七ツ目玉エヴァンゲリオン



第六話「JA最強」







ネルフ本部 総司令官執務室
「これが例のやつかね」
冬月副司令がとある写真を見ている。
「日本重化学工業共同体開発の使徒迎撃用ロボット、JA(ジェット・アローン)か」
商売敵というより、対抗馬というものだが、その声にはさしたる感情はない。
立場としてはそうだろうが、実力が伴っていない。小粒だ。恐れも関心もない。
「リアクター内蔵とあっては恐ろしくて支援にも使えんな。ムダなものを造ったものだ」そういうわけで、非常時の協力者としても冬月副司令に見てもらえないのであった。
「これを徴発する」
「碇」
碇ゲンドウがどんな人間であるかを知っている副司令は、民間企業のそれなりの血と苦労の結晶である労作を上からかっさらうことなどはさして驚きもしないが、何一つ無駄な事はやらないこの男がこの玩具を欲するとは意外であった。
「これを初号機の解封作業に当てる」
「成る程な。このままでは無理だが多少こちらで手を加えれば、使えるだろう。
その上、行動時間だけはエヴァに勝っているしな」
なかなかの名案だ、碇。冬月副司令は温厚な紳士の面をこの場では裏返しにしている。
かっさらわれる方にしてみれば悪魔の相談以外のなにものでもない。


上意下達。上が考えたことを下が実行する。
キリッ、パリッ、と擬音が聞こえてきそうな鏡の前の葛城一尉のネルフの正装。
赤い下地にネルフのロゴを金で染め抜き桜を散らすン百万はくだらない高級和服・・・なはずはない。紺をベースとする軍式礼装のようなものだ。
「こんなもんかしらね」
それで特に気が引き締まるなどという殊勝なことはない。
ただ、さすがに今回の任務が任務だ。目元が厳しくなる。
徴発。権力をもって物資などを取り上げること。
それをやりにいくわけだ。今から。
「さて、時間だわ」







第三中学校二年A組。
こんこんこんこん。
黒板に流れてしなる白い線。それが止まった所で人の名前になった。
「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく」
そう読むらしい。教室の中には読めない者もいた。しかし、そんなことはどうでもよい。問題なのは快活に自己紹介したその転入生が、美少女だったということだ。
クラスの半分を占める男子にはそれが一番肝心なことだった。
クラスの半分をしめる女子にも標準を飛び抜けたような外国少女に心穏やかではない。

「みなさん、仲良くしてください」
老教師はお決まりなことを云うが、少なくとも疎外されることはあるまい。
授業が始まり、昼休みになった時点で惣流アスカの立場は決まっていた。


高踏派。


男子も女子も、こりゃあモノが違うわ、と認識したのだ。馴れ馴れしく近づくことも、気にくわないからシメようとすることも、出来ない。つんけんして人を近づけないのでも、凶悪そうなオーラが漂っているわけでもない。問えば答えは返ってくるのだが、それが山の上から降ってくるような感じなのだ。お高くとまっているのではなく、本当にお高い。外国の、貴族の血が入ってるんじゃない?惣流さんって。女子の誰かがそう言った。
人を寄せ付けないのではなく、こっちがたどり着けないような感じがする。

だから、高踏派。

名前と風貌から、外国から来たようなのになんでもかんでも知っている。
少しでも困った様子や弱った調子を見せない。誰の手も借りる必要がない。
いつでも貸す手を待ち構えていた男子も女子も拍子抜けする。
完全すぎて、どこか一歩、懐にふみこむような箇所がないのだ。
もしかしたら、もともとそんなものはないのかもしれない。
昼休みになれば、大体の生徒達がそう思い始めた。
そう言う点、同じ美形でありながら鈴原トウジや相田ケンスケと昼食をともにする渚カヲルなどは完全にクラスに溶け込んでいた。2バカ効果か。

「さー、メシやメシや、学校最大の楽しみやからのう」
「トウジ、お前いつも同じ事云って飽きないのか」
「それもそうやな。今日は少し趣向を変えてみるかい」
一度立ち上がったが、そう言ってまた座り直す鈴原トウジ。そして3秒。
「さー、メシやメシや、うらメシやー」


しーーーーーん


喧噪に包まれていたはずの教室が一瞬のうちに静まり返る。蝉の声がどこかに遠い。
うっ、ハズしてもうたな・・・・。しかし、それだけわいのギャグは期待されとったんか。ここはなんとか、いかす返しのギャグで教室の空気を救わんとな。
だが、しかし。腹が減ってはいいギャグは浮かばん。その前に腹ごしらえや。
鈴原トウジは沈黙の教室を、ガラガラと出ていった。

「おー、今日はまだ焼きそばパンが残っとったで。今日はええ日やーーー。
あれ、渚はどないしたんや」
焼きそばパンを購入できた喜びにすっかり自分のやらかしたことを忘れている鈴原トウジ。元凶が遠ざかった事で、教室の空気はなんとか回復していた。ただ、それだけでもないようだが。あちこちで交わされる小声を演じる会話。それに気づかない鈴原トウジは、早くメシが食いたいばかり。だが、食卓のメンバーが欠けている。
いつものサンマ弁当をひらいているはずの渚カヲルはいなかったのだ。
「なんか険悪な感じだったぞ」
「なんのことや」
「転入生が連れていったんだよ」
「なんや、もしかして昔の痴情のもつれかなんかか」
鈴原トウジは硬派であるから具体的にどういうのが、もつれなのか、なんてことは知らぬ。「渚には態度が違ったなあ。声をひそめて、あんたがフィフスね、だもんなあ」
「同じロボットのパイロットのくせに仲が悪いんか・・・困ったもんやのう」
云いつつパンの袋を開ける。ばくり。かじる。うまい。
「ルックスは特Aなのになあ・・・・あの迫力ときたら・・・・ところで、トウジ」
「ふわ?わんや」
「カツサンドはまだ残っていそうか」





風吹く屋上。
「こんなところまで連れ出して・・・・何の用だい」
渚カヲルは、やれやれと云う顔をして目の前の腕組みする少女にたずねた。
「アンタに聞きたいことがあるのよ」
「ここでかい?せっかくの昼休みだし、お弁当でも食べながら教室で・・・」
「アンタ、バカあ?それが出来ないからこうやって連れ出したんじゃない」
「それも道理だね。じゃあお早く。サンマ弁当がぼくの帰りを待っているんだ」
その云いように惣流アスカは視線を氷の刃に化して突き刺してくるが、渚カヲルは一向に応えた様子はない。
短気な娘だな・・・・・・それとも怯えからくる焦りか。
「ネルフで聞けないことは、ここでも話せない」
ひくっと反応するものがある。やはり初号機のことか。
「あんたなら、知ってるんでしょ・・・・渚」
「知ったところでどうにもならない。ぼくたちはエヴァに乗るしかないんだ。
いや、それはきみの場合、正確じゃない。ギルではエヴァに乗れることは無上の幸福だと教わってきたのじゃないかい・・・・彼とは違う」
「サード・チルドレンだからなの・・・・?アレは」
「怖くなったのかい、エヴァに乗るのが」
惣流アスカは尋ねる相手を間違えたことにようやく気がついた。渚カヲルは微笑んでいる。微笑みながら本心を抉られた。・・・・聞くんじゃなかった。
「じゃあ、ぼくはお先に戻るよ」
渚カヲルはそう言い残し、ほいほいとサンマ弁当の元に帰っていった。
とり残される惣流アスカ。彼女もひとりで屋上に佇むような趣味はない。
抉られた傷の痛みに、立ち往生している。思いもよらぬ相手に本心をはっきり言葉にされた衝撃はしばらく己を見失わせるほどに強い。
精神のコントロールは基本中の基本。ギルで叩き込まれてきたが、訓練科目にない衝撃には、年相応の強さしか持ち得ていない。
その上、彼女の培ってきた全ての土台はエヴァへの絶対的な信頼と受諾がある。
それをあっさり否定する一言。


エヴァへの恐怖。


使徒に対する恐怖、戦闘に対する恐怖、負傷に対する恐怖、または死亡することに対する・・・・・それらに対しては確かに訓練で克服してきたはずだ。
いや、それ以上に使徒なんぞに負けるはずがないという絶対的確信。
幼少時からエヴァを見上げてきた少女にとってそれは、信仰と言えた。
だから、神の使いの名を冠する使徒に対しても戦える。人類を守るという絶対正義の元に。


そんな自分の中に、まさか砂粒ほども存在していないと思っていた種類の恐怖。
あの映像を見た日以来、それは加速度的に膨れ上がる。
特撮映画の怪物めいたあの動きが恐ろしいのか?
自問自答してみた。あれは確かに、自分の思っていたエヴァではない。
動力源もないのに動く左腕。あれはなんなの?説明不可能の獣めいた魔術。
未知。不思議。常識外。超常現象。そのことに対する原始的な恐怖?
船旅の間、そのことを考え続けていた。その恐怖を統制し、支配するために。
セカンド・チルドレンである誇りが惣流アスカにそれを行う強さを与えていた。
凡人ならば、「初号機は試験機だから、そうなのよ」あたりで折り合いをつけていたはずだ。それ以上深くは潜らない。
だが、惣流アスカは選ばれた者の恍惚とともにさらに深く潜った。
海底二万マイルほどにオウムガイに似た巨大な不安が襲いかかり、からみついてくる。
エヴァへの信頼と愛情はそれを裁ち切り、追い払った。
そこで満足して浮上した。ぷはあっ、と海上で息を吐き出す。船に戻り上がる。

その時。

船員に、船長も皆、半魚人になっていた。魚眼でこちらを見ている。
惣流アスカは気づいてしまった。


エヴァへの恐怖だと思っていたものの本性が。


怪物への恐怖ならまだ良かった。匿名の中に、皆と一緒に恐れていられる。
だが、しかし・・・・・。



「惣流さん?」
後ろから、気をつかって、柔らかい布でくるんだような声で肩を叩かれる。とん・・とん惣流アスカが驚いて、跳ねるようにして振り返る。気配にも気づかなかった。
油断してるトコ、見られた!?
怒りと羞恥がないまぜになった、声をかけた女の子には意外な表情だった。

惣流さんはこんな顔もするんだ・・・そばかすでおさげの女の子は思った。
演技がうまいかんじだったけど、すごく、下手。
「なな、なに・・・・・えー、あなた誰だったかしら」
あたふた、と表現するしかないような惣流アスカ。もはやスキだらけである。
しかし、反射的に怒鳴りつけたりしなかったのは、かけられた声が優しかったせいだ。
それから、この女の子のもつ雰囲気。中学生で家庭的というのもなんだが、それが無理なくはまっている。トゲトゲした気分も、まち針を休めるはりさしのように収めてしまうような感じだ。
「同じクラスの委員長、洞木ヒカリです」
「アタシは惣流・アスカ・ラングレー・・・・だけど、どうしたのこんな所に」
「あなたを探しにきたのよ。さ、戻りましょ」
手を差し出してくる。惣流アスカにはいまいち意味が分からない。
「なんで?」
「もう授業始まってるから」
いつの間にか昼休みは終わっていたらしい。鐘も聞こえていなかった。
「せっかく探しに来てくれたのに悪いけど、いいわ」
「いいって・・」
「午後の授業には出ないわ。退屈だもん」
日本の学校では、一人いないくらいでわざわざ委員長に探させるのかしら。
そこまでは知らなかったわね。授業に出ようが出まいが、本人の勝手じゃないの。
やる気のでない授業なんて受けたって身につくわけもないんだしさ。時間の無駄。
「さぼるのは良くないと思うわ。惣流さん。初日なのに・・・」
これは、いくら話しても平行線ね。真面目なのはいいんだけど・・・・。
「いいの。アタシは大学出てるし、明日からは来ないわ」
こんな気分のままに長く話すのは煩わしかった。彼女のせいではないんだけど。
これで打ち止めにしたかった。我ながら、ヤな言い方。

「・・・・渚くんとなにかあったの・・」
ぐっ・・。打ち止めにする気なのに、モロに顔に出てしまった。
「なっ、なにもないわよ」
「そう」
固い調子でそう言うと、委員長洞木ヒカリは背を向けて歩き出す。
ただ教室に戻るのでないのは、その目を見れば分かる。意志がある。
気を抜かれたように、残される惣流アスカ。しかし、気を取り直すと慌てて追いかけ始める。ちょっとあの子、何する気よ!ほっといてくれればいいのに。
「洞木さん、待って!」
階段の踊り場でつかまった。
「ほんとに渚とは、なんでもないんだから!」
「そう」
って、まるきり信じてないでしょ。意志の籠もった目の光はそのままだ。
やさしいだけのお節介焼きさんかと思えば・・・この頑固さはなんか怖い。
「でも・・・」
「でも?」
「本当にそうなら、初めから学校には来ないはずでしょう」
う・・・。云われてみればそうかも。中学校に通うこと自体はどうでも良かった。
ネルフの中は治外法権。別に日本の義務教育に拘る必要はない。まあ、行かなければ行かないで構わない、ここの大学に通うという手もある。
そう言えば、フィフスの奴は博士号まで持ってるくせに、あんなバカ男とつるんで面白いのかしら。サンマがどうのこうの云ってたけど、まさか弁当食べるのが目的、なんてことはないわよね・・・・。
それに、ファーストも、・・・サードも・・・退院すればこの学校に通う。
このなんの変哲もない、校舎の色そのものの学校に。
エヴァのパイロットがなんだってこんなトコロに通うのかしら。
そんなことをこの子に云ってみてもしょうがない。
嫌みのつもりはないが、厳然として住む世界が違うのだ。
でも、自分でもよく分からないことをこの子が知ってるはずもないしなあ。
「外国のことは・・・よく分からないけど・・・」
話は聞くけど、たぶん、それ、違うよ、あなた、アタシのこと知らないじゃない・・・
「飛び級っていうんでしょ、そういうの。ホント、凄いと思う。同い年なのに」
この次は、だけど、って続くのよ。たぶん。でも、飛び級っていうんじゃないの。

ギルなのよ。

「だけど」
ほらね・・・・当たっちゃった。
「授業とか、私達の話すこととか、惣流さんには合ってなくてつまらないのかもしれない・・・でも、こんな平凡な学校でも、大学が絶対にかなわない点がひとつだけあるわ」
?そんなのがあるの。そんなものはないはず・・・施設も設備も何一つ

「同じ年の人たちがたくさんいるわ」
そんなの・・・・アタリマエじゃないの・・・・アタリ前田のクラッカーだわ・・・・

「良くも悪くも・・・・ひとりにならないから」
少し考えたように洞木ヒカリはこう言った。毎日が楽しく充実した夢の教育現場、というわけでもないのだ。毎日毎日私達は鉄板の、じゃない、気に入らないことを上げていけばキリがない。真面目な委員長ともなればその数は一般生徒のおよそ2倍。
惣流アスカが、かったるくて行きたくないわ、と云うのも分からなくはない。
自分だって学校なんか行きたくない日もあるのだ。
だけど、洞木ヒカリの目には、惣流アスカがクラスに馴染んで楽しそうに映った。
それじゃあ、「行かない」っていうのは、もったいないじゃない、と思うのだ。

もったいない。

なんか発想が主婦だが、洞木ヒカリの嘘偽りのない本音である。
おそらく、ひょいっと面に出してみても誰しも安心するような形をしているに違いない。アタシはフライパンから弾かれたウインナーじゃないのよ!、とは惣流アスカも云わないだろう。本音の匂いは夕飯をつくるときの匂い。そんな風に思えたから、惣流アスカは何も言い返さなかった。
うーん。本当に住む世界が違うわねー。快いが衝撃であった。
惣流アスカがドイツで存在していた世界は、清澄で透徹しているが味気ないものだった。その味気なさも、他に味わうものもなければ感じることはない。
清澄と透徹で完結している世界にいることで満足していた。目で見える調和こそ快い。
それが、この洞木ヒカリという子の話すことには、まさに一杯食わされた。
うまい。
もちろん、この子の話に納得したわけでも、加持さん達の云う同年代の友人が欲しくなったわけでもない。探しにきてくれたことに感謝するでも、意外なお節介焼きの面に感心するでもない。
素直にそう思えるほど惣流アスカはまっとうな性格の少女ではなかった。
ただ、洞木ヒカリは気に入った。
良くも悪くも・・・・・ひとりにならない、か。
よーするに暇つぶしに来いってことね。惣流アスカは照れでもシャレでもなく、本気でそう理解した。勉学も友人も、アウト・オブ・眼中。
「だから、渚くんとのことが原因なら、私、話してみます」
余計なお世話だと罵られたり、世話焼きだとからかわれることを百も承知のその声。
「ほんとにそのことは関係ないのよ、ヒカリ」
「え」
いきなり冬月、と呼び捨てにされたどこかの副司令のような顔・・・ではなかった。
「味方してくれてありがとう。その代わりといっちゃあなんだけど、明日も明後日も、その次も土曜と日曜以外は学校に来るわ。ヒカリに会いにね」
「え、ええーっ!それってもしかして・・」
外国の方ってもしかして・・・・・容赦なく偏見に侵されている連想をする洞木ヒカリ。
これもなにか主婦系の発想だ。もちろんその練達において本職には及ぶべきもないが。
呼び捨てにされたことも一瞬にして棚上げされている。
「きっ、気持ちは嬉しいんだけど・・・・私達、女同士だし・・」
「はあ?」
「それに、私、好きな人が・・・・」
「って、ちょっと待ってよ!!どーしてそういうことになるわけ」
「で、でも学校に来てくれるのは嬉しいし、友達からなら・・・・」
「もー友達でしょ、アタシたち。そっから何処に行きたいの、ヒカリは」
友達だから、そう呼んだのか。もー友達なのか。素早いわね、アスカは。
偏見連想から覚めれば、洞木ヒカリはとても安定している。
「そろそろ、教室に戻らないとね。アスカ」






旧東京。
第28放置区域。
セカンドインパクト時の荒廃そのままに、復興の兆しすらなく打ち捨てられた場所。
今日は、その一郭に、ある業界の人間達が集まっていた。あるイベントのために。
ドーム状の建物の中、そのイベントは華やかに開催された。
あるテーブルをのぞいては。

「祝 JA完成披露記念会」

そのイベントの名は紅白の垂れ幕に、そうある。
JAとは、民間企業体が造り上げた、使徒迎撃用ロボットのことである。
ここに集まっている人間も、もちろんそれに関する、使徒迎撃業界の者たちである。
その、独占に近い圧倒的シェアを誇るのが国連直属の特務機関ネルフも出席していた。
華やかな雰囲気の中、異様にしらけたテーブルの二名。
葛城ミサト一尉と赤木リツコ博士であった。
壇上では、JA開発の責任者とかいう人物が何やら喋っているが、葛城ミサトは聞いていなかった。テーブル中央に置かれたビールをつまらなそうに見るだけだ。
「ふん・・・戦自も来てやんの」
完成披露されているロボットを徴発に来た葛城一尉だが、さすがに披露会を中止させてまで取り上げてしまうような真似は出来なかった。さっきから睨み付けている戦自の連中を初めとするイロイロな方々がネルフを嫌っているのだ。せめて披露会が終わるまで待たねばならぬ。退屈だわ・・・・・。
相方の赤木博士は、それなりに真面目に説明を聞いていた。と、いうより取り上げた後、どのような改造を加えるべきか、プランを練っていたのだ。
「・・・・というわけでして、我々の開発したJAはまさに最強のロボットといえるのであります・・・」
「さっきからやけに最強、最強って云ってるわねえ。どっかの軍隊じゃあるまいし」
「その部分だけは、指示があるみたいね。わずかに照れがあるわ」
説明と言うより演説に近い、開発責任者、時田氏の話は終わった。
「何か、質問はございませんか」
「はい」
赤木博士が立ち上がった。
「これはこれは。高名な赤木ナオコ博士のご息女の赤木リツコ博士」
ギリギリとマイクを握りしめるが表情にはださない赤木博士。
「リアクターを内蔵と説明をされていましたが、格闘戦を前提とする兵器に安全性の面でリスクが大きすぎると思われますが」
質問という柔らかいものではなく、舌鋒であった。向こうもそのリスクは百も承知で造ったのであろうし、はいそうですかと取り外すわけもないからだ。
この設計思想の欠陥。一番いやなトコロを突いてやったわけだった。
まず、スカなのは機械でも技術でもなく、あなたの頭よ・・・・・・。
しかし時田氏は平然としている。さすがに赤木博士にケンカを売るだけのことはある。
「それでも、五分も動かない決戦兵器よりはマシだと思いますが。兵器と銘打つには、それだけのリスクは覚悟の上ですよ」
「・・それでは遠隔操作と言う点についておたずねします。人型兵器である以上、その用兵は戦車や航空機などとは一線を画してします。敵性体についても同じことがいえます。それで実戦レベルで操縦者の反応判断に依らない遠隔操作で対応できるのか、どうか。
大いに疑問です」
学会の質疑応答じゃないんだから、そんなマイクに爪立てなくてもいいじゃない。
「やめなさいよ、大人げない」
葛城ミサトは待ち時間が伸びるのがイヤで止めておいた。あまり気のない。
「それは、そちらのリスクということですな。人命尊重、という観点からみた。
それとも、人類の為ならネルフのパイロットは喜んで死ぬということですかね」

びきん。頭の中でなにかが断ち割れた音がした。

「それに、操縦と言われるが、数回の戦闘で操縦者の判断技量によって勝利を収めたものはあるんですかな。風の噂によれば、なんでも・・・暴走した上でのまぐれ勝ちだとか」会場のあちこちで笑いが起こる。
「まぐれで三度は勝てませんわ。それに、なんと云われようとあの敵性体を倒せるのは、ネルフの主力兵器以外にはありません」
いつの間にか攻守が逆転している。だが、構いもせず断言する赤木博士。
時田氏にはまだ余裕があるのだった。


「ATフィールド・・・ですか?」
「!」
これには、赤木博士も葛城一尉も、それに何故か戦自関係者も顔色を変える。
「それも当然、JAに装備されていますよ。紛らわしいので、名称は変えてありますが」
「スペックにそんなものは・・・」
「これは企業秘密というやつでして。私達が民間企業であるという性質上、ご理解頂きたいですね」
赤木博士は、眉をひそめて相手の云うことがハッタリなのかどうか見極めようとした。
が、科学者である赤木博士にはそんな芸当は無理なのであった。
しかし、それが本当だとしたら・・・・・・。
「それも、この後の起動テストで見せてくださるんでしょうね」
葛城一尉の方が反応が早かった。喉元に刃物突きつけるような鋭さだった。
「残念ながら、それは無理です。・・・お見せしたいのは山々なのですが」
時田氏はほんとうに悲しそうに云った。ただ、残念そうに、ではなかった。
はっきりした声にはならないが、会場にも不満の空気が流れる。
不満で済まないのが、ネルフと戦自だった。
「それはどういうことですか。いくら民間企業といえど・・・・」
「そういうことではありません。単純なことなのです。JAが二体あれば模擬戦でも行ってその真価をお見せできますが、ここに都合良く敵性体が現れるというのでなければ、フィールドは発生出来ないのです。そのようにプログラムされているのです」




「徴発に行ったというのに、君が挑発されてどうするんだね。葛城一尉」
冬月副司令でなければ、洒落になってしまう。
元々面白くないし、相手が上役なので笑わなかった葛城ミサト。
「しかし、ATフィールドが発生出来るとなると、話は別です。私では判断しかねます」徴発するのだから、発生しようがしまいが同じじゃないか。同じではない。
今後の展開に大きな差異が出てくる、ここは分岐の分かれ道。上司に伺いを立てるべきだ。ほんとのほんとに民間企業がATフィールドの原理を解き明かして、なおかつ発生させる装置を造りだした、というならJAなんぞほったらかしても、そちらの方を取り上げてしまうべきなのである。一作戦部長のよく判断するべき領域ではない。
だが、上役の副司令冬月コウゾウにもそんな真贋が確かでない話に判断つけてしまうような事は出来ない。
「・・・あちらが直にエヴァを見たいということがあるのだろうな」
しかし、ここには政治家や戦自もいるのだ。それだけに下手なヨタ話は言えないはず。
葛城ミサトも赤木博士と同様、時田という男の本心が分からない。
「しかし、零号機の動けぬ今、弐号機を使うというのは」
碇司令はまた出張。留守を預かる身にしてみればそう簡単に頷けまい。
しかし、単なる土木用ロボとしか見ていないJAの戦闘データが収集できる機会。
もしかしたら使えるのか・・・・となれば今後の展開も多少楽になる。
リアクター内蔵という強気もそれがあったなればこそか。
うーむ・・・・・・冬月副司令の頭の中でエヴァの空輸時間との計算が行われる。
一応の判断はつけておいて、マギに尋ねる。
条件付き賛成・・・・・・・・3。
なんだそれは。私と同じじゃないか、ナオコ君。
「よし、弐号機を出戦させる」




「副司令の許可、出たわ」
「碇司令だったら、出さないでしょうね」
控え室にて。
JAとエヴァンゲリオン弐号機との模擬戦が決まったことで、そこは作戦室にもなっていた。オペレータと司令と副司令抜いてのいつものメンバーだ。かなり足りないがその点は気合いでカバーする。あとから輸送機で日向マコトもやってくるのだ。
「なんだか変な初陣になってしまったわね、アスカも」
「アスカなら大丈夫よ。・・・こーんなもん、戦闘の内にはいんないわっ。手慣らしよ、とか云うわ。なんったってギルのセカンドチルドレンよ。楽勝ね」
「シンクロ率が向こうの時ほど出ていないのが心配だけど・・・」
「環境がこんだけ変われば無理もないわよ。それでもレイよりいいくらいじゃない」
冷静な赤木博士と気を上げる葛城一尉。いいコンビと言える。
「ま、ATフィールド発生の真偽だけ確かめられればいいんだし、向こうも人命尊重をうたうだけあって殺し合いにはならないでしょ」
仁義なき使徒との戦闘と違い、多少気は楽だ。敵が、人間でも。



「なによ、それえ!」
今回の任務を聞いたときの惣流アスカの第一声。
「使徒じゃなくて、どこかの企業の造ったロボットが相手?」
ジョーダンじゃないわよ。なんで記念すべき弐号機とアタシの初陣でそんなのとやり合わなくちゃいけないわけ。やられた。旧東京まで空輸なんて何かあると思ったのよ。
かといって今更イヤだと云っても仕方がない。もう旧東京上空、目的地まであとわずか。駄々をこねても、いや、こねたらアタシの弐号機はアイツが動かすことになる。
フィフス・チルドレン、渚カヲル。
頭にくるけど、フィフスは専用機以外のエヴァも操れるっていうし。
ニタニタ笑ってたのは、これを知ってたからかも。
まあ、いいわ。初陣の前の実戦練習だと思えば。5秒も持たないと思うけど。
心の棚に厄介ごとを持ち上げるのが、人並み外れて早い惣流アスカは気分を切り替えた。「しょーがないわね。・・・でも、こーんなのは戦闘の内にはいんないわっ。手慣らしよ」通話の相手が予想した通りのセリフを云ってしまう。
「それもそうねー。こっちが勝つのはお日様が東から昇るよっか確かなことなんだし。
要は、相手の性能が見たいだけだから」
「なんなら、ハンデつけてもいいわよ、ハンデ」
それにしても、その民間企業の造ったロボットってのも運がないわね。
よりによってこの惣流・アスカ・ラングレーと弐号機の絶対無敵コンビに出てこられるなんてね。他のが出てくりゃ、面白くて緊迫した勝負になったかもしんないけどさ。
「ま、あんまやりすぎないでね。なんせ相手はリアクター積んでんだから」
「大丈夫よ。アタシと弐号機はなにがあったって、ATフィールドが守ってくれるわ」
「その場にゃあ、あたしたちもいるんですけど」
「じゃあ、防御服でも着てりゃあいいじゃん」
こりゃだめだわ。赤木博士、なにか伝えることは。代わったらしい。
「アスカ」
クールなのに金髪の赤木博士だ。本性陰性な人間ってどうもアタシ、苦手なのよね。
「油断しないで。油断は大山椒魚も殺すわ」
「は、はあ」
今になって特に注意されることもないだろうけど、油断ねえ・・・・。
「アンビリカル・ケーブルは当然用意出来ないから、内蔵電源と電池で動かすしかないわ。稼働時間は5分程度。それを忘れないでね」
「5分もいらないわ。3分、一ラウンドでケリをつけるわ」
油断するなと言われた手前、まさか30秒で沈めてやるとはいえない。
「ATフィールドの発生さえ確かめられれば、何秒でも構わないけど、あまり壊さないでね。後で使うから」
「デマカセだと思うけどね、そんなの。エヴァ以外にATフィールドなんて使えるわけないじゃん」
「それを確かめるためによ。・・・日が暮れる前にはネルフに戻りたいわね」
油断するな、と云いつつ、すでに冬月状態にある赤木博士であった。





放置区域にて向かい合うエヴァンゲリオン弐号機とJA。
なにせ民家も重要施設もないから、どれだけ暴れようと被害の出る心配はない。
もちろん、会場とJA指令室は別だが。


「ぶっさいくなロボットねえ。ブリキのおもちゃでも、もー少しかっこいいわよ」
正直すぎる感想を述べる惣流アスカ。これがJA指令室に聞こえていればどうなるか。
・・・実は彼らもデザインに関してはちょっと悔いていたりする。
このデザインを愛するのは、開発責任者の時田氏くらいのものだった。
JA・・・全体的の雰囲気は、箱人間とでもいおうか。すっぽり人間的部分は隠されている。機能美というやつも・・・相手が謎の存在である使徒だけに、唸ってしまう。
四肢は長いが扁平である。あまり器用そうではない手の指がぶらんぶらんと歌っている。赤と白のカラーリングもかなりださい。
しかし、それだけに中身には自信アリ。
エヴァンゲリオンなど目じゃないぜ。そう思ってのことか、JAには目玉がない。


「まさか模擬戦に応じていただけるとは思いませんでしたな。おかげで完成披露記念会は大成功です」
見せ物として見るならば、これほどスケールのでかいものもなかろう。
客が沸くのも当然か。もちろん、それだけを見るのではない人間も大勢いる。
戦自の人間など、特に忙しそうだ。
「有意義な会に招待してくださったお礼ですわ。それに互いの研鑽の意味もあります」
腹の中とは正反対のことを云う赤木博士。既にして勝者の余裕というやつだ。
「さすがに国連直属の非公開組織は懐が深い。行動の速さも、我々が見習うほどですし」はっはっは、と笑っている時田氏。
「しかし、手加減抜きでいかせてもらいますよ。どちらが勝っても恨みっこなし、ということで」
「お目出度い席ですけど、遠慮はこちらも一切、しません」
披露記念でいきなし負けて、その後徴発されちゃうのよ。そう思えば可哀想な話ね。
しかし、しゃべり方が気にくわないので同情はしない葛城一尉であった。


「では、始めましょうか」
時田氏の合図で鳴るサイレン。それが模擬戦の開始を告げる。




「うおりゃああああああああああああーーー」
トッこんでいく弐号機。いかにも鈍重そうに一撃をまっているJA。
「いきなりATフィールドーっ!」
フィールド張り込んでの突進体当たり。向こうは避けるなり、フィールドを張るなりしなければこれで終わる。自分のやるべきことはきちんと弁えている。
これが一番真偽の判定が分かりやすく、なおかつ損傷が少なそうなやり方だ。
「これで、終ーわりっと」
突進していく弐号機にJAは突っ立ったまま。
指令室のモニターには今にも吹っ飛ばされそうなJAの姿。その形状からいって、どう見ても弐号機より機敏に動けそうもないJAはどうするのか。


「JTフィールド発生装置、起動開始」


時田氏の命が下る。JAオペレータがそれらしいスイッチをぽちっとなと押す。
「JTフィールド?」
「なによ、それ。詐欺じゃないのよー」
どうやらJAが装備しているのは、JTフィールドとかいうらしい。もしや廉瓦版ATフィールドなのか。


ぼわっ


JAの腹の一部が開いて、そこからモクモクと灰色の煙が出てきた。
「ちょっと・・・ヤバイんじゃない!?あれ、オーバーヒ−トかなにか?」
「機構的なものよ。でも・・・」
なにせリアクター内蔵なのだ、些細なミスで爆発すれば、すいませんではすまないのだ。
惣流アスカの云うとおり防御服など着ていないのだからたまったものではない。
会場からも不安の声が上がるが、時田氏はそれを簡単に静める。
「ご安心ください、JAは完璧なこちらのコントロール下にあります。
そして、あれこそが我々の苦心の結晶、技術の勝利、JTフィールドなのであります」
自信たっぷり。こうまで云われればたいていの人間は引き下がる。



「壊れてんじゃないでしょうね。でも、白旗はあがってないわけだし・・・」
煙を目の前にし、多少考える惣流アスカ。しかし、模擬戦終了の合図は出ていない。
続行する。


モクモクモクモク・・・・・・
まさか煙幕というわけでもあるまいが、吹き出る煙はJAの前面を覆い隠した。
煙で出来た巨大な盾のように。そのまま赤い巨人の突進を待ち構える。


「そーれっ、格の違いを思い知れ!!」
ATフィールドを纏ったままの突進。これを止められるのは、使徒とエヴァくらいなもの。こんなガラクタには不可能よ。死なない程度にゴーツーヘルっ。


激突されるJAとする弐号機。


「ふっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
司令所では時田氏とJAスタッフが同じタイミングで笑みを浮かべるのであった。
ここから先はどうなるか、彼らは知っているからだ。

ふふふ、我々の技術力を甘く見たネルフめ・・・・・・まんまと引っかかったな。金でゴリ押すしか知らぬ成金ネルフ、必要は発明の母という言葉を抱いて、我々最強のJA開発陣の予想も出来ない新技術に泣きべそをかくがいい。ふはははははははははは。







「ひまだな・・・・・・」
碇シンジはベッドの上で呟いた。けだるいような病院の午後。
体にはなんの痛みもないし、気分も悪くない。早く外に出たい。
と、思いながらの入院生活。自分はどこが悪いのか、お医者さんも説明してくれない。
不治の病・・・・ではないことは自分が知っている。医学的にどうなのか説明は出来ないけれど、知っている。
でも、どこか悪いから病院に入院しているわけで。
でもせめて、自分で歩けるから病院の中を散歩くらい、例えば売店でなにか買ったり、食堂で食べたりくらいはしたいんだけど、それも禁止されている。
食事はトレーで運ばれてくるし、トイレもこの階だけしか使えない。
要するに、僕はこの階だけしか移動の自由はない。階段を下ろうとすると、いつも大きな看護士さんがいて、やんわりと、でも有無を云わせない感じで戻らされる。
この階もなんだか寂しい階だ。病気の人が少ないっていうのはいいことだろうけど、何室もあるのに、たった二部屋しか使われていない。僕と、綾波さん、とプレートにはあった。似たような病気なんだろうか。でも、その人が出歩いている所を見たことがない。
それほど重い病気なんだろうか、だからお医者さんや看護婦さんには、なんだか聞けなかった。興味本位で聞いていいことと悪いことがある。
僕は、体は一応ぴんぴんしているのに、ベッドから離れられないような重い病気の人のことを聞かれると困るだろう。何だか悪い気もするし。
だけど、もし聞いてみたとしても答えてはくれないだろう。お医者さんも看護婦さんも無駄な話は一切しないのだ。簡単な検査のようなことをしてすぐに帰っていってしまう。
話をしてくれるお医者さんもいる。だけど、会話というんじゃない。
向こうが質問して、僕が答えるだけ。精神鑑定とかいうやつかも知れない。
こういうものを受けた経験がなかったからかもしれないけど、なにか変だった。
単語からして、日本語じゃないような響きの・・・言葉で、それを続けていると、しまいにはそのサングラスのお医者さんが宇宙人に見えてくるから不思議だ。
そのうち、質問も分かりやすいものに変わっていった。向こうも呆れたのかも知れない。それでも、その質問もやはりわかりにくかった。分かりやすかったら、単なる国語のテストになるのかも。
「きみは光のなかにいて・・・・」とか「水の中で・・・」とか心理テストには少し真面目で愛想のないものから、紙を渡されて、青いペンで大きな樹を書きなさいとか多少は具体的なものまで、サングラスのお医者さんにじいっと見つめられて質問をこなしていく。


全部、嘘をついた。


嘘をついても本当のことをいっても、質問が質問であるから、あまり答えに変化はなかったかもしれない。でも僕は、これは嘘だと自分に言い聞かせて答えた。
嘘でも本当でも変わらないなら、本当のことを云えば良かったのに。

でも、僕は嘘をついた。
大層な理由はない。あんまり、ひまだったからだ。






JAと弐号機の激突に、異変が起きていた。
接触する煙・・・JTフィールドとATフィールドの間で奇妙な現象が起こっていた。

煙にあぶられるようにして、八角形に浮き出す光膜。それが、バチバチと音をたてて火花のようなものを散らし、歪められていく。だんだんとその歪みは強くなってゆき、形状も三半規管を連想させるものになっていった。それは、だんだん煙に強い力で吸い寄せられるようにして、弐号機から引き剥がされようとしていった。


「なっ!?」

奇しくも司令所の赤木博士と葛城一尉と弐号機の惣流アスカの声がはもる。


わっはっはっはっ
もはや忍び笑いでは耐えきれなくなった時田氏が哄笑する。この上ない愉快。
「これでお分かりいただけましたかな。JTフィールドがインチキでもデマカセでもないということが」
「く・・・・まさか、こんなことが・・・・」
「可能なのですよ。我々は税金を湯水のように使えるあなた達と違って、ここを使ったのですよ」
とんとん、と頭を指さす。もはや勝利宣言。慇懃の欠片も無し。
「要は敵性体を倒せばいいのですから、その力を奪い弱体化してしまえばいいのです。
虚しい戦力強化の鼬ごっこをする必要はないのです」
云うてる間にどんどん引き剥がされ、取り上げられていくATフィールド。


「ななななななな・・・・なんなのよ、コレエッ!!」
まさかと言えばまさかの現象にパニック直前の惣流アスカ。
エヴァを最上のものとして今まで生きてきて、その最大の力の源、ATフィールドが、この民間企業の造った不細工ロボットに吸い上げられようとしているのだ。
教会で静かに祈りを捧げているところに、ナメクジとゲジゲジ軍団に這い上がられるよりショックであった。神像の背のオーラのようなATフィールドが、もうかりまっかに獲られてゆく・・・エヴァを純粋に信じる彼女であればそのショックは絶大。
すでに戦闘などやれる精神状態ではない。


ズイズイズイズイズイズイズイ・・・・・・弐号機とシンクロしている惣流アスカには、引き剥がされていく感覚が皮膚に伝わっているのだ。まさに、おぞぞが走る・・・・。
いっちばんのお気に入りの服が引き裂かれて獲られてゆくような、惨い感じ。
いくらセカンド・チルドレンとはいえ、女の子にはたまったもんではなかった。


ズイズイズイズイ・・・ギュルルルルるっ。
獲られたその服をウイッとばかりに目の前で相手に着られたら・・・・・・



「こここここここ・・・・・・このやろーーーーーーーーーーっっ!!!!」
逆上する惣流アスカ。リアクター内蔵のことなど吹っ飛んでいる。
「やばい!アスカ!」


「ふ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
時田氏とJAスタッフはまた同じタイミングで笑う。
これからどうなるか、当然知っていたからである。

「JA戦闘モード、起動。メニューはSUMO、上手投げ、行け」

時田氏の命令通りにオペレータは、戦闘モードコントローラーの、江戸文字で書いてあるスイッチのひとつ「うわてなげ」をごっちゃんです、と押した。

興奮した気迫のままに手刀をJA頭部に手加減無しに打ち下ろす弐号機。
さすがに、最後の冷静でか、ドテッ腹ぶち抜くような地獄突きは使わない。
だが、あまり関係はなかった。
ATフィールドで受け止められる手刀。さっそく主を裏切って敵方いついてしまう。
それがますます惣流アスカを激昂させるのだが、喚くヒマもなかった。


グワッ・・・・・・ン


天地が一瞬にして逆さまになる。何が起こったのか判断するには彼女は熱くなりすぎていた。思い知らすのは強烈な背中の痛みだ。息が止まるほど。

ドスン
間髪入れない胸への重圧。デブのJAが細身の弐号機を踏んづけたのだ。
「うかっ・・・!」
ほんとに息が止まった。それでも足をどけようとしない JA。こ、殺す気・・・・・・。

「止めさせて!人が乗ってるのよ!」
葛城ミサトが叫んだ。のみならず、実力行使にでるべく鬼女の顔でオペレータらに駆けよろうとする。
「と、いうことは模擬戦はこちらの勝ち、ということですな」
「なんでもいいからはやくしなさいよ!」
一秒でも愚図れば殺すわよ!と言いかねない葛城ミサトの気迫に、一歩押されて時田氏はJAの足をどけさせた。


ブーウウウウーーーーー・・・・・サイレンが模擬戦の終了を告げた。
思いも寄らぬ一幕。会場は異様な興奮にざわめいていた。
「まさか、こんなことになるとはね・・・・・」
苦い赤木博士の呟き。JTフィールド・・・・・・。その視線はモニターにはない。
「アスカ・・・・・・・・」
葛城ミサトの目には、モニターの地に転がっている、敗者というにはあまりにもれき死体
に近い弐号機の姿、そしてその中のアスカの姿がある。
しかし、それもわずかな間。ここはネルフではないのだ。すぐに連絡飛ばして人を動かさなければならない。恥辱に囚われてぼけっとしているヒマはなかった。