「そんな宗教SF、誰が信じるものか!!」
 
JA連合時田氏が咆吼した。エヴァ嫌いネルフくたばれチルドレン冗談じゃないの三拍子そろった常識大人の魂こもった咆吼だったが、
 
「痛っだだだだだだだ!!」
その直後、頭痛に襲われてしばし転げ回ると
 
「だが、信じざるをえない・・・・説明は出来ないが・・・体が覚えている・・・
時間を・・・・逆巻いて、”何か”やった者がいる、と・・・いだだだだだだ!!!」
 
葛城ミサトを睨み上げつつ立ち上がりつつ、「時間を・・・」以降はかなりの早口で、しかもボカしながら言ったものの結局、頭痛からは逃げられず再び転げ回る時田氏。
 
「経験者」だけあって、この頭痛がただの肉体不調によるものではないと知れることだけが幸いか。そうでなければ病院に直行するしかない。この状況で何しに来たのかそれこそ分からないが。
 
 
 
ここはネルフ総本部の会議室。碇ゲンドウ、冬月コウゾウがいるとなれば、ここに出てくる単語一つでも超機密、業界の命運を決めるパワーオブパワーワードに違いなく、ここでヨタなど飛ばそうものなら本人獄門さらし首一族郎党終身刑にされても仕方があるまい。
 
 
ここでの情報、判断が、多くの人命に直結するとなれば。業界の趨勢以上に。
とはいえ、照魔鏡をもつわけでもない、八本足の伝令馬がいるわけでもない、青くて丸い猫型の遠未来ロボットがいるわけでもない、現代人の身であれば
狼少年と市場に虎が出現したと三度も告げるおっさんなどを多数交えて伝言ゲームをするようなもので。最善は尽くすが、ベストかベターかダウトかアウトかバッドか、そのあたり後世に判断してもらうしかない。その後世があれば、の話だが。
 
 
「2時間程度なら、どんな頭痛も感じなくしてやれるけどねえ・・・後遺症がアレのアレだけど、話の邪魔になりそうだし、やっとくかね?」
 
こともなげに言い放ったのは綾波ナダ。綾波レイの祖母であるが、ネルフの人間ではむろんないが、孫娘の顔をただ見に来るような綾波脳病院の院長にして綾波党の党首ではない。
 
「遠慮しておきます・・・・」
やれるというのだから、この頭痛さえどうにかしてしまえるのだろう。赤い瞳の異能者たちの総元締め。すぐ立ち上がらないと強制でやられそうだ。
 
 
「結界は完全ですし、お渡ししたトキジク薬を飲んでないなんてことはありませんよね?」
 
室内にもかかわらず、フードを深々とかぶった古の修道士のような格好をした、声からすると若い女性が事務的に聞いてきた。ル・パロウ・ヴォイシス。一時期、封印された初号機の左腕と結託してこのネルフ総本部を牛耳っていた、呪術集団・ル氏の術士。
 
怪しさ満点でなんで列席を許されているのかよく分からんし、そんな怪しい薬などもらっても飲むわけがなかろう!・・・・しかし、他の面子、「第二東京・第28放置区画でのあの時」に間違いもなく出張ってきていた葛城ミサトが平気な顔をしているのは、その薬のせいなのか、まさか結界とやらは自分たちマトモ科学の住人には効かないのか?
 
 
「あ。お渡しするのを忘れていました」
 
さらっと、隣の真田女史が。自分は飲んでいました、とその冷静な顔が教えてくれる。
 
「問題なく効くようですね・・・周囲の皆さんもどうやら飲まれているようですし」
 
まあ、好意的に考えれば、毒味役を己に任じた、ということなのだろうが・・・
 
そのレベルで疑うようなら、そもそもこんな所には来ていない・・・用心深いのは大事だろうけれど・・・いい大人が転げ回るのを何度も目撃されるのも・・・どうかな・・・
 
 
霧島マナを筆頭に、よそ者は自分たちではないわけだし。ネルフのライバル的存在としてどうかなー、と思いつつ、受け取ったトキジク薬を飲み込む時田氏。
味はライチに似ていた。ライチにそのような薬効があるのかは聞いたことがない。
 
 
このような段取りをいつからつけていたのか・・・・誰のプランであるのか・・・
 
 
ドクロタワー宛てにあの謎の画像がするり、と送信されてこなければ、こんな所には来てはいない。特務機関ネルフ総本部の提供で、とあるのだから、無関係ということはないのだろう。ただ、あんなものをネルフが本当に作成して、あちこちに、相手の都合も壁の強度も考えずに送りつけた、というのも考えにくい。やる理由もない・・・・が。
ある種の暗号であったとしても、対応表をもたぬ側が読み解けるはずもない。
 
そんなもの、無視しておけばよかったが・・・・するり、と金庫よりも重要な壁を透過されている以上、そうもいかず。我が社のオレンジ髪のシステム担当者も怒り狂っているし。
 
 
他の面子はどうかしらないが、似たようなものだろう。半信半疑でありながら、相当にやばい状況であることだけを予見しながら、ここに集まった。ネルフにしてみれば押しかけられた、という所か。導かれし怪人たち、だ。いい大人が導かれてどうすんだとも思うが。
ネルフ嫌いではこっちとひけをとらない戦自、ヴィレまで。よくも来たものだ。
 
 
足を運んだ以上、聞かねばならぬ。ここで何が行われようとしているのか。
ただの業界内での主導権争い、というのなら勝手にしろ、なのだが。
そこで語られたのは
 
 
 
使徒殲滅業界、ひとつの業界の幕引きについての話であったのだ。
 
 
 
使徒はもう来襲しない。
 
 
使徒使いが断言した。このたび使徒来襲管理の資格を取得したため、その必要を認めないので使徒が人類世界に姿を現すことは、しばらくない、と。少なくとも自分の代は。
 
 
異論が出ないこともなかったが、使徒の使命ベースが「エヴァへの血の洗礼」であること。
 
エヴァ相手に殺し殺され、その血を浴び続けたエヴァの内部にある選ばれた子供たちの「魂」が「儀式」に適合適応するために行われていた人外魔業。
 
 
それだけではないが、基礎としてそれがあった。人類殲滅するだけなら、あのような巨体は必要も無い。毒性と感染力の高い厄災疫があればそれで足りる。人をよく調査していた使徒にそれが分からぬはずがない。ましてや、その上天が。巨大な異形を相手どるからこそ、鏡のように、さる真似るように、それは人の得意技、魂は卑小な殻を超えて育ち完熟する。「儀式」にとって、それが何より必要なこと。
 
 
 
「それは・・・・人類の進化のためなのか・・・・?」
 
 
列席者の誰かがそんなことを口にした。だとしたら。ならば。それは。それならば?
 
 
「必要な、生け贄だっていうんですか?」
 
 
使徒使いは怒りを表に出さなかったが、会議室の室温がいきなり0,5度まで下がった。
 
 
「そんなの棚ぼた的レボリューション、あるわけない。棚レボ詐欺ですよ」
そう言って、室温を元に戻した。どうやったのかは赤木リツコ博士にも分からない。
感知もできないようにしてシャルギエルを連れてきているのか、または。
 
 
「いろいろな宿題や落とし前をつけてないのに、梯子なんか上がろうとしても、後ろから外されちゃいますよ。というか、わたしが外してあげますよ。碇ユイさんあたりは笑って許しても、わたしが許しません。そんなこと」
 
 
ぞお。室温の変化はなかったが、その表情で先ほどと比較にならぬ寒さを感じる。
碇ユイとは別系統での彼岸の岬、時間大河の辺、領域の外に立つ者のまとうオーラが。
 
 
 
「それも無論あるが・・・・今回の儀式は、進化とは真逆、停滞をもたらすものだ」
 
碇ユイの名を出されたせいか、碇ゲンドウが続けた。停滞ならいいのではないか?と口にする者はいない。具体性がないが、碇ゲンドウが口にするだけで「停滞」というものは平穏の現状維持にはほど遠く、地獄に落ちるよりもさらに悪い虚無案件だとを思い知らせる。
 
 
 
深淵がそこにあり。
 
おそらく、うかつに聞けば何週間も仕事ができないメンタルに陥る。
 
 
ならば、踏み込むべきではない。賢い者は危うきには近寄らない。知者はここから早々に去るべきであった。知らなければ、襲われることも悩むこともない。弱き人の子は目を瞑り耳を隠し無言を貫き歩み去る権利がある。ただ、それを行使するまともな神経ではそもそもここに来ていない。かつては子供であろうが、今となってはそれが自分の目より下に存在するほどの年齢を重ねてみれば、だ。
 
 
ゼーレのシナリオも大幅に変更されてしまっているのだがなあ、と内心で冬月コウゾウ。
もう副司令ではなくただの相談役であるから、多少は気が楽のはずなのだが。
 
ユイ君の名を出されると、そうもいかない。確定された破滅は彼女が防いでくれる。
そのために彼女は霧の山街に。浴びるはずだった光も、歴史に残るべき名も捨てて。
なら、イレギュラーはこちらで対処するべきだろう。そんなことしか、できないのだから。
 
 
ナザレ体制を前倒しに崩壊させて業界再編を狙うシナリオはいくつか存在した。
 
それはそれで計算上、正しくはあった。寿命を待つ、というのが最適解だと悟りつつ。
うまくいかなかったのは、ニェ・ナザレにつけいる隙がなかったからと、地の利を極めていたせいだろう。完成させることさえ恐れられた十号機の力とマルドウックチルレドンの能力、使徒兵装ソドラとゴドム。もし、十号機がなければ盤面も大いに変わっていた。
 
もし、十号機が静穏を守らず欲望を前面に行動すればどうなっていたか。
 
もしくは、それをせぬから無敵であった、というべきか。強さ、ともまた異なる。
暴走するエヴァを問答無用で抹殺する処刑役でありながら、その死を望まれた埋葬機構。
業界では知らぬ者のおらぬ生体ファウンデーション。
代行システムを構築する前に、それを破壊するのは愚の骨頂だが・・・
基盤自体が、稼働を止めてしまえば。その役目を放棄してしまえば。
天から遠くそれゆえ死の招きよりもなお遠い土の結界から、這い出してしまえば。
 
 
このプランをどの時点で作成したのか、分からない。知れば当然、碇と二人、妨害しまくってやったが。こちらとて、神の目をもっているわけではない。向こうはそれに近いものをいくつか所有しておるので元より分の悪い勝負ではあるのだが。それでも内紛であっさり何板も何柱もしてやられているので、うまくやってのけた、と賞賛するべきか。
 
 
どちらにせよ、人の、子供の魂で儀式を成立させようなどという組織だ。ゼーレめ。
いい機会だから内部分裂したあげくに消滅しろ、といいたいが、それはそれで所有資産が厄すぎるので管理者的には丁度いい役どころではある。だが、今回の件は大いに反省しろと言いたい。コトを終息させたら大いに分捕ってくれるクカカカ・・・、と、ウインタームーン毒殺念波を発している場合ではなかったな。発掘戦艦など必要ないしな・・・
 
 
七ツ目玉の人類儀式の結果が、輪廻転生の無効化、灰は灰に、土は土に、無に帰す完全に。
 
 
碇の口から出た話でなければ、失笑のひとつも出たであろうが・・・・・場は完全沈黙。
 
宗教倫理的にも沈黙を守るしかあるまい。その実行方法が、ただ単純にエヴァチルドレンの殺害にとどまるのであれば祈りの手を合わせるだけかもしれないが。
 
 
 
「日本列島まるごと・・・焼き尽くされる、だと・・・?」
 
呻いたのは戦自。その中でも最もクジ運の悪い男だろう。来たくて来たはずもない顔色が血の気引く白を衛士として本能的に湧き上がる怒りの朱紅が貫き、日の丸に染まる。
 
 
意図的なものではなかろうが、使う得物の威力が抑えに抑えて最低でもそうなる、という話だ。炎の使徒武装・ソドラ。使徒にそれを使わさぬため守護してきた大陸級終末兵器の使用可能性が非常に高い。使わぬかもしれぬが、使えぬ、ということはない。その使用を促す方向で仕掛けが組まれているだろう、といった方がよい。
 
 
ここ、第三新東京市は、絶対にターゲットになる。それは間違いない。爆心地はここだ。
大焦熱地獄の現世零番地。ついこの前はコキュートスの辺にされかけたわけだが。
 
儀式の場として、炎群の鳥葬。まとめて焼き払われる焦土島、とかシャレにもならぬ。
ネルフのネの字も残してやるものか、東の島に潜む使徒どももこの際浄化してやるぞ、というシナリオもあっただろうが、標的はあくまで。
「帰りたい・・・クムランに帰りたい・・・あそこなら安全なのに・・・帰りたいよう」
ル氏の小娘が震えながら嘆いているが、もう間に合わぬ。
 
 
自分たちもそれなりに対抗措置を準備はしていたのだが、結局は出し抜かれた。
 
ゼーレ内の統括部門も征服部門も抜かれたのだから、切腹ものだ。その前に腹を食い破られたというべきか。それとも、これは人類に仕掛けられたタイマーだったのか。色は黒の。不覚醒時計。それを切除するまえに発動を許したのろまな種は滅びる定めなのかもしれぬ。
 
 
責任を問おうにも、やらかした当人というか当板というかは、最長数日で死ぬ。
 
禅譲の前に。蝋燭の灯滅前の三千大殺界というか。最凶最悪の欲望を爆走させて。
 
少なくとも他のゼーレたちは七ツ目玉の変妖儀式は人類を万能の存在に変化させる、
自然生命の枠より超越するために、成されるものだと弁えてはいるはずだが。
 
そういった奇しの実験をただ好むだけ、なのかもしれぬが。知恵の実の種を発芽させて。
 
そうしたサガを剥き出しにした、人類種の核、梅干しでいう天神。飾も皮も必要としない顔無しの祭祀ども。真実だけで駆動する大義の機関。喜怒哀楽なく公平有能ではあったが、多様性を考慮に入れぬ井戸の怪物であり、人災中の人災でもある。上位に仰いで気が休まるはずもない。中間司令職にある碇もよく逆さ天井にされて痛い目を合わされてきた。
連中は連中で正しくセフィロトの使徒なのであろう。
 
それがこの度、連座する板たちも道連れにされるわけで、それが責任といえなくもない。
ゼーレのあの形も、あれはあれで辛いのかもしれぬ。碇はどう考えるかはわからんが。
 
敗因はゼーレ所有の非常識資産を後先考えずに全投入して浴びせ倒してきたことだろう。
知られてはならないほど巨大な天秤を、大きく揺らしてきた。あおりを食った実験群がいつくか消滅の憂き目にあったが、それも構わぬという。全員が敗者となるムーサイド。
 
反影都市・ゴドヴェニアを使い潰し、初号機と弐号機パイロットと機体の反存在を召喚し
 
使徒殲滅後、エヴァの相互破壊による安定と平衡を保つための切り札としての各部門の虎の子である”アナザー”機体を引きずりだし。
 
直属ではない終時計部隊の支配権を強奪し、強制指示を与えて天京で碇シンジを捕獲し、「昔昔昔」として稼働させ、マルドウックの火喪事件にまで時を遡り、マルドウックチルドレンを回収・・・おそらく数人程度を見込んでいたのが、”どういうわけか”ロストしたチルドレン全員を救い上げて・・・その代償に赤子になったのはなんというか悪魔の所業っぽいが・・それとも神の悪戯か、人類枠というものか、転送先がエヴァのエントリープラグならば十代の肉体を押し込めるわけにもいかなかった、という親切心ゆえだったのか。
エヴァを動かせぬ老人の知れるところではない。もちろん、理解の逃げではないこれは。
若さの辞書には不可能がないのかもしれぬ。たとえしくじることはあるとしても。
 
マルドウックチルドレンを過去から引き上げてきたのは、もちろん十号機・ニェ・ナザレに対する呼び餌であり人質だ。そうでなければ、動かない。ギルのA・V・Th、後弐号機による殺害計画もあったようだが、ご破算になった。それが成功すればしたで構わなかったのだろうが、儀式が成立しさえすれば、十種の子供を、その魂を捧げてしまえれば。
乱神怪奇な計画だ。どこをブツ切ろうと、たちまち再生するクリフォトめいた・・・
 
ここで使徒が来襲し、エヴァを全て滅ぼしてくれてもまったく問題なかっただろう。
それを予想期待していたスジもあり、反存在が反旗を翻す、という事態にも対策はあり。
修羅場のゼーレよりデータを引き出してマギに検証させても、儀式は成立100%だと。
このプランの首謀者を捉えてブチ殺したところで何も変化はない。儀式は成立する。
 
 
生き残りがいるかもしれないが、必ず、予測全パターンにおいて、十種の子供が死亡する。
 
 
科学的根拠はない。これは呪い。これは祝福。これは儀式。七つの目玉もつものに冥鑑されるための。取りこぼしがないように、間違いなく、十の子供を、捧げる、という執念。
 
一度で駄目なら、もう一度。今度こそ今度こそ今度こそ今度こそ・・・・・
 
それが単なる狂気なら、どれほど対処が楽か・・・そんなものに遅れをとるはずがない。
これは正道。但し、悪魔も神もまたいで通る類いの。正道であるから、こうも魁けた。
 
 
業界の礎、十号機が動いた時点で、詰んだ。詰まされた。盤自体が返されて読み合いの勝負が終了させられた。その執着を読み誤った。全ての人間が。ゼーレはそれを察知して利用した。その差が敗因だ。司令部が潰されてもまだ戦はできるが、火薬庫の番人が戦場に出てくるのだ。終わるに決まっている。十号機、カッパラル・マ・ギアの穏当な解体を考えていなかったわけではないが、もう遅すぎる。言い訳になるが、足止めもかなり食らったのある。言い訳だが、相談役なのでそれくらいは許してもらえるだろう。碇はダメだが。
 
 
「・・・・あの頭痛があった、ということは、もう既に・・・改変は・・されたのだろう?
それなのに・・・なぜ、ピンチを切り抜けていないんだ?失敗・・・・したのか?」
時田氏による当然の疑問に
 
 
誰も答えない。碇が目でこちらにふってくるが、スルーする。赤木君も同じく。
 
 
どの時点でやり直せばよかったのか、という仮定には、マギも答えない。どこまで遡れるのか、というのがそもそもデータにないのだ。終時計部隊が全て揃ったのも今回が初。
しかも、それを命じたのはそもそもこちらではないのだ。言いにくいのは分かる。
だが、今やただの相談役にそんなこと語れるはずもない。後手後手の後手なのだ、などと。
 
 
「元を絶たないと、何度でも同じことが起きるからですよ・・・・成功したから、生きているというか集まってられるんですよ・・・・ああ、目眩が熱い・・・・」
綾波姓ではあるが、別枠で離れて座っていた未来視、綾波ノノカンが茹だっていた。
「こんなんじゃ目玉が何個あっても足りやしません・・・・観測するだけでハッピーエンドが待ってるなら、苦労のし甲斐もあるんですけどね・・・うわっ熱ちゃああ!」
ただの占い少女がここに来れるはずもない。飛び出す化鳥音もなにぞ意味があるのだろう。
 
 
「く・・・未来視に先を越されましたか・・・そうです、失敗などではありません!断じてNOです!ウエルズの大螺子は完全発動しました!初合でこれは凄いことなんです!
わたくしたちは成功したんです!ユファネル先生の言われるとおりに・・・でも・・・先生は・・・。これで・・・人の歴史があるべき方向に修正されるなら・・・されるのですよね?シンジさん・・・・」
 
机の上になぜか置いてある砂時計がいきなりしゃべり出したので驚く者は驚いた。
 
それを依り代に終時計部隊からの通信だと知って二度驚きもする。「あれ?シンジさんはどちらに・・・・?いない?消えた?どっか行った?バックれた?逃げた?逐電した?
この金砂星丘からどうやって!?」さらに不穏な反応に三度驚く。
 
”シンジ”というのが碇シンジのことならば、ネルフは鬼札を相手の山に紛れ込ませることに成功していたのか。
それとも、それすらいいように利用されていたのか。自らの意思でトンズラ可能だったというのなら、前者なのだろうが・・・
 
 
十号機に乗る前のニェ・ナザレを”消した”場合、それ以降の守護者不在の業界がどうなるか・・・それが今日、最悪の破壊者としてこの都市に来訪しようとしている。
 
推理小説では登場した爆弾は必ず爆発する掟だが・・・ラッキーなことに不発弾でした、となれば言うことはない。現実的には全然OKなのだが・・・・世の中、まことに甘くない。荒魂と和魂、二面性を顕現させてこその神性、ではあるが。
そのあたり、チェックされてはいるのだろう。ちら、と使徒使いの少女を見る冬月相談役。
祟り的なペナルティをもらおうが、怖い歳ではない。今更だ。
 
 
反存在の初号機・弐号機が十号機を討つもよし、返り討ちにされるもよし、ただ。
その前に、アナザー内にいるマルドウックチルドレンを、その魂を儀式に使用する。
その報復にソドラ発動。そこにいる全てのものが巻き添えになり、この世から焼失。
儀式成立。全方向に導火線を備えてあるご丁寧さ。
もしくは、マルドウックチルドレンの駆るアナザーで十号機を狩るか。
使徒の乱入に備えて戦力配分に余裕をもたせてあるようだが。
 
 
「使徒も、大使徒も、この戦い、この儀式には介入しない。できません、と言った方がいいか・・・・それは、当てにしない方がいいです。今のうちに伝えておきますね」
 
使徒使いが断言する。あくまで人の戦いだ、と。乱入されないだけ有り難いというべきか。
葛城君などはつまらなそうな顔をしているが。これで潰瘍にならぬとか魔神の胃か。
初号機パイロットが天京にて終時計部隊に合流するのはゼーレの計画通りでもあるが、こちらの計画通りでもある。ただ、この時点ではいかにも負け惜しみに聞こえるだろう。
 
 
「十号機とやらは何か、要求してんのかい」
 
綾波ナダが他の専門家どもを差し置いて、ずい、と来た。孫娘の身命がかかっている話でグダグダやってたら頭蓋骨を切り裂いて脳みそに唐辛子を混ぜてやるぞ、とその目が。
 
 
「こちらからの通話に応じませんが・・・マルドウックチルドレンの生命と安全は確保する必要があるでしょう・・・困難ではありますが・・それは、必ず」
葛城ミサトが答えた。鋼の声。鉄の表情。片目を血走らせて。右手の指先を震わせて。
いつぞやのギルでの不可能以上の不可能。作戦家としては愚策中の愚策を選択する痛み。
 
 
ここが歴史の分岐点。あまりに重たい。自分たちの手には負えないのではないか?
 
次の、もっと有能な、もっと天才的な誰かに託すべきではないか?こんなこと、ムリだ。
 
できない理由は作戦頭脳が百万個も上げられる。こうやれば、ご破算になる手段だけが雲のように次々と湧き上がる。胸の中の黒い入道雲。子供たちは逃がすべきではないか。
死ねば何もない。死ななければ、まだなんとかなる。死ねば無だ。灰は風に消える。
消えてしまう。それを回避するために、逃げるのも。逃げるにしかず。四十八計。
十種の子供が、捧げられてしまえば。他の子はまだ、助かるかもしれない。全滅は。
 
 
 
だが、ここでケリをつけることを選択した。
 
 
 
使徒殲滅業界は終わり、次はエヴァでの潰し合い、壊し合い、相互殺害業界となる。
これはその前哨戦、臨床試験のようなものだ。兵器として。宇宙人襲来にでも備えるため?
さらに強く。さらに硬く。さらに優れて。さらに壊せて。さらに殺せる。さらに滅ぼせる。
 
盤面自体が崩壊するなら、あらたな盤を用意する。いや、既に用意されていた盤面に移行しない。反逆であった。決戦兵器としての存在価値を反転させる狂気の沙汰。
 
そんなこと、できるはずがない。夢想がすぎる。絶対に不可能。無理筋。
誰が信用するものか。人間に、そんなことは、できない。もし、できたら。その前に。
 
 
それが出来るのだと、証明しなければならない。毒も皿も食らって生き延びてみせねば。
一度、出来れば、それは不可能ではない。証明できれば。人間がやれることを。
やり抜けることを。使徒はおそらく、それを見るために、手を出さない。
 
 
エヴァによるエヴァ殺しを、全知全力全能でもって、防ぐことが出来たら。
エントリープラグより、操縦者を一人残らず、拾い上げることができたなら。
 
アナザーは、この地に降りると同時に互いに殺し合うよう仕向けられているはず。
鏖殺自動人形方式。そんな効率を選択しないわけもない。
数字の順にか、とにかく十種消せればいい、と乱戦するかは分からない。
十号機、ニェ・ナザレがどこまで正気を保っているかにもよる。
 
 
「要するに、相手はこちらをなんの遠慮も容赦もなく殺しにくるが、こちらは生命第一、というわけか。隠しエヴァたちのスペックを読ませてもらったが・・・現在の戦力では、捕獲どころか秒殺、叩き潰されて終わりだぞ。バカなのかお前さんたちネルフは」
 
葛城ミサトの作戦プランを時田氏は切って捨てた。当人が誰よりもよく分かっている。
アナザーの機体能力もそうだが、その中にいるマルドウックチルドレン・・・赤子の状態になっているが、もし、生まれながらの才能がシンクロされて使用可能となれば・・・
 
 
「まあ、否定はしません」
葛城ミサトはあっさり認めた。ケンカ慣れはしているものの、レイをはじめとしたうちのエヴァチームがやられない保証は全くない。そんなこと誰よりよく承知している。
碇ゲンドウ以下、ネルフ首脳部の判断は皆同じ。しかも碇シンジの初号機と惣流アスカの弐号機が不在なのだ。バカと愚か者の境界線をジグザグ走り抜けるような。
 
「なるほど、バカだったのか。今まで壁を感じるわけだな!!」
時田氏がこれ以上なくバカにしきった顔で。なんせ当人達が認めているから遠慮は無用。
わはははは!と高笑いが会議室内に響き渡る。それは会議終了の合図にも等しい。
 
これでなんでこんなインポッシブルミッションに挑もうとか考えるのか・・・・ネルフはどうかしとるんじゃないのか・・・・戦自もヴィレも秘儀をもって紛れ込んでいた調律調整官も思った。まさか、「ネルフはバカでした」と報告できるわけもない。玉砕直前の空気とはこんなものだろうな、と撤収準備にかかろうとする。
夢想に酔った負け戦だと知れているのに巻き込まれるわけにもいかない。
持ち帰って自分とこの戦術AIにかけるまでもなく、百万回シュミュレートして百万回全滅するだろう。しかも、十号機とソドラはデータ自体がないときてるし。どうしろと。
もっと現実的判断をするべきだろう。これは・・・
 
 
 
「ただ、現実的ではある」
 
どっか、と腰を下ろしたまま、JA連合のチョビ髭トップは言った。隣にいる怜悧の権化、冷静極まる女史も微動だにしない。退出しようと腰を上げかけた者たちは目を剥く。
 
無視し聞き流すべきだったが、そこは時田氏の貫禄だった。伊達に業界を生き延びていない。これが現実だと机上に提出されたものがあれば無視できない。診察台に血まみれの患者が運び上げられて医者が逃げられないように。手遅れだと告げるにしても、診ることはせねばならない。せずにいられない。どこらへんが現実的なのだ!!ふざけんなコノヤロー!!、と怒鳴り上げてやりたくもあった。
 
 
「勝てない勝負に勝とうとするなら、審判を抱き込むしかない」
 
 
「・・・・・・・・・・・・・」
 
え?そういう「現実」なのか?と、剥いた目をグルグル渦巻く戦自ヴィレ。
まだ壁の向こうにいる。ネルフ壁に近くある者たちは、即に理解している。
それは恐ろしく高いハードル、バベルの塔よりも高い関門、ではあるが
 
 
もし、マルドウックチルドレン全員をアナザーより救い出すことが出来れば。
 
十号機・ニェ・ナザレは、こちらを敵視するだろうか?少なくとも、それをやろうとする勢力をわざわざ焼き払う必要がどこにある?本能に訴えるほど明確に。少なくとも、区別をつけてもらわないと。自分たちは生かしておいた方が、あなたにとって都合いい存在です。マルドウックチルドレンを「どこか」に神隠していたのは我々じゃないですけど。
そこから連れ出す手助けくらいはしましたけど・・・・それは、助けるため。
 
ゼーレの下位組織ではありますが、そのしもべ、使徒、パシリなんぞじゃありませんや。
魂を取り出して捧げるためではなく、エヴァ戦力として利用するためではなく。
ただ、親馬鹿、バカ大人のように、子供を守りたいだけ。自分たちの次を担ううつしみ、
それらを道具にしたくないだけ。・・・・・・・・・・・・・・・・なるべくなら。
人のあとは人が継ぐべきだろうし、道具にされた人の子はやはり己の次を道具にして扱う。
 
 
「十号機は戦力単位として計上するより、ルール側の存在と見なした方がいい。データがないのもアレだが、それだけのシロモノ、ということなのだろうさ。敵勢力として対抗することが適わぬのだから、もう関係性を変化させるべきだ。二正面作戦は確実にキャパオーバーで破綻する、なんてことはここにいる全員が分かるだろう。いや、子供でも分かる。ネルフの全戦力をもってしても、隠しエヴァどもに”細工”をするので精々だろう」
 
 
「いや、それすら危ういんで」
 
今度はズバッと。葛城ミサトの方が切り込んだ。作戦家というより剣客というよりはただ、功名餓鬼の目つきで。よこせヨコセ、戦力よこせ。おいてけオイテケ戦力おいてけ。
 
 
「言うまでもないけど、孫娘のために綾波党は協力してあげるよ。エヴァだかアナザーだかのデカブツはどうしようもないけど、引き倒してくれるんなら、そこから赤子の取り上げはやってもいいよ」
 
赤い瞳を爛爛と輝かせて受けて立ったのが綾波ナダ。異能者の集団、綾波党の党首として。
なんの外連もなく、孫娘のために。後継者レイの命と魂、タマタマが狙われているとなれば何が相手だろうが、党の全力を持って立ち向かうに決まっている。党首の判断にして党の総意であった。ただのファーストチルドレンではない絆がここにある。
ただ、それがなければこんな島国など捨てて早々にエクソダスしていたかもしれない。
 
責任感の無駄に強そうな孫娘は自分を守るなどやめてくれ、と泣いて頼むかもしれないが
そんなのは無視だ。守るに決まっている。赤い目玉の者たちは総本家の血筋、ということを抜きにしても孫娘にすでにゾッコンなのだ。祖母の自分はそれの筆頭。こっちの命が目減りしようが嵐を呼んで呼びまくってでも、孫娘を覆わんとする死の運命を吹き飛ばす!
 
 
「JA連合も参戦させてもらう。遺憾ではあるが。我らのJTフィールドがなければどうしようもないでしょうからな!いやいや、まったく遺憾の極みでイカンのですが!」
 
何が遺憾なのか。便利な言葉だ。思うままに参戦するくせに、と。真田女史は薄く笑むが、珍しくそこに冷たさはなかった。もちろん、この結果は”冷静冷徹な判断の下”、知れきっていたので連合メンバーにはすでに招集をかけてある。少女の頃は、サンダーバードが好きだったりしたのだ。巨大な力をもって小さな命を救い出す?わくわくゾクゾクする!
 
脳裏にある損得計算のバランスシートは、そのために出る犠牲、生命資産の損失との平衡を警告するのだけれど。自分の中にある本能のエンジンが生む熱はどうしようもない。
危機にあって、手足が凍るように動かないのだとしたら。なんのための訓練した脳か。
恐怖はするが、怯えては、ならない。機械の手足たちが、それを待っている。人の注ぐ
脈動する熱ある流れを。公言することでもないが、JA連合のロボットたちは熱血です。
 
 
「わたしは・・・・先ほども言いましたが、直接は手出しができません。でも・・・
ゴドムでフォローすることはやれますから・・・
 
使徒使い霧島マナが、神やら使徒やら人やら星やら大地やらさまざまに多重複する立場の狭間に悩み苦しみ、少女のようにうつむきながら。告げてくれた。
 
といっても、本当の少女だった。父親がその隣で、娘の決断に頷いていた。
どんな決断をしようと頷いていた、そんな、頷き。すでに人でなかろうと、娘は我が娘。
 
巨大な力をふるう者には、強大な責任が伴う。使徒使いが自由自在だなどと、神の使徒が天罰を受けないなどと。誰が。この介入の責咎によって冥府に落ちないなどと誰が。
保証できようか。謎画像を送り込んできた者にもおそらく不可能。自己判断でよろしく〜と挑発だけして丸投げた。シンジ君達は慕うけど、わたしは彼、嫌いダナー・・・
 
 
ふはっ
それでも、ネルフ首脳部の間には、目には見えない安堵の一息が立ち上る。
 
ハーフとはいえ、使徒使いの所有(強奪した)する凍結系使徒武装「ゴドム」があるのとないのとでは流れどころか、話が違いすぎる。碇シンジの初号機があったとしても今回のメインウェポンであることは間違いない。ヤマトに波動砲があるとのないくらいの差だ。
ゆえの、ふはっ、だ。もちろん、安心にはほど遠いが。この一息つけるのとつけないのとでは大きな違い。葛城ミサトなど内心で号泣した。謎映像の通りにしてあげますよ横車押してあげますよ略奪恋してますよふん、とか言い出して思春期的アクション起こされたらさすがに2リットルくらい吐血するだろう。すなわちデス。だが、一息つけたのでそうならぬよう大車輪で展開していかねばならない。苦戦はするでしょうが、いけますよ的アイアンフェイスで。
 
「戦自さんには、被害の拡大を抑えるため、周辺地域の・・・というか、日本全国の避難誘導をお願いします。可能な限り、ここでケリをつけようとは考えてますが・・・」
 
列島まるごと焼き尽くされるぞ、と脅された後である。どんなにネルフが目障りであろうと、自分の家族の身の安全が優先。手持ちの戦力をよこせおいてけ、と言われたらどうしたものか、内心、慄いていたところに、安定ポジションを投げてこられたので、もちろん飛びつく戦略自衛隊ネルフ担当。気持ち的にはフライングゲット!くらいで。
 
魔女か鬼婆にしか見えなかった葛城ミサトが知恵の女神に見えた。もしくは文殊菩薩。
ここまで心情的に同盟だったヴィレが裏切り者を見るような視線を向けてきたが、無視。
 
よく考えたらお前もどっちかというと、ネルフ寄り組織やんけ。日本を神州ヤシマを守るのは我々だ!だから、第三新東京市周辺を守るのは、君たちがんばってくれ。健闘を祈る。
ネルフから「やってほしいことリスト」が大量に送られてきたが、受けるしかない。
もちろん、幼い赤子を助ける、救難活動というのはこちらの本業でもあるが。
 
儀式がどうのこうの、と上役に説明しにくいのもある。ここの空気を吸えば、嫌でも理解するだろうが・・・。時間が改変がどうのこうの、というのも・・・この稀代な業界の情報は収集され研究もされてはいるが、公式発表できるものでもない。縁の下の世界はいましばらく表に出てきてほしくはない。少なくとも自分が定年を迎える前では。まあ、税金泥棒と呼ばれてはいかんので仕事に取りかかろう。こっちもがんばるので諸君らも奮闘してくれ。敬礼!
 
 
「あの・・・私は、術士はこういう荒事には向いてませんので・・・・皆さんの足を引っ張らないよう、クムランに帰らせてもらっても・・・」
 
往生際が悪いル氏の術士(居残り組代表)ル・パロウ・ヴォイシスが、空気など全くお構いなしに我が身の可愛さだけで発言するが「あ、ル氏の皆さんは、前司令のベルゼさんから全身全霊で手伝うよう命令が来てますので。頑張った分だけ、ご褒美を弾んでくださるそうですよ?」葛城ミサトにマッハで叩き潰される。作戦家がこの状況でそんな抜け駆け許すはずがない。逃がすもんか逃がすわけあるか・・・・逃げたらどうなるかわかってんでしょうね・・・マグナム弾並の眼力。基底に儀式だの魔術要素がてんこ盛りであるのに、その専門家を遊ばせるはずもない。葛城ミサトは別に魔術師でもなんでもない、ただの迫力だけで逃走の意思をヘシ折った。こういう事象をなんと説明すればよいのか、親友であり科学者である赤木リツコ博士にも分からない。こちらは目つきが電子冷凍砲であるけれど。
 
 
その調子でこの場に集まった関係各所に仕事を割り振っていく。平行して調整。無駄なコトをしとる余裕など零コンマ一秒もない。多重多層相互でありながら電光の如くほぼ無抵抗でそれぞれの仕事を流していく。日向マコト、青葉シゲル、伊吹マヤを三つの筆頭としての芸術的職人芸。手配師というか手品師に近い鮮やかさ。なんでこんなことが出来るのか実のところ、碇ゲンドウら首脳陣にもよく分からない。「成長したな・・・彼らも」とか言っておけばよいと思っている。これをコトが終わるまで維持してもらわねばならんわけだが、大丈夫だろうとも。なにせ鍛えられ方が違うのだフフフ・・。
 
時間との勝負であり、もうこの場でそれぞれ仕事を始める。ネルフスタッフが連結して会議場から指揮所に変換していく。実体戦力である使徒使い霧島マナとその父親ハムテル氏だけがこの場を去った。もはやサイは投げられた。通常の情報守護はル氏と伊吹マヤのチームが担当する。怒号すれば仕事が進むわけではないが、そうならざえるを得ない鉄火場。
 
葛城ミサトが「いやいや、あなたたちもそーはいっても仇とかとりたいでしょ?このまま先生をとられたまま黙ってていいのかなあ。先生、草葉の陰で泣いてるかもねえ。だからさあ、表舞台には立たなくていいからちょっち、ちょっっちだけお手伝いしてくんない?もちろん、バレないようにするから!あなたたちは中立だから!誤差の範囲内よもうー」砂時計相手に交渉している光景など戯画のようだが、これは現実。進行形で汗まみれ。
機材も人も用具もドッカンドッカン運び込まれる中・・・・ぽつんと。
 
 
 
ヴィレだけが。取り残されていた。
 
 
 
ネルフからも何も言われず、何も要求されず。何を言われてどう言い抜けてやろうかと待ち構えていたのに完全スルー。ヴィレなど存在もしていないように。臆病風に吹かれて欠席しとるかのように。アウト・オブ・眼中的に。情報だけ共有してやるから邪魔するな、とでも言わんばかり。他の勢力とあまりに扱いが違いすぎる・・・「こ、こっちだって忙しい中、来てあげてんだから・・・!」ピンク髪を逆立てながら悔しさのあまり、極秘中の極秘ネタを口にしたくなるが・・・・「こらえろ・・・耐えるんだ」禿頭の男、高雄コウジが渋い声で抑えるのでなんとか耐える北上ミドリ。「やつらの術中にはまるな・・!」
 
とは言うものの、何を考えているのかは分からない。まさかほんとうにヴィレいらんとかいうことはないだろうに・・・ないよな!?こんなリアル・ハルマゲドン状況で。
 
さっさと帰ってしまえばいいのだが・・・・それも後悔しそうで出来ない。ハッキリと
「ヴィレさんはお引き取りください」と言われればそうするが・・・・こっちが戦力提供を申し出るのを待っているのか・・・?だが、六号機と七号機の参戦決定はヴィレ単独では出せない。それが分からぬネルフではないだろうに・・・スタッフレベルの協力なら自分でも十分に肯定可決できるが、それなら戦自と同じタイミングで言ってきただろう。
これが戦略ゲームなら、カッパラル・マ・ギアを背面から突くだのするわけだが。業界の明日を占う、どころか一変させる事態にその場にいながら咬まない、というのも・・・・
 
 
「うううう〜・・・・!」「耐えろ北上・・・・・!耐えるんだ・・・!」
 
放置プレッシャーは、ある。というか、ヘヴィー級、それも世界ランカークラスの重圧だ。
若い北上にはキツすぎるだろうが、耐えてもらうしかない。アレはこんな所で使えない。
 
 
アレこそは、ヴィレのヴィレたる所以。ネルフとは違う証。ネルフとは違う地平にある旗。
 
 
ネルフは腹をかっさばくようにして、血の滴るレベルの特級情報をさらしてきた。
それがどういうことかは、若い北上にも分かる。体面もなくハラワタを見せられれば。
ネルフも店じまい、ということだ。今回の事象の巨大すぎる全責任を負わされて。
まともな組織集団ならば維持を優先させて、首脳部のみ離脱、回避逃走している。
まあ、それもまともに世界が存続すれば、の話であるが。
いずれにせよネルフは壁を飛び越えた。ゼーレのシナリオを踏み飛ばした。
 
 
誰かが、誰しもが、一歩間違えるだけで、世界が終わるかもしれない、という緊張感。
 
 
どこかの糸が、切れるだけで、複雑な機構はそれで停止となる。再構築の余裕もない
最悪の一発勝負。既にしてリカバリーの切り札は使ってしまった、と知らされたあと。
 
それに報いず、それに応じず、ただ座っているだけというのは・・・・・
 
「ウチだって・・・ヴィレだって・・・!凄いのが・・・神殺しの・・!」
桜色の悔し涙とともに、禁忌の言葉が漏れる。
 
 
 
「あるんですよね。AAAヴンダー」
 
 
いつの間にか、そば近くまで葛城ミサトと赤木リツコ博士が来ていた。
 
 
「あ・・・・・・」
 
石のように固まる北上ミドリ。そのコードネームまで知られているということは・・・
 
 
「出せんぞ、ヴンダーは。アレは・・・・アンタたちが考えているような戦闘艦じゃない」
 
反論はするが、知られている以上、どこまで抵抗できるか・・・・いや・・!自分たちを放置していたのはまさか・・・・!!「ええ、プロテクトは破らせてもらいました。あなたたちがいない間に」般若と夜叉と。「あとは発進コードだけ」口も大きく裂けているように見える。ビジュアルはともかく、人間業ではない。
 
 
「ウソよ!ハッタリよ!外部からそんなコト、絶対に出来るわけない!!」
 
この女怪ふたつに言い返すなど。泣きべそかきながらもプライドを奮い立たせたピンク髪の同僚にあとで好きなものを好きなだけ奢ってやりたいが、確かに戦闘艦ではないがそんなことを実現実行された日にはたまったものではない。不可能を証明するのが先だ。
そこまでネルフと技術力に差があるはずがない・・・・、と信じたい禿頭・高雄コウジ。
 
まさか、発進コードを吐かすためこれから拷問します、とか言い出さないだろうな・・・
ピンクの髪を丸坊主にします、とかなら代わってやれるが・・・・
 
 
「なら、内部からすればいい。腕利きがいるからねえ、そんなコト得意なのがウチには」
「はいこれ、証拠。一分で検証して」
ウソでもハッタリでもなく、やったらしい。スニーニングミッション、かましてくれたらしい。思った以上にルール無用の連中だった・・・子供が見てるんじゃないのか?
差し出された端末画面を見て33秒で北上ミドリがギブアップした。「マジ卍固め・・・」
伏魔殿かココは。いやさ、怪物ランドか。
 
 
「だが、発進コードまでは・・・・!俺は断じて口を割らんぞ!!」
「わ、わたしも!お、教えてあげないだからっ!こ、怖くないんだからっ!」
 
 
高雄コウジの咆吼とそれにおまけでついてきた北上ミドリの反抗が、場を沈黙させる。
 
 
高速で展開する力場を遮断するような異物は排除されてもやむなし。特に赤い輝きが怖い。
この準備が一秒遅れれば、その分だけ、孫娘、後継者の命魂が危うくなる・・・。
”邪魔おしでないよ・・・”声にせぬ意思に貫かれて、北上ミドリは気絶した。ゲーハー効果で多少の減衰があったのか、高雄コウジは耐えた。耐え抜くつもりでいた。
 
なんと言われようとどういう状況だろうと譲れないもの染められないものは、ある。
 
 
「予想外に根性があるな」「ああ、なかなかの気骨だ」
冬月相談役と碇ゲンドウが小声で褒めていたが、葛城ミサト達に勘弁してやるように指示するでもなかった。顔だけで判断すると、「逆に彼女たちはちと甘いな」「そうだな」的なことを言ってるようにも。
 
 
 
「どうしても出したくないと言うのなら、それでいいんではないか?」
 
フォローしたのが時田氏だった。かばうつもりもないが、あんまりネルフが偉そうに威圧風吹かしてるのも気に食わないのもあった。いや、素で鬼女である可能性も高いが。
 
戦闘艦?とか、聞いたこともない秘密兵器らしいが、遠距離から砲撃なんかされても現場が困る。JAの出番が喰われることはまずないだろうが・・・
 
 
「私たちは強制されて協力するわけではない。あくまで、志を同じくした、期間限定ではあるが同志・・なんか強制感が強まったな・・・うーむ、志士・・・いやさ、そんな立派なものではないな・・・・そうだな・・・志者、くらいか。それぞれ何を持ち寄ろうと、それぞれの自由とすべきだ」
 
釘を刺しておく。べつにネルフに従ったわけではない。むしろ、ネルフだけではどうにもならぬから、力添えをしてやっているだけなのだ。そうでなければ蹴落としてやる立場だ。
事態があまりにトンデモすぎるから、サイエンス成分を強めるために加わってやったのだ!だいたい、揃った面子もなんか科学から遠いのが多くないか?今は味方とはいえ。
全く、JAがいなかったら空想ファンタジーすぎて、頭の固い戦自の連中などは参加に二の足踏んだと思うぞ!感謝しろとはいわんが、恩義は理解しとけよネルフめ!
 
 
「志者、ですか・・・」
「篤志者・・・というのはあるけれど・・・・」
 
女怪ふたつが、女傑ふたりに戻った・・・気がする。が、碇ゲンドウと冬月相談役はあの二人がAAAヴンダーを諦める気が毛頭ないのを知っている。ただ、切り出し方がまずい。
 
どうせ艤装も済んでないアレを戦闘艦に使えるはずがないのだから、本来用途の使用であることを素直に告げればいいのだ。まあ、苦労した分、三十路女としてはちと捻くれてしまったのかもしれぬなあ・・・・そう思わないか碇・・・「・・・・」ノーコメントだと貴様!・・・いや、お前も成長した、というべきか・・・ユイ君が聞いている気がした?それはあるまい。大丈夫かお前。酸素吸入器はちゃんとしているな・・・・
 
 
 
「そんなことでいいのか・・・?それなら・・・・やれるが・・・」
「必要なデータはこの中に・・・・理解できる?」
 
相談役たちのまなざしから何か悟りでもしたのか、威圧が効かぬので路線変更しただけか、
深々と頭を下げて1から9までを説明することで、ヴィレの秘密中の秘密、「機械仕掛けの迦楼羅鳥」ことAAA(スリーエー)ヴンダーの発進を見事のませた葛城ミサト。
 
 
ちなみに、1から10,ではない。1から9までの説明であったが、さすがの高雄コウジもそんなことは見抜けるはずがない。それだけ葛城ミサトたちより人格的に上、高潔なのであろう。禿頭だけに徳が高いのかもしれない。赤木リツコ博士より特製ディスクを渡された北上ミドリも「出来るに決まってんでしょ!・・・え、なにコレ・・・なんでパッチまで把握されてんの・・・こっちのEサーチのシステム完成したのって3日前よ・・・キモ怖・・・」
 
 
「戦ってくれ、とは言わないから・・・・あなたたちの志・・・・旗鑑で、彼を、消えてしまう・・・あの子を見つけてほしい・・・お願いします・・・・お願いします・・・・!」
 
葛城ミサトがもう一度、深く頭を下げた。ゆえに、目の色は分からない。
隣にいる東方賢者の昏い眼差しも、常人が判断しうるものではない。暁なのか黄昏に近いのか。失ったものを情深く想っているのか、妄執の極まった白い灰のような無常宿すゆえか。岡山弁でいうところの、ぼっけぇきょうてぇアイズであった。
 
 
「お、おう・・・任されたが・・・本当に、それだけでいいのか・・?こんなことはアンタたちなら簡単にやれるんじゃないのか・・?」
「このデータ通りにやるなら・・・できるのは・・・このレベルの機能を搭載してるのはヴンダーだけ。・・・・だけど、こんなことって・・・こんな、命って・・・」
 
ただ、自分たちが一番最後にされた理由は分かった。こうして懇願されるためだ。
 
戦闘を強制されるより、連中にとって上位にある「行動」。逆に言えば・・・・
 
これは、もし、しくじったら・・・ことが終わって連中が生きていれば、の話にしても。
 
場は結界を張られたように、こちらが不在として動いている。
 
 
この場の外の外、知り得ないほど遠くへ、ネルフは刺客を放った。
鉄砲玉といった方がいいかもしれないが。
 
 
成功するか、失敗するか、ともかく、役目を果たすだろうそれを、探して回収してくれと。
ネルフは言うのだ。大戦の前にこんなことを頼んでくるとはやはりバカなのかもしれない。
 
刺客というか刺者の名は碇シンジ。目を抜いたゼーレを説得して、七ツ目玉への願いを変更させる、のだというが・・・鉄砲玉すぎる。こんな無茶ぶりあるかと思うが・・・・そんな儀式命題を誰かが変更してくれるなら、それは・・まあ、有り難し、だが。
 
 
・・・・それが可能ならば、同等の権限ないし能力をもつゼーレがやるだろう。
同等であるから止められない、という面もあろうが、最上位組織の威信をもってなんとかしろといいたい。ガキにやらすな!!と言いたいが、具体案があるわけでもない。
 
危険、というのも愚かな不帰の城。そこに自分の息子を特攻させるとは・・・・
 
成功すれば、最上位卓へ仲間入り、なのかもしれんが・・・やらずとも、何が変化するわけでもない。JA連合の長が言ったとおり、「そんなSF誰が信じるか」だ。いや、宗教SFだったか。いずれにせよ、トンデモな話だが。常人が関わってはならんネタだが・・向こうから襲いかかってくるなら。背後から延髄だの腎臓だのをグッサリやられるわけにもいくまい。ましてや魂とか。声も上げられず灰になって終わりとか。塵だの土だの灰だの風だの無だの仏だの暗黒物質だの、なんでもいいが、好きに選ばせろ!!お前が決めるな!
 
そのようなことを陳情しに行った、という建前だが。選挙権もない中学生の子供にやらすことか。まあ、ストレートに「刺客に殺らせました」とか言われても反応に困るが。
 
 
帰り道、絶対に迷子になるので、保護して下さい。絶対に。何が何でも!
というのが、ネルフの依頼だ。脅迫、といいたいが、こちらもマイルドにしておこう。
 
そんなもの、絶対返り討ちにあうだろ、と言いたい所なのだが、不思議なことにこれだけ悪辣で油断も隙も無い連中が、それを考えに入れていないようなのが不気味だった。
どういうことなのか、と問うても、おそらく人道的なものではないのでやめた。
 
保護したら、そのままヴィレ預かりにしてネルフに返さないのもアリだ。考えておこう。
そのまま世界が火の七日間に突入とかしなければ。本当に大丈夫なんだろうな・・・
 
 
ヴィレの現時点総力・・・六号機と七号機を載せてヴンダーに神殺しの力を発揮させて、このド修羅場に参戦させるのが正解のような気もする・・・・・・・これが歴史の分岐点で、そのように口添えするのが己の、人類史に対する役割であるかも、だが。
ヴィレ代表・高雄コウジは。
 
 
ヴンダーの操舵手・長良スミレに、ネルフの条件に従った形の発進を要請した。
 
 
一人の、志者として。