「死んだ?」
 
 
どうにも尋常でない超自然的火災の後始末に動く水上左眼がまず足を運んだのは、蘭暮アスカの兄だという同居人・・・事故発生時に火の気に巻かれて重傷を負い病院に運び込まれた・・・のところだった。意識が僅かでもあれば直々に尋問するつもりだったのだが。
間に合わなかった。遅かったようだ。
 
 
「ええ、もともと運び込まれるときには全身真っ黒焦げでどうすればあんなことになるのか・・・巨大なオーブンの中にでも放り込まれたような・・・治療らしい治療も出来ないうちに・・・・匂いもすごいものでしたが・・・・心臓停止は確認しました。その後、札の回収も・・・・・霊安室の方へ移動させてもらいましたが・・その、検死などは」
 
医師が青ざめるほどなかなか凄まじい死に様だったようだ。あれだけの異常の中心地にいてただですむわけがないのだ。元来は。災禍の中心・・・あんなところに行って戻ってこれるのは。試練大好きな狂える王様か、金剛石でできた騎士か、同じく災禍の主か・・・・この隠れ里であれだけの力が出るということは、外に戻ればどれだけの・・・・関わり合いになるべきではなく、関わってしまったこの男は不運だったということだ。どうせ実兄ではなく、付き人のような関係であったのだろう。中間色の執事がいてもおかしくはないが。
 
 
「ああ、それは警察にやらせる。交通違反の取り締まりだけでは飽きたらんだろうしな」
 
これが犯罪のカテゴリーに入るのかどうかも分からない。ゆえに竜尾道警察にはふさわしい。聞いておきたいことはあったが、死人に口なし。時間もない。副署長として署長に「命令」すると、次のスケジュールをこなしにいった。軍師がいるなら任せてしまいたいところであるが。
 
 
・・・そうもいかない。
 
 
 
 
「化粧がなければ、死んでたわ。男も女も関係なく、ひとつの命として化粧って大事ねえ・・・・ってこれって我ながら名コピーかもしれない。再来年あたりに採用されないかしら」
 
霊安室の台の上で怪奇映画の蛾蝶のごとく全身を覆う黒い焦げ皮をパリパリ内部から割きつつこんなことをほざく奴が相手となると。
 
 
「それは難しいと思うが」
化粧師(けわいし)というより、こわいし。
 
 
「あら」
 
 
意外そうな目だった。だが、軽い驚きですましている辺り、やはりタダモノではない。驚きすぎて本当に心臓が止まってしまっても困りものだが。なれど、こんな手にひっかかっているようではこの里の支配者はつとまらない。札は高価なパスポートというだけではない。あの炎娘と示し合わせた脱出トリックというわけではなさそうだが・・・・自分がここに来なければあっさりと逃げおおせただろう。死んだ、と医師に判定させた、ということはそういうこと。この手の人種からフットワークが失われることは致命的だ。
 
 
「話を聞かせてもらおう。それも、嘘偽りのない、面倒な検証のいらない分かりやすい話を。おかげで今夜は、というか、もう日もまわっているが・・・ずいぶんと忙しい。
その分のサービスも期待させてもらって構わないだろうな・・・・
蘭暮イトウ・・・・くさいどころではない偽名純度の高さだが」
 
 
蘭暮アスカの兄役だとはいうが、焼死体にも自在に化けるとなればこれはいかなる人三化七、とっくりと話を聞かせてもらわずはなるまい。水上左眼はスーツの懐から匕首を取り出した。速度からすると出現した、と表現した方がよかろう。実際、蘭暮イトウことヘドバ伊藤の目にはそのようにしか見えなかった。
 
「舌切り雀丸、という。見たところただの匕首だが、陰義(シノギ)を走らせるとあら不思議、嘘つきの舌をたちどころに切り落とす、という・・・・どうした?黙られてもまた時間の無駄と思うが」
 
「・・・・じゃあ、正直に言わせてもらうけど。・・・・怒らせたから舌切ったとかいうのはアウトだからね!いい?それいい!?確約してもらうけどっ!」
 
「うーむ、男でも女でもない・・・つまりは、(女男女)”うわなり”か・・・・それでも札を手に入れるのには問題ないのだが・・申請用紙の性別記入欄にちゃんとあっただろう?」
 
「いや、あたしはそれでよかったんだけど、妹の同居人が嫌がったのよ!。女でもダメっていうし!どーしろってのよ!!別にいいじゃないの!ねえ!?ちゃんとここでは認められてるんだから!第三の選択肢でも!サード・アダルティーでも!!ねえ!ここのえらいひとォ!!」
 
「・・・雀丸が反応しないなあ・・・・あえて流石というべきか」
 
「そんな違いの分かるえらいひとには正直にゲロるしかないわ!というわけで正直に思ったところを話していくけど準備は・・・いいのね?オッケーね?アーユーレイディ?」
 
「己でハードルを上げることもないとは思うが・・・なあ、雀丸」
 
「けっこうしゃべるのね、アンタ。もっと寡黙な上杉景勝みたいな人だと思ってたけど。女碇ゲンドウ系?命が惜しいから短刀に話しかけるあたりはスルーしておくわ」
 
「水戸黄門も一人で漫遊していれば、自分でいろいろ説明したり一人で会話したりボケたりつっこんだりうっかりしたりしただろう。話すべき時には話す。そのために口はついているのだ。せっかく、一つしかないのだからな・・・」
 
 
「独裁国家なら今のを笑うように強制されるところだけど・・・アタシ、どうすればいいの?」
 
「どうもしなくていい。妹の後始末に追われるこちらに協力さえしてくれれば・・・・
 
”エヴァ弐号機はどこに隠してある?”
 
もってきているのだろう?
 
そちらの妹の過去や個人的事情はどうでもいい。・・・説明しがたい事態に陥っている。
 
だが、今のところは屋根の下で片付きそうな状態だ。エヴァにさえ乗られなければ、どうということはない。だが、万が一、あの状態のパイロットが乗ることになれば・・・。エヴァ弐号機は独逸にあるのは確認したが、どのようなイカサマを使われるか分かったものではない・・・・こちらの身内が協力したなら”そういうこと”も出来る・・・・・・
 
さあ、答えてもらおう・・・・」
 
 
隻眼から放たれる、妖気に近い視線が、焼死体から再生したばかりの怪人に突き刺さる。
 
ただでさえ再生怪人というのはいいところもなくやられるしかない存在であるのに、こんな眼力をモロにくらっては・・・・再び死体に戻るしか口を噤む法はないだろう。
 
 
 
「アシュラ、ね・・・」
 
 
怪人、蘭暮イトウが口を開き語った言葉は、地名ではなかった。
少なくとも竜尾道周辺にはそんな場所はない。巨人が潜める場所などそうそうあるものではない。しかもメンテの手がいる制式タイプとなれば。雑草どころか死肉をくらって大きくなった竜号機とは違う乳母日傘のお嬢様のはず。
 
しかし、舌切り雀丸は発動しない。
まあ、もとからそんな能力などないのだから当たり前だが。
 
もしくはすでに領域の内部に・・・とあれ、蘭暮イトウが言った言葉はそういった事柄から遊離しているものであろう。コードネームやら作戦名やらといったものでもなく、何かの事象を観客席から無責任にひとまとめにして批評したかのような、一言。仮にも兄役を務めた間柄にしては・・・とは思わない。自演かどうかこの人物は焼かれかけた。それが演技でないのなら、同居役の妹役は兄を焼き殺しかけた、ということになる。人の目を欺くにはあまりに注視を集めすぎた。それは焼死体の演技、などという作業から矛盾する。
 
どちらかといえば、暴発・・・設定時間の読めぬ時限爆弾・・・そうなる可能性を想定した準備が功を奏した、といった方が的中確率は高い、と水上左眼は見る。外部の者の仲間割れなどこの目はあまりに見過ぎて慣れた。
 
 
「アシュラ、とは阿修羅のことか。三面六手の」
 
脳まで煮えた、わけでもあるまい。それとも内部には熱が到達していたのか・・・。
時間が惜しいなら付き合ってやることもないのだが。誤誘導の類とも思われない。
逃げ場はないのだから。己の、この目で、見る限り。この里にいる限り。
 
阿修羅・・・・まあ、現状の彼女と彼はそのような感じにややこしくなってはいるが。
 
奇妙な符号を、感じた。
 
 
「ん・・・ああ・・・・舌は切られてないわね・・・ということは、”それ”は的を射ているのかしら・・・あ、さっきのはちょっとアタシにも確信なかったからせっかくの機会にチェックさせてもらっただけ。あー、ごめんなさいこっちの都合を優先させちゃって。で。さて、弐号機だったかしら・・・こっちに搬入もしくは待機させてないかって?」
 
 
「そうだ」
真打ちの雀丸などというものがあれば、この舌もやられている。欲をかけばキリがない。
 
 
「おたくの竜ゲリオンならまだしも、うちの自前で空が飛べるわけでもない四角四面に不自由な制式タイプじゃそんな芸当逆立ちしたって無理ですわよ。まー、確かに運び込むだけならやりようがないわけじゃないけど、あんなもん、いざここぞっと時に使えないんじゃ、意味ないわよ。なんせ場所もとるしー。電源の問題もあるしー。飛行機もお船もずーっと出待ちをおさえとくわけにもいかないでしょ。もちろん今のネルフはあてにできないわけだしィ?アタシたちお忍びだしィ?・・・・用心深いのも結構だけど、出来ないモノは出来ないの!二人分のお札をもらうのがアタシなんかには関の山よ!!しかも自分が面倒みてあげてる子にあやうく焼き殺されるところジョージだったし!」
 
 
「それが仕事なのだろう。・・・・・あ、待て。そんな仕事ないわよ!!と、今自分でも内心でつっこんでしまったからその必要はない」
 
「・・・・やりようがないわけじゃない・・だと?とか、そのあたりを赤でアンダーライン引いて質問してくるかと思ったんですけど。まだ受け付けてるわよ?自分でも今ちょっと信憑性なかったなこの言い方ってプチ反省してるところだから」
 
「それはかまわない・・・・・だが、それを証明してもらえるか?エヴァさえなければ、ここではタダの子供だ。転がしておいて経過を見ることも出来るが・・・・そうでないなら」
 
元を断つ、と言う必要もないだろう。自分たちが今どこにいるのかこの人物には分かっている。無害であることを証明できないなら有害だと判断されてもやむなしだと。己の保有戦力を実際より遙かに過大に相手に評価させて後退させる・・・・つまりはハッタリ・・・そのような情報工作をしかけてくれただけならば、かまわない。こちらをどのように評価してくれたのかは分からないが、理性ある対応を期待されたのかどうか・・・・
己の無力を証明しろ、というのだから、我ながらずいぶん野蛮なことだと思う。
 
 
「うう・・・なんて目つき。そんなに信用ならないんならもっと早くに追い出しておけばよかったじゃないの。こっちの素性はお姉さんにバレてんだし・・・・って、ここで雀丸さんを発動させないでねえーー。舌が切られたら話が続けられないでしょー。アタシもこんなナリだけど、舌が二枚あったりしないんだから。あ、じゃー、ちょっと自分と妹の命かかってるみたいだし真剣で証明しましょうかね、
 
さて、弐号機の居場所証明!
 
・・・・とはいえ、こっちが口先で何言っても信用ないだろうから、手がかりだけ提出するからあとは自分で調べてみるってのはいかが?そのネタが使えなかったら、まー首チョンパされてもしょうがないわ」
 
 
「面倒な検証は不要な方向で頼んだはずだが・・・・・とはいえ、理には適っている」
 
「・・・・いや、アンタ絶対2、3人お供連れて行動した方がいいって。その手順を欠いた物わかりの速さはちょっと日本的情緒に欠けるわよ?いきなり全てお見通しで印籠みたいな。女なんだからもうちょっと会話を楽しみましょうよ」
 
 
「全てお見通しは桜吹雪だな・・・会話を楽しむには相手を選ぶことが肝要。で?」
 
黒い焼繭から再生した男でも女でもない怪人は鼻で笑うようにして答える。
 
「エヴァ弐号機のあまりに急な、使徒戦の主戦場メインアリーナたる第三新東京市に戦力不足の間隙までつくっての独逸召還、その本当の理由はなんだと思う?」
 
疑問形で。
 
「さて。ゲームのような政治のような、ナントカ条約だったかな」
 
ゆえに打ち返しの返答がくる。
かなりのピッチャーライナー。
 
 
 
「・・・・・・・」
 
 
「・・・・・どうした?」
 
 
「カタカナ発音でアンタみたいなのが言うと本当みたいじゃないの!!一瞬、アタシも、あ、そうかな?って思っちゃったじゃないのよ!!アンタはこっち側に来ちゃダメな人でしょ!!誰も見てないからってそんなこと言っちゃダメよ!!ここ霊安室だから、言い直すわ!ダメ・デスよ!!」
 
 
お釜を逆さにして亀裂が入るとご飯が炊けない。
 
 
「なによアンタ!!今、おかまのくせに逆ギレしやがって!!的なことを考えたりしたでしょ!!失礼よ、アンタ失礼ーーよ!!アタシは親切で言ってあげてんだからねっ!!」
 
 
それはいいからはやくつづきを、的なことを考えてみる水上左眼。
 
 
「あ、まあ、それはそうね。続けるけど、力の配分だけを考えて取り上げた弐号機をほったらかしてそのままヒマさせてるほど、”あっちの人間もヒマじゃない”の。ここらへんはアンタの方が誰より分かってるんじゃないの?人間とちがって修行したり訓練したりするわけじゃないから、戦力増強、機能増幅、新モード搭載・・・・ってところかしらね。パイロットはあんな調子だから、都合がよかったしね」
 
 
「・・・都合が、いい・・・?」
 
 
「制式兵器にとりかえの効かないパイロット一人ってわけにもいかないでしょーう。後期制式、後弐号機は稼働しているから、前期は実験に・・・それもちょっと大胆なやつに使ってもいい、ってな判断を、烙印かもしれんけど、押されても無理はなし」
 
 
「・・・・・・・」
 
 
「欠番になった五号機の製造ラインがリベンジを企んでいるって話もあるけど・・・ああ、ここまでは話さなくてもいいんだわよね?ほら、舌も切れてないし。話が逸れたわ。とにかく、弐号機は現在、独逸でガチガチに改造されまくり中です。調整といえば聞こえが穏やかだけど・・・・どうも、そんなもんじゃないらしいですわよ奥様。ほぼ、別物」
 
 
「・・・・・・」
 
 
「動かせる、はずがない。基本的にエヴァはアンタみたく個人所有の代物じゃないから。
そんなフリーダムな竜村長の考えを普通の人間にあてはめられても困るのよね〜あー、超激困っちゃう。けどやらないと、困ることも出来なくなるから教えますけど、メモのご用意はよろしくて」
 
「ああ。記憶力には自信がある」
 
 
「”獣飼い”・・・と、”真希波・マリ・イラストリアス”・・・・」
 
 
「・・・ここから何も探れなかったら、首をもらっても文句はないのだったな」
 
 
「アンタ調べる気あんの!?さらっと聞いただけじゃない!ちゃんとメモしなさいよ!!メモ!!マリ、だけで調べても何も出てこないかもしれないわよ!?っていうか、そんなので調べがついてたまるか!!っての!!お願いだからメモとってメモ!!勘違いで首チョンパされた日にはたまったもんじゃないわよう!!」
 
「どっちにしろ、これが重要情報だったら機密漏洩で死刑だろう。同じコトだ・・・・・
 
さて、どうしたものかな。場所的には後腐れないが・・・・しばらく眠ってもらうにしてもホントに片付けられる可能性もあるなー・・・一応、死亡診断が出たしな。すうすう息してるところを目撃されれば、ゾンビだ!とかいって周囲の者にショックが大きすぎるだろう・・・それがまずい。一週間ほど呼吸を止めておくことはできるか?」
 
「住民中心目線もホドホドにしなさいよアンタ!!できるわけないでしょうーが!!そんなツレなすぎる対応をホントのホントにしたら化けてでてやるわよ!毎晩毎晩キッチンでサラダ油なめてやるわよ!」
 
 
「昼間からのキッチンドリンカー主婦の方が怖いような気もするがな・・・・・、と」
 
 
結局、舌切り雀丸は舌を切らずに、蘭暮イトウの鳩尾と丹田を打つにとどまった。
 
「ぺや・・んぐ」
 
口の達者さはとにかく、戦闘能力には天地の差があるようだ。あっさり気絶した。
 
 
 
「やれやれ霊安室でなにをさせられるのかと思うたが・・・・・・」
 
そこに竜尾道警察署長、生名シナンゾーが息子と一緒に到着した。
 
 
「こんな時間にすまない。見てのとおり、怪しい奴なのでしばらく留置所にいれておいてくれ」水上左眼の超法規的すぎる指示。
「罪状は・・・・・まあ、死体偽装罪とでもしておくか」
 
「あー、わかったわかった。なんともタチの悪い神経弛緩臭をまといつかせて臭い臭い」
まともな警察官であればそんな指示に従うのは屈辱以外のなにものでもなかろうが、この地元警察署長はあっさり従った。死体に変装したいという個人の趣味自由は認められないこの独裁に異議もなし。
 
「が、さっさと追い出してしまわんところからすると」
「署長」
 
その代わりいらん詮索をしようとするところを息子の生活安全課長が止めた。この男が消防でも消火できなかった「金色火事」における重要参考人なのは承知していた。が、そんな罪状をでっちあげてぶちこんでおけ、と副署長が、水上左眼が言うのならばそうするしかあるまい。医者が死亡診断を下した相手を霊安室までやって来て足止めするような・・・・・どう考えても首長の仕事ではないが面子の少ない警察の副署長の仕事ではあるかも知れない・・・・眼力の持ち主の指示とあっては。
 
 
「では任せた。私は消防の方へ」
 
 
聞き出した鍵単語から調べものをするでもなく、水上左眼は自分の足で次の訪問先へ。自ら活を入れ説明する必要があると認めているからだろうが・・・おそるべきタフさ。
 
 
が、向かおうとした水上左眼はちょうど走り込んできた救急車に足止めされる。
 
 
ストレッチャーに乗せられたのは、半殺し、いやさ五分の三殺しくらいにはやられた碇ゲンドウ。
 
「これは・・・・!?なぜ・・・」驚きと自問にかける時間はごく少ない。のんきに衝撃を受けていられる身分ではないからだ。
 
「・・・シンジ殿はつきそっておられるか?」
事態の確認に回した方が時間は有効。そのように自らを鍛錬してきた。言葉を発するも、それは殆どないだろうな、と思っている。もし、狙われるのならば、父親などではなく、明らかに子供の方なのだから。
 
 
「やはり・・・・・始められたのか。初めての賭の敗北は大きく、つきましたか・・・」
 
 
賭に破れたなら大人しく座して推移を見守る方だと思っていたが・・・・・なにか悪足掻きでもやったのだろう。いかにゲンドウ殿でも、相手が悪すぎる。ご子息の守護がなかりせば・・・・そういうことにも、なろうか。
男子というのは最後には父親を裏切るように出来ているのだ。
 
 
 
「ヒメさん?なんでここに」
 
 
ほんの僅かの間だが、思考にはまりすぎていたらしい。かけられた声に反応が遅れた。
 
そこから、また、二瞬ほど。
頭と体の連動に乱れが生じた。
 
頭は聞いた言葉から知った者だと判断するのに、体はそれを知らぬ者だと、気を許せばこちらの身を害しうる存在と判定して、そのように反応しようとする。目が、声をかけてきた者の、姿を再捕捉確認する。
 
 
少女の、美しいといっていい少女がそこにいた・・・・
 
まあ、顔かたちの整い具合は同性とすればあんまりどうでもいいことなのだが。
 
 
装いは・・・あまりに適当すぎるというか、完全に男のそれだ。ただし、男装という立派なものではなく、大慌てでそこにあった男の服を身につけたはいいけど、それに気づいても着替える時間がなくそのまま、といった感じであった。錦を着てこいとはいわないが、それはどうなのか。リボンも崩れているし・・・思わず、手を伸ばして直しそうになってしまったではないか。
 
 
とはいえ、この地元でこの己にそんな気安い口をたたける少女は存在しない。
ヒメさん、などとある意味なめとるとしか思えないそのあだ名・・・・その使用許可は
 
 
その顔の造りには見覚えがある。記憶力には自信がある。記憶力に自信があると政治家としてはやっていきにくいとかいう話もあるようだが。秘書がいつでもそばに控えているわけでもない自分がそれだと事態が前に進んでいかない。
 
 
蘭暮、アスカ
 
 
「福音・・・・じゃない、なんか巨大で怪しいどこのメガデウスか知らないビッグハンドが父さんを襲い倒して・・・僕はなんとか難を逃れたけど、父さんが重傷で・・・・・大ケガには慣れてるみたいだけど、さすがに・・・・・・ヒメさん、どうしたの?そんな、”おれがあいつで、あいつがおれで”(作・山中恒)、は、ほんとにあったこわい話なの?みたいな目で」
 
 
声質は違うが、しゃべり方、なにより、なんというか・・・そのほざき具合、吹き具合が明らかに・・・・・碇ゲンドウを父だと呼んでいるあたり・・・・いまわの際に衝撃の家族関係の新事実が明らかにされたわけでもなかろう・・・・・目の前の、少女は
 
 
「シンジ、殿か・・・・」
 
 
有名だと勝手に誤解されていた治療でもなんでもない、あのやらせめいた無茶行為がほんとうに効果があった・・・・・のか。紙と竹細工のお江戸式ハンググライダーがこの現代にふたたび挑戦・成功してしまった光景を目撃したような・・・べ、べつに感動はせんでもいいだろう・・・その偉業を称えるべきか・・・水上左眼の判断速度をもってしても、かなり迷った。本来、考えるべき碇ゲンドウ襲撃犯のことを後回しにしてしまうほど。
 
 
 
「ヒメさんは、知ってるんじゃないの・・・・?」
 
 
声は別人のものでも、目の色は・・・・・・これもデータの少女のものとは異なっている・・・・夜の雲の色。さきほどまでは記憶照合と一致する蒼であったのに。
 
 
「何を、ですか・・・」
 
 
その声には抑えた怒りがある。己の父親をこんな目に合わされて・・・もう病院内に運ばれているが・・・・喜ぶ道理もあるまいが。こちらが一瞬、気後れするほどに。下手な返答をすれば、それが何か、非常に大規模にまずいことになる爆弾のスイッチを押してしまうような予感がした。エヴァ初号機はなく、エヴァ弐号機も独逸に留まっているらしい・・・・どちらに転ぼうと、今現在目の前にいる小娘は、話にもならず無力なはずなのだが。
 
 
その夜の雲の色の目で見られると・・・・・
 
防衛反射的にここに竜を呼びそうになる。
 
 
 
 
「これの戻し方」
 
 
少女の声のwhatがもう少し遅ければほんとうに呼んでいたかもしれない。
これ、というのは何か、と問い返すほど鈍くはない水上左眼。
 
 
「一応、治療法というお題目でしたから・・・・・・治療を治療しろ、というのは・・・それを唱えたゲンドウ殿にしか分からぬことでしょう・・・・・おそらく」
 
 
それから、二、三歩、距離をとる。無意識に、なんとなく、生物学生理的に。
それは剣術の歩法でもなんでもなかったから、すぐに碇シンジの目についた。
 
 
「い、今の・・・・もしかして、ヒいたりとか・・・・・まさかそんな地元の人が・・・・そのトップたるヒメさんがまさか・・・・そんなこと、ないよね・・・・?」
 
 
にじりよってくる。うっすら涙目だったりするが、その色ではただ険呑さが増しただけだと水上左眼は思う。「いやー、もちろん、そんなことは・・・・・」言葉とは裏腹に内蔵された己の体術は正確に危難から身を遠ざけようとする。「そうだ、シンジ殿、こんな謎々をご存じですか?有馬温泉に直通の電車が開通しました。さて、」
 
 
「有馬線・・・ありません・・・・」
 
 
「正解です・・・・・そんな世界の果ての公衆電話で雨宿りしてるような顔されても。地元といっても、近頃では長野の方に浮気されてしまったことでもありますし・・・・ここは大目にみましょう」
 
なんで自分がそんなことを言わねばならないのか・・・・・それは親子の問題であろう。
こっちも、そんなことをしてはまずいだろうなあ、とは思ったのだ。止める間もなかった。
いくらなんでもそこまで面倒負いかねる・・・・・
 
 
「しかし、シンジ殿くらいの年齢の男子なら、そのような状況に陥れば、当初のとまどいの時期を抜ければ、意外におたのしみになったりするのでは?リアル潮騒といいますか・・・互いの肉体の差異を確認しあうお約束のシーンなど・・」
 
 
カカッ・びかっ
 
 
目から電光が。見間違いではない。確かに火星からやってきた侵略軍をモチーフにしたブリキのおもちゃのハッタリギミックめいた光の信号が。意訳せば”おこるよ?”プラス”えろいよ!!”あたりか。”そんなこともしてみたかったけど、いろいろありすぎてそれどころじゃねえ!この状況でそんなことやってたらかえって前衛だよ!?”かもしれない。
 
 
「・・・・・・いや、まあ、これは一般論というか映画などではそうである、ということにすぎませんが・・・・実際そうなると、萎えるかもしれませんね。幻想が潰れて。まあ、羽のように軽かったりしない、のは生物としてやむないことですし・・・そんな女子がいれば明らかにそれは妖怪です。蟹にでもとりつかれているのでしょう」
 
 
これ一切が狂言、という可能性もないではない。政治家は演技力があった方がいい。そんな状況に陥った少年の心境など想像もしたくないが。これは、碇シンジなのか。本当に。
ただ、演技ではどうにもならぬ領域、というのは確かにある。
 
 
「取り憑かれるといえば・・・・・今、”おひとり”なのですか」
 
 
二重義の問いになっているが、相手にはそれで分かるだろう。取り違えることもなく。
 
 
「僕のほかにもう一人、というか、もうひとつ、入ってる。よ」
 
碇シンジの返答は。とりあえず、己が碇シンジだとして問答をすすめている相手は。
 
 
「と、なると・・・」
 
これは引き算になる。蘭暮アスカと名乗る少女の中には、三つの人格があり、それらがうまく連携をとれぬ・・・そもそもそうせねばならぬ関係性であるのか、どころか互いに喰らいあいつぶし合う間柄かもしれない・・・・ことによる体調不良能力暴走、まともに一般生活を送れぬ状態になってしまった。この地に来たのもその状態の治療ないしはなんらかの妥協点を見つけ出しての解消にあったと思われるが、時間切れになったのかその器でなかったのか、失敗。碇ゲンドウのような人物が直接関わり手を下した、となるともはや時を待たぬ末期状態ではあったのだろう。三国鼎立にはならなかったわけだが、誰が覇を唱え天下をとったわけではない。むしろ、破を叫ぶはめになった。金炎の中心で。
 
三つを抱えていられるほど・・・その器は大きくないのだろう。まともといえるが。
 
ゆえに、そのうちのどれかひとつを移転させる。納得も説得もさせようがないので、強制的に。あんな方法で。そんなのありかよ!と自分も思うが、それは成ってしまった。
 
いちいち人の頭がぶつかって人格転移が起こっていたら逆に珍しくも何でもないので、映画にはなったりしないぞ、と思う。ともあれ。碇シンジの中に蘭暮アスカの人格のどれかが・・・ひとつらしい・・・入ったとなれば、あとは残るふたつが。いやいや違う、これでは逆になる。碇シンジの体の中に、蘭暮アスカの人格が二つ入り、残りはひとつ、そこに入れ替わりに碇シンジの人格が入ってきて、今、少女の身体で、自分と話をしている。
 
 
「・・・・と、こんな感じですか」
近くにホワイトボードでもあれば図にでもかいて分かりやすくするが、ざっと話すにとどめておく。それに、当人に聞いた方が早くもある。このような異常は。現地情報を確認するにしくはない。
 
「いや、僕の身体の方にも、ひとつというか、一人しか入ってないんです。こういうことになって、川口弘探検隊のカメラマンとディレクターみたいに大喜びで僕の身体の方に移動してたんですが、”相性が悪かったのかなー”、入った途端にフリーズしちゃって、ぴくりとも動かないんですよ」
 
 
「・・・・?」
それでは勘定が合わなくなる。あと一人というか一つは・・・・
 
 
「なにか”まずいもの”
でも
”見ちゃった”んでしょうか・・・・
 
”見られちゃったかなー”。もう一人の方も、
 
なんか心の奥の方でごそごそやってる気配が濃厚・・・
 
”盗まれてるのかな”、これは」
 
 
誑かされている、わけではない。
この碇シンジは、真実を述べている。なんの遠慮もなく。
 
赤裸々に。多少は演技してほしいほどに。
己で開腹切腹して、デートに着ていく洋服を選ぶように、内臓を並べ替えているところを見せつけられているような・・・・大罪の告白をされているわけでもないのに。
 
恐れるべき時に恐れない人間を見せられるということは。
 
 
人のこころのかたちがさまざまことなることに、いまさら感動できる身の上でもないが。
 
 
人間は、ここまで機能的に出来ていないはず・・・・。
 
化け物は、もう少しいやかなりてきとうに、曖昧に出来ている・・・
 
とはいえ、機械は、心を語らない。
 
方法はともかく、碇ゲンドウがその任をこの息子に当てたはずだ。
彼しかいない。
 
こんな姿であるからこそ、裏舞台であるからこそ、かえって、演技ができなくなっている。
 
その、本性が。
 
こんなものは、あの鎧の都にこそふさわしく、封じ込めておけばよい。
 
本当に、こういうものを、生かしておいて、いいのか・・・・・・
 
あやういバランスをもって保たれている脆弱なこの隠れ里に・・・・こんなものを
 
 
 
きしきしきしきしき
 
 
眼帯に隠されている方の目・・・むかしむかし、孫六殲滅刀の破片が突き埋まり同化してしまった観測器が、鍛巫の床が、告げる。火花に似て弾ける闇を裂き輝く正しさの声が。
放置すべきではない、十全な状態ではない、今こそ。
 
こやつの、始末を、つけてやるべきだと。恨みを、晴らすべきだと。軋み唸りをあげる。
 
 
 
「・・・・・・」
 
 
声にもならぬ疑問に応じる碇シンジの返答は、天を指し示す少女の指先・・・そして
 
 
 
「残りのあしゅかは、列車に乗って天の駅へ・・・・・・」
 
 
 
「・・・・・・・・・・」
 
 
 
「やばい噛んだ。」
 
 
もう遅かった。事前にあの怪人から聞いたあの単語と今の返答はがっちり結びついた。
 
そうなのか、と納得した己がいた。己がいた。己がいた。真剣に納得してしまった己が。
 
真理を悟ってしまったりした己が。こんな状況で。この水上左眼が。
 
 
 
もはや・・・・・
 
 
「訂正させてもらって・・・・・・・いい、です・・・か。あの、ヒメさん・・・」
 
 
相殺
 
 
というか・・・
 
 
双殺
 
 
するしかあるまい・・・・・
 
 
 
「今の、この肉体は、僕だけど僕じゃない、今の発言、ちょっと噛んじゃっただけのセリフまわしはあくまで僕の責任であって、口で言い返すくらいならとにかく、物理的な攻撃によったダメだしはちょっと・・・倫理的にまずいのではないかと・・・・今週のNG大賞というか・・・いくらここが病院の前でも、嫁入り前の女の子の肌に傷つけたりするのは・・・・刀をもった武士のすることじゃないと・・・・一本、二本、三本、四本、あの・・・どこから出てくるんですか、その数の刀・・・四次元ポケットじゃないんですから・・・といってる間に、八本、九本、て!!それ刀が分身の術を使ってて、ほんとは実体は一本だけなんですよね?それを見破ったら許してもらえるとか・・・・こんな長ゼリフでもスラスラと噛まないってのに!そろそろリアクションというか応答が欲しいんですが。誰か知らない謎の第三者がスカした笑いとともに割り込んで来てもいいですが!」
 
 
そんな命知らずがこの竜尾道にいるわけがない。
 
 
阿修羅をも切り捨てるに違いない、水上左眼の多重抜刀術が、てめえでやったわけでもない舌禍によって、それをやった張本人が現在内部に留まっている、という理由だけで、蘭暮アスカの肉体が、細切れにされる・・・・逃げるべきだが、逃げられない。背を向けた瞬間にやられるだろう。理由が高尚であればともなって行使される残虐度があがる、といった世間のルールがあるわけではなく、むしろ、理由のしょうもなさにともなって急上昇している気もする・・・碇シンジの逃避はそんな思考方面で全力疾走していた。
 
足は一歩も動かない。
 
 
 
「では、もう一度・・・・・」
 
 
「はい?」
刀風の代わりに来たのは、言葉であった。事務的で、今のところはそれが耳に当たったところで耳朶が切り裂かれたり蝸牛が破壊されたりすることもなかった。むろん精神も。
 
 
「訂正してください、シンジ殿・・・・ただし」
 
 
刀を納めたあとで言ってくれたならどれほど安心できるか、とも思うけれど。贅沢は敵だ。
一言を笑う者は一言に泣く。今、たった今思う存分、味わってます。その金言の重み。
 
「ただし・・・?」
 
 
「列車に乗って天の駅へ・・・・の、ところ、天、のところです」
 
 
「はあ」
何を要求してくるのか、まったく、全然、さっぱり分からない。用心しようもない。が、そこからどんな精神攻撃が、こちらの魂と尊厳を砕くかもしれない脅迫が飛び出してくるか知れたモノではない・・・目の前にいるのはあくまで独裁者、一般ピープルには永久に届かない、独裁センスを持っているのだから・・・・敗死を覚悟してでも立ちむかわねばならぬようなことを言ってくる可能性は・・・・・・66,6%!!ほど!!
 
 
「天(そら)と、読んでください」
 
 
「はあ・・・それでいいんですか」
33,4%であったらしい。とはいえ、理解できないのは同じコト。半分に割るか?
割り切っておくか・・・・これはヒメさんセンスとでも呼ぶべきだろうか・・・さて、
そのヒメさんは
 
 
「はい、それで相殺双殺、としましょう」
 
 
菩薩のような笑みをうかべていた。これで刀を納めてくれたら完全な菩薩そのものだったのに。斬撃の数を計測すれば、阿修羅というより千手菩薩に近いのかも知れないが。
余計なことを考える前に、気が変わる前にさっさと訂正してしまおう。
 
 
「残りのアスカは、列茶に乗って天(そら)の駅へ・・・・」
 
 
この期に及んでポーズは無し。しかし・・・・またしても。やってしまった。
 
”列茶”・・・。どんなお茶だ。世の中広いからそんな銘柄のお茶もあるかもしれない。
ありそうだ。しかし、それに乗っていくアスカの人格は・・・・・・・
 
 
もうだめだ・・・・・・・・
 
 
これは、斬り殺されても文句は言えまい。
 
 
とはいえ、実際斬られるのはアスカであるから、贖罪にもなんにもなってない。
 
 
「なるほど、どこかへ飛んでいったわけですね。そんな無茶をするから、そういった事故も当然あるでしょう・・・・二度と戻ってこない可能性もありますが、責任はゲンドウ殿にあるでしょうから、気を落とさずに。シンジ殿」
 
 
さりながら。
 
菩薩の慈悲に抱かれるがごとく・・・つまりは、ものすごくアバウトな理解で応じられた。
 
デストロイモンスター級の過ちをあえて聞き流す優しさ・・・ヒメさんがいきなりそんな大悟を開いたわけではなく、単にどうでもいいのだろう。アスカが何に乗ろうと。顔に書いてある。きゅうりの馬に乗ろうと、なすびの馬に乗ろうと、すきにせい、と。先ほどは何がダメだったのか、さっぱり分からないが。解明する勇気も度胸もない。一応、顔をつねり手で身体をなでまわしてみるが・・・・今さらそんなお約束の意図などない断じてないあるわけないじゃないか!・・・・・自分にキレてもしょうがない、身体にも切られたところはない。ダメージはない。あれで多重抜刀術のチャラになるのか・・・すごい等価交換レート。あの言い直しにどれほどの意味があったのか・・・・今、ものすごい同情目線で見られているのだけれど・・・なにか危険な方言であったのか、それとも世代的にアウトなのか・・・まあいい、いろいろあったけど、僕はげんきです。げんきですってば!
 
しかし。
 
あっさりアスカを抹殺想定してあるあたり、いかがなもんであろうか。
 
確かに人ごとだけど。的確なフォローはありがたいけど。
 
 
 
これは、どうやったら元に戻るんだろう・・・?
 
 
その答えを知っているはず、知らなければならないはずの、父さんは入院中・・・。
 
まずい・・・不安をあらわすため、ちょいと胸の前で拳を握ろうとしたら揉んでしまった。
 
 
・・・ここで笑ったものは、神様だろうと悪魔だろうと、のろいをかけてやる。
 
おんなじ目にあってしまえ!!僕と同じく、揉んでしまった星人になってしまえ!!
 
 
 
・・うう・・・
 
うえ・・・・
 
 
えええええええええーんっ
 
 
号泣した。人目というか、ヒメさん目もはばからず号泣した。見かけが男ではないのをいいことに。こんなの写真に撮られてたらあとでまずいなー、とかいう考えは働かない。
 
 
「あ、これは・・・・少し、言い過ぎましたか。いやあのシンジ殿、ゲンドウ殿も亡くなってはいないようですから、あの方ならこんなことでよもや・・・ですから、そんなに泣かないで・・・・いや少し違うか、そんなことは自明の理、・・・・ならばそのアスカ嬢もビリヤードの玉のようにブレイクショットで弾き飛ばされたとしても、そのうち戻ってきたりしますよ、おそらく。保証はできませんが・・・・・専門外なので」
 
 
慰めているのか生殺しにしているのか、よく分からない。我ながらと水上左眼。この状態で困るのは同じであった。水上左眼は聖人でも菩薩でもなんでもない。ただ、ウザい、などとは思わない。うっとおしい、とも思わない。ウザうっとおしい、とも思わない。心の底まで探ってもそんな存念はない。そんな心の狭さで首長が務まるわけがない。
ただ、面倒なことになった、とは思う。これから帰って寝るならまだしも。この身体ならまあほんとに寝所に引き込んでも問題なかろうし。
 
しかし、まだやることがある。これを引き連れては、片せそうもない仕事が。
 
 
こういう面倒事をどこに引き受けさせるべきか・・・・・・うーむ・・・・・一秒ほど考えた。一人も二人も三人も、変わらないだろうからあそこに任せるか、と判断するに一秒。
人、これを即断という。そこから頭部へまるっとチャンとした的確な角度の柄の一撃で気絶させる。時間が惜しいので泣きやむのを待ちもしない。もちろん、水上左眼に限って、・・・直視に耐えかねるからしばらく寝てろ・・・、ということではない。
とりあえず、針金細工で手足を拘束する。万が一の用心、本来の身体の持ち主のひとりが切り替わりで覚醒した場合の・・・とりあえずそれはなかった。
 
 
 
「・・・あー、次から次へと・・・・」
手配を済ませて歩き出す。
 
 
こういうトラブルメーカーを愛せない己は、たぶん器量が小さいのだろう。今すぐ修理に出して省エネ型に変えてもらいたい、と思う自分は。いや、もともとの販売店に文句を言うべきか・・・・・それが出来ればいいのだが・・・・・
 
 
己ひとりでどうにかするほかない。
厄介かつ面倒極まるが・・・・迷うことだけはない。
二人同行する者もない一面隻眼の己には。
 
 
眩しくもない光が差し始める。「もう来たのか・・・・・」と思う己にもやって来る。
無益な会話に費やしても、歴史は動いてくれるのか。出来ることなら教えて欲しい。
 
それでもやってくる、朝とやら。
 
 
それから・・・・・
 
 
「手伝ってよ・・・・・」
 
 
最上級のなまけものでも選ばぬ相手にそんなことを。
呟く己は。
もしや。
 
伝説級の怠惰者ではなかろうか。
 
 
悟りのように、
 
ふと、
思った。