「暗号?あれが?」
 
葛城ミサトが知能の限り疑いながらも、切り捨てなかったのは、意見する者たちの知力に全幅の信頼を置いていたこともあるけれど、まずは目つきが怖かったからだ。特に。
 
 
赤木リツコ博士の。
 
 
「そう、あの映像群は、暗号」
 
 
親友でもあるが、明らかに近寄りがたいオーラを放出していた。耐性がないものは口を閉ざすどころか石にして呼吸も止めかねないゴルゴンオーラ。やばい。
 
 
 
「彼からのメッセージよ。私・・いえ、私たちには分かるの」
 
 
科学者の、現代の賢者の言うことか。わかりみのカケラもないことを言い出すのでやばみが深すぎる。しかも、私たち、の中には、自分の一番の部下であるところの日向マコトもいて、困る。同じように青葉シゲルが「わかりみ」軍団に入ってるので冬月相談役も困っている。古代の壁画をどう解析解釈しようが、考古学ならそれはそれでいいのだろうが。
 
 
 
マギ内部に人知れずしまい込まれていたデータが、つい先ほど自動解凍された。
碇ゲンドウをはじめとしたネルフ総本部首脳部の専用端末に送信までされたとなれば。
 
 
おかしいとありえないのコラボレーションで百乗の危機。
これが敵対勢力の攻撃であれば、かなり手遅れではある。
最悪、本部施設の凍結か、放棄を選択する必要があった。
「ネルフの諸君。これから何々しないと何々するぞ。大変なことになるぞ」などと親切に予告してくれる騎士道精神など敵に期待するのは愚かの極み。正常化バイアスなどとうにおろし金にかけられるよーにして消え失せている。ここは最前線にして最後の砦。対使徒、オンリーと必ずしも言えなくなった昨今の情勢ではあるが、少なくとも都市住民が日が落ちるのを見て、また日が昇るのを見るための。私たちはみんな生きている。
 
都市全域に紫の雨が降り、エヴァに似た巨大な人型存在が接近中の修羅場であるというのに。そうなったらなったで、泣き言言ってる暇はなく、対応するのがネルフの仕事だったが・・・・
 
 
予兆を正確無比に読み解くのは、おそらく巫女とか神官の仕事であっただろうが・・・
 
 
マギの総責任者でもある赤木リツコ博士が、その謎データの解析にあたった。
 
正直、このクソ忙しいのに・・・・と、灰皿に押しつぶして無視してやろうか、と思ったらしいが、天啓がきた。そもそも、こんなマネができる者は限られている。自分かマヤか亜弓さんか・・・いや、亜弓さんって何・・・疲れてるわね・・・仮面がガラスのようにひび割れてきているのかも・・・ヒビをなぞって想う答えは・・・・「彼」しかいない。
 
 
データ自体に何か特殊な仕掛けがあるわけではない。あくまで、映像を読み解くことが必要・・・・そのあたりの判断こそが天啓だった・・・そっち方面となると自分の手にはおえないことも理解している・・・そのあたりの見極めが賢者の資格・・・・日向マコトと青葉シゲルを速攻強引に呼び出して、己のインスピレーションを元に「何事か読み取れ」と命じた。「読み取れなかったらサロメの刑に処す」とか言ったのはもちろんジョーク。
緊張と疲労をほぐすためのお茶目ジョークに決まっている。賢者は気遣いだって賢者級。
ヨカナーン、とかいったらシャレにならないから。それは、よかなーん。はははは(般若)
 
 
意外にも彼らは目を輝かせて、メッセージを読み取った。なかなか苦労はしていたが、勝手に同志を呼び込んで解析パワーをあげていくあたり、出来る部下はやはりいい。
 
石を投げれば有能に当たるネルフ総本部とはいえ・・・こんなことまでやれるのは少数派。途中で葛城ミサトが日向マコトを戻すよう怒鳴り殴り込んできたが、追い返した。
トリプルのクロスカウンターまで使わせたのは、さすがのしぶとさだった。
力でどうにかできる局面では、まだない。賢者のカンだ。だが、手遅れでもない。
 
そうであれば、碇司令がそれを告げるだろう。終わる時はあっという間だとしても。
魁けて告げるはず。いつもは沈黙していても。まあ、そこで躊躇うようなら銃殺よね。
 
 
解析は完了し、会議を招集する。
 
 
賢者とは言え、人間ですから、100%の確信があったわけでは、ない。
 
顔には出さないけど。ただ、ここで彼のメッセージを読み取れない、その意図を掬い取れないのだとしたら、あの生活はなんだったのだろう。サギナとカナギとナギサ君に”答え合わせ”をしてもらえばよかったのかも・・・・思わなくもないが、そこは三十路の意地。
 
 
でも、使徒使い霧島マナが、父親のハムテル教授と一緒に会議室にいたのを見て内心安堵。
大筋で間違ってはいない、ようだ。あとの細かい軌道修正はミサトがやればいい。
 
 
後期八号機の首をチョン切ったことで絶縁状態になった使徒使いがここにいるのは、驚くべきことだろうが・・・警備は自分の専門分野でもなし、驚愕よりも安堵が強い。
 
 
「内通者はいないようですから、安心して下さい」とか言ってくれてるから多分大丈夫。
彼女の元にも映像群は届いていたのだという。そして、”絵解き”を、求めてここにきた。
 
 
突っ込みがおいつかずにミサトが酸欠の金魚みたいな顔をしてたけど大丈夫多分。単独ならまだしも父親同行ということは、手出しはしない証なのだと。信じたい信じるしかない。
 
 
敵味方、ではなく、何をもって正常とするかグループメンバーならば情報共有、意思疎通しておくほかない。機密がどうとかいっている状況ではない。正気か狂気か。
くるっているのは、おまえたちのほうだ、と。双方が。その点で、まだ会話が出来るなら。
 
 
あんたもダイジョーブなんでしょーね・・・・・・?
 
もちろん、作戦家が予言だの予兆だのに頼るはずがない。作戦部のカシラとしてかき集められるだけの情報を収集し精査して作戦行動の準備だの実務を超ハイスピードでやらせてる身として、一分一秒でも惜しく、ここで語られるのがただの与太であったら、情け容赦なく機関銃で蜂の巣にしてやるぞ・日向君も同罪なんだからねオーラを翻しながら
 
 
親友が疑いのまなざしで見てくるが、きっと信じてくれるはず。
聖なる蛇のように微笑んでみせる。
 
 

 
 
 
つう・・・・・っ
 
 
渚カヲルからにわかには信じがたい話を聞かされた後、惣流アスカの目から涙がひとすじ。
 
 
透明な流星のように。
儚い命の営みをつなぐ糸のように。
最後に流した精霊舟のように。
 
 
その理由は分からない。ただ、流れた。そのあと「涙・・・どうして・・・?」と泣いた美少女によるお決まりのセリフが出ようとしたところで
 
 
「痛っだあ!!」
ずっきん!!
 
頭痛が来た。面子を考えると耐えるべきところだったが、とてもとてもムリ!毒殺の可能性がハジキ出されたが、反撃にも移れずにしばらく転げ回った。涙も蒸発した。灰基督と渚カヲルはなんともないようだったが・・・・「相殺・・・・不足・・・?」「ああ・・・彼女はもう三人いるから・・・アブソーバーが足りなかったのかもしれないね・・・・逆に共鳴して強く響いたか・・・」「生命支障?」「多分、大丈夫だとは思うけど・・・・縁がとても深いから・・・葛城さんとリンクしている可能性もあるね・・・これは・・・」「救命必要?」「それにしても仕事がはやいねシンジ君は・・・やり始めるとまさに電光石火だね・・・」「光陰超越・・・来来来・・・天逆行、成立」「彼女にも急いでもらわないといけないからね・・・・・”彼女こそが最強の切り札だから”・・・”彼女にしか出来ない仕事だし”・・・”この局面でシンジ君の身代わりが務まるのは”・・・”彼女しかいないし”・・・困ったなあ弱ったなあ」
 
 
頭痛はかなりキツかったが、渚カヲルに「そういわれると」そうもいっていられない!
 
ドライとラングレーを叩き起こしつつ、ファイティングポーズを取りながら立ち上がる惣流アスカ。「おお!」とか感心したみたいに言ったけど・・・こっちが立ち上がるまで、見てるだけで介抱とかしなかったよねコイツら・・・・・
 
 
でも、それでいい。やるべきことは分かっている。一人でやらないといけない。
 
 
シンジが時計の連中とやったらしいからには、遅れをとるわけにはいかない。
 
この頭痛、もしくは涙がその証・・・らしい。いや、状況的には素で頭痛いわ泣きそうにはなるわだけど。弐号機は、自由になった。ガードの剣崎さんたちも解放してもらった。早速、手配仕事を任せたけど。こんな所に送られた自分たちにつけてくれただけのことはあって対応が早い。こっちも金銭的な交渉はつけたけど、到着が早ければ早いほどいい。
 
 
自分の仕事は・・・・・反存在たちの牽制。渚に見せられたというか写されたというか「視写」に間違いないなら・・・、強いなんてもんじゃない。碇シンジと自分、その合わせ鏡の存在・・・となると、確かに、鬼のよーに激強でも仕方ない。ウルトラスーパーアルティメット手強いのも、それは納得。ファーストたちが束になってかかっても返り討ちにあってしまうのも・・・・とても悲しいけれど・・・無理からぬことでは、ある・・・とても哀しいことではあるけれども!もちろん、自分たちと同じ姿で同じ声で話しかけてきたら戦意もその拳も鈍ろうというものだ・・・・多分、鈍るよね?ミサトたちも躊躇したりするよね?それなのに、反存在たちになんの遠慮もなければ余計に。不利すぎる!!
 
 
かといって、自分が反存在をぶっちめることもできない。接触なんぞしようものなら・・・いや、おそらくその前に、双方対消滅する。互い同士が絶対の必殺兵器・・・・
 
使い潰しはある意味、兵器の本道。それで目的が達成できるなら、自分たちの命など安いものなのだろう。非常に賢く、冴えたやり方では、ある。確実に無敵の切り札を封殺できるのだから。特に、碇シンジのような何してくるか分からないモンスターの駒を盤面から除外できるのは大きい。いかなる代価を支払おうとそれだけの価値はある。
 
 
自分がひとつの駒である自覚はあるけれど、盤面は雲か霧か闇か光に閉ざされ包まれていて、その大きさすらわかりはしない。もちろん、マス目の数など。何個の駒があるのかも。
差し手が神々、などというロマンもない。少なくとも神様はもう少しフェアだろうし?
 
 
ゲームの名が「楽園帰還」なのか「地獄人生」なのか「煉獄往生」なのか、知らない。
 
 
知ったことではない。分かるのは、渚カヲル、元フィフスチルドレン、四号機パイロットが、これに参加できないことだ。席にはついてくれたが、差し手ではない。観客であることしか出来ないが、そのはずだけども。見守る以外の、以上のことを、なんとかしてくれた、ということだけ。自分の歴史においては、この赤い瞳の銀髪カッコマンが・・・
いつまでも たえることなく ともだちでいよう と さよならしたはずの またあえた
 
未来からの使者、告命天使、Buddha in hell?・・・いやまあ、回顧録とか書く気ないけど?・・・そんな時がきたら章をまるまる使ってもいい。この時のことを。
 
 
ともかく、無敵に近い強駒、反存在飛車角どもを、自分の身ひとつで牽制して、ネルフ総本部、ミサトたちの邪魔をしないようにしなければならない。兼ね合いが難しいが・・・もし、相手が使い潰されの相殺上等じゃい!!とか来られては困る。大いに。消滅するし。
 
その際、反シンジ反初号機を巻き込めれば、・・・・大成功かもしれないが、これは将棋ではないのだ。てめえの人生的に大悪手すぎる。周囲環境にどれくらいの影響があるのかも分からないし。島国ひとつ、吹っ飛んでも別に困りはしないのかもしれないのだとしたら・・・というか、その腹づもりでこの業界はそもそも動いてはいたんだった。
 
 
駒ではあるが、駒のように考え無しで動いていたら、即座に詰む。
駒ではあるけど、蝶のように舞い、蜂のように刺していかないと。
駒ではあるけど、機械のように正確無比な距離感を計測し続け、妖精のように奔放で気まぐれな乱数パターンをまき散らし、愚直に泥臭く、初心を貫徹する・・・中庸を抱きしめながらの不完全。どうしようもなく、あの地に根を下ろしてしまっている惣流アスカ、ラングレー、ドライが。自分たちが。自分が
 
 
逆転の使者になるほかない。
 
 
ぶるるっ。武者震い。なるほど自分に、自分たちにふさわしい役どころ。役割マッチング率100%といえる。もし、他の者の反存在、ファーストだの鈴原たちだのの「それ」が現れたら、玉砕か自爆か単に読み間違えその他で、あっさりと死にかねない。
 
死線の上で、きっちりと拍子を外さず踊るには、やはり己が、己の駆る者が兵器であるという自覚が認識が、心の一角を鋼にして設置する機能が必要になる。零号機にも参号機にもそれはない。制式タイプのエヴァンゲリオン、弐号機とはそこが違う。八号機や獣飼い連中の心配まではしてやらない。けれど、自分でよかったのだろう。シンジの奴もこんな場だの空間を読む仕事なんてむいてない。渚の指示というか差配というか誘導というか、
まあ・・・適材適所は大事だよね・・・自分たちのことを、よく、分かってくれている。
ああ。ずっと、こんな風にやっていきたかったのになあ。もう、それはないのだ。
 
 
とはいえ
 
 
「アンタの絵図にのってやるけど・・・ミサトたち、本部の方はどうなの?連絡して連携なんかとれたもんじゃないけど・・・・」
 
これから自分がやるのは、ひどく繊細な精密作業。いつもの使徒戦のように、乱戦上等!でたとこ勝負じゃワレー!!みたいな調子でいたら、とんでもないことになる。
戦機のバランサーとして、総本部とは連絡を密にしておきたいが、それは出来ない。
 
繋いで連動した時点で、全部、もっていかれる確信がある。ものすごい矛盾。古今東西あらゆる軍師や作戦家が直面してきたジレンマ。いや、目隠ししてピアノ弾くどころか、鍵盤がどこにあるのか分からないのに、初見でノーミスで超難曲を弾き通せ、に近いか。
それは芸術というより曲芸、いや、奇術か。事前打ち合わせもなく。それでも、せめて。
アイコンタクトもできんけど。それでも、せめて。なんか・・・・ないかなー?
こっちは美少女だけど、ただの人間だしー。軍神になるつもりも毛頭ないしー。
 
上目遣いで渚の方を見てしまったけど、別に媚びたわけじゃない。
 
 
 
「あちらの方も大丈夫。絵を読んでくれたようだよ」
 
ものすごく嬉しそうに、それも、レア中のキングレア、というか、幼い子供のような純真無垢な笑顔で言われたので、灰基督ともども、あやうく温和浄化されて使い物にならなくされてしまうところだった・・・現時点でヤバヤバのドドド修羅場であって、ピュアハートにヒーリングされて日だまりほっこりしとる場合じゃないのだ。TPOをわきまえて、やってほしいそういうことは。リツコ博士がこの場にいたら絶対にしんでる。
 
 
「ハア?」
 
き、気合いを入れ直すため、ついヤンキー系な目つきと声色になっちゃったケド。
大丈夫、って言ったんだから、なんか、ご都合のいい方法があったのだろう。
自分たちにしか通じない暗号・・・とか、あったかな・・・?いや、ドルアーガ、「鉾」のことを考えると、イロイロと先々を読んで仕込んではいたのかもだけど。うーむ。
 
コノトキ、白銀ノ光人ハ「アチラノホウモ ダイジョウブ エヲヨンデ クレタヨウダヨ」ト、我ニ告ゲタ・・・・・回顧録にこんな風に書いたら、後世の人はワケが分からないかもしれない・・・いま、現在進行形の自分がワケ分からんし・・・・
 
 
 
「らむららぁー」
 
ぺたぺた、という裸足で歩く音とともに、人の言語というよりは、心の波をそのまま喉から通しただけの、これまた純粋というか自然すぎるというか、グエンジャ・タチの声が。
 
おそらく、挨拶の、類い・・・であろう。どう返答するかどうか考えるより
 
エヴァ九号機専属パイロットが、時計の席が空いたこの場に、天京は灰基督庁内会議場にやってきていた。
 
 
「ダメだよ、タチ!!ちゃんと拭かないと!ここは実験諸島じゃないんだから!服もちゃんと着て!!」
 
同年代の赤い髪の少女に片手バスタオルでがしがしと濡れ髪を拭かれながら片手でボタンをはめてもらいながら。体を密着、腰だけで相手をホールドするのは体術というよりは慣れの力だろう。話には聞いたことがある・・・ヨッドメロンのパイロット・コア、コードーネーム「ジャムジャム」・・・・エヴァよりもっと深い業界の暗部にいた子供・・・
 
 
この二人が、敵か味方か、こっち側か向こう側か、見極める必要があった。
 
 
「きゅーるーらー」
 
髪を拭かれるのが心地いいのか、相手に心を委ねているのか、気持ちよさげに黒目をほそめてされるがままのグエンジャ・タチ。「あー、こんなに海藻が・・・・」介護か飼育かよくわからない。ただ、エヴァ九号機を自在に操り、大海洋をわがものとする海皇・・・の看板を背負ってるはず、なんだけどなー。てめえで頭くらい拭け。癒やされたりなどしない。するものか。してる場合じゃないのだ。・・・・急いできてくれたのだ。彼なりに。
 
 
 
誰が呼んだのか・・・・それとも、絵を読み解いた?者たちが段取りしたのか・・・・