下は地獄、上は戦国
 
 
鈴原トウジの搭乗するエヴァ参号機が地上に立った。発進があとわずか遅ければ零号機の騒乱に巻き込まれていたかも知れないが、なんとかその前に。
 
 
およそ、最悪に近いコンディションで初陣の戦場に立つことになった鈴原トウジ。
 
肉体ダメージの残った身体も奇怪な酒でなんとか誤魔化し、頼りない新人を支えるべき本部スタッフも右往左往バラバラ気味ときてはどうしようもなさの二乗。鉄の結束と閃光の柔軟を兼ね備えたかつての特務機関ネルフ本部の姿はどこにもない。使徒に対しての鬼の関所天下の険であった頃の機能性はいずれに果てたか。いやいや、そんないいもんじゃなかったわよ、と葛城ミサトあたりはいうだろうが、必勝を期して鈴原トウジを送り出しているわけではないのは確かであった。
 
 
時間を稼げ、と言われてもどうしようもあるまい。
 
 
使徒が前進して参号機と対峙してしまえば、なすすべもなく切り刻まれるに決まっている。
 
 
さきほど勝手に出しゃばって勝手にやられた戦自のカニクモ型戦闘兵器は確かに装甲だけは厚く、それをああもやすやすと酢につけたカニの殻よりもしゃきしゃきんと斬り砕いてしまった風車使徒の風羽の鋭さを証明してみせた、敵の強さを浮き彫りにするためだけに登場したのかと御指摘されても反論の余地はなかった。組み討ちだのとにかく接近戦はダメ、という貴重な情報を体当たりで手に入れてくれた、という暖かい視点もあろうが現段階のネルフでは誰一人そこに立てる余裕人はいなかった。ほとんどが使徒の強さに怯えたじろくだけである。格が違う、とはまさにあれのこと。
 
 
参号機が同じ目にあう・・・・・・しかも、カニクモと違い、参号機にはパイロットが、十四才の少年、鈴原トウジが乗っているのである。それがあの斬撃にあえば。
痛いと思うヒマもなかろうが。ATフィールドもまともに展開できるのかどうか。
 
 
この虎模様の若武者は・・・・・・あまりに
 
 
彼を押し立てていかねばならない、その姿を直視せねばならない発令所スタッフは辛い。
辛すぎた。しかもリアルタイムの一方同時に零号機ケージでこの世のものとも思われぬ激烈にして神聖さなどカケラもない血腥い武装融合現象が展開しておりそっちも見届けねばならない。
 
 
(すまない・・・鈴原君)
日向マコトが参号機の中で初陣の興奮ゆえか顔を赤くしている鈴原トウジに胸の内で謝る。口に出せることではない。が、事実、彼に対して言えることはこれしかない。
どう考えても彼は貧乏くじをひいてしまった、とかいいようがない。なにか邪な怪物に魅入られてしまったかのように。・・・・他に手段がないわけでは、ないのだ。
それでも、彼が行く、行かねばならぬ状況現状は、彼の不運以外のなにものでもない。
 
 
参号機は素手の自然体。
 
 
せめてパレットガンでも持たせればいいのだが、基本的に格闘機体である参号機には射撃関係のプログラムが入っていない。赤木博士も再組み立てて手一杯であったのか、参号機を以前のままの格闘機体として甦らせたままで、素人が、いやさギルチルドレンのような制式の訓練を受けたパイロットでもキツい特殊な設定にしたままでこんな日を迎えてしまった。鈴原トウジ、そして、洞木ヒカリ、パイロット二人の入れ替えが可能、という点からすでに通常のエヴァの切り回し方とは考えを異にする必要があるのだろうが、それでも。
 
 
徒手空拳の参号機はあまりにも・・・・・・頼りなかった。
 
 
格闘戦最強の異名をとったのも既に過去。その乗り手が異なればエヴァも力を発揮できまい。この期に及んで今までで一番高いシンクロ率が、かえって哀しい・・・・
 
 
そんな彼にどんな指示をすればいいのか・・・・・・自分には見当がつかない。いくらなんでも無茶すぎる。碇シンジ・・・彼のようなミラクルを期待しようにも、鈴原トウジの素性は割れきっている。本部内のどこかにいる彼の祖父や父親はどんな心境でいるだろうか。パイロットになったことも知らぬという入院中の妹も虫の知らせを受けているだろうか。
葛城さん、あなたなら・・・・・・彼にどんな声をかけられるのでしょうか・・・・・
それとも、そもそも彼をこんな舞台に立たせたりはしないのでしょうか・・・・・・
 
 
現ネルフの発令所内ではモノの見えている部類に入る日向マコトであったが、それでも過去を知るが故に目が曇り、完全に目を開けきっているわけではなかった。
 
 
それが証拠に
 
 
鈴原トウジの口元が見えていない。
 
軽くひらいたそこから、リズムをもって打ち鳴らされる輝く小さな牙を。
 
 
 
「・・・・・・参号機パイロット、鈴原、トウジさん」
 
 
そんな鈴原トウジに下される座目楽シュノの初指令。
 
どのような指示をしようが、彼我の力の差の前には玉砕命令と大した違いはあるまいと発令所のほとんどの者は少年に同情し胸の内で合掌する。出来ればそのようなもの、聞きたくないがそうもいかない。大人は無力でままならない。オブラートに包まれた死命令。
 
 
「・・・あなたは、使徒の後方にまわりこんで・・・ください。ルートは転送された地図のとおり・・・こちらの誘導に従いつつ・・・・使徒の気を惹きながら・・・・・・攻撃も受けぬよう・・・・距離をとって・・・」
 
 
ふうっ・・・・・・・発令所に満ちるため息。美辞麗句を並べたて少年の悲壮決意を煽って特攻なんぞさせた日にはさすがに寝覚めが悪いが、そこまで無茶はさせぬわけかと。
なんか卵を守るために母鳥が獣相手にわざと弱ったふりをしながら気を惹いて巣穴から遠ざけるといった野生の戦術のようでもある。それもまた狡猾に戦い慣れていないと難しいことではあるが。参号機はもともとステルス装甲を備えた、そういったことの得意な機体であるが、そこまでオートでやってくれるかどうか・・・・答えてくれるべき赤木博士はまだつかまらない。
 
 
「襲われたらどうするんでっか」
 
 
分かったとも分からないとも言わず、その前に肝心なことをカラッと指摘する鈴原トウジ。
声には恐れも震えもない。ただ疑問に思ったから口にだした、そんな調子で。
相手がこれを聞かれたら困るだろうな、という底意地の悪い読みもなく。ただ。
 
 
敵を、使徒を倒せとなぜいわないのか。単純明快な不思議が声にある。
 
自分には倒せない、自分をおみそ扱いしているだろうアンタら、という湿ったイジケもなく、カニクモ型が粉々にやられているのは見ている、自分がああなるかもしれないという当然な予測に基づく恐怖を滲ませることもなく、ストライクがきたらバットを振るのかどうか聞くような・・・・・・・こちらがまともな指示を出すことを信用しきった声で。
 
 
「そうですね・・・・」
これがエヴァに乗るほどの神経の太さというものなのか、それともただ身の丈知らずの幻想に酔っているだけのことなのか、いまひとつ判別がつかない座目楽シュノ。
使徒の目的がまだ読めない。先制攻撃を放って交戦状態に否応なくはまったものの、あの使徒は実際にここを侵攻しようというのか・・・・もし、そうではないとしたら。
いまさら、相手が友好を求めて接近してくる異星人でした、というオチもつくまいが。
もっと別な狙いがあるのだとしたら・・・・・・手の内を全てさらすのが上策であるか、どうか
 
 
「”跳ね飛ばし”ますけど、ええですか」
 
 
鈴原トウジは言った。奇妙なほど確信の篭もった。
 
発令所にいる者のほとんどがこの言葉の意味が分からなかった。ただ少年が初陣に浮き立ち気負って吼えているだけとしか。実のところ、これほど地に足のついた発言も世になかったのだが、この時点では誰一人として分からなかった。
 
この、参号機パイロットの言葉の意味を。
 
 
「交戦は禁じませんが・・・・・距離をとることを忘れずに・・・・・」
 
 
座目楽シュノとしてはこういうしかない。鈴原トウジはこっちから攻めていいか、とは言っていないのだから。戦自のカニクモ敗残にショックを受けて彼が搭乗拒否とかにならぬことに感謝するところであろう。零号機とそれにまつわる事象と己の出番を計りつつ焦れきっているだろう八号機・・・投入のタイミングを見極める困難な仕事もある。
 
 
まさかここで参号機が健闘してくれるなどと・・・・予想も期待もしていなかった。
 
 
赤木博士が発令所にいないため、あえて誰もやらなかったのであるが、ここでマギに予想させてみた場合、かなりいい数字が出たはずである。
 
 
 
「エヴァ参号機、鈴原トウジ!いかせてもらいま!!うらー!!使徒さんこちらじゃー!!」
ナビゲートもおいてけぼりにするほどの勢いで参号機が駆け出す。その背を見送りそこに頼もしさを覚える者は皆無。黒子と道化、どちらにしても足りぬ未熟な者が役者がそろわぬので仕方なく幕から飛び出してきた、ような場違い感や終末感を覚える者がほとんど。
 
 
不安しかない新生参号機の初陣、鈴原トウジの正式お披露目、業界デビュー戦である。
華やかさなど微塵もない、ないないづくしのあしたもさだかでない駆け出しスタート。
 
 
が、
 
 
”蠅の穴から虎が出てきた”、などとネルフを敵視する者たちからさえもこのように称される快闘を演じることになることになるとは。
 
 

 
 
いくらなんでもそろそろ、その苦痛を肩代わりする者が現れてもよいだろう。
もしくは、その苦労を分かちともに歩む者が。
 
 
ウエディング業界の宣伝文句、ではない。これは、使徒殲滅業界の御題目であった。
数万回くらい唱え続けてようやく効果があらわれる真言かもしれないが。
 
 
前体制の頃には無茶なことをいう上司どもにさんざんコキ使われ、
体制が変わって少しは楽になるかと思いきや、さらなる労苦を背負うハメになった少女。
苦労に苦労に苦労を重ねてそこに苦痛に苦痛に苦痛の上書き。
この地が関西でなくとも「もう、ええかげんにせーよ」といいたくもなろうが沈黙無言。
零の福音を携えながら、日本一不幸かも知れない少女、綾波レイ。
 
 
そろそろ我慢に我慢を重ねた神経も限界に近く、折れる。
感情が無くなろうと神経にかかる精神負担そのものがチャラになっているわけではない。
かえって根深く魂を冒していたりする。細い肩にかけるにはあまりな重圧。
 
 
弱音も愚痴もなくこれを続けてきた少女は強い。強すぎた。
混沌の中に屹立する人の偶像になれるほどに。
 
 
皮肉なことに、もともと自分を偶像として崇め従っていた者たちを追い使うハメになって。
庇護せねばならぬはずの同族の者を使って危険にさらす。それは甘えであった。
赤い瞳の者は黙ってそれに従った。というか、あめ玉のようにして、呑み込んだ。
 
 
その結果、整備の者たちを救出しようと、荷物のようにして運び出せないほど重傷の者には止血しピラと鍵菜の能力で傷を塞いでから、という危険度の高い手段を選択した結果、貪欲なオロチと化した左足にターゲットにされまとめて痛快丸かじりにされるところをガードする工鉄と虎兵太と銀橋。攻撃はそらしたが、三人まとめてぶっとばされた。
 
エヴァのような巨人の足を叩きつけられてとりあえずガードはする綾波者の底力の凄まじさであるが、さすがに二度はない。・・・・誰しもそう思ったが、「・・・凸ぶふー凸・・・」綾波工鉄が立ち上がる。鉄の名を持たぬ何者にも滅ぼされることがないという不死身の肉体の持ち主、その沽券にかけて狂える巨人の左足に立ち向かったのかどうか。
ガッチリとガードの態勢をとって二撃目にそなえる。主に従う赤い瞳が不気味なほどに輝く。
 
 
もういいから、逃げて、というべきであった。綾波党の後継者としては。
 
 
が、それより速く頭蓋の内を滑り降りる毒のようなひとつの理解。
 
 
自分がさきほど、喰われておけばよかったのかもしれない。そうにちがいない。
そうなれば、満足するはずだったのだ。自分では、全てを守りきれない。
預かりきれない。彼等とは違う、奇跡を宿すわけでもないただの人の身では。
 
 
今までのこれは、やってきたことは、過ち、ムダな努力だったのではないか
 
 
透明なパズルを組み立てようとするような・・・・自分の目には見えていなかった。
 
 
代わりにイヤというほど見えるのは、これから起こる悲劇。自分が造った災難。
ただ生け贄をささげるようなものでなかったのか。自分を後回しにするため関係する者を次々と。それならばいっそ・・・・・・
 
 
今日という今日まで、心の杯は毒を注がれてきた。一滴としてこぼすことなく。
それが人の敵を倒し、人の群れを再生させる薬になると思えばこそ。
 
 
 
だが、それも終わる。
 
 
破壊されるときがやってきた。
 
 
それは、罪深い人の手のかたちをして。
神の使いどころか神の子そのものを刺し貫いて滅ぼした槍の名を握りしめ。
 
 
産声
 
 
人の目どころか超感覚にもひっかからないほど奥深いところで眠っていた生命の王の気配を引き連れて。なにかになりかけ、えらんでそれをやめた。産声。ざわざわざわ。身体の中の森がざわめく。なにかになりかけ、なにかをおもいだしてそれをやめた。産声。ざわざわざわ。魂の底の銀の薄野がなびく。産声。なにかになりかけ、えらばれずながされた。心の中の愚人と賢者が同時に何かを唱えた。なんにでもなれる。
 
ごおおおおおおおーーーーーーーーぱれ。
 
地震とは違う刹那の台風襲来一過といったような身体の奥底が揺り動かされる感覚が
 
 
 
きた、と思ったら
 
 
 
異変は起こっていた。
 
 
 
エヴァ零号機の左足に、ロンギヌスの槍が、”「くっついている」”。
 
 
 
たぶん、これほど驚いたことはなかったしこれからもないだろう。口をぱくぱくさせる綾波レイ。幸運なことに皆、この怪現象に気をとられてそこまで気付く者がいなかった。
 
実際に、酸素が脳にきていない感じである。「なんで?」としかいいようがない。
 
ムダな議論を止めて頭にハテナマークを浮かべて呆けたようにその光景を見上げているル氏の術師連中がやらかしたことではないだろう。それどころか、厳重に封印していたはずのロンギヌスの槍がまたしてもそれを破り、あまつさえ移動して零号機の足にくっついているのだ。これではもう再度の封印は不可能。その表情はいっそ恍惚としたものでさえあった。
 
猛威を振るっていた左足の牙面にロンギヌスの槍がくっついた、ということは、とりあえずその脅威は去った、ということで。海賊の船長の棒義足のようになってしまったその姿を整備の者たちも呆然とみあげている。「なんで・・・・・?」科学的技術的説明などつくはずもない。ケージの壁面にはなんの破壊跡もなく、あんな巨大物体が突如、空間転送でもされたかのように。なにか出来の悪い紙芝居でも見せられているかのような。
しかし、とりあえず左足が暴れて襲いかかってくることがなくなったのはよかった。
 
 
皆、なんとはなしに綾波レイのほうを見る。零号機の操縦者であり、ロンギヌスの槍にあれだけこだわっていた彼女のこと、この怪現象にもなんか適当な説明をしてくれるのではないかという淡い期待をこめて。
 
 
「ずいぶんと面白そうなことになってきたな・・・・・種明かしをお願いできますかね」
言ってそろそろと抱きかかえていた綾波レイをおろすクァビカ・バタロウテイル。
さすがにその態勢ではかっこうがつくまい。ル氏の衛士のくせにル氏の任務の失敗にこだわりは全くないようだ。
 
 
「・・・・・・・・」
とはいえ。
 
 
そんなこと言われても、というのが正直な綾波レイの感想であり。自分だって誰かにこの怪現象(奇跡、というにはフラッシュ度が足りなかった。基本であるもったいぶりもなくあっさりすぎて、おかげで有り難みになんか失せる。誰かを連想させてしかたがない)について説明してほしいくらいなのに。よくもまあ、封印を抜けてきたなあ、というくらいの感想しかない。一応、十四の女の子であるのだ。なんでもかんでも頼られても困る。
ただ、このくらいの芸当は軽くこなすであろう、ということは分かっている。
 
 
問題なのは。
 
今後、どうするか、である。人間、未来のことに目をむけねば・・・いやそんな余裕すらない。
 
 
情報開示義務などないが、このままスルーもできまい。今は使徒戦闘中でもある。
左足の暴襲が治まった今、やらねばならぬことは再出撃準備でありそれに向けて人員に動いてもらわねば。説明はあとあと・・・・・・
 
「・・・ん?」言いかけた綾波レイの目が開かれる。槍が、さっきよりも短くなっている気が・・・・いや、見間違いでは、ない。
 
 
少しづつ槍の柄の部分が・・・・・・短くなってきている。もしかして
 
 
「あれは・・・・・・・・・」
 
 
左足の牙切断面に「食べられている」とか・・・・・・・・・・・まさかそんなの
 
 
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ・・・・・・・・・・左足と槍との融合部分がそんな咀嚼のリズムで。それに伴い
 
 
「短くなっているぞ・・・・・・・槍が!!」すぐに衆目の一致するところとなった。よくもわるくも幻覚などではない。
 
 
「これは、あれだろうかね。ただ、食欲旺盛な顎につっかえ棒をしたようなもので一時、治まったけどつっかえ棒自体が喰われつつある、と。たいそうな食欲だな。ジョーズも顔負けだ。クライン空間にでもつながっているのか・・・・・とにかく、全部アレが喰われたら俺達もお役御免ってことになるのかね」
のんきに成り行きを見守る構えのクァビカ・バタロウテイル。槍がここにある以上、封印の間のヴォイシスがどうかなっている可能性もあるが、好奇心を優先する男であった。
確かに、見せ物としてこれほどデンジャラスなものもなかろう。木戸銭は世界の命運。
 
 
 
ロンギヌスの槍が食べられて”無くなる”。しかも自分の零号機に。
 
 
その恐ろしい予想にうちのめされてさすがに言葉が出ない綾波レイ。
 
 
「レイ様!」「あれをどうするんだ?さ、作業は続けていい、のか?・・」
虎兵太たち綾波者や整備の者たちが綾波レイのもとに寄ってくるが何も答えられない。
いい加減、肩の荷がおろせそうだ、というところでこの仕打ち。槍にも恨まれているのか。
 
 
もぐもぐもぐもぐもぐ・・・・・・・・・・捕食ペースはあがり、ますます短くなっていく槍。
 
 
じたじたじたじたじた・・・・・・・・尻の部分、つまり石突きの部分を震わせて槍は抵抗しているようであるが、どうも効果はなさそうで。
 
 
どうしようもなく、見守るほかないが・・・・・・このまま見ているだけで完食なんぞされた日には・・・・・
 
 
たぶん、あの槍は、おそろしく”苦手な分野”のことをやっている。そんな気がした。そうでなければあんな姿をさらすわけがない。あのまま表に出て使徒を嬲り殺したりする方がよほどお似合いなのだ。そっちの方がよほど得意であるくせに・・・・・・・・
 
そのまま零号機の体内を突き破ってしまうことも、たやすいだろう。むしろそちら向き。
 
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「ばか」
 
 
呟き吐き棄てる。感謝などするはずもない。こんなことして喜ぶいわれはない。断じて。
 
断じてあるものか。さきほどまで自分が封印されていたくせに、そこから抜け出してやることが「封印」などと・・・・・ばかだとしかいいようがない。盗人を遙かに追い越して先の地点で来るのを待ち構えている落語町人の若者なみに、ばかだ。けれど。
 
 
あとは、おまかせしました!
 
 
元気の良い声が閃いた。返事も待たず、とてとて、と行ってしまう足音を残して。
己のどこでそれらを受け取っていたのか・・・・なんとなく分かる気がした。今更の悟り。
 
 
「・・・・・・・・」
懸命にやればやるほど物事を悪い方向に転ばしてしまう・・・・・・そんな人間もこの世にはいるのだろうか・・・・・いやさ、この世かどうか、それすらもわからないけれど。
 
ただ、任された以上、やるしかない。なぜか、あの声を聞くと、力が湧いてくる。
力は鋭い叫びのかたちをとった。
 
 
「引いて!」
 
 
綾波者、整備の者のみならず、ル氏の術師も含めたそこにいた全ての者たちに命じた。
声のあまりの力強さに命令されるためにいる綾波者でさえ一瞬、ぎょっとした顔をして主の顔を見直して反応が遅れた。
 
 
「急いで!」令が続く。
 
それだけで弾かれたように動き出す人々。なんの能力も発動させてはいない。ただ気合い一発。それだけでル氏の術師たちも動き出した。何を勘違いしたのか綾波レイをアタフタワラワラと引っぱりに来たので工鉄と鍵菜がビビビとはり倒したりしたが。
 
 
当然、やるべきことは「槍」をそのまま喰われてしまわぬように、牽引することである。
 
断じて完食させてはならない。対応速度はやはり綾波者が先陣を。目ざとい銀橋とピラがワイヤーを探し虎兵太が身軽く運び鍵菜がロックし工鉄が殿となって綱引きの要領で引き始める。それに駆けつけた者たちがオーエスオーエスと引っ張る。工作機械を利用したり運搬用のリフトを持ち出してきたりする者もある。この、武装融合現象・アームドフュージョンフェノメノンな怪現象を人の手でフォローせねばならぬ、というのは、科学の砦の守人としても呪い術法の専門家の立場においてもちょっとやるせないものがあったが、やるしかない。もし槍が食い尽くされれば次またこちらのほうに襲いかかってこない保証はどこにもないのだから。
 
 
当然、この様子は発令所の者もリアルタイムで見ている。「なんということ・・・なんということだ!!!」蠅指令がヴンヴンうるさいが、気にとめる者はいない。上も下もどえらいことになっているのでその程度ではもはや神経はさわらなくなってきている。いい傾向か悪い傾向かは別として。
 
 

 
 
鈴原トウジと参号機は”予定戦場”に向けて駆けていった。
 
一応、コースは設定されているものの、「やるべきこと」が分かっているため、そんなものはあくまで参考にしかしない。走るのは速い。シンクロ率も高いので電力の消費も抑えられている。電源コードに繋がれて兵装ビルに備えられた兵器を次々と切り替えて華麗に戦う、なんてのは自分の乗る参号機には似合わない。こうしたひらけた何もない場所の方が向いている。周囲の避難は終わっており人がいないことだけを注意深く確認する。巻き添えを出すなどまっぴらごめんであった。なんのために戦うのか分かったものではない。
 
 
風車使徒は、意外というか、参号機が出撃してくると、それに注目するようにゆるゆるとした進行をやめて、出方を窺うように停止し、参号機が背後に大きく迂回するようなルートをとると、それに合わせてゆるゆると追うようにして移動してきた。
本陣から離すおびきよせ作戦としては成功であるが、使徒の目的は読めない。
 
 
参号機など無視してそのままネルフ本部にまっしぐらされた日には鈴原トウジの予定もまた変わってくるので「これは都合いいわ」追われる立場になろうともかえって喜んだ。
 
 
”街中では戦えない”。基本的に第三新東京市に配属されたエヴァはそれを想定されているのだとしても。「それだと”跳ね飛ばせんから”な」鈴原トウジはひとりごちるがLCLの中、それを聞く者はいない。病気がちらしいが顔も見せない指揮官には今ひとつ相談する気になれない。
 
 
そして、参号機で戦うに都合のいい”水田地帯”にまでやってきた時、鈴原トウジはその足を止めた。風車使徒がやってくるのを待ち構える。「おっとそのまえに満タンにしとかんとな」。アンビリカルケーブルに頼れない遠隔地戦闘ではバッテリー交換が重要となる。移動分で消費したものと満タンのものと入れ替える。指示されることなく見当がつくあたり、ここらへん、ぴかぴかの新人とはひと味違う。
 
 
「・・・・ここで交戦するつもりでは・・・・・・ないでしょうね」
 
 
いい具合に使徒の注意を引きつけているし時間稼ぎに走り回るつもりなのだろうと考えていた他の者と違い、座目楽シュノはその意図に気付いて釘を刺してきた。風車使徒には見た目通りに遠距離兵器はないらしく、参号機を遠くから攻撃することをしなかった。
しかも、移動速度を変えることもなく。追いかけっこだけなら参号機の圧勝であろう。
 
 
零号機の状況が流動的であり、八号機という予備選力がある以上、時間は欲しい。
鈴原トウジの体力の続く限り。受けたダメージの割りには信じられないスタミナであるがそれでも長時間は乗せられまい。
 
 
「ここでしかワイはよう戦えません。逃げ回っとってもいずれ飽きられまっせ、敵さんに」
 
 
何か熟練の操縦者が乗り移ったかのような落ち着きぶりであった。
 
「飽きられて後ろから抱きついて止めようとしても、ワイなんぞズバズバとナマスにされるのがオチですわ。・・・・・・ここしか、ないんです。特訓を生かせるンは」
 
 
「特訓・・・・・・?・・・ああ、あなたが・・・・・ここしばらく・・・本部を離れていたのは・・・」
座目楽シュノはそこまで知らなかったが、即座に最上アオイが耳打ち、というか事情を転送して教えた。どんな内容までかは分からなかったが。この時世に特訓といわれても。
というか、今回の使徒をあらかじめ想定してメニューを組んだのであろうか・・・・・?
それを指示した綾波レイの意見を聞きたいところであるが、それどころではないのは明白。
槍の長さもかなり持ち直してきたが、一進一退という状況である。
 
 
「まともに戦っても今のワイにはとても相手になりまへん。・・・・・弱点をつくしか」
 
スポーツの試合でないのだからこんな場合、恥でもなんでもないのだが少年の声はそこだけわずかに小さくなった。特訓という景気よさに彩られた無謀でも蛮勇でもない。
 
 
しかし、”弱点”とは。あの使徒の。・・・・・・それを、この子は自分の目で見つけたというのか。まさか使徒はコアが弱点です、まる、なんてことじゃないだろうな・・・・まる。座目楽シュノは考える。ここ、で、と彼は言う。こんな遮蔽物などない電力もない代わりの武装もないないないづくしの水田地帯でなにをするのか・・・・・・
 
 
「・・・この場所でなら・・・使徒のコアを・・・・攻撃、できるというのですか・・」
 
 
分からない。というかこの期に及んで当然の如く徒手空拳で何も武器をもたない参号機がやれることといえば接近戦であろうし、よほど強力なATフィールドを展開しようとあの風羽で言ったとおりのナマスにされそうなものであるが
 
 
「コア・・・あの赤玉のことですな。それは攻撃できまへん、あんなもんに真っ向から手え出したら即座に切り刻まれますがな。そら、ちょっと無茶です」
 
鈴原トウジはそう答えた。真面目な声で、理解の及ばぬ大人を小馬鹿にする響きはない。
ただ見ているものが違うのだと、彼岸と我岸を知っている者の声。
できることをやる者のすっぱりとさっぱりとした声。謎かけしている気は当人にはなく、むしろ、己の答えを素直に記そうとする者がもつ明るさがある。
 
 
「では・・・・・」
 
 
彼が言ったあの言葉「跳ね飛ばす」の真意とは。まさか。座目楽シュノは前参号機パイロット、黒羅羅明暗が使用して業界で暗躍していた頃のデータをも集めて読み込んではいた。
巨大な人型戦車であろうとする弐号、後弐号といった制式型のエヴァとは全く異なる運用思想。ずいぶんと特殊なそれをいくら機体に認められたとはいえズブの素人が体現できるとは・・・・・・いや、だからこそ、彼は、認められたのか。其は異端の中の異端。
 
 
攻撃可能なポイントはひとつしかない。あの風車使徒はつくりが単純なだけに、狙うべき隙がない。非常に狙いにくいところに位置している「そこ」をのぞけば迎撃自在、ムダな贅肉がない鍛え抜かれたボクサーのように、がっぷり四つに組もうなどと考えた日には。
 
 
文字通りに「人生がかかっている」試験問題だとしたら、今の状況はこんな感じになる。
 
 
{問題}あなたはだんだんと近づいてくる使徒を待ち構えている。予め装備されているプログナイフをのぞいて遠隔近接ともに武装はなく戦闘領域周辺にも用意はされていない。
使徒には現時点で、遠距離砲撃を減衰なく発射点に反射する能力とエヴァの五倍の強さを誇る装甲を抵抗無く一瞬で切り裂く能力がある。遠距離攻撃は不可能であり、接近戦に持ち込まれても敗北となる条件下で、使徒に有効なダメージを与えうる攻撃ポイントと攻撃に入る角度を指し示しなさい。=配点 100
 
 
{図}
                           
参                  風
号               風風 核風風
機                  車
虎                  棒

{読者への果たし状}ここで唐突ではありますが、読者さんへの果たし状コーナーを設けさせていただきます。推理小説でよくある「私は読者に挑戦する!」読者への挑戦状でないのは、全然フェアでないからです。手がかりも伏線もあまりありません。分かったら「分かった俺ってエスパー!?すげえ!!」みたいに誇ってもらってもいいと思います。知り合いにそれをやってどういう目でみられても責任はとりませんが・・・。エスパーを探すのが目的ではないので、お気軽に挑戦してみてください。え?正解した賞品ですか?
いやー、石龍はこの手の謎かけに負けたためしがないので考えてません。わははは!

 
 
 
というわけで、皆さん、よろしゅうござんすか?・・・よろしゅうござんすね?
考えた答えを脳にピカラッと秘めつつお先にどうぞ、{解答編}のはじまりはじまり。
 
 
 
鈴原トウジは目をつぶり、精神を集中した。ここまで自分でもふしぎなほどに空落ち着いてこれたが、それはあの奇妙な酒のせいであることもなんとなく察しがついていた。ただ傷の痛みを抑えるだけではなく、参号機に乗ったとたん感じた深い懐かしさ、愛しさ、それから大船にのったような安心感。その場のしきたりに詳しい者に「こいつも馴染みです」と紹介される、いわば、よろしく感とでもいうか・・・初めに参号機に目をつけられたのは碇シンジや渚カヲルの残り香のせいであったというが、それならばこれはかつて参号機を駆っていた者の匂い・・・自分の、摂取した酒の中にそれがあったのだろう・・・・参号機も頑固なのか騙されやすいのか・・・・まあ、それはええとして。
 
 
ここから先は。借り物ではどうにもならぬ。たとえ猫の手程度の代物であろうと、己がもっているものを使わねば。
 
 
一滴、ひとしずく
 
 
その程度。しかし、鈴原トウジはそれを静かに、深くイメージする。滝のように激しく流れるものではなく、地から湧き、そしてまた地に消えていく一粒をイメージする。
月夜に霜がおりるがごとく。自分でも気付かぬうちに、引き金を引け。
 
 
巨人を動かす異能など、己にはひとしずく。それくらいにしかない。卑下無くそれを知る。
 
 
露とおち露ときえにし我が身かな ヒカリのことはゆめのまたゆめ
 
 
ナニワの太閤はんもそう言ってはる。後半はちっと変えさせてもろうたけど、や。
吼えることもなく力むこともなく、静かに、静かに、明鏡止水のこころもて、しずくが地に染みこみ、土中を潜り流れ、そして、天にひとりしずかに、のぼることを
ゆめみるように・・・その顔は敬虔な修道士のようでもあった・・・・・・
 
 
ふわっ
 
 
使徒が、浮いた。予め、攻撃の方向が分かっていた者だけが気付く、ほんのわずかだが。
 
 
ピシッ
 
 
風車使徒の中央に位置するコアにヒビがはいった。
 
 
「!!?」
 
ヒビ一本でそれ以上ダメージが拡大することはなかったが、使徒の移動が止まった。止まらざるを得なかったのは、自然体で手をぶらんと下げたまま、未だ攻撃の届かぬ距離に立っている、虎マダラのエヴァ参号機に使徒も戦慄したためか。
 
 
「ひいいいいーーーーー!、ブツブツできたー鳥肌たったよー」
子供のようなことをいって騒いでいるのが大井サツキ。露西亜系美女ではあるが、南米の極彩奇跡に首もとまで漬かっていただけに東洋の新鮮神秘に感極まったのであろう。「ナニアレ?ナニアレ?もしかして、真空斬りってやつ?ヨージンボー?ミフネ?ワタナベ?」「え?え?え?」「いや、見えなかった・・・・なにしたの・・・攻撃、したの?彼」
阿賀野カエデも最上アオイも返答の言葉をもたない。ただ分かるのは100%使徒が握っていた主導権が半分くらい、すうっと参号機に移ったくらいのことで、事実、
 
 
ゆらり
 
 
エヴァ参号機は移動した。その動きは好機をがっついたりせぬ死期を悟って華咲く渋く怪しい必殺の拳法使いのそれであり、大井サツキをますます興奮させる。
 
 
それに合わせるように、使徒も、ふらり、と位置を変える。口がきければ「やるな、お主・・・」程度のことは言っただろうか。
 
 
「跳ね上がりは・・・・せんか。けど、やれるもんやな・・・・・」
鈴原トウジがニヤリと男笑いした。
 
 
エヴァ参号機、鈴原トウジが使徒にやったのは、つまり、下図のとおりである。
 
 
{解答図}
 
                           
参                  風
号                風風核風風
機                  車
虎                  棒

          足蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴↑
 
 
 
つまり、土中に潜る蹴りを放ったわけである。当然、その速度はモグラや地下鉄など問題にもならぬ限定地震波といった方がよい。ここで「鈴原地下鉄キック!!」などと先にネタを割ってしまうほど甘納豆ではなかった。当然、力づくでこんなことをやれば使徒はすぐ気付く。威力を一点に絞り込んで棒部分からコアを貫くのが目的であるから、ちょいと移動されてしまえばそれでお終いでかなりサムい技ではあった。
 
 
参号機の手足はその気になれば”伸びる”。知っている者は知っているし、知らない者は知らない。そんなのズルだといわばいえ。伸びる手足を生かした戦闘法が黒羅羅明暗の創始した拳法ならぬ黒腕法なのであるが、代替わりしようとも、参号機にはいまもそれが生き残っている。
 
 
「だからこその参号機、なのですよ」
同時刻、旧第二支部の未整地エリアにある古墳めいた土のドームの前に立ついくつのも偽名をもつ男が誇らしげに呟く。「忘れないでください・・・フフフフ」そして、全ての手を打ち終えた軍師のような得意げな笑みを浮かべた。
 
 
それでいて、水田にほとんど跡を残さず泥もつけずに足を引き抜く・・・・・それがエヴァ参号機ならではの「技」、技、というものの本質であった。しばし、それは後追いの理屈をあざ笑うことすらやってのける。溺れるほどの血と汗に沈みながら積み重ねてきた研鑽のみが成す、才に憧れ努力に唾する者が決して辿り着けない領域。それはもう一般人にはSFめいた超能力とえらく違わない。それでも、一瞬だけ、水滴一つ分だけ、鈴原トウジは参号機から奥深い力を引き出すことができる。できると信じて、そして、やれた。
 
 
 
鈴原トウジの究極的目論見としては、その潜り蹴りで使徒を浮かせて
 
 
                  
そのスキに下に入り込み掴み持ち挙げて、そこらの山の斜面にでも叩きつけてコアを叩き割ってケリをつけてやるつもりであった。もし、これが乗っているのが黒羅羅・明暗であったならその方法でカタがついていただろう。そんな神速の機動とATフィールドの中和に鈴原トウジの身体がついてこれないだけの話で。装甲が多少薄かろうと、参号機に秘められたポテンシャルはそれを可能にする。もし、鈴原トウジが「オレは滝と同一して滝を切るぜ!」などと調子にのる熱血身の程知らずであれば、まさに機体に踊らされて肉体と神経をズタズタにやられる代償に使徒撃退、ということになっていたはず。
再組み立てでまだパーツが馴染みきっていないこともある。
 
 
さらに、まずいのがダメージの軽さである。先代の乗り手と比べるのは可哀想すぎるが、パワーも鋭さも使徒を仕留める、必殺の一撃にはなりえない。コアを何個を持っていた使徒を一瞬で消滅させてしまう初号機のパワーなどいうにおよばず。蹴りではあるが、ジャブがうまく当たった、くらいであろうか。まだまだ戦闘は予断を許さない、どころか、判定勝ちなどありえない世界で、圧倒的不利は続いている。風車の切断領域に追いつかれれば負ける。バッテリーが尽きてしまえばそれで終わる。零号機と槍の騒動はまだ収まっていない。手遅れになる前に八号機を投入するか・・・・・・だが、参号機の背中には「断じて手出し無用」と書いてある。鈴原トウジの戦いぶりがそう告げている。
 
 
一撃で倒せないことはもう分かっている。セコセコとではあるが、潜蹴りでコアに衝撃を与え続けていく参号機。
 
使徒にしてみれば弱点にモロに響いてくる攻撃であり、少しづつわずかづつではあるが命を削られてたまるわけがない、ヴン・・・ブレード風車をあたりの大気を切り裂く勢いで回転しはじめると参号機をグズグズのジュースにしてやる勢いで襲いかかってくる。
 
ヒット・アンド・ウェイ。
 
ATフィールドの押し相撲、などという同じ土俵にも並べていない、病魔と外科医のような、力だけを比べればそれくらい悪夢のようなおそろしい差があった。
 
 
そして、鈴原トウジが自分の意思で使えるスキルは、まだ、あまりにも少ない。
 
 
勝てるわけがない。が、鈴原トウジの参号機は避けるが逃げることなく、戦い続ける。
それを見守る発令所、ネルフ本部の空気が、変わり始めている・・・・・
その場に肉体はいないわけではあるが、座目楽シュノはそれを敏感に感じ取っている。
直接的な体感デバイスとしては最上アオイがいるわけだが、彼女の声が変わってきている。
 
 
なんとかして、彼に、鈴原トウジに、エヴァ参号機に勝たせてやりたい、使徒に、勝ってもらいたい。ここまで来たらもうなにがなんでもなにがあろうが、彼は勝つべき彼が勝つべきだと。他に綺麗な選択肢があったとしても。
 
 
どこか迷い冷めた目でモニターを見ていた発令所の空気が再沸騰しはじめる。
 
彼でいいし、彼等でいいのだと。彼ら彼女らに任せても大丈夫なのだと。
 
そこにもう遠慮は無用なのだと。やるしかないし、やらせるしかない。
もう選択の時間は終わった。子供でさえ選択を終えたのなら。自分たちは。
 
 
ここにきて、ようやく皆が選択を終えて覚悟を決め始めた、という感触が、届いた。
 
エヴァをもって使徒に勝つ。分かっているようで分かっていない、この一つの認識がようやく組織の中で血巡りはじめた。エヴァというものには、それだけの威力がある。
使徒の恐ろしさは身に染みたが、これでエヴァの頼もしさも分かった。
 
己らの命運を託すに足る、と。福音を信じることに、決めた。これが自分たちの当たり前なのだと。信じることも職能のひとつ。おそらく。もう、彼を信じろ彼女を信じると言ってくれるあの女はいないけれど。新しいバージョンの共通認識が立ち上がる音を確かに聞きながら日向マコトも拳を握りしめている。眼鏡にはうっすらと光。
 
 
「では、鈴原トウジ君・・・・・・・・彼に、勝ってもらいましょうか・・・・皆さん」
座目楽シュノの声に頷かぬ発令所スタッフはいなかった。そこから全力怒濤のバックアップ態勢が発動しはじめる。新体制スタッフもけして無能ではない、一時のビビリがすぎれば特務機関ネルフに、使徒と一戦やり合うにふさわしい実力を発揮しはじめる。今こそ。
 
 
再組み立てされて素人新人が乗り込んだ、底の空いた器のようで、いろんな面で挑戦的すぎた参号機。誰が悪いかといえば、まー、・波・イではあろうが、それも多分忘れ去られる。
 
 
それほどの闘志、それほどの雄姿。弱いのに強い!あきらかに大したことないのにビッグ!!矛盾しているがそれを納得させるほどにその姿は人々のハートを熱く震わせた。
 
 
その雄姿を残念ながら一時の師匠であった洞木コダマは見ていない。彼女もまた戦闘中。
鈴原トウジの妹が入院している病院のシェルターにて、火事場泥棒ならぬ戦場誘拐を狙っていたどこぞの怪しい組織の手の者をハードボイルドにぶちのめしていた。もちろん、避難者たちには知られぬ陽の目をみることのない暗部、人との戦闘であった。
「やれやれ・・・・人間ってのは」と、ぼやきながらも技がなぜか怖いほどに冴えている。
 
 
 
鈴原トウジは戦い続けた。電力が尽きれば走ってバッテリーを取り替えつつ。
 
 
真っ白に燃え尽きるヒマもなく。チマチマとダメージを与えつつ風刃根を避けつつ。
どこか、バントしかしない野球の試合を見ているようでもあった。
だが、機能中枢たるコアにきているだけに、使徒のダメージもだんだんと蓄積すれば深刻なものとなる。だんだんと動きが鈍くなってきている。
なんとも泥臭い戦いであった。かっこわるいかと問われればかっこわるい、としかいいようがない。蠅の穴から虎の子出てきてモグラが叩き、そんな囃し歌ができそうであった。
 
 
だが、もはや、そこから目をそらす人間はいなかった。さきほどの試験問題が阿賀野カエデにヒントもらっても解けなかった我富市由ナンゴクあたりでも文句がつけられない。
座目楽シュノが参号機を利用して本部人員をまとめようとしている様子を観察するシオヒトも黙っている。
 
 
「敢闘ではあるが・・・・そろそろ退かせるべきであろう」シロパトキンが重々しく口を出してきた。土中からのチマチマとした攻撃はどこか郷愁を誘ったが、それだけに戦い抜かせてやりたかった。人間が戦闘の緊張にどの程度耐えられるか、知り抜いてもいる。
発令所の熱した空気にまさに冷や水をかけるがごときの異であるが、微塵の懼れもない。
 
 
「・・・たいしたものです・・・・・・」
「何だと?」
当然、指揮権を握っている以上、素直にそのようなことはきくまいが、ここで退く必要性を2,3説くことになるかと思っていたシロパトキンは相手の意外な返答に虚をつかれた。
が、すぐにその意味が分かった。それはタイミング的にずれて、自分に向けられたものではなかった。
 
 
くるり。
 
 
参号機が使徒に背を向けて足を止めていた。追われる身のふいの攻撃に不審を感じたのか、使徒もここぞの追撃はせず、その場に静止した。
 
 
「彼、分かっているようです・・・・・・勝負の・・・・タイミングが。逃げるか・・・・勝負をかけるか・・・・・・彼は、勝負することを・・・選びました・・・・・もう、退かせられません・・・・」
このことを指して言ったのだろう。しかし指揮官たるものが兵士に感心してどうする。
 
「戦機が、あんな小僧に読めるものか・・・・・・だが、確かに。退けぬか、あれは」
ピン、と作戦家以外には不可視の糸がエヴァと敵との間に張りつめている。
こうなれば、退いた方が負けとなる。
 
「・・・指図したか?」
決め手がない以上、攻め続けても敵の機能が停止するよりも小僧の身体が先に停止するであろう。当人が一番良く分かっているはずのことであり、それを把握しておらぬほどこの小娘が愚かとも思えず、そうなれば。だが、あの状態で切り込める勝負手などあるのか。
 
「いえ・・・何も。でも、ただのフェイントにも・・・・・思えませんが・・・」
敵に背を向けてなお決められる手だか足だかがあるのならば・・・・・おそらく、このヒット・アンド・ウェイの中で使用していたはず。鈴原トウジも必死の形相で説明する余裕などなさそうであるし、事実、ない。「そろそろくたばらんかい!!」使徒がまだ倒れないことに、そのしぶとさに辟易して正直、泣きをいれたいところであった。出来ることなら「まだ来んのかい!!早よ来いや綾波!!」大声で綾波レイを呼びたいところであった。すでに酒の効果も切れた。男であることはけっこう大変なことである。
 
 
このままでは、アカン・・・・・・!こっちの弱さを差し引いてもなんかケタを間違えとんじゃないかと思うくらいの敵のしぶとさ。身体のあちこちもギシギシきしみ始めている。
 
 
うっ、九回裏で逆転満塁サヨナラホームランかまされそうな予感もヒシヒシと。
プロ野球のピッチャーの偉さが分かったような気もする鈴原トウジ。負けて失うものが遙かに違うが。
 
 
どうにかせんと・・・・・・・・・自分の言い出した場所で戦っている以上、人には頼れない。頼ってからとて空飛んできて代わりに乗って戦ってくれるわけでもない。
 
 
どうすれば・・・・・・ええ・・・・?考えろ考えろ考えろ、考えろ・・・・・・
ワイの乗っとるこのエヴァンゲリオン参号機、これに乗っとる以上。
 
 
 
”ワイの考えつく程度のこと”は「全て、実現」する!!!
 
 
 
人を選びくさったりしてこにくらしいロボットやけど、それだけに、任せられる!
だから、考えるンや。少々、無茶でもええ、こいつの秘めとるスケールなら!
 
 
ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ちーん!木魚と鐘の音はなぜか和風の閃きを思い起こさせる。
 
 
そして、鈴原トウジはもう一回、答えを出した。ごたくをぬかさずに途端に応えるのが参号機のいいところ。使徒に対して背を向けて、なにもないはずのそこにゆるゆると手をのばす・・・それから・・・おもむろに・・・
 
 
コアを破砕する伸長後ろ蹴りの一撃
 
 
使徒はなぜかよけもせず羽根で切り捨てもせずに、むざむざと中央コアにパワーはあるが大味なその一撃を喰らってしまった。
 
 
まるで、時が止まった、いやさ「相手を見る感覚が鈍ってしまった」かのように。