「そう簡単には、変わらないものですよ」
 
 
碇シンジもバエルノートも惣流アスカもグエンジャ・タチも去ったあとの天京・灰基督庁会議室では、灰基督と渚カヲルがふたり、麻雀牌をかき混ぜていると、声がかけられた。
 
 
「最後の最後にはしくじるでしょう、吹きすさぶ鬼哭と燃えさかる復讐がよく似合う。そういう女です。葛城ミサトは」
 
ダークスーツの加持ソウジだった。服のみならず、目まで黒山羊のそれだった。
声色は明らかに人間のものではなく、自信たっぷりにせせら笑っていた。
 
 
許可も求めず、西方に座る。「史上最悪の作戦ですな。手持ちはそう悪くはないのだから、やりようはあると思うんですがねえ・・・十二、十三を狩っておけば少しは・・凡人は凡人らしく、目に映ることだけを追っていりゃあいいものを・・・あ、タバコ吸っていいですか?ダメ?あ、それは残念・・」
 
 
でも、吸い始めた。黒山羊の瞳が美味そうに横月にたわむ。ぷわーーーーー煙も黒い。
 
 
灰基督は沈黙していたが、渚カヲルの赤い瞳が卓を覆う悪意の黒煙に対して八つ裂き光輪を発動させる直前。
 
 
東からの光風が吹き払った。「ジュデ・ヌセイベの解錠と施錠に。モラビアの兄弟に。周作とヨブに。マルタと拳に。アトスと蜘蛛の巣に」
 
 
「ノースモークだって言われてんだから、外で吸いなYO」
大使徒長、ミカエル山田だった。「YAMADA」成分で、いと高き神聖性を緩和させてあるのでかろうじて真名開示OKだった。ここが人界において最上位の結界地であるのは確かだが今は綻びがあるのも確かだ。
 
 
「いやいや、一旦外に出たらもう入れてくれないでしょ。入れてくれるなら仰る通り外で吸ってきますけどね」
黒山羊の目をした男が入り込めるほどには。
 
 
「その煙自体が毒なんだから、硫黄の匂いで囲まれた自宅で吸うことだね」
渚カヲルの警告に、頷いて賛意を示す灰基督。言葉を与えること自体がまずい存在である。
灰基督にしても、かつて禁青であり朱夕酔であった身であるからかろうじて耐えられるだけ。直接に、異を唱える気力が戻っていない。戻れば聖釘をもて黒山羊の目を貫くか。
 
 
「では仕方ない。我慢しますかね」
加持ソウジの顔をした黒山羊の目の男は、タバコを一舐めして呑み込んだ。
 
本質的に、やめろ、と言われればさらにやる。そんなタチの悪い存在が大人しくやめたのは、それよりも面白いことがあるから。参加したくてしょうがないことがあるからだった。
 
 
 
その後、次々参加者がやってきて、不思議なことに、最初四方卓だったものが、参加者の数に合わせて、方席を増やしていった。それに驚くモノなどおらず。当然のように着席。
 
 
その数が77で止まったのは、主催都合の制限なのか、なんらかの意味があるのか、知らぬモノはそこにはいなかったので、文句が出ることはなかった。会議室の空間も参加数に合わせて増していたが、それにもなんの不思議もなかった。かくあれかし、と大使徒長が唱えただけのこと。給仕なども大使徒長が用意したメイド系使徒が担当し、それを仕切るのはメイド長の役割になりきったLA・F・エル。
 
 
これから行われるのは、賭博。今回の儀式でいくつの生命が失われるか。それを当てる。
 
 
チップは「奇跡」。参加者達の名は開示されないが、かなりの「奇跡持ち」であるのは確か。人の金などあってもしょうがないが、奇跡はいくらあってもいいものだった。
大量に増やすとなれば、こうした場で勝つのが最も手っ取り早い。
・・・・人がマネするのもいたしかたない。
 
 
親は渚カヲル。灰基督にも多少のショバ代は入る。大使徒たちも運営側にまわっていた。
 
 
77の参加者達は天啓も運も数学も未来予知も当てにせず、好きなように賭けた。
 
 
一番人気は「一命生存」・・・「儀式成立」
二番人気が「二命生存」・・・「儀式成立」
三番人気が「三命生存」・・・「儀式成立」
 
 
好きなようには賭けるが、外すつもりもない。ゆえに
 
 
「死命無し」全員生存「儀式不成立」などに賭けるモノはいなかった。もし、そうなれば親の総取りということになるが、さすがにそれはない。それはないであろう。
人は死ぬモノだ。あっさり。あっわり。あっけなく。
 
参加者全員、それをとてもよく分かっている。もう少し生きれば面白いものほど、早々に摘まれていくことなども。
 
 
だが、そこにベットしたギャンブラーがいた。パンチパーマだった。
パンチパーマだったが、慈悲深い存在だったのかもしれない。そう見せかけて唯我独尊、博打の真骨頂見せたるわガンダーラ、と思っていたのかもしれない。アルカイックスマイルでよく分からない。
 
 
だが、親である渚カヲルの視線を受けると・・・・・・・・チェンジした。
 
 

 
 
 
「え!?それって、ムチャクチャ危険じゃね?ていうか、単純に不可能じゃね?」
 
改造された大型トラックの荷台の中で、綾波チンは青ざめた。
見たことはないが、黙示録の青ざめた馬よりもなお青く。つまり青チン。
 
 
慎ましくパンピーな生活を送っていたというのに、党の命令でいきなり招集されたかと思えば移動部隊のトラックには弟分のピラはともかく、ツムリ、鍵奈、遊鎖、虎兵太、銀橋までおり、「後継者にまつわる重要な任務」だとかで、有無を言わさず、乗らされ目的地も教えられず運ばれ「後継者案件ってことはまさか・・・あのシンジ・・・またかあのガキ・・」「いや・・・方角は東ですけど、このスピードこの陣容・・・噂ですけど、党の将軍大使クラスも海外から緊急で呼び戻されたって話っす。・・・マジで、戦争じゃないっすか?」
「・・・戦、争・・・・マジか・・・・」その時点でも顔は青かったのだが。
「ど、どこと!?な、なにとだよ!?戦争って!!」「それは、・・・着けば分かると・・・思うっす」「いやいや!?なんで戦闘力のカケラもねえオレらが呼ばれてんだ?サポート!?なんか後方の安全なところでの手伝い業務だよな!?」「それは・・・それだとソレ用の部隊のトラックに乗せられると思うっすけど・・・・」「党の命令です。諦めて」下さい。君たちのような血気盛んな若者はともかく、私にまで再びお呼びがかかったのです。一筋縄ではいかぬこと、でしょうね」銀橋旅館の主にして幽霊退治の匠にも、とは。
 
 
単純な戦争などではないのは想像がつくが、何をさせるのかまだ具体的指示はない。
 
異能の使いどころというのは、限定される。党がその差配を誤ることはないと思うが。
 
単純な力のぶつけ合い、殺し合いのために、党命令で呼んだ、というのなら綾波ナダも老いた、と言わざるを得ない。後継者の血が綾波の赤瞳をどうしようもなく希求するのは確かだが、それを利用して若い者の血を無為に撒くというのなら。ツムリら党の役持ちの若手がこの移動時間をコトの説明など有効利用もせず沈黙しているのも・・・党の方針が定まっていないのか。後継者の拉致、いやさ保護、ならばすでにノリノリで口にしているだろうしな・・・「れいさま・・れいさま・・おそばに・・おまもり・・・」ブツブツ呟いて何か言おうものならここで槍を振り回しかねないツムリの目が怖いので銀橋にしても問えずにいた。ゆきみる墓場で実戦証明されたパーティではあるが、まさかまたしても組んで、しかも最重要ミッションに挑むことになるなど・・・・さすがに予想の斜め上すぎた。
 
自分たち戦闘系でない者を一陣で招集していたのは、党首のカンだったそうだ。
 
 
巨人が次々相撲をとるから、倒されて負けた奴から、”中の子供”を抜き取って、お役御免にする・・・その抜き取り係だよ、アンタたちの仕事は。ぬかるんじゃないよ。
 
 
党首はこう命じてきた。老いたどころか呆けたのか、と言いたい神話的事象。謎を解け、と言われてるならまだいいが、まごうことなく、それをやれ、と。見立てでも喩えでもなく、そのまんま、そうらしい。巨人が相撲。東戎は、まことに荒々しく豪快だ。後継者がその巨人のひとつを駆るというのは・・・もはや、しんこうべでは子供でも知っている。
 
歯に衣を着せぬ党首が、そのような言葉を選んできた、ということには、
綾波者として意味を感じる。
 
巨人が動けば破壊の巷。それと戦争、戦闘と何が異なるのか。霊的な力が東の方へ流れ込んでいっているのは感じる。隠匿する気などハナからない膨大な、脈々と、極大クラスの回線を無法図に開きまくっている。感受性の高い子供などは見てはならぬ存在を幻視して精神に妖しい種を受粉受精埋め込みなどされているだろうが、止める方法はない。
 
ああ、それを受粉だの受精だのと認識してしまえる己もまずい状態だ。あくまでそれらはこの命、この魂と重なることがあっても、軽く、すり抜けていくほどでなくてはならぬ。
濡れるように塗れたように重くなりすぎる。霊的に鈍感であるのは、人の強みでもある。
 
ゆえに、それらの気まぐれな支配から解放されている。霊性の暴風雨が来ようと神性の洪水が来ようと魔性の濁流が来ようと、無関係でスルーできる。それが・・ここまで濃厚になってしまえば、いの一番でやられるのも、収束に動くはずのそっち側関係者であり。
 
 
それなのに、現実の巨人とは。
 
 
霊的に巨大存在ならば、まだしも。人が乗り込める大きさの人形ヒトカタとは。
それが相撲とか。小心者の綾波チンならずとも、血の色を失って戦慄するのは無理からぬ。
 
そこから、人を抜き出してお役御免にさせる、ということは、正規の相撲のように行司がいて勝敗をつけたあとは、手出し無用、という行儀のいい流れではないの、だろう。
 
こちらとしても、現場に満ち満ちている霊的パワーを用いて、巨人をぶっ飛ばす、などということは出来かねる。倒されて負けて・・・無力化した巨人を、隙を見て近づいてコトに及ぶ・・・抜き取らなかったら、巨人は力を取り戻す、のか。そもそも中の子供が必要なのか・・・党首命令が出て実務に関する情報も解禁されたツムリらが説明するには、自分たちが抜き出す子供は、子供と言うよりは赤子であり、しかも一人ではないのだと。
 
 
巨人を倒す、地に背をつけるのは、後継者の所属する組織の巨人がやるそうだ。
 
 
それはそうだ。そんなことまで命令されれば、さすがにここで帰る。
 
まあ、そもそも巨人にはATフィールドなる強力な不可視の防御壁があるとかで、それが解除されねば何者にも手が出せないというのだから。難易度も。小心の彼が青ざめるだけで漏らしていないのは褒めてやるべきかもしれない。
 
赤子の死体を回収しろ、という話ではない。
 
生きたまま、なんとか、その巨人達が相争うZSS領域(絶対死ぬ死ぬエリア)から離脱させろ、という・・・巨人の延髄近くに操縦部分を引き出す仕掛けがあり、そこから手順上でパイロット席を開放する方法と、正規手順でうまくいかない場合のこじ開け方法をツムリらは説明したが、肝心なのは、そこから。相撲は次々と、ということは一回だけではないのだろう。最大十体、赤子を入れ込んでいる巨人の数は。回収救出というのは安全圏までの領域脱出を果たして成功といえる。赤子なら己の足で逃げるようなことはまず期待できない。というか、どんな悪夢だ。一回だけでも危険度の限界突破であろうに
 
 
悪夢十夜。それを駆け抜けねばならない。鬼と化してもツムリらはやり通す気でいる。
 
 
だが、気合いと根性だけではどうにもならぬ。倒された巨人の延髄から中身を刳り抜くまでは戦闘系の異能だけでやれるだろうが、そこから要救助者(赤子)を安全圏まで送り届ける時間をどうするか、だ。戦闘系の腕利きを10グループの用意も当然してあるのだろうが・・・それでも。
 
 
「でも、こんな芸当、チンの兄貴の能力がなかったらムリっすよ。成功率も脱出率もダンチっすよ」
 
ピラの言うとおり、どうなっているのか不明であるが、言説も常識も情も容赦も何もない、力が、それも桁違いの剛力が支配する領域から無事に逃げ出すには、翼が必要。天使ならぬ身であっても、その場の重威を振り切り、空へと脱出できる羽が。
 
まとう風の名は、飛行衝動。セラフィン、介護翼とも称されるレア中のレア異能。
 
己は飛べないが、他人を飛ばすことが出来る、という奇妙な異能。人間脱出ジェット。
 
それが綾波チン。逃がしの王、とでもいうべき(複雑なアングラ事情もちには)便利極まる能力の持ち主であるが、発動には厄介な条件があった。だが、それをクリアできるなら、この異能があるかないかはこの危険任務の成功率が大きく変わってくるのは間違いない。
なんせ、こじ開けた赤子をそのまま「飛ばせ」ばいいのだ。自分たちはすぐさま離脱。
 
赤子を同行させたままヤバヤバの戦場を走り抜けるのはどれだけ大変か。地獄の道行きだ。
 
時間的にも、そのまま次にいけるのと、一旦離脱するのとでは大きく違ってくる。騒乱の流れの中を紛れていくのと、外から横切るような再突入と、どちらが危険かは現段階では分からないが、紛れていく選択肢を保持できるのは大きい。体力的にどうか、などとは綾波党の党員、それも若手エリート連に言うことではない。我々、中年組にはちと考慮してほしいが・・・速度優先させて安全度が上がるなら、そちらを選ぶよう進言はする。
 
 
「そ、そうはいうがよ・・・・オレの能力は、オレを信じる相手にしか通じねえ・・・初対面の名前も分からねえ赤ん坊が、いきなり現れたヤツを信用するか?泣き出すんじゃねえか?」
「いや、チンの兄貴の能力ならむしろ小さな子供の方がすんなり受け入れてくれるんじゃないっすか?」
「いやいや!!小さすぎるだろ!!それに飛ばしちまってダイジョーブなのか!?首とかちゃんと座ってんのか!?」
「チンの兄貴はやさしいっすから、そこは心配しらないと思うっすよ!おいらが飛んでる時もそんなにGとか感じないっすし。むしろ、気持ちよくて喜ぶと思うっす!高い高いのグレードアップ版だと思えば!」
「そ、そうか?確かに・・そう考えれば・・・赤ん坊、いけるかもな・・・意外に」
 
 
軽い治癒能力持ちの己が同行させられたのは、ビビりの兄貴分の精神安定剤役。我ながら名前の割にはいい覚悟だった。ここまで来てしまえば、やるしかないのだ。逃げることはできるが、逃げていいわけではない。自分たちは確かにチンピラにすぎないが、それでもここは、試されている局面。自分たちは逃げないチンピラだ。非力で逃げられない、のではない。やる時はやる系のチンピラなのだ。
 
そうでなければ、チンの兄貴の望みは叶わない。この人、無限に空を飛び続ける両親をいつか地元に帰着させて、人並みの親孝行してえー、とか考えているのだ。
なんて一般ピープル。なんてありきたり。弟分としてはもっと、成り上がりを期待して担いだりもするべきなのかもっすが、そっちをGOで。この無茶振りを片しても綾波党がそれを叶えてくれるわけではない。単に、たまには兄貴分の格好いい所を見てみたいだけかもしれないっすけど。なんせキング・オブ・小心者っすからねえ・・・
 
そんな小心者のチンピラが、がんばってんですから、空からご両親が見てて、呪いが解けても、そんな筋書きが用意されててもいーんじゃないっすかねえ。
 
 
巨人の相撲の後片付けとか?そんなビッグ試練をクリアしても、何もないのが人生なのか、
そのくらいのご褒美も用意できないくらい、神様とやらはセコいのか、試してやるっす。
 
 
・・・・・そのくらい、考えていないと立っていられないくらい、震えきてるっすけど。
 
自分たちがしくじれば、子供というか、赤子が、おそらく死ぬ。巨人の相撲とか、大地震の擬人化ともいえる。そこに突っ込んでいって、小さな命を助け出すとか。よくもまあ、命令してくれたっすね、とも、よくぞ命じてくれた、とも思う。おそらく、これには後継者の面子が、超かかっている。面子でこっちの命がけ、など、やりたい人だけやればいい、とも思う。だけど、やれるのは、あー、日本全国探しても、おそらくー、こんな異常なこと、怪奇大作戦に対処できるのは、綾波党の異能持ちしかいないっしょ。鍛えられた軍人さんでもムリムリ。命令も出来ないでしょ。それが分かっているからこそ、それは赤い瞳の矜持だからこそ、幽霊退治の匠、危難を見極める目として銀橋サンも来てるんでしょうし。巨人相手となると、ただ腕っ節が強くても意味はない。けれど、巨人の首にしがみつくほどの腕力は必須。どのタイミングで接近するか、巨人から的にされたらどう逃げるか。
 
よく考えたら、こういうのは軍人さんの方が得意のよーな気がしてきたっす。いや、誰がやっても同じかも・・・荒れ狂う竜巻を避ける動きなど、誰も知らない分からない。
 
そこをするするっと、いけそうなのは・・・・六分儀のタキロー君に、ユトさん。
 
チームとして、あの二人がいないわけで。いるはずがないっすけど・・・。頭数的には鍵奈サンと遊鎖サンがいるっすけど、同じではなく。ツムリさんがチームリーダーなのも序列的には納得っすけど・・・・思考速度がお世辞にも・・・・っすからねえ・・・特攻しかなさそうな・・・・その点、ユトさんの仕切りは・・・って、いない人間にそんなコト求めてもしょうがない。もう始まったのか、いつ始まるのか。「巨人の相撲」は。
 
 
トラックの荷台から見る東の地には紫の雨。もしかしたら、もうとっくに始まって終わってしまっていたのかも。上からの指示があればいいのだけど、自分たちの仕事の性質上、そうもいかない。あくまで、これはどさくさ紛れの泥棒というか犯罪というか、まともな法律に照らし出せばそうなるし、裏のルールに合わせても、自分たちの存在はなるべく隠しておいた方がいい。ここは、しんこうべではないのだ。別口で依頼されて、自分たちと似たようなことをやろうとする勢力があるかもしれない。危険が多ければ稼ぎがでかい系業界のヒトたちとか。そんなのに足引っ張られても困るから、それを第二陣が狩り出す、とかいう話を鍵奈サンと遊鎖サンがしていた。仕事的にはもう始まっているといえなくもない。少なくとも、この奇怪な雨が止むまでは、終わった、などと夢にも思うべきでは。
 
 
 
「・・・・・・・・・・?」
 
歌が聞こえた。若い女の声。もちろん、ツムリさんたちではない。チンの兄貴が精神を安定させるためお気に入りの音楽「志方あきこ・霜月はるか」を大音量で聞いていて、プレーヤーからプラグが抜けて気づかないとかでもない。おいらはシモツキン派っすが、銀橋サンを見るに、霊現象ではなく、ほんとの歌声ではあるようで。ただ、響く。心に響く。
 
誰が歌っているかは、分からない。自分たちでも通信でも、まさかたまたまゲリラライブを近くでやっていたはずもない。戦自サンに避難命令されて追い出されるだろうし。
 
姿も見えぬ遠方より、正しい波紋を描く故に、なにか巨きなきまりごとを守っているゆえに、こんなところまで届いているのだと、知れる。歌と言うよりは、風。熱く脈動する風。
 
恐怖に縮こまっていた心臓をモミモミと心地よくリフレッシュさせるゴッドハンドソング。アコースティックAED、というか、それ心筋梗塞じゃないの?とかつっこむヒトはぜひ聞いてほしいっす!若いと言うより、十代少女の声!!そんなことが分かるとかキモいとか言わないよーに!「かなりの歌ウマではあるが、練られた計算性を感じない・・プロではない・・・ほんとのホントに一回こっきり勝負に飛び込む、清水ステージに挑まんとするプレミアムプレシャスアマチュアのかほり・・・・っっ!!キモくない!聞けばそうだと分かるっす!だから、全然キモくないっす!むしろ、この歌を「歌ウマー」「イイネ!」で済ます感性こそ信じられないっす!!」
 
 
 
 
「・・・・・・・・・・ピラ、・・・・・・お前、大丈夫か・・・・?」
 
チンの兄貴の心配そうな声で、自分の声が出ていたことに気づく。うーん、さすがにこれはキモいっすね・・・・・・・・・ツムリさん以外が全員引いているのは、単にツムリさんの思考速度が遅いせいで。・・・・・・・・・
 
 
「だーれ?」槍を外に向けて突き出したのは、さすがに自分のキモさとは関係ないっすよね。
 
 
「あはは。ピラさん、開戦の鬨の声ならぬ、鬨の歌にその評価って、面白いですねえ」
「こんな所に布陣してたのか。近すぎる。逸るのも分かるが、もう少し離れた方がいい」
 
紫雨を遮る大きな番傘をむりやり二人使用で相合い傘に。女子学生に男子学生。ブレザーに学生服。そして、赤い靴。と、ゲタ。
 
 
「て、てめえらは・・・!!」
「君たちは・・・・・・・!」
チンと銀橋が同タイミングで。小心または年の功ゆえの眼力で、現在のパーティではこの厄介な大仕事をまわすには車輪が不足と見抜いていたものの、こんな最前線でお届けされるはずもない、と諦めていたところのシンクロ歓喜。恥ずかしくはあったが、それよりも。
 
 
「誘拐ならば、専門ですから。お使いのついでに、寄らせてもらいましたよ〜」
「僕は六分儀の命令で。・・・・どの部隊に加わるかまでは指図されていないから、たまたま・・・ユト・・・・さんと合流できたから・・・ここで、いいかなと思ったんだ」
 
もはやどこの組織も飼い慣らせなくなった世界最凶の誘拐犯、名など拘りもないようだが同行していた時の名を使うならば・・・・、”六分儀ユト”。
 
本人の名乗ったとおり六分儀の、つまりは碇ゲンドウの要請で嫌々渋々やってきたが、まさかの思い人との再会に、かなりやる気に燃えている六分儀タキロー。
 
 
単純な戦闘力だけで言えば、ツムリも虎兵太もいるのでさほど出番はないだろうが、大事な大事な「生存率」それが大幅に上昇するのが期待できるのが嬉しい。思わずチン・ピラ・銀橋でトリプルハイタッチ。ゆきみる墓場探索にてそのサバイヴスキルを思い知っている。DPSに偏りすぎていると、攻略は難しい。ゲームの話ではない。死なないようにするのがとても重要だ、というリアル極まる話だ。幽霊退治が得意でも、銀橋が蘇生させてくれるわけでもなし。ツムリと虎兵太も異論がないので、鍵奈と遊鎖も認めるしかない。
ゆきみる墓場深部から生還したのだから、認めるほかないのだが。今度も自分たちを生還させてくれたら言うことはない。その指示に従って、さっそく移動したのだが。
 
 
それが、死命を分けた。
 
 
 

 
 
ああー♪君は誰かを愛してるのか?
ああー♪炎のような愛を!
ああ〜涙を捨てて旅立つのさ
 
さあ 行こう僕らと本当の愛探しに!
 
宇宙の 果てまで いま一番大切なものを この手につかむために!
 
燃えるほど熱い思いを胸に秘め(感動じゃん!)
後ろを振り向く迷いを脱ぎ捨てて(最高じゃん!)
自分の信じた道を進むことが大事
 
 
さあ 勇気を出して!
夢を求め 恋を求め その愛を求め
 
ムヒョ〜〜〜!!
 
 
参号機・洞木ヒカリが十号機・ニェ・ナザレに向けて歌ったのがまず、この曲であった。
 
「愛の三人組」。国営放送で放映された海洋神秘冒険テレビアニメーションの主題歌、ではなく、その中の登場人物達が歌う、という設定のいわゆるキャラクターソングであった。
ネルフの人間はなぜか全員知っていたが、ニェ・ナザレが知っているかは微妙であった。
多分、知らないだろうと思われた。
 
選曲は洞木ヒカリが行ったので、よりにもよってなぜこの曲なのか・・・・
「シークレットで」とは彼女の談。まあ、肝心なのは相手の心の琴線、いやさシンクロ率に作用するかどうかであって歌の背景などは・・・・
ちなみに、(感動じゃん!)とか(最高じゃん!)とか「ムヒョー!!」とか三人組の男声コーラス部を担当したのが碇ゲンドウと冬月相談役であるのも秘密じゃん。
 
 
きっちり2番まで歌う。歌い終わるまで、十号機が待ってくれた、ということでもあるが。
 
 
「攪乱・・・?霍乱・・・?」
100%ありえへん対応行動でありA・V・Thも首を落としかけた。これは記録に残してもいいのだろうか・・・弾琴の計など通じるかどうかなど分からぬネルフではない、と
思っていたのだが。ただ、後弐号機とのシンクロ率が、ごく僅かだが上昇していた。
己のコントロールにはない上がり方だった。十二号機にしてやられた己にはその差異が分かる。偶然で上下するほどギルチルドレンの精神調律は緩くはない。そこに介入する術技。力というより、技術。強靱に張り巡らされた力の糸をすり抜けて利用して越えていく流れる姿。表現。アート・メッセージ。発声振動に伴いながら寄りながら、そこよりも先に奥に滑り込む。しかし、ただの機体機械ではこのような真似はできない。エヴァの中でも・・・格闘戦最強の参号機。その技をこちら方面で用いていたゆえの到達。応用が凄まじい。
 
後弐号機と己には届いたが、十号機はどうか・・・・外観では変化は見て取れない。
向こうはやっているだろうが、こちらからは内部データのモニタリングなど出来ない。
 
虚を突いて、ソドラを震う腕を止めさせて、そのすきに口八丁でなんとかする、交渉に入る・・・のだろうと、ネルフ総本部からの通信を待っていると
 
 
次の曲が来た。
 
♪ねえ教えて欲しい もう戻れないの 遠い波の音 聞こえる気がした 寄り添う二人の隙間に こぼれ落ちる思い出のかけら達は♪  しかもまたしても全然知らぬ曲。
 
負けた気はしないし、曲名が分かったからどうということもないが、証人になれと言われた以上、きっちりと記録は取る体勢でないと独逸の誇りが廃る。検索してみると、日本の歌手・相川七瀬の「恋心」なる・・・どういうメッセージが込めてある?込めたのか?
適当に歌いたいのをチョイスしただけ・・・などということはないだろう・・・・
 
いくらネルフでも・・・・それに、いくら十号機でも、2曲目まで聞く義理は・・・
 
 
聞いていた。最後まで。その途中、交渉チャンネルが開くだろうと思って曲の方はあまり聞いていなかった。正直に言えば、神経が保たなかった。正直に口など割らないが。
どういう作戦なのだ?というか、これは作戦なのか?歌を怒れる神に捧げて鎮めようとかいうのは作戦ではない。断じて違う。否定!否定!否定!真面目にやれ!!
 
 
「聞くがよい ギルの小童」・・・・・・・・なぜか、注意が入った。運命は不条理。
 
神に試されているのかもしれない・・・・使徒など派遣していない方の神だ。この場合。
 
 
3曲目にいった。神よ。またしても知らない日本の曲。知ったる賛美歌が来たら来たで居心地の悪さを感じるかもしれない・・・・仕方ないので3たび検索。新居昭乃「Adesso e fortuna〜炎と永遠〜」意図が読めない。日本語が深く分かれば読み解けるのか・・・しかし、ニェ・ナザレも日本人ではない。歌詞が分かっているのか、まさかいちいち翻訳まではしてないだろう・・・いや、待てよ・・・・・?この行為に意味があるとすれば
 
同じく歌歌いの十二号機・榛名比叡ナルコを重ねさせているのか・・・・・
そうなれば、手が出せないだろう・・・などと。参号機単独で地上に出してあるのも。
だとすれば、それは逆鱗。防御性能だけでいえば、未完成の十号機は最弱。
隙を伺い、一刺しできれば、それで終わる。搭乗者は半死人で逃げる先ももはやない。
ネルフとしては、自分たちに天罰下しにきたとしか思えない十号機をなんとかして返り討ちを目論むであろうし、あわよくばソドラをもその手に、だ。まあ、こんな使徒武装の顕現型に座らされている己が言うべきことではない。ナザレ体制もネルフ体制も結末は同じ事。いずれ・・・
 
 
「同じではない」・・・・・こちらの心を読んでいるのか、なにか特異な機能が十号機にはあるのか、・・・・あっても、おかしくはない。歴史上の聖人の如く巨大なものを背負い続けてきたのだ。それくらい目覚めていてもおかしくはない・・・・・・語りかけてきた。「同じではないぞ、ギルの小童。同じでは、ないのだ」歴史そのものの土の声で。
なれば、ネルフの者たちの企みも心根も腹内も底の底から見抜いているのではないか。
この歌の意味も。「看破・・・?」
 
 
「いや、それは分からぬ。四曲目か・・・」
 
見抜けなかったらしい。見栄を張る必要も無かろうから、十号機にして理解不能だった。やはり。しかもまだ続けてくるネルフ、というか参号機パイロット・・・誰の意向だこれ。
検索すると、クレヨン社「暁の宙」・・・日本に偏りが強すぎる気がするが、文句をつける所でもなし。ここは日本だし好きにするがよい。「ただ・・・」「唯只・・・?」
 
 
「光を感ずる・・・・・これは」
 
現在の参号機パイロットは洞木ヒカリ。そのことではないですよね、などと突っ込めるはずもないA・V・Th。いろんな意味で。「血で血を洗ってきた参号機が・・・・このように使われる、とはな・・・・黒い風が宿っているが・・・白い光が連れ添うか・・・」
 
その来歴と結末を知るがゆえ、刮目する。データとして、知ってはいた。ナルコと似たような子供が参号機に選ばれたことを。しかし、こうして実物を聞いてしまえば。
似て非なる。歌でシンクロ率を操作するのは希な才だが、この歌にはそれのみならず、世を動かす気概あり。歌幼女帝として君臨することはできるが、基本、世間に興味が無いナルコとは基礎基板が違いすぎる。時間があれば、持ち帰ってナルコの歌友達にしてくれるところだが・・・時間が無い。せめて、歌を聞いてやる時間くらいしか。
 
 
試してやりたい、この者たちの将来を。
 
 
だが・・・・
 
 
ネブカドネザルのGMKを用いて、ネルフ内部のデータをバンバカ開いて読んでみると、
どういうつもりか、マルドウックチルドレン(ベビー)の救出計画などを立てていた。
ネルフは使徒殲滅の戦闘集団じゃなかったのか?救出してどうしようというのか・・・
掛け声はいいが、ダメであろうこれは。不可能に挑むのはビジネスシーンだけにしておけ。
 
 
初手一撃でバラバラにされることだろう。
小物の群れをいくつも集めたとて、敵うわけがない。
触れることさえ出来はせぬ。
 
 
もちろん、ネルフのエヴァが弱い、とは言わぬ。そのガッツは大いに認めよう。
いろいろと画策もしているが・・・届かない。届くはずがない。
マルドウックの者たちの相手ではない。生まれながらの才の違いは残酷だ。
 
 
 
真なる適格者を得たEVAの本性を
 
 
その目にした時