一応、そのように聞こえたのだが、確認する。一応。
大事なことだから、誤解や連絡ミスなどは避けたい。
 
 
「しゅうしんじき・・・・って、何?」
 
 
まさかと思うのだが、まさか・・・・「集塵機」をもじった「集シンジ機」とかいうんじゃあるまいな・・・・と、この場に集まった関係者全員が内心、思っていた。
碇ゲンドウがそのあたり問い質せばいいものを、無言で振ってくるから仕方なく葛城ミサトが代表質問したわけで。
 
 
「いえ。機は器だから・・・正しくは”集シンジ器”。どちらでもいいけど」
 
 
綾波レイの返答はまさしく。ちなみに、伸びた髪はあの戦闘が終わった後で早々にバッサリやってしまっている。静かにどよめく一同。「ほんまかいな・・」「・・・独走じゃないんだよな・・」「いや監修入ってるはずだ」「まじか・・・」「すごーい」「器かー」
 
 
連日の研究で疲れているはずなのに、それを感じさせず、むしろその赤い瞳は輝いている。
ドラえもんの便利道具みたいなネーミングセンスだが、それ並の効果も期待したいところ。
 
 
しんこうべにてニェ・ナザレの助言をもらいながら、綾波一族の知力財力その他もろもろ総力を結集して造られた「集シンジ器」の見た目は、包帯でグルグル巻きにされた棺桶。
 
碇シンジがぴったり収まるサイズだが、外見上、万能科学の砦たるネルフ総本部の極秘領域下、首脳主要メンバー勢揃いの場にあってよい感じではなかった。場違い感じが凄い。
綾波レイでなければ、とても堂々とここまで搬送できなかっただろう。常人は心が折れる。
 
 
「わたしに言う資格はないけど・・・でも、言わせて」
 
その場には、惣流アスカがいた。髪は切ってしまう以前より伸ばしている。
 
「これで・・・戻ってくるんだよね・・・あのバカ・・大バカは」
 
 
こちらも外見上では分からないが、ここにいる全員承知している。彼女、彼女たちがギリギリの死地から戻ってきたことを。誰の手も届かぬ奈落にこぼれ落ちるところを、危うく碇シンジが保定し続けて・・・回復したドライが弐号機に搭乗した瞬間、元に戻った。
 
 
2週間どころか、2日で依頼の3分の2を達成してしまったドライ。灯台もと暗し。
 
こんなところにいたのか、と、大いに呆れかえってやろうと思ったのにギャン泣きしてしまった。弐号機は乗り手を守り続けた。その感動感激は全身を痺れさせるほどで。その際、ひとにはいえぬ恥ずかしいことがちょっろとあったらしく、当分出てこない。
 
 
ただ、碇シンジが弐号機のエントリープラグ内に一緒に顕現するようなことはなく。
 
 
「なんとなく分かる・・・・コアにはもういない・・・またどっか飛んでいったわ・・・」
 
惣流アスカとラングレーの証言はあったが、一応、念のため、裏のコネクションで使徒使いも呼んできて調査もしたが、「だめ。ここにはいない・・・懐にいれたりしてないって!ユイさんの名前にかけて誓う・・これでいいでしょ。いた形跡は感じられるけど・・もう」
どこぞに移動してしまっているらしかった。
 
「魔戒十条に縛られる”転校生”みたいじゃないか・・・・!」シリアス顔で悔やむ日向マコト。彼も彼なりの特異コネクション経由で調べているが、所在は掴めない。
 
 
「彼女を助けるため、寄り道しただけかもしれないよ。彼は彼の正規軌道にもう乗っているんじゃないかな」
衛星軌道の八号機より火織ナギサから、個人の捜索に組織リソースを多大に使用する件について苦情が届きもした。だが、その位置から八号機のリソースを大幅に割いて単一個人の捜索にあてていることはネルフでは知らぬ者のいない公然の秘密。
「しょごうきのけはいはあるけど・・・・」「うごきがはやすぎる・・・よそくふのう」
 
 
「まあ、この”碇発雷電力公社”が動き出せば、予算などすぐに回収できる。そのために、なんとしても専門技能を所有するパイロットは確保せねばなあ」
「・・・・・その名前で決定なんですか?冬月先生・・・いろいろおかしな点が・・・」
「各方面を躊躇させるだけでもいい。ゼーレが先の乱から回復するまでそう時間もない」
「いや・・・そちらはどうとでも。ですが、公社で、なぜ碇と?私もそろそろ公務系は退いて山暮らしを・・・」
「十代の子供を働かせて隠遁するなど、ユイ君が許すわけがあるまい?フフフ・・・」
「いや、ユイはそれもありだと・・・おそらく、シンジは捕まりますまい・・フフフ」
「いやいや、レイもそれは許すまい。やる気満々だったぞ・・・フフフ」
「頑張りは評価しますが・・・シンジの逃げ足の速さは親譲りですしね・・・・フフフ」
 
 
首脳部がこの調子で苛立ちも動揺も見せないので、捜索作業は安定して続けられたが、結果が出ない。探しても見つからないのであれば、逆転の発想で、こちらに引き寄せて捉える。早い内からそっちの方へ舵をきって開発にとりかかっていた綾波レイ。それに専念していたわけではない。名目上は、ニェ・ナザレとマルドウックチルドレンの警護だった。
零号機ももっていくことを許されて、自由のきく地元で、実は地道に専念していた。
 
 
碇シンジの首根っこを捕まえられるのは、自分しかいない・・・
 
自分が諦めてしまえば、碇シンジは逃げおおせてしまうだろう・・・・
 
 
いや・・もちろん、碇君が自分の意思でなくきまぐれな自然の流れに任せて流されまくっているだけ、という可能性も高い。「命のかたちが普通の人間とは違う」と祖母は説明してくれた。体質というのか命質というのか、詳しく研究しなければ分からない。らしい。
 
 
なぜ、そのような困った生物のように彼のことを考えてしまうのか・・・
基本、やるべきことは救出回収で、捕獲ではないのだ。捕獲では。同僚です同中です。
 
初号機のイメージで鬼っぽく感じてしまうのか。天邪鬼とか。ああ、人さらいではあった。
よく分からない。いろいろあったけれど、彼のことはよく、分からない。
 
 
だけれど、まるきり分からない、というわけではない。
 
 
それを元手に開発していったのが「しゅうしんじき」こと「集シンジ器」であった。
 
 
さまざまな苦労もあったが、それを語るべき時ではない。綾波レイはスイッチを入れた。
 
 
「これで、一週間待てば、中に碇君が入っているはず」
 
淡々とその効果のほどを告げた。あまりに淡々としすぎて皆の反応も遅れた。
 
 
「一週間・・・・」
 
スイッチぽんで、あら碇シンジ君が!というよりは信憑性が高いが・・・微妙な期間だ。
 
どういう原理でそうなるのか、説明は一切ない。完成連絡があった次の日には搬入されて零号機とともに綾波レイがネルフに戻ってきたのがつい先ほどなのだ。
 
「それで・・・ここに集められたっちゅうことは・・・この棺の前で待っとく必要があるんか?」
鈴原トウジが皆、聞きにくそうにしているので、これまた男気を発揮して聞いてやった。
「一週間・・・・ここで、祈りを捧げる的な?」
 
やれと言われればやるし、その程度で7ヶ月行方不明の親友が戻ってくるというのなら。
ただ、役職的年齢的にキツい人間も何人かおるのも確かで。ここで雑魚寝とかも・・まあ
 
 
「いえ?集まってもらったのは単なるお披露目。ここなら管理は十分だし、あとは仕事に戻ってもらって大丈夫。一週間後、この時間にまた確認にきてくれればいいと思う」
 
器、と言われたからちょっと不安があったが、それなりにメカニカルというかメカニズムらしい。人間がそばにいなくてもさぼったりはしない信頼感。ほぼ全員がほっとする。
 
 
「むしろ、この空間は無人がいい。その方が、戻りやすいと思うから」
 
自信ありげな綾波レイ。責任感からここで棺守する気でいた惣流アスカが牽制されたように感じてちとムッとするが、何も言わない。ダメ元でも七ヶ月根気を詰めた結果だ。
 
自分たちが三面六臂で探しても、手が届かなかった。自分たちを保定に来なければ、碇シンジはとうの昔に戻っていて・・・新しいフェーズで活躍していたはずで・・・ドライだって有能だから、それなりの道を見つけていただろうし・・・・
 
「アスカ」洞木ヒカリが抱きしめた。
「じゃ、ラングレー」葛城ミサトは後ろから。
 
「「は・あっっ!?」」どう受け止めていいのか分からず奇声をあげてしまう。
 
「綾波さんを信じよう。見かけが見かけだけど・・・その分、効果ありそうだし」
「そうよ。見かけがアレだけど・・・、やってくれるわよ。信じましょう」
「うん・・・・信じるわ」「そうね・・・でも、まさかピラミッドパワーを応用したトンデモ科学とかいうオチじゃないわよね・・・・・え?なんで目をそらしたの今」
 
 
「そんなはずあるか愚か者め」
姦しい様子を小馬鹿にしきった目で見る清掃のおばちゃん。
えらく両肩が張り出して黒いマスクで顔全体を隠してかなり大柄で怪しさ満点なのだが
なぜかこの場にいるのを誰も指摘しなかった。「・・・・なんで我がこんな長期間潜入調査しているのに何も分からぬのだ・・・・それに似合うだけのフロイ・ハイアラキ級の超物凄い神秘のハズだ!」
ただ・・・自慢のアルマロスアイをもってしても、棺の原理は不明だった。じろ。
白い顔の小娘をにらみつけるが、さっぱり分からない。多少の異能を備えて、濾過を経て魂の清浄度も並外れてはいるが・・・ひとの形におさまる神秘など知れているはずだ。
分からないグループにこの我も入ってしまっている・・・・く、くそ・・・・人類如きが
我と同じグループに所属しているとは・・・・名誉に思わせてやろう!フハハアハ!
 
 
「真希波、あれは放置でいいんでござるかね?」「しっ!ヒメ、見ないフリ見えてないフリ!おかげで、内部スパイがめっちゃ減ってくれてるし」「ふむ・・・あそこまで妙なる人外・・斬れるかどうか試してみたいところでござったが・・・」「いやいやもう平和路線だから。ウチらは平和な動物飼育員ですからにゃ」「よく言いますね・・・あの仕事ぶりで」「ミカリちゃんはまだここにいたんだ?」「いますよ!お姉様も復活してくれましたし!でも・・使徒使いは来てないんですね・・・」「そりゃ公式には無理でしょ」「拙者達が帰ったあとにこっそりくるんでござろ」「久々、カツラギ寮の風呂入ってこーかな」
「部外者は利用料1300円です」「「えー」」「でも、私が一緒だとサービス割アリです」
 
 
「”電力公社・・・?なにを戯けたことを・・・・シンジさんこと昔昔昔は、終時計部隊改め時間警察機構の基幹メンバーとして、ムードメーカー兼パワーキャラとして業務にあたってもらわねばなりません。復活直後、すぐに拉致りますので、各自そのつもりで”」
「”警察機構が拉致とかまずいだろ・・・”」「”だめだドン”」「”その名称からしてアウトだ。オレなら絶対退職するね、・・・あ、抜けたりはしねえよ!?す、少なくとも就職はしねえだろう的な意味でだなー、泣くなよ!?で、でもダサすぎだろ?時間警察とかアー”」
 
 
さまざまな人間模様があったが
 
 
 
「一週間後の・・・水曜日・・・午後六時半頃・・・・また、ここで」
 
 
綾波レイの宣言で解散となった。疑問四分期待四部絶望一部希望一部の生殺しウィークのはじまりはじまり。果たして、碇シンジの社会的人生復活なるのか?
 
 
不思議なことに、さまざまな立場、さまざまな利害、さまざまな想い、それぞれ異なるが
 
 
なぜか、待ち遠しかった。そろって、待ち遠しく感じていた。その時を迎えることを考えるだけで。胸を震わせて。ここにまた集まり見届けようと、思ったのだ。大きく見開いたまなこは灯火となり、不思議の力を招来し・・・・
 
 
それは、発動直前で変更された七ツ目玉への「変容頼」・・・魂の再利用不可・人類の輪廻転生の禁止という大層なものより、かなり細やかなもの・・・気づきにくいが、それは
人類血脈の中にコンパクトハイパワーバッテリーが装備されたようなもの。火に続いて雷を胸に抱くことになった日。闇は源、神のお話に頼らずとも閃き煌めきを自ら発する証。
目と心が届くさきまで、道などなく道なきルートを突き進んでそこに行けるよう、そんな感じになりたいわ、と駆動力を欲するのは男子なら当たり前のこと。
 
 
<エフェソス><スミルナ><ペルガモ><ティアティラ><サルデス><F・D・F>
<羅王出岐谷>
 
偉大なる光輝の書に感化されたのか遺跡に偽装され世界各地に封印されて、それを見守る役目・・・人造七つ目玉も承認せざえるをえない。その一致承認が出るのに一週間ほどかかった、という噂もあったが真相は闇の中。
 
 
天と地と人とを籠目て重ね、新世紀の聖霊になりかけていた点描の少年を、
 
 
もう一度現世に像結ぶ
 
 

 
 
 
「完結のご挨拶」
 
 
どうも石龍でございます。
これにて、エヴァ小説「七ツ目玉エヴァゲリオン」完結でございます。
 
 
「あとがき」で書けよ、そんなの!と突っ込まれそうですが、「あとがき」は、ないのでございます。なぜなら、スパッと終われないから。映画だとスタッフロールは最後まで観る派ではありますが、これは小説。ただでさえ長いのに、長かったのに、「あとがき」まで読んでくださいとはよう言えません。ならば、書くまでもない・・・のですが!
 
 
小説は一人で書くものですが、それを人様の前にさらして長いことをやっていくには、やはり人様の支えが多くございまして。自分の小説をうっかり消してしまって、読者の方から送って頂き、事なきを得た、とか、いろいろございました。他にも一括ダウンロードをつくってくださった方、掲示板を運営して下さった方、・・・まあ、普通は作者がやるべきものですよね・・・おそらくミニマム少数派であろうなあ、という自覚はございます。
感想を送って頂いた方々にも力をもらいました。自分は人様の作品読んでも感想など送らないので現金なものですが。わはは。さて、長くなってもいけません。これはご挨拶。
 
 
これを読んでくださっている貴方にお伝えしたいのは
 
 
 
感謝と敬意。
(ありがとう。こんなに長いのを読んでくれて)
 
 
 
いや、ホントに。マジでマジで!ここ最近からのパラ読みとか理解不可能系だし〜
 
はぁつ!?申し訳ございません!全放出したはずの敬意がなぜかこんな手元にまるっと残っておりました。サーセンでございますです!!
 
 
では、もう一度。
 
 
 
この長文小説とこんな余分につきあってくださる根気強い貴方に、
何かいいことがありますように。
貴方に読んで頂けて、心から幸せでした。
 
 
ではっ!結末をどうぞ、召し上がれ。こちらが、石龍屋のラストオーダー・最終メニューでございます。
 
 

 
 
 
 
「はい、次の患者さーん。碇シンジさーんお入りくださーい」
 
 
柔らか系の関西弁のアクセントの看護師さんに呼ばれたので、診察室に入っていく碇シンジさん(21)。「はーい、お世話になりまーす」看護師さんの柔らかアクセントがうつったせいではあるまいが、21才のヤングマンにしては軽やか系の声。キリリとしたイケメンボイスとは言い難いが、声の調子や張りからするとそれなりに健康そうに見えた。
背丈筋肉のつき具合もそれなりにあり鍛えているらしいが、マッチョというほどでもない。
 
 
ただ、その装いが少々、変わっていた。プラグスーツに背広をひっかけている。
 
 
中途半端なネクタイが、着慣れているのかそうではないのか微妙なラインでぶらぶらと揺れている。本人はまったく違和感を感じていないようだが・・・
 
 
「お忙しいですね、シンジさん」やわらか関西弁の看護師さんもくすり、と笑うだけで。
慣れた以上の親近感。ネームプレートには「鈴原」とあった。
 
 
「日本に戻ってきたら、真っ先に診せにこいとか・・来なかったらもう診てやらないとか・・・父さんは、じゃない総裁は総裁で、すぐに対面報告しろとか・・・・・・どっちも融通効かしてくれないとか・・・あー、実はこのカッコ、変ですよね?」
 
「心配なんですよ、先生も。お父様はお寂しい・・・の、かも?」
 
「ナツミさんもホントは変だと思ってますよね?いえ、分かってるんです。でも、プラグスーツのまんまで行かないと着替えてる、寄り道した!とか言って怒り出すし・・・・仕事着に仕事着を重ねたコーデ、うーむ・・・」実は感じていた。「このラインでOK出すふたりは・・・もしかして精神不安定キてるんじゃないだろうか・・・」
 
「いえ、格好いいと思います。それで街中を歩いたりしなければ」
看護師さん、鈴原ナツミの笑顔ははんなり。でも、言うべきコトは言う。
なにがイケてるだの流行だのブームだのはあろうが、かわらぬ一線はある。あるはず。
そのコーデが来る日は永遠に来ない。断言してもいい。これは「但し、碇シンジに限る」
 
 
「やはり、異形だったか・・・次回はもう少し勘弁してもらおう・・・・」
 
真剣に悩む横顔はなかなかイケていた。この「診察所」が完全予約で他の患者と顔を合わせることが絶対にないのが救いか。だが、今回はそのまま行くしかない。
あまり待たせると、ろくなこといならない。最上階へ上がっていく。十代の時と違ってパンチが飛んでくることはさすがにないだろ・・・
 
「遅い!!」
 
右ストレートだった。情け容赦なく、こちらの首を獲りにくる速度。このままもらっては事件になる。この診察所の将来を考えると、そんな事件を起こさせるわけにはいかない!
これでも職業柄、移動距離は長い方。というか、世界で一番の自信がある。
 
かわしてみせる!!ささっ。回避成功!やった!未来はまもられた!「・・・・遅い」
 
左フック。「ほげっ!?」シャレにならん威力。これも職業柄、世界で最も強Gにさらされている自信があるが、よく考えたら、この身体で直接やっているわけではなかった。移動距離も自分の足で歩いたり走ったりしてるわけはない。社用機であった。いや!
そもそも、背広をひっかけてる時点で格闘とか無理筋で、襲撃されるのもおかしい!
 
 
 
「弱くなったんじゃないの、アンタ」
 
謝罪するどころか、鋭い目つきで糾弾すらしてくる白衣の女医がそこにいた。
白いプラグスーツをその下に着込んでいるあたり、碇シンジと同類といえた。
 
 
「いや・・・健康状態を診てもらいにきたんですけど・・・・強いとか弱いとか」
経験値のおかげで歯を折られることはなかったが、ダメージがないわけではない。
というか、ふつーに暴行事件だ。ただ、ここには絶対に警察も踏み込めない。
 
 
「でも遅かった。すぐに来なかった」
 
女医は謝らなかった。蒼い瞳はまっすぐ射貫きにくる。煌めく長い髪が放つオーラでこの場を完全に支配していた。ここは世紀末バイオレンスクイーンの玉座・・・・ではなく
 
 
診察室だった。
 
 
まあ、診察所であるから、女医が患者を診る場所が診察する場所が診察室であるのはごく当たり前のことなのだが・・・・当たり前でない点もあった。女医が殴りかかってくるのは碇シンジ限定のことであるさすがに。そうでなかったら看護師も内部告発なり通報するなりしていただろう。
 
 
巨大な、緑色の目玉が四つ。
 
 
外からこちらを見ている、という点が。
 
東西南北の壁に開放領域があり、北面は女医が背負う四つ目玉、東西には茜色と朱色の炎が伸びているのが見えて、素人ならば南から逃亡したくなるだろうが、ここは七重の塔。赤い稲穂に囲まれているが、塔のすぐよこにエヴァ弐号機が立っている。右手と左手を広げてその手のひらからATフレイムを灯している光景は、夕日の中、あまりに幻想的だった。
 
新手の宗教施設にしか見えないが、診療所であった。医者は一名。
 
診療科目は、惣流アス科、嘘である。20代にして所長の惣流アスカが絶対完全予約制でやっている、現在の所、世界でただ一つのエヴァを用いた精神治療を行っている施設。
 
 
「ごめん」
 
殴られたあげくに謝らされるのであるから、精神治療とは何なのかというべきではあったが、これは別物の何か。ちなみに碇シンジが患者第一号である。そこから得られた知見によって他の患者を治療する折には、まともな惣流先生であった。診療所自体がインパクトが強すぎるので、医者の歳が若すぎても驚かれることはそうはない。元より、それにすら心が微塵も動かぬ患者の方が多いのだが。
 
 
「まあ、努力は認めるけどね・・・・実の父プラス仕事とはいえ、ふつー、こっち優先でしょ。アンタは無敵だけど・・・不死身じゃない。ちゃんとメンテナンスが必要なんだから。忘れちゃダメよ。忘れるな。忘れたらころす・・・・はい、三唱」
 
「はあっ!?なにその優しいのか怖いのかどっちかにして!?しかもころすって!」
 
「三唱しろ。しなさい。して」ゆるネクタイを掴んで強制する惣流アスカ。医療行為にはまだ入っていない。はず。「はい・・・忘れません。ちゃんとメンテナンスします・・・」
 
三唱させられた。とても他人には見せられない20代の姿であった。
 
 
 
十代のなかば、碇シンジは棺の中から蘇った。
 
 
 
綾波レイの集シンジ器は見事、その効果を発揮した。時間ぴったりに棺を開くと、あら不思議で、マッパの碇シンジが入っていたのだ。関係者全員が注視する中。一糸まとわず。
 
 
「イヤーン」な展開であった。が。本人はそうは言わず、顔色も全く変えなかった。
 
寝てはおらず、目は見開かれていた。胸はゆるく波打ち、生体センサーにも各種反応があった。生きてはいたが、心がそこになかった。一言も言葉を発しない。抜け殻のように。
そこにいた。データ項目にはなかったが、魂の不在。生命は確かに戻ってきていた。
 
 
棺が開かれたのと同時に、座標直上の高空にエヴァ初号機が出現した。
その唐突は使徒を思わせたが、間違いなく初号機であった。
同調・シンクロ。己を駆る唯一自我の再臨を知らしめるごとく、天上天下に咆吼した。
 
 
けれど、それに呼応する、その座におさまるべき、神速にしてしぶとすぎる魂が
巨体を孤独にはせぬ柔らかく親和性の高い精神が、人と生きる歩調を伝える目聡い心が
 
 
帰っていなかった。その目の色は全ての星が喰われたあとの闇空。
 
 
綾波レイはショックのあまり、ふえええんと、泣き出した。予想外の結末に、その場にいる全員が、犬のおまわりさん状態。困ってしまった。とりあえず碇ゲンドウの命令で棺を封印して善後策を練ることとなった。これがただの迷子なのか、それとも・・・その先を語る元気はさすがになかった。ただ、捜索は打ち切られた。ここに、いるのはいるのだ。
 
 
 
その夜の内に、責任を感じたのか綾波レイが碇シンジ入りの棺をしんこうべに運んでしまい、「一生めんどうをみます」などと言い出したから、大変なことになった。
 
 
 
意固地になった綾波党党首の孫娘相手に、説得と奪還工作とか・・・それはそれは大変だったのだ。その大乱戦の中心で、惣流アスカがほぼヤケクソで叫んだ「アタシがこのバカを治すから絶対に!!治して見せるから!!」というのが色々と決定打になった。これを嘘にしたら命とかプライドとか色々やばいというのはあったけれど。どこか、頭と心にカチン、と填まるものがあった。これが、これは、自分のやるべきこと。
 
 
3年かかった。ラングレーとドライと七転八倒しながら。
 
 
自然治癒だったのか、悪あがきの治療もどきにどれほど効果があったのか分からない。今思えば、あの父親もよく任せてくれたものだ。ミサトが説得してくれたにしろ。
 
 
暁に染められたある朝、碇シンジは元に戻った。泣きはらして宙をぼけっと見ていたので、その隣にいたけれど、その瞬間は確認していない。貴重な症例だったのに・・・カメラ仕掛けときゃよかったが後の祭り。「おはよう。お腹減った?なんか作ろうか?」とか。
一瞬、タイムリープしたんじゃないかと、恐怖のあまりまた泣いたっけ。
その目、暁の宙の色からはじまりころころと七変化する目を見て、また泣いた。
そんな自分の顔が記録されてるのも一生の不覚モンであるから・・・まあ、記憶の中だけでいいとしている。
 
 
 
そんなわけで、使徒が来襲してこなくても、戦いの日々ではあった。
 
 
 
エヴァの民生転用とかどんな夢物語かと思っていたら、そうではなかった。
人造人間エヴァンゲリオン、それは、確かに強いけど、決戦兵器オンリー使用にはあまりにもったいない、広大無辺の器だった。そりゃ、いきなり宇宙怪獣とか襲撃してくれば応戦するけど、そんな非常事態以外にも大いに使うべき。精力善用自他共ATフィールド、は違うか。自他共栄、だったかな。エヴァ自身もそれを望んでいる。エヴァにも夢がある。
そう考えるといちばん正直なのは参号機か・・・ある意味、やりたいこと一直線だった。
 
 
「碇発雷電公社」は、エヴァ初号機の発電所というか、バカでも、いやさ誰でも分かるよーな形で・・・天から降下しながら雷を指定地点に落とし込むという方法で、ケーブルによる充電限界、エヴァの鎖をある意味解放してしまったことで世界を敵にまわすところを、一大陸につきひと月分の電力を無料提供することで、あっさり地球市民権を得た。
 
全力でそうなのか、それともそれなりに手を抜いているのかは分からない。聞いたら正直に答えそうなので聞いたことがない。電力会社が全滅せぬようにはしているらしい。
 
どうせひと月しか保たぬようにしてあるのも、あのヒゲ総裁の調整だろう。公社と名乗っているからトップは総裁、そういうものらしい。指定地点に設置された巨大電池も綾波レイの零号機が造ったもので、未だどこもマネができない超高性能。それを目の玉が飛び出る値段をつけているそうだが・・・詳細は不明。
 
まあ、生活はしていくのだから損はしない程度にはやっていく必要がある。
 
基本的に赤字になりがちなこの診療所が成立するのも一部の大金持ちから、それなりの診療代金を頂いているゆえ。一番の太客はいうまでもない。
 
2ヶ月に一度は来るように厳命してある。年の半分は仕事で国外を飛び回ってもう半分はそれ以外の頼まれ任務であちこちいって、電撃迅速なのは相変わらず。頼まれ任務、とかワケのわからないことになっているのは、ネルフ司令葛城ミサトからの話だから。
 
業界から離れてけっこう経ったけれど、やはり魑魅魍魎度はさほど薄まらないみたいで。
 
 
いろいろとキナ臭い噂も聞く。ニェ・ナザレ亡き後、バラバラになったマルドウックチルドレンの蠢動とか。使徒使い霧島マナが婚活に励んでるとか。JA連合の頭が代替わりして性懲りもなく戦闘用にしか思えぬ超巨大ロボットの製造に着手したとか。獣飼いが引退届を出してそろって行方をくらましたとか。黒い巨人が南極に現れたとか。
 
 
いよいよマズいことになればこっちにも話がくるかもしれないけれど、今の所は声がかからない。こんな診療所を構えているとそう簡単には動けない。鍛えるのは忘れてないけどやっぱり実戦のカンは鈍っていく。鈴原のダンナの方は、本人もどえらい達人になってるみたいだけど。ヒカリの尻にしかれてるのは十代の頃から変わらない。
 
 
「アンタ、適当なところで休みなさいよ」
 
「休むよ。さっき三唱したばっかりじゃないか・・・アスカの方はどうなの?」
 
「不養生して務まる仕事じゃないわよ。基本、長期戦だからね。で、今回のお土産は何」
 
「独逸軍の最新レーション詰め合わせと、鈴原さん家の梅干しとゆず胡椒、ケンスケお手製の魚の干物と、僕がつくった電気ブランデーケーキ」
 
「うーん・・・このチョイス・・・まあ、いいか」持たされ感がすごい。まあ、ここでへたに有名ケーキ屋のブツを出してきても腹立つわけですが。この直行感も大事だし。
「今回のケーキはなかなかうまく熟成できたと思う。自信作」
「初号機の中に冷蔵庫備えて、そこで熟成させるとか・・・」
 
バカにしか思いつかない、と、言いかける前に
 
「お待たせしましたー!って、ちょっと違いますかね。お持たせですがー、ですかね。
碇さん、いつもほんまにおおきにです。ケーキもものすご美味しかったですわー」
 
看護師さんこと鈴原ナツミがお盆に切り分けたケーキと紅茶セットを運んできた。
ケーキも食べて所長を差し置いて礼を言うのは、所長が言わないのを承知しているゆえ。
親しき仲にも礼儀ありですよ、などとスイカはともかくケーキに塩を振っても仕方ない。
男はんは持ち上げてやらんと、次からはケーキなしになったりしますぇ?バカ正直に。
 
 
「では、ごゆっくり〜」
 
診療室でのこのささやかなお茶会を所長がひそかにものすごく楽しみにしていることも。
 
この仕事も、おっそろしく神経を使う重務なのだ。急患続きで実は3日寝てないのは彼女。
他の人格が寝てるから大丈夫、などとぬかすのだが、大丈夫なわけあるかい!
この所長こそ強引に休み、せめて気分転換くらいはさせてやらねば、早死一直線だ。
天才だからって早世されても困る。兄にも兄嫁にもきっちり見張るよう言いつかってるし。
 
 
シンジはんがデートにでも誘ってやらんと休まんやろうな・・・・いや、仕事を盾に断る可能性が高い・・・ちゅうか、どーなんかな、あの二人・・・仕事仕事仕事でいつの間にかおっちゃんおばちゃんに成り果ててまうんちゃうん?いやま、おばちゃんが恋したらアカンとはいわんけど。あー、せめて今だけは急ぎの患者はん、来んといてえな・・・!
 
 
うちがキューピッドになったらんとアカンのとちゃうか?つまり、ラブの使徒に!
 
・・・・ちいとハズいけどな・・・なんかそれ用のプランを襲来させてやらんと!
あの初号機で、弐号機がやっとる部分をマネしてくれたら・・・所長の負担もだいぶ減るんとちゃうかな?発電関係で忙しそうやけど、なんせ自前でジェット機より速く飛べるらしいしな・・・なんかスキマ時間でもう少し会う時間をつくってくれるだけでも・・・
いらん世話かなー。どうかなー・・・・ま、ヒカリ義姉さんに今度相談しよっと。
 
 
気遣いの兄、鈴原トウジの妹、鈴原ナツミがたいそう心配していたが、実のところは無用なのだった。
 
 
なぜなら、使徒来襲からこの方、ひたすらとんでもない目に会い続けてきたのだから、誰と誰がくっつこうと、めでたし、めでたし、というのが通常プランならそれに3倍ほどして、めでたしめでたし・めでたしめでたし・めでたしめでたし、のも一つおまけで、めでたしを加えるとなると・・・
 
 
仕事が恋人、後進のため全てを捧げる孤高の開拓人生を送ろうと
 
ダークホース、真希波マリに乗せられて昏い大地を疾駆しようと
 
使徒使い・霧島マナと人類を時には熱く時には冷たく見守ろうと
 
割合に現実的かもしれぬ親友の妹、鈴原ナツミと入籍しようと
 
今思えばフライング家族状態だった惣流アスカと七重の塔で挙式しようと
 
いまさら裏切るだと?許されざる綾波レイとのエンディングを迎えようが
 
 
 
 
ななつめでたし
 
 
に、なるに決まっている。