「死なない程度にボコられてきて。手も出さなくていいから。何もしなくていいから」
 
 
葛城ミサトにこう言われた時は、どうしたものか、今からでも病院を手配するべきかしかるべき窓口に通報したものか迷ったものだが、綾波レイを筆頭としたパイロットたちは従った。もちろん、その秘策を信じたがゆえ。それだけで終わっていたら、それなりの対抗手段をとっていただろう。だが、無茶ではある。相手のデータ、戦闘力はある程度計算できているから威力偵察でもない。ただ、「ボコられる」ことが必要なのだという。
 
 
くるっているといえば、くるっているが。
 
 
何倍も強い相手を、傷もつけずに救い上げるというのは傲慢を通り越して、それも”そもそも”であり。「今更何を」でもあったから「お前がボコられてみろ」などという反抗もなかった。チームの筆頭格、綾波レイが巧くなだめた、ということは一切なかったが
 
 
 
「”異能拡大・機械治癒”」
 
零号機から四つ伸びているケーブル(被膜がずいぶんとヒトの皮膚っぽい)は他のケージの全力マッハで修理中の他の機体に繋がれていた。綾波レイが搭乗しているエントリープラグからもひとつケーブルが伸びており、こんな鋼鉄の修羅場にいるはずがない、いていいはずもない幼女がその先端部分を抱きしめていた。その目は赤い。同じように赤い目の者たちが何人か、心配そうに幼女と、円筒形で特殊な霊験を発揮している後継者を見ていた。抱きしめるだけであらゆる機械を癒やす綾波瑞麗の異能「機械治癒・マシーンヒール」・・これもまたレア中のレア異能であったが、サイズ的に治せるものはしれている。
 
ただ、それを接続・拡大して、巨大ロボットを治してしまう、というのは・・・
(正確には、人造人間エヴァンゲリオンの鎧う機械部分を、であり同時並行で人肉部分を高速治療する異能も展開中)
 
他の誰にも出来はしない。綾波党の後継者として、仰げば尊し、無二の存在の証明。
 
瑞麗の体調も悪くなっていない。それどころか、軽い高揚と輝く喜びがある。基本的に迫害される赤目の血筋である綾波一族として、これが誰しもの未来を一変させうる大乱事件インパクトケースであることを本能的に理解して、それに関わる一種、晴れ舞台であることも悟っているゆえ、異能を全力全開して・・・・それを枯渇も焼き付きもさせぬのが綾波本家の器であった。力を捧げさせて使い潰す、のは無能悪党、綾波党ではない。
 
力を使わせる以上の”なにか”を手下に大量に注げる・・・祖母にして現党首・綾波ナダも、その娘、ノイも、その孫娘、レイも。他者に大いに注げる”なにか”を貯蔵している。
 
愛とかエモさとか萌えとかいう表現は便利すぎる。”ナーズ”(ウルドゥー語で、誰かに無条件で愛されることによって生まれてくる自信と心の安定)というのは難しすぎる。
ただ、才ではなし。遺伝もしない。生まれたばかりの赤子にはない。
 
 
エヴァによる異能拡大はこれまでの地道な実験成果、努力の積み重ねでもあった。
これが異能持ちへの福音になるかどうかはこの先の課題であるだろう。
綾波レイの髪がなぜか急激に伸びてしまったのも謎であり、今後の解明が待たれる。
異能のオーバーロードかもしれないが、さすがに散髪している場合でもない。
 
 
「なかなかの手際でござるなあ・・・これならば・・・・」
「さすがに、アレだけで退場って悲しすぎるでしょ。やられたあとのパワーアップはお約束だけど、さすがに修理だけでもけっこーなファンタジーだからねー」
 
自分たちの機体修理の進展具合を端末で確認しながら、ベンチで横になりながらだべっている式波ヒメカと真希波マリ。綾波レイがあの調子のハッスル異能大車輪だが、怠けているわけではない。体力回復しているのだ。神仙の宝貝でも使ったかのような大雷にはさすがに参った。まだ身体の四分の一が痺れている。さきほどまで半身痺れててICUに叩き混まれそうになったが、断固拒否した。気合いで治すから、と。獣は手負いの方が本調子なのだ、と。式波ヒメカと二人して。獣飼いのメンツもあるし、八号機、赤木のカナギくんが完全ダウンで戦線離脱となれば、タッパがあって歳もいってるてめえたちがくたばるわけにもいかないワケで。・・・ユイさんに無様なトコロ、見せられるわけないし。
 
 
血の色をした栄養パックを食いちぎる。「おっと、3分の2、回復でござる」
「早いね・・・ヒメ」差し入れされまくった秘蔵の酒類を飲み干す。「うい。やっぱ、雷の痺れは酒で払うに限るわー」・・・もちろん、いいチルドレンはマネしちゃダメだよん。
 
 
 
「にしても・・・本当に、来るでござるか?」
 
己の指先、特に親指を見ながら式波ヒメカが呟いた。その隻眼は冷徹なほどの対敵戦力計算をし終えている。現状のままでは、この二の舞となる。何も命じられたから素直にやられただけではない。本当に、打つ手がなかったのだ。手の出しようがなかった。
 
自分たち獣飼いをしても、あれらは怪物の群れ、としかいいようがない。
ひとがころせないたちうちできない、つよいつよいそんざいをかいぶつとよぶ
 
攻撃、殺害を目的としたならば、まだ、何手かあるが。不殺、救うとなれば。
 
事前の指示があり、防御回避に専念したゆえの、この有様。攻め気でいけば、機体ごと黒炭になっていたやもしれず。それを思えば、素人に毛がはえた程度の参号機がどうやってパイロットともどもほぼ無傷でかわししのいだのか、不思議でしょうがないが。やはり
何かに守られているのだろう。うーん?守護天使、ははは、まさか。
 
 
「来なければ、終わり。でも、可能性、低いんじゃないかなー・・・だから、ヨーコもパイミンも呼ばなかった」
「まあ、平和な羊飼いと牛飼いでは、このカンカンに燃えた鉄火場は危険すぎるでござるよな−・・・・あー、肉の差し入れなどは頼んでもいいでござるかなあ?」
「いや、さすがにやめときなよ。皆、忙しいし。薬剤はいいだろうけど、焼肉とかあとでいいでしょあとの祝勝会で」
「おや?参加してもいいんでござるか?」
「あー、ごめん。言葉の綾。やるとしたら身内でね。アタシたちはあくまで外様だし」
「でも、最後まで付き合う気でいるんでござろ?この虫が潰されるような負け戦」
「いや・・・どうかな・・・正直、興味があるだけだから。ゲンドウ君、冬月先生にはそこまで義理はナイ。ただ、この目で見て、みたいんだ」
「ほお」
 
 
「あの、碇ユイが、嫉妬したっていう才能を、さ」
 
 
おそらくは、この世で唯一人。しかも、それを天下泰平のために一切使わなかった。
どうしようもないフーテン。それがいまさら、こんな騒乱の地に出張ってくるかといえば。
 
ムリっぽい。もう逃げてしまおうか、とも思う。来るはずもナイものが、ここにやって来て、それを見逃したら。その後悔は。こういう身には長すぎて辛すぎる。
 
「ヒメは、適当なトコロで・・・修理終わったらもう暇乞いしてもいいんじゃない?」
「いやいや、そうはいかぬでござる。シンジ殿が戻られるのをここで待つでござるよ・・・・・・・それに、拙者もやはり、この目で見てみたかったのでござるよ」
 
 
何を、とは問わない。そんなものは承知の上というより、”同じもの”なのだから。
 
 
そして、しばらく回復しながら待っている間、大雷のあまりの威力とカナギの離脱にショックを受けて部屋の隅で毛布にくるまりながら震え上がっている火織ナギサと赤木リツコ博士とのいろいろ心の交感があったあとの大人のキスの一幕とか、肉体は無事だったものの、髪がアフロになってしまい動揺する鈴原トウジが洞木ヒカリに「アフロでもカッコいいから!!」などと枯れた声で一喝されて「けっこう似合ってるから!」その場しのぎのウソに決まっているのに鵜呑みにしてテンションを復活させる一幕などもあった。
「あ・・こんなガラガラ声でどなって・・・」ごめん、などと彼女に言わせる漢・鈴原トウジではむろんない。その方法は漢なのでその初々しい一幕は秘する。
 
 
 
頼みの綱のエヴァがああもブッツリやられて、組織が壊乱せぬほうがおかしいが、
 
ハナからおかしかったせいか、なんとか持ちこたえたネルフ。ここでどうにかせぬと、この先もやはり地獄であることを、なんとなく感じ取っていたせいだろう。
リアル・トロッコ問題的シチュエーション。全員が、切り替えスイッチを手にしていて。
 
 
単純に、チルドレン、子供達が、ああも頑張っているのに、ヘタレていられない、ということだったのかもしれないが。こなすべき作業量が膨大すぎて考えている余裕すらない、というのもあったかもしれない。「グズグズしてるぞ死なすぞオーラ」が満ち満ちて、「立っているものは相談役でもコキ使え」「人類皆ネルフ職員(臨時)」「でも御安全に。結局難局においてそれが最速」「アンリミテッドおちつけ・人脈総動員フルパワーマックス」
 
などと、葛城ミサトや碇ゲンドウが吼えているわけではないが、修羅場慣れとはそういうもので。恥も外聞も無く組織の内外からマンパワーを引き出しまくっていた。
 
シェルターに避難中の一般市民、それも一部の子供から老人まで、折り紙だの踊りだのマスゲームだの洗濯だの喫煙だの料理器具を叩いて音を出せだの、不可思議な行動をやらされていた。この都市のどこかに戦況をひっくり返すピタゴラスイッチでもあってそれを押すためですよ、という説明も無かったが、文句も出ずに。まさか、それで救いのゴッドが降臨してくれる、と信じたわけでもない。守護神が不在なら不在で、なんとかするしか。
 
 
 

 
 
「すみません。ネルフから参りました説得交渉役の碇シンジと申します!」
 
イザリヤの星社に首尾良く入り込んだ碇シンジが大きな声で挨拶した。
 
 
説得し、交渉すべき相手はすぐそこにいたが、返事は無かった。
 
 
サイズやスケールが意味を無くす、偉大だの矮小だのの意味が真に理解可能になる、数字に鎧われず、霞ながら朧気に明滅するだけといえば、それだけの、特殊な異空間
 
 
相手が応じるかどうかは別として、説得交渉、それくらいしか出来ることがない。
殺害意図に燃えながら相手の首を獲ってやろうにも、そこまでの距離すら分からない。
 
距離感というのは大事だな、と心底から納得できる場所でもある。道徳教育に貸し出されることはあるまいが。対話するしかない。まずはその座から目につくポジションに位置どることが一苦労。それだけで悟りも開けそうな。とはいえ、碇シンジは開眼していない。
 
 
「いらっしゃいませんか、まさかお留守ですか。こーんちーにわー」
 
ここが到達点なのは間違いない。表札が出てたわけではないけれど、イザリヤの星社。
 
ここに、説得交渉相手がいるのも、間違いない。フェイク情報で居場所を誤魔化せるほどの生命力もないのだから。終の住処、登り切った最後の階段、もうすぐその時を迎える
個人専用の停留所。ああ、ラスボスなら、もうちょっとこう、迷宮大神殿みたいな、エヴァがそのまま探検できそうな、でっかい所にいそうなものだけど。座って半畳寝て一畳、
畳の上、死ぬ場所を選べることがそもそも結構な幸せなのか。そうなると、このコズミックホラー空間も、それなりにハッピーエンディングプレイスなのかなあ。願いを叶えられるなら、そこが約束の地、宿願の山頂になる。それが果たされないとしたら・・・?
 
 
床面は白くて、ふわふわとぶよぶよの中間くらいの踏み心地で、かなり離れた先に巨大な槍がぶっ刺さっているのが見える。「あれがカシウスの槍・・・・だっけ?ガイウス?」
 
 
「ソウダ。ネルフノ交渉者ヨ(そうだ。ねるふのこうしょうしゃよ)」
 
 
足下から声がした。地球人類の誰が聞いても、どんな天邪鬼が聞いても、「宇宙人の声」だと表現するであろうエコーが効いたスペースボイス。
 
「アレハ・・、カシウスノ槍ダ(あれは・・・、かしうすのやりだ)」
受信にタイムラグがあるのか、ここまでやってきた者がそんなことも知らぬのに意表を突かれたのか、時間差のギャラクシー訂正が入った。
 
「そうなんですね」碇シンジも受け入れる。相手に共感させるのがネゴシエイターの基本テクニックなので、「居留守使ってましたね」などとは言わない。それに
 
 
「あの・・・もしかして・・・踏んでました・・?」
 
足下から意識のある声がする、というのはその可能性がある。こんな異空間でマイク設置というほうがありえない。ふわふわぶよぶよの感触も、なんか生命を感じれたし。
 
 
「ソウナルナ・・・・星社ヘノ侵入ナドアリエヌ業ダガ・・・内部座標ノ設定ヲ施シテオラヌユエ・・・我ガ身ノ上ニ直接、着地スルシカアルマイ・・・(そうなるな・・・せいじゃへのしんにゅうなどありえぬわざだが・・・ないぶざひょうのせっていをほどこしておらぬゆえ・・・わがみのうえにちょくせつ、ちゃくちするしかあるまい)」
 
わざとではないとはいえ、ほんとに悪気はなかったとはいえ、乗り込むなり、相手にいきなりドロップキックをかました形の碇シンジ。大豪邸だと思っていたのに、実はセンベイ寝床であり、ドアを開けたらすぐそこに家主がいた、的な。出会い頭の事故的な。
鉄砲玉任務ならば、これほどやりやすい状況もなかったが。
 
 
「あ!すいません!すいません!」
といいつつ、土下座して謝罪しようとしたけれど、足下に相手がいるとなると、それはそれでキスを強要しているかのようなセクシャルな案件になりかねず・・・90度のお辞儀で謝罪の意を示す碇シンジ。親玉のくせに、こんな狭い所に住んでんじゃねー!などと感じさせてはならない。なにせこちらは無断侵入した身であるのだ。すぐさまキルされてもやむをえない。機械的な防衛手段などなくとも・・・・足下に広がる床面、これ全て、「我が身の上」であるという・・・形は分からないけど、そのままぬりかべ型なのかもしれないけど、巨人も巨人、大巨人とでもいうか・・・
 
 
「交渉、ト言ッタガ、ソレデハヤリニイクデアロウ。座標設定ヲ変更スル・・・シバシ待ツガ良イ(こうしょう、といったが、それではやりにくいであろう。ざひょうせっていをへんこうする・・・・しばしまつがよい)」
 
もう少し問答無用に除外されると覚悟していたものの、子供扱いなのか親切心なのか、なんかのルールでもあるものか、願いが叶うので気前が良くなっているのか、とりあえず話がしやすいのは嬉しい碇シンジであった。さすがに相手を踏みつけながら話し合いとか。
女王様じゃあるまいし。僕、ネゴシエイターだし。出来れば、相手の目を見て交渉を
 
 
 
目は七つあった。目の色もそれぞれ違う。その中に夜雲色と海雨色もあった。
 
 
そして、体色の白はそのままに、毛髪の類いが一切無く、そのまま地球を去っても全く問題なさそうな宇宙人体型。足の代わりに、左には白い翼、右には白い鰭がある。
 
胸のど真ん中に槍、カシウスの槍。それで壁に貫き止められている。抜いたら絶対やばい。
 
「これを抜いてくれたら、お前の言うことを前向きに検討してもいい」とか言われても笑顔でスルーすべき。抜いたらダメなやつだ。それにしても、強烈なビジュアル・・・・
 
 
自分がこんなんじゃなかったら、卒倒してるかも。それにて交渉終了。
 
 
実際の大きさがどれほどなのか不明だけど、見上げても首がそれほど疲れない程度。
 
ダビデとゴリアテ、僕とジャイアント馬場さん、よりは、両手を広げてるから大きく感じられる。あくまで、そのように見える、という話だけど、・・・こんな姿を見せて得られるメリットが考えつかない。これが本性。中の人などおらず、ずいぶんと長く長く長く生きていた、という話は聞いている。これまでの儀式の結果を己の血肉でもって保管する最古参。これからもヒトの変容を見守り以前の姿を保存記録してくれるものだと組織内で思われていた、とか。これからも長く長くこの星が終わりまで専任でやってくれるものだと強く信仰されていたのに。相手の姿、持ち物をそれとなく褒めるのもネゴシエーションの基本なのだけど。取り入る隙がない。悩む碇シンジ。
 
 
「未ダ、正気ヲ保ッテイラレルノカ(まだ、しょうきをたもっていられるのか)」
 
星社に入った時点で、いかなる異能も霊威も技巧技術も無効化される。効果範囲が特定されぬのだからいかに強力な力も技も能もなんの意味も成さぬ。無限のあさって方向に全力を振るおうが、届きはしない。平らかとして和となす。この場を机上としてようやく神に通じる言語を開発できる。まともな生命の波動は、この空間の静謐と乱数スケールに耐えられない。魂を億秒で篩にかけられているようなもの。贄としてその不純物が抜けた粉々ぶりは、おそらくは最上等。エヴァで濾過したものとそう大差ない代物が出来上がるはず。
 
ここに送り込んできた意図は・・・・・・よもや帰れるはずもない。貢ぎか実験欲か。
己らの複製を使うのだから、文句はない。己の宿願成就こそが何より・・・
 
 
「気絶しちゃたら交渉になりませんし、何しにここまでやって来たのか分かりません・・・・説得といいますか、正直、お願いになるんですが・・・今やってる儀式、中止にしてもらえませんか?」
 
 
「モラエナイ(もらえない)」
 
 
「まあ、そうですよね・・・いきなりやってきて、なんの代償も無くこっちのお願いを聞いてくれっていっても通りませんよね、ふつう。それは、そうですよね・・・・」
 
拒絶としては、むしろ柔らかめであっただろうが、碇シンジはあっさり諦めた。
正気を維持している証拠でもあったが、それでいいのだろうか。
 
 
「やめてくれると・・・・なにか、いいことがあるかもしれません・・・・なにか、どうしても欲しいものとかありますかね?・・・して欲しいこととか・・・・その、カシウスの槍を抜いてほしいとか」だが、そのフリをして横目でチラチラと探りを。
 
 
「ナニモナイ(なにもない)」
 
 
「え?槍とかいいんですか?痛くないんですか?それ」
 
 
「痛ミハ・・・第・・・回目ノ儀式ニテ除去サレタ。ソノ次ノ儀式ニテ痛ミハ戻サレタ(いたみは・・だい・・・かいめのぎしきにてじょきょされた。そのつぎのぎしきにていたみはもどされた)」
 
 
「じゃあ、いってもどって結局、痛いんじゃないですか。痛みのない世界・・・天国っぽいけどずいぶんと危なっかしい気もしますね」
寄り添うようなことを言いつつ、内心「槍抜けって言われなくて助かった」などと考えた碇シンジに
 
 
「コノ槍ヲ抜ケバ、コレマデノ儀式ニ願ワレタ、全テノヒトノカタチココロノカタチガ溢レ出ル・・イマジナリー・インパクトガ発生スル・・・ソレガ望ミナラバ抜ケバヨイ」
 
「いやいや!抜きませんから!望んでませんから!・・・・望んでませんけど、そういえば・・・お名前をお呼びしたりしても・・・・問題、ありませんか?」
何がそういえば、なのか、全く順接になっていないが、これも任務。なんとか取っ掛かりを探そうとする碇シンジ。本名を正解すると、神秘のヴェールが外れてこちらの要求が通りやすくなったり・・・するのではないか。
 
 
「モンダイナイ(もんだいはない)。知ル名デ呼ベバ良イ(しるなでよべばよい)」
 
そういえば、名前が百以上あるんだったっけ。この「ヒト」。古い古い昔から。最古の。
 
「お気に入りといいますか、ご希望ネームなどはございますか?」
 
 
「トクニナイ(とくにない)」
 
 
「そうですか・・・では、永く過ごしてこられました長命経験に敬意を込めまして、”最古さん”とお呼びしま」
 
 
「アダム(あだむ)」
 
 
「え?」
 
 
「”アダム”ノ名ヲ呼ブコトヲ許ソウ、交渉者ヨ(あだむのなをよぶことをゆるそう、こうしょうしゃよ)」
 
 
「あ、はい。じゃあ、アダムプラス日本式敬称のさんづけで・・・ようござんすね?」
 
 
「ウム(うむ)」
 
 
なんとか一歩前進したかと思われた。なにごともはじめの一歩が
 
 
「では、アダムさん。僕からの儀式中止要請は取り下げます」
 
後退した。「確かに、無理筋ですよね。いろいろ手はずを整えて、やったことを、こんないきなりやってきた小僧が頼んだからって中止にするはず、ありませんよね・・・」
 
 
「・・・・・・」
 
じゃなにしにきたんだ、おまえは、と告げられることもなかった。手の内が全て読めるならそれは交渉とはいえない。相互理解が成されたのなら、もう結果は確定する。
言ってることはやる気も粘りも根性も感じられないが、まるきり諦めていない。
 
確信犯の面構え。実はもう、説得の準備は整っているんだよね的な。信じ切っている目。
狂信でも夢信でも、なく確信。もう、やらかしてきている・・・一切の抵抗勢力に後塵を拝させる超伝導まかり通る者の目。
 
 
「それなので、儀式の進行状況を一緒に確認させてもらえませんか?」
 
そのくせ、次の瞬間には敬虔真摯な信仰に生きる子羊ちゃんのような目で。
そんなことを頼み込んできた。これから起こる全てのものごとを受け入れます、と顔にも。
 
 
まあ、お前がその場にいれば、お前も供物になっていたのだが、と告げることもなく
アダムが大型モニターを展開させたのは、この小癪な小僧に残酷な現実を思い知らせてヒイヒイ泣かせるため、ではなく、
 
 
「ココニ入ル方法ヲ授ケタノハ誰カ(ここにはいるほうほうをさずけたのはたれか)」
 
情報の取引だった。「親友です。でも、やると決めたのは僕です」即答だった。「あなたたちにはフィフスとかムーン・フューチャーとか言わないと通じませんかね」
 
 
「・・・・ダカラ、退場サセルベキデハナカッタノダ・・・アアイイモノハ地ニ繋ギテオクガ上策・・・ステージヲ上ゲルダケダ・・・(だから、たいじょうさせるべきではなかったのだ・・・ああいうものはちにつなぎておくがじょうさく・・・すてーじをあげるだけだ)」
「みんなしんでしまえばいいのに(ミンナシネバイイノニ)」
 
 
「何カ言ッタカ、交渉者ヨ(なにかいったか、こうしょうしゃよ)」
 
 
「いいえ。何も。交渉者が記録されて困るようなことを口にしたりしませんよ?」
するり、とそのままアダムの隣に侍る碇シンジ。しなしなと。「では、ご一緒させて頂きますね。ネルフの一番長い日、ですかねー、タイトル的には」傾国の美女めいた眼差しで。
 
 
七つの目玉で碇シンジを見下ろすアダム。
 
説得交渉役、と名乗りはしたものの、あまりに役立たず。哀れなほどの無能。子供の使い。
偽装なのか、現状が理解しきれていない未熟か、援軍がないのも知らず突出した馬鹿者か。
刺客・・・にはなりえないことは分かっているだろうに。使わした者どもも。
 
 
どのような対抗手段を用いようと、儀式は遂行される。ルートがいくつか奇跡が発生して遮断されたとしても。別のルートが最後まで進行させる。
 
十号機、反存在の初号機・弐号機、アルマロス、を三本柱として、そもそもネルフの現所有戦力では、三本柱どころか、秘蔵エヴァの一機も倒せまい。戦艦とレジャーボートが戦うようなものだ。へその緒がとれていないのはどちらだと言いたくなるほどの力の差。
 
プランに明らかな誤差が生じたのは、マルドウックチルドレンを全て回収してきたことくらいのもので、どうということもない。万一、意識を残していたとしても、儀式からは離脱不能。逃がすはずがない。互いに喰らい合うル氏の901札を全身に貼り付けてある。
 
 
見せれば分かる。蹂躙か焦土にされたか、すでに彼の地は沈黙が支配しているはず
儀式の場には、鎧を割られて肉を切り開かれて魂が取り出される光景が