戦闘こそ我が人生
 
 
あの光馬天使の戦にて「最強の使徒」に敗れ五体どころか全身バラバラの百鬼丸状態にされて地上にたたき落とされたが、こうして再組み立てされてまた闘えるというのだから自分は幸せだと思っていた。
 
 
エヴァ参号機である。装甲色を山吹にしたまま、ケージにて考えることも今後の己の運命成り行きなどではなく、ひたすら闘うことだけ。
 
 
チルドレン、というパイロットを内包して神経シンクロを通じてその意思のもとに五体を動かす、というのが戦闘人形たるエヴァの本分であるならこれは奇妙な話であった。
参号機がいくら考えようとも、その動きはパイロットに支配されるなら、それは夢のようなもの。夢をみるくらいなら拘束される巨大な人造人間にも許されていい・・・・・のだろうが、その思索が夢でもなんでもなく実際に外部に影響力をもつのは装甲の色が示している。つまり「洞木ヒカリ専用」・・・・もとよりステルス装甲である参号機にパイロットカラーなど無意味であるし必要ない。その色は参号機が自ら決めている。整備の人間が愛着こめて塗ったわけではないし、もう一人のパイロット(見習い)鈴原トウジの分はどうなるんだ、という問題もある。それがこのように単色になっている、というのはどういうことかというと、「鈴原トウジはお払い箱」だという意思表示に他ならない。
 
 
機体が、搭乗者を選ぶ・・・・・・・・これは、とんでもない話だった。
 
 
まあ、もとより09システムなんぞと言われた砂漠から針を見つけるような間口の狭い代物ではあり、シンクロ率という厄介なハードルを越えねば動きもせんわけだが、このケースは初めは「とてもダメだろう」という子供を認めておきながら、それなりの数字とそれなりどころではない機動を周囲に見せつけておきながら、ふいに何が気に食わないのか、ぷい、と放り出してしまったことだ。これがまだ鈴原トウジ一人だけならシンクロ率の低下、でカタがつきそうだが、その片割れ洞木ヒカリに合わせた形態を保っているのが理解を難しくさせている。専門家である整備の人間にもその理屈はさっぱりカンカンであった。もともと何かの間違いでシンクロ可能だった、というお手軽な結論に飛びつければいいのだが、それはどんな間違いなんじゃい、という検証をせねばならない。
 
 
チルドレンというのはなんらかの特異な才能をもち特殊な訓練を受けた、成人すれば失われる巫女的な霊性、高度な精神ポテンシャルをもつ特別な子供のことではないのか。
 
 
そんなことは全くない、そこいらの普通の子供二人がエヴァを起動させた事実。
 
裏をかえせばそこに行き着くわけで、メカニズム的にいくら論じても限界がある。
 
整備技術者には触れることも許されていない秘密、ブラックボックス、エヴァ参号機の魂が宿っているはずの、そこに、謎を解き明かす鍵はあるのだろう・・・・とかなんとか考えながら整備員たちは日々の仕事に精を出していた。パイロット無しでは機体は動かないことだけは承知しながら。これがムダになるのかどうかも分からない状況下で苦闘していた。赤木博士の要求はこれまでの初号機やら弐号機やらの経験を生かさせないようなえげつないもので、かなりきつかったし、攻撃力に関係なさそうな顎部や喉部分の特殊作業指定も得体が知れない。これまでの蓄積を棄てよ、街に戻れる余裕があると考えない方が身のため・・・どこかの劇作家と正反対のことをいわれているようで。
はっきりと役に立つのだと明示されていればともかく、パイロットの子供二人が機体に乗れぬではあれば・・・これぞ悪戦。これを下支えした赤野明ナカノがいなければ整備崩壊していたかもしれない。新体制になってから人が足りぬワケではないのに、どこもかしこもよそをフォローしている余裕がないのだ。人を手配する元締めの不在が響く。
 
 
己の周りでちこちこと働き続ける人間たちの疑念に、出来れば参号機としても答えてやりたかった。出来るものなら。かくもシンプルな己の理由を。その答えを。
 
 
 
戦闘こそ我が人生
 
 
 
シリーズにおける他の者たちはいろいろと、こじゃれた肩書きやら存在理由をもっているようだが、自分にはそれはない。ただ、使徒と戦うために。それだけ。そのためだけに。
 
己は新生させられることなく、四則加減なく旧態依然として甦った。これまでの戦闘記憶を宿したまま、己として。過去に蓄積されたその戦闘経験を選択使用するだけの機械ではなく人形ではなく、あの最強の使徒との一戦すら、今後に繋ぐ道を生みだす一歩とする
 
 
 
戦闘こそ我が人生
 
 
 
次なる戦闘はいずこにありや。次なる戦闘をいかに越えんや。戦いは続く。温故知新を続けながら。旧きを棄て新しきを組み立てながら。道を歩き続ける。いかな苦難が待ち受けようと。どのような不利な状況であろうとも。それをすり抜ける技法を見いだす・・・
 
 
 
その楽しさよ!
 
 
 
萌芽はみえている。力ある者の残香に騙されて、本来ならとても己を駆る器ではない者たちを認めてしまい、一時はどうしてやろうかと思ったが、二人の片割れには思わぬ才質の種があり、己という土に埋め込まれたおり、目を覚ましたのか今やニョキニョキと伸び始めて己の戦闘本能を突き刺激するほどになっている。そこから発生した新しい戦闘プラン。うーむ、こうした戦い方もあろうか・・・
 
 
エヴァ参号機はそこに意外な楽しみを発見して、それをしばらく見守ることにした。
 
 
つまりは、萌えである。
 
 
イケイケの武闘派でありガチガチの戦闘狂いであった、まずはてめえが戦うことしか頭になかった参号機がそういった経緯で、殴り合いの間合いから一歩引いた、サポート戦闘にも目覚めた。これが進歩なのか退きなのか、今のところは誰にも分からない。
最強の使徒との戦いで正統的なガチンコをやり尽くして白い灰のように真っ白に飽きてしまった、というのもあるのかもしれないが。
 
 
そんなわけで、雷獣の皮をかぶったラビット的なカラクリもそろそろゼンマイ終わろうと
いう頃になって、参号機は新しい道を見いだしてそれに対応すべくいろいろと思索を展開しており、旧路線をそのまま突っ走ろうとしている身の程知らずの甘い黒うさぎ小僧を見切ってしまった。敵が現れて逃げるヘタレぶりも大減点であった。わざわざ組み立てられた足はそんなことのためについているわけではない。それでも認識違えたのは己の責でもあるので、装甲色を固定することで警告として立場が変わったことを暗に教えてやることにする。こうなれば、すでに自分はお呼びではないのだと小僧にも分かることであろう。なんせ、ものすごい分かりやすさであるし。
 
 
もう来てはならんぞ、と。まあ、もう来ないだろう。この所、どこか遠い水の流れる場所で油売っていたりするようだが・・・・そのまま、立派な油商人に成長することを願うばかりだ。戦闘だけが人生の物語ではない。
 
 
と、そんなことを参号機が考えていた時である。
 
 

 
 
鈴原トウジがあらわれた。
 
 
参号機はこれほど分かりやすい警告を無視した小僧を、容赦しなかった。
 
 

 
 
参号機ケージに鈴原トウジが踏みこんで、時間にしておそらく三秒なかった。
 
 
先端部が数メートルある鞭のような黒い波・・・・・鈴原トウジめがけて襲い飛んできた「それ」を洞木コダマは確かに認識して、そばにいる彼をかばって突き飛ばそうとしたのだがそれより前に思いもかけぬ、赤野明ナカノに肩を捕まれてダッシュの妨害されて果たせず、
 
 
結果、鈴原トウジはそのまままともに「それ」を正面から喰らった。
 
 
ごろごろごろごろごろごろごろーーーーーーーーー
 
 
ぐしゃ
 
 
その威力は半端なく正確で、突いた鈴原トウジをそのまま入ってきた扉からまっすぐ連続高速後ろ回りでんぐりかえしさせてケージ内から追放した。遠い方でなんかイヤな感じの音がした。「・・・・・・・・・・・おい、鈴原君!」数秒、呆然としていた洞木コダマだが、ひゅるるると小気味いい音とともに元に戻っていく参号機の伸びた指先を睨みつけて二撃目がないらしいことを確認して、生きているのかちょっといやさかなり心配な鈴原トウジのもとへ駆けつけようとしたが・・・・・・捕まれた肩が動かない。ぴくりとも。
 
 
「・・・・離してください」タイミングではこの邪魔がなければ鈴原トウジをあの指鞭から守れたはずで、ずいぶんとえげつないやり方で自分たちを試してくれた赤野明ナカノを虚の眼で見つめる洞木コダマ。返答次第では二度と赤子の面倒など見られない身体にしてやる。
 
 
「そんな過保護では、男の子は育たない、だーるね」
相手ののんびりした声も表情も変わらない。虚ろな目が吸い込むべき悪意も邪気も殺気もない。「自分を守れない者が、誰かを守ることなんて、できない、だーるね」
 
 
「ですが、彼は・・・・・・そこまで」
実のところ、相手のいわんとする意味はよく分かる洞木コダマである。どうもこの赤野明ナカノもやはりただの整備手伝いなどではない、命令一つで多くの人間の命を動かしてきた鉄血の気配がある。流した血の量で偉さが計れるわけではないが、その言葉、判断には人の動きを止めさせる威力が確かにある。
 
「選ばれないということだけで、命を落とすこともないでしょう・・・・・」
代わりに苦手な口が動く。肩の掴みは外されたが、足は動かない。
 
 
「選ばれぬ、ということは失敗する、ということ。失敗は戦場では死に繋がる、だーるね」
赤野明ナカノは平然と。確かにこれなら短期間に鼻歌で整備をまとめられるはずだ。
 
どういう修羅場をくぐり続けてきたのか、簡潔で単純な指摘が深海水圧のように重い。耳鳴りがするほど。本気を出した師匠兄妹にあてられた時も目眩がするが・・・それよりもっと救いがない感じだ。確かに言うことが絶対の真理なのでそれもあろうが。
 
「あれで死んだら、運が悪かった、ということだーるね」
構えも備えもさせずに、その気になったら一気に気軽に命奪ってしまう太陽の方が北風よりも残酷なのかもしれない・・・・・
 
 
あれだけ頭に来た綾波レイの冷酷が、いまこそ福音に、彼女が天使、じゃない女神さまに思える。滝切りができるくらいの武芸の冴えがあれば、おそらく今の一撃もとっさに回避できていただろう・・・・・・あれはこのことを示していたのか・・・・・もっとストレートに分かりやすく言ってくれれば・・・・・いや、そんなことをいってる場合ではない。
 
 
「結局、彼は選ばれなかった。あれはかりそめの契約で、本契約で切り捨てられた、と・・・・それならそれでいいのです。もうパイロットでもチルドレン候補でもないのなら」
 
 
一つの機体にパイロット二人、というのはやはり異常か何かの間違いで、エヴァ参号機は鈴原トウジではなく、洞木ヒカリを選んだ、ということか。それとも全く別の人間を勝手な基準で選び出したのか脳内で抽選でもして。・・・・まあ、勝手にしろ。ともあれ彼が、鈴原君がもう参号機に乗ることはないのだろうから・・・・・いくらなんでもここまでやられて・・・・・
 
 
「おい、大丈夫かー!!」「誰か伸びた指先でぶっとばされました!」「暴走か?起動自体してねえだろう!電源チェック!それから安易に近づくな!」「なんで参号機がいきなり・・・」「それより、あれは鈴原トウジ君じゃなかったですか?なんで彼がここに・・」
整備の者たちもこのとんでもない事故に気付いて大急ぎでワラワラ走り寄ってくる。
諜報部員としては非常にまずい。おまけにこんな騒ぎになれば綾波レイにもすぐばれる。
 
が、そんな二点はどうでもよく、鈴原トウジの命の心配が先だ。
 
どういう力加減だったのか、頭部がトマトのように潰れて、ということはなかった。マンガのように転がっていったが・・・マンガのようにケガ一つない、というのは望みようもなかろうが・・・・かなりの体術の使い手でもああも唐突に一撃くらえば・・・・
まさしく運が悪ければ・・・・・・の世界だ。入院は間違いないだろう・・・・くそ・・・・ヒカリがどれだけ悲しんで不安がるか・・・・
 
 
参号機と赤野明ナカノを睨みつける洞木コダマ。今は、使徒よりもこちらの方が憎かった。
そして、その十倍、己の間抜けさ加減を憎んだ。拙速の手段に頼った報いを受けるべきはこの身であるというのに。握りしめる拳に血の滴が浮く。今は、一刻も早く彼を治療施設に運ばねば・・・・・残酷な運命を欺くほどに本日の彼の運勢が強ければいいのだが
 
 
 
「!!」
ケージから通路に駆け出そうとした洞木コダマの足が止まった。
 
 
 
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 
 
雄叫びと共に、額でも切ったのか顔だけ見れば血ダルマ状態の鈴原トウジが、向こうから走ってきたのだ。まさに暴走超特急。血走り気味のその目は参号機のドタマにロックオンされており穏当な話し合いなどは当然、期待できそうにない。何をやらかす気でいるのか。
 
 
「おい!鈴原君」あの出血ですでにダッシュなどドクターストップだろう。年齢を考えればたいていの格闘技でも中止がかかるはず。なんか走り方が変だ・・・・・右肩が外れていないかあれは・・・とにかく止めねば。いくら頭に来ようと相手は特殊装甲に覆われており、殴ろうと蹴ろうと痛いのは自分の手足だ。というか、二撃目を喰らったらほんとうに運も拾えなくなるぞあれは・・・・・今度は自分で立ち塞がろうとする洞木コダマ。
 
 
「手出しは無用、だーるね?」
 
 
再確認の声とともに、太陽の牙のような二連フックが飛んできた。西洋拳闘に遅れをとるのは悔しいが、こちらも冗談抜きで喰らえば墓場行き間違い、無し。回避で精一杯。
そこを走り抜けていく鈴原トウジ。追走しようにも壁のように赤野明ナカノに位置取りされてしまった。絶妙なフットワーク。向こうにまともに立ち会う気がない足止め目的ならこれで詰んだ。半分意識が飛んでいても、いやさそれでか鈴原トウジの足は速い。駆けつける整備の者たちもその形相に驚いてか、よくその突進を止められない。
 
 
 
「キャンいわせたるで、コラあーーーーーーーーー」
 
 
いったい何弁なのか、流行の若者言葉なのかよく分からないが、鈴原トウジが吼えるに、参号機に「キャン」と言わせるのが目的らしい。・・・・謝罪のことか?暗号解読にも基本くらいは通じている女子高生諜報課課長代理にもよく分からない。
「だーるね」子持ちの整備スタッフにも。
「参号機をちゃあすんか、ありゃ!!」関西出身の整備スタッフもいたがよけいに不明。
 
 
とにかく、ものすごい不祥事では、あった。
 
 
なんせ人類最後の決戦兵器、特務機関ネルフの最重要機密のかたまり、科学の砦と武装要塞都市を守護する、神の使いの名を冠する、謎の兵器生命体、人類の天敵、使徒に対抗、殲滅する使命を背負った人造人間、エヴァンゲリオン参号機に、あろうことかパイロット(試験運用状態)が、作業クレーンからその頭頂に飛び乗って、ゲンコツをいれた、というのは。
 
 
超法規的組織であるネルフであっても、いやだからこそ、判断する者によっては、未成年だろうとパイロット(新人見習い)であろうとも、情け容赦なく断罪、八つ裂き逆さ磔さらし首にされてもおかしくない。人類の希望に傷をつけようなどと、これ以上の悪行はない。
 
たとえ、先に手を出したのがエヴァ参号機であっても。右の頬をぶたれたら左の頬を差しださなければならなかった、のかもしれない・・・・・。
 
 

 
 
このまま首の筋肉をちょいと跳ねてやれば、頭の頂で騒いでいる小僧は衝撃でくたばる。
 
あんな位置にいるから反撃できないだろうと思ったら大間違いだぞ、と。少々電源断線されようと、大暴れは無理でも小暴れくらいのことはできる。
 
 
さすがに半分呆れながらエヴァ参号機はこの無謀な攻撃者を見上げていた。
当然、痛くもかゆくもないが、警告色である装甲の山吹が小僧の血でマダラづくのはあまり面白くなかった。肉体言語で拒否の意を示したつもりだが・・・・逆効果だったのか。
 
 
お前では、ダメなのだがな・・・・・・・新式の戦闘才質の開花のために必要な条件を任してみようと思ったのだが・・・・荷が重いどころか、その意味も伝わっていないようだ。
 
 
己を再組み立てした者たちは、それこそ願っていたと思うのだが・・・・・人間サイドでも相互理解が成されていないのだから仕方がないのやもしれぬ。
 
 
さて、新しい種をもつ乗り手も惑いの眠りから覚めるようでもあるし・・・・・・
 
後腐れがないように、やっておくべきか?この己にこれだけ拳を撃ち込んだのだから、冥土のみやげには十分すぎるだろう・・・・・・
 
 
ではな
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・うむ?
 
 
参号機は、昔馴染んだ気配が近づいてくるのを、感じて、しばし動きを止めた。
 
 

 
 
「しゃいっ!!」
「しゃいっ!!」
「しゃいっ!!」
 
 
特殊装甲をゲンコツなどすれば、手の方がただではすまない痛みの方も当然あるが、鈴原トウジの気の方がもっとすまなかったので、独特な気合いを込めた攻撃はやまない。
擬音にすれば「ぽこぽこ」よりももっとしょぼく、「ぽちょぽちょ」程度であったが、それは小僧一人の怒りなどに揺るぎもしない人類の希望の硬さであり安心するところであろう。ただ、周囲の整備スタッフ(約一名のぞいた)と洞木コダマにしてみれば安心どころではない、心臓キリキリ胃腸ギリギリハート満タン大関角番ものの心配光景であったが。
 
 
この暴挙を止めたいところであるが、作業クレーンから頭頂に飛び移る離れ業もともかく、飛び移ったあとに角もなく丸みをおびた参号機の頭部ではヘタすれば、落ちる。しかも相手はどうみてもまともでない危険な十代である。その心の闇を救いながら行動も制止する、となると、やれる人間は限られてくる。そして、やれる人間同士が向かい合って牽制しあっているのだからどうしようもない。「止めろ!今すぐそこから戻ってこい!!」「そうだ話し合おう!!」「顔は凶悪だがこれで参号機もそんなに悪い奴じゃないだ!!」「問答無用で小突かれてキレるのも分からんでもないが、あれは事故だ!鈴原君、責めるならオレたちを責めてくれ。だから、そこから戻ってこい!」声を枯らして怒鳴り呼びかけるだけである。
 
 
「・・・それよりも、落ちてもいいように肩部から腕部にかけてネットをはった方がいい、だーるね」
目は洞木コダマから離さずに、のんびりと声をかける落ち着き払った赤野明ナカノ。
事に関与しまくりでありながら腹が据わりすぎているのでかえって誰も不審に思わない。
 
 
「それよりも、私を行かせてください。すぐに連れ戻してみせますよ・・・」
声に従い動く整備たちを視界の端に見ながら一応、言うてみる洞木コダマだが
 
「だめ、だーるね」即座に却下。
 
「指をあれだけ伸ばして自動攻撃できる参号機・・・・・・あの位置にいても」
大人しく、やられているような人造人間ではない。興奮して相手の怖さも危険性も何も分からないのだろうが、鈴原トウジを早くあそこから連れ戻さねば・・・・・確かに、攻撃にあれだけ過敏に逆噴射的に反応するとなると、実戦には使えない・・・・滝にでも打たれて精神修養でもしとれ、というのはまことに正しかった、と言わざるを得ない・・・。
 
 
と、気の集中が逸れたどころで酔いどれコンボイトラックのような軌道の読みにくい一撃が顔の横を走った。今のは、わざと掠めてきただけ。
 
「本人のことは本人に決めさせる、だーるね。余計な手出しは、だめ、だーるね・・・・・・・・それから」
 
 
「それから・・・・?」
もう話すべきところではない。腕づくで押し通るしかない。どうせ口では勝てない。
こちらでもたいそうな不祥事になるだろうが・・・・・・それでも大人の勝手な期待と思いこみでみすみす子供の人生を犠牲にすることは許されることではなかろう。彼には資格はなく、適格者ではないとああも露骨に宣告されて。己の機体に流血させられるパイロットがどこにいるのか。他に道はあるはず。ただ自分たちはそれを確認に来ただけなのに。なぜ、そこまで追い込めるのか。どういった権限を持ってそんな真似ができるのか。髪に仕込んだ鋼糸を密かに展開させていく洞木コダマ。最後の答えくらいは聞いてもいいか。
自分のために。彼のためならそんなことはしなかったに違いないから。
 
 
「いったん信じたのに、やめるのは、もっとだめ、だーるね。そこで人間は、半分、死んでしまう、だーるね。信じられた方も、信じる方も。半分死んで、半分生きる、なんてことはできない、だーるね。信じることをやめることは、できない、だから、だーるね」
 
 
風が吹く。どうにも心惹かれてやまない風が。人の親というのはこうしたものか。
自分にこの任を課した父親も、こんな日のことを考えていたのか。その時、見えていたのだろうか。あの時、小さい自分に理想を語ったように。もう一度、誰かが理想を夢を目の前で語ったら、それを受け止められるよう。その雛形をもつからこそ、自分は多量の闇に溺れない。
 
 
「人間なんて情報をのせた皿ですよ、いくらでも分割可能です・・・・と、いいたいのに、身につけたこの技たちが否定する・・・・・どうも、口は苦手です」
 
展開する鋼の糸を止めて、参号機の頭部にいる鈴原トウジを見上げる洞木コダマ。
あそこから彼の機体をねじ伏せるいかなる手があるのか。ただの乱暴では鎧は貫けない。
あれでどうにかなったら、そりゃあ整備の手抜きであり即リコールであろう。
 
 
 
「死んだね、彼は」
 
 
場違いに涼しげな、それも少年の声に眉をひそめる洞木コダマと赤野明ナカノ。
対峙状態を解いて、そちらに視線を向けると、銀色の髪と灼けた肌の少年が立っていた。
 
 
火織ナギサ
 
 
「土俗の参号機とはいえ、この乱行・・・・・許されるはずもない」
 
 
かえす言葉はあまりない。それよりも、ヒカリたちを意識不明の目にあわした(としか考えられないし隠す気もないらしいクロの気配がびしびしと)フィフスがこんなところに。
ここで会ったが百年目、といいたいが、ここで鈴原トウジから目を離すわけにもいかない。
しかし、こやつ、今なんと言ったのか。聞き違えでもなかろうが・・・・ずいぶんと。
ただの玄人が素人に苛立っているだけ、というわけでもないようだが・・・・
こんなところまでノコノコと・・・・・単なる興味本位でもない、どこだ本心は。
 
 
「この整備環境も・・・・八号機に触れて欲しくないな・・・・」
 
それにしても奇妙な印象だ。正統なパイロットであり認定受けたフィフスチルドレンでありながら・・・なぜこうも「場違い」な感じを受けるのだろう。鈴原君の方がはるかに馴染んでいる・・・自分の目が慣れている慣れていない、だけではない。この違和感・・・
 
 
「ところで・・・・猫を見なかったかい」
 
こいつは敬語というものを知らぬのか。たとえ帰国子女であってもそれは難儀だ。しかしこんなところに猫なんか入り込めるわけないだろ、この猫キラー野郎という思いを込めて黙殺する洞木コダマ。今、なんか参号機が力を貯めたように見えた。やばいぞ、鈴原君・・・・・・
 
 
「見ないし、鳴き声も聞こえない、だーるね」
返答は律儀にこちらも考えてみればノー敬語っぽい赤野明ナカノが。
 
 
「そうかな。探していた猫の気配を・・・・・・近くに、今も、感じるのだけど」
直接向けられてなくとも寒気がするほどの、異界じみた色気が放射される。こんな声色で物を言われたらたいていの人間は魂はオイル漬け、精気を抜かれていいように動かされるだろう。男傾国とでもいうのか・・・背中に見えないオルドでも背負っているかのような・・・うー、こんなスキルをもっていたとは。油断ならぬ奴だ。
 
 
「こっちが片付いたら、あとで探してあげる、だーるね。今はあっちの虎の子の方がたいへん、だーるね」
が、やはりのほほんとかえす赤野明ナカノ。
 
 
「そう・・・・退くに退けなくなった・・彼・・・哀れだね。誰も、救えないんだね」
それはもしかして、自分に言っているのか。むかつくが黙殺を続ける洞木コダマ。
今ここで相手にすればこちらの負けだ。立場的にパイロット仲間なのであるからてめえで救いに行く、という選択もあるはずなのだ。こやつの性根は・・・・・神経毒か。
その横顔に諦観に象徴される敬虔さを感じてもいいはずだが、猫殺しの血でその手が汚れていることを知っている。偏見なしに見ることはやりにくい。
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・吠え面かかしてやりたい
 
 
コーチ役としてここで有効な助言もできないことを恥じるしかないが、どうすればいいのかも分からないが、鈴原君には是非そうしてもらいたい。なんとかして。
 
 

 
 
参号機の頭部をゲンコツで殴り続けながら・・・当然、拳は腫れ上がる。参号機に小突かれた衝撃で全身に痛みが高速山手線のように走り回っている。ヘタな図画工作のように額からの飛沫いた血がそこかしこに雨の跡をつけて。タイトルは「自由と腐敗と暴力のまっただ中」であろうか。
 
 
鈴原トウジも自分のクレイジーさに気付いていないわけではない。当初はそれ気味であったが、拳をふるうごとに、己の中の疑念の岩衣に包まれた「答えのようなもの」がそぎ落とされて姿を顕していく気がしてドコドコやっていた。
 
 
だが、悟りとはちょっと違う。それほど高尚なものではなかった。
もともと高尚とはほど遠い自分がそんなものに目覚めるわけがない。
 
 
だが、疑念も迷いも突き抜けてそれらをボロボロと力づくで剥ぎ落として見えてくる、自分にとっての真実、本音は・・・・・・これだけのことをやらかして得た答えは
 
 
「・・・・・・こないなこと、いいんちょに・・・・・・やらすわけには、やっぱり・・・・・・いかんで」
 
 
これだけであり、紛う事なき初志のどうどう巡りであった。変質など変容などなく。
 
エヴァ参号機に乗り、使徒相手にガチンコ勝負・・・・そんなことはどう考えても、委員長、洞木ヒカリにはむいていないし、そんなことをやらせるべきではない。
 
 
わけのわからん謎生物との命(タマ)の奪い合いなんぞ・・・・・・おそらく、耐えられんやろ・・・・先にいいんちょのほうがヘシ折れてまう・・・それをまた、この参号機も望んどらん気がする。シンクロだの小うるさいこと言うくらいの人選ぶロボットやからな、それくらいは察しがつくやろ。つかんのやったらどついたる!!・・って今こうしてどついとるけどな。鎧がいいんちょに合わせて黄色くなった時は、微妙に目つきもやさしうなっとったしな・・・・。
 
 
どう考えても、自分がやるべきであろう・・・・・・使徒の命を握りつぶしたりするのは
そのための黒マダラ。命を奪う黒い衣。それを纏う者。半端なく白黒つける決戦兵器。そんな覚悟が中途半端だったからこそ、完全に黒くなりきれなかったからこそ、あんな虎模様になってしまったのではないか。運搬作業などは黄色がやればいい。闇夜でもよく見えるだろうし、暖色系の安全第一労働カラーという感じがする。
 
 
「ええか・・・・・・明石家・・・・参号機・・・・・・・・」
 
 
殴りつけ叩きつける拳は止めずに、鈴原トウジは呼びかけた。激しい呼吸音で半ば潰れているが、その声と意思が聞こえぬはずがない。なんせこんなに近くにいるのだ。
 
 
「ワイはなー・・・・・・このくらいじゃ。実を言うと、こうやってどつき続けて、ちょっとくらいATフィールドとかが発生したりとか、不思議なことが起きんかな、とか思っておったんやけど、どうもそういう宝クジみたいなこともないみたいや。ワイには選ばれた才能やらはない!!けどな、わかることはある。シンジやら惣流やら渚やら綾波やらあいつらにわからんことが分かる!あいつらに言えんことも言える!よお聞けよ・・・」
 
 
その時、どこかで猫の鳴き声がした。満足げな、長い鳴き声だった。
つっこみかまっているヒマはない鈴原トウジは勢いのまま続ける。
 
 
「ヒカリの!、あの手で!!、どつかすな!!!」
 
 
「悪いが、あいつは喧嘩なんぞにむいとらん!オノレの見込み違いじゃ!!なにをそんな小学生のカッパ色に染まって何喰わぬ顔しとんじゃいコラ!!それで満足なんか!真っ黒くろけに染まり直して敵をぶっ倒してガジガジ頭から囓ってみせんかい!その口はなんのためについとんじゃ!なんとかいうてみい!!」
 
 
さらにそこから正座ヘッドバッド。傍目から見ると完全に狂っている。
 
ただの若年層のキレとは違うのは、その抑圧凝縮されてバクハツする矛先が、己よりも絶対の強者であることか。そこには姑息な計算もなにもないデトネイション状態。
 
 
「・・・・きれい事ではすまんこともあるのも分かっとる。それから、ワイらが指名されたことからはじまって、もうわからんことだらけや。正直、分かっとることの方が少ない。
 
じゃが、言うなりになってなあなあで済むことと、すまんことがあるはずや!!
 
参号機、オノレよりも、ワイの方がヒカリのことをよー知っとる。断言できる!!
 
なんせ、名前がヒカリときとる!真っ黒に染めてエエ性根の女やない、暗いところに追い込んでええ女やない!あいつには光のあたることをさせてくれ。頼む!残りの暗い部分はワイが喰らってみせる!!誰かが片付けてみせんといけんなら、ワイが喰らう。もともと、そのつもりで、オノレもワイの分を黒くしたんやろ・・・そのために、・・・ワイが、ワシこそが、あいつの盾にならんといけんかったんや。血よけの盾、魔よけの盾、弾よけ、災いよけの盾や・・盾の分際でさらに盾かまえようなんぞ、さぞお笑い草だったやろな・・・・・・」
 
 
目が眩んだ。血止めもせずにこうして人類最後の決戦兵器に喧嘩を売っただけに限界がきたのだろう。肉体の方は正直だ。疲労にも痛みにも恐怖にも。揺れて、バランスを保てなくなる。
 
 
「どうや・・・・・・参号機・・・・・・・ワイのいうこと、違うか・・・・・?」
 
最後に、ノックのような裏拳を一発、こつん、と入れて
 
 
鈴原トウジは、上半身を大きく揺らせた・・と思ったら、参号機の頭部から、ずるっと身体を滑らせて、落ちた。場所が悪い、ネットがまだ設置途中の部分だった。
 
 
だが、誰も悲鳴もあげず叫ぶこともできなかった。誰もがその場所であっけにとられて参号機を見ていた。普通の子供が起こした、信じられない奇跡。
 
 
それは
 
 
参号機の装甲がヒビ割れを起こした・・・頭頂から足下まで
 
 
ように見えたが、実際は装甲のカラーリングが一瞬にして山吹から虎模様に変わっただけのことなのだが、タイミング的に鈴原トウジが裏拳をかました直後のことなので目の錯覚が起きたのだろう。エヴァの特殊装甲が人間の子供の拳でいちいちひび割れていたら大変だ。だが・・・・・なぜ、装甲色がこのタイミングで切り替わったのか、説明できる者はいない。
 
 
そして
 
 
落ちたはずの鈴原トウジが参号機の掌に乗せられている理由も、また。