<怪物相手にとくに武芸の覚えもない弱い人間が勝ち続けるにはどうしたらよいか?>
 
 
ひとつのなぞなぞの答えがここにあった。
 
 
あれほど激烈な乱戦であったはずの戦場がいまはもう静まりかえっている。
 
 
たちこめる朝霧の中、長大な刀を手にした巨人がひとり立っていた。
 
 
エヴァ零号機。装甲のあちこちは破損し、長大な槍に背を預けてようやく倒れずにすんでいる、という有様ではあるが、確かに立っていた。そして、手にした刀は敵の首をことごとく挙げていた。正確に言えば、コアを断ち割っていた、ということだが。
 
 
動く使徒はなく、八号機も・・・それから、竜号機も地に伏せて動かないが生きてはいる。
 
 
 
「これが・・・」
零号機操縦者・綾波レイは勝ち鬨をあげて己の勝利を誇ってもよかった。が、その表情はどこか暗い。その理由は
 
 
「参号機の、ほんとうの・・・・・」
 
 
弱い人間のままで、無敵の怪物に等しい使徒に勝つ、おそらくはそのまま勝ち続けるであろう方策を練り上げてきた、そんな条件の厳しすぎる謎々を解いてきた彼と彼女にある。
 
 
「功価・・・・・こたえ」
 
 
 
<寝首をかく>
 
 
 
これである。今先ほど行われたことが、これであった。怪物を眠らせてそのスキにころす。
 
 
それは人間が昔からやってきたこと。古来よりの知恵と言えば知恵である。
まともに戦ってかなうわけがないのだから、無力な睡眠時を狙う・・・・基本である。
 
 
アレクセイ・シロパトキンなどは「神話的」だと評し、日向マコトあたりは「なんだかRPGみたいだな」と内心で思った。それはゲームのほうが神話伝説をモチーフにしているのだからあながちかけ離れた感想ではない。洋の東西もあまり関係ない。
 
 
だが、温故知新でその発想を思いついたから(実際には師から弟子へと連綿と伝えられたものである)と言って実際にやれるかどうかは別問題であっただろうが、洞木ヒカリの参号機は無問題にやってのけた。
 
 
力の拡大増幅、ではない、”技芸の深化”。ひとにあらざるものどもをもとらえるそれ。
 
 
ATフィールドなどないも同然。むしろ同化して響かせて浸透していたように思えた。
 
 
究極子守歌とでもいえばいいのか・・・・・・それは泣く子どころか使徒も竜もぐうぐう眠らせた。ついでに同じエヴァ八号機も。綾波レイの零号機がかろうじてそれに対抗できたのは、以前それを聞いていたから。それを聞いてすぐにその威力に見当がついたから。
どんな意味があるのか、へたに聴き入ってしまったら己が狩った連中と同じ運命を辿っただろう。墓場へ直行、葬送歌・・・・・・まさかこんな形でやられるとは使徒も夢にもおもっていなかっただろう。それに、竜号機・・・・この機体まで捕獲できた・・・・
ガチンコでやればおそらく手痛い敗北を喫したに違いない。が、こうもあっさりと。
 
 
いくらなんでも都合がよすぎる・・・・・夢じゃないかしらん・・・・・
自分の方がぐうぐう寝てしまってそんな夢をみているとしたらシャレにならない。
 
 
だが
 
 
「トドメはワイに刺させてくれや・・・・それがワイの役目やからな・・・・・ってもう全部片付いとるやんけ・・・・・」
鈴原トウジに乗り換えたらしい虎参号機がよろよろ駆けつけてそんなことを言ってるからには、現実なのだろう。洞木ヒカリの盾となり、敵の最後の始末役、心臓を抉りぬき十字の印をつける罰当たり役を自任する少年の悲壮でちょっと剽軽な出番を自分はあえて望まないから。
 
 
「綾波、おつかれさん。・・・・・・・ホンマ、お前らものごっついな・・・・ものごっつかったんやな・・・・・ワイも精進せんとな」
”綾波さん、ケガしてない?大丈夫?・・・・もうこれで、終わったんだよ・・・ね”
 
 
一夜にして値千金になってしまった少年と少女。どのような言葉をかけるべきか・・・・
 
 
常勝の方程式を解いた14才。新しい流れを生み出し災いの門を開き使徒を四体も喰らったからには、天国は遠くなっただろう。
 
 
「そうね・・」思いつかなかったから、今はうなづくだけにする綾波レイ。
 
 
これから先、どういうことになるのか分からないが・・・・いろいろなことがただではすまないことだけは確実。そこでなにをすべきか、ひとつは決まっている。
 
 
このふたりを、守ろう。
 
 
この信念だけはなにがあろうと変わることがない。そう、決めた。自分は頑固で執念深い。かならず、やりとげることができるだろう・・・・・
 
 
その前に。
 
 
「・・・・・と」
パイロットの目が覚めてきたのか、モゾモゾと動き出した竜号機をバルタン包帯をつかって簀巻きにかかる零号機。油断無く水の女。生まれ変わった綾波レイの辞書にはもはや「うっかり」などという言葉は掲載されていない。一生の不覚はあまり連発するものではない。
 
 

 
 
「・・・・そうか」
戦闘終了の連絡を受けて簡単にそう答える洞木コダマ。ハードボイルドなので妹の初陣無事に怪我なく初勝利!できゃー☆とか跳ね上がって喜んだりはしないのだが、安堵の横顔はどれほどその報告を待ちわびていたか見る者に教える。
 
 
鈴原ナツミが病室に戻るまでの護衛を済まして本部に戻ることになるが・・・その前に、紫煙の一服ならぬチョコの一食。ちょっと人目につかぬ通路の影にて。銀紙を破りさて黒い固体を囓ろうと思ったときに強い気配を感じた。それも二つ。馴染んだそれは。
 
 
「師匠」
「ふむ」
 
 
佐伯マコト・ヒトミの師匠兄妹であった。なにもこんなところに二人揃って来なくても、と思ったが。
「なんか気になったんで来てみたけどやっぱ杞憂か。今のあんたじゃね、鬼神も避くわ」
ここまで気付かれずに接近しておいて漫画家の皮をかぶった拳神が言っているがスルー。
 
 
ちょうどいい、聞いておきたいことがあった。まさかそれに答えるために来てくれたわけでもないだろうが。
 
 
「あの師匠、うかがいたいことが」
「なんだい」
眠そうな中年の皮をかぶった剣神の方が答えてくれるようだ。師匠・佐伯マコト。
この言葉がなければもしかして、妹たちの勝利もなかった、と考えるのは・・・・・
 
 
「あの”口伝”のことなんですが・・・・もし、怪物が眠ることがなかったらどうなっていたんですか?」
 
 
はたして
 
 
「怪物は眠るものだよ。知ってるかい?怪物は人を襲う以外はずっと眠っているずいぶんとねぼすけなんだ。もしかしたら、人を襲うのも寝ぼけてやっているのかもしれない」
 
 
「・・・・・」
深いのか浅いのか、よく分からない。即座に答えてくれるだけでよしとすべきか。
 
 
「ふふふ」弟子の心中を見抜いたらしく、佐伯ヒトミが含み笑った。この手のやりとりでは確かに全然かなわないわけだが、面白いわけもない。ちょっとやってやれ、と思って
 
 
「では、もし、眠らない怪物がいたとしたら・・・・?」
 
 
急所狙いで突きだした疑問の一撃は
 
 
「眠らない怪物・・・・・・それは、人間だろうな」
 
 
かんたんにいなされた。「・・・・うぐ」
 
 
「だとしたら、あんたに授けた技でじゅうぶん対応できるだろうね、コダマ」
 
 
「そうですね・・・・よく分かりました。ご教授、ありがとうございました」
 
 
「いや。あとは、手伝うこともなさそうだし、帰るよ」「じゃあね〜」
有り難い、と思うべきなのだろう、去りゆく師匠兄妹の背に一礼する洞木コダマ。
ちょっと釈然とせん部分もあるが。・・・・・・まあ、仕事しよう。
それから、あの傑物にも会いにいかねばなるまい。妹たちへの助力に感謝を告げに。
 
 
・・・・にしても、ここんところ忙しさが濃密だった。もう数年も過ぎているかのよう。
 
 
そして、それは加速するだろう。間違いない。まさかヒカリが・・・・やはり夢ではない。誰もそうだと告げてくれない。チルドレン護衛職の諜報三課が活躍するのはいいことか、それとも・・・・・
 
 
とりあえず、チョコを食べてから。
 
 
どうせ、結論など出やしないのだから。なぞなぞと違って。クリアな答えなど無い。眠れない酔いの中で生きていくしかないのかもしれない・・・・ビター味を噛み砕く。