こんなことは自分には向いていないと判断して、槍を持って逃げ出した。
 
 
ラングレーが、らんくれいをもって。シャレにもならないが。
 
 
もはや日にちの感覚もないが、血の花を咲かせることに苦労もしなくなってきたことから考えるに、けっこうな時が流れたのではないか・・・・そう思えるが、四つ目の仮面、あの惣流飛鳥が要求してくる不殺の面取りをなし得ないことからすると、あまり経ってないのかもしれない。もはやどれくらい咲かせてきたのか、ひとり植物園、血の庭師クイーンを名乗ってもいいくらいだ。その予定はないが。
 
 
ジャパネスク妖異を殺すことにとくに罪悪感や違和感、徒労感などはない。向こうから襲いかかってくるのだからそれに対抗したまでのこと。実際、当初の頃はかなりやばかった。向こうに遠慮がない以上、こちらに加減も必要なかろう。絶滅の危機を迎えても保護する気などない。が、達成感はない。闇都の中、人々に感謝されるわけでもないし、帝から感謝されて宝物やら名誉を授与されるわけでもない。そうされたいわけでもないが。
 
 
これだけ殺しまくって、目指すのが不殺というのは・・・・・いかなる皮肉か。
 
 
あかん、あかん、ともう何百回聞いたコトやら。あの仮面女・・・声もむかつく。
 
 
貸与された青銅の槍の、まさに必殺の威力のおかげで、攻撃力のことは考えなくてもいい。
回避や位置取りのための体捌き技能はグン、と上がった自覚があるが。
 
体捌きで槍の威力を減じる、わけにもいかない。要求されていることはどうも、そういうことではないのではないか・・・・人並み外れて早い回転の頭脳がこの場合はうらめしい。なれど、本来の目的を、すっかり忘れ果ててしまっている。なんでこんなところにいるのか・・・・まったく一顧だにしないようになっている。攻撃人格たるラングレーの、はまるべくしてはまった陥穽といえる。敵が湧いてくればとりあえず戦わずにはおれぬのだった。
 
 
これが何回目の戦舞台になるのか勘定もしてないが、ラングレーはひとつの判断をした。
 
 
こんなことは自分には向いていない
 
 
殺戮の虚しさを悟ったか、もしくは単に舞台構成や敵に飽いたわりには、槍を握ったままだった。そのまま逃げ出した。
 
 
「・・・ああん?」
監督役または師匠役である惣流飛鳥もしばらく追ってこなかった。
もう投げてもうたんか、この根性なしめ、など雑言が飛んでくることもなかった。
 
 
そして、ラングレーは逃げる。逃げる。夜の京路を駆け抜ける。ここから逃げる。
 
 
もうこっちの相手になりそうもない「弱い怪異」しかおらんこんなところからは!
 
 
求めるのは、この怪異相手には必殺威力を誇るこの槍をもってしても、そう簡単にはくたばらぬような、大妖大怪大異。ぶっちゃけるとボスクラスの相手を求めた。槍はそんな大物の居場所を教えてくれる。そんな奴を相手にすれば、不殺の面取りなどというまどろっこしい真似をする余裕もあるかもしれぬ。そう、考えた。これは牛刀、鶏を相手にしていて有効活用できるはずもない。こういった理屈は和洋を問わぬはず。それから、ボスはだいたい山の奥深くに自前の住み家を構えていたりするものだ。そこへ向かう。
 
 
 
「むちゃくちゃやなー・・・・・その戦を好むたち、誰に似たんかと思うたけど」
 
 
都を出て、どこぞの山の神社道の中途で惣流飛鳥の邪魔が入った。なんで神社にボスクラスの大妖怪がいたりするのかよく分からないが、神仏混合というか、神化混合なのかもしれない。槍も半分、ビビリながら導くあたり、大物中の大物ではあるのだろう。
 
 
「一撃死するような相手をちくちく潰すのは趣味じゃない。それに、アンタの要求するその顔裂きの半殺しはそこそこ強い奴が相手じゃないと達成できない。槍の扱いにコツがあるのかもしれないけど、あたしはこっちのやり方を選ぶ」
 
邪魔されるいわれはない。己の強化のためにこのメニューを受け入れているだけ。精神修養でも功徳を積んでいるわけでもないのだ。より有効な手段を、己が納得するそれを。
 
選択して何が悪いのか。四つ目の仮面を睨みつけてやる。なんなら、アンタ自身が相手でもいいのだ。その仮面を剥ぎ取るのも、またいい訓練になるだろう。
 
 
「場所が悪い。ここは、そこそこ、で、すまん相手がおる。うちでもらんくれいがあっても正面切っては遠慮する場所や・・・。はあ・・」
 
「なんでため息」
一本道の先回りなどされた時点でいまだ実力の差は星の光を眺めるほど、なのは理解できる。くそ、この槍、もう少し場所と相手を選びなさいよ。いきなりラスボスって。アンタ
 
 
「あほう」
 
 
「うううっ」
関西ではあほよりバカ、の方がダメージ力が高く、あほあほ言われても笑ってすませていた人物が、バカ呼ばわりされると一転、怒髪天を衝く、よーなことにもなるという。
しかしながら、この四つ目の仮面、惣流飛鳥の声には、そんな親愛温度はまったくない。
”バカ”レベルのあほう、と見なしてもいいだろう。言うつもりで言われた方にはかなわんが。ぐさっときた。関東では逆に、バカよりあほの方が屈辱的でダメージが根深い。
 
 
「こんなあほうに咲かされる方もあわれや。どうも槍働きはあんたに向かんな」
 
 
攻撃性を否定されることは、己にとって全否定に近い。反射的に四つ目の仮面めがけて突いた槍はあっさりと奪われた。
 
 
「殺してしまわんと気がすまんのか・・・・・まあ、それでええんやけど、な」
 
仮面のおかげでどんな表情でそんなことを言うのか、分からない。声は淡々として内心を読ませない。放り捨てるような、肯定。求めるものが異なるのだから、さもありなん。
 
分かるのは、どうも自分はこの四つ目仮面の課す試験に不合格であったようだ、という事。
 
一応、求められた条件を自分なりに越えようとはしたのだが・・・・・仕方がない。
まさか、この冷酷仮面、弱いものは救済してやれ、などと寝言をほざいているのではないだろう。
 
 
「では、次にいこか」
 
 
「は?」
言葉が聞き取れなかったわけではない、意味が理解できなかった。次とは?次があるのか
 
 
「槍働きがあかんのやから、せめて術でもモノにしとかんと話にならん」
もう青銅の槍を渡す気はないらしい。まあ、自分でもそうするわな、と思う。手には馴染んでいたようで、なんとなく寂しい・・・・・が、ひたらせてはくれないらしい。
 
「術?ってニンジャが使うやつ?アタシが?」
魔法、という響きはあまりに西洋のそれ。某ダンジョンゲームでは侍が魔法を使うが。
 
 
「そう、惣流の火界呪。・・・よもや、透明の石打鳴らして火口につける・・・猿みたいなやり方をしとるんやないやろな」
 
 
こっちがそれを曲がりなりにも使う、ということは疑いの余地もないらしい。この四つ目仮面にとっては。しかし、サルが火を使う、という話は聞いたことがないし疑おう。
 
にしても、透明の石、とは・・・何の喩えか。こちらの顔と表情はまんま見られるわけで。
 
 
「・・・・あー、だいたい分かった。これは、里に戻らんといかん。山、焼いてまうわ」
 
槍働きというか武器の使用スキルに不合格点つけられて、今度は、術、ときている。これで合格とれる自信など、まったくないが。このまま見下されるのも我慢がならなかった。
念炎を使っていい、というのなら、使ってやろう。里だか村だか知らないが、そこでドンパチの訓練をやろう、というのだ。ラングレーとしては、望むところだった。
 
 
 
「あれ・・・・・・」
またしてもなにか忘れているような気もするが・・・・・・思い出せない。
なんかやるべきことが、あったような・・・・けっこう大事な用事が・・・・うーむ
 
 
 
「行くで。あまりもたくさしとったら、あそこから降りてきて氷漬けにされるで」
 
 
あそこ、というのは山頂の神社、鳥居が見えるが・・・・あ、そこに腰掛ける影が
 
おいおい、それはかなり罰当たりな行為ではないのか・・・ああ、神罰も下されないほど
やばいやつなのか・・・・うーむ、寒気がしてきた今さら。ぶる、と震えがきたところ
 
 
「いだ!!」
 
槍で胸をつつかれた。つん、とかいう可愛いレベルではない、ぐさ、の、ぐ、くらいで。
 
 
「な・・
にしやがるこのカニ女仮面!!
と続けようとしたが、よく考えるとさっき自分も似たようなことを仕掛けたような気も・・・回転の速い頭脳は自慢であるが、こんな時はちと困る。自分だったらこんなもんですますわけがない。そんなわけで、この仮面女、ドッペルゲンガーとかじゃないなあ。
 
 
「あー、かんにんな。加減をちがえてもうた。らんくれいになんや変なくせがついてもうとるなあ・・・」
 
うわー、なにこの言い草。シャドウかもしれない。とはいえ、ここで反撃するわけにもいかない。やるにしても、もう少しこの四つ目仮面の手の内を明かしてもらってからだ。
ここは大人しく、笑顔で、その里とやらについていくしかない・・・。
 
 
「顔がひきつっとるな・・・そないに痛いんか?・・・これでも塗っとき」
まるきり悪びれた様子もなく、投げ渡された薬を塗りながら・・・・考えることはいかにしてこの惣流飛鳥、カニ仮面女に一泡吹かせてやるか、できれば二泡、三泡も。ということであり、アスカのことも、ドライのことも、その回転の速い頭脳の中になく。
 
 
 
ラングレーは、完全に当初の目的を忘却しきっていた。
 
 
 

 
 
 
ぽんぽんぽん・・・・
 
 
ぽんぽんぽ・・・・
 
 
ぽんぽん・・・・
 
 
ぽんぽ・・・・
 
 
ぽん・・・・
 
 
ブリュンヒルデの燃料が、蝋燭の火が消えて、推進力がなくなるのと対岸につくのはほぼ同時であった。ギリギリセーフ。これがわずかでも足りなければ、流れに押し流されていた。はじめて足をもらった人魚姫のように、惣流アスカは、おずおずと、あの長い髪のしなやかな黒影に禁じられた上陸を果たしてしまった。しばらくは、歩き方を思い出すように佇んでいた。
 
 
一面は、灰銀の薄野。川からあがったすぐそこに蒼い球体の輝きがあったように見えたのだが、あがってみれば、その輝きは薄野の、ずっと遠くにある。砂漠のオアシスのようなものだろうか。
 
 
「ママ・・・」
 
 
なれど、そのあたりを落胆したり恐怖したり後悔したりする判断力が惣流アスカにはすでにない。その蒼い瞳は遠くの輝きと同調したかのように引き寄せられて変色・・・それしか、見えていない。そして、心は、球体のそばにある、蒼光に浮かび上がった人影に、寄り添おうと。近づこうと。歩を、進める。意思を、吸い取られたように。
 
 
ぽ!!
 
蝋燭燃料の火が尽きたはずのブリュンヒルデが警告するように、最後の音を発したが。
それに振り返ることもなく、惣流アスカの歩が、進む。灰銀の薄野に腰まで埋めて。
 
 
ざざざざ
ざざざざ
ざざざざ
 
 
歩は駆に。遠近感が狂うような、ほかに対象物のない一面の灰銀薄野であるが、進めばそのぶんだけ蒼い球体に近づくのは間違いなかった。ひたすらにそこだけに向かって。
 
人影の輪郭がはっきりしていく。川からあれだけ距離があったのに、それが分かった。
 
 
こうして近づいてみれば、なおのこと。理屈ではなく、本能的に、分かるのだ。
 
近づけば、近づくほど、胸の内が、あたたかく、ここちよく、なってくる。
 
誰といっしょにいた時にも、感じたことのない、やすらぎが。ぬくもりが。
 
 
「あつ!!」
 
いきなりものすごく熱くなった。ぬくもりどころではなく、痛みをともなった熱さ。
それで済んだのは、脊髄反射で熱源から身体を避けたためだろう、と思う間もなく、
目が見開かれる。
 
 
金色の壁
 
 
いつの間にか、進行方向を遮る形で、金色に輝く壁がえんえんと立ちはだかっている。
罠のようにこちらの接近に対して作動したのか、それともいきなり出現したのか。
薄野を自分の進む先と過ぎた跡とで断ち切ろうとでもするかのように・・・・
左方右方に見渡す限り視界の果てまで伸びてゆき、飛び越えることも叶わぬ高さ。
 
 
遮断されている。あともう少しで、あの蒼い球体の輝きに、その傍らに浮かび上がる人影に辿り着くというのに。我慢ならずに、壁に手を触れる。触れる直前まで、なんの熱もなくむしろ、霧に似たひんやりとした肌の伝わりがある・・・・・それが、触れた途端。
 
 
「あつ・・・・っ」
 
弾き、弾かれた。これを伝導させてしまえば、そこで終わる。計算も必要のない理解。
 
火。揺るがぬ火、何者かの意思に完全に服従し防人のように律儀に命じられたことを行う・・・・奔放な本来の性とはあまりにかけ離れた・・・・火でつくられた整然の壁。
本質を歪めてねじっているのかも知れないが、これは。侵略するためではなく、防御するための、火。これを個人でやったのだとすれば・・・・・そんな芸当ができるのは・・・
 
 
「・・・・・・」
 
蒼い球体そばの人影が増えていた。もうひとり、というか、ひとつ。光に浮かぶ影の動きから推察すると・・・なにやら話をしているような。金の壁は酸素を取り込む唸りをあげたりはしないから、耳を澄ませてみる。一体、何を話しているのか・・・・知りたい。
 
 
「・・・・・・」
「・・・・・・」
会話は盛り上がっているようだ。影の動きだけだが、なんか楽しそうな。
自分もその中に加えて欲しい。すぐそばに置いてくれるだけでもよかった。
 
 
ごうっ
 
風が吹いた。灰銀の薄野を渡っていく。凶兆烏の羽ばたきではないかと思うイヤな風。
いや、こここそが凶兆を告げる烏の翼の上なのではないか。薄だと思ったのは羽毛で。
 
こんなところにはいたくない。そっちにいきたい。こんなところにいたくない。
そっちにいきたいのに!
 
 
「ママ!!」
 
声を限りに呼びかける。それしか使える言葉がないように。金火の壁を越えろよと。
 
だけれど、分かってはいた。火をあつかうものとして。この壁は言葉も抜かせず捕らえ燃やしつくすと。優秀な火は、それを熾した者に無二の忠誠を誓い完璧を約束する。
火をあつかうものとして、レベルが超異すぎる。そも、火がこういったものであると、知りもしなかったのだから。自分は、教えられていなかった。伝えられていなかった。
 
 
 
「来たければ、来ればいいんじゃないかしら」
 
 
「え・・・?」
 
 
それは、壁の向こうから来た、声。全身が粟だった。今度は、いきなりの寒気。それも特上の。足の小指の先から頭頂まで震えが走って、止まらない。この声・・・・この声は。
 
 
確かに、返答を望みはしたが、これではない。こんな声ではない。この声は、知っている。
 
 
遠くない以前に聞いた覚えがあり、正確にその声色を再生できる。その虹のような声を。
光の国から来たような、その声を。絶対無敵の安堵感。思わず足の力が抜けてぺたり、と尻餅をついてしまう。あられもない格好かも知れないが、見てもらってもかまわない。
この人なら・・・・・・
 
 
「ばかいわんといてぇ、ユイちゃん」
 
 
もうひとつの声が、壁の向こうから届いた。その声が、火の主の声だ。明瞭さが違う。壁が自ら畏まって道を開けたようなクリアさで聞こえた。それに比べると先の人のはなんか無理矢理押し出てきました、警備間に合いませんでした貴賓とはいえかんべんしてください、みたいな雑音があった。
 
 
「来たら、あかんえぇ。アスカちゃん・・・・・・こっちに来たら、あかんよぅ」
 
 
エコーかかっているわけではない、しゃべり方がそうなのだ。短歌っているわけでもないのに、この間どりというのは・・・・・自分とはなんか別種の生き物というかDNAに異変が起こっとるのではないかと心配が。ただ、耳にはひどく心地よい。甘みがあるが、すっと溶ける最上級砂糖の甘さでいやみがない。身贔屓があるかもしれないが、言祝ぎをうけているような、いつまでも聞いていたくなる節回しなのだ。逆に言うと、モノホンの貴族生活送るお姫様でないと、こんなしゃべりの女がそばにいたら日常生活が崩壊する。
絵姿女房の声ヴァージョンというか。女房の声ばっかり聞いてて旦那仕事しねえとか。
 
 
「一点突破。小さいサイズでもいいから、これと同じようなものを造ってごらん」
 
 
それとはあらゆる意味で反転しているだろう女性の声。雑音もほとんどもない。金火の壁もこの人のパワーを抑えておけないらしい。そして、それを破れ、と。主の前でぬけ堂々と。
 
 
「・・えぇええ?そんなこと、いわんといてぇ、ユイちゃん」
 
 
ものすごく困った声。こんな声を聞けば、どんな邪悪生物でも、たとえ宇宙から来た忍者星人でも、謝罪して発言を撤回するに違いない。ごめんね?やっぱそれナシと。しかし。
 
 
「平面じゃとても及ばないから・・・・・・そうだねー、ドリル状にイメージをまとめてみたらどうかな。言うなれば、ドリルファイアーパンチ!!みたいな」
 
さらなる禁断の知恵の実をさっくり割ったような。割って良イメージなのは竹だけですよ、おっかさん。しかもなんだそのネーミング、スウィーティーさの欠片もないし!!
 
「あああぁ、・・・その名前、駄菓子やさんのくじ引きであたるなつかしロボットの必殺技みたいで・・・、ええねえぇ」
 
 
ええんかい!!
 
まったりとしてそれでいて・・の母の声を味わいながらも最後にはええかげんにして的なオチがつくだろうからほっといたら納得しやがっった。やらされる身にもなって!!お願いママ!!
 
 
 
「それだと・・・・男の子はとにかく、女の子は・・・・ちょっと、できんえ」
 
 
ううっっ
 
それは確かに。ついよそのおかあさんの言うことに乗ってしまったが、ふつう考えてみれば、こちらのほうが遙かに正論でまとも。確かに、それはない。固有儀式文化的理由もないのに、娘がヤマンバメイクでリンボーダンスを踊るようなものだろう。とはいえ。
 
 
ここはやらねばなるまい・・・・・・逞しく育った娘の姿を、お目にかけたい!
 
それに後戻りできないしな・・・・・もう燃料ないし・・・・こんなことならブリュンヒルデも運んでくればよかったかな・・・・・ちょっとかわいそうなことした・・・
 
 
「あれ?」
燃料?火?蝋燭の代わりになるもの・・・・・・
 
 
「この瑞火・・みずひ・・を少し削って、それでお戻り。こっち来たら、まだ、あかんえ」
 
 
「ママ!!」
もう一回だけ、思う。夢ならもっと自由なはずではないのかと。
 
 
「・・・まま、かあぁ・・・・・なんか、こそばいなあぁ・・・・・ろくろく、襁褓をとりかえることもできんかったんに・・・ふふふ」
 
 
ぼうっ
左拳に火をともす。夢であるなら、これくらいは自由になってもいいだろう。
 
普通の火は必要なし。呼び出すのはこちらの都合に従う概念の炎。燃料は魂でいい。
念力を打ち付けて火をつくるのではない、火を「召還・呼び出す・転移」・・・・・そのような火を、どこからか。天国でも地獄でもどこでもいい。具現する。使用用途の限られた火を。どこそこにも燃え移る頭の悪い浮気性なやつはいらん。これで・・・・
 
 
「短気は損気・・・・・・・・火の和、保つことこそ、大事なれ・・・・・そないに、あわてんでもええよぅ・・・・・もう、そろそろお迎えがくるから・・・・・・どこかの小才の利く息子はんが大ずるかまして・・・・やってくれて・・・・なあぁ、ユイちゃん」
 
 
「ぴいぴいぴぃ・・・ぴいぴいぴぃ・・・見えないなにかにせなかをー、おさーれてー」
 
 
「えらい仕込みをされとるなあ・・・・・男の子なのに、ゲンドウはんに似たんかなあ・・・・ユイちゃんに似ればなあ・・・・そうなれば、安心しておまかせしたけど。殿御はやっぱり、わいるど、やないとなあ・・・・そんなわけで、さいならや」
 
 
ごうっっっっ
 
金火の壁が金炎のそれになった。熱を無駄に放射することない有効率はそのまま壁の厚みが段違いに増した。一点突破のドリル式運用でもこちらの未熟な火がそれを貫くことは不可能・・・・絶対領域、越えられない壁が立ちはだかる。
 
 
だが、それがどうした?
 
 
構える。やってみなくては分からない、とは言うまい。今日まで、無敵の壁を壊したり壊されたりしてきた。たとえ目覚めたばかりに未熟でも、自分が呼ぶのは使うのは、そんな火だ。壁が増したのなら、それを貫けるやつを、もう一度呼べばいい。いやさ何度でも。
 
 
お迎えがなんなのか知らない。シンデレラじゃあるまいし、カボチャの馬車が迎えに来たとしても喜ぶところではない。自分の足で前に進みたいのだ。待っていられない!
 
 
ドクン・・・
 
心臓のように赤く青く紫に混じり合いながら鼓動する火を右拳にまとう。遠目には古代エジプトの審判を受ける死者のように見えるかもしれない。だが、そんなの関係ない! こちとら(短期な)江戸ッ子だ!!
 
 
 
・・・・そのあたりが、まさに「短気で損気」だというのだが・・・・・
 
 
いかに強力であろうと、単純な火の壁などで何が守れるだろうか。長い年月を経て構築されてきた術の怖さ、狡猾さ、というものを知らない。まるで、知らない。
 
 
 
その結果
 
 
 

 
 
 
これは大チャンスだと、ドラは思った。
 
 
こんなお膳立てをされては・・・・・ゴクゴクゴキュと飲まねばなるまい。女の恥だ。
 
最初、グルグル巻きにされて、古代遺跡のトラップのよーに高速回転しながらつっこんでくる碇シンジの信じられないバブルアンビリな姿を見たときは、正直、神を呪った。どんな神なのかは知らない、おそらくあまねく世界の罰ゲームを司る「罰ゲームの神」であろう手始めに。このボーリングと黒髭危機一髪を混ぜたかのような凶暴な未開部族の儀式のような、このクラッシュ・ヒーリング・・・彼らはこれを治療の一環だと認識しているようではあった。
受ける立場でありながら(アクション的には攻めであるが)その行為を認めない碇シンジが断じて拒否しても涼しい顔で実施するあたり実父保護者の恐ろしさというか・・・・
それに巻き込まれた自分こそいい面の皮だが・・・・・・
 
 
これが、人格転移、人格交換を目的とした乱暴極まる原始的手段なのだ、と、碇シンジのおでこが激突する0,007秒前に悟ってからは、その間の短い時間を使って危機を好機に変えうることを思いつき、まんざらでもなくなった。これは、チャンスなのだと。
 
 
アスカや特にラングレーをこの身体から追い出してしまえば、支配権を奪うのはたやすい。思わぬ巻き返しをはかってきたラングレーの底力を考えるに、それは願ったり叶ったりの話であった。幸い、ラングレーは己の力をあげることのみに執心して外部のことに気づいていない。この状況も感知してすらいない。ほぼ手の届かないところまで墜ちていったアスカはいうまでもない。自力で戻ってくることすらできないだろう。
 
 
だが、それでも。
 
 
ここで碇シンジの内部に入って調査出来る、という事象は魅力的すぎた。願望された第三人格、己の生まれた誕生理由とすらいえる、サードチルドレンの根源に直接触れる機会を与えられる・・・・本来の身体を置いて多少危険でもあるが、その誘惑には抗しきれない。
 
千載一遇の大チャンス。願ってもない。シチュエーションだけみれば野蛮でかなりあほっぽくもあるが、したがない。スマートで効率的、というのは実はありえない。肝心の成果をあげようとすれば、それ相応の犠牲を、過去の己の一部分を捨てねばならない。
 
 
 
廃棄せねばならない。それが、どんなに大事なものであろうと。
捨てねば、新たなものが設置できず、前に進めなくなる。そのために。
価値観の切り替え更新。意識が変化すれば、重要だと思う事柄も、また、変化する。
 
アスカは願った。初号機を駆る二人の人物、母子、あのように、なりたいと。
自分の弱さを包み隠すために、強いものに憧れた。憧れを願った。
 
願いを遂げるためには、それだけの代償を払わねばならない。
 
 
 
「”それだけの代償を払ったからには、願いを遂げても文句はないわけだよね?”」
 
 
声があった。尋常の響きではない、ひとがましくない、金打声、というやつか。
そういうことになるだろう。そうでなければいけない。それはヌルヌルとした人情でも感傷でもない。乾いているからこそ、契約は重要で、それを破れば血が噴き出すだろう。
とどまることなく。
 
 
・・って、お前は一体誰だ?まさかどこかの中古車センター?
 
 
「”西日本がぜんぶおおさかテイストだと思うのは問題があるなあ・・・・・”」
 
それくらい脈絡がないということだ!碇シンジだろう?まさかこぼれた魂を買い取りにきた悪魔でもないだろう。そう考えると中古車センターというたとえもまんざら違ってもいない・・・さすが。
 
 
「”そんなことォさえ〜、わからんよぅに、なったァんかあ〜・・・・哀しい色ですやねん。とにかく、アスカじゃないもうひとりのアスカでもない三番目の蘭暮アスカさん”」
 
長すぎる・・・・・ピカソやジュゲムほどじゃないにしろ、もう少し短くていいから。
それから、こっちの質問にこたえてないから。アンタ一体誰?誰様?狼男?
 
「”じゃ、サザンアスカって呼んでいいですか”」
 
 
なんで?わけわかんないしなんとなくダメ!
 
なんかキャラ的にダメなような気もするし。しかもまだこっちの質問に答えてないし。
あの歌はヒントになってないし。いや、どう考えても碇シンジに決まっているのだが。
 
 
「”いいと思ったのに・・・・・待てよ?・・・・やっぱりダメか。キャラ的に。ごめんなさい、僕が間違っていました。サザンアスカはありませんでした。でも用件に入ってよろしいでしょうか、すこし緊急なので”」
 
なによ?・・・・・あくまで名前を名乗らないつもりらしいけど、社会に出たら通用しないわよそういう態度。とはいえ、緊急らしいから話は聞いてあげるけど。なんなのよ?
 
 
「”怪しい巨大ハンドの敵に誘拐されようとしています。とりあえず、追い返さないといけません。このままだと拉致られて怪しげな実験施設にいれらえて毎日バナナを食べるような生活を送らされるかも知れません。ちなみに、目標は碇シンジくんの身体です。今、それをなんとか防ごうと身体を張って邪魔にかかった父さんがトノサマカエルのように握りつぶされようとしています”」
 
 
えらく急な話・・・だから緊急か・・・・・しかも、連れて行かれるのは碇シンジって・・・・・そうなると、アタシが毎日バナナを食べて算数のテストをするような生活になるのか・・・・・そのわりには、「!」マークが全然入っていないんだけど。なんか人ごとというか・・・・
 
 
「”人ごとといえば、人ごとですから。僕は今、こっちに来てますから、いまひとつ本気になれないんですよね。というわけで、サザン、じゃない、蘭暮さんには僕の身体に入りつつ怪しい巨大ハンドエネミーを撃退してほしいわけなんですよ。{奥の手}を使ってもいいですから”」
 
奥の手?そんなのがあるの?・・・問いつつ、薄目を開けてみれば、
 
言われたとおりの状況になっている。いつの間にか時間は経過しており、碇シンジがこっちの身体に人格転移を済ませているのと違って、自分はあっちに移転していない。アスカ、の視点で寝たままの碇シンジの身体があり、あとは・・・はあ、碇ゲンドウが巨大な手に今にも潰されそうに変色している。すごい顔色だ・・・あれで生きてるのだから凄い。さすがネルフの元司令。いや、注目すべきは巨大手の方か。人間の腕力じゃどうにもならんだろ、あれは。
 
 
「”ありますよ。あなたも見抜いてたじゃないですか・・・・・サイコブラ社の最新モデル・・・・僕の左腕ですよ。違法改造してかなりの出力アップしてありますから相手をひるませて、父さんを救い出すくらいのことはできるはずです”」
 
 
へ、へえ・・・・・・・言われてみれば確かにそんな記憶がある。なんでそんな仕込みをしてあるのかまでは知らないが。サイコブラの最新モデル・・・確かに興味が、というか父親の血が疼く。ぶっ放してみたくてしょうがなくなる。これは性欲より食欲よりも睡眠欲よりも強い。欧州最高のガンマンの、性。相手の言うことの露骨な怪しさを感知できない。そんなことは、どうでもよくなる。ただ、いい銃器と聞けば、とにかく・・・うず。
 
うずうずうずうずうず・・・・・・・・・・・
 
「”しかも、ただの最新モデルってわけじゃありませんよ。あれはかの巨匠・デラサワッツァ・ブイーチによる特製モデルなんです”」
 
 
・・・・・・・・・・・ふーん・・・・・・・
 
 
「”あ、なんです!急にシラケ鳥とんでったみたいな!テラサワッツァ・ブイーチの最新作ですよ?触ってみたくないんですか?撃ってみたくないんですか?目の前にあんな露骨に悪役の、あとで法に問われそうもない怪物ハンドが正義の標的としてあるっていうのに!”」
 
語るに落ちたわね・・・・あの巨匠があんたみたいな小僧に造ってくれるわけないじゃない。なんせ数が少ないのに。なんでもかんでも最強最高って言っとけばいいと思ってるおぼっちゃんには特にね・・・・・そんなのにひっかかるバカがいるわけ
 
「”買ってきてのは僕じゃありませんから。まあ、基本刃物専門のヒメさんがそこまで凝ることないか・・・・・サインにそうあったんだけどなあ・・・まあ、考えてみればなんかニセモノっぽかったし・・・・でも最新式なのは信じてくださいよ・・・しかも、そろそろ父さんやばいをとおりこしてまずそうなんですけど・・・”」
 
 
サインは?
 
 
「”え?”」
 
 
サインはなんて書いてあったのかって聞いてんの。あの巨匠のサインはちょっと変わってるから・・・・もしかしたら・・・・
 
 
「”えーと、・・・・・・・{それはまぎれもなく、テラサワッツァ・ブイーチの作さ}ってありました。分かりやすくていいなあ、と最初は思ったんですけど”」
 
 
本物よ!!
 
信じられないが本物真作、であるようだ。そんな文言、贋作物にはとても刻めまい。
と、なれば・・・・・今すぐ撃たねば使わねば!!
 
 
「”あ!使ってくれる気になりましたね。それじゃ、安全装置解除のパスワード設定をお願いしますよ”」
 
はあ?パスワードって、設定してないの?そんなのってあり?バカバカじゃないの?
ガンマンの風下にもおけないわね・・・・・あんた今日からガンチキンと名乗りなさい。
 
「”ガンマンじゃないですし。チキン上等、ガンキチよりはいいですよ。学校生活とかじゃ必要ないでしょう、なんかの弾みで乱射なんかしちゃったりしたら目もあてらんないですよ。義腕として優秀だったからそれでいいですよ・・・・うわー、父さんからなんか聞いてならない感じの禁断ドリームな音が”」
 
 
はいはい・・・・急ぎましょうかね。さすがに目の前で髭入りトマトジュース誕生の瞬間なんか見たくないし・・・・・パスワードねえ・・・・やっぱり、銃はあんたの腕についてるから、あんたの特徴を取り入れないとまずいかもねえ・・・・・・美学的に・・・
というわけで
 
 
スーパーシンジ
 
 
「”で、どやっ!?みたいな顔されても!!なんですか、そのなんのひねりもないネーミング・・・いや、パスワードは!だめですよまずいですよ、そんなわかりやすすぎるの!すぐに偽造されたり盗まれたりしますよ!!短いし!!”」
 
 
・・・・・いいじゃないの、あたしなんかスーパードライだし。
ふふふ、仲間が増えた。
 
 
「”だめですよ!もうちょっと、こう・・・・{王はひときわ喜び人々に滅亡を分け与える 忠実な犬は炎を操り 砂漠は溶けて海になる その海を渡れる者は眠りの海から舞い戻る}・・・みたいな格好いいやつにしとかないと!!”」
 
 
確かに、格好はいいけど・・・・・長くない?それ、長くない?長くなくない?
口頭で設定する身にもなれ。まあ、程度に短くて適度にハッタリが効く感じで・・・・
これに時間を費やす余裕もあまりないだろう・・・・・だから、これもんで。
 
 
「”あー、もうなんでもいいですから!父さんが父さん汁になるー・・・・!!もう時間がない、というわけで、サザン蘭暮さん”」
 
背中に感触があった。両手をつかれたような、それでいて、それがそこから溶け出してくるような・・・・トロトロとしたなにかをそそぎこまれているような・・・・・・
 
 
 
「”よろしくおねがいしまーーーす!!”」
 
その一言がロケットの点火スイッチになっていたかのように、途端、意識が前方に吹っ飛ばされた。
やるべきことは理解していたからとまどいはない。渡された迅雷の速度を楽しむ余裕すらあった。碇シンジの左腕をとらえ、そこにある射撃には邪魔になる義椀の生活部分の着脱スイッチを外し・・・・そこから碇シンジの内部に入り込む・・・・・えらくすんなりと防壁らしきものはなにもない何故先ほどはうまくいかなかったのか思う余裕もなく・・・・
 
 
 
「銃口」を敵に向けると同時に、パスワードを唱える。
この緊急時にも、いやさこういったタフな緊急時にキッチリと答えてくれるのが、テラサワッツァ・ブイーチ・クオリティ。
 
 
「スーパー夜雲!!いけえっっ!!」
 
 
我ながら決まったなあ、とは思ったが、威力のほどは過信していない。あまりありすぎても捕らえられている碇ゲンドウが巻き添えになる。それを避けるような精密射撃を心がけた・・・つもりだった。
 
 
 
 
だが、そこから先に見たものは・・・・・・
 
 
彼女がみたものは
 
 
まともに精神を保とうと心がける者が、見ては、けっしてならない
 
 
ものだった。
 
 
しかも、それを同時に、ふたつも。
 
 
彼女は、見て、しまった。
 
 
望みも覚悟もないうちに、覗いてしまった禁忌の窓
 
 
それらの光景は、彼女自身のこころを撃ち抜くのに十分な威力(しんじつ)。
 
 
予定調和でこういうことをやったなら、考えた者は間違いなく邪悪である。