「・・・え?・・・・・・もしかして、あなたたちが泣かせて・・・・?」
 
やっと現れたかと思いきや、いきなりとんでもない濡れ衣を着せてくる葛城ミサト。
 
 
はらはら、と。
 
真希波マリが、涙を流している。
 
 
そんな所でやってきたのだ。狙ったようなタイミングだが、さすがにそれはなかろう。
 
むしろ
 
老眼でも始まってるんやないですか、と、ウエスト的条件反射で茶々飛ばしそうになった鈴原トウジであったが、なんとかこらえた。目、というより脳が疲弊しきっている感じで作戦家には必須であろうところの観察眼が働いていないのか。
 
いや、泣かしたと言えば、綾波が泣かした、と、いえへんこともないというか、やっぱそのまんま泣かした、というか。少なくともワイらは無実、と言いたいがそれも格好悪い。
 
 
赤木博士や他のスタッフが続くのかと思いきや、すぐに扉は閉ざされた。
 
 
葛城ミサト唯一人で、ここに。というのは、作戦がまとまりきっていないのか。もしくは。
 
 
よくないことを告げに来たのか。さながら。
 
 
「さいごの」
 
 
「ししゃ」
 
 
「のように」ナギサどもが不吉まるだしのホラー映画の宣伝みたいなリズムで続けおった。
こわいやんけ!
 
 
 
「あ、いや。待ちくたびれて、あくびしてただけだよ。遅かったね」
 
わざとらしくメガネを拭きながら本人が否定した。わざとらしい明るさもつけたのは獣のカンが働いたせいか。ケモノは照れも気遣いなどせず、刹那瞬間を生きるものだが。
 
 
「・・・・・」
やらかした当人も、ノーコメントだった。必要な情報を全て採取しおえた、というようにも、ただ単に泣かして終わってしまった・・・、という風にもとれる零の表情綾波レイ。
 
 
その涙が何かの証明になったのか、どうか。ちらり、とでも本性が見えた、とは言わない。
鈴原トウジは考える。考えてもしぬかもしれないが、考えないと確実にしぬぞ、ここは。
黒い風が囁いている。守りたければ、考えろ、と。感じるのはその後でいいと黒い風は。
 
シンジのオカンの知り合いとなれば。身内の食い合いは考えなくともよかろう。
年の離れた従兄妹とか、そういった血族関係でも肉を食む時は食むのは戦記もの時代劇では「あるある」ではあるが。金銭利得だけなら、とうに逃げ出しとるはず。
普通の損得感情から突き抜けとるグループというか。
いろいろ怪しすぎる立ち位置であったが、そういうことか、というか、怪しさ、というか場違い感なら自分たちも負けておらんし。大なり小なり「碇の家」の関係者、という括りちゅうか、肝心要のシンジがおらんけど。ともかく。おらん者はおらんので、ここにおる者でなんとかするしかない。この待機時間で状況が好転したのかどうかは葛城はんの顔を見れば分かる。喉元に包丁突きつけられたよーな有様なのは変わっとらんらしい。それでもメゲずに相手のタマキンをスキあらば潰したるわ、みたいな目の底光りが、ここの職場カラーか。
 
とはいえ、気合いや殺気だけで解決できれば苦労はせん。わけで。
 
なんとかする方策を立ててきたのだろう。
あの金剛とかいうパチモン惣流は、何もせずに黙って見ていろ、などとほざいていたが。
自分たちが、ここで謎映像なんぞを見ている間、状況はどうなっているのか。
霧島率いる使徒使いとアナザー軍団で、睨み合いになっていたのか。溶岩の雨とか。
リアルタイムで情報のアナウンスがないとか、どないなっとんねん・・・
 
「どついたるねん!!」
 
葛城ミサトがいきなり吠えた。
 
「ひええっ!!!すいません!!ナマ思いました!!」
 
反射的に直立し、90度舎弟式お辞儀をかましてしまう鈴原トウジ。
他のチルドレンは、ぽかーんとしている。獣飼いのふたりでさえ。
 
「くるった・・・?」綾波レイなどはっきり言い切った。
 
「あ。ごめん。まちがえた。”どないなっとんねん!”だったかしら?鈴原くん」
どちらにせよ、作戦家の使っていいセリフではない。知能の悪い感じがすごすぎる。
気持ちが強いのは結構だが、これから玉砕だ!感が濃ゆいのも、ちとカンベンしてほしい。
 
ただ、待たされたパイロットたちの内心を正確に表現していたのはしていた。
時間が千金に値する、などいうことは今さら。この先の時間があるかどうかすら、なのだ。
 
アナザーと、使徒使いが食い合って、いい感じにダブルノックダウンで、こちらは漁夫の利ですよ、というのならばいいのだが・・・・葛城ミサトの目からすると確実に違う。
ダブルはダブルでも、ダブルクロス的な方角を睨みつけている。いくらなんでもこれ以上悪くなるとか・・・・・・ありえへん、と思っていたのだ。鈴原トウジならずとも。
 
 
「待たせてごめんなさい。・・・・・とりあえず、この映像見てくれる?」
 
映像、と聞いて、パイロット達が綾波レイを見る。本人もわずかに、数ミクロンほど眉をひそめたが、まさか「見ません」とも言えない。謎映像の件を問い詰めるのもあとに。
 
 
見ていく。赤い瞳が。黒い瞳が。蒼い瞳が。
 
 
見開かれていく。
 
 
「え?」
 
 
声をあげたのは、火織ナギサ。短い映像だったが、衝撃的な内容だった。先の謎映像とはまるで異なるベクトルで。
 
 
「ちょ、ちょっと待ってくれ。どないなっとんねん、こりゃ・・・・・・あ!ヒカリ!チビども!見るな!見んでええ!!・・・・・って、おそいか・・・・・葛城はん・・・」
「いえ、いいの。これは・・・”違う”から。同じじゃないから・・・・きっと」
強く手を握り合う鈴原トウジと洞木ヒカリ。
 
 
「どうかな?」「ちがうかな?」「顔は同じだけど?」「心ハ違ウ?」
赤木サギナとカナギが歌うように。すこしのむかし、海の底で見たことを。
 
 
「注意喚起してやった方がよかったのではござらんかな?・・・拙者がいうのもアレかもしれぬでござるが」
式波ヒメカが、片目を細めて鈴原トウジたちを見やりながら、
 
 
「ヒメは大丈夫?いちおう、義務的に聞いてみるけど」
「拙者が?大丈夫よりは国士無双を夢見る年頃でござるが・・・あの金剛とやら・・・」
 
 
もう片方、眼帯の下から、凍る剣気がひょおひょおと吹きこぼれていた。
 
 
「アナザーは・・・」
 
その凍る剣気よりも、なお、冷徹の声で。綾波レイ。
 
 
「ひとつでは、ないのね」
 
 
映像は、アナザー2が炎をまとった拳で、アナザー3の「急所」エントリープラグのあるべき箇所を貫いて倒し、そこをアナザー1が口から吐いた雷でとどめ、十字光が上がるという誤解しようもない
 
 
殲滅光景。
 
 
同士討ち、というよりは、反撃どころか反応もしないアナザー3を「処理」した、というように近く見えた。そして、それで終わらず、アナザー4,5,6,をゴドム氷柱より解放すると、3と同じように処理していった。
 
映像が短いのは、その連携に淀みも迷いもないため。
 
強さ以上に、エヴァ殺しに慣れた、慣れきった手際の良さ。
 
 
アナザー7以降が処理されるのを見なかったのは
 
映像がブラックアウトならぬ、レッドアウトして終わったからだった。
演出だとしたら、悪趣味がすぎるが。葛城ミサトの目の色を見れば、まさかだった。
 
 
 
「間に合わん・・・・かった・・・・?」
 
アナザー3以降のエントリープラグの内部には、赤子の声と古式のナンバリングされた名前があった。プラグを解放しその目で確認したわけではない、本当に内部に人間がいたかどうかは分からない。シュレディンガーの猫、奥山の松風、いなかったかもしれない。
 
し。
 
いたかもしれない。ただ。いたとしても。
いないことになった。そのようにされた。
間違いもなく。消された。その存在を。
 
 
 
「助けられ・・・・・へんかった・・・・・」
 
悔し涙も出ない。出せるわけもない。自分たちはそもそも、戦場の、合戦の作法を間違えていたのだから。作戦家の落ち度であろうが・・・・敵性の異形同士の食い合いに自戦力を出すかどうか、どの機で出すかの神も歴史も恐れぬ判断の鉄腕をネルフは確かにもっていたが、今回ばかりは相手の速度が電撃にすぎた。これを戦訓にして次戦につなげたいところだが・・・・次があれば。・・・・次など、あれば。
 
 
「あの画面の”赤”は一体・・・?」
 
アナザーがどういったものであるのか、「ふくいんまる?に、にてる?」「おるどおるたに、ちかい?」サギナとカナギにかすかに頷いてから、まだ見当がつく火織ナギサが問うた。見当がつくどころか、単純なことなのだけれど、あえて。
”そのまま”を映し出すものが赤くなっているのなら。
 
映されているものが”赤くなっているだけ”のことなのだろうけど。
 
 
「ソドラだよ。ありゃー完全にブチ切れてる・・・終わったね」
「それでも、ここが灼熱地獄になっていないのは不思議でござるなあ」
 
真希波マリと式波ヒメカが、打つ手無し、といった顔で。アナザーの処理映像が赤で止まったのは、先に降ったのとは比べものにならぬ規模密度熱量の溶岩轟雨のため。
遙か西方から本腰をいれたソドラの威を叩きつけられ・・・・アナザー1,2もドロドロに溶けたか消し炭になったか・・・そうなると残りのアナザーも同じ有様になりそうだが
 
 
 
「盾・・・・彼女が・・・」
 
綾波レイの目には、レッドアウトした画面の向こうが見えていた。もちろん、通常の視力ではない。綾波の血に加えて、霧島マナとの見えない専用回線が廃止手続きが未完であったせいか。地上は赤く赤赤と輝いていた。こわいほどに。その割りにビル街が溶けてもいないのは、かろうじて熱が遮断されているせい。神の怒りにも似た、天からの溶岩雨攻撃に対抗できるものなど、自分の知る限り、二つしかない。ATフィールドと・・・・
 
 
「ゴドムか・・・・」
 
自分の視野を、赤い瞳の者たちにはリンクすることができた。それを受けて火織ナギサが。
 
 
ATフィールド・・・アナザー1が発生させるケタ違いの、バケモノの大王城塞めいたソレが第三新東京市を含めた地域一帯をまるまる覆っている。
 
ゴドム・・・もとよりソドラに対することが可能な唯一の代物ではあるが、その半分。もぎとるようにして奪還した、使徒使い霧島マナのゴドム・ハーフ。その霊威をもってここら一帯の炎熱地獄化を防いでいるようだ。ただならぬ霊威の相殺が、あのような血色の輝きで現場を眩ませているようだ。使徒戦にも耐えうる機材がおかしくなるほどの。
 
 
それとも、幕引きが始まっているのか。自分たちの生まるごと消し去る紅の幕をもて。
 
 
アナザー1の左肩の上に使徒使いがいるのは、そこになんらかの寓意や象徴をみるべきか、それとも単に防御効果の効率を求めてのことか。リンクの視野であるためか、全体的に陽炎がかってはいるが、霧島マナの表情はかなり苦しげに見えた。1に対して0,5・・・実質、全一に比しての未半、といったところ、2,3割もないのかもしれない。
絶対領域の補正があってもかなりキツいのだろう。いつまで持ちこたえられるか。
 
流れ的にアナザー7を処理するであろうアナザー2は、足下から湧いてきた黒鎖、銀茨、紫帯、灰触手にしばらく動きを止められていたが、燃やしながら引きちぎり自由になると
 
単体であってもいけたらしい・・・炎の拳で氷柱を破壊しアナザー7を引きずり出すと、エントリープラグを貫き、それを超広域のATフィールドを展開してまだ余力があるのか、アナザー1の雷が打ち壊し、十字の光をあげて消去・・・処理していった。
 
 
使徒使い霧島マナからの妨害も制止もない。意にかなっているのか、単に余力がないのか。
 
鈴原トウジなどは、「これ」が見えなくて幸いだった。
 
 
 
「どれほどの悪徳の都扱いなんだろうね・・・・ゴドムのみならずソドラも、とか」
 
サギナとカナギを連れて、逃げておけばよかったか、とも思いながら。どこか遠くへ。
しかし、この調子であると、この都市ひとつどころか、列島全域、という可能性も高い・・・・それでもまた終わらないかもしれない。大きな火というやつは、どこまでも広がる。
 
どこまでも。どこまでも。どこまでも。土耳古を残して、西も東も北も南も焼け焦げる・・・・いや、自らも焼くかも知れない。十号機、ナザレ体制の終焉は世界の終わりとでもいうように。こうなると、使徒だって現れまい。何も残さず、世界最大の火葬。もしくは歴史上最悪の不発弾が今になって起動したか。使徒がやるはずのことを人がやったわけだ。
 
 
この都市以外はすでに、世界全てが燃えているのよ、と葛城ミサトが言い出してもさほど驚きはしない。今これから、マッハでひとッ飛びして、十号機刺してこいワレとかいわれてもムリだ。完全に詰んだ。悪手の連鎖だったのか、打つ手を損ねていたのか。
カヲルなら、視えたのかもしれないけど・・・・ただのクレセントとしては知る術もない。
 
 
「レイ・・・と、あなたたちには、見えているのね?」
 
葛城ミサトが奇妙な確認を求めてきた。綾波レイのお付き、のようないわれ方は不本意だったが、確かにリンク元発信源、という意味ではその通りであるが、なぜ、それが分かるのか・・・葛城ミサトの目はもちろん、赤くはない。多少の小じわと血走りはあるものの。
 
「うん」「見えてる」
「レイちゃんの見えるものが、見えてる」
「おすそわけ。ナギサもそうだよね」
赤木の家にいると、言語表現が懐かしめの傾向があるなと思いつつ、その通りなので頷く。視界のリンクがどうの、という訂正をいれても仕方がない。肝心優先なのは
葛城ミサトに、それを教えた者がいる、ということ。その話をする方が先だ。
 
「?・・・なんのハナシ・・」
「あとにしましょう、鈴原」「だね」「ござる」
要領をもちろん得ない鈴原トウジを、見えているわけではないが空気を読んで抑える洞木ヒカリ、真希波マリ、式波ヒメカ。ここに葛城ミサトが一人で来た理由を察する。
 
 
「・・・・・・」
 
アナザー8,9が「処理」される光景を綾波レイの瞳が映す。地上を満たす凶猛なまでに赤い輝きはますます強くなっていたが、アナザー1の鉄の城めいた絶対領域は揺るがない。それが突破されていれば、無論ここもただではすむまいが、そのためにアナザー2は処理の手を止めない。いまさら躊躇もあるまいが、それにしてもの手際の鮮やかさで。
エヴァ初号機と弐号機と同じ姿、同等の力をもちながら、成すことは真逆。反存在。
 
 
碇シンジのような小賢しさがなく、厳然としてパートナーを守護しつづける・・・・
碇ゲンドウを思わせる、その背を見て育成錬磨されたかのようなアナザー1のパイロット。
 
惣流アスカのような惑いも揺らぎもなく、任務遂行に邁進、いかなる邪魔も蹂躙し傷をつけられることのない最高硬度のハートをもつ、敗北も失敗もしらない完成品たるアナザー2のパイロット。もちろん、どこぞのロボット兵器など、ツラもおがんだこともない。
 
 
エヴァが二機しかなければ、どちらを乗せるか、どちらが適格かという話になれば。
 
この場に、あの二人がいれば・・・・・・どうなったか。
 
同じ素質をもちながら別ルートを通り、違う絆を育んでいた彼と彼女。
 
式波ヒメカ、などは水上左眼の風味が強すぎるので完全別枠として。
あの二人がここにいないからこそ、反存在が現れたのなら意味のない話だけれど。
 
今さら来ても、確実にどうにもならない。四角錐使徒のあの時とは違う・・・
 
綾波レイの胸の奥で、ちりりと軋む音があったのかどうか・・・・。
 
鈴原トウジをはじめとして、この状況に無意識の強歯ぎしりをする者が多く、かそけき音など聞こえたものではなかった。
 
 
 
アナザー10が「処理」された。
 
 
エントリープラグに誰もいないのなら、これだけの地獄が降ってきたにもかかわらず、まだ死人のひとりもない。敵性体同士の・・・共食いだ。可能かどうかは別として、十号機を確保、パイロットを逮捕できれば・・・・・・・ソドラの炎熱が収まった後、アナザー1,2の意図を解明できれば・・・・・・彼らと一戦交える予感は・・・遠かった。
 
 
手遅れ。自分たちは、間に合わない。いいように完封された。
 
おそらく、それが正しい予感。この場にいる誰もがスタイルは異なるものの、同一のものを感じていた。最後の最後に、してやられたのだと。してやった方は「駒がなにをほざく」と、しらけきった声で呟いているのかもしれないが。リングにも上がれず、見上げるだけ。
 
死んでもいないが、静かに、自分の奥底で、大きな大きな流れが堰き止められる音、その残響もが完全に止んだあと、ガラスの手錠が壊れる音を聞く。
 
 
 
むんず、と氷雪に埋もれるように疲弊しきった霧島マナが、あっさりアナザー2につまみ上げられ掌でさんざん転がされたあげくに、握りつぶされた。
 
 
声をあげる前に、綾波レイは、「七つの目玉」が赤い空から現れるのを幻視した。
 
 
これは転送する必要もなく。おそらく、この都市にいる全ての人間が、冥鑑されたことを悟った。人の霊性だの人の魂だのといった秘儀は閉じられた。開かれることももはやない。
 
 
使徒使いだったものを投げ捨てると、アナザー1と2は、いつの間にか出現していた銀色の巨大な門をくぐり、消えた。アナザー1が構築していた城塞領域も消える。
 
 
この都市にはなんの感慨もないらしい。フィールドを展開したのもあくまで成すべきこととパートナーを守るためだけ。有能なのか、施しなどしない性格なのか。そうならざるをえない戦鬼の宿で生きているのか。務めを、使命を終えたから、ただ去っただけか。
 
 
「それとも、あれが最後の使徒・・・・」
 
葛城ミサトが言った。綾波レイの心中を読んで続けたのかは分からない。
いまさら出撃を命じにきたわけではあるまい。箱を開けたパンドラのような顔をして。
狂言をまわしている場合でもない。「・・・とか、思わせぶってる場合じゃなかったわ」
 
 
それから葛城ミサトが「あともう少しで、シンジ君たちが・・・」言いかけたところで
 
 
怪しげなひそやかな闇は放逐され、世界はソドラの赤い炎だけで満たされた。
 
 
 
 

 
 
 
 
「最後の死者・・・・ですか?」
 
 
霧島マナが聞き返す。死の字を「シ」の字で誤魔化さず。
 
せっかくのご褒美なのだ。大使徒長相手に後で「コレジャナイ」とか文句もいえない。
天使だの悪魔だの超越存在から下されるモノは9割9分それになるのだから。
そのために神話や聖なる書物が現代まで伝わっているのだから。それが人類の知恵。
 
 
「そのくらいはしてもいい。碇シンジは人類で一番最後に死ぬ。なんらかの事情で地球が二つに割れるとかして全人類が同時に滅んだ場合は一緒のタイミングになるが、ゆっくりてろてろなコンクリートに座ってながめる感じの黄昏の末、ってヤツなら、そうなる。
ああ、不老調整とかはそっちでスキにやってくれればいいからな。どうする?」
 
おおざっぱ感もあるが、まずまずの好条件といえる。神話や伝説ではこんなケースはたいがい「コレジャナイ100%」になる。腐臭や白目剥いてくる「コレジャナイ500%」
とか。「そんな巧い話はないよ。勉強になったね!」とか、「ざけんな!!666%」に。
 
 
「うーん・・・・」
 
悩む霧島マナ。願ったり叶ったり、というのは最高の幸福ではあるが。
もちろん、叶える方にはそれなりの都合があるはず。無限かつ無償の愛をもって、というのならそれは神様であろうけど、このシトたちはそうではない。そう名乗っている。
 
 
もう少し、条件を詰めた方がいいものやら・・・・もしくは。
 
 
使徒使いを辞職させてください、とか。誰かにチェンジしてください、とか。
ないなー。・・・・ないな。いろいろと考えてもみるけれど。
 
 
考えても、みたけれど
 
 
返答する前に、状況が動いた。
 
使徒たちが吹かない代わりに、どこかの誰かがラッパを吹きやがったらしい。
我が願いを叶えよと。贄は用意して、そこにあるぞ、と。死者の国にまで届くほどに。
 
 
 
立ち回りも何もあったものではなく、手勢を率いて急行した。
ラッパ吹きが使徒使いも目障りであったのは、承知の上。
エヴァの一体や二体、どうということもないけれど・・・それでも封殺される罠。
先手必敗。後出しの方が有利に決まっている。隠れて機会をうかがっていればよかった。
 
 
神様に近い連中でも、願いを放棄させることもできないとか・・・・・使えない。
 
使徒使いなのに。わたし、使徒使いなのに。来襲管理者の資格にも合格したのに。
 
儀式は成就するだろう。備えのケタが違いすぎる。伊達に世界の黒幕じゃない。
 
切り札対抗、リバース札までこんな時に出してきやがって・・・って、そりゃ出すか。
綾波さん”ごとき”が、ユダロンを使うくらいなのだから。本家本元は言うまでもないわ。
愛より力より対策上手が最後には勝つ・・・そんなものかもね・・・・
 
 
惣流アスカの反存在の金剛アスカ・・・それが駆る弐号機にがっちり捕獲されている。
 
 
ただ、なんの感情も湧かない。なるようになった、という納得だけがある。
このまま握りつぶされても、驚くにも値しない。そうなってもおかしくはない、全く。
やれるものなら、ゴドムで凍りづけにしていただろうし。機体ごと百年千年。こちらも。
 
 
使徒使いと反チルドレンは、似ている。チルドレンよりはだいぶ近い。
もし、自分が使徒使いでは、なかったら?パイロットでもおかしくないんじゃない?
なんて。
 
 
この状態でそうでなくなったら・・・・死ぬし。いや、そもそも使徒使いでなければこんな本職のレスラーでも尻込みするよーなガチ処刑リングとか、あがるはずもないし。
 
 
でも、まだ、この反チルドレンは、赤い奴は・・・どうにかなるか・・・・つけいる隙がある・・・零距離の接触情報だ。
ダイアモンドは硬いけれど、ピンポイントの一撃で砕ける可能性がある。ただ・・・
 
 
十号機はどうにかしないと、どうにもならんな・・・・・・・ヨッドメロンをまともにしようが更なる大物がいたわけだ・・・・ああ、もう女子ってる余力もないわ・・・・ボロゾーキンみたいにやられた・・・反存在ども・・・今度会ったらおぼえてけつかれ・・・・・ネルフの連中もなにをポサーっとしてたのか・・・・手を出すタイミングを計ってたのだろうけど・・・・・ここぞ、という時は、彼の、主人公たる、イナズマ運命突破力が要るのだ。きっと。
 
 
 
「彼の 帰りを 願う」
 
 
 
すごい。まさに正妻の祈り。ヒロインポジションだなー・・・・でも、彼は、てめえの欲するまま、てめえで何とかするんだろうから、損かな、とも思う。かはは、と笑いながら吐血したところで、パワーを使い果たしたゴドムが霧散した。