ちょいとのぞくだけで、素通りするつもりだったんですがまさか、こんなことになるたあ・・・・・・
 
 
参号機ののびーる後ろ蹴りでコアをやられながら風車使徒は意外な人間の奮闘に感心していた。続くのは反省。このダメージとこの地に発動しつつある「力」の総量を比較するにどうも単体でこれ以上の活動は不可能そうだった。・・・・・なかなか、やるものだねえ・・・・それにしても、現時点からほんの少し遡るだけで明らかなこの力の階梯の違いはなんなのだろうか・・・・・まるで別物。そして、この地域から感じる明らかに<同族>の気配。このヤシチエルの感知を誤魔化せると思えず、さながら、たった今し方その力が生まれ出た、といったような・・・また群体でもあるような・・・なんとも興味深い・・・が、戦力分析と解明はあとまわしにしよう。
 
 
肝心の<お役目>も果たさねばならぬし・・・・・<あの方>に嗅ぎ取られぬように風の裏を潜んで歩いてきたものの・・・・”御同輩”を呼ばねばなるまいよ、これは・・・
あとでブーブーいわれるかもしれないが、ここで果ててしまうわけにもいかない。
 
 
助太刀・・・・・
 
 
ちりん
 
 
願奉る・・・・・
 
 
風の裏の道に確かに届く風車使徒の鈴の音は、いわゆる救難信号であり仲間を呼ぶ遠吠えのようなものであった。それに応じる速度はまさに神速。
 
 
 
「よっしゃ!!」
洞木コダマ直伝(というほどのものではなく見て覚えたのを参号機がうまくアレンジしてくれたのだが)のこちらを凝視する相手を凝固させるフェイントというか幻術というか、停滞連鎖式からの後ろのびーる蹴りが見事に決まった手応えならぬ足応えにガッツポーズの鈴原トウジだったが、その喜びも一瞬。ギリギリ薄氷渡った上での勝利をその手に握り込んだ、と夢見た直後
 
 
 
 
カクカクととにかくなんか角張ったフォルムの使徒
 
 
それよりは多少丸みを帯びているが、スケルトンになっている使徒
 
 
肩口から桜に似た巨木を二本生やしてそれを吹雪かせずいぶん偉そう目線で立っている使徒
 
 
新たに出現した使徒三体に自分が停滞する。「・・・・・・・・・・・なんやて?」
参号機が取り囲まれていた。なんの警告もなしに。いきなり現れた。行きも戻るもかなわぬ位置で。ちなみに名前は角張っているのがカクエル、スケルトンなのがスケエル、巨大桜を生やしているのがトオヤマノキンエル・・・・と、冬月コウゾウ副司令がこの場にいれば即座に命名したであろうちょっと外した感じのラインナップである。
 
 
だがこれで四対一。
 
 
鈴原トウジにつきつけられた最後通牒どころか死亡通知であるこれは。
少々の小細工だの策ではどうにもならぬ戦力差。カクエルとスケエルは見かけどおりの質実剛健さでヤシチエルの求める<あの方>の護衛脇士を務めるほどの実力者であり、それらを連れずふらふらと漫遊放浪し、なかなか帰還しない<あの方>を連れ戻すためだけに行動するはずが、探索役の風車のヤシチエルがこうなっては仕方なし、と参戦してきた。
戦えば、<あの方>にこちらの位置が知られるであろうが、それもやむなし。
 
 
ちょっと上から目線の桜吹雪使徒の事情はまた異なるが、これもまた強い。自分で探索方も務められる万能型であるが「どのくらい強いか?・・・・そうだな・・・サキエル五百万体分くらいだろうな。少なく見積もって。がははは!」などとほざく無神経さが玉に瑕。
アダナは使徒奉行。
 
 
「う・・・・うぐ・・・・・・」
限界突破後の敵の増援。いくらなんでもこんな手段に出られた日にはどうしようもない。
ATフィールドも展開されていないのに、強烈に感じる重圧に鈴原トウジが呻いたりするのはもちろん相手の強さを際だたせるための演出などではなく、ほんとに強いのである。
 
 
重戦車の進撃コースに虎のぬいぐるみが立っているようなものでこれはもう踏みつぶされるしかない。
 
 
ぐぷっ、と。
 
 
そのはずなのだが、鈴原トウジはなんとか最後まで生き抜くことに成功する。
 
 
なぜか?
 
 
綾波レイの零号機はまだ、リスタートできていない。なんとか槍が左脚牙面の再封印に成功、自らの形態を二次元パッチのようにして面に貼り付き零号機とほぼ”同化”という、とんでもないというか「・・・・”合体”ならお約束なんだけどなー・・・」とその場の皆にため息つかせた結果を遂げて「・・・・・・・・」蠅指令を絶句沈黙せしめた。もしかしたら心臓が止まったかも知れないがル氏も含めて誰も心配していない。そんなことよりも「左足を!」綾波レイの端的省略しすぎの命令がケージ内に響き渡り、一歩間違えば八号機の筺に溶けてしまっていた零号機の左足が久々にくっつけられることになった。それに関しても誰も心配していない、槍(すでに槍とも手ともいえぬただのパッチではあるが)を接ぎに左足がつながるかどうか・・・・・・神経接続その他問題が山ほどありそうだがのんきに議論しているヒマはなく、綾波レイ本人がそれを望み命じたのだから。
そこからの作業の迅速ぶりは今までが半分寝てたかと思うほど。
 
 
つながらない、はずはない。
 
 
実際、ぴたり、とタコの吸盤もびっくりなくらいに、生物的にくっついた。そこからすぐさまシステムの再立ち上げ。ここで時間を食えば意味がないのだがそれも見事にクリア、赤木博士の指示もなく、やはり本部勤務は伊達ではない。そして、これが肝心のシンクロ値。起動数値までいかなかった日には・・・・・左足を接ぐ<元槍>・・・露骨な異物に零号機が拒絶する可能性は高い、高すぎるほどに高い・・・・・・だが、その点をクリアしなければ瀕死の狸、使徒戦にはなんの意味もないお人形である。作業に関わる者、身分的には部外者の綾波者たち、それらが祈るような目で零号機内の綾波レイを見守る・・・・・・・「これでしくじれば、・・・・・・ただでさえ参号機が・・・・・!」
 
 
そういう具合なので、心中、急きに急いてはいたが、参号機を助けにいけなかった。
 
 
参号機、鈴原トウジの絶対的ピンチを救うべく同じく急ぎに急いでいたのは、旧第二支部のスタッフたちであった。この日のため、予定ではもう少しあとになるはずの参号機の初陣用に急ピッチで開発していた参号機用の「特殊生体装甲」・・・魂の恩人である彼らが傷つくのはなんとしても避けたい科学者たちが自分の研究そっちのけで集団開発していたのがこれである。見た目は超巨大なコンブかワカメであり、主となるべき参号機に向けて親和性があり簡単なコマンドで自走して機体に自分で巻き付いていく。少々のダメージを喰らおうと寝ころべばそこらの土や空気を使ってすぐに再生する便利包帯である。
それらが七枚。けっこうな速度で地を這う姿は、知らねばどう見ても敵であるが。
 
開発ネームは「バルタン包帯」。紋様が蝉のはねっぽいのが理由らしい。
 
が、いかんせん、スタッフが一致団結して仕事も速い旧第二支部の製造能力をもってしてもこの急展開に間に合わせるには出発が遅すぎた。せっかくの新装甲が到着する前に鈴原トウジの搭乗する参号機は燃えないゴミになっているであろう。
「なんてこったい!!!」旧第二支部ナンバー2のミラクルハグのオカンことメモリーア山田が「あの子はまたあれだけやってくれたのに、あたしたちゃまた、なにもしてあげられないのかい!!超ガッデム!!」大迫力で嘆くが。
 
 
 
間に合わない。
 
 
カクエルがすっと攻撃態勢にはいった。見事な構えでスキがない。角張っているが。
 
 
派手好きの桜吹雪使徒にやらせると時間をかけてねちねちと嬲ることになろうから、ヤシチエルをここまで追いつめた人間の勇者に敬意を表して一撃でカタをつけるつもりであった。
 
 
「く、くそたれ・・・・・・・」
ここで逃げても恥ではないが、そのスキすらない。苦しげに呻くほかない鈴原トウジ。
 
文字通りのケリをつけるつもりの蹴りであったから、参号機自体のバッテリーもほとんど尽き果てている。近場の交換バッテリーを取りにいける状況ではない。それに攻撃態勢に入っているこのカクカクした奴は風車とは違う重装甲タイプで何百回叩こうとこちらの攻撃が効きそうにない・・・つまり、勝算がない。敵の鎧を透過して衝撃をぶちこむ術は参号機に宿ってはいるが、操縦者がそれを使えないとなれば参号機もそれを発動させない。
どうしても参号機の攻撃は、軽い。それを補う技と速さと鋭さがなければ敵を仕留める領域にまでいかぬことが多い。もしくは、敵の防御の弱みを見抜く目か。それら全てを鈴原トウジに求めることは酷であろうが、それがなければ現状の参号機はやられるほかない。
 
 
未熟を補ってあまりある、かすりでもすれば命あぶない”いてまえ豪打撃”兵器・・・・・鈴原トウジの虎参号機にはそれが必要だった。力押しではどうにもならぬ相手もいれば、力押ししか通用しない相手もいる。相方の洞木ヒカリの盾役として、彼はどちらでもいけるようになっておかねばならない。だが、それも・・・・・・
 
 
 
無駄になる
 
 
 
「・・・ナギサ、分かっているだろうな」
「・・・ああ、分かっているよ。さすがに八号機でもあの三体には、死にかけの風車と潰された参号機をゲヘナに吸収しても・・・・・・勝てそうにない、ね」
「委員会と独逸には話をつけた。今後の中枢権能はそちらに移動することになるだろう・・・・適当な頃合いを見て撤退しろ。情報の操作はこちらで行う」
 
シオヒトと八号機の火織ナギサが逃げる算段をしており、八号機もこの危地に飛翔することはなく。
 
「不要なことは考えるな・・・・まだ連中は隠し持っているはずだからな。”選定された召A”を。それを曝させて冬月コウゾウを副司令の座から追い落とす・・・・・もしくはそれを手に入れる。そこまでいけばプランも上出来だが・・・・」
「・・・暴くのが好きだね、あなたは。横から奪うとか・・・」
「発掘といった方が表現として正しいがな・・・そして、適正に管理する。仕事だ」
「仕事・・・・か。・・・・・彼の骨くらいは、拾えるかな・・・・・・ねえ、サギナ、カナギ・・・・」
 
うつろの闇の底から、堕天の翼がはばたくことはなく。
 
 
 
間に合わない。
 
 
 
「そろそろね・・・・・」
防寒着を脱ぎながら腕時計を見て、白衣の女性が呟いた。スタッフが血眼で探していた赤木リツコ博士であった。頭をふると氷欠片がキラと散った。少し急ぎ足で出てきたのは”霧島研究室”。使徒来襲のこの非常時にこんなところで何をしておったのか厳しく追求されるべきところであるが、本人は別の考えであるらしくこの期に及んでも発令所には向かわず、その足の先は本部内の別のエリアにむかっている。
 
 
洞木ヒカリの病室へ。
 
 
その相方の鈴原トウジがそろそろ交代の時期であると、誰よりもよく分かっていた。
そして、問わねばならない。彼女に、乗る意思があるのか、どうか。
 
 
 
ここが、正念場。ここで、歴史が動くかどうか、決まる。使徒殲滅業界の未来が、変わる。
 
 
鈴原トウジも十分よくやったが、参号機の真の主が、誰であるのか、なぜ彼女なのか、それを目の当たりにすれば納得するだろう。だが、そのためには、とりあえず自分の肉眼で見える状態が望ましい。つまり。
 
 
生きていれば
 
 
角張った使徒カクエルの定規であてたようにまっすぐでごまかしのない、しかしエヴァ参号機を粉みじんにしてあまりある強力のこもった一撃が、鈴原トウジの目前に迫る。
奇攻撃の極みのような潜り蹴りとは好対照の使徒空手(なんてものがあれば)100段くらいに正統派の正拳の一撃。
 
 
かわす余力など、残っていなかった。
 
 
そして、それを助けるべき応援戦力も誰一人として間に合わなかった。指揮者座目楽シュノの見立てが甘かったといえばそうであろうが、投入すべき戦力もなく、そもそも指揮者は参号機についてあまりに知らなかった。知らないことが、多すぎた。
 
 
だから・・・・・・・
 
 
発令所を震わせる、心が潰れるような血を吐く叫びをあげることしか、できず・・・
発令所の全ての人間が、ここまでやってのけた少年の無惨な、あまりに残酷な最後の光景を直視しかねて、目をそらし顔を伏せた・・・・・・それは、刹那のこと
 
 
きんどーーーーーーーさんっっっ
 
 
前置きも予告もなくカクカク使徒を頭から地に串刺しにして縫い止めて攻撃そのものを参号機に届くまえにチャラにしてしまったその「槍」がなんなのか、分からなかった。
 
 
参号機がふるうべき四主の武具がひとつ、竜尾道で鍛え直しされてはいたが届く予定はまだ先のハズの・・・・・その槍の名が「南方槍主・磨華路貳砲錬槍」ということも。
 
 
天から地に投げつけられたとしか考えられぬ攻撃軌道である、とかそういった頭脳計算より本能的に上を見上げる方が早かった。
 
 
人はそこで竜を見る。レーダー網などものともせずに、忽然とこの大ピンチに第三新東京市上空に出現した剣翼を広げて腕を組み下界を睥睨する強き竜を。
 
 
その姿は圧倒的な威厳をともない、その中の操縦者が疲れて遠国から帰ってきて肩の凝らない庶民的な夕餉を楽しみにしていたところを邪悪な契約書に騙された部下のためにしかたなくひとっ飛びしてお届け物を配達にきたエヴァ竜号機操縦者・水上左眼であることまで察することの出来た者はいない!。