色の仮面。緑の四眼。断言する言葉は厳しく、未熟者の反論など許さない凜とした立ち姿。くそ、と得物になる槍を奪われた少女は思った。涙がでちゃいそうであったが、そんなこと忘れて、ちくしょう、と思った。このオニオンナめ、と。カタカナにすると、なんかちょっとラブリーな感じであるので訂正。この鬼女め、と。
 
 
「あの槍で突いても切っても、それだけで一撃死するんだからしょうがないじゃないの!
どうしろってのよ!!」
 
 
起きあがるついでに反論しておく。槍は確かに高性能で得物としては頼りになるが、あまりに高性能すぎて言われたとおりのメニューを果たすどころではない。落ち着いて考えようにも次から次へと異形の怪物が現れて、ちょっとでも反射神経以外のところに脳エネルギーを使っていたら、やられるのは確実にこっちだ。どっちを向いても殺意が高すぎる。
 
 
化け物の「顔」だけ切って、そこに命やら魂やらを押し詰め込んで、殺すな、と。
そんな無茶苦茶を。その方法も伝授されずに、槍だけ渡されて「やれ」と言われても。
 
 
「では、らんくれい無しでやってのけるんか?」
 
 
「うっ」
 
 
四つ目仮面の若い女の声は微塵の揺るぎもなく、応と答えれば、なんの遠慮も躊躇もなくその通りに実行させるだろう。シャレがきかんせいもあろうが、この仮面の女はおそらくそれを自身でやってのけるのだろうし、始末の悪いことに他人もそれが出来ることを経験しているだろう鉄面皮ぶりだった。この弐号機とよく似たカラーリングの仮面女・・・
 
 
 
なんで、こんなことになったのだろう・・・・
 
 
ガラにもなく内省するラングレー。ちなみに現在の装備は、四つ目仮面女と同じような和装の紅巫女服(槍なし)、であった。
 
 
最初は、コンタクトがとれなくなったアスカを探していたのだ。ドラの支配下にいつまでもおいとくわけにもいかぬ、と己自身に催眠をかけて精神世界へ潜っていったのはいいが・・・・いつの間にやら、アスカの記憶ではありえない、遙か大昔、日本の古代遺跡、とでもいえばいいのか、リアルに木造建築、電気がまだ発見されていないような、将軍大君はまだ登場していない陰陽貴族がブイブイいわせていた時代の、たぶん国技が蹴鞠であった頃の、ヤーパンの首都・・・「京みやこ」といえばいいのか・・・・に来てしまった。
 
血脈記憶・・・・かなりやばい領域だった。こんなところまで普通、容易く来れるはずがないのだが、ずいぶんあっさり来れてしまった。そんなノーガードは防御人格たるアスカには考えられないし、即物的な己にもそんな才能はない。もともと、そこに至る道筋が解放されていた、と考える方がいい。つまりは、例の「銀鉄」とかいうやつだ。
 
 
戻ってもう少し浅いところでアスカを探せばよかったのだが、欲が出た。
この深度領域でアスカを掴まえれば、ドラよりも強力に捕捉・支配できる・・・と。
 
 
そこで捜索の挙に打って出たのだが・・・・それが、裏目に出た。
 
 
こちらがアスカを見つけるよりも、先に”向こう”がこっちを発見した。
 
 
それが目の前にいる「惣流飛鳥」を名乗る・・・・・・正体不明の仮面女。
 
 
伊達にギルにいてマイスター・カウフマンの教授を受けていたわけではない、この存在にある程度の仮設はたてられるが、人間の心の奥底に何があるかなど本当に知れたものではない、予断が命取りになる可能性もある。こんな深度になれば「あた、この女イテテ」程度ではすまない。無心のスタンスを保つほかない。正体不明は正体不明以外のなにものでもなく、それでいい。向こうがこっちを積極的に排除にかからぬ限り。
 
 
 
「・・・・強うなりたいんか?」
 
 
その四つ目の仮面の下はどうなっているのか・・・・己とおなじか、それとも。
しかしながら、こちらを見透かしたようなことを言う。初対面第一声からしてこれだった。
 
 
「望むんなら・・・・稽古つけたる」
 
 
ラングレーの、密かな、波紋ひとつ揺らぎひとつですませてすぐさま無心にもどった、見立てによると、この仮面の女は強力な力を持って己を守護する「がらんどう」であり、それと同等の力をこちらが得られれば、ひとつに溶けて、同等の存在となり果せて、情報も手に入る。あてもなくぶらぶらと探し回るよりは、効率がいいはずだ。自分の能力をもってすれば。英雄幻想などすぐさま飛び級で終わらせてやる・・・と意気込んではじめたのだが・・・・
 
 
まさか、これタイムスリップじゃないよなあ・・・・・
 
 
と思うほどその道は険しかった。惣流飛鳥によると、これは「基本中の基本」らしい。
途中で辞めます、などと言えば、何をされるか分からない。年の頃は自分より上・・もはや葛城ミサトに近いほどだろう・・・・だが、このパワーインフレはなに?と言いたい。
 
 
敵を倒して何が悪いのか、そもそも、さっぱり、そこがわからない。
 
 
生殺しの半殺しにしたところで、誉められたものでもなかろうに。
まあ、その技量は認めるにしても。・・・・欲しくもないスキルだ。
 
 
・・・・・疲労のあまりの意識の断絶が来た。ここには生活はなく、ひたすら化け物との戦いがある。夜が来るまで眠り、そして目覚め、槍を貸与されてそれを振るう。武闘を舞う舞台。何度繰り返したのかもう分からなくなっている。そういえば、はじめの頃は、怪物も三体ほどしか倒せなかった・・・ような気も。血の花が咲く、などと感じる余裕もなかった。
 
 
 
そして、ダウンするラングレー。
 
 
それをひょいと担ぎ上げる惣流飛鳥。四つ目の仮面は鬼でありその剛力をそのまま人の身で使役していることなど・・・この担がれている小娘が悟ることも知ることもなさそうだが・・・どこまで己の本意に従わない状況を拒絶し続けられるか・・・それもまた強さ。
安易な悟りなどよりよほど。
 
 
「これがうちの影・・・・・それとも、うちが影なんか・・・・・・まあ、こっちは恩が返せればどっちでも・・・ええ・・・・・な」
 
 
その声の色は、闇にも分かる桜色で・・・・最後に”とある野郎”の名を染めた。
もしラングレーが聞き取っていれば、クリビツテンギョウ愕然としただろう。
 
 
その、あまりの超時空ぶりに。
 
 

 
 
 
 
眠れる少年少女、碇シンジと蘭暮アスカをその隻眼で見下ろしながら
 
 
「いわゆる人格転移、人格交換、ということですね」
 
 
水上左眼の声はほぼ確認に近い。ここに至る経緯と現状、そしてそこから生まれる損得を考えれば・・・・・ふつー考えても正解どころか解答に至るのもかなり困難であろうがそこが竜尾道ならでは地元首長のEQ底力である・・・・だいたい理解できた。
 
この場に葛城ミサトと加持リョウジがいればかなり感心しただろうが、とっくにトンズラしている。心情的には頬の一発でも張りたいところであろうが、攻撃力が違いすぎた。
出会えば問答無用で喰われるのはどっちか。葛城ミサト達にはよく分かっている。
 
 
あれから、つまりは高低差のある激突から、「ぴくり」とも動かなくなった二人をとりあえず大林寺まで運んで、本堂に転がしておいた。水上左眼の立場からすれば、これだけの騒ぎを起こしてくれた小娘など即座に里から追放、ともに運ぶこともなく内海ならぬ”瀬戸外海”に投げ捨てているところであるが、そうはしなかった。碇ゲンドウもその必要なし、と説明もしなかった。なにせ、「有名な」地元の民間療法であるのだから。生名シヌカにはその元ネタは分からなかったが、水上左眼には分かった。ちなみに言うなら、境内から控えながらこの様子を見ている円筒郵便ポストの中の者にも分かった。ヒントなどなしに。
 
 
 
つまりは、そういうことであり。
 
 
激突により、碇シンジと蘭暮アスカとの人格が入れ替わった・・・・・のだろう。
 
 
さやかに息はあるが、意識を取り戻す様子もなく、二人して死人のよーに眠っているのでどんな感じに人格が入れ替わったのかは今のところ不明。
 
 
「シンジ殿はとにかく・・・・・多重人格らしいこの娘がまとめてシンジ殿の中に転移されず、一つか二つ、ゲンドウ殿によると能力の暴走は人格の不統合が原因らしい、とのことでしたから・・・移れば、ずいぶんとこの娘の内部はすっきりとすることでしょうな・・・・・おまけに、シンジ殿の人格が、この娘に移動した、となれば、手出しは出来ない・・・・この娘がシンジ殿になるのですから・・・・まさか外海に投げ捨てるわけにもいかない・・・」
 
 
やり方は乱暴というか凶暴というか、もはやむちゃくちゃでござりまするがな、といったところだが、成果としては一石二鳥うまくいけば三鳥。・・・・とても他所さまの子供を預かっていい人物でない、ということがよーく分かった。分からぬ事も残っているが・・・・無理に叩き起こして聞き出す気分でもない。じっと碇シンジの顔を見る水上左眼。・・・・・・この中に娘の人格が・・・・・・・うーむ、気持ち悪くなってきた。
 
マンションの後始末もせねばならぬし・・・仮住まいとはいえ住人もとても住み続ける気分にはならないだろう・・・・当面、ホテルをあてがうとして・・・・それから消防の者たちにも説明をしてやらねばならない・・・・頭の中のソロバンを弾きスケジュール帳にやるべきことを記入していく。このツケを誰に請求するべきか・・・・・・・・
 
 
「・・・・・・・」
 
微妙に、今、碇ゲンドウに、視線そらされた。目が合わないように。仕方がない。
 
じろ、と隻眼でその息子を睨んでおく。黄金であるが透明のハンマーが振り下ろされる。
今回の始末料は「*********円」でハンマープライス。ということで。
 
 
 
「この娘は・・・・・・サードチルドレンになるわけですか?」
 
碇ゲンドウに彼にしか答えられぬことを尋ねる。
 
 
「目覚めてみれば分かるだろうし、目覚めてみなければ・・・・わからん」
 
 
愛想はないが誠意は感じられた。「ただ、第三類というより・・・・お前に近いのかもしれん」
 
 
「振幅の幅がありすぎますね。星を望む山の頂から光届かぬ海の底までなら、命ある人間なら当然どこかにひっかかるでしょう・・・・・ケイ!」
 
 
誰かを呼びつける声であったが、ここには生名シヌカもおらず、碇ゲンドウしか。
 
 
「はい、左眼さま」
郵便ポストが返事した。「後は頼む。・・・・・必要があれば、着替えさせてやるように」
確かに、碇ゲンドウに少女の着替えというのは、犯罪であっただろう。的確な指示だった。
 
 
「はい。・・・で、男物でしょうか、女物でしょうか・・・・・」
郵便ポストが迷ったような声を出す。一応、話を聞いていたのでかえって判断に困る。
 
 
「・・・そうだな・・・・まあ、外観に準拠・・・・で、かまいませんよね」
部下が迷うような任せ方をしないのは水上左眼の美徳であろうが、碇ゲンドウは
 
「任せる」
 
息子の人格の行方など全く興味がないような一言で。子供ふたりを見下ろした。
ビジュアルだけでいえば、そこに慈父成分など全くない。ように、見える。
 
 
そして、立ち去り際に
 
「ふつう、このようなことをされても・・・・・・・三文芝居・・・・時間稼ぎの演技としか思えませんが」
 
ギヌ
その髭の横顔を水上左眼の一言が突き刺す。「どうも・・・・」隻眼の眼力も刺し貫く。
 
 
「ゲンドウ殿にとっても・・・・・これは、賭けのようですね・・・・・ここに来てから連戦連勝で賭場を泣かせてきましたが・・・・・風速があがってきたのかもしれません」
 
 
皮肉、嘲りのように聞こえた。見下ろす崖のごとく立場の違い、変容を思い知らせる。
が。
 
 
僅かに、ほんの僅か、仕事上、水上左眼の性格を承知している郵便ポストにも感じられぬほど僅かな、怒りを潜ませていることを、碇ゲンドウには感じ取れた。
 
まあ、確かにこんなことは当初予定にはなかった。目的を前に思わぬ停滞に、焦りや苛立ちを感じてもおかしくはなかった。しかしながら・・・・・奇妙なことに、それはない。
 
 
まだ意識を取り戻さないふたりの子供を見下ろしながら、奇妙な感慨がわき起こる内心を同時に眺めている。眺めているだけで、慌てもせぬかわりに、なんか行動を起こすわけもないおっさんを見ながら、郵便ポスト、この修行が終われば遠藤ヨムを襲名できる三つ首者のコードネーム・ケイは考えてみればなんでこんなことまで泥棒たる己が付き合わねばならぬのかと・・・やはりこのポストの修行はすぐ気づかれるしハードルが高すぎるなあ、とそんなことを考えていた。
 
 
他にもう少し実務的なことを考えたり準備したりすればいいものを、おそらく碇ゲンドウも郵便ポストのケイももう少し時間あるだろ、とのんきにかまえすぎていた。ところ。
 
 
「・・・・・んん・・・」
 
蘭暮アスカの方が覚醒の兆候を見せ始めた。
 
 
顔を見合わせる碇ゲンドウと郵便ポストのケイ。両者とも仕事ガラ、目での対話はお手の物ではあった。しかも、実務に長けている。すぐに対応にかかった。
 
かかろうとした。
 
 
二人の動きが止まった。境内に、いつの間にか、巨大な、手が、入り込んでいた。
 
ウネグネと指を捩らせ。絶好の機会を覗い続けていた、執念深い大蛇おろちのように。
 
 

 
 
 
 
「あれでよかったのか」
 
 
夜の坂道を疾走する男女。いかにも暑そうな冬装備にもかかわらずその速度は尋常なものではない。加持リョウジと葛城ミサトであった。素人ではない。いろんな意味で。
 
 
「大人のキスでもしとけばよかった?」
 
 
息も切らせず、まんざら冗談でもなさそうな連れ合いの返答に苦笑する加持リョウジ。
確かにここに来るまで払った代償、これから払うだろう手間を考えると、それくらいドラマチックなことをしても・・・・・とも思うが、ここしばらくの放浪でいよいよ思い知った自分の奥深いところにあった性質を考えると・・・・・それは「それは、問題あるな。ありありだ」と答えるしかない。
「撃ち殺されて終わりそうだ」
「それもそーか」
 
わりあいに、緊張感のあるやりとりであった。
 
 
ここまで来て、やったことといえば、紙切れを一枚シンジくんに託しただけで、アスカとは話も出来ていない。まあ、ピンポイントでどえらい現場に来てしまった。
 
 
「すごい役割だよなあ・・・・俺たち」
 
そう思う。この非効率この無駄さこの寄り道ぶり。以前の自分たちとは正逆にいる。知能指数はすでに反転、マイナス領域ではあるまいか。劇場型に何かしたい、というわけでもない。ここはライトのあたる舞台の上ではなく、縁の下の力持ちもこう走ったりはしない。
 
 
「そうねえ、まさに怪人キャットウォーク?一号、二号ってところ?」
 
言いたいことがモロに伝わっている。バカな女が笑っている。バカな男がここにいる。
坂道を疾走する。ほぼ全速。同じような速度で古い街並みを駆け抜けていく。
 
 
「肝っ玉おっかさんには、なれなかったわねえ・・・・・結局、あの子の正体を突き止めない限り、先にはすすめないところまで来ちゃった・・・・付き合わせて、ごめんね」
 
 
自分たちの小さな家は叩き壊してきた。そのために。
 
 
「何を今さら・・・・というか、それは、普通のことだろう。当たり前のことだ」
 
 
それは、残酷な普通で、虚しい当たり前。見なくていいものを見ようとするから。
 
 
「どうしようもなく・・・・・憎むことになるかもしれない。そうなったら、どうしよう」
 
 
そのくらいですめばいい。自分と、自分たちと一緒にいたものが。
 
 
「どうにもならない。そこで足が止まるならそこまでのことだからなあ。その点に関しては手をひくことも背を押すことも出来ない。尤も。理解の、許容の範囲内にいてくれるなら、まだ・・・・御の字かもしれないが」
 
 
 
竜尾道
 
 
 
今いるこの領域だけなら昔懐かしさを売りにした懐古観光の田舎街にしか見えない。
 
が、「竜」の一字を冠しただけで、それは魔性めいたパワーを宿す。
 
事実、それは魔力であるだろう。外部からは「あるはずがない」とされた、支配者に許可されたものだけが行き来を許される無敵の隠れ里。その点を利用した様々な商売産業。
 
旧尾道側は景観保存を優先させてあるのか、ほとんど手を加えられた様子はないが、問題なのは海水道を渡った先の島群。竜の寝床のある向、因、生名、弓削、生口、岩城、大三を拠点としたスペースコロニーよろしく産業目的別に改造されまくっている。主目的はエヴァの刀剣鍛造であるが、それだけではない。ここの主が職人好きで竜を駆って全国から人材を集めまくったのはその筋では有名な話。逆に武将・・・は現代にはもともとおらぬが、インテリ人材をまったく集めようとしなかったのも有名な話。もはや軍師的知恵袋ひとつでまわる時代でもないのだが。それでここの首長はかなり痛い目にあった、けっこうしょうこりもなく何度もあった、というのは加持リョウジクラスになれば知れる話。ただ隠れ住んでいるだけならまだしも、そんなんでこのレベルの施設群が維持されまわっていくわけがないのだが・・・・・・こうやって続いていっている。
 
この地域が生み出す富財産は、傾いた国の十や二十、すぐに元に戻せるほどだと言われている。ゼーレの天領に指定されてもおかしくない。まさにドラゴンジパング、東方エルドラド、和風ザナドゥ・ジャザナドゥといっても過言ではない。基本的に消費するだけの金喰い第三新東京市とは正反対の、金の鶏と卵のどちらが先か都市、マネー湧く泉の都である。まあ、エヴァの威力を何の恥じらいもなく商売に使っているのだからさもありなん。
 
なおかつ、開発力が群を抜いている。どの業界でも「そんなものできっこない」と放り捨てたようなものを驚くような短期間で、女神の祝福でも受けたかのように、作り上げてくる。それは歴とした街の実力。品質と製造速度のケタが違う。技術では説明できぬ何かがある。他が一目も二目も置かざるを得ない物作りパワー。それを集積させて最終的に刀を造るから他業種の根絶的脅威に未だならないのだが・・・儲けのために製造するのではなく製造のために稼いだ金を注ぎ込む・・そうでなければ造れぬものを造り続ける・・武骨な錬金術・・・・公界アジールを気取るでもなく破綻気味なこの展開は、ここの首長の完全な趣味であろうこれは。黄金の果実はいつか収穫され、幻の処女であろうが、それでも侵しにくる輩はいる。それが分からぬわけでもあるまいに。滅ぶまでを噛み締めているのか。
 
 
巨人の刀どころか、”あんなもの”まで造れるとは思いも寄らなかった。
 
 
どこの組織でも手が出せないわけだ。どころか使徒が狙いをつけたのも当然だろう。
 
 
「何を目指しているのか、いまひとつ分からない」というのがこれまでの認識であったのだが、ここの首長は碇夫妻に臣従している、はずだった。あえての深入りを避けていた。
あくまで碇もしくは六分儀系人脈内のバックアップ的な機構だと思っていた。ゆえにあの竜の強さも不明のままだったのだが。ここに潜入するに至りちょいと調べてみると
 
 
「りっちゃんのお父さんが手を貸してるとはねえ・・・・」
漂泊の天才都市工学者、赤木レンタロウ博士・・・・・武装要塞都市たる第三新東京市の基幹設計をやったのもこの人で大掛かりな変形都市を手がけさせれば右に出る者がいないというか、そもそもそんなことをやれる人間がそんなにいないだろうが、掛け値無しの変人、いやさ、才人であるのは間違いない。なにせあの天才赤木ナオコ博士の夫であり東方賢者を襲名した赤木リツコ博士の父親なのだから。碇ゲンドウや冬月副司令の共犯者と言った方が近いかも知れないが。年代を考慮すると・・・これはかなりおかしい。変人いやさ才人だけにそう簡単に仕事を受ける人間ではない。そこまでして・・・・。竜は未成熟で無力な小娘の思いつきに堅牢無比な土台を与えてどうしようというのか・・・・
 
「ますます分からなくなった」
「まあ、あのリツコのお父さんの、というか・・・第三新東京のトンデモぶりに慣れてると、普通すぎるわねまともな未来市街というか」
「おかげさんで今回は助かったけどなあ」
「・・・まるで、地上に墜ちた太陽。魔法の生み出すメカニズム、光のオアシス、どんな夢でも叶うスーパーシティ」
「ここはネオノミチじゃない・・・・地元の人が聞いたら、怒る・・・・かな」
「大丈夫だと思うけど。腹が据わってそうだから。ココの人たち」
「まあ、な・・・・・使徒が来てもあまり変化がないらしいな」
「ここがいつなくなるか、分からないからってんでもないわね・・・・・住人にそんな不安がない・・・おろ」
 
 
行く手に数体の影が立ち塞がった。
 
顔がべったりと白く黒目が六つあるように見えるのはおそらく暗視戦闘用のゴーグルだろう。いきなりフラッシュが焚けたりビームが飛んできたりとなかなか厄介な代物。単なる足止めの雑魚キャラだと思っているとえらい目にあうことは必至。
夜にも映えるムキムキマッチョな影はたぶんボディーアーマー(防弾防刀筋力増強機能つき)装備。こんな街中で銃器を構えたりしないのは評価できる。通行の邪魔される覚えはありあり。あの装備で夜中の散歩もないだろう。マッチョなポエマーがいてもおかしくはないが。白い顔塗りはマッチョさびしんぼう・・・・・ながら、恋を知っている感じでもない。
 
 
「遠回りしましょ」
「そうだな」
こんなところで強行突破喧嘩上等もなにもない。三十六計は作戦部長を辞めても有効、目的地自体はスグ近くであったがこの複雑な地形はこっちに味方してくれるだろう。
葛城ミサトたちはとっとと廻れ右しようとした。途端
 
 
「待てい!!お客様!!」
 
大声で声をかけられた。声質そのものは剛毅であるが、作文は中途半端だ。待てといわれて待つやつはいないが、その中途半端に足をひっかけられた。狙ってやったならプロだ。
「な、なによ・・・」
 
 
「貴女たちは、すでに詰んでいる。逃げても無駄ですぞ」
「出港の時間はすでに過ぎています。他のお客様を待たせてご迷惑をかけているのです、お急ぎを」
「契約書にサインした以上、必ず乗船いただきますよ。会いたい・・・(沢田知加子風)と思っても会えない(木蓮の涙風)人に今こそ会えるのです。なにを怖じ気づくことがありますか!・・・おおお、泣けてきた!自分たちの仕事のあまりの意義深さに泣けてきましたよーーー!!モーレツに感動!」
「そうそう!涙そうそう!今は怖くてもあとできっと私たちに感謝します!さあ、一緒にいきませう!」
 
 
筋力増加機能のせいなのか地声なのか、マッチョアーマーたちは声がでかい。しかし周囲の住人は顔を出したりしない。人情に期待できる場面でもない。「まあ、こっちが部外者だからね、ここでは」「しかも悪だ。なんとも聞こえが悪い」「となると、やることは一つ」
 
 
二人で逃げた。あのナリのくせに自分たちが絶対正義だと思っているからタチがわるい。しかもそれを否定できる材料がないのがくやしい。無断契約破棄逃走、そのまんまだ。
 
しかも怖いもの知らずの上方移動。つまり他人の塀を越えての屋根渡りである。地元のスケバン警察に泥棒呼ばわりもされたしもう遠慮は要らない。重たい冬期装備はここで脱ぎ捨ててスピードアップ。さすがに中から猫の目印のレオタードとかではない。さー、気分は石川五右衛門。にげろやにげろ。
 
「待ってくださいお客様!」「逃げても無駄です疲れるだけですから!」
今度はひっかからない。あの筋肉ではこんな上方移動はできまいしやっても地元民家の屋根が破れるだけだろう。
「きっっっと帰ってくるんだとおお、白滝山に誓ったあの夜おおお」「回り込めー、土地勘はこっちが上だ」「そうそう、もう詰んでるんですから」にしても真面目な職員達だ。上司の教育がいいのだろうか。
 
 
 
竜尾道観光協会主催の「ツアー」というものがある。
 
 
札無しに堂々とこの隠れ里に入ってこれる唯一の手段。これなら札を得る大金やコネや技能異能を持たぬ者にもなんとか行けぬこともなし。
 
 
が、いきはよいよい、かえりはこわい。あの童謡のごとく。
 
 
ほとんどのツアー客は二度と帰ってこない・・・・・ここが気に入って永住土着化ということならばいいが、人口増加を目的としているならそのツアーの「内容」はあまりにも。
戻ってきた者を調査しても、記憶を失って廃人同様か、人格が極端に様変わりして帰還直後に大犯罪を起こして収監されてしまうか、魂を抜かれたように衰弱して結局は、とろくな末路は待っていないことくらいしか分からない。ただのインチキ詐欺ならまだいい。
 
 
 
もう、会えない者に会う、と
 
 
こんな魔力のある土地で、そんなちんけな詐欺をやる必要がどこにあるだろうか・・・
 
 
この地上のどこにいこうが、三千里を通り越し果てまで歩こうが、行き着く先は元の現実
 
 
信じられないが、あるいは、もしくは・・・・・ここならば、と
 
 
似たようなコンセプトは過去から、ずっとずっと昔から、あった。占いのように。
 
 
思った者が、外法であると知りながら、諦められず、この地図にも載らぬ海の裏側の街へ
 
 
おそらく、未来永劫、その願いが消えることはない。騙しの種として生存しつづける。
人の心に寄生しながら。口にすることを許されない、禁断の果味。
 
 
禁忌を犯す覚悟を秘めた者の魂を、欲する何か、必要とする何かが、招き寄せるための
 
 
手管である、と考えるべきでろう。それゆえに、ひそかに。
 
 
辿り着いた。時を巻き戻しているような、天の理に逆らい抗い続ける、隠れ里へ。
 
 
人の情に配慮するはずのない竜が差配するこの街で、それが行われるというのは。
 
 
奇妙なものだ。これは奇妙な冒険だ。自分たちでは、この状況を打破できない。
逃げるほかない。どんなに心ひかれても。それを、求めることはしない。
 
 
死者との再会。ありがちだが、人が絶滅しないかぎり、これもまた消えることはない。
 
再会を願う命ある方がいなくなれば、それも道理。ツアーは指定された船着き場から船に乗ることから始まる。客は時間までにその港まで集合しておかなければならない。・・・遅刻したんだからもう見捨てておいてくれればいいのだが、土地柄そうもいかないのだろう。札無しの逗留は、ここの支配者たる竜が断じて許さない。
 
 
その「船」の名は福音丸。さながらエヴァをまんま和名にしたかのような、不自然さ。
ダサかっこわるい。葛城ミサトは切り捨てた。センスというよりおそらく命名者はエヴァと日本に対してそのようなスタンスなのだろう、と加持リョウジはそう分析する。
 
 
「おろ」
再び足が止まる。邪魔者などおらぬはずの屋根の上に、いた。よもやバイオリンでも弾いていたわけでもあるまいに。今度は痩身であるが白い薄型アーマー、顔はべったり黒く塗り白い四眼ゴーグル。マッチョとスレンダーを逆位とすれば、配色もそれに準じているというところか。銃器の代わりに、黒と白の玉のついたアメリカンクラッカーを持っていた。
色だけ見れば葬儀社関係に思えるが・・・・・そうではあるまい。
 
 
「お戻り下さい、お客様。出発の時間はとうに過ぎております」
 
マッチョアーマーの仲間というかおそらく同僚であろう。身が軽いらしくこんなところで待ち伏せも出来てしまう。上司はかなり優秀らしい。
 
 
「いやー、それが連れ合いの調子が悪くて、今回はキャンセルできないもんですかね」
「げほげほ、近頃話題の狂牛インフルで。周りのお客さんに迷惑がかかってもアレで」
 
 
「場所がこんな屋根の上でないならもうちょっと信じてみてもよろしかったのですが」
白いスレンダーアーマーは声だけ聞くと、女性っぽい。股ぐらの盛り上がり具合はあまり参考にはなるまい。しかしながら言うことまことにごもっともであった。
 
 
「ツアー内容が内容ですから、乗船時になって尻込みされるお客様もおられますが・・・・それは当初の契約通りに従っていただかないと・・・・大変、困ることになります」
 
 
かちーん
 
 
「はい、これにて投了」
 
 
白と黒のアメリカンクラッカーを鳴らした。どう見ても、あれがやばいな、と身構えていた葛城ミサトと加持リョウジであったが、用心の甲斐なく体が金縛りになる。いかに追いつめられた状況だろうが、一発でそれと分かる暗示にかかるほどヤワな精神をしていないが、やられた。
 
「不思議そうな顔してますね・・・・・プロの自分たちがなんでこんな普通の会社員にあっさり囚われてしまうのか、と。これも仕事の一環ですので説明して差し上げますと、お客様達はそもそもこの地に入る時にもう術中にあったのです。術に嵌れない人はそもそもこのツアーに参加できません。心の深い底の底で、会えない人にもう一度会いたい、なんていかさまの夢のようなことを考えている人しか、札無しでここに踏み入ることはできません。
 
見かけによらず、夢想家でいらっしゃる・・・・・・そうでなければ、弾かれるのです。
 
入った後でツアーを取り消そうとしても、最悪、存在を保てなくなる可能性もあります。
 
絆、というものは、ある意味、鬼よりおそろしいものなのです。
 
水に流さず石に刻むがごとく、自らのルーツに拘り続ける。ここは、そんな街です。
 
後ろ向きと言えば後ろ向きですが、まあ、こちらは夢を売っているわけですから、それでいいのですけれど」
 
 
普通の会社員は暗示一発で人間を金縛りにしたりしないだろ!というつっこみも封じられて雑魚キャラのごとく為す術がない葛城ミサトと加持リョウジ。それなりに修羅場をくぐり場数を踏んではきたものの、どうもここは地元民に有利すぎるホームタウンらしい。
名前すら名乗らない奴に、自分たちがこうもあっさりやられるとは・・・ちきしょうと思うが声も出せない。虎の穴、というか、竜の穴に入ってそのままバッドエンド状態。
 
 
「私も会社ではまだ中堅なので詳しいことまでは知らされていないのですが、途中で逃げてしまうような人では、やはりあまり”うまくいかない”ので、遅刻したら、はいそれまでよ、で済んでしまうんですが、出発の時間を遅らせてまで捕獲命令が出るなんて・・・・お客様は年齢に違わず、けっこうVIPなのですか?」
 
 
しかも中堅らしい。幹部クラスではないらしい。それなのに手も足も出ない。
助けに来てくれそうなのは・・・・・うーん・・・・さっきのアレでかなり怨まれたかなあ・・・碇司令はそういうキャラじゃないし。因果応報・・・そんな言葉が葛城ミサトの頭をよぎる。VIPといわれても嬉しくないし。・・・・逃げ場のタイル小路までもう少しなんだけどなあ・・・
 
 
「目の色からすると、かつてはイエスで現在はノー、というところですか。まあ、他人の評価はまた違ってきますからね。この先があればそう励ましたいところですが。さて、お運びましょうかね。・・・・こちら班長ヒカルノ、捕獲成功しました。運搬役のロクモク君たちをお願いします」
 
どこぞへ連絡している。さきほどのマッチョアーマーが頭をかきかきやってくるのであろうおそらく。金縛りはまったく解けない。完了報告なんぞして気が完全にそれているのに。
その入りがけにかける「術」というのはよほど上手く出来ているのだろう。実際。
ツアーなんぞ参加したくてしょうがない者が参加するはずで、そもそもハナッから途中で逃げるような奴を想定してなかろう・・・と、逃走ルートだけはかっちり確保してきたが、甘かった。忍者小説じゃないんだから、術、なんてヒキョーじゃないか、と思っても後の祭り。
 
”どうにかなんないの?”
 ”どうにもならんなあ”
 
口も動かないあたり詐術にもかけようがない。目だけでも通じ合うが、打つ手が思い浮かばないのは変わらず。目だけであるから、余計なことまでも通じ合う。自分は南極で死んだ父親に言いたいことが多少あるが、彼というかこの男というかあんたというかあなたにも、”そういう人間”がいるわけか、と葛城ミサトの内心は瞳に投影される。加持リョウジはそれが分かるが、返答のしようもない。
そんな揺らぎは言の葉では返せない。流すほかない。重要なことであろうが手指に零れる。
 
 
””どうしたもんかなー””
 
 
ふたりそろって、心の中でぼやいた、その時。
 
 
ぱーん
 
突如、夜空に花火のようなものが映った。正確には、光を背負った巨大な手のひらが高速で旧尾道市街側から島群側へ流れ星のように飛んでいった。元ネルフ作戦部長の葛城ミサトにしてみれば、視覚よりも嗅覚で理解する。あのでかい手のひらはエヴァ関係であると。
 
腕が伸びた、というより手首から先はない・・・・パイロットとシンクロさせているならとんでもない使用法であるが、リモコン?にでもなっているのか・・・それはさておき。
 
 
一瞬、見間違いであろうが、
その軌跡が、
闇を往く列車のようにも、見えた。
 
 
「あれは!?」
中堅社員で班長であるヒカルノが驚いている。そのショックであの暗示の源らしい白黒クラッカーを打ち鳴らして暗示解除したりするドジふまねえかなあ・・・などと思う間もなく金縛りが解けたことを自覚する!そこからは脊髄反射であった。獣の速度で襲いかかり首筋をチョップして気を失わせる葛城ミサト。その点、金縛りがなぜ解除されたのか考えたりする加持リョウジは反応がわずかに遅れた。
「なんだあれは?」
「わかんないけど!」
 
この機を逃す選択などない。屋根の上まで待ち伏せかまされたところからすると、まともな逃げ道はないと考えた方がいい。地の利、というも生やさしい圧倒的なホームタウン効果を発揮されて封じ込められる。すでに術中にある身、”切り札”をここで使うほかなし。
出来れば次回に備えて温存しときたいなあ、という調子のいいことも考えていたが。
とんでもない魔都だ。逃げ足には自信があったが、かなり傷ついた。二度と来たくない。
と、考えることも一致しながら逃走ポイントに向かうふたり。
 
 
「いたぞ!追え!」「ヒカルノ班長からの連絡が途切れた!」「お客様とはいえもう勘弁ならないぞ!てめえで契約してここに入って来たんだろう!ゆるせねえ!」
「いや待て、なんか寺から、連絡が・・・おい!今夜の福音丸様のお迎えがなくなったらしいぞ?つまりキャンセル?」「というと、あのお客様にはなんの問題もない?どちらかというとこっちが悪いコトになるわけか?会社の不手際で、謝罪しなければならない・・・・んだろうか」
「いや、そーゆー問題じゃないだろう。ツアー契約は契約なんだから。オレたちは悪くないよ、悪いのはあいつらだ!」「お客様にあいつらはまずいだろ。客商売なんだから。ヒカルノ班長、そういうの厳しいじゃないか」「その班長がやられた可能性あるじゃないか」
 
「じゃ、班長がやられたらあいつら悪ってことでどうだ?」「そうだなー」
 
 
先の連絡を受けたらしいマッチョアーマーが追いついてきていたが、なぜか途中で微妙な距離をとりだす。おかげさまで声のボリュームもちょうどよい。内容からするとすぐに速度を取り戻すであろうが・・・・その隙にこちらはドロンだ。ラストスパートをかける葛城ミサト加持リョウジ。自分たちのやったことの結果を見届ける前にこの地を去る・・・。
少々、複雑な思いもあるが、今はもう・・・・去れればいいな♪、とそんな所で。
 
 
逃走ポイントのタイル小路に到着。観光名所、ではない。街の中の狭い道にタイルが貼ってあって走ると転ぶかも知れない、という。葛城ミサト達はそこで足を止めた。滑って転んでは逃げられない。その代わりに。
 
 
「”むかし ひとのこころに言葉ひとつ生まれて 伝えてねこの声を 草の想い・・・”」
 
 
歌を歌い出した。追っ手が迫っているのは分かり切っているのであまり感情はこもっていない。ひらけゴマを唱えているようなものでかなりやっつけであった。なんらかのリアクションを期待しながら歌い終わったが、タイル小路はなんの変化もない。下調べの上方によるとここから脱出路が現れるはずなのだが・・・・・・
 
 
「班長がやられていた!あいつらは悪だ!そう決めた!」「うおおー、敵とったるでええええ」「悪・即・ベアハッグ!!」
 
事実を確認したらしいマッチョアーマーどもがこちらに走ってやってくる!。
 
 
「おかしいな。歌詞も間違ってないはずだが・・・やる気がなかったのがまずいのか?」
「だったらあんたが歌いなさいよ・・・・いや、造った当人は男性だからやっぱ男声じゃないとまずいのかも」
「なんか謎かけでもしてあるんじゃないだろうなあ・・・・”このくらいあなたたちなら分かるでしょ”的な」
「天才を友人にもつと便利なような不便なような・・・トータルでは後者が上回るような」
「ともあれ、まずいなー。しかも、正義は向こうにあるときてる」
 
追いかけっこをすれば負けはしないだろうが、意味がない。これで逃げねばならぬのだが。
 
 
さて
 
 
「そこは二号ゲートだからねえ」
 
 
どうしたものか、と悩んだところに、声が割り込んだ。苦笑いを含んだ若い女の声。
 
 
「二番を歌わないといけないのさ」
 
 
あっさりと謎をといてくれた。手順を知る者にとっては謎でもなんでもないわけだが。
 
 
「”時は移ろい行きてものはみな失われ朧に浮かぶ影は人の想い・・・・!”」
早回しのような一息で歌いきる葛城ミサト。風情も感情も何もないが、それ以外のことを求めていたらしいタイル小路はあっさり応えた。
 
 
がばん、と口を開き地下への階段をのぞかせたのだ。絵に描いたような逃走経路だった。
 
 
もちろん本来用途はそんなことのためではない。”メンテナンス用の地下通路”。こさえたのは当然、赤木レンタロウ博士。自分でドカチンやったわけではなかろうが、そんなことはどうでもいい。”なにをメンテナンスするための”通路か、というのもこの際後回しで。
問題は、それを教えた人間が、自分たちの敵か味方か・・・・・・
 
 
こんな状況では信じるのは己のカン。見立て次第で恩義も何もなくさきほどの班長にやったのと同じコトをせねばならない・・・・・葛城ミサトと加持リョウジは地元住民すら知らぬはずのこの秘密の抜け道の前で待っていた・・・・待っていたのだろう、時間的に偶然はありえない・・・この女を目で探り射抜く。相手の力量くらいは見抜けないと生きていけない世界をくぐり抜けてきた。自分たちの眼力を信じよう。
 
名前自体は知っていた。
 
 
テキ屋のような格好したその若い女。眼帯をして片眼。
 
 
水上右眼
 
 
ここの首長の姉であるが、これといった定職ももたずに遊び回っているとか。
 
ただの遊び人が面白半分で機密を口にしてくれた、というオチならいいんだけどなあ・・・・と葛城ミサトの顔に書いてあった。
 
 

 
 
 
巨大な手が碇ゲンドウを掴んでいる。
 
 
怪異であった。寺の中であろうと完全におかまいなしに。その光景は。
 
 
気づいた時にはもう遅かった。鎌首をもたげて襲撃の瞬発力を溜めていた蛇のように・・・・・・そのスピードはボクサーのパンチよりは少し遅いらしいが、そんなサバイバル豆知識もこの場合役には立たなかった・・・・避ける間もなく、というより、避けなかったのだから
 
 
眠っている子供たちの前にご丁寧に、ゆらりと、用心棒の先生のように、立ち塞がったりしたのだから
 
 
よけられる、はずもない。まともにキャッチされた。宇宙的な問答無用さで。
 
 
ポストを高速脱皮して柱の影に隠れて事態を見守る三つ首のケイはそこで体が動かなくなる。もとより碇ゲンドウに助力したりその巨大な手にたてつこうというわけではないが。
金縛り状態。動いたところで何一つ得はなくそれは己の身の安全を脅かすものだと体が判断したゆえのものなのか、ともかく見開く目で目の前の成り行きを見届けるほかない。
同じ人の同族が苦難危難になっていれば、本能的に体が救護に向かうものだが・・・・・
 
 
ぐぐぐぐぐ
 
あっさり握りつぶす気はないようだが、解放する気もなく掴んだ力を増したようだ。
「が・・・」苦痛もさることながら、精神的な恐怖も相当なものだろう。このようなくたばり方を己がするだろうとはたいていの人間は想像もしていない。手は人の悪意を体現する。そこに込められた・・・明らかな「悪意」。反射的な殺意や害意ではなく、こいつを苦しめてやろう、という思考のものに調整された力加減。その、おぞましさ。
 
 
突如発現した怪異に襲撃された者をただやられていくのを見るしかない、というのは
 
 
・・・・これと似たような光景に見覚えがなければ
 
 
なんとも辛いだけの・・・・蛇がカエルを呑んでいくのを見て楽しむ趣味もない・・・己も次に同じ目にあわぬ保証はどこにもなく、もう逃げ出してしまいたいのだが・・・・
単なる「札無しの」回収とは思えない。今の今まで放置しきってこのタイミングで狙われる意味が・・・・いや
 
 
・・・・つい先頃。これと似たような光景に見覚えがなければ
 
 
「ぐぐっ・・・・・・」
内臓とか肋骨とかヤラレテる系の顔色のやばさに加えて、呻き声にも鉄錆の色が見えるような。三つ首のケイとしては、今さっき帰って行った水上左眼を呼び戻すため駆け出すべきなのか主である銀磨に連絡をとって泣きつくべきなのか、判断もつかない。
これはなんらかの制裁や見せしめのような気もするが、自分に見せつけられてもなあ・・・エグ
 
 
・・・・・・つい先頃、これと似たような光景になっていたはずなのに、対抗してみせた
あの男の子、今はこんな状況でもこんこんと眠り続けているそれもどうかしてるんじゃないかとおもうがとにかく実績はある、碇シンジの顔を息を殺して見続けるしかできない。
 
 
べきべきべきべき
 
かなりイヤな音がした。三つ首のケイは知らないが、ネルフ総司令などの任についていた現役時代の碇ゲンドウは上位組織たるゼーレや人類補完委員会などから逆さ釣り天井の刑などいろいろと非道な目にあわされていた経験からなんとか耐えられたが、このイヤな音の時点で常人ならば完全にくたばっている。が、特別にサイボーグ化されているわけではないから状況自体が好転せぬかぎり、そのうち限界の終わりがくるのは間違いない。
 
 
”シンジさん!!あなたのお父さんがやられそうですよ!!なんとかしましょう!!”
 
 
普段からテレパシーを信じているわけではないが、心の声で呼びかけるケイ。しかし。
 
 
「・・・・・・」
ぴくりとも反応しない。ただのしかばねのようだ。もしかして・・・マジで病院に運んだ方がよいような症状だったのではなかろうか。まあ、さほど繋がりも絆もない自分が心で呼びかけたところで即反応、というのもかえって不気味ではある。とはいえ。
 
 
”このままじゃあ、死んじゃいますよ、と・・・・・”
 
 
奇妙な話であるが、どうもこの親子、子供の方が父親を守っていたのか・・・?よく分からない。子供である碇シンジの意識がダウンしたタイミングを狙ったようなやり口であるが・・・・碇ゲンドウがこのまま絞りたて生ジュースにされようと、それほど悲しくはない三つ首のケイであるが、その次どうなるか、ということを考えると、碇ゲンドウが助かって欲しいに決まっていた。そのやり口も、どうにも、下品で、遠藤の名を襲名しようとする者にとっては、見ちゃおられない、というのが正直な気持ち。やるならやるでもっとスマートにやりゃいいのに。小怪人の目が。やはり竜尾道の住人である。
 
 
 
ぶしぶしぶし・・・
 
盗賊として鍛えられたケイの耳にはそれに加えて「ぷちぷちぷちぷち・・」という髭のおじさんからいろんな意味で聞こえてはならん音がするのもとらえていた。本格的どころか終末期的にやばい。釣りはフナにはじまりフナで終わるようだが、この場合は。
碇ゲンドウの顔色はこちらの精神衛生状態に悪影響を与えそうなカラーであるので見ない方向で。
 
 
”・・・・・・・・・・・シンジさーん!!”
 
 
この期に及んだって声に出さずに心の声の自分はかわいい。途中を省略したが、つまりそういうことで。
 
 
「ああ・・・・・・うん?」
 
 
ところが、ぎっちょん。
 
呼びかけに応じたのは碇シンジではなく、さきほど覚醒しかけた女子のほうだった。目覚めに見るとしてはトラウマ必至、最悪の光景であっただろう。
 
巨大な手に掴まれ握り潰されようとしている、ボーリングのピンくらいに圧縮された赤髭ダルマの図・・・・どのような悪夢を見ていたとしても、これに敵うビジュアルはそうそうないであろう。どんな責め絵であろう。
 
あなたはいいから、目を閉じて!もうちょっと寝ていて!ケイは心の中で懇願するが、いったん覚醒したものは今度はそうたやすく眠りこんだりはしない。どころか。明け切る前の薄目で状況を完全把握。そこから。
 
 
百戦錬磨の、いやさ伝説級のガンマンでも、こうはいくまい、という疾風の抜き撃ち・・・・それは射撃であった。そんな射撃があるか!と銃器の専門家が口を揃えて言おうととにかくそれは射撃であった・・・・・・をやらかしてみせた。隣で未だ寝こける碇シンジの左腕を片手で掴むと、踊るような指先の雷光速度のキータッチで義椀の接続を解除、人の腕を勝手に無断で外してしまうと、それからこれは盗賊の訓練をしたケイにしか見抜けなかっただろうが、熟練の箱師を思わすなめらかさで碇シンジのポケットから紙片のようなものを抜き取り・・・次は白い盲亀に似た顔が浮いた切断面を・・・・碇ゲンドウを掴んでいる巨大手に向ける・・・・そして、おそらくつける必要は全くないであろうニヤリという苦笑のオプションまでつけて・・・・唇が少し歪めているのは葉巻でも咥える真似なのかもしれない・・・・・美少女がやるにはかなり無理があるが・・・
 
 
「あぶないあぶない・・・・・クリスタルボーイ並の執念深さだよ」
「でも丁度いい。これを”寄り代”に使わせてもらえば・・・・・・」
 
 
しかも口調も、男の子のそれだ。ボクっ娘なのか?とケイは一瞬思ったが、それはいい。
ここまでされて碇シンジの奴はまだ起きないの?なんかすごい構図だが、それもいい。
 
 
 
 
ぱーん
 
 
問題なのは突然、本堂が強烈な白光で塗りつぶされたことだ。何が起こったのか分からない。しばらく、体をまるめて光が収まるのを待つケイ。体がまるまる・・というのは金縛りが解けているわけだが、それはあとで気づいた。一応、自分の体に痛みなどはない。
あの光に攻撃力がないとしたら・・・・あまり事態は変化しておらぬのではなかろうか。
昔話じゃあるまいし、朝になりそうだ、ということでビビって騙される福音丸でもない。
 
 
そうっと・・・・闇が戻った本堂を、柱の影から、見てみると・・・・・そこには
 
 
哀れ、ひき肉にされた碇ゲンドウ・・・・・・の姿はなく、普通に半殺し状態になっている碇ゲンドウが転がっていた。その傍らに、とくに慌てる様子もなく、というか、ぼけーっと寝起き座りのまま、碇シンジの腕はもう放していた・・・・・・の女子がいた。
碇シンジはまだ、意識を取り戻したふうではなく、冷凍マグロのように転がっている。いやタヌキかもしれないが。本堂自体に破壊箇所はないものの、惨状である。十分前の光景と比べて間違い探しをやれと言われればすぐにも何十カ所もあげられる。
 
 
福音丸の手だけが、消えていた。
 
 
退散させられた、といった方がいいのか、いたぶることに飽きたから戻っていった、という感じではない。主導権は、明らかに、今はぼーっとしているあの女子にあった。その目覚めと行動が、そのサイズからして圧倒的な力の差を誇って脆弱な人間を掴みつぶしにかかっていた福音丸の手を追い出した・・・・・少なくとも、ケイの目にはそう見える。
そうでなければ、碇ゲンドウを解放した理由が分からない。半殺しであるが、生きている。
 
 
「あ、あの・・・・」
 
 
今度は心ではなく自分の声帯を使って声をかけるケイ。考えれば、福音丸よりそれを退散させた方がやばいのであるが、それは同じサイズの安心感というやつだった。屋根裏の散歩者よろしく観察だけしていればいい状況でもない。必要最低限度には意思疎通せねばなるまい。その、・・・・・・
 
 
 
夜の雲のような色の目の女の子と