「アスカ、大丈夫かな・・・・」などと、己の不安を口にするのは交渉役としてはNG。
 
 
ではあるが、真に不安であったならばもはや声も出せぬもの。それだけ状況がマシになってきている証拠でもあった。
 
 
 
「コノヨウナコトガ・・・(このようなことが)」
 
 
次々と儀式用のエヴァたちがネルフのエヴァに取り押さえられ、内部からマルドウックチルドレンが回収されていく。嘘のような現の光景。回収した赤子マルドウックはカプセルに入れてこれまた次々と十号機のニェ・ナザレに届けているのが抜け目なく小面憎い。
 
 
命をかけてここまでやられれば、十号機はネルフ側にまわる。少なくとも静観する。
 
もしくは赤子らを連れて去るか。「盗人ノ奇跡ダナ・・・・(ぬすびとのきせきだな)」
 
ネルフ職員どもも熱暴走一歩手前まで稼働しているのだろうが、明らかに外部の者をしかも最前線に送り込む神経・・・常人の目には映らぬだろうが、シェルターに避難した一般民どもから伸びていく力の連鎖・・・動の色を合わせる、膨大な回数、重ね合わせることで、奇跡の発生確率を高めているのが分かる。<ペルガモ>の人造七ツ目玉をこの局面で使用した者がいる・・・エッカ・チャチャボール・・・居場所さえ掴めていればこれも始末する予定だったのが、こんな所に顔を出してくるとは・・・・<エフェソス>も八号機に搭載された・・・もしやと思い南洋実験諸島の象徴・嵐の目玉こと<スミルナ>の状況を確認してみると、九号機が持ち出してしまっていた。まさか竜宮城ごっこでもあるまい。
 
 
 
「古の教会の名を冠する人造七ツ目玉による・・・七揃えの結界を造る・・・・・」
 
ぼそっと、大型モニターからは目を離さずに碇シンジが呟いた。いかにも意味ありげに。
 
 
「結界ダト・・・・(けっかいだと)」
目も合わさないのだからスルーしてやりたいところであったが、さすがに聞き逃せない。
そんなもの、事前に分かっていれば造らせるはずがない。とはいえ、口を滑らしたふうでもない。いかにも。いかにも、それが重要なのだけどさりげなく。というか、その横顔は、美少女が戦ってるところを視てる方が大事ですよ!!遙かに!と明言してるようでも。
 
 
そもそも天然の七ツ目玉が降臨するのだ。結界など造ってもなんの効果もない。
教会と境界をかけた、範囲制限する程度の意味しかあるまい。実験場を造るのが三度の飯より好きな変わり者が造った玩具。人全てが変容するからこその七ツ目玉の召喚・・・
 
 
「真逆(まさか)」
「そのまさか・・・・・・・アスカ!がんばって!あともう少し!!負けないで!ゴールは近づいてるから!心もそばにいるわ!」
 
重要度設定がおかしいが、これが交渉術ではない保証もなく。
 
 
「綾波さんたちもがんばって!!いけートウジー!!ナギサくんもマリさんもヒメカさんもやっちゃてくださーい!!霧島さんも、もうすこし、耐えてえ!ガッツ!ファイト!」
 
あえて場所柄をわきまえないハイクラスな交渉術なのかもしれないが、チアガールのようなフリと嬌声がウザく、さらにそれが堂に入っているものだからさらにウザみが強く
 
 
映像が切られた。暗黒になる大型モニタ。「あら。消えちゃった」
 
 
「消えちゃったんですけど。電波状況が悪くなったんですか?現在状況が分からないと、アダムさんも困りませんか?」
 
「人造七ツ目玉ノ結界デ囲ウノハ・・・・コノ、イザリヤノ星社カ(じんぞうななつめだまのけっかいでかこうのは・・・この、いざりやのせいじゃか)」
 
 
「そうですよ」けろっと、交渉者は白状した。なんのもったいもブラフもかまさず。
 
 
「一人か二人くらいなら、人造でも天然の目を誤魔化せるそうですから。
アダムさんだけ、お望み通り、死んだら魂も何も無く塵になり消滅して輪廻転生はしません。間違いなく、絶対に。確定で」
 
 
「・・・・・悪魔メ。悪魔ノ子供ヨ(あくまめ。あくまのこどもよ)」
 
 
他者の望みの灯火を吹き消すのが何より楽しいとしたら。その性は。
 
 
「そうですね、僕は悪魔くん。かもしれません」
その目は映像を映さなくなり、置き去りにされたブラウン管のような、灰砂色。
「十二使徒とかいませんけどね・・・・エロイムエッサイム、我は求めてみましょうか」
 
 
「断罪ニ値スル・・・・・ナレド、悪魔ノ子供ヨ。ココカラ・・・逃ガサヌゾ・・・(だんざいにあたいする・・・なれど、あくまのこどもよ。ここから・・・にがさぬぞ)」
 
「入るのはできたんですけど、いやもう入るだけで限界でした。フルパワーでむりくり押し込めたといいますか・・・・なので、帰るのは無理ですね」
 
「ナレバ・・・・同ジクナルガ(なれば・・・おなじくなるが)」
 
「いいじゃないですか。望み通りになるんですから。確かに、人の次にボウフラになったり大腸菌になったりするのもキツいかもしれませんね。いや、はたらく細胞ってのもけっこう楽しそうですけど・・・自分が毒虫に生まれ変わって、他のひとはまた人間に生まれ変わるところを想像すれば腹も立ちますし。仕方ないのかなあ・・・」
 
これが交渉の口なのか、心底の言の葉なのか、区別はつかない。非常に精緻な仮面をかぶっているようでも、すっぴんのようでもある。人柱にされるだけあって、ある程度の感受性は切除してきてあるのか。
 
 
「儀式ハ成就スル・・・・小細工ヲ用イヨウト・・・・アルマロスガ必要量ノ魂ヲ回収スル(ぎしきはじょうじゅする・・・こざいくをもちいようと・・・あるまろすがひつようりょうのたましいをかいしゅうする)」
最終的に、そこにいる者すべて皆殺しにすればいい。ついでに人造七ツ目玉も破壊して結界など造らせねばよい。
 
 
碇シンジの目がまたたいて、灰砂色から夜雲色に切り替わる。「へえ・・・・ふうん」
 
 
「アルマロス・・・黒い巨人ですね。やっつけると、やっつけた相手を乗っ取るとかいう・・・・それは無敵ですけど、裏切りますよ?」
 
 
「裏切ル?(うらぎる?)」
アルマロスの秘儀をどうやって掴んだのか、・・・というより、悪魔の子は好き勝手に代弁しているだけなのであろうから、誰の発言か、そのように工作してやった、という宣言なのか。本来の役目に沿わないこの役目にアルマロスが乗り気でないのも承知している。
それゆえ、眼盾を背負わした。あくまで儀式の審判役として。
 
 
「あ。すいません、こんな所で陰口なんて良くないですよね。僕は交渉役。あくまで正正堂堂の利益の取引で納得していただかないと!大昔の軍師じゃないんですから、離間の計とか古いですよね」
 
 
放り投げてきた。自分で投げておきながら。不気味な言霊ジャグラー。
 
儀式が成就する、ということはあれだけ応援していた仲間どもが皆死ぬるということだが冷や汗ひとつかいていない。ある程度どころか、全てを切除してここに立っているのか。
ひとでなしなど珍しくもない業界ではあるが、ここまで徹底しているのは希。
敵陣の最奥にて、なぜこうも余談のように口がきけるのか。
 
 
「僕から、あなたに提供できる利益なんですが・・・死なないようにするっていうのは
どうですか?」
 
 
「ナンダト(なんだと?)」
 
 
「”・・・あなたは死にません。僕が守るから・・”ってのが、キャッチコピーです」
 
 
「発狂シタカ・・・・トウトウ(きょうをはっしたか・・とうとう)」
 
平静に見えたが、それは反転していただけだったようだ。精神の平衡をとうに失い、吹き込まれた言葉を適度に入れ替えて反射していたか・・・・
 
 
「あー、引くのも分かるんですが、タネも仕掛けもあるんですよ。ここがどこかお分かりですかお客様・・って、くどいですよねこんなトーク。ぶっちゃけますと、誰に見つからないようにこのものすごーく小さな極小サイズになっているここは、今現在、初号機のお腹の中でもあるんですよね。あ、もちろんそれだけだとすり抜けられるからATフィールドでガッチガチに固めてありますけど」
 
 
「・・・・」
 
 
「僕、ご存じかもしれませんが、終時計部隊っていう時間を研究する部隊の正式メンバーでもあるんですよ。コードネームは”昔昔昔”。単機でタイムトラベルできるほどじゃありませんが・・・・腹の中の時計を止めることくらいはできます。これほんとの腹時計」
 
 
「・・・・・・・・」
まったく面白くない。笑う機能もないのだが。既に呑み込まれていたなどと。
そのための、この悪魔子供。悪の王子であるゆえ、まとめて追放されたのではあるまいか。
ただ、それを解除するのは容易い。星社のサイズを変更してしまえば腹は破れる。
ゆえに、問題なのはその要求を呑むか呑まぬか、だ。
 
 
「死ヲ恐レテイルワケデハナイ(しをおそれているわけではない)」
「死ぬのは怖いですよね一人で(しぬのはこわいですよねひとりで)」
 
 
かぶせるように、かさねるように。
 
 
「死ぬつもりはなかったのに。その姿で変様を己の体に残しながらずっと人類自体の寿命を尽きるまで付き合うつもりだったのに。最後の姿まで見届けるつもりだったのに、唐突に死期が訪れた。でも、変化の記録を残した体で、他の人と同じ所へ行けるかどうか分からない。それが知りたい・・・・・・・・それがアダムさんのほんとうの願い」
 
 
「違ウ(ちがう)」
 
 
「アダムさんがそう仰るなら、違うんでしょう。ごめんなさい。でも、人類皆、強制確定で死んだら無になるってのは・・・・変えてもらえませんか?そのあたり、ふわっとさせといた方が皆、幸せだと思うんですけどねえ。もう少しアダムさんがより満足度が高まるような願いに」
 
 
「アルマロス、・・・”眼盾解放”・・・御自ラ魂ノ収穫ヲ・・・・」
 
 
命じようとして、「もうひとつ、サービスします!」止めるアダム。
 
 
「サービス?(さーびす?)」七つ目の目が睥睨する。
「下ラヌ提案デアレバ、悪魔ノ子供、汝ガ魂ヲ儀式二捧ゲルガ?(このごにおよんでたんなるじかんかせぎだったら、ぶっころすよ?)」
 
「仮定の話ですけど、まあ、念のため、ほかの可能性もちょっち考慮しておこう的なことでですね、・・・アダムさんが、今の状態で、他の人と同じ所へいけず、ひとりさびしく消滅していくのかどうか、調べる方法があるとしたら・・・・どうです?」
 
 
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
 
 
上も下も無く、無重力的な提案であった。基本、もうぶっ殺す気でいたゆえに、反作用で躊躇がかかった。ゼロベースでこんなことを言われた日には・・・・絶対始末していた。
よくもまあ、こんな人の心を破城槌でぶっ叩けるようなことが言えたものだ・・・・
常人であれば硝子のように粉々になっていたところだ・・・言った通りにしてやろう。
魂の清浄度は最低最悪であろうが、ここまでくれば交渉もなにもない。聞いて損した。
 
 
 
「サービスしときますよ・・・・・と、いうわけで呼んじゃいますね。
サービス、サービスぅ!」
 
 
霊験あらたかな呪文が効いたのか、贄にされる先に、碇シンジのサービスが発動した。