いずれが正邪か。いずこが正邪か。
 
 
煮え滾った己を含めて、混沌としてきている。ニェ・ナザレは十号機の中でひとつの地図を見ていた。陽炎のように揺らめきながら。自分の血肉なのかLCLなのか、境界が判然としない円筒の中で。このような己が己を人だと認識してもよいものか、どうか。
 
 
もはや、自分が何者どころか、何なのかすら、よく分からなくなってきた。
 
 
十号機と同化しきった一種の液体、と思ってしまえれば楽なのかもしれない。
 
 
血の味のする錆油、近寄るものを溺れさせる粘性の高い、海の欠片。ひとつの欲望だけを延々と煮詰めた湖。己は土塊だと思っていたのに、こんな極東の島国まで流れてきた。
どうやら潮だったらしい。もしくは炎の波。ここにも土耳古と同じように、ちまちまと点滅する人の暮らしや生き様があるのだろうが、すべて呑む。呑み尽くす。そのために来た。
 
 
これが人間の思考ではない、ということくらいはかろうじて分かる。
もうじき自分の精神や魂が終わるのかもしれない。よく保ったものだ。
手足の感覚はとうにない。十号機と初めてシンクロした時からだったか・・・
 
 
己で動かせている、という自覚が明瞭なのは目くらいだ。邪眼、と呼ばれた己の目。
 
人の身で扱う威力を万倍にもして十号機は使う。試したことはないが、地球人類全て殺害出来たかも知れない。平和的に。静穏に。爆弾などを使うより、よほど優しく。
 
 
 
それをやらなかったのは、希かな望みがあったから。
 
 
己ひとりを残して、消えた仲間たち。全員がそうだ、とは言わないが、正しく、これからも命を長じるべきだった、夜明けの光の子供たち。消えるべきではなかった。命の価値は。命の価値は、計りなど、しれない。全員がそうだとは言わない。人類まるごと路頭に迷う羊列に変えてしまうような厄介極まるオーメンズも確かにいた。自分もそっち系だった。
 
種の行き詰まり、生き詰まりを回避するための乱数によって発生した特異才能、ドリルの先端、人中の錐・・・灯火を掲げて、先頭に立つべき者たち。戦闘に使うにはあまりにも。
 
まあ、対話するにも和解するにも、そのための場を確保する必要もあり、そこを守護する騒がしい雨風を除ける程度の壁を維持する程度の腕力があった方がいい。毎回、奇跡に頼って海だの人の群れだのを真っ二つに割り裂いてればキリがない。
 
 
 
ただ・・・・こうして十号機にあって世界の土台、業界の均衡を保つ、アトラスめいたマネをしてきたのは、人類愛などではない。単に、どうしても納得がいかなかっただけ。
なぜ、消えたのか。死んだのか滅ぼされたのか盗まれたのか。自分一人だけ残して。
 
選ばれた、のではまさかあるまい。天に召された、というならまだ分かる。
 
ただ、誰も答えを明示できない。沈黙しているだけかと思い、その口をこじ開けるだけの力を手に入れても・・・分からない。なんのことはない、誰も知らなかっただけなのだ。
 
神はもう新型をつくってしまっていて、今いるものは邪魔になり、片付けようと思っていた矢先、小賢しく、今度は塔ではなく、袋小路決定の迷宮の壁を穴開けてでも生き延びようとするものどもに、必要最小限の罰を与えただけなのかもしれない・・・・
 
シン型の現れる日のために。キリエ・エレイソン、と何百万回祈っても答えはない。
 
諦めをつけてくれれば、よかったのだ。十号機に乗ることすら拒否して、そのまま。
 
同調こそ神の御業、と、耳元で囁く声があったりもしたが。欲しいのは、答え。
 
あの子たちが、生きているのか死んでいるのか・・・いや、そうではない。
自分ともう一度、会えるのか、どうか。どのような姿になっても・・・彼らは自分のことが分かる。同じように、彼らがどのような姿になろうとも、自分には分かる。
 
 
同調こそ神の御業・・・・・であるが、それは、悪魔の所業でもある。目玉が警告する。
 
 
人と人とのシンクロ。同調率の数値化。零と無限。マルドウック・プログラム。
 
呪縛か祝福か。鎖か絆か。何千万回も考えたが、答えは出ない。十号機も語らない。
 
答えを得る前に、己の生命が、肉体が、保たず終わりを迎える方が早い、という悟りはあった。勝手に殺しにくる輩は、こっちからやり返したこともあるが。あははははは。
 
生きて良いのか死んで良いのか、それすらも曖昧だったが、もしかしたら来訪者の中にはオリーブの鳩のように予兆だの予感だのを抱えていた者もいたのかもしれないが、基本、片付けてきた。どこにいけばいいのか分からぬまま、土中にいた。生者と言いがたい形式で待っていたのだ。あの子達と会えるのを待ちながら、埋められていた。相手が誰だかわかっていればいいのに。十号機で睨み殺すのに。神が「我がやったのだ。なんか文句あるか」とはっきり言霊を大地に刻んでくれていればよかったのに。目玉だけになろうが、土墓から起き上がってやったのに。「お前は天上にいく資格がないからな、落選したんだよ諦めろこの邪眼もちが」と悪魔が審判してくれればよかったのに。ああ。ああ。ああ。
 
己ごと消してくれれば、こんな思いはせずにすんだ。
 
 
 
ゼーレで内紛だか抜け駆けがあったようだが、勝手にすれば良い。
七ツ目玉の儀式の命題が輪廻転生の無効化だろうと知ったことではない。
土は土に、塵は塵に、魂などなく無に帰す。結構健全なことではないか。
天国もない地獄もない来世などない・・・・ならば、使徒達はどこから来た?
疑問はあるが、どうでもいい。こっちに来れば滅ぼすだけ。
 
 
ソドラとゴドムを手にしようとしたなら滅ぼす。これ以上は預からないからな。
これ以上負担を増やそうとした奴は目で殺す。殺すと言ったのに、十二号機と十三号機とその適格者の面倒を見ろ?見たくなかったら殺してもいいから?いや、見たら殺してしまうんだが・・・・・「童ども、名は・・・・・・ないのか・・・そうか・・・・」ならば。
 
 
 
頭痛が、過去の回想を中断させた。
 
 
 
ただの頭痛ではない。なにせ、脳すらもう痛みを感じる余力が無いときているのだから。
カウントダウン待ったなしであり、己の亡骸はユイザに喰わせるか、などと考えていた。
 
 
頭痛は待ち望んでいた「答え」を伴っていた。ゆえに、甘美ですらあった。唇がまともであったらたまらずに涎を大量に噴いていたかもしれぬ。
 
 
たった今、この「未来」から「過去」のマルドウックの火喪の時点から、チルドレンを引き上げて、この「現在」に連れてきた者がいる。神か悪魔か化け物か、まともな人間の所業ではない。この泣き声が聞こえる己がまともな人間か、と問われると痛いものがあるが。
あはははははははははは!!
 
 
 
その顔、直接、拝んでやる。そうせずにはいられない。
それから、仲間達をこの時点に引き上げてきたのは、当然、何かに利用するためであろう。
 
 
十号機と己に与えられた権能を全解放する。グランドマスターキーは名誉的に持たされていたが、今が使いどころ。ゼーレ保有の秘儀情報がバンバンオープンされる。それに伴い開示される下位組織連中の中枢情報庫もバンバンオープンする。
 
 
「いすてじあ・・・・ニフォン・・・第三新東京市・・・・・・・・・」
 
 
その地にて開かれる儀式。この十号機をも焚きあげようとする極大魔道式。神秘も幻想もあったものではないが、ここまで行き着けば何者にも認識も解析もされず、これはこれで密を徹す。そこへ飛ぶ。戻れる気もせぬが、カマギアの留守はユイザとヒルコに任せる。
気が急いているせいか、つい略してしまったカッパラル・マ・ギア。しかしこの方が便利でいい気もするな。よし、今後はこちらを採用。今後があればだが。あはははは。
 
うむ?一人で行かせるのは心配で仕方ないから、プチ洗脳したギルのこやつ、A・V・Th、後弐号機までも連れて行け?盾役に丁度良し?あののう・・・プチ洗脳、という辺りから説教したいところだが、急ぐので勘弁してやる。泣くな。分かった。連れて行く。
 
 
ではな、あとは好きにやれ。食い尽くしてしまうもよし、地を歌で満たすもよし。
ただ、儀式には関わるな。もはや人の魂の価値はインフレ起こしてしまっている。
次回は如何ほど必要となるか、見当もつかぬ。聖人を過去より拉致して祭壇に捧げるようなマネはさすがに許されぬからな・・・性懲りも無くやるかもしれぬが、できれば止めておくれ。今回は、十号機と我が身でどれほど足りるか、だが・・・・
 
 
ソドラを炎翼展開させて、懇願されたとおり後弐号機を連れて、極東の島国へ。
 
 
声は聞こえたが、真偽をこの目で見定める。土が剥がれていく感触。上界の空気の味。
 
悲鳴があがる。その名を知れど、その姿を知るものは無し。完成させることすら恐れられた機械の肉体は神の現し身ではなく偶像ですらない。ただの、十号機。
己を磔にしてきた巨影。ああ、それと縁なくばいかなる生があったのか・・・
 
抱いてきた闇。圧縮された暗黒。黒い胎児のように過ごしてきた時間。其を焼き払う。
その間、ヒルコが最近気に入っているマサシ・サダの「修二会」を歌ってくれた。
 
悲鳴は連鎖する。祈りの声があがる。聞こえてはいるが、十の首、千の翼をもつ大火炎鳥として顕現したソドラから降りることはない。温度管理を厳正にやらんとカマギアのみならずユイザもヒルコも黒焦げになってしまう。ちなみに、その火の粉を浴びると人の寿命は誰でも十年延びる。大概の病も治癒する。そのあと焼け死ぬハメにならぬようにせねばならぬので、管理には非常に気を使うのであった。なんせ基本は使徒が使うものだ。
 
 
小うるさいだろう空軍基地やミサイル基地を先にソドラの炎羽で無力化しておく。
こちらが”いすてじあ”にいくまで黙って通してくれればいいのだが、そうもいくまい。
 
そんな感じにも使えるっすね、などとユイザが感心しているが、ゴドムも使わぬにこしたことはないのだが・・・・そういえば、使徒使いとやらもいるのだった。ゴドムを半分奪っていった・・なかなか猪口才な。挨拶代わりに炎羽を何枚か飛ばしてやろうかと思った
 
 
 
 
やめた。
 
 
あの謎の映像のことがあった。・・・・・あれだけは理解できない。暗号の類いではない。
 
認識阻害の術もこの目には通用しない。ゼーレも理解していない。予言の類いなのか。
ネルフとゼーレの噛み合いに、使徒使いが漁夫の利であとからもっていく、という。
何年か先にこういった事態が発生する、と警告するも、それを杞憂とするのも自由だが。
 
ネルフというのは割合にフリーダムだな・・・名目上とはいえ上位監督権をもつ者として心配になってくる。使徒がなんらかのジャミングをかけてきている・・と想像も出来なくもないが・・・それも現地において見極めるのがよい。情報だけなら必要なだけ手に入る。
愚者の群れなのか、賢人が紛れて演技指導をしているのか、それとも秘儀に泥酔しているだけか。この目で見届ければ良い。
 
 
所詮、手足が頭に逆らうこともないだろう・・・・上意下達に従ってこちらの邪魔をするだろうから、まとめて昏倒させてやろうか・・・
 
 
ソドラでの移動中、現地情報を収集しながら・・・何より、聞こえる泣き声から、どうも当初の閃きから予想した事態より、かなり・・・・隔たりがありそうなことが判明した。
 
 
正直、全員と再会できるなど夢想だにしなかった。せいぜい、2,3,人。赤子のように響く泣き声も、霊感に接続するシンボル的なもので、まさかリアルに泣き声だとは思ってもみなかった。マルドウックチルドレンに共通するのは、神経の太さ。とにかく極太。
泣いてみてもそれは演技。それは異能。それはギフト。泣くことで雨を呼び好きな形の虹を出せるのがいたが。「雨ガールじゃなくレインボー少女と呼ばないと、あなたの結婚式は必ず土砂降りになるわよ!」いい根性をしていた。「でも、ここを出ないと商売にならないのがなあー」名前はなんといったか・・・「あなたは、どんな形の虹が欲しい?」
その虹を見れば、いかなる悲嘆に沈む者も元気を取り戻す。人を変化させる触媒の才質。
 
 
瞞しにひっかかるようなら、とうにくたばっている。偽予言者やらニセ預言者の首もいくつも取っている。神経が土の中で接続されていると、地脈が嘘を震いだしてくれる。
鍍金か地金か。だまし合いに必勝、というのが知られざる十号機のアドバンテージだが
自慢する相手はいない。いいのだ。いなくても。いない方が、いいのだ。
 
 
だが、嘘ではない、真実として、マルドウックチルドレンが、赤子になってしまっている
らしいのは・・・時間の神に逆らった報いなのか・・・それとも地脈も震えぬ天の騙しか。慎重に情報を収集分析していく。もし虚偽であったとすれば。見事な騙しであったが、そうだと判明すればソドラを使うにやぶさかではない。・・・赤子は確定。本当に赤子帰りしてしまっている。生体データも全員一致。これはどうなのだ・・・ただ、転送先がエントリープラグしかなく、そこに全員分を入れ込もうとすれば・・・・それしかない、というのも確かだが・・。ギチギチに入れ込んだあげくに、合体してしまったらそれこそ。
 
 
これをやった者が何を考えているのか・・・・赤子では戦力になるまい。正確には、己の側のカウントできる戦力として、だ。生まれながらの才能で異能をエヴァで発現させることくらいはやれるだろうが・・・・それを説得して味方につけられる・・・わけもない。
 
最後の、逆転の切り札として、召喚したつもりならば、完全に当てが外れている。
 
そのままの歳の彼ら彼女らを、プラグの数だけ呼び戻しておけば、そのような作戦も可能だった・・・わけで。それを考えると、何がしたいのか、理解不能。やはり・・・儀式の贄として使うつもりでいるのか・・・無垢無力な赤子である方が都合がいいとしたか・・
これは誰の都合か・・・・策であるのか単なる勢いであるのか、その混合か・・・・
 
 
なんというか・・・・久々に出てみた表の世界は、やはり混沌としてぐずやかに煮えている。何が正しく、何が邪なのか。使徒の連中も正直、地上に降臨してきて戸惑ったのではなかろうか。邪な者は我が正しいというだろうし、正しき者も自分は正しいというだろう。
 
 
守護地を離れて、使徒武装ソドムを手にやってくる己など、この地の者たちにすれば邪悪の化身以外の何者でもなかろう。それを撃墜することこそが正義だと告げられたなら。
 
 
紫の降雨の中、星社イザリヤは感知不能。そこに宿座する”抜け駆けゼーレ”を焼き殺すことはソドラでも出来るが、殺したところで何も変わらず、地域環境に影響が大きすぎるのでやめておく。
 
ソドラも、「それこそ・・・再生・・・新生・・・一切不浄焼滅炎魔境・・・」そのように誘いをかけてくるがシャットダウンする。これにもコツがあるのだが伝える相手もおらぬ。それなりの聖職者に通信教育してみたこともあったが、三日でどいつも発狂した。
ナルコの歌で眠らせておくが吉。そんな役目があれば日がな歌三昧の生活でも、まあ。
 
こういった狂気系のアイテムを封印するのが得意なのもいたな・・・名前は・・・
なんといったか・・・忘れたふりが板についてしまっていけない。消えた子供たちがもし、己の邪眼の暴走か何かで己の内に吸収されていた、というオチならばどこを探そうが見つかるはずがない。己の内にいるならば、名を忘れることなどない。ましてや、自分の記憶の捏造などではない。そこは心配していない。自分の中からあのような光、聖性は生まれない。そこは自信がある。我が身は邪、正しくなどないと。取り残され磔にされたイスカリオテのマリア、になるか、ユダになるのかは・・・・
 
 
 
「降下・・希望」
 
物思いを妨げたのは、後弐号機、A・V・Thからの通信だった。ここまで無言、上位者に通信がしたければ自由にしろと告げて回線を閉じることもしなかったのだが、それもせず。いまさら誰の命令だと吐かせるのも時間の無駄でしかない。正直、望むならこの地に到着する前、適当なところで降ろしてやったのだが。ユイザたちは怒るだろうが。盾など無用だ。ああ、こちらからそう言ってやればよかったか先に。さすがにまだ殺意があるならここで鳥焼きにしてやるが。降ろせ、というのなら・・・・とはいえ、遅かった。
 
 
「そこで見届けよ。歴史の証人となれ、それがギルの小童、己の役目よ」
 
さすがにここまで近寄れば視認もされているであろうから、ここで小童が降りても、どこからも敵視されてろくな目にあうまい。安全面でいえば、ソドラの背、ここが最上であるのは間違いない。
 
 
「証人・・・」
戸惑いがあるところからすると、ヒルコの洗脳歌の効力は消えているようだ。
いや、生体データを参照すると、ソドラの速度に耐えきれずに気絶していただけだった。
面倒見のいい後弐号機が生命維持を間に合わせていたが・・・こちらの言葉が頭に入っているかも微妙なところだ。まあ、いずれにせよ納得しようがしまいが、もう降ろせない。
 
 
現地組織ネルフが、こちらに向けて、現地エヴァを出してきた。
 
 
ゴドムでまるごと凍結されかけたこの都市のソドラに対する反応は知れきっている。
 
交渉の余地もない、敵ですらない、邪悪。そのようにしか見えまいし、それは正しい。
邪魔をするなら、・・・儀式で己の仲間を捧げるなら・・・骨も残さず、焼いてやる。
お前達こそ、焚きあげてやる・・・正義など、知ったことか。取り戻す。この目玉が溶解しようがこの身体が崩れ落ちようが、必ず、取り戻す。使徒の血を浴びに浴びてきたエヴァで対抗すればいい。それはお前達の正しさ。上位のゼーレに従うことも正しいことだ。
 
 
邪の我を撃ち落としてみればいい。この命火、吹き消してみればいい。
 
やれるものならな・・・、と、興奮しすぎたせいか、後弐号機の奴の装甲が溶けかけている。いかんいかん。証人をさっそく焦がしていかにする。炙ったイカではないのだ。
 
ソドラをコントロールしながら、周辺範囲を索敵。範囲が広すぎた・・さすがに欧州北南米あたりまでは必要ない。もう少し絞ると、山中にゴドムを構えた使徒使いが感知できた。
 
ただ、こちらに向けてはいない。パワーをためながら・・・むしろ、逆方向。はて。
いや、そこに顕現するのか。イザリヤの星社と、そこに格納されていた十の牢人形が。
 
罠も仕掛けもあるだろう・・こうして己が狂ったように出張ってくるのも想定内ならば。
仲間を人質にとられて、ネルフのエヴァを儀式に捧げる助力をせよ、などと言い出されたら、どうしたものか・・・・・まあ、ネルフもこっちに襲いかかってくるであろうし、そのついでに、なら、それはそれで正当な・・・・・・はて。まだ一体か。
他のはどうした。
 
 
周辺に隠れてはいない。出撃させていないのだ。ただ一体のみで。
 
 
待ってやったわけでもないが・・・・これでいいのか?現地組織ネルフよ。
データには、使徒の血に飢えたとしか思えない破格の戦闘意欲を誇るイケイケの武闘派部隊とあるのだが。半人前が使ったとはいえ、ゴドムの神威を退けてみせたあたり・・・油断はできぬが・・・地下から追加応援はないな・・・・本当に、一体一人か?
 
 
参号機・・・・・・色は山吹。
 
 
何かあるのか・・・・・?これが正解だと、思っているのか・・・・?
 
 
まともでは、ない。この参号機は、この都市におけるロトなのか・・・
搭乗者のデータを探ってみることとする。
 
 

 
 
 
「一番手は、洞木さんと参号機で」
 
 
パイロットたちへのブリーフィングにて、いきなり葛城ミサトがかましてきた。
 
予想外の奇策は、敵に用いては効果的だが、その前段階においてまず、味方に信じさせるのが・・・「信じなくてもいいからとにかくやれ!!なにがなんでも実行しろ!!」というものが命令というものであるが・・・ 行動の意味と意義を承知でやるのと、全く分からずやらせられるのとでは、何が起こるか分からない戦場では、大きく差が出てくる可能性が高い。承知させてしまうとやらせられない、というのはそもそも作戦ではない。
押しても駄目な時は引いたりしないといけないのだ。それこそが、作戦の妙。
「死ねやー!くたばれやー!タマとったるでー!」でカタのつくヤクザのケンカではない。
 
だが、これはそのヤクザのケンカよりもタチが悪い・・・・と、そこにいる全員が思った。
思わなかったのは
 
 
「はい」
 
了承した洞木ヒカリだけだった。それを予想していたわけではないが、プラグスーツに身を包んだ以上、そういうこともあるのだろう、と覚悟は決めていた。無知ゆえ、というのは当然ある。この業界には一般常識は通用しない・・・ところが、多くある。かなり多い。
 
重圧、緊張、恐怖、畏怖、そういった感情もむろん、ある。だが、声は出た。自らの意思を表す声は。パイロット、というよりは、エヴァを動かせる、という必要条件だけを満たした一般人が、ここにいて、先陣を命じられる・・・さすがの真希波マリや式波ヒメカも笑ってはいられない。先当てするには猟犬たる自分たちデショ、という予想が外された。
これでいいのかね、と思いながら、これくらいでなければ、とも思う。
奇跡をただ望むのと、それをつかみ取ろうとするのとでは、違う。月とスッポン鍋ほども。
 
 
「いやいや!!ちょっと待ってくださいや!!」
 
異論を唱えたのは、鈴原トウジ。黒ベースの黄文様、虎プラグスーツの彼も参号機パイロットであり。とはいえ、二人同時に乗るわけにはいかぬので、彼女が乗るなら彼は乗れない。男として、漢として、見過ごせるわけにはいかなかった。業界の仁義とかあるんかもしれんけど!!先の状況説明によると、使徒は攻めてきとらんのにこれまでにない謎エヴァが押し寄せてきた大ピンチのド修羅場だというのに、まず立ち向かうのが洞木ヒカリ、中学2年の委員長とか!いや、それはシンジや惣流も同じクラスの中2だと言われたらそうやけど、せめて、あいつらがおってくれたら・・・・ミサトさんにしてもなんか意味があるから命じとんのやろけど!!
 
「参号機やったら、まずワイが!!ワイに!!ワイを!」
 
子供の学級会ではないのだ。そんなことはタブー。分かってはいるが、言わずにおれず。
ただ、「一人でいかすんはあんまりや。誰かサポートにつけてくれまへんか」という要求は呑み込んだ。それは正しいが、やると流れる血が増える、獣の匂いがする風が囁いた。
 
 
「ワイワイ元気で頼もしいけど、鈴原君の参号機はその後で働いてもらうから。まずは、洞木さんに上手くやってもらわないといけないのよね、これが」
 
葛城ミサトの目を見て、鈴原トウジも納得した。自分が呑んだ言葉を分かってくれているし、・・・・これから死ぬほど、限界を2度3度越えさせるほどコキ使う目だったからだ。
 
洞木さんも大変な大仕事やってもらうけど、君も大変だよー子供扱いは出来ないよー、と。
 
軍師の目。いかなる猛者も大将軍も逆らえぬ、ひとでなしの目。何一つ傍観せぬ。選択の目。選んで殺し、殺して選ぶ。選んで選んで。命じて命じて動かして。偶然の鬼も必然の神も躊躇いの仏も時刻の線で引き殺す。大量虐殺者の目。ジャイアント・キラー。
 
 
 
「その、心は?」
 
これは謎々ではないのだが、綾波レイが引き取った。碇シンジ、惣流アスカが不在となれば、ネルフチルドレン部隊の先任として、彼女がリーダーとなる。リーダーシップにもいろいろなやり方があり、自覚にしても「しかたないから、自分がやろうかな」レベルではあったし、他のパイロットにあれこれ指示など・・・多分できないであろうが、毅然と場を進めることは出来る。静かながらも、碇シンジですら恐れるこの問答無用パワー、駆動感こそ綾波レイの強みであるのだが、本人はやはり自覚がない。言葉もあまり足りない。
かなり足りないのだが、ここに集まっている面子はさすがに理解できた。
 
部隊リーダー役の綾波レイも、葛城ミサトの作戦を知らされていないが、とにかく説明しろと。先に進めろと。各々の、こういうことだよね的視線が白い顔に向けられるが、赤い瞳は一つ、うなづくのみ。
 
 
「メッセンジャーよ。洞木さんの参号機には十号機に対する、非戦のメッセンジャーをやってもらいます。方法は、”歌”。会話できれば一番いいけど、炎の扉へ踏み込むのもね。十号機のシンクロ率を上昇させて。それができれば、こちらに敵意はないのだと分かるはず。正直、十号機は相手してられません。強すぎるし、二正面作戦なんかとてもムリ。
アナザーだけで手一杯よ。シンジ君と初号機はしばらく戻ってこれないけど、アスカの弐号機は遠隔で狙撃応援してくれる。サポートは九号機でね。・・・反存在の初号機、弐号機、ネガ・シンジ(仮)君と、自分で名乗ってるからそうなんだろうけど、金剛アスカ、か。その二名はうちのアスカが足止めしてくれる。皆は、アナザー内のマルドウックチルドレン、いやさベビーか。その救出に全力を注いでもらいます。だけど、気をつけて。シャレにならないほど強いわよ。一対一なら絶対に負ける。マギもわたしのカンも太鼓判。さすがチルドレンのパイセンになるはずだった選ばれし者たちってところよ。実戦経験の差とか油断してると瞬殺される才能差よ。残酷なくらいにね。大粒ぞろいよ。機体もやばいし・・だから、必ず、一対多数に持ち込むわ。その段取りは・・・」
 
高速で説明していく葛城ミサト。軽く、頭痛がある。・・・自分たちは、この都市は一度、ソドラに焼き滅ぼされた・・・その記憶が苛むせいか。あれはなかったこと。幻痛、ファントムヘッドエイク。さんざ使徒をぶっ殺してきたこの武装要塞都市が、同じエヴァにやられちゃうとはなあー。使徒武装を使われたのだから因果応報というのかもだけど。
 
我々は正義ではなく、邪悪だったのか?サクサク淡々、エヴァをやられていればよかったのか?適当に、ほどほどを知らず、生き延びたから、トドメをさされるのか?
使徒一体につきチルドレン一人。一人一殺、一体一殺の等価交換が正しかったのか?
 
もし、それが真実、正しいというのならば、邪悪上等。だが天罰は回避する。
 
歴史の洪水にも押し流されてやるものか。水がダメだったから火できたのかも、だけど。
大いなる意思とやらが全ての上から見下ろして、人にさよならを告げようとしているのかもしれないが。自分は宗教家ではなく、作戦家。生き残る道を現世に探る。奸智を尽くす。
邪知を絞り尽くしてでも、生き残る道筋を求め続ける。氷漬けにされてるのがもしかしたらたったひとつの冴えたやり方だったのか・・・いやいや。牢に繋がれ平和を歌っても。
 
少なくとも、人類の生存のため奉職していたし、使徒だって社会生活的に放置できないし。
折れない。折れることは許されない。かなり汚れてしまっているだろうけど、この魂は。
子供達にいろいろ命じて、残酷なことをやらせて働かせますが、責任は私と上席のヒゲ司令たちがとります。金髪の友人は私たちが利用しただけなので、勘弁してあげてください。
彼女の魂は清廉です。邪ではありません。ちょっと科学フェチで男の趣味が悪いだけで。
くれぐれも子供たちと・・・あー、部下も悪くないので、そのあたり、もし審判されることがあっても酌量してください。作戦部長連とJA連合の時田氏はどうかな−・・・
 
 
他人の頭の中が見えないのは、やはり人類の幸福であろう。トータルでは。危難においてのやる気に関しては。自分たちに高速大容量で説明しながら、同時にこんなこと考えているとは・・・葛城ミサトにしても、たまに瞬間最大風速が人の基準を超えても、ベースは人である。正直、南極にでも逃げて布団かぶって世界最後の日まで眠っていたかった。
 
ただ、加持リョウジはヴンダー工作でいないし、惣流アスカも遠地よりの戦闘支援を阿修羅のようにがんばってくれてるし、それから・・・碇シンジ。自分が言うことではないけれど、もう、とても自分の懐などにいれる少年の君・・・ではない、万民のために働いてもらわんといかん若長・・・まではまだ早いかな、若者だ。三日合わざれば刮目するしかない、ギンギラの青少年、雷花咲く男子。
ほんとうは、もうすこし、もうしばらく、いっしょにいたかった。
 
 
司令の子供として、というより、碇シンジとして。他にこの代わりは務まらないだけの話。
 
 
どこにいるのかすら分からぬ相手の、説得に向かった。それも、絶対にイエスというはずがない話をひっくり返すために。少年交渉人とか、少年探偵より無理があるわねえ・・・
 
話合いで双方納得する結末を迎えられば、そりゃいうことはないけど・・・最強の福音を預かりながらそれ封印とか。なんかキラーワードとか授けてんでしょうね司令の親父は。
相互に補完する「儀式の願題」「贄の捧結」、片方が達成できれば片方の実行もかなりやりやすくはなる・・・が、計画なんて立派なものじゃない。鉄砲玉とドチャクソの強奪乱戦だ。後手後手の後手で、こっちは奇策と執着しかないときてる。それも、大将首を獲れば終わりってんじゃないんだから・・・そこから回心なり改心って、どんな会心クリティカルヒットマンよ。いや、ヒットしちゃダメなんだったわ。平和ってムズいよね・・・・
 
とにかく、やってくれるもののと信じるしかない。できなかった、としてもどうしようもない。いや、終時計部隊に合流して時を逆巻きに巻いて、リセットのみならず、業界のキーマンになるはずだった者たちをまとめて持ち帰るとか、それで任務完了してバカンスに入っても文句のつけようのない大働きなのだ。事実、ほかの時計連中は疲弊しきってるから使いどころもかなり限られている。鍛えられ方が違うのかなア・・・うひふふ、じゃなかった。業界の慣例ではあるが、これは例外、というと首絞まるから、特急というかさすがにこれは、これっきりレベルの話だ。出来れば、ほんと出来れば、こっちに戻ってきてもらいたい。・・・初号機ともどってくれば、休ませるわけにはそりゃいかんのだけど。
 
シンジ君の帰り道は、確保した。AAAヴンダー、やってくれるはず。やらんと許さない。
 
加持のもアスカのもシンジ君のも、帰る場所を確保しなければならない。女として保護者として。もちろん、そもそも、てめえの生きる職場である。部下も上司もまとめて面倒みてやるわ!あたしのトコにおいで!!とまでは言わぬが、守り通さぬはずがない。
 
大人しく懲罰なんぞくらってたまるか・・・いや、既にしてあっさりやられたわけだけど。
 
全滅は二度としない。目を閉じて何も見えず〜昴。くらいに、当たり前だのリベンジャー。
 
ゆえにマックス酷使。一対一で必敗にして不殺条件。使徒殲滅の慣れた流れとここで真逆。
無理オブ無理。無茶オブ無茶。悪い指揮者の見本オブ見本。けど、やってもらわなアカン。
いや、使徒戦の時も毎回そんなこと思ってた気もするけど・・・これで終わり。この仕切りが終われば、この役職も下りることになるのは間違いない。
 
 
もし、一手目の洞木ヒカリの参号機が、「歌による非戦のメッセンジャーTO十号機」作戦が失敗したらどうなるか・・・・鈴原トウジのみならず、全員それを聞いておきたかったが、呑み込んだ。葛城ミサトの頭の中身までは分からなかったが、その目を見て悟った。
 
瞳の中のインフェルノ。責任とか怨念とかその他もろもろの重いモノは自分たちが、そういうところに下り提げていくから、そこは気にしないで欲しいんだけどね〜・・・
 
 
これが、ほんとのジ・炎止エンド、なのだと。
 
 
初手でしくじってるようで、こっちの存念、貫けるヤワな相手じゃねえんだよ、と。
 
 
その紅蓮螺眼が。天邪鬼的本音を炸裂バーストフレアさせていた。
 
 
自分たちの守ってきた街が、実はジャイアント処刑台でした、なんてアホな事実、断じて認めてやるものか!・・・・なんのことはない、これが言いたいだけのことだ。