その兵士は最弱だった。
正確に言えば、その娘は兄と弟が心配で、看護のためについてきている戦闘訓練などしていない銃の扱いもおぼつかないくらい、”にぶい”、と”かなりにぶい”の、どちらかといえば、後者に属する、看護兵というのも気の毒なただの娘であり、この「発電所」を制圧した敵勢力の中ではまちがいなく最弱に入る人間だった。
武装解除すらされずに、戦闘部隊も発電所職員もまとめて区別なく十把一絡げに、「逃げたければ好きにしてもいいが、食事はここでくばるから食べる気があるなら時間になったらここに集まれ」などと集められたのは広大な中庭。古代人はここでサッカーの原型になった球技に似た儀式を行い、勝利したチームのキャプテンはごほうびに首を斬られて神に捧げてもらったという・・・・・庭を囲む石作りの観覧席は、信じられないことに見張りの兵士すらおらず。それでも・・・・あまりの不気味さに、罠を張って待ち構えていたはずの敵戦力に、なんの抵抗もできずに、あれよあれよと制圧された悪夢が忘れられず・・・・誰一人としてそこから逃亡を図る者はなく、ぼうーっと亡者の群れのごとく天の光を浴びていた。
世界遺産に登録されたことも古代のような昔の話、最新式のN2発電所に頼まれもせぬのに生まれ変わらされた南米MA文明遺跡群「エステバン」・・・・・ここはそのひとつ。土耳古のカッパラル・マ・ギアのようにエヴァ十号機が常駐でもしてくれればこのようなこともなかったかもしれないが・・・・・建設中のS2発電施設もそっくり襲撃組織の手に落ちてしまったわけだった。
それを警備する部隊・・・・襲撃情報を事前に入手し撃退すべく戦力を増強し完全な・・・大陸間を渡ってやってくるような他国軍隊というならともかく、たかだか国内のいち勢力には十分すぎるほどの鉄壁の防御布陣を敷いて待ち構えていたが・・・・・・負けた。
これ以上ないほどに完全に敗北した。殲滅の対極にあるやり方で。無力に、折られた。
兵士としての存在の全否定。勝ち負けは兵家のツンデレ、という言い訳が通じないほどに。
これから一体、なにをしていいのか、判断できない。迷子になった子供のように。
敵から、相手にされていない。この、監視すらない中庭に放置された事実。
どれどれみふぁみふぁそら・・・・・・・・・・
幻聴で聞こえるケーナ演奏「コンドルはとんでゆく」
そこに、まだ配給時間ではないのにその看護兵、看護娘がたった一人で、数日前は兵隊であった、今は何者なのか自分たちでもよくわからなくなっていた者たちのところにやってきた。持っているのは鍋ではなく、サッカーボールであった。もともとの色がそうだったのか赤土に塗れていたのか、どことなく蹴り続けられた心臓を思わせるそれに、この中庭に宿る遺跡伝説を知っていた隊長格の男が奇声をあげて娘に飛びかかっていった!。
手にはナイフ。弾丸を装填してある拳銃もベルトにつっこんであったが、”そんなものはやくにはたたない”ことを、あの時に思い知らされた、機械はダメだ、不具合の生じる余地のある複雑な機構はダメだ、単純明快な、すっと動かしただけで、一瞬にして相手のノドを切り裂き血を吹き上げさせて突き刺せば心臓を貫き、敵の命を奪い倒す、そんな単純でなければ・・・使い手を裏切ることのない・・・「呪い」のふりかかる余地などない!!!!!!
娘が駆け寄ってくる隊長格を見てその時思ったことは、「そんなにサッカーが好きなのね」であり、かなりにぶい、を、すごくにぶい、に昇格させてもよかったであろう。
ナイフが娘の喉の気道を裂くコースで走り、そのまま力任せに胸に突き立てられた。
よけられるはずもない。戦闘訓練を受けた練達の猛者であってもあっさり倒されただろう必殺の速度。
が。
むに
鋼で出来ているはずのナイフは、鳥の羽のように娘の喉をなでて、やさしく胸をタッチするくらいの効果しか与えなかった。「ヒメミーヤ!アユミーヤ!!」おそらくこれは遺跡に潜む古代の邪神の仕業であり、それに対抗しうる偉大なる血筋をひく演劇と美貌の神の名を唱えながら隊長格は即座にナイフを投げ捨てそのまま娘の首を絞めた。が。
こちょこちょ
指にはそれくらいの力しか入らず、傍目からすると、なんか娘にキスしそうにも見える。
ひとつの映画が終わった後のような、もう戦う必要のなどない、といった平和な光景。
事実、娘は投げ捨てられたナイフが目に入ったにも、”かかわらず”、
「にっこり」と笑った。そして、サッカーボールを差しだして一言。
「ヒマだったら、サッカーでもしていて。好きなんでしょう?」
それを見ていた元兵士であった者たちの表情はガラスのように無表情になり、そして、割れた。自分たちが今や、あの娘にも傷一つつけることもできない、虫けら以下の存在に成り下がったことが確定したからだった。泣き声すらあげられない恐怖と絶望。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
がじん!!
確かに自分は娘を殺す気でナイフを振るい突き刺し首を絞めた。裏切り。自動戦車に裏切ら武装ヘリに裏切られ、大砲に裏切られて火炎放射器に裏切られてガスランチャーに裏切られてライフルに裏切られて機関銃に裏切られて小銃に裏切られて拳銃に裏切られてその他使用した全ての戦闘機械と武器兵器に裏切られた。相手を攻撃しようとした瞬間、部隊全ての殺傷の道具という道具が一斉に不具合になった。メンテナンスの不良や特殊な妨害電波、金属回路腐食ガス、という可能性もないではなかろうが、・・・確かに先刻まで切れ味を保っていた・・・敵からくすねたナイフ、そして己の手指までが、己の意思を裏切るとなれば・・・・
同エリアに侵入しながら、敵のもつ、こちらより明らかに何ランクも落ちる安物の武器どもはまともに働くのだ・・・それを奪って・・・兵隊の錬度もばらつきはあるがこちらが上だった・・・・使用しようとしても、同じくその途端に不具合が生じる・・・・
これは夢だ。それもとびきりタチの悪い悪夢に違いない・・・・・早く覚めろ・・・!
隊長格はそのことに思い至り・・・・・・自分の指を噛み千切った。
絶叫。
しかし、夢は覚めない。隊長格は確かに、そこにいる。そこにしていきなりの自喰行為に慌てた娘と、少し離れた観覧席の影からそれを観察していた女の視線を浴びていた。
てん、てん、と。抉りとられた心臓のような赤いサッカーボールが娘の手を離れて転がっていく・・・・・
日本の第三新東京市から遠く離れた、金のクチバシの鳥と銀のくちばしの鳥が目玉を模したサッカーボールで遊んでいる図柄の旗が翻る南米のとある国の神殿遺跡でのことである。
「・・・なんか、極めつけられたっていうか・・・・・・これが、軍師の理想・・・・・・それとも戦闘指揮者の悪夢というべ・・・・くしゃん!」
この信じられぬ光景を目の当たりにして葛城ミサトはシリアスな表情でそう決めようとしたが、今になって誰が噂なんかしてんのか・・・・・思い当たる節がないわけではない。とても文句など言えぬ相手だったのでそちらの方角にむけて片手で拝んでみる。
「どうした?」隣の加持リョウジが面白そうに、現地の兵隊風俗に染まりきっている相棒を見た。科学の要塞の中枢の中枢、冷たく静かな地の底で無理して頭よくみせようと小難しい顔をしているよりも遙かに今の生活の方が性にあっているのだろうなあ、と内心苦笑しながら。もちろん、体調を崩した風邪などではないはずだ。多少の空気の薄さもものともしない、赤血球の量が並はずれているのかどうか現地人よりはるかに達者な、快活に灼けてペイントいれた横顔を見ながら。という己も銃を担いで髭を濃くしてどこからみても密林をゆく傭兵野伏せりといった風情で違和感を感じたりせぬのであるあから女のことをいえぬのだが。
「いや、世界が広いのはここ数日で特に思い知ったけど、こんなとこまで届くんだから狭くもあんのかなって・・・・・・いや、広いか。あの都市で業界の最先端にいたつもりだったけど・・・・」
「まあな・・・・・南米のこっち側は完全にあの女の”落書き帳”だな。戦闘なんてもんじゃない。好き放題に勢力図を塗り替えられて・・・性能はこの目と身体でしかと確かめたことだし、去り際に挨拶でもしてくるか?」
「居場所が分かったの!?いくらあなたでも・・・・」
「戦闘と言うよりはアレは農作業に近かったからなあ・・・・・その分だけ、探る時間もあったさ。で、どうする」
「こんなのを見せられちゃねえ、ぜひとも!、といいたいところだけど・・・・・・やめとくわ。ヘタに”目え”つけらえてこっちの邪魔されたらかなわないもの」
神殿発電所の頂きにぱたぱたと翻る旗を見上げる。そこには旗揚げ以来、全戦全勝、無血にして不殺、人類史上何者も成し遂げたことのない完璧な不敗の紋章が踊っている。
エッカ・チャチャボール
戦地を彷徨しながら、遠く離れた日本国の第三新東京市、ネルフ本部の作戦部長連の一人に就任した・・・いわば、自分の後釜の一人がどういうタイプの作戦指揮官であったのか、間近でたっぷりとその肌でジリジリとこげるほどに思い知らされた葛城ミサト。
不敗の戦場指揮、というやつがどういうもので、それが使徒相手に通用するかどうか、見極めてやろう、と偉そうにいえる立場ではもうないわけだが、単純に興味があった。
百聞は一見にしかず。
確かにその通りだ。自分の目で見なければ身体で体験しなければ、こんなもの、信じられまい。結果からいうと、作戦もヘチマもない。進撃のタイミングも作戦計画も思い切りダダもれて完璧な布陣と物量で待ち構えられており、作戦家の必要最低ラインをはるかに下回る点数しかつけられない、つまりは全滅の憂き目に遭うしかない・・・・・そんな状態での策も何もなし単純な真正面からの力押し。それでいて戦力も桁違いに下回るとすれば。
エッカ・チャチャボールというのは、作戦家ではない。その皮を被ったほかの”なにか”だ。
おそらく、勝ち負けでは、なく。
戦闘は始まらなかった、といってもよい。迎撃側の指揮官が攻撃開始を命じた瞬間に、兵士が進撃してくる敵を目撃して引き金を引こうとした瞬間、自動戦車武装ヘリに搭載された電子頭脳が敵味方の識別を終了しその機能を発動しようとした瞬間。
あらゆる攻撃方法が、不具合に陥った。銃器以外の鈍器刃物薬物格闘技その他諸々全て。
やってきた敵を討とうとした、その行動全てが封じられた。
あまりに不公平な、戦の女神をたぶらかしてよそ見をさせた悪魔が、そのスキに一方的に天秤を押し下げてしまったかのような、絶対的なあっけなさ。農作物が収穫されるように。
そこから、一方的な虐殺が始まるかといえば、そうではなく。農作物が収穫されるようにして、兵士たちは捕らえられて一カ所に「貯蔵」された。剥かれも精米もされずに。
その無造作。確かに、ここまで完全に自分たちに害がなす術がなければ、もはや目的地の前にたむろしている遠足の子供、くらいの意味しかない。が・・・・・
そこで、そこで殺すなり武力を行使すれば、この奇妙な天秤が元に戻ったりするのかしらね・・・・・
葛城ミサトはそう見た。ここまで圧倒的有利ならば、それをかさにきる手合いもいるであろうし、中には個人的な遺恨でもあるらしく指揮官を恐ろしい血走った目で見る者もいたが、それでもこの無力な一群に手を出さないし武装解除すらやらない、というのは・・・・・そこに何かタネがあるのだろう。基本的に臨時の雇われ軍師でしかないエッカ・チャチャボールがそこまでの命令を出して従うか・・・・従わざるを得ない呪術的なカラクリ・・・・それらが骨身に染みているのか。ただ、呪術では人間はたぶらかせても、機械兵器までは不具合に追い込めないだろう。それとも、自軍の戦力だけはその効果を避けてゆく魔法のようなお利口超科学・・・・・そんなものを使える人間がこんな地域戦の戦闘指揮をする理由もない。資金もペイしそうにない。なんせこの一軍は貧乏なのだ。手弁当で参加しているのが大半であるし。今日は勝ってもどうせしばらくすれば取り返されるのはまちがいない。契約が切れたエッカ・チャチャボールが去ってしまえば。ラテンのジョーカーなどと揶揄される所以である。指導者ではなくあくまで雇われ軍師。その素性は謎とされており、その指揮に従って行動する者たちも「顔?見たこと無いな」というのが殆ど。
そんな化者がゼーレの目を逃れてノーファイルに無名であることはありえない。
が、やっていることは征服部門とも統一部門ともにかけ離れている・・・。
なんにせよ、ネルフの作戦部長連の一人に名を連ねているってことは無関係ではなかろうし・・・・・なんなんだこの人をクエクエした女は
あのカードがあればなーと後悔しつつちょろちょろとそっち方面で調べながらも、立派なヒゲをはやした兵士に「これから攻撃の日まで起きている間は十分に一回、ソンブレロを被って脱ぐこと。欠かさず絶対、食事中も。サボるごとに一人死ぬち」といった指示を出したり、歌のうまい女性兵士に「これから広場にいって攻撃の日時と作戦を大声で歌って歌って歌って三千人以上に聞かせるように。フレーズを覚えさせるとなおよし」といった常識を疑わせてみたり、「黒い猫、なるべく全身が黒いやつで種類は問わない、それをなるべくたくさん集めて、トマトをぶつけて赤くする」などとこいつは狂人だと確信させるようなこともあり、戦闘訓練も情報収集もまともな指示はいっさい下さず、数十にわたるそんな異常指示を徹底実行させるこの人物に「暗号でも、スパイの目を誤魔化してるわけでもないしねえ・・・これはちょっと金曜ロードだめでしょう」と葛城ミサトはいっぺん診断を下したわけであるのだが。
フタをあけてみればこのとおり。
てめえの目で見たことと収拾したゼの字情報を合致させて考えるに・・・・・・どうも
これは
「風が吹けば桶屋がもうかる」効果と「ブラジルで蝶が羽ばたけば東京で竜巻が起こる」効果を足して二で掛けたようなものではないか。そして、あの女はそれをコントロールできる・・・・小さな事象でも適当な場所とタイミングで重ねるだか連鎖させるだかすれば、雪山の雪崩のように大きな事象を「狙って」引き起こすことができる・・・・・
そういう異能の「目玉」をもっている・・・・・・・
ウインドラゴンバタフライスピンオケショップ操作とでもいうのか・・・・ちがうかな
色即是空 空即是色とか・・・・・実家がお寺の相棒はそんなことを言っていた。
ともあれ、それは使徒戦に効果があるのか、どうか・・・・・
万物に気があり、それによって生かされていないものはなく、それを禁ずれば刀は切ることあたわず、鳥はとぶことあたわず・・・・・というならずいぶんと中国的ではあるが。
結局、正体不明。生まれも育ちも分からない。いやー、元作戦部長のあたしなんかでもばっちりプロフィール記載されてたりするんだけど。現在のサイズとかも、まあそれはいいんですけど。
それを知るのが目的、というわけではないが、建前上、世界のあちこちをさまよわなければならない・・・あまり正しい日本語ではないが意義的にそうなる・・・・・・特殊な役職、そのコード名からPZ、「パスポート・ゼルダ」などと呼称されることも裏の世界では多くなってしまったが、それはあくまで仮の名の悪魔くんであり、その実は12名のチルドレンを揃えることを至上の任務とした、チルドレンマスターをめざすチルドレントレーナーいやさスカウトであった。
ネルフ本部を去ってから、まじめにパイロット探しに取り組んでいたかというと、さにあらず。
ゼーレの支配管轄する全ての施設、関係関連国家、睨みの利く機関組織・・・少なくとも電気が通っている地域で表も裏もフリーパスにならないところはない、という透明人間もうらやむほどの身軽さを利用して、この使徒殲滅業界の裏部分、世界運行の真実、最終機密領域を探っていた・・・・わけでもない。
なんせ今、葛城ミサトの手元には、その超便利印の「いつでも・どこでも・だれでも」のトライフォースを凝縮させた一枚の真紅の神器カード、「パスポート・ゼルダ」はない。
世界中を飛び回ってチルドレンを集めるために、と渡された、選ばれた者の証を
なんと、他人に渡したのである。しかも、ぜんぜんネルフ関係、業界に縁がなかった人間に、である。さすがに葛城ミサトも心が痛んだ。それはもう。
ネルフ上海支部に転属してなんかどえらく現地の商売が大当たりして忙しそうな伊吹マヤに協力してもらい、その複製品を造ろうとしたのだが時間の制約もありさすがにそれは果たせず、「ま、しょーがないわね。ダメもとだし」と、ちくりと諦めた。もちろん、こんなことが露見すればただではすまない。そういったユダ女郎は、逆さ釣り天井にかけられて腹を割られて内臓が皆流れ出すまでほうっておかれる。関わった者も同罪である。選ばれた者の誇りなど「あるわけないじゃないの」ばっさり侍である。こんな邪悪犯罪に手を染めうる人間であったなどと、彼女をネルフに採用した人間は予想していただろうか。
「へけけっ」悪びれもせずに思いついた当初の葛城ミサトは確かにそのように笑った。
惣流アスカや碇シンジの前では決して見せないであろう表情。それも確かに葛城ミサトの側面であり、そんな百年の恋もさめるような笑いを間近に聞かされる加持リョウジもたまったものではなかっただろうが、「いやー、それも味だな」とあっさり、この男も慣れたものであった。無精髭のあたりに組織綱渡りから解放されたバイタリティが。
この時期の葛城ミサトは忙しい。家を引き払ったのは正解であちこちの国をまわっている。贅沢なのだがお金は一切たまらない、という生活。いつも隣に加持リョウジがいてもこれでは子供はつくれまい。ともあれ、何をそんなに危ない橋渡って必死にやっているかというと。
「どーしても、ほっとけないことがあるから」だと。彼女は言った。
ネルフのためだ、などとはいわない。使徒との戦いに備えた人類のためだなどとは。
もうちいっとスケールはスモールで、狙いもいくつかに絞って。今は風雲の中で。
「ほっとけないから、ほっとかない。やれることをやらせてもらう。やるべきだしやりたいから・・・・・・つーわけで、今のわたしはけっこう幸せで。なぜかついてきてくれる奴もいるし・・・てへへ」そう言って笑った。百年の苦楽を共にすることを決意させ千年の恋も花咲く照れ笑い。ずいぶんと風通しがよくなっている。童女のようなあっけらかん、とした表情をみせるようになった。これはあの都市ではついぞなかったこと。確かに、天の使いとされる謎の巨大自律兵器をこれまた謎の、しかも子供が乗る巨人を指図して撃退しようというのだ・・・責任の重圧から解放されればその反動で少女になりもするだろう。同時に、背負う看板のない身軽さで、紫空をつんざく摩天楼から怪人ダイブするような無茶を平然とやらかす破滅性が表に出てもいる。
ま、それくらいでないとな・・・・・・・この困難な道行きの道連れ、連れ添いとはよう言うたもので、の加持リョウジは苦笑しながら覚悟を決めている。二人して次の日にはどこぞの海やら山やらの底にものもいえずいるかもしれないが。まあ、それも己の真実。
天寿とはいずこにありや。少なくとも己のそれはこの女の隣に。
いったんアスカの様子を見に独逸に戻るか、それとも露西亜の方に寄ってみるか、そろそろ証拠のあがってくる我富市由ナンゴクの埃を叩きにいってくるか・・・・
東へ西へ 南へ北へ まるで太陽の冒険者だな・・・・・若さの辞書には不可能はないが、もう若くもない・・・・・いや、こんな無茶な野暴してるんだから若いかな。
加持リョウジと葛城ミサトはこのままこの場をふけることして次の目的地に。
「で、どうするんだ」
「そうねえ・・・・・やっぱ、アスカの顔を見たいかな」
その時の気分で目的地が決められる、というのは人生最強の幸せのひとつに違いない。
かつて、世界を支配できるくらいの力をもった実戦部隊を率いていた女は、その座から思い切り転落しても、そういうわけで、あまりへこたれておらず。その輝きを増してさえいた。少なくとも、隣にいる男はそれを実感している。
素直に、この女と道の日暮れをともにしたいと。
「迷彩型になっているけどな・・・」
「は?なんかいった?」
なんじゃありゃ!?
侵攻してくる風車使徒の前に突如あらわれた巨大多足歩行兵器にネルフ発令所は仰天した。出来れば大きな声で「聞いてないよー!」と叫びたかっただろうが、今の発令所はそういう空気ではない。じりじりと耐える日向マコト。ある意味、それは余裕の証拠で、予期せぬ乱入戦力に、戦闘慣れしていないオペレータはすっかり泡食ってしまっている。
時田氏のJAの横やりで慣れている古参の者はいいが、敵なのか味方なのか、ただでさえ使徒の侵攻に緊張がMAXであるのに、その上不確定要素が増えてはたまったものではない。が、戦場のパイロットはそれ以上の負荷をくらうことになる。そのあたりを即座に反応解析するのが発令所オペレータの仕事であるが、これもまた場数を踏まねばどうにもならない。そのための指示をすぐに飛ばすので忙しい日向マコト。その異形につっこんでいるヒマはない。
カニ、か、クモ
もしくは両方。そんな感じである。とにかく人型ではないし格好良くもない。装甲の色はなんか煤けた貧乏くさいカーキ色である。JA連合のロボットではない証拠に横腹にでかく戦略自衛隊とペイントされてある。「戦自か・・・・・?なんでいまさら・・・」所属は機体を見れば誰でも分かるので日向マコトの仕事はその中身、もしくは裏側を貫視することにある。相手が使徒だと判明した時点で戦闘機や戦車で攻撃するしか能がない国連軍や戦自の出る幕はない・・・そんなことは分かり切っているだろうに・・・・ずいぶんとタイミングがよく出撃準備をしていたものだが・・・・ATフィールドをもつ使徒相手に何ができるわけでもない、出撃する兵士たちが悲惨だ・・・・”あやかし”ですっかり懲りたと思ったがまた性懲りもなくあんなものを繰り出してきて・・・・意図が不明すぎる。余計な仕事を増やしてほしくないな・・・・・さすがに温厚な日向マコトも青筋の一本もたとうというものだが、その怒りは誰に向けるべきか・・・・・・それが判明した時にあっけにとられることになる。
「・・・新型兵器の・・・・テストを・・・・行っていた時に・・・・・折り悪く・・・・・使徒が侵攻して・・・こ・・・やむなく・・・・・交戦・・・・ということ・・・でしょうか・・・・戦闘機で・こっ・・・飛んできた・・・国連軍は別として・・・・・・戦略自衛隊の・・・方から・・・何か・・・・連絡は・・・」
晴れて、でもなかろうが、一応、自由単独の指揮官となった座目楽シュノが最上アオイに問う。なんとか咳をこらえているが、景気の悪さには変わりがない。が、狼狽も驚きもない。そして、最上アオイの読み上げる戦自からの返文は座目楽シュノの想定通り。
ズビズビズビ!!!ザシュザシュザシュ!!!
カニクモ型は意外と善戦。使徒がATフィールドを展開していないせいもあるが、がぶり寄っての近接戦闘で手足振り上げガシガシと羽部分に打撃を与えている。
「目と・・・鼻の先で・・・・・・新型兵器の・・・・”耐久テスト”を・・・・・・されて・・・・気がつかない・・・・・・・こほっ」
声とともに血痰が振りまかれたような心地の発令所。発令所スタッフたちが仰天したのは、どうせ敵いもしないのに身の程知らずの戦自兵器が使徒にむかっていったことではない。
それが、”地から湧いたようにいきなり出現したこと”であり、事実、その巨体を隠匿しつつ半地下に潜っていたのだろう。国内にある超法規的武装要塞都市を虎視眈々とねらえる位置で。驚愕するほかない。現地で組み立てたわけでもあるまいしいくらなんでもあんなでかい兵器がやってくれば気付きそうなものだが・・・・・・
おお!!
尖った手足のラッシュ攻撃はシンプルであるが威力があるのか、やはり見た目どおりに耐久性がないのか、攻撃を食らい続けた使徒の風羽部分がグニャリとひしゃげる!。
コアを破壊せねば意味がない、という玄人の見立てはとにかく、これは意外であった。
「なんだあのカニ強いじゃないか」「クモのくせになあ」「そうだなあ戦自のくせに」
「・・・おそらく、・・・・・・・参号機の運搬作業の折に・・・彼等も・・・・夜陰に紛れて・・・・・・行動した・・・・・・のでしょうね・・・・・・うかつ、でした。でも・・・彼等の所有兵器・・・では・・・AT・・フィールドを・・・中和も・・通過も出来ない・・・戦闘に・・・・なりません。・・・退避を」
皆の興奮にはかまわずシュノが言いかけたところで邪魔が入った。
「いやいや、それにはおよばぬぢゃろう!」
やけに上機嫌な我富市由ナンゴクであった。カニクモの優勢に気をとられてそれに不審を感じたのは日向マコトや最上アオイなどわずかな数であった。まあ、人類側が優勢であるのだからご機嫌なのは結構なのだが・・・予期せぬ戦果に作戦家が喜んでいてよいものやら。多少、調子がよくてもそれは使徒がATフィールドを発動させるまでの話だろうし。使徒戦において全指揮権をもつ、先ほどもたされた座目楽シュノが戦自兵器の退避を命じたのはごく当然のことであっただろう。それを止めろというのは・・・
「絶対領域が・・・・生じていない・・・・・状態で・・・・・接近戦・・・・の不得手・・・・・を・・・・判断するのは・・・・尚早だと・・・・思います・・が・・・・」捨て駒にして使徒の能力を読む材料、もしくは時間稼ぎに使おう、というのならまだ理解できる。実際にこうして足止めできているのだから、前後の事情はともかく感謝してもよい。零号機の再スタートにはまだ時間がかかる。参号機の出撃にも可能な限り余裕が欲しい。出来ることなら。手柄星を奪われるだのというせこい了見からではない。いずれ
使徒に勝てるのは、エヴァンゲリオンだけなのだから
「それがそうでもないのぢゃよ。・・・・他の部長さんには悪いんぢゃが、ワシもいろいろと現状のネルフのこと、現戦力のこと、使徒に対する戦略、いろいろと考えさせてもらってぢゃな・・・少々、無断で手を打たせてもらったわけぢゃ。使徒来襲は人類全体の脅威であるから、それに対するに手広く助力を請わぬというのはいささか・・・な。適材適所、開ける部分は開いてぢゃな、全体を見渡して戦力を増強していかねばなるまい・・・」
「・・・まさか・・・・・ごほっ!・・・・けほっ、けほっ・・・・・・・!」
即座にその言葉の意味する、裏を読み取ったのはいいが、身体がついていかない座目楽シュノが激しく噎せる。呼吸を整えて説明セリフをいれるよりも先に、事実が明らかになる。
カニクモのラッシュ攻撃に辟易したのか、とうとう使徒がATフィールド発動。
ネルフ内部にあるそれなりの立場の者が手引きしなければさすがに日本国内のこととはいえ戦自もここまで露骨な真似はできない、か。碇司令の時なら打ち首ものだろうけど。
まー、やっぱりこれで終わりかー、しぶとく使徒が来るまで潜って待っていたり執念と我慢強さは認めるけど、やはりそれだけでは・・・・・・「なに!?」予想していた次の展開をひっくり返された日向マコトが驚きの声をあげる。作戦部長になるだけあって我富市由ナンゴクの”先手”は彼の予想を越えていた。
もくもくもくもくもくもく・・・・・・・・・・・
「あれは・・・・・・」
カニクモから噴き出した灰色の煙に見覚えがあった。ネルフの初陣からいる者たちにとってそれは過去に見た悪夢の色でもあった。かつて、セカンドチルドレンの駆るエヴァ弐号機を、完膚無きまでに負かして人生ガツンと絶不調に追い込んだ・・・・・
「まさか・・・・・・!!」
JTフィールド
そのまさかであった。
そのまま煙は使徒の絶対領域を包み込み、反転させ・・・・カニクモのものにしてしまう。
間髪いれずさらに勢いを増した怒濤のラッシュ!ラッシュ!!どつくカニクモ!カニクモどつく!!その勢いに中央のコアを守るように閉じていた風羽もたまらずじりじりとこじ開けられようとしている・・・・・攻撃方法としては洗練されていない、なんとも子供が錐で牡蠣殻を突き壊そうとしているような乱暴さであるが、効果は一目瞭然。
難しいことは何もいらず、ただあの真紅のコアに打撃を撃ち込めばいいとしたら。
両腕を失った相手とボクシングをするようなもので、一方的である。内蔵兵器を保管するスペースがないのもあろうが、風車使徒はほかに攻撃手段をもたないのか、となると自分の攻撃でやられた零号機と綾波レイがいい面の皮、愚か者クイーンのようですらある・・・・・なんの気の利いた反撃もせず、このままやられたりした日には・・・・・・
「しかし、JTフィールドをなぜ戦自が・・・・・JA連合と技術提携した?・・・その技術を持つのは他に・・・いや!・・・・・まさか」
JA連合の時田氏はそんなタマではない。となると・・・・・JTフィールド発生器を所有するもうひとつの組織・・・・それは
「どうせ仕舞い込んで使わんのだから有効活用したほうがいいぢゃろうと思ってな。友好の証ぢゃ。それでこそ彼等も懸命に働いてくれる。ほれ、そこぢゃ!いけ!もう少し!突き殺してやるのぢゃ!」
悪びれるどころかご機嫌である。前体制の技術部作戦部の人間にしてみれば、やられた・・・・、としか言いようがない。この場にいない赤木博士も参号機関連にかかりきってそこまで把握していなかったのだろう。いらないからあえて見逃した、わけでもなかろうし。ともあれ、組織運営が固まりきっていない今の状況でなければできない離れ業であろう。
火事場泥棒ギリギリ。敵もさるもの・・じゃなかった、なかなかくせ者上司だった。
ちろ、と阿賀野カエデのほうを見る最上アオイと大井サツキ。青い顔をして震えていた。
「・・・・・・」シロパトキン、シオヒト、エッカら他の部長連らも無言。その”友好”の意味を見抜いて呆れているのだろう。なんとも油脂分の多い上昇志向が強い人間であるのは実際会わずとも見当がついたが・・・地球参謀総長とかにでもなる気か、この男・・。
「いやー、あと一歩というところぢゃな・・・使徒の運命も風前の灯火というところぢゃ。なんせあの爪脚部分の装甲はエヴァに使用されている装甲の5・963倍の強度があるのぢゃからして、接近戦に持ち込んでしまえば単純計算で5・963倍の速さで片が付く、というものぢゃ」
数字が細かいくせに単純すぎるだろ!せめて機体のコードネームくらい教えよ!という日向マコトの心の叫びはともかくとして言いたい放題の我富市由ナンゴクであり、誰がこの戦闘の指揮官なのか分からなくなってくる。というか座目楽シュノが影がうすすぎる。ミリオンアブラギッシュなこのオヤジと比較するのは気の毒だが。
その時、風が吹いた。
地下の発令所でそんなものを感じるはずがないのに、発令所にいる者全て、同じタイミングで風を感じた。それが哀れなカニクモを、すっと吹き抜けたのを。
風車が、笑った。
キラキラと光の小麦を散らすようにして。
回転したことをそのように感じたのは、詩心ゆえではなく、おそらく精神を保護するため。
斬
前触れはあったが、そんなささやかなものにはとても釣り合わぬ、惨劇。
カニクモはバラバラにされた。生物のように、血煙と化した、と表現してもあながちでたらめではないほどの細切れ具合で。百や千では効くまい。ATフィールド?なにそれ?といったあっけなさで。
「な?ななななななな・・・・なんぢゃそりゃーーー!!」
指揮を執る者がこのようにみっともなく叫んでたりすると士気にかかわるのだが、幸運なことにそれは指揮者ではなかった。目の前で起きたことはかぎりなく不幸であるが。
「すさ・・・・まじい・・・・ですね。・・・・セイバールーツさん、お願いが・・・あり・・ます」
皆が言葉が出ない時になってようやくそのかすれ声もひびく座目楽シュノ。
「何だ、代行殿。交代の要請かね」
あの威力を目の当たりにして声に微塵も恐れも動揺もないのはやはり大したものだが、単に冷血なだけであろうかのシオヒト・Y・セイバールーツ。どこか楽しげですらある。もしあれに人間が乗っていたら・・・・、と想像するのは指揮者の仕事ではないのだろうか。
八号機にはフィフス・チルドレン、火織ナギサが搭乗する・・・・・もし、彼の少年があの攻撃を食らったりしたら・・・・・しかも今のは一体何がどうなったのか、さっぱり分からないし。JTフィールドが破られたのか途中で効果が切れたのか、それともそれすら一切ものともしないのか・・・・だが、あんなのを相手に素人参号機なんか出した日には・・・・・行き着く想像は誰しも同じのハズだ。その意味で、憎たらしげに不敵に余裕なシオヒトの態度もいっそ頼もしげですらある。
「いえ・・・違います・・・・・指揮は・・・続けて私が・・・・。お願いは・・・八号機・・・・・フィフスチルドレン、火織、ナギサ君の・・・・・目を、貸してほしい・・・・ということ・・・です」
「なに?ナギサの”目”、だと・・・」
だが、シュノの答えは否であり、続ける依頼も予想を外れていた。問い返すシオヒトの声にわずかながら不審と動揺が混じる。気付いた者もごくわずか。
「AT・・・フィールドの・・・・体感・・・感覚・・・は・・・わたしたちには・・・・・正直、理解・・できないものですから・・・・今のは・・・何が、起こったのか・・・・説明して・・・欲しいのです・・・・・」
しかし、続いたシュノの言葉は愚か者の正直さであり、シオヒトの嘲笑を呼ぶ。相手を過大評価し勘ぐりすぎた己に多少の腹立ちもあった。
「それは我々の仕事だろう。それが出来ぬのであれば、他の者にその任を譲るべきだな」
当然、八号機をおさえている自分は見当がつくので侮蔑の色を濃くするシオヒト。その内奥では、先ほど使徒がやってみせた・・・・・双方向ATフィールドの展開に驚きもし、その対応策を高速で思考してもいた。ああも器用な真似をしてくるとは・・・・もとより使命を果たすための、機能しかないボディを生成する使徒が・・・・使命を果たすために必要十分な機能と身体を持ち合わせている存在が・・・・なぜ、そんな、未完成な・・人間の使う、「技」のようなことをするのか・・・・今回の使徒は・・・いや、前回といい使徒の流れが変わってきているのか・・・。もちろん、このような視点があることすら教えてやらないシオヒトである。
が、
「あれは、ATフィールドの切り替えだよ。指揮者さん」
八号機に乗ったままドリィトグラァで待機している火織ナギサが回線開いて答えた。
「ナギサ」
無断の突出に咎めの声を出すシオヒト。
「まあ、いいじゃないか。退屈でしょうがないよ・・・・出番はまだのようだし」
火織ナギサも悪びれず。夜にだけ咲く妖花のように微笑む。言外に「早く八号機を使えるようにしないあなたも悪いよ」と告げているようでもある。
「・・・・・AT・・・フィールド・・・・の切り替え・・・・ギルチルドレンが得意とする・・・・双方向・・・ATフィールドでは・・・ないのですか・・」
ここで出撃させるでもなくフィフスにこんなことを問うシュノの意図がいまいちつかめないが、自分ではただこの使徒もやはりすごく強いみたい、というだけしか分からないので
大人しく聞きにまわる最上アオイ。それにしてもシオヒトの奴はむかつく。
もしかして・・・となんとなく察しがつくのは日向マコトであるが同じく黙って聞く態勢。
「そう、ATフィールドは防御のみならず、攻撃にも使える。渚カヲルがここでの初陣でやったようにね。単純に二枚のフィールドを展開させることじゃない。防御と攻撃、同時に行うのが双方向の双方向たるゆえんだね。セカンド以下は防御と攻撃、どちらか片方にしか使えないのが定説だったけど・・・・・・いや、こんなことはいいんだったね。それで、さっきのガラクタキメラが反転させた防御性のフィールドを攻撃性に切り替えてしまえば・・・あの勢いのラッシュ攻撃・・・それは巨大なミキサーに自分から突入するようなものだったろうね・・・所詮は人の乗らぬ無人機でATフィールドは操れない・・・」
「相手の力を・・・・・利用する・・・・・・・使徒にしては・・・・技あり・・・ですね・・・・こほっ」
火織ナギサの説明など、説明されてもいまいち実感わかないのだが、座目楽シュノにそう言われてみるとなんとなく分かる気がする。続いて自滅、と。いうわけだ。要するに。単純な見かけの割りには知恵がある・・・のか。納得しかける発令所スタッフ。ひとつ賢くなった。
「・・・それだけじゃない」
そこに、静かではあるが地獄の砂でもなめたような苦りに苦りきった声が介入する。
綾波レイである。騙されて引き戻されて今は零号機から降りて状況を見守っていた。
己の機体が再戦可能レベルで直らぬうちは、なにをほざかれようと口を挟まぬつもりでいたが。左足からくる激痛同調の揺り返しでしばし脱力状態にあったこともあるが。
参号機が出撃直前となれば話は別だ。当事者たる鈴原トウジは聞く権利がある。
「そのあとの、神速の風羽での斬撃・・・・・とても防いだりかわしたりできるものじゃない・・・」
それも見抜けず接近戦などうかつにやらかそうものなら、細切れになるのは参号機。視覚にブーストをかけていたが、刃物つき高速扇風機のごとく・・何斬したのか見切れなかった。零鳳、初凰がない今、自分と零号機でも接近戦は・・・どうせ左足が踏ん張れないからできないけれど・・・・・ごめんこうむりたい。
「・・・・・・」
横から口を挟まれたものの特に何も言わぬ火織ナギサ。実のところ、使徒フィールドの厚さと中和量の計算に気をとられてそこまで見てなかった。エヴァの装甲の強度数倍うんぬんは人型を実現するため犠牲にした分もあろうから確かにあのようなガッチャリした形のほうが強度を上げやすかろう。それをああも紙切れのように切り刻む威力・・・・まあ、ぞっとしないが。機動性重視で制式型よりも装甲が薄い参号機にはプレッシャーとなる光景であっただろう。ATフィールドを自在に操るどころか発動もあやういレベルならなお。
だが、自分なら勝てる。
使徒の能力を使える自分ならば・・・・・またゆるゆるとこちらに進軍を再開する風車使徒を見ながら出る距離を測っていた。ケージではなくあくまでこの空きドグマに控えていたのはカタパルトも必要なく独力で飛行して出撃できる八号機の自由度を優先してのこと。さすがにケージのある辺りを天井ぶちやぶっていくわけにもいかない。
あまり、我慢できないかも、しれない・・・・・・
夢見る予言者の笑みを浮かべて、火織ナギサは闇の底から地上を見上げる。
そこは巨神の戦場。自らの正統を証明してくれる神聖さで満ちているはず。
すでにまともに戦えぬ零号機や戦い方すら知らぬ参号機が出ていい場所ではない。
「ああ・・・・・・・・」
LCLの中での熱い吐息。さすがにこれは回線をカットしてあったので、見かけはいつもどおりに白い顔であるが内心沸騰寸前なもどかしさに相当カッカきている綾波レイに聞かれて日本刀で膾斬り殺されるようなことはなかった。
「こほ・・・・」
パイロット達のやり取りを聞きながらこっそりと咳き込むようにシュノが笑ったことに最上アオイだけが気付いた。ほほえましい意見交換などでは決してないと思うのだけど。
そこは意識の違いというもので、出来れば最上アオイくらいには理解してほしいが、そこまで要求しない座目楽シュノ。それまで含めての仕事である。
現状で自分という指揮代行者がやらねばらならないのは、この新体制に切り替わったネルフの「慣らし運転」である。組織の全体に血を巡らして適性温度に暖めていかねばならない、機械も人体もそれは同じでその中間にある人間集団もまた。潤滑油のまわっていないギシギシした環境ではスムーズに活動できない。まあ、こういうことは司令や副司令の仕事であるのだが、司令はあの通り蠅でありやる気がない。副司令は外圧に対抗するのに手一杯となれば。全体を馴染ませて揉み使いながら慣らしていく必要がある。
ここで誰かが突出して一勝をあげたとて、あまり意味がない。
他の使用されなかった機能や職域が麻痺してしまうだろう。自分がそういった考えを持つ。他の部長連がどうか知らない。自分がこの時点で指名された意義を果たそう意味を満たそう。
同時に、それに拘って一勝もできない、敗北する、というのはさらに意味がない。
この手の思考は口に出して説明した途端に雲散霧消して人を動かす熱を失う。
人間のコミュニケーションのとりあえずの限界で、それを突破できる日まで黙るほかない。
じりじりと全部署を慣らしつつちょこちょこと使い動かしつつ・・・いきなり首根っこひっ捕まえて働け!といったところで混乱するだけのこと。とはいえ、時間がないのは確かなのでこういう場合、最も触れにくいところを先に慣らしていく。つまり八号機とフィフスと零号機と綾波レイだ。互いに牽制しあって動けない、なんてのは最悪であるが。
そして、じりじりと全部署に血を巡らしつつ、作戦部長連がひとりとしてやらねばならないのは、エッカの復活を待つ、その時間を稼ぐこと。指揮する者がこんな調子でコロコロ変わって実働部隊に示しがつくはずもない。ただでさえ奇々怪々なシステムなのであるからこれ以上複雑化させては速度が落ちる。信頼も信用もされない。
戦闘組織としてそれは致命的欠陥となる。
自分にはエッカのような奇跡的戦果を挙げることはどう計算検算しても不可能。
となると、最も有能な者が仕切るべきであろう。ならば、慣らし運転くらいは済ませておこう。そのこと自体はこの組織に確実にプラスになるはずであるし。というか、あまりに現状がブチョブチョというかドロドロしすぎなのだが。配置された人材もそんなにまずくないはずなのに。
が、さすがにエヴァ参号機と、即席パイロット鈴原トウジにはあまり期待していない。
ここであえて出撃させる、というのもその一環。未熟な彼が出て行けばバックアップとしてイヤでも全体が連結して働かざるを得ない。おまけに、彼の機体には素晴らしい逃げ足がある。エントリープラグを射出させる退避手段もある・・・なんとか・・・時間だけ稼いでくれれば・・・
まさか、参号機が今回の使徒をぐっ倒してトドメをさす直前までいくなどと・・・・
エッカ・チャチャボールならぬ座目楽シュノには想像もつかなかった。思考の枠外。
そして、枠外のことがもう一丁起きる。完全に専門外のことであるからやむなしであるが。
「零号機ケージ内で異常事態・・・発生!!零号機左脚部の封・・印が突如破られて”牙むく傷痕”が露出!!作業中の整備員が襲われ重傷者多数!!・・・・零号機の左半身が突如、痙攣を起こして・・・近くで待機していたパイロットが・・・パイロットが・・・・・拳で・・・叩きつぶされた・・・・・・と」
悲鳴のようにして届くオペレータの報告。悲劇は唐突に。ゆるゆると熱を帯びだした発令所の空気が、凍りつく。