「ダメだな、そんなんじゃ」
 
 
そのだめ出しをしているのが末妹のノゾミではない、あくまで通訳にすぎないと知っている自分でさえ一瞬、「そんなドリフじゃあるまいし」とツッコミ返しそうになったのだから鈴原トウジが聞けばどのような反応をかえすか・・・・・想像に難くない。
いや、お姉ちゃんのそのツッコミこそが読めなかったよ、と妹たちは言うだろうが。
 
 
「どこが・・・いけないのだ・・・・かな」
猫と妹を乗せて滝場に戻り、いきなり会わせるのもまずいであろうから、ちと離れた滝の前に待たせておき、異常なしの報を受けて三課の監視と交代する洞木コダマは、鈴原トウジより「滝に打たれて悟ったこと」を打ち明けられた。綾波レイの意図していたことはおそらくこういうことであったのだ、と彼なりに苦心して考えたのであろうアイデアというか、とんちというかヴィジョン、幻視というか・・・・まあ、自分では思いつかない類のことであるのは確かだった。
 
 
しかし、「なるほど。よく悟ったものだ」と感心して終われるならいいが、コーチ役としてはそれを具体化するメニューを考えないといけないのでより大変だった。理屈としては正しいが、それをどういうふうに自在に作動停止にもっていける、つまりは機能化するか・・・・第二段階レンズマンでもない一介の武芸者である自分には困難な課題であった。
 
 
水滴なんか見ても、それを抜刀術で切り飛ばす、くらいのことしか私は考えつかないがな・・・・滴ほどの小さな特異能力を高速で行き来させて滝のごとくにする・・・・使う
 
 
滴そのものの拡大、としなかったことは、鈴原トウジの限界なのか慧眼なのか
いちおうここはインドの怪しげな山奥でもないし、少々滝に打たれようとえらい行者の魂が宿るなりしていきなりチャクラ開いて七色のレインボーパワーに目覚めることもなかろう。身体の中にあるという小さな宇宙が燃えて滝を逆流、ということもまずあるまい。
そして、いかにそんなトンデモパワーに目覚めようと、結局のところ。
 
 
ATフィールド、エヴァの用いる結界のようなもの、それが発動できなければ意味がない。
鈴原トウジはそれを見失ってはおらず、彼を導こうとする者もそれを忘れてはならない。
 
 
ここは、経験者の知恵に頼るべきであろう。
・・・・・・そのために、ノゾミを巻き込んでしまったのだから。それだけの効果を発揮してもらわねばとても承知できるものではない・・・・・・
 
 
鈴原トウジに適当な筋力トレーニングを命じておいて、滝を離れて妹と猫のもとに戻った洞木コダマが、鈴原トウジの滝業の成果を黒羅羅明暗猫に伝えてみると即座にくらったのがこのダメだしであった。なんせ未知の領域の話であるから何と言われようととりあえず素直に聞くしかない。鈴原トウジはやはり自分の限界を破壊せねばならないのか・・・・こういう特殊な状況でも己をとりあえず失わない彼の堅固さは好ましかったのだが。
 
 
彼もまた、変容せねばならぬのか。
 
 
こう・・・なんというか・・・、異能をもつ平和を守る超戦士へと。うわ。
 
そうなると、自分の役目はてめえでは仮面はかぶってないのにライダーの指導をしたりする「バイク屋のおやっさん」?・・・・・うーむ。
 
 
悩める洞木コダマの顔を見ながら黒羅猫はかつての己の愛機、参号機へのあまりの無理解ぶりに憤りもう少し突き放した調子で続けるところを変更して、もうちょい分かりやすい言い方にした。
 
 
「いいか、大事なことは、盾一枚の扱い方でどうこうなるほど使徒との試合はデリケートなもんじゃねえってことだ」
もちろん、通訳である洞木ノゾミの年齢にも配慮しつつ。試合は死合、であったがニュアンスをおさえて。盾、というのは当然、ATフィールドのことである。
 
 
「それに大事なことは使徒に勝つことで、盾をうまく使うことじゃねえ。というより、それにいつまでも固執していたらそこを突かれてあっさりやられるぞ。盾での押し相撲、この時代はもう終わった、と考えた方がいいだろうな。いってみりゃ葛城ドクトリン・・・てことになりそうだったが、そうはならなかった。いつも押し相撲で勝てればなー、と考えてたはずだが結局”そうはいかなかった”、そんな繰り返しだったはずなんだが、更新を告げるべき当の本人がいないとくればしょうがねえよな」
 
 
猫の語ることは鈴原トウジの思いつきの是非についてではなかった。それを飛び越えた、遙か、なまじっかの人間などが這い登ることも許されないほどの高みからの発想。自分のようなコーチ用心棒のような者が聞いてもしょうがないのだが、聞く人間は自分一人しかいないのだから、ほんとうにしょうがない。ただ、ATフィールドにそうこだわらなくてもいい、どころか、そんなもんにいつまでも拘っていたら「負ける」、とまで断言されたことは救いであり衝撃であった。天の獄、とでもいうのか。持っている者、自在に無敵の盾を産みだし操れる者が言うぶんにはそりゃいいだろう。油断も戒める意味でも新たな戦術を生み出すためにも。だけれど、そもそもそれが覚束ないレベルの者にそんなことを言われても
 
 
「知らないかもしれないが、・・・・盾をあっさり奪われて逆に相手に使われるケースってのもある。これがもう第二ハードルくらいにはなってるからなあ。わざわざ次で転けることが分かってんのにこだわる必要がどこにあんだ?盾なんぞ現場にいって相手のを”借りればいい”話だ。そっちのテクニックを仕込んでやった方がよっぽどタメになるだろうよ・・・・・そういうの、あんた・・・コ・ダ・マ・おねえさん、は得意でしょう」
 
 
そんなことは百も承知の話らしい・・。いらぬ先入観は抱かずとりあえず好きにしゃべってもらう洞木コダマ。中身が理解不能でもわりあい素直に訳してくれる(ただし譲らないところは絶対に譲らない)ノゾミの語るままに。頭の中で重要なところにアンダーラインを引きながら。確かに鈴原トウジはそんなことを知らなくてもよいが、先を示すべき自分は知っておかねばならぬ話である。
 
 
「参号機というのはエヴァシリーズの中でも特異、異端といってもいい。零号機と対極、いや初号機や四号機ともそうだからなー、東西南北みてえなところか、その四極から何ランクかさがった廉価版が制式タイプの弐号機とかだな、エヴァ自体がそれぞれのチルドレン、パイロット専用みたいなところがあるが、参号機は別格だ。あんたの妹・・・ヒ・カ・リおねえさん、や鈴原トージが乗れたもんだからその点、どいつもこいつも逆に思い至らねえんだろうが・・・・・・一号、綾波レイ・・・お・ね・え・さ・ん・・・をのぞいてな。・・・不審が残るだろうが、今は流して聞いてくれ。参号機は別格、ひいきのように聞こえるなら、別式、でもいいか。目標とする機能が根本から違うんだ。時間がねえのもあるんだろうが、綾波・・・レイ・おねえさんが・・・自分で指導しなかったのは、したくてもできなかったのもあるんだろうよ。自分が弄れば別の色が混じって変質する・・・それがよく分かっていたからな。零号機は乗っている人間をそのまま体現したような、つまり・・・・・特異能力の拡大、増幅をその目的とする。人造人間、武器がわざわざ人型をしている理由はそこにある。盾を構えるだけならべつに球体でも三角錐でもかまわねえだろうしいちいち二足歩行なんぞする必要もない。押し相撲は何より安定性重視だからな・・・・不思議には思わなかったか?」
 
 
「それで、参号機は・・・・どういった機能を目的にしている・・・のかな」
きわどい表現も増えてきたので合いの手をいれることにする洞木コダマ。
 
確かに自分の考えは正解だった。目から鱗そうそう、餅は餅屋、エヴァ参号機に関してここまでのことが言える・・猫は、いや人間も含めて、目の前の元パイロットしかおるまい。
ぶっこんだ、非常に重要なことを今、語ってくれろうとしている。しかも端的に。
のんきに謎解きなんかしている時間もないので非常にありがたい。洞木コダマはハードボイルド派なので、推理小説も平気で最後から読める。痛む胸もとくにない。
 
 
 
「技、術の深度だ」
 
 
 
黒羅猫は洞木ノゾミの口を借りて言い切った。
 
 
「搭乗する人間の技能の深度を増す・・・・・力の増幅や拡大じゃあ、ねえ、・・・・そのあたりはよく分かる、テクノロジーは当然誤訳、テクニックもこの場合は力不足だな、・・・もうちいと血の味がする、とでもいうか、より大きな力をより必要としなくなる・・・・・・技の本質・・・ああ、なんといやいいかな、目にも見せてやれればよかったがこの身体じゃな・・・でも、コダマ・おねえさんなら、分かってくれると思うがな。・・・逆に言えば、参号機にはあまり異能のあるなしは意味がねえんだよ。それを拡大増幅する機体じゃねえんだからな、そもそも」
 
 
人の努力、時間の蓄積、研鑽錬磨その他を舐めきった、それは、夢、だとは思う。夢想だ。
 
 
が、わざわざ人と同じ姿形の巨人を、天使の名を冠する敵に襲われ神をも恐れぬこの現代都市に造り上げる意義はそこにしかあるまい。そして四極。零号機が異能の拡大増幅を目的とし、参号機が人の技能の深化を目的とするなら、残る二つは何を目的とするのか。
碇シンジの初号機と渚カヲルの四号機、聞けば黒羅羅明暗はおそらく答えただろうが、洞木コダマにその興味がなかったので問われることはなかった。
 
 
「鈴原君の乗った参号機がああも軽やかに疾く駆けたのはそのおかげか・・・・」
例の運搬作業。単に速度があったというだけではああはいかない。速度より絶妙な接地、見るべきはそれであったし、ムダな力を抜きながら長距離を駆ける、という技あったればこそバッテリーの連続交換もなしにあそこまでいけたのだろう。マシラのごとく、天狗のごとく、しかして、彼は空を飛んでゆかなかった。ひたすらに、山を越え地を駆けた。
 
 
「そういうこった。それを示したからこそ、示すだろうとあたりをつけていたからこそ、一号、綾波レイおねえ・さんっ・・・は、鈴原トージを参号機にのっけて走らせた。そこまではよかった。が、そのあとがまずかった。チンケな奴にからまれて逃げただろう・・・・参号機なら秒殺だったんだが、奴は尻に帆駆けてホタテのように逃げた・・・・・参号機はなー、気難しい武人と誇り高い古獣を足して二で割ったみたいなところがあるからな、ひらたくいうと、その臆病風具合にかなりムカっ腹がたったらしいな。(VΛV)リエルならともかく、あんな下っ端相手に、てんじゃ愛想つかすのも当然だな。愛想ってえか、誤解が解けたってえか、とりあえず自分に乗っている奴が”まともな使徒殺し”じゃないことに気付きかけてる・・・・シンジの奴・・・碇シンジおにいさん・・・と渚カヲル・・・おにいさんのダブルの気香に鼻が騙されてたが、さすがにあれはバレバレだ」
 
 
「・・・参号機は、鈴原君とヒカリを・・・・碇シンジ君と・・・渚カヲル君に・・・間違えて認識している・・・と?」
 
 
「初めからそう言ってるじゃねえか。運が悪いというか、とある時間と空間で、思い切りあの二人の匂いをつけられたんだよ。運星香とでもいうか。遺伝子書き換えなんぞメじゃねえほどの影響をかまされたわけさ。だから参号機は動く。鼻の効かねえ弐号機系の制式型じゃ逆に認識しねえかもな。今の拷問台とえらくかわらねえ状態の零号機も当然な・・」
 
 
「それって・・・”銀鉄”のこと?黒羅君、場所と時間をかくしてるけど」
まじめに通訳を果たしていたノゾミがふいに中断して口を挟んだ。一瞬、なんのことかと思ったが、それは通訳の精度を高めるための確認作業であったらしい。というか、ほんとうにこの妹の言語野とかの頭のなかはどうなっているのであろうか・・・ちょっと怖い洞木コダマであった。
「・・・それは、話がそれるだけで時間のむだだって。それでいい?コダマおねえちゃん」
 
 
「え、ええ・・・次に聞きたいのは・・・」
匂いがついた、とかいう動物的表現はあまり気にならないらしい。黒羅猫の目の色を見ずともそう言うのならそうなのだろう。銀鉄でも金鉄でもどうでもよい。問題は・・・・
 
「そういうことなら、・・・・・鈴原君は、もう参号機には乗れない、その資格はない、ということなの?」
 
それだ。参号機のご機嫌をそこねて乗れなくなったのならこんな修行などほんとに意味がない。それを綾波レイが承知していたとしたら、コケにするのもほどがある・・・・。
 
「まあ、そういうことになるんだろうな・・・・・・怒りのままに取り込まれたり精神汚染されたりしなかっただけでも御の字だろう。元来なら、ただですむはずがなかった。向こうで筋トレしてる姿なんぞまさしく夏の幻だ。そのはずなんだが・・・・・」
 
 
「・・・・・パイロットが二人いる、おかげ・・・・・かな」
ふいに口をついただけだが、当たったらしい。猫がニヤリと笑った。
 
 
「半人前効果・・・分かってやった、としか思えねえがな・・・・・・赤木博士に一号、へへへ、やったぜ、・・・って何がやったなの黒羅君。ああ、綾波おねえちゃんのことなんだね。ちゃんと呼ばないとダメなんだよ、分かった?黒羅君」
一人芝居ではない末妹のやりとりを見ながら、ちと考える洞木コダマ。
ヒカリはそうなると、鈴原トウジに対する安全装置の役割を担っていることになるのか。
 
 
「なんにせよ、参号機が半人前を二人とも同時認証した意味を考えさせた方がいいぞ。これは完全に鈴原トージの役割だな。なんで、あんな虎模様になっちまったのか・・・・・ククク・・・これがわからねーよーなバカボンなら焼かれて喰われた方がいい。もし、その時がきても手出し無用だぞ、と、黒羅君、ちょっと偉そうだよ」
 
「・・・・・」
 
「ほら、コダマおねえちゃんも怒るよ、そんなこと言ったら。そうかな?ってそうだよ」
 
 
ノゾミはあんなこと言ってくれているが、怒ってはいません。ただこう思うだけ。
やばい自分も分からない、と。しかし、これは完全に鈴原トウジの役割であるらしいので助かった。なんのかんのいいつつ弱きを助けるきっぷのあるらしい黒羅羅明暗の口ぶりからすると、これはかなり重要な問題らしいが・・・・とりあえず洞木コダマは相手の切り口が分かったことで考えをすすめる。その前に
 
 
「一応、確認しておくけど・・・・・・滝を切るって行為はなにかの役にたつのかな?」
 
「立つわけないだろ。参号機に乗って滝なんか切ったら・・・・滝そのものが吹き飛ぶだけだ。滝なんぞ真面目に登り切ろうとするのは鯉とウナギだけだぞ・・・・・だって」
 
 
そうなんだって、ファーストチルドレン。猫と妹に切り捨てにされた己を襲う嵐のごとき感情に、一瞬、芸風が変わる洞木コダマ。むろん、顔には出さないが。
 
しかし、そうなると・・・・ここでバカ正直にと金めざして歩のように基礎の基本を始めようとするより、いきなり反則スレスレの変則技を桂馬ジャンプで伝授しておいた方が今後、役に立つかも知れない・・・・・
 
 
さて、あの空色の髪の依頼人にはなんと経過報告をすべきだろうか。
鈴原トウジは今、けんめいに腹筋を鍛えています、とか。・・・即座にお付きの者たちを差し向けられそうだ。が、まあ・・・・・・盾を構えての押し相撲でなければならない、という固定概念が必要ないらしい、というのは・・・・・少し楽になれる話ではあった。
 
 
星を月ほどに大きく輝かせよ、というてもそれは無理なのだから。
 
 
明暗からまたひとつ謎を与えられはしたが、それは鈴原君に解いてもらうとして。
 
 
これから、彼をどう仕込むべきか・・・・・・ようやく限定が解除された洞木コダマの才能が、動き出す。