しんこうべ 綾波脳病院 院長室
 
 
「・・・・だとさ」ナダがキチローたちに呟いた。ナダの怒りはしんこうべの天候に直結する。それゆえに感情を抑えているのだと。綾波レイの伝言メッセンジャーに一方的に任命されてここまでガタガタ震えながらやってきた、小便もすこしチビってしまったチンはその呟いた声に半端でない巨大な怒りを予想して昇天しかかった。そんなに恐ろしいくせになんとかここまで来れたのは、弟分のピラとユト、タキローが見捨てずについてきてくれたおかげだが、この調子では四人ともころされるかもしれん・・・・・チンは心底ビビって三人に同行してもらったことを後悔した。分かり切ってたことじゃねえか・・・・
それなのにオレは・・・・オレは・・・・・オレはあああっっっ!!
 
 
「送っていきます・・・・・・何年かかるかわからないけど」
 
 
あの追跡監視隠し撮りがばれて、ふたりきりになれる場所へ飛ばしてしまったチン。
なかなか戻ってこねえなあ、と待っていたら一枚の紙飛行機がチンのもとへ。
そこにはそう書かれており、そのまんまあの都市へ戻ったらしいことに凍りつく。
義理堅そうな後継者の正直な気持ちなのだろうが、こちらがカナーリ困った。
「逝ってよし!」と宣告されたようなものだ。結局、最後の最後まで利用されてしまった。
碇シンジには罪悪感というものがないのだろうか。まさに邪悪の化身。利用した人間などバナナの皮のように投げ捨てるバナナ魔王である。これからよろしくバナシンジ。
そのまま蓄電すべきだったのだろうが、すみっこに「祖母によろしく」などとある。
この文章のセンスが碇シンジっぽいが・・・くそ。従わないわけにはいかない。チン・ザ・グレート小心エクスペリエンス。脳病院までノコノコと。踏みつけてください、といわんばかり。
「はい、そうですか。いってらっしゃい」と綾波レイに飛行衝動をかけているのだからそのバカぶりには救いがない。いや、いくら次期党首でも、現党首の命令が強いに決まっている。
 
 
「ご苦労だったね。帰っていいよ。代金は病院の会計に命じてあるからね」
 
しかし、ナダの言葉は予想外に穏やかで、仕事料もきちんと払ってくれるという。
天変地異の始まり・・・・槍でも降ってくるんじゃなかろうか、とチンはおもわず窓の外を見た。雪も魚も降ってない。いや、異変はこれから大規模にカタストロフに・・・
 
「あれ?怒ってないんですか」それを確実にいますぐ招き寄せてしんこうべを崩壊させたいのかユトがたずねる。そのためにチンなんぞについてきたのかもしれない・・・・
 
「ふん・・・・・」ナダは相手にしてられないね、とばかりに手を振った。
さすがのユトも粘らずに席をたった。
 
「送っていく、とあの子は言ったんだろう?あの子の意思で。六分儀の、”あの倅”の術にはまったわけじゃない。なら、言葉どおりに、いつか必ず帰るさ・・・・。
さあ、これから忙しくなる。あの子は綾波に必要な子だ。六分儀への借りは返す。
利子をいくらつけられてもかまわない。借金返済して堂々とあの子を取り戻す」
 
「そういうのをお父さんは嫌ったんじゃないですかね。特殊な子供を特殊な地位につけようというのが。特殊な子供を普通に育てようと言うのは悪いことなんでしょうか」
 
「墓場の最奥部で何か見たのかも知れないけど、余計なことだよ。小娘。自分の行く末を心配しておいで。力があっても、末路は人の歩む道じゃあないよ。上へあがれる階段があったなら、立ち止まって苔むしていて滑りやすくて不様に転んでもそれをあがるべきだね」
 
「さて・・・・・ご忠告は感謝します」ユトの瞳は他人の声が届く距離にない。
 
「それと、興味もあったのさ。あんたたちの六分儀・・・碇シンジか・・・孫娘をさして想っているわけでもないらしいあのがきが、しんこうべに現れてここまでやって結局、こうなっちまった。・・・・”ああいうの”が、孫娘を本気で想うようになったら・・・どうなるもんかとね・・・・天が割れちまうんじゃないか・・まだ色恋沙汰なんて早すぎるが・・・・・長生きして見たいような気もするのさ。写真屋の小倅が多くの猛者を押しのけてノイを奪い取ったあの激しさを・・・・自分の娘が男に激しく愛されるのを見るのは人生最強の楽しみの一つだよ。そういう意味で、あのがきはなかなか面白い駒だね・・・・長じて再びレイを奪い取りにくるかどうか・・・・お前さんも興味あるだろう?」
 
「もちろんです!」ユトは断言するが、いささか男にはついてけん話である。
男など競馬の馬くらいの価値しかないのだろうか。それ以下、と言われたら困るが。
まさに新世紀の竹取物語。そんな楽しみが末路を歩む者にとっては街路灯。
 
「・・・・六分儀のタキロー殿、ずいぶん顔色が悪いが大丈夫かね」
キチローがタキローに声をかける。チン、ピラの顔色が悪いのは単にビビっているだけだが、この若年にして六分儀を名乗って京都から出てくるこの子供がそれに合わせて青くなることもなかろう。和解が成ったのだからここで体調を崩されては毒殺の疑いもかかろう。
 
「い、いえ・・・・なんでも・・・」耐えているようだが、息が荒い。
「タキローちゃん?」病院に来るまではなんともなかったのに。ユトが傍に移動する。
院長机の電話が鳴った。ナダがそちらを一瞥して電話を取る。緊急、もしくは匹敵する
「・・・なんだい?・・・・・マーリンズの・・・あんたかね。昔馴染みが何のようだね。アタシより不細工な連れ合いがくたばったんで再婚の申し込みでもしよってのかい?・・・・・大規模な天候操作?そっちでも観測できたってかい?でも、アタシじゃないよ。
位置は・・・・東方?はあ?そんなんで分かるかい!アンタとこだって島国だろうが!
魔術時計「闇男爵」の針が狂うからなんとかしろ?各地の関係者の観測器に狂いが出てる?あの時と違ってアタシのせいじゃなし、知るもんか!悔しかったらご自慢の頭でっかちの孫でも送り込んで実地調査させるんだね。じゃあね、このハリ山ポタ吉の実物大モデルめ」
 
「英国から、となると・・・ウム、面倒なことになるか・・次々来るぞ」
綾波マルコムが顎をなでた。
「本物で所在が知れて電話を引いているのはしんこうべくらいしかない、ときている」
ガチャン、と情け容赦なくまくしたてて電話を切ると、すぐに次のが。
 
「円い雷い?なんだねそりゃ。雷ってのはあれだ、枝みたいな竜みたいなあれだろう?
円いんだったらそりゃ雷じゃないんだよ。位置は?東?大陸だからってなめてんじゃない」
今度のは中国からだった。ナダの交友関係の広さが伺えるが、最早一般人、よそ者が聞いていい話ではない。タキローの調子もグングン悪くなっていくので、キチローに付き従ってチンが背負ってVIP用の病室へ。
「こいつの髪の毛、チクチクしやがるなあ・・・・近くに鬼とか妖怪でもいんのか?」
「・・・・遠くにはいるんでしょう。遠くなのに、こんなに強烈に反応するから、敏感なタキローちゃん、気分わるくなっちゃったんですよ」
ここぞとばかりにタキローの怒るゲゲゲねたを出してみたチンだが、ユトにあっさり真顔で言われてふたたびトイレにいきたくなる。
「それって、たとえば・・ものすごくゴジラみたいにでかい鬼っすか・・・テレビ中継されるくらいの・・・・」
 
「そうかも、しれません。二人の飛んでいった東のむこうで・・・・なにかが起こる」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「sparking」設定を全て完了し、発動の言葉を呟く碇シンジ。乾坤一撃。
「うちはらいたまえ なぎはらいたまえ やきはらいたまえ のぞみかなえたまえ」
 
 
 
 
 
「あの鉾を・・・・・ゼルエルの鉾を使うんだね・・・・・シンジ君」
 
居城である月孔城でパイプオルガンをひいていた渚カヲルがふと演奏の手を止め、天上を仰いだ。作曲もやるこの神才少年は雷の大王、エヴァ初号機に捧げる曲を演奏していた。
 
「いや、あの鉾が・・・・ゼルエルの鉾になる、といった方が正しいか・・・これで
最強の重使徒の力をもってしても・・・・彼を止められるか・・・・分からないけれど」
 
演奏が再開された。けれど、少年の手は動いていない。羽、白銀の光でできた羽がどこからか鍵盤に降り注ぎ、正確に曲の続きを奏でていた。重たく、そして音感のある羽である。
 
「シンジ君、エヴァ初号機の天をも相手にしない宇宙雷(うつみかづち)・・・・
それに対抗するレリエルのスペシャル・ローリング・サンダー・フィールド・・・・・・はたしてどちらが勝つのやら・・・・シンジ君が負けることはないから、根競べになるね・・・・・あの鉾を手にした時点で、彼は無敵なんだ・・・・だから」
 
 
「大事なことを忘れている・・・・・・君は」
 
「雷はいつまでも、あの機体の僕なのだということを」
 
 

 
 
敗北、というものを見たことも聞いたこともなく味わったこともなく、その存在すら知らぬように・・・エヴァ初号機は鉾を構えて光り輝きながら立っていた。まるで無敵の国から絶対勝利の典礼を抱えてやってきた全権大使のようにえらそーであった。さすがにこのサイズの武器を構えると、いつものように猫背で身体を団子虫のように丸めることが出来ないせいもあるだろう。
 
 
 
結局。
エヴァ初号機の渾身の大雷撃は、レリエルたち使徒が造り上げた金貨のようにも見える黄金の鏡面領域で見事にそのままそっくり跳ね返された。地上を這う紫の鬼の電気の咆吼など我々には効かぬ!!自分の攻撃でくたばれ!!と使徒たちが歓声をあげる間もなく。
 
雷は鉾にひかれると、そのまま吸収された。一アンペアも残さずに雷の破片も零さずに、鉾は天からの反撃を捕らえ喰った。己が放ったものを再び。リサイクルした。
 
初号機の機体にはなんらの損傷もない。電気刺激の効果か、生体装甲など艶々と輝いてきている。お肌が張りとつやをまして埴輪みたいだった肌がすべすべと・・・(この効果感は全ての人が実感するものではありません)・・・・ゼルエルの鉾・・・初号機に使用される雷電鉾が無敵であるわけだ。敵だけに打撃を与える都合のいい兵器・・・・・それは兵器の夢のひとつであろう。進化した武器はすぐに分裂させ、人間同士互いに傷つけあってきた人間の生み出した兵器というもの それこそは かなわぬ 夢。
 
 
矛盾、無敵の鉾と絶対の盾との争いは、”あたりまえのことだが”、盾が勝つ。
盾には運動エネルギーは必要ないが、鉾には絶対に必要だからである。突かない動かない使われない鉾は、その存在からして意味がない。無力というのも勿体ないほどに。
いつか、鉾を動かす操り手は熱を亡くし、その場から消え去り、エネルギーの伝達を零にする。無限の永久機関(からくり)でも内蔵させておけば別だが。
 
鉾を振るうその者こそが、いつも勝敗を決する。
 
要するに、使徒たちに思い知らせたのである。一回や二回、跳ね返したっていい気になってちゃダメだ・・・・・何回だって撃ち続けてやる・・・その大きな金貨を撃ち抜くまで・・・・・やるからね、と。機銃と違って鉾は焼きつくことを知らない。実際、跳ね返されることを予想予測していたのか(予想していたのは乗り手の碇シンジで、予測していたのはゼルエルの鉾に内蔵されている錬金術式で記されたナビゲートシュミュレーションプログラム)、吸収次弾の装填を瞬間に終えるとすぐさま弐回目の発雷を行った。あまりの速度で発令所でも把握できない。かろうじて碇ユイと葛城ミサトが瞳に事象の真実を映して、といえばかっこいいがつまりは的中率が人間離れしているカンの力で、それを知ったのみ。オペレータなどの通常人がそれを認知確認できたのはようやく千回目にしてだった。都市全域にめくるめく狂ったように強烈な光と音の絢爛の乱舞。天地創造の神と大地母神が黄金のオーロラを蒲団にしてなにかいいことをやっておらえるような迫力のある恐れすら感じる。まさか初号機の大雷が天地を目まぐるしく上り下りを天昇地落を繰り返しているなどと思いもよらない・・・いつしかどちらが天なのか地なのか、それさえも不明になってくる無重力の光滝・・・つまりは、神話世界の光景だった。すでに地上は大雷の余波吹き荒れる電磁の嵐で人も機械もその存在を許されぬ空間になっている。碇シンジが弐号機、惣流アスカに地下への待避を告げたのはこのためだろう。今現在エヴァ初号機の足下から、都市全域を蓋をするようにATフィールドが展開されている。それで遮断され地下に悪影響がでることはない。
だれかの予言がドンピシャに当たったような
 
 
雷帝大瀑布
 
 
確かにこの状態の地上にはエヴァ零号機も弐号機も不要としかいいようがない。
撃ち、それを跳ね返す、吸収してまた撃つ・・・・・その繰り返しは超高速で行われる。とてもじゃないが、人間の目で追えるものではない。
エヴァ初号機とシンクロする碇シンジがどういう気でいるのかは分からないが、地表にある光センサーのプログラムを変更してマギが自動で造り上げた計数カウンタによれば、この「何回でも撃ち続けてやる」という「何回」は十回や百回では効かない、千万のレベル。おそらく鉾にはオートで指令だけ与えてあるのだろう・・・・人造人間のよくやれる芸当ではない。
とてもじゃないが、碇シンジには。いかに鉾に内蔵されてあるプログラムが優秀か、である。百万回を超えたあたりで・・・・といっても、時間にしてわずか三分たらず。
レリエルたち使徒の方がネをあげた。耐久性、それから根気。
機械的オートでやってあとは座っているだけなのだろう初号機の碇シンジに太刀打ちできるわけがなかった。しかも、どこから補充してるのかさらに電力が上がってきていた。
こうなれば、最早、降臨し地上戦であの鉾を取り上げるしかない・・・・・・。
天を握りつぶそうと迫る悪鬼雷爪をかいくぐりながら・・・・・覚悟を決める使徒連。
向こうに鉾をおさめる気はないようだ。
 
 
こと文字通りの雷撃電撃戦でエヴァ初号機に敵うわけがなかった。
雷グローブをはめての世界最高速の打ち合い殴り合いを制したわけだ。都市王座アーバン・チャンピオン獲得である。いくらカウンターされようと効かないのだから戦うだけ時間の無駄というものであった。相手が悪かったとしかいいようがない。
バカだのなんだの言われつつ、碇シンジがメインウェポンに鉾を選んだのはまったくもって、ひきょーなほどに、戦術的に正しい。天空、つまり無限上方にぶっ放す分には狙いを定めなくてもいいし、どう間違っても都市に被害はでない。外しようがないのででる方がおかしい。碇ユイに不安を覚えられながらも、碇シンジ本人は自分は実にまっとうに常識的な作戦行動に出ているなあ、と思っているのである。葛城ミサトを驚かせつつ奇策をとっているつもりは全くないのだ。まったくもって、順当な手段をとったと思っている。
ユイ初号機のイメージがあるから格闘戦が得意なように見えたが、碇シンジが駆るのなら、そのハイパワーを生かしての遠距離砲撃戦をやらかした方がいいに決まっている。
ただ、普段と決定的に違うのは、今回、使徒に対して猛烈な怒りを感じていたことだ。
不在時のエヴァ初号機の戦闘記録・・・・ユイ初号機の起動記録はそれ自体が目的の一つであったから、碇シンジにプロテクトのかかった一つのケースを除き、全て継承された。
おかげさんで、碇シンジの乗るエヴァ初号機でも、ユイ初号機の機能経験と都市の秘密設備使用権やらウシャに関する権限などなど引継・・・・端的に言ってさらにバカ強くなってしまった。
いや、ある意味ある部分、ほぼ別物のレベルまで引き上げられてしまった。特に格闘戦の領域はもはやスッポンからアポロでの月旅行、といった感じですでに伝説。分かりやすく言うと、旅立つ前で村の前にぽつんと立つ勇者と大魔王を倒し終えて凱旋パレードしてる勇者・・・・それくらいの違いがある。
 
ただ、それだけではない。筋肉的な力、だけではない。覚悟のあり方をも授ける。
それは母親から息子への苛烈な教育のひとつであるのかもしれない。自分がこの都市にいなければどうなるか・・・・綾波レイには教えないだろうが、息子には遠慮ない。
 
知らねばならない。知る義務がある。忘れることは片時も許されない。絶対の記憶。
 
その中でも特に碇シンジを怒らせた、テナガエル・・・、あのアスカを殴って這いつくばらせ、トウジたち知り合いを人質にした一件。絶対に許すもんか・・・・・その一念が碇シンジの頭のどこかのスイッチを、それも赤色で普段はプラスティックカバーのあるようなやばげなドクロマークのついた非常用スイッチだ・・・・それを押してしまったのかもしれない。ぶちっと。虐殺。百万回を超える雷撃は、少年の怒り、咆吼のかわり。
王は破壊力を持たぬ民衆の怒りと悲しみを束ね、代わりにその力をふるう。その数をきちんと数え上げながら。天に屹立するそれ自体が巨大な武神のような無骨で巨大な鉾も、その腕の中では従順な二心を知らぬ忠臣のように番犬のように主に付き従っている。このまま数万年、数億年は戦闘継続可能ななにものにも侵されぬ盤石さをみせて。前世より数千年、未来は数十世代分はかるく放出しただろう戦闘力。雷の輝きの繰り返しの中で、エヴァ初号機の鎧の上に、幾星霜の戦闘史が刻まれ、または未知の技術革新が鍛えの焼きを入れる・・・・・人類最後の決戦兵器・・・・碇ユイだけには初号機の真の姿が見えた。
 
 
「明鏡止水の境地に至ったのね・・・・シンジ・・・・ハイパーだわ・・・」
黄金に照り返しを受ける初号機に、かなり思い入れの寄りかかったことを言う。
どちらかというと、碇だけに、怒りのスーパーモードなのだが。
 
 
「初号機の角が逆立って!!・・・・これじゃあまるでスーパーサイヤ人・・・・・」
「角はもともと立ってるでしょ・・・・・日向く〜ん、君って人はホントに・・・・」
作戦部として、冷静に見れば、この雷砲撃によるエヴァ初号機の戦果はいまだゼロということだ。まとめて倒そうというのはたしかに虫がよいが実現すればこれほど有り難い話はない。けれど、・・・・・だとしたら、戦闘用の初号機さえいれば今までの苦労はなかったのではないか、という考えが浮かばないでもないし、ユイさんの初号機の機動がいかに凄まじかったとはいえ、やはり戦闘用たる息子には”遙かに”及ばない、ということになる。
正確には。碇シンジさえいれば。使徒を地上に降臨させることもなく撃滅できたのでは?
忘れてはいない。いかに見た目がエヴァ初号機のひとり銀河パトロール連合宇宙艦隊的に凄まじかろうと、未だに、雷砲撃による戦果は”ゼロ”だということを。だが・・・。
もちろん、作戦部の人間として、そういうことをわきまえた上の発言なのである。
 
「徴収されたおぼえはないんですが、もしや、あれは・・・・胸がパチパチする元気玉・・・ぐふっっ」
で、あるから日向マコトの第二次発言までも許してしまった葛城ミサト・・・・うかつ。
 
エヴァの扱う兵装のひとつでありながら、それくらい、あの鉾については分かっていない。
技術部が情報を隠匿しているわけではない・・・むこうでも解析できてないのだ。蓄電器として利用することは出来ても。どのくらいの性能機能実力を秘めているのか。知らない。
底なし、と報告書に表記されていても納得するしかない。確かに、そうなのだろう。
だから、出来れば・・・・・秘められた機能を解放するような使用法はしてもらいたくない。せいぜい、その巨大さを利用してぶん殴るくらいで・・・・それにしたってやられる方にしてみればたまらんくらいの破壊力だろうが・・・いてほしい。
勝手極まる言い分ではあるし、作戦部長として口にだせる類のことではない。胸に秘めておくしかないことだ。非常時において、あまりに曖昧模糊としている、不安、予感。
 
どうも、あの鉾には「何か」あるような気がしてならない・・・・・
 
渚カヲルを信用していない、わけではないが・・・・いや、信用してないのかもしれない。
あの子を信じるのは、神様を信じるのにも少し、似ている。・・・・だからか
説明不能な葛城ミサトのカン。それは後日正しかったことが証明される。目の前で。
神も仏もいないことが、彼女の悲痛な叫びと共に。証される日が。くるのだ。この都市に。
 
 
雷砲撃による戦果は・・・・・いまだゼロ・・・・・
 
 
見た目だけは凄いが、これではプログラムのバグで、何回当てても崩れないブロック崩し、ミスすることが設定されてないテーブルテニス、何回命中させても死なないインベーダーゲーム・・・であった。光と音だけが騒がしく地上と天空でヴァルハラの舞踏会をひらいている・・・・・そこには招待されぬもの・・・・・勝者と敗北、そして、「滅び」
この世の終わりがくるまで、雷によるメソポタミアダンスは繰り返されるのだろうか。
 
 
雷砲撃による戦果は・・・・・いまだにゼロ・・・・・
 
 
別方向からみれば、これは使徒連が雷砲撃を防ぐのに全兵力を用いている証拠である。
鏡面領域から外に出られないのだろう。そこからわずかでも身をかわすか、地上に降臨しようとすればあっというまに雷に捕らえられ黒こげに焼かれるか。または、使徒員をわずかでも減らせば、鏡面領域を維持できなくなるか・・・・
使徒が遊んでいるか、よほど頭が悪くなければ、これはチャンスでもある。別動部隊を送り込み、鉾の制御で手一杯の初号機の背後から襲えばやすやすと首がとれる。もちろん、そうなればこちらも零号機と弐号機を迎撃させるが・・・。
葛城ミサトの頭は忙しく回転し、さまざまな可能性について見当する。この状態の頭の中味をもし切り開いて公表してみれば、さすがに伊達にネルフの作戦部長じゃあないのだな、と分かる。その中から抽出される、重要事は一つか二つ、さしてない。そんなものだ。
 
 
雷砲撃による戦果は・・・・・いまだゼロ・・・・・・
 
 
おそらくエヴァ初号機による鉾の雷砲撃は現状で考えうるネルフ最高最大威力の攻撃。
特撮ヒーロー番組で例えれば、番組二十二分ごろに炸裂するバズーカだのキックだのの必殺技だ。恋愛ドラマでいえば、最終回付近の「アイラブユー」だ。いや、これは「ミー・トゥ」かもしれないが。まあ、そんなことはどうでもいい。
 
「たまにいるわね、自分でふっといて自分で投げ出す人・・・」赤木リツコ博士・談。
 
ほんとにどうでもいいんだから、しょうがないじゃない。まあともかく。
もし、それが完全に「防がれてしまった」ら、どうなるか。戦果ゼロのままで。
そのまま退散してくれるならばいい。だが、使徒が学習し、あの距離で砲撃戦をやらかしてきたとしたら・・・・そして、何より志気の問題もある。今は均衡状態にあるが、それは人間の心理そのものを表してもいる。最高最大の攻撃をしのがれた人間の心はどうなるか・・・一気に恐慌に向かう・・・ことは職業的に鍛えられている以上ないとはいえ、笑顔になって元気になる人間はいない。もし、いたとしたらぶん殴る。
 
 
もう一つの厄介な可能性は、あの鏡面領域で防ぎつつ、じりじりと降臨してきた場合だ。
一気に残りを怒濤に相手にせねばならない・・・・・多量の接近戦はユイさんならばともかく。とても子供三人でさばききれるとは・・・いや、そうじゃない、最大の攻撃をしのいだ盾で守りながら攻められるのが厄介なのだ。そうなれば、勝てる道理はない。
勝てるかもしれない、負けるかもしれない、というバランスの幻想は一気に破砕される。
作戦というものの本質は、バランスであり、碇シンジの初号機はそれを真ん中からへし折った。現実という支点のみをその手にすべく。勝つか負けるかなどどうでもいい、何があろうが敵は滅ぼしつくす・・・戦闘大王の発想というのはこういうものであり、細々したことは考えてなかった。しかしもかかしもなく正義も悪もへちまである。
 
 
雷砲撃による戦果は・・・・いまだゼロ・・・・・
 
 
だが、前述のとおり、エヴァ初号機碇シンジの方はまったく焦りを感じていない。
鉾を扱うことになんともいえぬエネルギッシュな高揚感があったし、勝つも負けるも頭になかったせいであろう。何があろうと使徒は殲滅する・・・・明鏡止水どころではない。
余計な邪念がないといえばないが。いきなり最大最高の必殺技を使ったが、すぐにケリがつくと思うほど乾いてもいなかった。それなりの相手を相手にしてるのだから、それなりの手間と時間がかかるのは理解している。戦う態度、お約束というやつだ。そういうものを遵守する。敵にまわすとアームストロング砲を使う村田蔵六なみにやっかいである。
 
 
ローリングサンダーし続ける使徒連の方が焦っていた。
当初の計画では、最初のカウンターの一発でエヴァ初号機は大量の電撃を浴びてビリビリに痺れて三週間は身動きもとれぬだろう、ガハハ、ということだったのだ。それが・・・
 
確かに、雷砲撃を返すことは出来たが、それを相手がすぐさま吸収して撃ち返してくるなど・・・・予想もしなかった。それに使徒連ははじめて恐怖を感じた。その身に慣れぬ感情はすぐさま計画の実務責任者レリエルへぶつけられた。話が違うじゃないか!!と。
レリエルは、「へぇ・・・・」と、少し感心した。ここまで使徒をびびらすエヴァ初号機、そして碇シンジに対して。そして、すこし、にやりと笑みさえした。その鉾の制作者に対して。頭では協力した使徒たちも分かっているはずなのだ。当初計画したとおり、「絶対に大丈夫なのだ」ということを。ダメージを与えられることはない。そのための鏡面構造にした領域なのだ。通常の防御用ではない。はっきりいって、双方の攻撃防御のパワーを換算してみるとコンボイトラックの飲酒運転と年末の一斉取り締まりバリケード、男子のヘビー級ボクサーのKOパンチに女子のミニフライ級の選手が立ち向かうようなものだが、そのぶんこっちには柔軟な身体と瞬間移動する脚と刹那に五十億回転する爪先と伸びる腕がある。その分、えらいな動作手順の手間がかかる。ざっと跳ね返すのに三十万行程かかる。それをひとつのミスもなく作動させる必要がある。使命仕事に生きる使徒にとってそれはたいして難しいことではなかった。だが、一致協力してことにあたるなど慣れていない。
自分の持ち場には絶対の自信があっても他の箇所に対して信用しない。そういう機能がないのだ。とくに戦闘系の使徒は特に。意思の疎通すら出来ない者もいる。大挙して降臨してエヴァにやられた連中を考えるとよく分かる。
 
もし、悪魔を大悪魔と小悪魔に分類するとしたら、神の使いに恐怖を及ぼせる存在を大物と認定してもよいだろう。エヴァ初号機にまつわるもの全て、大物だ。あはは。
 
この仕事量を防御用に特化すべきじゃなかったか?と理知系の使徒から意見も出されたが、じゃあそういってウ$ェ$様を説得してください、とレリエルは一蹴。確かに正しいが、その方法をとれば防御の弱い部分に当たった使徒は死んでしまう。それでは不公平だろう、とあの方は笑うだろう。しかも防御用にして突破された場合、全滅してしまう。
 
 
あの鉾は、ゼルエルの鉾なのだから。最強の重使徒の名を冠された鉾。
 
 
おそらく、これに対抗するには「ソドラとゴドム」・・・・あれをもってくるしかないでしょう。厄介なエヴァ十号機・・・あまりに強すぎるので完成させることも許されなかった機体・・・それでいて奪取を狙う使徒を撃退し続けてきた、片足しかないから柩に座りながら死神の目をもち睨むだけで三本しかない指で指すだけで敵を腐らせ滅ぼすエヴァ・・・それが守護するのをなんとか取ってくるしか。ぞっとする・・・・まともにやるなら
 
 
「分かりました。善処しましょう」
だが、現場の責任者として、労働使徒の不満は解消せねばならないわけで。
そこらへんが面倒なところだ。レリエルは頃合いをみて、エヴァ初号機の雷砲撃の「単純なる弱点」をつくことにした。ネルフ、人間にはフォローできない所から攻めるのだ。
そのためのコマンダー使徒を第三新東京市より十五キロほど離れた山野中に派遣潜伏させてあった。さすがに念の入ったことでウ$ェ$の眼識は確かだった。理知系の使徒も「役人みたいな答弁はやめろ!」などとごねらず、それならば、と引き下がった。確かに信頼はされているのだ。レリエルの有能さは折り紙付き。携帯電話を取り出すとコマンダー使徒たちに攻撃指令を出した。「進軍。敵の足下から掘り攻めてください」
 
 
「了解・・これより・・・
 
 
コマンダー役の使徒とは、モグラやミミズ型、つまり地中潜行型の使徒であった。
雷が恐ろしいのは天にあるからで、地下に潜ってしまえばぜんぜん怖くない。
文字通りに足をひっぱってやるのである。ただし、敵の足を。
地下に向かってもあの碇シンジ初号機なら発雷させるかもしれないが、それならそれでいい。地下にある市民のいる避難シェルターやネルフ本部がグチャグチャになるだけだ。
威力の方も迷走減殺されていることだろうし。いいことだらけだ。そして、ネルフにはジェットモグラなど、地中をゆく攻撃兵器はない。綾波レイに化けて本部に堂々と入り込みネルフの設備のほぼ全容は掴んでいるレリエルである。まあ、あったとしてもジェットモグラなど本職の地下使徒の相手ではないけど。あはは。まったくもって。ねずみ小僧ちょろ吉さんです。足下から攻めて、あの鉾を取り上げる。頭は生きてる間に使うもの。
 
 
「もう、彼が持っている必要はないの・・・そうでしょ?ゼルエル・・・カヲル君?」
 
葛城ミサトもまさか天の使いたる使徒がモグモグと地中から攻めて股ぐら足下をすくうなどというセコいことを「ホントのホントに」実行してくるなどと思いもよらない。思いよったところで「足下に気をつけて」としか言いようがなく碇シンジの気を散らすのが関の山であっただろう。
天だけを見上げる雷の大王には地よりの反撃を防ぐ股肱の臣はおらず。
さすがに碇ユイも碇ゲンドウも、惣流アスカも綾波レイも、野散須カンタローも日向マコトも、ついでにいうと冬月副司令も!
その地中攻撃には気づくことは出来ない。出来たとしたら人間ではなく、使徒を文字通り超越する神様だろう。
実のところ、状況は均衡状態にあるのがそもそも奇跡な、圧倒的な使徒有利なのだから。
人間にはどうしようもないこともある。天使の謀略にそれでも、逆らえるとしたら。
 
 
それは・・・・
 
 
 
獣の力
 
しかあるまい。
 
 
あうあわぐわあああああげええげえあああ!!痛痛痛痛痛痛痛痛痛焼焼焼焼焼焼焼焼焼!!
肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉裂裂裂裂裂裂割割割」
 
 
ふいにレリエルの指令を下したばかりの携帯電話からこの世のものとも思われない悲鳴があがった。耐え難い苦痛から発する声。一体、どうすればこのような痛みを使徒に対して与えることができるのか。基本的に自動補修機能のある使徒には余分なものである痛覚は存在しない。それを、あり得ないものを無理矢理引きずり出して感じさせているのだ。
何者かが。確固たる意思をもって。苦痛を与える、と。元来、悲鳴を出す機能もない使徒に。さすがのレリエルの顔色が変わった。これは、予想外とかいうレベルの事態ではない。
だが、すぐさま現場に応援確認にいかせる使徒員はいない。
 
「逃げなさい!!」その指示に返答はない。
 
だから、レリエルに出来るのはその悲鳴が絶えるまで聞いておくことだけだった。
使徒殺しの獣が肉を食らう音を。ピキピキピキ匹匹匹・・・・コアが握りつぶされる音を。
何が起きたのか遠隔視で確認しようにも、己のもつ感覚器はすべて鏡面領域構築に振り分けてあって使用不可。身動きがとれない。
 
「あ、あくっ・・・・・・・」携帯電話を強く握りしめるレリエル。
 
何か、圧倒的な力をもつ存在による逆襲撃があったことだけが分かる。
いぶし銀の実行力を持つ強者のコマンダー使徒は四体。それがさしたる抵抗もおそらくは反応さえもできずにみすみす・・・・殺されていった。それも、尋常なやり方でなく。
それが可能なのは・・・・そんなことが出来るのは・・・・
使徒と同じ力を持つ、エヴァンゲリオンだけ・・・・・・・
そして、たった今動いたエヴァは、第三新東京市に配備されていないエヴァ。
強襲型と人のいう。血の大河に横たわり死の荒野に立つ戦の獣鬼。
 
 
エヴァ参号機
 
 
その姿はステルス装甲に鎧われて人の目は無論、センサーもとられることは出来ない。
隠密暗殺型と軽侮を遙かに凌駕する震えと怯えをもって関係者に呼ばれる由縁である。
だが、機体の周囲に展開されるその惨状が、地獄絵図が確かにその存在を証明する。
センサーや肉眼で確認など出来ない方がいいのだ・・・。人知に理解不能な阿鼻叫喚。
あまりに凄惨の度が過ぎると、人間の意識はそれへの直接の認識、そして感情への衝撃をやわらげるために直結を避ける。どうやってそれを成したのか?成した原因の究明などに脳を使用して、事実を側面から削り取るようにして受け容れることで精神への衝撃を緩和する。そんな緩衝機能が働かないのであれば、人間は停止する。
酷いといえば、非道であり、そうとしかいいようがなく、人は麻痺するしかない。
それで事象の本質がわずかでも劣化、色褪せたり弱体化するわけでもないが。
犯人は不可視でも、犯行現場はありありとカメラに記録されている・・・生命を失ったことで潜伏潜行技能を使えなくなった使徒の「抜け殻」はしっかりと映されている。
地中にありネルフの目を誤魔化していたのだが、こうなっては白日に曝されるしかない。
つまり、エヴァ参号機は地中から使徒を引っこ抜いたわけだ。根菜類のごとく。
ようやく、その映像がネルフ本部に到達した。回線にのってからは電子的に速かろうが、戦術作戦的には遅すぎる情報、光景だ。それを最初に受け取ったオペレータは愕然とした。
オペレータとして訓練は受けている。使徒戦を経験し惨状は見慣れている。愕然とするのはその光景がすでに終了したことに対してであるべきはずが、ド素人のように光景の凄惨のみに圧倒された。嘔吐を覚えてその情報伝達処理を最速で済ませると便所へ駆け込んだ。
「地中からの攻撃」を予想していなかった葛城ミサトもその光景には作戦部長として、己の予測の甘さに臍を噛みたいところであったが、その酸鼻を極める光景に顔を蹙めた。
絶対に”これ”は子供たちに見せるな、と厳禁した。使徒が殺害されている、というのは歓迎すべきことである。使徒殲滅のための特務機関ネルフとしては・・・・・しかし。
やり方というものがあるだろう・・・・・見て楽しめて喜べる代物ではない。
後日、この一件を聞きつけた惣流アスカが、リーダーの、レッドの義務感を発揮してその情報の閲覧を求めた。葛城ミサトは頑強に断ったのだが、赤木リツコ博士はモザイクをかけて多少軽くしたものを何度か念を押した上で見せた。それでまたケンカになるのだが。
・・・・惣流アスカはその日の夕食、ハンバーグが食べられなかった。
 
 
身体の半分が#挽肉にされて分離#しかけている使徒
棒のようなものを無理に突き立てられて・・・力ずくで#練られている#使徒
大根のように身体を削がれ・・・・#かつら剥きにされているリンゴの皮#のような使徒
身体のほとんどを金型のようなもので#抜かれて#”、たくさんの#クッキーと余り生地#のようにされている使徒・・・・。
 
 
もとは何体いたのか、分かりはしない・・・・ここまで変形され加工されては・・・
体色が異なるのでそれとなく分かるが・・・うすべったくされた身体で他の使徒を包んでみたり・・・息を吹き込んだのか熱で膨らんだのか、ぶくっとした腹部の中に他の使徒の頭部分をいれてみたり・・・・・拷問と云うも生やさしい悪夢のデコレーションである。
魔界というのもあまりに分かりやすい、まさに人の心など何の価値もない肉界であった。
 
 
「料理・・・・してるの・・・・・・・・・・・?」
 
 
悪夢は終わっていない。もはや確実に生命は消え失せている使徒の肉ばらが、ポンポコポンポコと動いてる。その動きは中華料理の達人の調理を思わせる手際の良さで、これがふつうの食材であるならいっそ見惚れたことであろう。その動きを逆算してわかる。
その肉界の中央に、目に見えない透明な巨料理人がいることが。
 
 
見る見るうちにギョウザとシュウマイと北京ダック(らしきもの)ができていく。
このあたりが違う。使徒を倒した後で、そんなことをあの子たちはしたりしない。
エヴァのやることなのか・・・・・・それとも、使徒同士の裏切りか仲間割れか。はたまた縄張りを侵された悪魔が、見るに見かねて逆襲にやってきての見せしめなのか。
震えが来た。使徒戦の最中にも来たことのない、悪寒が。使徒とは云え、死体を弄くることに対する本質的な禁忌からくるものなのか。それとも・・・エヴァ初号機とは違う次元での圧倒的な”力”・・いや、”技”に対するものか。でなければ・・・使徒ギョウザを閉じる楊枝代わりに”竹”が差し込まれたりする?見た目、なんの変哲もない竹に見える。
 
 
・・・・「アレ」と戦うことになったら・・・もし
敵であってほしくないが、かといって味方にしたいとも思わない。
 
 
「エヴァ・・・・・参号機・・・・・だと、思うわ・・・・たぶん」
ステルス装甲と、格闘戦最強と云われたその力。ゴクリとのどを鳴らしながら赤木リツコ博士。やってくれたのは、たしかに助太刀であり助力であり、ありがとうなのだが、このタイミングを考えると今の今まで潜伏して都市の様子を伺っていたのか、それとも今現在、その強襲力をもって戦地に到着しただけのことなのか・・・今の状況じゃとても連絡はとれたものじゃないけれど。おそらくは地上でただ一つ料理をする獣。
ギルの所有する二体のエヴァ、参号機と後弐号機の所在はいつも不明、ネルフ本部でさえ把握しきれていない。どういった運用をされているのか・・・読めない。
 
葛城ミサトにさえ及びもつかない。まさか参号機がわずかな充電休みを挟みつつ、大陸から”海上を走ってきた”などと・・・・。
 
エヴァ参号機は確実にこの一戦のターニングポイントであるコマンダー潰しをやすやすとやってのけても誇るでも、さらなる助力をしてくれるわけでもなく、山から動かない。
介入はしても参戦はする気はないようだ。これは最後の最後まで変わらなかった。
参号機、いやさギルの公式介入を記録に残す気はないようだ。やり口といい実力といい、どこかの社長のロボットとはえらく違う。
 
 
びちゃっ・・・・・
 
 
意図したものかどうか、わからない。が、おそらくは。指で弾いた使徒の体液がカメラに付着し、それ以降の情報は途絶した。狙ったものだろう。後日、この瞬間の映像を解析するとステルスを解除した参号機の姿が映っていたという。白い、骨と乳のような色をした
ところどころ漢文の金文字がマーキングされた、ギルのフォース・チルドレン、黒羅羅・明暗専用チューンカスタムされたエヴァ参号機の影が。
 
 
 
そして。
 
 
雷砲撃による戦果は・・・・・・「1」。
とうとう均衡が崩れた。クライシスのはじまり。ゲシュタルト崩壊を導く。
雲の箱船の底にとうとう穴があいた。転覆がはじまる。歪みを増大させる鏡面。
大山鳴動して鼠一匹とはいうが・・・・鼠が逃げれば他のものも逃げ始める。動き始める。
使徒連も鉾も二百万回を超える気の遠くなるようなラリーを続けてきた。双方とも大したものだ。互いに内蔵されたメカニズムは狂うことなく最後まで。勝敗を決したのは、やはり「力」だった。技術も精神も駆け引きも関係ない、純粋な力の勝負。鉾が最初のローリング・サンダー雷返しを吸収してしまったときに勝負はついていたのかもしれない。
 
 
ぱんっ、ぱんっ、ぱぱんっ、ぱぱぱのぱっ、だだっだだー、だだっだだー
 
 
雷砲撃による戦果は・・・・・・「2」「3」連鎖・縦連鎖横連鎖斜め連鎖ボーナス連鎖・・・・で「30」。ここらへんは「ぷよぷよ」や「テトリス」などの落ちものパズルゲームを連想していただくと分かりやすい。次々に焼かれて焦がされて地に落下する使徒。
一気に使徒残存勢力の三分の一を引き裂き焼き払ったわけだ。音だけ聞いていれば町内のなんとか音頭の盆踊りのようだが、使徒にしてみればとんでもなかった。よくもまあ、こんな大雷を跳ね返し続けられたものだと、焼かれつつも感心していた。レリエルの有能さも納得できた。使徒の身に未練があるわけでもない。コアを砕かれると消滅していく。
あの要塞使徒ラミエルさえも問題にせずに焼いた雷だ。突出した攻撃力があろうとも、防御能力の低い使徒はひとたまりもない。天に強制送還された。ゴーホーム・ヘブンである。
 
 
雷砲撃による戦果は「30」・・・・・・
 
 
これが多いのか少ないのか、判断をつけられるのは対戦する碇シンジとレリエルのふたりしかいない。碇シンジの判断は「・・・まだまだいくからね」というもので。
レリエルは・・・レリエルの方は、この均衡崩壊時に30で済んだのは、防御力が特に強い三体の使徒が先陣の盾、犠牲極となって守って灰と散ってくれたおかげであるのを知っているから。
その代わりに残りの60はほぼその毒雷にやられることもなく、無傷で降臨できた。
こうなれば、互いを殲滅し合うしかない。最後の最後まで。どちらが残って立っているか。
エヴァ零号機と弐号機の美少女タッグもこれがファイナル、地上のリングに颯爽と現れた。
3対60のバトルロイヤルがはじまる。激闘を超える死闘、まさにウルトラファイト。
エヴァンゲリオンといいつつ、ウルトラファイトとはこれいかに。
 
 
その戦闘はあまりに激しく乱暴でかつ騒乱を極めたために、残念なことにネルフ本部のライブラリに記録されなかった戦闘も多々ある。ここでは特別にその記録漏らした戦闘をピックアップしてお届けしよう。
 
 
 
第一ラウンド「使徒総攻撃!!第参新東京市が崩れて沈没してエヴァが死ぬ?」
 
 
天空から60もの使徒の降臨を許してしまう碇シンジとエヴァ初号機。逆に言えば、30は仕留めたのだから大したものなのだが、3対60という皆殺しの雄叫びをあげながら圧倒的不利な戦いが始める。「あ、これは失敗したなあ」己を責め、絶望に陥る碇シンジ・・・陥り気味で、陥るのが普通なので、エヴァ弐号機惣流アスカの殴り込みにいくヤーさんめいた鉄砲檄が飛ぶ。「一人アタマ、たったの20殺!!気合いいれていくわよ!!!」
「夏休みで読まなきゃいけない本の数みたいだね・・・・綾波さん、ごめん」
「・・・なぜ、あやまるの?」
「・・・・傲慢かもしれないけど、そのために・・・」
「なにゴチャゴチャいってんの!行くわよっっ!!ファースト、アンタも初陣で緊張するでしょうけど、ネルフのスタッフ陣は優秀だし、ヤバイ時にはそこの痛覚神経が切れてるバカシンジを盾にしていいからね、行こう!!フォローは任せていいから」
 
 
第2ラウンド「やったねユイおかあさん、アスカはホームランです!!」
 
 
全電力を天空に放出し、放電兵器としての役割を終えたゼルエルの鉾。地上戦、しかも周りに同じエヴァがいるのではとても使えたもんではない。碇シンジも右腕への接続を切り離し、サブウエポンとして初凰を選択する。使徒の方も鉾での攻撃は終了した、と勝手に思いこんでいた・・・・・。その油断を飛燕のように切り込む弐号機・惣流アスカ。
道路に安置された鉾をひっ掴むと・・・・
 
「ぬああああああああああああああああああああああっっっっ」
 
数値上、弐号機の腕力では不可能であるはずなのだが、バットのように振り回す!!。
花は桜木、女はアスカ、有名野球漫画の葉っぱ番長のごとく、体勢が崩れていようがゾーンが外れていようが関係もない、本塁打か三振かの大物狙いの一撃!。
降臨途中の落下傘兵状態の使徒五体、場外ホーマー。逆境の時にこそ真の力が発揮される。
その輝きはまさに全力スペクトル!!・・・どちらかというと、不屈闘志かもしれない。
「アスカ!!腰は大丈夫!?」使用権は問わず、真剣に心配する碇シンジ。
「ったりまえでしょ。ミサトじゃあるまいし・・・でも、ちょっと・・きたかな」
ヒーロー、ヒロインインタビューは笑顔での問題発言返答。揺れる発令所。
「ほお・・・・・・」葛城ミサトの細めた目が怖い。法華経。
 
 
第4ラウンド「よみがえる使徒?第三の踊り、悪霊ランダババ!!」
 
 
使徒の中にはやられた使徒を再生復活させる能力をもつものもいた。(巨大化こそしないが)たださえ数の不利であるのが増えてはたまらんのに、この復活再生使徒は幽霊よろしく物理的攻撃が全く通用しない。幽霊、というのが悪けりゃ、西洋神秘語的に星幽体(アストラル)と呼んでもいい。とにかく対多数舞踏技である疾風ワルツも流星タンゴもすり抜けてしまう。それでいて向こうの攻撃は効くのだ。なんてインチキ。きたない。ふんふんふんふん、牛のフンである。
 
「ちょっとまずいわね・・・・」
 
「なら、代わってもらえる?」
 
皆があっという間に弐号機から零号機へ相手役がチェンジされる。
「綾波さん?」初号機も目を丸くする。
そろそろ自分の見せ場をつくるためにシャシャリ出てきたわけではむろんない。
献能された綾波の氏族が鍛え磨き上げてきた技、膨大な機能術群の中にそういった黄泉帰りの者によく効く「祓舞・昼月」があるのだった。それを舞う。そして、対役がいる。
惣流アスカではなく、碇シンジなのは文化圏の違い、男女の違いという単純な理由による。
しんこうべでの「経験」がそれを選択させたわけでは、ない。それが証拠に。その舞は。
 
 
ごきっ、ごきっ、ごきっ、ごきっ、ごきっ、ごきっ、ごきっ、ぼきぼきっ
 
 
確かに殺傷力・・・物理的攻撃の効かぬ相手に対する御利益パワー霊的攻撃力とでもいうのか、それは凄かったが・・・なんといっても的確に使徒を屠っていくのだから・・・・文句のでようはずもないが・・・ないのだが・・・・・その動きは・・・・・安物の香港拳法ムービーのCGのような・・いわくいいがたい・・・
 
 
「まさに悪霊ランダババ・・・・・」
密かに社交ダンスなどもこなしたりする素敵ロマンスグレー・冬月副司令の命名である。
副司令の美意識として、あれを舞踏の部類に入れるわけにはいかんのでそう呼ぶしかない。
綾波レイと碇シンジ・・・あのふたりのコンビネーションは・・・・おそらく、大したことはないのだろうが、的確に、狙った祟りは外さない千年王城の怨霊のような執念深さで敵を追撃、確実に取り憑き殺していった・・・・・能のような幽玄さもないこともないが、あの奇妙な動き・・・アレを前にするだけで使徒は退き、嫌がって逃げ腰になっている。
それはそれで・・・厄介な再生使徒を制しているのだから、霊威をもって霊を制しているのだから、いいのだろうが・・・ランダバとインドの悪霊寺院の名を足して割って授けよう。それがふさわしい。品格がないわけではないが、どこか、一部分ズレているというか、不気味な動きなのである。えきぞちっく、といえなくもないが・・・・
あとで綾波レイ当人がこの自分たちのこの機動を見て真っ赤になったという。踊っているときは必死であるから自分の姿など分からないが、やはり当初の計画とは違っていたのかもしれない。実体のある使徒との応戦中である弐号機・惣流アスカも感心していたが、なぜか、ちいっと機嫌が悪くなった。自分は踊ることで、碇シンジの元来使用しない機敏さ高速性などを引き出すが、ファーストチルドレン綾波レイは、碇シンジを舞台にして、自分の能力を発揮させている・・・・。踏み台にするならすりゃあいいのだが、もちろん、あんなバカ、戦闘中なんだし、でも、まあ、自分の性能を引き出してもらえる・・・ってのがすこしうらやましい・・・・・あの二人。
しかし、その「すこしうらやましい」二人の踊りが、踊りの名が「悪霊ランダババ」に決定されたと知ったら・・・・・その機嫌も治っただろうか。
 
 
 
第七ラウンド「小赤指輪物語(しょうせきゆびわものがたり)」
 
 
「あつっ!」
戦闘中とつぜん、焼きごてを押し当てられたような痛みとともに右の小指に裂傷が出来てしまう惣流アスカ。プラグスーツであるから視認できるわけではないが、生体モニターで分かるし、なんにせよ、痛いものは痛い。・・・しかも、この痛み、初めは熱く、じくじくと疼くのだが、どっか甘美なところもある・・・奇妙な痛みであった。激しい動きで今マで塞いでいた傷が開いた、わけではない。こんなところに裂けるよな傷などなかった。
しかも、エヴァの中にいるのに・・・・使徒の透明かまいたち攻撃か?と思いきや。
 
それは。
 
零号機・綾波レイにも同じ傷が走っていた。右の小指に。突然。小田和正の恋の歌のギターが弾けたように。ただ、同じエヴァのパイロットでも碇シンジにはそれがなく。
発令所、のみならず、シェルター内の避難市民の中にも、その奇妙な突然裂傷は発生した。
 
右の小指に。
 
葛城ミサトや、日向マコト、伊吹マヤ、加持リョウジ、鈴原トウジ、洞木ヒカリ、相田ケンスケ、山岸マユミなど・・・・赤木リツコ博士、青葉シゲル、などはそこから漏れていた。傷のない右小指をみて不思議がっている。
 
 
それから・・・・・
 
 
既婚者には、なんの傷もなかった。
 
 
「ま、まさか・・・・右の小指なんて、ただの迷信に過ぎないわ。なんの根拠もない・・・・」冷静めかした赤木リツコ博士の声が震えている。だが、数字的に既婚者0%無傷というのはデータ的に無視できない・・・。
「赤い糸で引っ張られるなんて・・・少女漫画じゃあるまいし・・・」
 
 
「けど、あそこの使徒が、どえらい勢いで糸巻いてるんですけど」葛城ミサトが指さす先には糸巻き使徒が超大物ブルーマーリンがかかった釣りキチ三平トローリング編のようにリールを巻いており、その糸は確かに赤かった。どこに繋がっているのかは知れぬが・・・・
糸巻き使徒に付随する三体の女神人形が、糸をたぐり、糸をそろえ、そして鋏で切ろうとしている。どこに繋がっているのか知れぬ・・・・しかし、この裂傷は・・・・・
右の小指に巻かれた糸を巻いているのだとしたら・・・・・辻妻はあう。
あの勢いで引いているなら、小指も切れよう。どこか甘美な、痛みを残して。
 
だが、その行動にどういう意味があるのか。裂傷は痛いが、ダメージというほどの深刻なもんではない。赤い糸の存在を現実のものと第三新東京市の民に知らしめた、ということはあろうが。ただ、引っ張ってどうなるのか、それから、・・・・・それを切ってしまうとどうなるのか・・・・日本人の婚姻は出雲大社で十月に決定される、ということになっており、毛唐の伝説など気に病む必要などないッ!!・・・と言い切る度胸のある年輩者はたいてい既婚者であり、我関せずであった。し、小指の傷がない者はむろんのこと。
 
「赤い糸と”やら”が、本当に話通りの、機能があるとしたら、まあー、それが切断されたとなると、”回線異常を引き起こす”可能性も、”あるにはある”わね!」
やたらに強調の多い赤木リツコ博士である。科学の徒である博士の言葉に感情まるだしむきだしの”トゲ棘”などむろんのこと、あろうはずもない。民族文化系の知的好奇心がうずかないこともないが、この場合はそりゃー単なる「いじわるばあさんのまけおしみ」というべきであろう。霧島教授もそう仰っている。
赤い糸がちょんぎられたら、・・・・・それはだいたい「約束の愛」ないし「永遠の絆」「魂の片割れ」「輪廻の導き」「千年の恋人」としての表現であるからちょん切られないことになっているのだが・・・・どうなるのか。まあ、あまり幸福なことにはなるまい。似合わない人間と結ばれるよりは似合う人間と結ばれた方がよかろう。一般論だが。そして、使徒は一般的、という言葉を用いてもいいほどの本数の「赤い糸」をその手に握っている。個人レベルの問題ではない、これは市町村レベルの問題である!。・・・国家的、世界的レベルではないが、市町村をおろそかにする国に未来はないし。
 
小指が痛くない、選ばれなかった者たちの「自分は孤独」精神的ダメージもさることながら。せっかく赤い糸が結ばれている者たちの、目に見えている危機も考えねばなるまい。
 
 
ちなみに・・・小指が痛い代表幹事は「惣流アスカ」「葛城ミサト」であり、
小指無傷の専務理事は「碇シンジ」「赤木リツコ博士」である。
 
その役職を誰がどうやって決めたのかは不明だが、やる気、というものがダンチである。
小指が痛くないものはべつだん、そんな使徒なんぞ後回しにしたって一向に構わないのだが、小指が痛かった者は、はっきりいって一刻も早く糸巻き使徒を倒して欲しかった。
これは本能的恐怖、いやさそれ以上の、未来からの指令遺伝子の悲願であった。
少女漫画的、とあざ笑うのは構わないが、実際それがホンマであったら・・・・・
戦いが終わった後、幸せな人生、良き伴侶を得られなかったとしたら・・・・・・
端的にいうと、婿さん嫁さんもらいそこねたらえらいことやんけ・・・ということである。
結婚なんて、ぺ!よと、普段から言ってる人間の小指にも裂傷はあることはあったり、御望みどおりないこともあった。この赤い糸には年齢制限はなく、赤ん坊の小指にすらあったし、老人の小指にも巻かれていることもあった。まことに天意としかいいようがない。
 
その「天意」に漏れた人間の専務理事たる碇シンジ・・・・・・
なんだってそんなに血眼になってたいして害のなさそーな糸巻き使徒を最優先撃破などと惣流アスカや葛城ミサトが言うのか理解できない。現在は乱戦中なのである。
ちょうど良い位置に初号機がいるのもあるが・・・・そんなの後回しにして、ほかのいかにもヤバ気な奴を倒した方がいいだろうに。全く、なんでそんなこと言うのやら・・・
 
 
しかし、説明などできようはずもない。
 
 
碇シンジはわりあいひどいやつで、そんなことをマジな顔で言おうものなら、戦闘中だろうが「はあ?すいませんがもう一度」などと、こちらが顔から火を吹き全てを投げ出す覚悟で恥を耐えてようやく絞り出した説明にお気軽にワンスモアプリーズを出すであろう。
二回も「赤い糸について」の説明などさせられたら、よほどの猛者でも死ぬ!!
それは関西人に向けて目の前でボケられてもツッこむな!というものなので死ぬ。
業火に包まれて焼け死ぬ!!既婚者には対岸の火事。
惣流アスカも三十六回くらい「糸よ糸、赤い糸よ!右手の小指の赤い糸だから糸よ!!」
気づけこのバカ頼むから!と連呼するが、想いは届かない。おそらく、彼女の相手ではないのだろう、碇シンジには糸はない。
人の縁、巡り会い、運命というのが、黙認できる人類初かもしれない貴重な光景であるのだが、現在は戦闘中、占い師でもない兵器たちはそれを破壊するしかない。
「あの赤い糸を切らないように、倒して」というこれまた意味不明な命令をしてくるんで、初凰での攻撃もあきらめる。言われなきゃ簡単にぶった斬るつもりであったのだ。
 
この都市の人間、誰も結ばれなくなっても、僕は、困らない。
 
一瞬、少年の背中がそう語ったような気がする綾波レイ。白い小指から血が滲む。
もしかすると、それはそんなに美しい物語ではなく、使徒にしてみれば単なる効果的な病害虫の駆除方法を用いているだけかもしれない。人が、虫の卵にやるように。
 
 
赤い糸を傷つけずに、どうやって使徒を倒せばいいのか・・・・
赤い糸の話にはぴん、とこないくせに、碇シンジはその方法を正しく知っていた。
 
 
「風車のほかにうごくものなし、越えて霞れる大地はゆれる・・・・」
ラプンツェル、ラプンツェル、ラプンツェル、ラプンツェル、ラプンツェル・・・・・
「からから・・・からから・・・からから・・・・・」呪文のように聞こえるが、じつは日向マコトに貸してもらった秘蔵のアニメ声優さんの歌のテープからの一節。
所有情報の系統の違い、というものが人の顔色を分ける好例である。→日向マコト。
 
 
「よいしょっと」
エヴァ初号機は糸巻き使徒を持ち上げると、天高く投げあげた。しばらくすると落下する。
糸は落下衝撃には強い。が、糸巻き機工のほうはそうはいかない。バタリコと砕けた。
糸は切れなかった。赤い糸の伝説に真実が隠されている、としたらこういうことだろう。
おそらく。
糸巻き使徒が砕けると、人々の右手小指の裂傷も消えた。わずかばかり甘美な痛みも。
それが消えるときにすこし切なかった、というのだから、人間というのは寂しがり屋だ。
 
乱戦・・・戦闘は続く。
 
だから、惣流アスカも綾波レイも、それ以上小指の傷のことなど考えなかった。
過ぎてみれば、幻のようなものだ。そんなものに人の巡り合わせが支配されるわけはない。
過ぎてみれば、そう言い張ることもできる。
糸巻き使徒の名はメトラバエル。運命の糸、生命の糸を手繰り紡ぎ、切ることもできた。
過去、その姿を幻視した独逸あたりの文学者によって文章化されたこともある。
 
 
 
第八ラウンド「第三新東京市サイレント作戦」
言語系使徒との一連の抗争三回シリーズ。その第一回目となる。
「スカ」
といきなり呼びかけられた惣流アスカのアタマに血が昇る。誰がスカやねん?この・・・
 
「カシンジ」
 
と、いきなり”自信過剰な碇シンジ”を縮めたのか、ニューあだ名で呼びつけてくる惣流アスカにむっとくる碇シンジ。戦闘中にも関わらず、中学生特有の崩れた言葉で罵り合いを始める子供にあきれる葛城ミサト。ここはいかにも冷静沈着そうな彼女に仲裁を頼むか。
 
「イ、んとかしてやって」
 
と、いきなり消化器官呼ばわりされて楽しかろうはずもない綾波レイ。けれど、賢明な綾波レイは何が起きたのかすぐに気づいた。言葉がしずめられている。言葉のあたまが食べられている。聞こえる惣流アスカと碇シンジの口喧嘩もどんどん聞き取れなくなっていく。発令所の慌てたような指示もすぐにかき消されて完全に聞こえなくなる・・・・・
口をぱくぱく。けれど、言葉がでてこない。いや、自分の耳にさえ届く前にかっさらわれてしまうような。かつてない違和感、気色悪さにもだえる人々。
もだえるだけならいいが・・・・・言葉が、指示が届かない、ということは。
連携プレーや発令所からの情報活用が出来ない、断絶されるということ。
単独で戦うしかなくなる。サッカーじゃあるまいし、アイコンタクトなんぞでなんとかなる生やさしい相手ではない。各個撃破は戦術の基本。言葉でのコミュニケートこそ人間の最も強い武器。綺麗事のようだが、実際にやられてみると、その有り難み、その厳然たる事実、いかに強かろうと単機ではやれることに限界があること。思い知る。一人で生き延びるなら、エヴァなら可能だろう・・・・けれど、それではこの広い都市は守れない・・・。
筆談や画面情報があればいいじゃないか、ということはなく、それは慣れていなければ実際に身体が動かない。アタマで理解するだけでは、足りないのだ。理解度が。
しかも乱戦ともなれば。
多数の情報を同時処理するのは、それの訓練をギルでこなしてきた惣流アスカや脳神経を直接操作できる術のある綾波レイならば、やれる。そして、碇シンジには、できない。
それにしても、どうしても、勢い、戦意というものは減殺される。歌を歌いながら戦うわけではないにしても、言葉が通じない、というのはなんとも不安をかき立てるものだ。
 
 
こういう場合、どうするか。
指示待ちしか能がなく、動けないなんてのは論外である。厄介なのは、その問題への対処方法が各自バラバラで、それなりに各自の方法が有効性が高かった場合だ。
惣流アスカはこのドふざけた真似をする使徒をすぐさま捜し出して殲滅する気だし
綾波レイはすうっと気をしずめて、この言葉を盗んでしまう使徒の位置を感じようとした。
 
 
使徒の思うつぼであった。
探すため駆け出す弐号機の背後から急襲し、戦闘中にのんきに瞑想入っている零号機をかごめかごめに取り囲んでタコなぐり・・・・・となる予定。
 
 
碇シンジ、初号機は・・・・・指示を仰いで動かない。正確には地下を見下ろして、だが。
どうしよう、と顔にかいてある。マジックで書いたようにまあ、はっきりと。
葛城ミサトはすぐさま返答してやりたかったが、言葉がでない。消えてしまう。
だが、碇シンジの視線は珍しいことに碇ゲンドウにあった。で、あるので、もちろん無言のVサイン、または根拠のあまりないシュートサインをかまそうと思っていた碇ユイもやめておいた。やれたら、かっこいいだろうなあ・・・・と多少、残念がりつつ。
碇シンジがこの危難に父親である総司令碇ゲンドウの指示を仰ごうと思ったのは、なんのことはない、「いつもだまってるから、だんまりには強いだろうなあ」というこれまた得体の知れない考えによるものだった。べつだん、父の裏の顔や能力に期待したわけではない。だが、碇ゲンドウの方の内心は伺いしれない。いつものポーズを決めたまま”だんまり”。どっちにしろ、いつもと変わらない。だけれど、碇シンジは
「分かったよ、父さん」という顔で行動にうつった。碇ユイを除く発令所の誰も、親子の会話は分からない。碇ゲンドウ専門家である冬月副司令にしても、親子の間でいかなる交感があったのやら不明であった。あれから何を分かれ、というのか・・・
冬月副司令もあとで説明を求めたのだが、いつものように不敵な顔をするだけで碇ゲンドウはなにも答えなかった。碇のやつにもじつは分かってないんじゃないのか?とも思う冬月副司令である。
 
 
「エヴァ初号機は、じつは変型できたんです」
 
碇シンジの意図に気づいて、碇ユイはムズムズとそんなハッタリをかましてみたくてしょうがなかった。くー、さぞかしうけただろうになあ。もったいない。
こういったケースでは、防御を固めながら三位一体で動いた方がいい。だから
 
 
ひょい、ひょい
 
 
苛立ちまじりに駆け出そうとする弐号機と
乱戦状況おかまいなしに深い感覚世界に入ろうとする零号機の、
 
襟首を猫の子のようにつかむと、エヴァ初号機は二機を自分の両肩にそれぞれ載せた。
肩装甲を折り畳んで二台のようにしてあるから、うら若き乙女たちが痔になることはない。
 
 
「・・?!」
「・・!?」それぞれ、軽い悲鳴をあげる。これからこういうことやるよ、といわれず急にこんなことされたら驚くに決まっている。まるで曲芸ガンタンクだ。それから初号機はサイレント使徒を探しに出かけていった。二人をのせたまま。この位置ならコミュニケーションもアイコンタクトもなにもいらない。出来ることもたかがしれている。その体勢を侮ったか、円陣で取り囲んだ使徒六体が、「変型流星タンゴ・上海雑伎団バージョン」で踏み殺され、上空から襲いかかった飛行使徒2体が零号機、弐号機の対空足技「恨み葛の葉槍襖(うらみくずのはやりぶすま)」で回し突き蹴り殺された。
見た目が見た目だが、なんか三体バラバラになっているより強いかもしれん・・・
 
 
((あれ!!)))
弐号機の指と零号機の指が同地点を指す。そこに言葉を吸い取る吸言使徒、サイレルがいた。見つかったが最後、その口をびろーんとソーダ村の村長かダヨーンのオヤジなみに引き延ばされてくたばった。
 
 
第九ラウンド「ワタシマケマシタワ」
同じく言語系使徒の第弐回目である。今度は放つ言葉が逆さま読みになってしまうという。
意味が変わるのではなく、単に万国吃驚ショーのように言葉を尻から読むようになってしまう。一応、弐回目なので腹が決まりさほど命令系統などの混乱は起きなかった。
「しんぶんし!!」「たけやぶやけた!!」「トマトのトマトはトマトマト!!」「上から読んでも山本山!下から読んでも山本山!」「カステラ一番、電話は二番、サードのおやつは文明堂!!」
ついでなので、そのまま出張気味に二機を担いだままのエヴァ初号機碇シンジの独壇場であったことはいうまでもない。これを記録しなかったのは碇ゲンドウの指示だったとも。
 
 
 
第十一ラウンド「希望に至る病、そして」
 
 
 
笑エバいいト思フヨ
 
 
 
一枚の白い仮面、のっぺらぼう、そこにわずかな陰影が浮かぶだけで見る者全てが狂ったように笑い転げる。笑う、という人間特有の奇妙な感情を研究しつくしたゾナハエルが戦鎧の都市を底なし笑いの演芸場に変えてしまう。何がおかしいのかも分からぬままに腸もねじれよと笑い転げる人間たち。むろん、エヴァに乗るパイロットたちも例外ではない。笑い死に、という死に方があるとしたら・・・・急速にその死点へ至ることだろう。
けれど、それに対抗しうる数少ない人間もいた。その中に綾波レイがいたのが救いであった。・・・・青白く燃える怒りを初めてその顔に顕わして。
別に、泣きながらホヒホヒ猿惑星のように笑う碇シンジに百年の恋が冷めたわけではない。
こんなにもたやすく操作される人間の心、精神、感情というものに幻滅したわけではない。
 
 
「乾いていく」
 
 
けれど、事実はこんなものだ。弐号機パイロットもあと数分ほうっておけば呼吸困難で生命を落とす。LCLの羊水の中は笑うにはむいていない。あまりに激しく笑いすぎて、豆腐の角、いやさ機材の角にアタマをぶつけて血を流して、それでも笑っている赤木博士。
なんとか抵抗に成功した碇ゲンドウと碇ユイがモニターを切ったが、それでも「思い出し笑い」の影響があるらしく、狂った笑いは止まらない。苦しいほどの思い出し笑いをするのはよほどの悪人か、よほどの善人か、とどこかの牧師はいったけれどそんなことはない。ちなみに、泣きながらホヒホヒ猿惑星のように笑う碇シンジとの間に、百年の恋があったというわけではない。ないから、冷めない。そういうこと。
 
「レイちゃん、お願い。だから、皆を、守ってあげて」
 
なぜ、「だから」なのか・・・。その真意が綾波レイの胸を突き抜ける。吹き抜ける。
無敵のエヴァ初号機を駆ることができる碇シンジと、人類代表のような戦意と勇敢さをもつ弐号機、惣流アスカがいて。そして、自分が求められる理由を。渚カヲルではなく、他のチルドレンでもなく、自分を。皆・・・人間は・・・・弱い。裸でいられない。
 
 
「乾いてゆく」
 
 
剥き出しの部分をちょいとつつかれればこのざまだ。あくまで、鎧が必要になる。
虎のように、熊のように、狼のように、裸で戦えれば。純粋な戦意さえ保てない。
どこまでも、鎧が必要になる。戦うときには。襲われた時には。なんと情けないことに、やり返す時にすら。
だけれど、戦支度を整えると、人間は強くなる・・・・・備えがあれば憂いも恐れも忘れる。なぜなら・・・・鎧の中には神が宿るからだ。だからこそ、使徒と戦える。
エヴァは兵器だけれど、自分たちは兵器ではない。鎧。守護するための、鎧。
その中に、人間をまもってくれる何か、神様でもいい、仏様でもいい、なんでもいい、それが現れる、やってくるまでの・・・降りて宿る座、見つけてもらうための目印、鳥居のようなもの・・・そんなことを感じる。心臓が、鼓動を開始する。
その鼓動は、鈴の音のように。呼び続ける。呼び出し始める。
過去(むかし)、この都市に備えつけられていた機能を。ゼルエルの鉾にも匹敵する、いやそれ以上に巨大なエヴァ・・・おそらく零号機専用の・・・装備と言うには語弊がある・・・・それはあくまで機能・・・この都市中枢たる地下をずぽっと覆う特殊装甲の土地・・・・それは「盾」。
都市は人知の収束集積地点、万年雪のように降り積もり固まったそれは、人の心を守ってくれる。具体的に言うと、本能本音部分より、建前部分が強化刺激されて、ダマされにくくなる・・・・すれているといってもいいが・・・その分だけ、精神攻撃には強くなる・・・神様の使い、使徒の戦うのに何を恐れるべきか、この都市の設計者はよく弁えていた。
聖書の時代から都市を破壊するのは盗賊か神の使いと相場が決まっている。
いくらケンカが強かろうと、騙されては終わりだぞ、と。碇ユイによく忠告していた赤木レンタロウ。その都市工学の粋を集めて人間の思念の転覆を防ぐにはどうしたらよいか、さまざまな工夫をこらした。都市の全人口相手に作動する地磁気を利用したジャイロバランサーなどいかんせん、工夫をこらしすぎて常人には使えなくなってしまったし、その工夫はとにかく人を選んだ。ただ電気を流せば作動する、という代物ではなかった。レンタロウ氏本人はさすがに発動できたらしいが、その他の人間には無理だった。碇ユイ、赤木ナオコ博士でも。それを碇ゲンドウが咎めると「エヴァの09システムよりはマシだぞ」といって笑った。神通力のようなものが必要だったに違いない。発想の着眼点からしてそもそも・・・使えぬシステムに意味は・・・とさらにしつこく食い下がると「神の使いから人の心を守れる者は・・・盗賊だよ。碇」謎めいた言葉を残して趣味の漂泊に行ってしまった。元来、隠者の気性の人間に都市設計などやらすからこういうことになるのだが、他に適任者がいなかった。まともな顔でまともに作動する武装要塞都市など、碇ゲンドウの知る限りではあの男しかいなかった。天才というのは手に負えない、とつくづく思った。
魔術や風水、という古来よりの知性形態の言葉もまたあの男の足腰を追跡できない。
それはともかく、この精神攻撃に対する都市全域をまんま材料に使用した「盾」・・・・備えつけるだけで機能する結界と違って選ばれた人間にしか扱えない、構えることを許されない気難しい老賢者のような「盾」の機能は、ようやく目を覚ました。幻想を破壊し、悪夢を消し去り、誘惑誘導をぶっ潰す、まっすぐな、歪み振幅のない精神を持つ者、頂上の能力は必要がない、常識の中の常識派のための「盾」。いったんは、綾波レイの零号機の催眠能力に破れたが、まあ、それはそれ、本式に機能していなかったのだからしょうがないのじゃ。都合の悪いことは全部忘れるのじゃ。資格がある者が悟るまで、この都市の底に人の心を護る「盾」があることに気づくことが出来る者が現れるまで、ずっと眠っていたのじゃ。が、とうとう現れた。新世紀の道祖神、塞の神2015。
それが数多くの異常技術をもつ、もとは盾を歪みさえした支配者級の催眠能力者、とても一般人とはいえない少女がその資格を有するとは皮肉な話である。仙道を極め、それを突き抜けて陋巷に戻ってきた超越者の境地であろうか。これもひとつの還。
方向性としては、毎日毎朝、地蔵堂の前を掃き清めて供え物をする老婆の気持ち、のようなものであっているのだが、それに若々しさをミックスさせて電圧を高めたようなものが要りようらしい。無償に涸れた境地・・・・それでいて、草木石花に、心と命を感じる・・・・つまり、「弱さ」が。人は弱くないとものを感じない。強ければものを感じない。弱ければものを感じられる。弱いことも捨てたものではない。詩人がいなければ世界は砂漠になる、と言った人がいる。赤木レンタロウ氏は精神攻撃から人の心を護るのに、人の心を麻痺させたり硬化させたり停止させたりましてや単一同化変質、ましてや喪失させたりという方法をとらなかった。「支配者の玩具」という技術体系を用いるそちらの方が遙かに簡単で、機能的で実効的であった。人を選ばなくとも、ボタン一つで作動して精神攻撃から人心を安定させ得た。確実性を好む碇ゲンドウ、そしてゼーレ好みの方法である。盗賊うんぬん、の意味のひとつにはそれがあった。
その弱さは人の心の中で一番簡単に強化できる類の弱さであるから、あっさりと強さへと変化する。弱いよりは強い方がいいに決まっている。誰が決めたか知らないが。
弱さを保存するのは、愚かなことであり非効率で経済的でないので、捨てられないしは売り払われる。齢十四にもなれば、その売買はたいてい終了している。決まった売買ルートを通るので、まずは無自覚のままに。経済的にならないと、生きていけないから。
なにはともあれ、赤木レンタロウ氏は都市に住む大量の人口が群れれば群れるほどズンドコ馬鹿になってゆき、その心を消していく、ということは信じてなかった。そして、ひとつひとつ、護るに値するものだと考えていた。でなければ、精神攻撃に対する防御などそもそも、考えつきはしない。なにより。この都市で、妻や娘が働くのだから。
赤木レンタロウ氏は簡単に考えていた。これだけ人間がいれば、自分と同じ「気持ち」を持つ人間がいるだろう、と。都市に住みつつ、ひとつひとりに想いが至る、馳せることができる人間など、ぞろぞろと。いるだろう、と。人の心は、守るに値することを。
それがこの都市の根底に埋まっていることに気づくだろうと。だが、実際は、今の今までそんなことに気づいた人間はひとりもいない。いかんせん、赤木レンタロウ氏ほど都市に住む人間が好きではなかったのだろう。都市に住む人間でありながら。都市に愛なし・・・・とはいわないが、それほどまでに「細やかな目」をもつ人間はいなかった。
視覚が悪ければ視医者に行って気づいてもらえるが、視覚が良すぎた場合、逆にだれ一人気づいてもらえないこともある。だから、衛星眼の赤木レンタロウ氏はある意味、孤独だった。孤独な人間はものを感じることが多く、そして、広い。
綾波レイも、都市にひとりひとりの人間がいることをイヤというほど感じてきたクチである。その能力ゆえに。あまりにうるさいので、幽霊マンモス団地にひとり静かに暮らしていたのだが。はっきりいって、都市に住む人間は好きではなかった。どうせ会うことも言葉を交わすことも一生ない無縁の人々、コンクリ壁に染み込む蝉のようなものだった。
実験場に流れる、数字と水と光の音のほうがまだ心地よい。
だったが、このたびの帰郷で分かったことがある。
人の都はどこにいても騒がしいのだと。
沈黙するでもなく、一つの声だけが繰り返されるでもない。
怒ると病院中に響く声で怒鳴りあげた祖母。失敗した料理でもソースがかかっていればご機嫌でよくできたね、よくつくったね、という祖母。綾波党党首と祖母の立場に迷う呻きをたまにあげていた祖母。のんびりした声のツムリ。頭をトンカチで血に染めながら自分の意志をまげないツムリの声。しんこうべの街のことを教える要領えないツムリの説明。
綾波党の怪人たちの万歳三唱。母の業務を引き継いでやってみたときの患者の問いかけ。
自分もけっこう、それらが好きであったことを。
ここではまだ、いろいろと遠慮があるけれど。
とりあえず、全智全力をもって守る。
そのためには、あるものはなんでも使う。それが過去に設定された細やかな愛情の継承であることに、綾波レイは気づいていない。兵器たるエヴァ、零号機がある一線をその時、越えたことを。過去(むかし)、赤木ナオコ博士が旦那の理想にあきれつつ設定してあげたマギの中の裏都市防護システムが密かに起動して、零号機とリンクしたことを。
残念で悲しいことに、未だに腹を抱えて笑い転げている赤木リツコ博士にはその瞬間が確認できなかった。
 
 
適格者が。ゆらり、と巨大な一つ目円盤にも似た、「盾」が。動く。水影の精神世界にて。
 
 
「乾きを」
 
 
零号機が右掌をすうっとゾナハエル笑面の方へ向けた。
 
 
それだけで、断頭台に据えられて、即座に刑が執行されたように、無様な笑いが止んだ。
ぴたりと。今度は疲労ぎみの静寂が支配する。その直後、零鳳によるほんものの断頭刑が執行された。無理に笑う乾きが終わる。
 
 
 
第十三ラウンド「優性より愛をこめて」
 
 
乱戦の最中、予想される最もいやーな状況に陥ってしまったエヴァ初号機、碇シンジ。
なんとイヤーンなコトに、同時にエヴァ零号機・綾波レイとエヴァ弐号機・惣流アスカが使徒に羽交い締めに合ってしまった。このタイミングは悪魔が計ったように見事なまでに頭に来るほどにほぼ完全に「同時」であり、距離もほぼ「同じ距離」であった・・・。
 
 
どっちを先に助けにいくか??
究極の選択を迫られる碇シンジ
 
 
果たして・・・・というところで、ネルフ本部の細工によるものか、ここから先はデータが欠番化されていた。元々、葛城ミサトの手によるものか「見たら殺すわよ」「呪われ酋長大決定」「バイト禁止」などと書かれたテープが貼られていることもあり、頭の後ろに銃口の感触もしてきたので解明は諦めることとする。
 
 
 
第十六ラウンド「どんなときでもひとりじゃない」
 
 
治癒能力をもつ使徒二体を後方に、遠隔攻撃をもつ使徒を中間に、それらを前面で防御し重たい直接攻撃をしかける使徒。その完璧なフォーメーション、パーティプレイに翻弄させられるエヴァ三体。「くそっ!渚がいれば・・・・・」歯がみする惣流アスカ。どうしてもまだ精神的に距離のある零号機操縦者、綾波レイへの理由のない苛立ちに苛まれる。
いくら前面の頑丈なディフェンスを削ろうとしても後方の治癒使徒が癒してしまう。その隙に中間層の使徒の遠隔攻撃がこちらのどてっ腹に飛んで連携を分断してしまう。
遅い、遅い、遅すぎる!こちらの単純な連携パターンは連携上手な使徒には児戯にも等しいらしく先手を打たれて見破られる。ギリギリ・・・・三体の戦闘リーダーをする惣流アスカの苛立ちはそのうち無力感に転じていく。自覚と矜持だけが仲間に感情を叩きつけない薄い壁。物理的なダメージはそれをやすやすと叩き壊していく。心理戦においても、使徒のパーティプレイにボロ負けであった。言葉では、伝達速度が遅すぎる。
実際のところをいえば、惣流アスカが思うような伝達速度の問題ではなく、距離感の問題だった。綾波レイも碇シンジも、使徒のパーティプレイにつき合う気などなかった。わざわざそれに真正面から挑もうとする惣流アスカの突撃に困っていた。この考えの違いすら理解してないのに連携もへちまもない。3対6なのに正々堂々と渡り合う必要はない。
これは裏を返せば、惣流アスカの三人で強くて速くて上手い連携がとりたい!アタシたちならとれるはず!という願いでもあるのだが。二人が応えようとしないのだった。
どちらの判断が上、良か、などとこの乱戦ではいえない。惣流アスカの、前面の戦士のような防御使徒を切り崩して攻めよせば一気に六体が容易く、討ち取れる!!、先憂後楽よ!という考えも正しい。特に治癒修復能力をもつ使徒はすぐに倒しておかないと状況はどんどん不利になる。なんとしてもここで倒しておかなければ!というのは戦機を見るに正しい。これほど正しければ、二人ともやるしかないでしょ?と惣流アスカは考える。
だが、現実は現実である。使徒六体の方が連携上手で、人間などより遙かに心が繋がっている。
 
「弐号機っっ!!」綾波レイの警告が飛ぶ。前面の戦士役の使徒が防御から攻撃にふいにスイッチしてきたのだ。火の星の紋様が入った盾で弐号機をぶん殴る!カウンターのシールドアタック!!。
 
言葉は、遅い。惣流アスカは声を聞いたばかりに反応しきれずにモロにくらってダウンする。これが碇シンジであったなら、反射的に身体が動いただろう。素直に信用できるから。
身体は正直だ。心は正直だ。頭だけがうそついて誤魔化しにかかるから、遅くなる。
 
「アスカっっ!!」
言葉は遅く、名詞だけでは意味をなさない。どうしてほしいんだ?使徒たちは笑ったかもしれない。おまえたちはなんてのろまなんだ、と。だから階段の前でぐずぐずしているのか?と。人間は、遅い。たとえようもなく、のろまでゆっくりしている。どこへ伝わるともしれぬ、分断された”線”。使徒には人間がそのように見えているかもしれない。
 
 
倒れた弐号機のドタマに振り下ろされる使徒のダブルハーケン!!
 
 
それを防ごうとフォローに走る初号機の足にからまる飛び鞭。こける碇シンジ。
零号機にも当然、邪魔が入る。「はりせんぼん吹き矢」攻撃である。
ATフィールドを発生させれば、弾き返せるが足が止まる。零号機、綾波レイはそれを選択しなかった。
 
 
「なんで、アンタが・・・・・」
そういう損な気性なのである。綾波レイは。針でズタズタにされようが、茨姫を助ける王子のように前進して、弐号機を助け出す。その代償に背中にハーケンで切りつけられる。
 
「バカ・・・・・」
やはり、自分たちにはチームプレイは出来ない。バラバラだ。助けられて言えた義理じゃあないけれど、前面が防御から攻撃に転じた時こそ、切り込むチャンスで、自分など見捨ててここぞとばかりに中間、そして後方の治癒使徒まで倒すべきだったのだ。
あんなハーケンなんざ、腕を一本か、二本・・・・犠牲にすれば防げた。
それを・・・・せっかくのチャンスを無駄にして、切り傷まで負っている・・・・バカだ。
状況は、さらに悪くなるだろう・・・・・・この程度の判断も出来ないなんて・・・
自分ならば、助けずにそのまま切り込む。絶対に切り込む。見捨てて切り込む。
そんな奴を助けなくてもいいのに。だから、自分たちはチームプレイが出来ないのだ。
 
 
「・・・無事?」
信じられないことにそんなことまで尋ねて、自分はショックで気絶する零号機・ファーストチルドレン。全身に針を刺され背を切られた。その痛覚はどれほどのものか。
零号機を抱きしめる弐号機。ハリネズミのジレンマなんか知ったことか!
 
 
「あやなみさんっっ!!」
 
碇シンジが血相を変えた。そこからの怒号と咆吼と雄叫び。コイツも判断力を失っている。再び防御に切り替えた戦士使徒二体相手に拳だけで殴りつける。無茶苦茶な殴り方で、子供電話相談室パンチとしかいいようがない。力は圧倒的なだけに、無駄な力の使い方が惜しまれる。それに、どんなに打撃を与えても、かたっぱしから後方の治癒使徒に癒されていくのでは・・・・意味がない。こちらの体力の浪費だ。無尽蔵なパワーがあるらしい初号機でも・・・・「があああああああああああああああああああっっっっ!!!」
 
なんで、コイツ・・・こんなに怒ってるんだろう・・・・あげくのはてに興奮しすぎているのか、打撃は拳の形にさえなっていない。あれでは指爪を痛めるだけだろうに。
威勢だけはいいエヴァ初号機の南斗ガチョウ拳は、戦士使徒に片端から再生する盾のへこみ一つつくることはない。ズイズイと、重心をしっかり保持している戦士使徒の双盾に押されさえする。
 
「があがあがあがあがあがあがあがあっっっ!!」
「があがあがあがあがあがあがあががあっっ!!」
 
ガーガーうるさいだけで、まるきり有効打になっていない。牙をもたない愛玩動物の攻撃だ。しまいには膝のスナップもない「アヒルキック」をかます。むろん、効かない。
子供のケンカだ・・・不様だと、思った。
その隙に、後方へ回り込んで治癒使徒を倒す、という選択は使えない。戦士使徒はそれを当然警戒しているだろうから。そんな見え透いた手にかかるわけがない。
だが、惣流アスカのあくまで冷静さを失わない目は、そう訓練された目には、初号機の打撃・・・頭に血が昇ってほとんど力を有効に使えてない無駄で数だけはあるちゃちな打撃によって、盾が疲弊してこまかなヒビが走っているのにそれが治らないことを見抜いた。
しつこいまでに繰り返す打撃は有効なのかもしれない。それとも治癒使徒の力の使いすぎで疲れた、とか。あり得ることだ。そうとなれば・・・・・!
 
弐号機は零号機をとりあえずビルの中に押し込めると、初号機の隣で打撃を始めた。
シャープさがガチョウと鷹くらいに違う。確かに手応えがある盾が悲鳴をあげているのが。
いける!このまま正面突破してやる。力押しだ!ここまで接近すれば中間位置からの攻撃もできないらしい。存外、正攻法のこれが正解だったのかも・・・・。
 
 
ところが、やはり相手の方が駆け引き上手。盾の治癒速度を遅くしたのはわざとである。
六体で行動するだけに、彼らには機動力がない。治癒使徒など攻撃手段さえなく、単独ではなんの害もない。どころか、慈悲心があるすぎるのかどうか、頼まれれば誰でも敵でも治癒してしまうといういささか頭の悪げな特性がある。いってみりゃパープーなのである。とても手放せない。ATフィールドさえもっていないので、戦車でも倒せるだろう。治癒使徒のことはあまりいえない、他の四体もさほどに強力な使徒でもないし、突出して特殊な能力もない。それゆえに戦隊を組んだ。チームプレイはおまかせあれ、だ。
 
ここで今更ながら、メンバー紹介。
冗談抜きでエヴァが負けるかもしれないのだ。まさに、友情・努力・勝利の三拍子。
前衛・戦士使徒・アカレンエル 第二戦士使徒・アオレンエル
中衛・遠距離攻撃使徒・ミドレンエル 第二遠距離攻撃使徒・キレンエル
後衛・治癒使徒・モモレンエル 第二治癒使徒・シロレンエル
 
 
皆、ツーカーの仲であるのはいうまでもない。そして、盾の治癒速度を遅らせて接近戦に誘ったのは、一気にケリをつけるためである。アカレンエルとアオレンエルの腹部には大きな悪魔殺しの槍が内蔵されており、それで初号機と弐号機を突き殺す。怒りにまかせた瞬発力だけはある無駄な攻撃で疲弊して息があがったときがチャンスで、それを逃すようなヘマはしない。
 
「があがあがあがあがあがあがあがあがあっっ!」
「にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあっっ!」
 
このモモレンエルとシロレンエルに直結させている頑丈盾にいくら殴ってもそれはガチョウとネコがじゃれて遊んでいるようなもの。効くはずがない。誘いのために傷が発生したように見えても、だ。
 
 
ベダゴン
 
 
怪しい音とともに盾が、割れた。傷、という予告はあった。だが、それは仕掛けた予告で真実になる必要のない予告のはず。そんなバカな・・・・・相手の攻撃がモモレンたちの治癒能力を上回ったとでもいうのか!!しかし、驚いているヒマはなかった。
とうとう相手のガードを崩した!と大歓喜するエヴァ初号機と弐号機は、幕の内一歩のように、あるいは西村亜紀のように、ここぞとばかりにペースをあげてのラッシュをかけた。
その進行を止めようとするATフィールドもガラスのように砕かれる。受け止めようとしたハーケンすらもへし折られる。二人に酸素の祝福を。勢いは止まらない。順にやるべきことは分かっている。そう、戦士使徒は後回し。まずは、中衛、そして
なんてったって後衛治癒使徒だ。
アイドル治癒使徒のいる後衛ステージ乗り込みを企む暴徒とそれを止める警備員、といったところだが、中衛使徒を電光石火に叩きのめした惣流アスカは一瞬、動きを止める。
 
 
治癒使徒が、いない。
 
 
「どこいったの?!」惣流アスカの柳眉が逆立つ。危機を察知して逃げられたか?
だが、その事実は前衛のアカレンエルたちも驚かせる。そんな連絡は受けていない。
どこへ・・・・・浮き足立つアカレンエル、アオレンエル、ふたつのドタマを握りしめる紫の腕。かぱっ。顎部拘束具が外れる。そこから発する復讐の風地獄の怨嗟恨み節。
ずばっと。ジャンクする。仇はとったよ、綾波さん・・・(注・死んでません)
 
 
でも治癒使徒はどこへ・・・
いきなり消えた・・・神隠しならぬ、使徒隠し?
 
 
「ここよん。りゅん」
 
葛城ミサトの通信が入る。今まで黙ってたくせに。文句の一つもいいたくなる惣流アスカのあごがこれまたあんぐりと。地下の隔壁の間、リニアレールになんと零号機と一緒にいるではないか。なんだそりゃ。気のせいか、零号機の針傷が修復されていってるような。
どんなあくどい魔法を使ったのか・・・しかも「りゅん」はやめてほしい。某美少女系ゲーム・セングラ”センチメンソーレ、グラッと来たら火を消して”の略、じゃあるまいし。
 
 
「あー、黙っててごめんなさいね。でも教えたらたぶん動きでばれたわ。ま、敵を欺くにはまず味方からってね。できれば、あの治癒使徒は有効利用したかったんだけど、ドンピシャ。優しいっていうのかね、見境なくなんでも治してくれるみたい。でも、おつむの方はあんまし良くないみたいね。・・・・・あっさり落とし穴にはまってくれるんだもん」
 
聡い惣流アスカにはそれだけで全てが呑み込めた。ごっくん。
だもん、も、出来りゃあやめてほしいんだもん。
 
葛城ミサトは、倒す倒せない、のレベルで戦場を見ていない。あの治癒使徒の能力を見て思いついたのだろう。”うまくすりゃこっちも治してくんないかな、”と。常人の発想ではない。どうすればそこまでずうずうしくなれるのだろう?・・・・・・軍人の発想でもこれまたないのだ。野散須カンタローも呆れるやら感心するやら。
 
そして、使徒戦隊があの治癒使徒を中核に行動していることを見抜いた。不自然なほどにウスノロなその動きをじっと見守ってチャンスをうかがっていたのだろう。
治癒使徒が落とし穴、つまり射出口の上にくることを。あとは罠にはまった獲物を地下に落とし込むだけで事は完了。実際、葛城ミサトは碇ユイと相談しつつ、使徒の何体かをウシャの待つ地下墓地へ叩き落としている。下手な使徒を落とせば、それはそのまま本部直接攻撃を許すことになる。選ぶのは細心の注意を要したが、確実に敵の数を減らせるとあって、ミサイルなどよりよっぽど葛城ミサト好みであった。これぞ、人呼んで、「葛城ミサトの使徒隠し」。これがほんとの堕天使ね、などと笑うが使徒を近くに寄せることで本部の人間の重圧緊張たるや尋常なものではない。爆弾が近くを通り過ぎていくようなものだが、耐えねばなるまい。地上では子供がたった三人で戦っている。
 
「ふ〜・・・・ハゲそうだぜ」青葉シゲルがため息つくが。
 
この治癒使徒は、この休憩時間インターバルなどない乱戦の間じゅう、ネルフエヴァに自陣コーナー、医療セコンド、カットマン役として利用された。それも使徒に利用されぬように地下に隠したまま、というから人間の欲深さと悪知恵は。自分たちだけオンリー。
 
「いや〜、これでだいぶ助かりましたね〜えへへ」
高笑いする葛城ミサトに碇ゲンドウでさえちょっと引いた。
それを聞きながら、惣流アスカも「わたしはひとりじゃないんだ・・・」という想いを新たにしたかどうかは定かではない。その高笑いを聞くまでは確実に感じていたらしいが。
にしても、乱戦中につき、感動などしているヒマはない。ひとりでなかろうが。
そんな、分かり切ったことで。
 
 
 
第十七ラウンド「せめて、人形らしく」
 
 
おもちゃの巨大化・・・・王道である。その王道攻撃がエヴァ三体に襲いかかる!。
なぜかどこか嬉しそうな風情すらある綾波レイ。「あれは・・・80の44話・・・」
巨大化しようがなにしようが、しょせんはおもちゃである。数の差にもかかわらず怒濤の勢いに呑まれかける使徒側の時間稼ぎ・・・もしくは趣味かもしれないが、エヴァの敵ではない。パンチどころか、シッペ・デコピンでケリがつくであろう。
 
 
だが、しかし・・・・・・しかし、である!!。
 
 
彼らはまだ子供。夢、ドリームの気配を色濃く残す、十四才である。
使徒に操られているとはいえ、夢の象徴、おもちゃを壊すなど・・・・
変化球的な精神攻撃といえなくもない。なんという使徒の狡猾!しかし、夢が!夢は!!
ドリーム、ドリーマ、ドリーミ、ドリれば、ドリめば。ドリーム五段活用はどうなる?
 
ベリベリベリ・・・
 
 
「火星大王」と腹いっぱいに自己主張している堅太りのブリキ人形ロボットを引き裂いている惣流アスカ・弐号機。女の子の目にはロボットなどアンティーク価値すらなく、単なる「粗大ゴミ」にしか映らないのであろうか。その目は、夢を壊す悲哀どころか敵を倒す
闘志すらない・・・ほとんど「作業」だ。道行く自分の前を邪魔するゴミを片づける。
 
「火星でも木星でも金星でも冥王星でもどこでもいいんだってえの!」
という、お約束のツッコミすらない・・・・。淡々と、片づけ作業をこなしていく。
相手が悪かった火星大王。着陸場所を選べばよかった。もっと、夢の残ってる場所(フィールド・オブ・ドリームス)へ・・・・「はー、めんど・・・こきこき」こんなオバちゃんめいたため息つく少女など放っておいて。
 
 
 
であっであっ、しゅわっしゅわっ、であっであっ
 
 
一方・・・・零号機・綾波レイが戦っているのは「ウルトラマン」のソフトビニール人形であった。使徒の好みなのかたまたまか、これまたアンティークで、なんとウルトラ6兄弟勢揃いでチョップの牽制など零号機相手にかましていたりする。ちなみに、2015年の放映中の最新ウルトラマンは「ウルトラマン三世」で、ゾフィーの子供であり、もみ上げの部分がやけに長い。キングがいるからタロウが孫だろ!という意見は却下する。
文句のあるやつはメトリウム光線だ。スペシウム光線だ。びびびびびび!!!!
 
それはともかく、ウルトラ6兄弟とはいえ、ソフビ人形なので実力は大したことはない。
構えることは構えるが、光線もでないし。けれど、綾波レイはそれでもよかった・・・・
手こずりようのない相手ではあるが・・・・いや、綾波レイには手強いかもしれない。
 
「でも、三分なのね・・・・」
悲しいお約束である。これは時限の夢なのだと。知っている。6兄弟でも三分の命。
 
 
ツッコミどころ満載で逆につっこめない状況というものがある。今まさにこれがそう。
発令所の皆の口と手がムズムズしていたが、誰も口を開こうとしない。アクションなし。
 
 
 
そして・・・・・・エヴァ初号機碇シンジはというと・・・・
 
 
 
可愛いお人形さんたちと・・・
 
修羅場を演じていた
 
 
おそらくはリカちゃん人形であろう、目が星のような少女人形、日本の伝統市松人形、それからガラスの箱なんかにいれられて値段の張りそうな西洋ドール。それらが、エヴァ初号機にむらがりとりかこんで、皆に口のいいことをいい結婚の約束をとりつけて金を騙し取り裏切ろうとする詐欺師に対するような「女の情念攻撃」を仕掛けていた。角を掴んでギリギリしたり、真正面から目を見て自分の胸に埋めるようなグリグリ梅干しをねじくらわしたり、背後から肩口をがじがじ噛んだりしたり・・・男性ならはねのけるどころか身体が硬直するしかないおぞましい攻撃である。・・・・まあ、以上は文学的な修辞であり、はっきりいって、単なる「攻撃」なのだが。
かわすなり、よけるなり、相手を攻撃して破壊するすればいいし、するべきだった。
綾波レイに言えない分の鬱憤をここで晴らすべく、全員の集中砲火を浴びせられる。
 
「シンジ、なぜ、戦わない・・・・」代表格の碇ゲンドウ。
「できないよ・・・・・・・・・・」弱々しい碇シンジの声。
 
碇シンジとしても、いくら人形といっても女の子の形をしたものに手をあげるわけには・・・・・「バカ」としかいいようがないが、男の子として正しい・・・いかず、これが火星大王ならば地球防衛するべく嬉々として立ち向かい、これを撃破したのだが。
ちなみに、適材適所で、惣流アスカが人形係であっても、少女はためらいなく人形たちを地に這わせたことだろう。逆に女は女に遠慮がないのだ。徹底的にやっただろう。
「やれ。やらんとお前が・・・」・・・・死ぬ・・わけがないので碇ゲンドウも考えた。
「確かにな。初号機相手に殺しようがあるまい・・・」冬月副司令。
 
「でもね、シンジ君。」葛城ミサトが諭しにかかった。
「あのアスカの方を見て。あれを片づけたら、すぐにシンジ君の方へ来るわ。そうしたら、アスカのことだから、間髪入れずに人形たちを同じ目に・・・あわせるでしょうね」
 
「同じ目に・・・」弐号機の状況を映すモニターには、文字通り使徒を「畳んだ」惣流アスカのやり口が映っていた。「うわっ・・・・・・・」碇シンジにはその背中が”廃品回収の日にはなんでも捨ててしまうオバちゃん”に見えた。
 
 
「せめて、せめて人形らしく、送ってあげなさい・・・・男の子でしょう?」
葛城ミサトの声色はこれ以上ないほど美しく、三月か八月の精霊のように、やさしい。加持リョウジや日向マコト、男性職員がこれを聞いて、鳥肌がたった。女、というものを碇シンジよりは知っているからだ。
赤木リツコ博士などシラケ鳥の卵を暖めているような顔をしている。
「シンジ君ってほんとにやさしいですね」と、伊吹マヤが言うとニラまれた。
 
「そ、それでも・・・・・」
碇シンジがまだぐじぐじと躊躇しても葛城ミサトはまだやさしい。
「もしかしたら、”よいではないかゴッコ”くらいするかもよ・・・・」
トドメの掛詞をその笑みで・・・・。碇シンジも観念した。せめて、人形らしく。
 
 
 
第二十ラウンド「ひっさつの わざのいのちは みじかくて」
 
 
ねじねじツイストしたねじりん棒のような二体一心同体使徒・・・・単純な見かけによらず、実は使徒屈指の戦踊り手であった。剣舞ソードダンスでも拳舞ゲンコツダンスでもなんでもこなす。手部分に装備されていた剣鈴をあえて離し、戦舞踏で勝負しようという誘いに乗る惣流アスカ。もちろん相手役には碇シンジを指名。自信はあった。だが。
疾風ワルツ、そしてこの戦闘で初御目見得だった流星タンゴまで破られてしまう。
同じ技をあっさり真似られて一枚上手を行く・・・・・・弱点をつかれたならまだしも。
 
「高速ものまね師かもしれない・・・・」などとほざく碇シンジはともかく、惣流アスカのプライドはいたく傷つけられた。もちろん、弐号機の機体はそれ以上に。
 
「うぐぐ・・・・・・ちきしょう・・・・・」
「あなたは一度、下がった方がいいわ」
綾波レイの氷水の一言は、正しいのだが、油煮えたぎった火の少女を蒸気爆発させる。
油火災の折は水で消火してはいけないという好例である。
 
「冗談じゃわないわよ!シンジ!!もういっぺんいくわよ」
傷つけられたプライドは・・・・・百倍にして返してやる!!雪辱に燃える惣流アスカ。
 
 
「・・・・そうだねえ。もう一度、いこうか」
 
 
止めるのか、と思いきや、碇シンジはそれに、ゆっくりと無謀なその意思にのった。
彼女の、言いなりになっている?・・・・・なぜ・・・しんこうべのあの貫徹ぶりを見ているから。見ているのに。はっきりいって・・・・・あまり愉快にはなれない綾波レイ。
 
 
止めさせるべきではある。発令所の人間はそれを知っている。
ある者は葛城ミサトの顔をみたし、ある者は碇ゲンドウの、碇ユイの顔を見た。
相手の方が上手だ。別の方法でやり合うべきである。この場は降りるべきだ、と。
それは恥でもなんでもないし、技にこだわる必要がどこにある?
だが、惣流アスカを止める力をもつ者は言葉を発しない。そのまま見ている。
碇ユイ、碇ゲンドウの考えは常人には理解できないほど単純であったり複雑でややこしかったりするので、ここでは葛城ミサトの考えを。見計っていた。碇シンジの言葉の重さを。
 
 
「・・・・そうだねえ、もう一度、いこうか」
 
 
それが、単なる無責任な相方の尻馬に乗っただけの言葉なのか。
しかるべき判断と覚悟が決まった決断のすえの言葉であるのか。
この戦闘で、エヴァ初号機は正式に、いや、もはや誤魔化しようもなく第三新東京市の、ネルフ本部の所有するエヴァでの筆頭、主要兵器メインウエポンの位置を確定した。
同じエヴァの同士討ちを禁ずるプロテクトの解除コード・指揮駆逐権・・・いわば上位討ちの資格を手に入れた。搭乗する者が、碇シンジ、彼の少年でも。誤魔化しようも逃げようもなく。悪いが、惣流アスカ・弐号機はその名の通りの二番手になる。
初号機はその機がくれば、命令が降れば、弐号機零号機を破壊できる・・・・・
そういうことだ。
兵器にはそんな残酷な位階がある。エヴァ初号機こそが人の命旗をもつ・・・旗機。
作戦部長でありながら、今までその順位確定を避けていた。延ばしていた。
たかが二体であろうと、それが兵器である限りそれは必要なこと。
だけれど、今こうして、ようやく葛城ミサトがその認定を初号機に与えようとしていることさえ、他の者には奇異に聞こえることだろう。搭乗者があれであるからだ。
彼者を信用することができるのか。・・・・・そういうことだ。
葛城ミサトが少年の成長を願うのもそれが最も大きな理由のひとつ。
あまり正しい日本語ではないが。正直に語ればそうなる。心は。兵器操作者としての信用というのは、普通の生活で求められるものとは距離があろうから。
ともあれば、引き時くらいは弁えていないと話にならない。
そして、引き時を教えることも。
それから、引き時を弁える、ということは攻め時を見極める、ということでもある。
それらが可能か。碇シンジには。それが知りたい。彼にはもう逃げる場所はない。
母親がきて、逃げる場所を閉ざして封じてしまった。胎内回帰などとんでもない。
碇ユイ、碇ゲンドウがなぜここで何も言わないか、葛城ミサトには正確なところが分かる。
彼はもう、彼がたまに自覚なさげに語るように、サブなどではありえない。
最初から分かっていたこと。だけれど。これでもう、取り返しがつかないほどに。
決まってしまう。試験機であろうが、訓練を受けてなかろうが、彼こそが。
碇シンジと・・・・そして、綾波レイを見る。
兵隊は、武将を招くことはできない。王様だけがそれを可能にする。サードのレイ、いやさ、三顧の礼、というやつだ。おそらく、アスカにはそれはできない。魅力がないわけはないし、有能ではあるが、異や有能であるからこそ、そんな無茶ができない。無敵の将軍であることと、清濁併せのむ王様とはちがう。それを今回、成してきたシンジ君は・・・
 
いろいろと綾波レイに関する記憶が一部改変されているなりに、懸命に子供たちのことを考える葛城ミサトである。作戦に集中しているからこそ、コトの本質に考えが行き着く。
この一事は、たんなる「危ないから下がれ」というレベルの話ではない。
エヴァ初号機がエヴァ弐号機を衆目の前で、全ての面で追い越してしまった、という山が成長する瞬間を目撃するのにも似た劇的な瞬間であった。
子供の頃は女の子の方が成長が早いが、ある時期になると男の子の急速な伸びに負かされることがある。ほとんど数人しか理解していないが、これは惣流アスカが碇シンジに負けた・・・追い越されたということでも、ある。年寄りは年の功で理解するが、綾波レイにもそんなことは分かりはしない。ただ、分かるのはエヴァ初号機がエヴァ弐号機を護るということだ。
 
 
てぃんてぃらら、てぃんてぃらら・・・・・てぃんてぃらら、てぃんてぃらら
 
 
寒怒ロック
 
 
舞踏使徒はきちんとオリジナル技をもっていた。猿まねだけだと侮っていた惣流アスカはその舞踏のあまりの凄まじい完成度に肝が絶対零度にカチンコチンに凍るかと思った。
上には上がいるものだ。そんな当然なことを忘れる自分の浅ましさにLCLの中で震える。
特殊装甲に霜がおり、人工筋肉は凍傷になりかけ腐り始める体液も凍り始める・・・・
この寒さの中ではトロとイカで釘が打てるだろう。第二次天災により失われた極寒の白い地獄、南極。禁じられた音楽を聴いた罪で石ころのように転がされてその地の果てまで永久追放されたようなド寒さ。
ATフィールドもこの舞踏が呼び起こす冷気の前には破れ毛布ほどの効果もなかった。
自分たちの踊りなど、壊れた映写機に映るストップモーションのようなもの。
いや、教科書の隅にヒマつぶしに書くパラパラマンガのようなもんだ・・・・
実力差(技量点プラス芸術点・観客アピール度)とモノホンの冷気が雪崩れのようにこちらの踊りを呑み込むのを感じて弐号機電子頭脳と惣流アスカの戦闘頭はダメージ計測を予想。戦闘不可。これをまともに食らえば機体稼働ができなくなる、という。向こうの得意な土俵で戦ったのだから一方的にタコにされても無理はない。むざむざ罠にはまったようなものだ。しかも、真っ正面から疑いもなく勢いよくドボンと。バカだ。バカとしかいいようがない。疾風はすでに吹雪ブリザードにかき消され、流星の見える空はホワイトアウト白く閉ざされている。
零号機もフォローにいけない。自分の身を守るので精一杯。これが乱戦の厄介な点。
 
 
我知らず、握りしめる初号機の手に爪をたててしまう惣流アスカ。
己の愚かさを伝える弱さ。そんなものが、こいつに伝える最後のものなのか・・・・
学習していない。鳥のような奴の時はユイおかあさんが助けてくれた・・・でも。
「愚か者は愚かなままに死んでいけ」ギルの教育勅語の一節が浮かぶ。いや・・・
「愚かなままに死んでいく」・・・・だったかな、まあ、いいや・・・・どっちでも。
初号機の機体強度なら、なんとか一度は耐えられる・・・・逃げんのよ、シンジ。
弐号機の現在強度であれをくらえば・・・砕け散るしかない。エントリープラグまで。
やばいなあ、こいつら強かったんだわ・・・・どうも見かけがそれっぽくないから。
 
 
「河を越えて・・・・・木立の中へ・・・・・アスカ、ストライクいくよ」
碇シンジからの通信。いや、それは通信だったのかよくわからない。心に直接響いた、というには惣流アスカはあまりに科学的すぎた。あまりに短い一方的な碇シンジの言い分はすぐさま実行された。爪をたてた数倍の力で手を握りしめられると
 
 
惣流アスカ・弐号機は・・・・ブン投げられた!!
 
 
それも尋常な投げられ方ではない。腰を極限まで・・・あらゆるスポーツの教師にほめられるくらい落とした初号機に、それに無理矢理つきあわされるような格好で頭からずいずいと押し込められて・・・・最後にはでんぐり返し五秒前、のような体勢にさせられる。
それから微妙なカーブがかかるように手心を加えられて・・・・発射された、というのがその真相だった。早い話が、人間ボーリング。ゴロゴロゴロゴロ・・・・妖怪火焔太鼓のようにあらぬ方向にころがってゆく弐号機・惣流アスカ。そのおかげで寒怒ロックの影響からは逃れられた。エヴァ初号機一人が真っ正面からそれを受けるハメになったが。
紫の機体が一瞬にして霜色に染まる。いくらエヴァ初号機でも、甚大なダメージを受けたのは間違いない。そして何より中に乗っている碇シンジが。
 
 
「大丈夫・・・・・寒いけど、生きてる・・・・・死んでない。だから、勝ったんだ。
必殺技、やぶれたり・・・」
通信の声には歯の根があっていない。それでも、碇シンジは最も大事なことを言った。
そう、必殺、というからには・・・・必殺と言うからには・・・・・!
 
死なねばならんのである。くらわした相手は。かならず!!
 
それができない技は誇大広告というものである。JAROに電話しちゃろ。
 
「シンジ君・・・・」
葛城ミサトは感動していた。その、惣流アスカ系の論法を碇シンジが用いたことに。
くらった相手には死んでもらわねばならないのである。その技を見た者は死あるのみ。
食らった相手が死にさえすれば、その技は「破られようと」必殺技たりえるのである。
それに異を唱える者は、いま現在使徒が惣流アスカ弐号機にやられとるように特級のコブラツイストくらわされて背骨をへし折られるのである。
 
微妙なカーブを描きつつ舞踏使徒の弱点である「股ぐら」に入り込んだ弐号機は碇シンジの心配するより速く、樹にまきつく大蛇のように締め上げた。踊りは華麗だが、その分軽く重量と膂力は大したことはない近接の武装もない・・・・ふっふっふ・・・・こうなれば踊る使徒などヒヨコちゃんかネズミちゃんかチップアンドデールのようなものである。弐号機のボンバー闘魂炸裂。
 
 
「アスカちゃん・・・」
碇ユイがそれ見て感動していた。葛城ミサトような理屈は抜きであろう。
使徒の「股ぐら」に侵入したのも、まあ、それがその使徒の弱点なのだから仕方がない。
しかし、それが勝手に投げられた惣流アスカのお気に召さなかったようで、いたく御機嫌が悪くなった。だから、その分なんとか格好いい名前をつける必要があったのだが、いくつか候補があがり、その中で霧島教授の「火の騎士の午後」というのに決定した。
略して「午後騎士」。どこかの紅茶のようだが、そこがエクセレントなわけである。
早い話が時間差攻撃、ということだが、ものは言いようだし、イメージも大事なのだ。
他には「火焔陣グルグル」とか「大リーグボール28号」とかいうものもあった。
 
 
とにかく、エヴァは使徒に勝った。そのあと、氷づけの初号機はいい感じで火を吹く使徒を見つけてそれと交戦、ぱりっと体調を復帰させた。マンガのような話だが、実話である。
そして、確かに、あの一瞬、王は騎士の誇りを護り、首を従えたのだ。
 
 
第二十一ラウンド「赤葡萄酒ワインレッドで曇らせて」
 
 
巨大な、雲をつく神殿のような使徒。見ただけで足を踏み込まずにはいられないその美の結晶の造形に吸い込まれるエヴァ弐号機と零号機。破壊力の塊である緑城神使徒とガチンコあっていた初号機は気づかない。その間に、弐号機の惣流アスカと零号機の綾波レイは自分たちの前世を見せられる。その偉大な力と格は前世から克服し難い決定的弱点、業(カルマ)をスキャンして今後の戦闘の役に立てようと云うせこい腹は見えない。もちろん、前世ではパイロット同士が不倶戴天の敵同士という可能性もあり、その痛ましい記憶を引き出して有効活用しようなどと卑劣極まる発想も感じられない。
じゃあ、なんで前世など見せたのか?というと実際に見せられた惣流アスカと綾波レイの二人に聞いて見るしかない。特になんのダメージもなく神殿使徒から出てきた二人。発令所からの問いかけにもしばらくぼーっとしていた。惣流アスカは喉元をさすりながら。
綾波レイは胸の中央に指先をやりながら。「・・・・気持ち悪い・・・・」「・・・わたしはあなたのにんぎょうじゃないもの・・・」
結局、その特異な能力をもつ神殿使徒は碇シンジの初号機と緑城神使徒との交戦に巻き込まれて砕かれた。苦戦する初号機に気づいてようやくあたふたと助太刀にかかる二機。
けれど、自分たちがみた前世については誰にも語らなかったという。
その前世が真実、という保証はどこにもないのに。
 
 
第二十三ラウンド「百四十四匹ミニエヴァ大行進!」
 
 
144分の一スケールの小さなエヴァ、つまりはミニエヴァが本物を分割したように144体現れた。当然の事ながら使徒が化けたものである。エヴァがどこかで子を産んで、その子らが危機を聞きつけてやってきてくれたわけではない。はっきりいって弱い。
あまりに弱く実用的ではないので、新手の精神攻撃、つまりは嫌がらせではないかと。
実際、ミニ弐号機を碇シンジの初号機が踏んづけて惣流アスカを激怒させた。
かといって、まさか食べてしまうわけにもいかない。自分のミニエヴァは自分で始末すると云うことで。あちこちで、ぷちぷちっと。中にはプログラムがおかしいのか、徒党を組んで、ミニエヴァ同士で優勢を争うのもいた。勝手にさらせ、と思いつつ皆、続きが気になった。「ヤッターマンのメカ戦を思い出すなあ」とは日向マコトの言。
ミニエヴァでどれが天下をとったかは・・・・・云わぬが仏であろう。
なぜか赤木博士が自分の研究室に戻って何かを取ってこようとしたが、葛城ミサトがタックルかまして止めさせた。「これ以上話をややこしくせぬように」
 
 
 
第二十四ラウンド「約束の大地に、降る」
 
その使徒は木造だった。巨大な木の船だった。ただし、赤いコアがあるから確かに使徒だった。零号機のライフル射撃で撃ち抜かれた部分から、何かがこぼれ落ち、降ってきた。
顔面から多数の羽根の生えた・・・人間だった。ただ、生命反応はない。粘土細工のように肉体をつくって肝心なものを入れ忘れた・・・・そんな感じだった。亀の甲羅から牛の首がはえたもの、花束のような猫、内臓の入ったプラスチックケース、暖かい血液の詰まったブリキ人形・・・
それら、間違ったものが降ってくる。
反射的に、それを受け止めようとするエヴァ三体。だが、それを葛城ミサトは激しい言葉で止めさせた。「生命反応は、ないわ・・・・・あの船の中には誰もいない・・・」
乱戦の中、余計なことに気を取られていると死ぬ。
たとえ、あの中にどんな物語が内封されていたとしても・・・
 
 
 
第二十七ラウンド「魔界転生・復讐鬼サキエル、執念の一撃」
 
 
サキエル。エヴァ初号機初陣の相手である。それが初号機とふたたび。
 
乱戦の中、一対一。
 
どれだけ碇シンジが成長したか、それを見るに絶好の機会であろう。
だが、碇シンジのほうに昔を思うそんな気は毛頭ないらしく、分厚いATフィールドを張り巡らせての一方的な攻撃を行う。サキエルの光パイルも何度打ち込もうがあっさりと弾き返される。
 
「しつこいよ」
トドメもささぬうちから初号機、碇シンジの意識が二機の助太刀方面に移行した。
もはや敵ではない・・・・・注意を与え、戒めるべき発令所の者でさえ油断した。
間の悪いことに、執念というものを知る古猛者野散須カンタローや碇ユイが苦戦する弐号機零号機のバックアップ指示を行っていた時のことだ。葛城ミサトもまだ、若い。
 
 
グルン
 
 
サキエルの赤いコアが反転すると、黒い球面が現れた。黒赤、二色のコア。
その意味を知る者は人間の中にはいない。いやさ、伝説や伝承の中にだけ、おぼろげなお話として知る者は多くいたかもしれないが。使徒、天の使いが他の存在に変わることがあることを。太古の物語は教えてくれる。楽園追放章の付録のように。
 
 
「サキエルのばか・・・・・」どこかでレリエルが別れの涙を一筋、流した。
そして、別れの歌を。Duvet。
 
 
コアが黒くなった途端にサキエルのパイルは初号機のフィールドを突き破った。
危ういところでそれを握りしめて止めなければどてっ腹を突き破られていただろう。
パイルは指をこそげ落とすような勢いで戻ると、再び発射。あわててフィールドを腹部に収束させる碇シンジ。だが、それすらもパイルを防ぎきらずに腹部に重たい衝撃が届いた。
いわば油断してるところのボディブロウである。効かないはずはない。呻く碇シンジ。
しかも、容赦なく狙った場所は鳩尾である。急所である。シンクロしている身には効く。
間髪いれずにパイル連打。連打。連打。正確だが、工事機械の冷徹さはない。怨念がこもっていた。悪鬼には悪鬼になることでしか対抗できないというならば。サキエルは使徒生を捨て、堕天鬼になったのかもしれない。モニター越しに見ているだけで闘志と憎悪が伝わってくる。「なんなのこいつ・・・・ブースター?・・・・」
 
赤コアと黒コアでなぜこれほど・・・単純に考えればそういうことになる。貯め込んだ力を一気に放出しているだけかもしれない。だとすれば、ここはひとまず退くことだ。
けれど、初号機はすっかりその場で停止してしまっている。
 
「シンジ君、足!足つかって!!フットワーク、フットワーク、まわってまわって!!」
まさしくボクシングのセコンドのような指示を出す葛城ミサト。タオルは投げない。
黒だろうが赤だろうとコアを破壊すればいいのだが、まずは逃げることだ。
「逃げる」と「足を使う」はまあ、だいたい同じだが、それにさらに「フットワーク」などというと、いかにも逃げてないような感じでよろしい。内容は同じだが。
 
 
だが、ぷしゅー・・・・・サキエルは黒コアの元気はもう使い果たしたのか、ヘロヘロとその場に崩れ落ちた。一時の圧倒的有利を誇りつつこれは・・・・引退間際のロートルとデビューしたての新人の試合を思わせた。「なんだ?・・・・成仏した?」のぞきこもうとした碇シンジ、初号機の顔面めがけてガバッと起きたサキエルのパイルが飛ぶ!!
 
 
ひょい。
 
 
いかにもたこにもな一撃であったので、それはやすやすかわせる。だが、いくらなんでもそのパイルが途中で曲がり、鈎爪のようなカーブを描き後頭部延髄、つまりはエントリープラグを狙ったのには気づかなかった。
 
 
グサ
 
 
サキエル最後の闇撃は見事に決まった。エントリープラグにめり込みその機能を一部破壊、、碇シンジとエヴァ初号機とのシンクロを断絶させた。そして、発令所でのモニターが不能になった。連絡すらも途絶えた。生体モニターも同様で、あの一撃でたとえ、碇シンジが潰されて死んでいたとしても、分かりはしない・・・。
 
 
 
第二十八ラウンド「そして一人、そして二人」
 
 
初号機が倒された。潰されたエントリープラグから碇シンジの声はなく、指先一つ動くことはない。衝撃が第三新東京市を駆け抜ける。大将首、旗機たるエヴァ初号機の機動停止。
その抜けた戦力差は零号機、弐号機の肩にのり、それを押し潰す。奇跡を連続展開させて保っていた均衡が今、破れた。物理的、何より精神的に初号機と碇シンジの受け持っていた領域は広大であり、雷檻の守護者が消失すれば一気に燎原の火のごとく侵される。
綾波レイの問い、惣流アスカの檄声にも、碇シンジは無言。その姿さえ見えない。
葛城ミサト、赤木リツコ、碇ゲンドウ、そして、碇ユイの声にも。返答はない。
その事実を知れば、声の限りを叫んだだろう友人たちの声があったとしても、碇シンジの声はなかっただろう。初号機は動かず、パイロットは何も語らない。
同時に、力を今度こそ使い果たしたサキエルも大の字になって倒れた。相討ち。
使徒たちはそれを弔うべく、または初号機に徹底的なトドメをさすべく、ぞろぞろと二体が倒れた地点へ移動を始める・・・・・そうはさせじ、と駆けるエヴァ二体。だが。
 
 
ヒョウタンに似た伝説の島にプロペラをつけたような使徒に両腕を切断されて、ズタズタに刻まれる弐号機。葛城ミサトの判断で、戦線離脱、即時回収。腹部から内臓がはみ出している。もう戦闘は不可能。これ以上使えば二度と使えなくなる、ヘイフリックの限界。
弐度目があれば、の話であるが。惣流アスカの方も限界を越えた。切断の衝撃で気絶した。
どっちにせよ、万全の状態で惣流アスカがあと十年の鍛錬と実戦経験を積んでも倒せないレベルの相手であったということは・・・救いにもなるまいか。
 
弱いのを倒せば倒すだけ、後に残るは強者のみ。本陣に近づけば近づくほど、敵は手強くなる。本陣、それは黄金の摩天楼。”その使徒”の存在によって兵装ビルがあっというまに使徒の本陣に変えられた。姿は見えないが、そこに使徒の指揮官クラスがいる・・・・発生しているケタ違いのATフィールドの量でそれが分かる。結界どころか、ほとんど天国への入り口だ。敬いたくなる煌びやかで優しい光と、母親に抱かれるような安心する芳しい匂いがしているとかで、その周辺の避難住民がそこへ巡礼者よろしく無意識に進もうとするのをネルフの警備が懸命に押しとどめている・・・あれは敵の本陣なのに。
 
 
朝霧のサバンナ色のマントを羽織った六本長靴足の二つ首の両虎使徒に肩口を食い破られる、綾波レイの零号機。
あまりに柔軟で素早すぎる純粋野生の動きに、人の心を読める能力が多少あろうがなんの意味もなく未熟な狩人のように翻弄される。必殺の抜刀術もマントにからめ取られてしまい、刀をへし折られる。足の腱を剣牙で切られ、倒された後に左足を食いちぎられる。
エントリープラグ射出を指示する発令所に、プラグ側のロックで逆らう綾波レイ。
 
 
「わたしのかわりは・・・・いないもの」
静かなる激情が両虎使徒を一瞬だけ、怯ませる。その隙に放つプログナイフの一撃が虎使徒の首、片方を落とす。が、それは手負いにして相手を凶暴にさせるだけだった。
右腕を噛み砕かれ、抵抗の意思を失ったところで、弱点たる魂の座、エントリープラグ、零号機延髄部を噛み裂くべく、虎使徒の首が伸びる・・・・・
 
 
だが、その時、第三新東京市全域をエヴァ初号機を発生源とする深い霧が包んだ。
 
突然の大停電のように。天空にいます神の目すらもごまかす深い、深い霧が・・・・・・
 
 
 
第二十九ラウンド「霧の悪魔、赤腕影法師」
 
 
影が伸びた。腕の影。それが虎使徒の頭を掴むと、なんの宣告もなく無慈悲に握りつぶす。
綾波レイの目に映る、霧からの赤い影法師。エヴァ弐号機・・・ではありえない。
全ての電子機器がジャミングをかけられている。せいぜい、都市が深い霧に包まれていることくらいしか分からない。使徒の第2撃がくれば察知もかわすこともできない。
だが、綾波レイは承知していた。もう自分の役目は終了したことを。動くことはない。
何か、「えたいのしれぬもの」がその代わりに動いている。動いては、いけないのだ。
わずかでも、この霧の中で動けば、あの影法師は自分を襲ってくる・・・・・
本能的に、そして綾波の血が教える、人間が対抗できない「怪物」の対処方法を。
あの・・「二またの腕」・・・・・この霧の中では、あれの絶対支配領域だ。
見る、だけではない、聞くことも、感じることさえも、あれに支配されている。
 
「怖い・・・・・」
恐ろしい、と思う。両虎使徒にも恐れなかった綾波レイに震えが来る。
戦闘ではない、あえていうなら・・・・補食・・・天敵が獲物を捕らえる問答無用の時。
窮鼠猫を噛むなどちゃんちゃらおかしい、へそで茶をわかすような。圧倒的な、何か。
それが、とんでもない勢いで猛威をふるっている。使徒には恐怖がなく、ゆえに動いて「あれ」になすすべもなくやられるからだ。・・・・だから、自分の役目は終わるのだ。
どちらにせよ、この機体状況では動けないけれど。零号機を包む圧倒的な不安、心細さ。
綾波レイに深度の心術の嗜みがなければ、発狂していたことだろう。
結局、霧が消えるまで発令所からの連絡も途絶えていた。発令所の方も状況を把握できてはいかなかったが。
 
だけれど、彼女の顔に浮かんでいるのは・・・・、本人も、そしてこの状況であるから周囲の者も、気づくことはなかったけれど・・・・・震えているのに、極上の微笑みだった。
 
もしかしたら、発狂一歩手前だったのかもしれないが、心の底から沸き上がるものがある。
 
これをやったのは・・・、自分を救ったのは誰か。それを為しえるのは誰か・・・・・
 
倒れたまんまで昆虫の視点っぽいが、綾波レイは綾波の伝統技術のひとつ「海霧で陸を見抜く法」を発動させる。海船上生活の歴史の長い綾波の鍛え抜かれたその技でも霧はあまり真実を伝えてくれなかったが、ほのかに、ぼんやり、そして肝心なことは見せてくれた。
霧の中を走り、混乱する使徒たちをブン殴っていく初号機の影法師を。
影の歪みのせいなのか、知っている初号機のフォルムと異なっているように見える。
特に、角のあたりが・・・小鬼が大鬼に成長したかのように変形伸びているふうにも・・・・元服した若武者が先祖伝来の兜を被り変えた・・・とでもいえばいいのか・・・。
 
 
「生きている・・・・」
碇シンジが。霧の中で使徒を倒した。自分が、今日まで彼に恐怖を感じていたのは正解だ。
そうでなければ、すぐに喜び動いてあの赤い腕に突き抜かれて死んでいただろう。
それにしても、その戦いぶりは・・・・狂っているとしか。もしくは、やはり霧の中で視覚が効かないのか、一撃で霧散させた敵のいる場所へ何度も腕を突き入れたりしている。
どちらにせよ、うすぼんやりとしか分からないので、それが間違っているのかもしれない。
彼が戦い続ける。
 
それは深い安堵となって、綾波レイの戦闘者たる資格を一時剥奪する。
人類の命の旗は霧の中でもはためく。雷紋の旗機が復活した以上、まだ負けではない。
ここは一端引かせてもらい、機体の修理を・・・・そして、最終ラウンドまで戦い抜く。
終わりの鐘が鳴るまで・・・・・。覚悟も意思もあったが、いかんせん肉体がついてこない。基本的に綾波レイは身体が弱いのだ。ここまで戦って使徒レリエルのなんらの介入がない、ということは、しんこうべでの「あのこと」は無駄ではなかった・・・・。
自分は使徒に操られる人形じゃない。最後の最後まで戦い抜ける。そう思った。
そう思いながら、今まで脊髄一歩手前の謁見の間で待たせていた、左足と肩口からくる激甚の痛みたちに対面した。アッという間に意識の玉座はそれらに乗っ取られた。
意思も気も意識も暗くなった。霧の中へ溶け込んでしまったかのように。
綾波レイの魂は、白い手に誘われ、レリエルの待つ聖なる場所へ。
 
 
 
セミファイナル「ゴルゴダの丘で話されること」
 
 
「おかえり、レイちゃん」なぜかまむしのマークの入った安全ヘルメットをかぶったレリエルが迎える。
 
「シンジ君がうまくやってくれたみたいだね・・・・・・ん?どしたのその顔」
 
「ああ?レイちゃんの人形疑惑?これは違うよ。レイちゃんの魂がわたしの誘いに応じてくれただけだから。もし文句があるなら自分に言ってよ。肉体的に操作されたわけじゃないの。もうそれは解除されてるし、わたしもレイちゃんのフォローはいつまでも出来ないよ」
 
「で、ここに呼んだのはお願いしたいことがあるの。もちろん、今の状況がらみ。
つまり、そろそろ止めに、お開きにしたいの、で、まあ・・・あそこで恐竜みたいに暴走してる王様・・・シンジ君に槍を・・・いや、鉾をおさめてもらいたいな、と」
 
 
「身勝手・・・・」
いつものように一方的にしゃべるレリエルに怒りを覚えて、鍵言葉を聞き漏らす綾波レイ。
和平交渉と言うにはあまりにも一方的すぎる。使徒に人の常識を求めるのがいけないのか。
 
初号機に殲滅させられればいい・・・・・綾波レイの返答はそれしかない。
 
赤く燃える瞳にもレリエルの笑みは止まない。鏡のように同じ顔であるのが苦痛でさえ。
 
 
「このままだと、わたしたち皆殺しにされちゃうし」
「そのために、来たんじゃないの・・・あなたたちは」
 
皮肉ではなく、事実を冷徹に告げるのみ。けれど、心はそれとほど遠く沸騰している。
交渉に必要な冷静さなど欠片も残っていない。苦痛も疲労もあるけれど、何より。
「なんというか、この場合の”わたしたち”、っていうのは、うぃー・あー・ざ・わーるど、のことなんですけど。アレ、止まらないよ。全てを貫き終えるまで。いかんせん、もはや現代には代理で貫かれてくれる奇特な”あのひと”はいないからねえ。
シンジ君、初号機が戻ってきた以上、すぐに撤退するつもりだったんだけどね。逃がしてもらえなかったし・・・まさかサードチルドレンの覚醒がここまで早いとは予想外だったし・・・どちらにせよ、今のうちに”シンジ君”の目を覚ましておかないと、この都市全域がとんでもないことになるよ。無敵の力を持つ”大王”が現代風の民主主義国家に納得するわけもないし・・・そもそもその概念すら理解できるかどうか・・・」
 
 
「・・・・・・」
理解できないのはこっちである。綾波レイはぜんぜんレリエルの話についていけない。
 
 
「レイちゃん、今のシンジ君のこと、好き?」
それに気づいているのかいないのか、ふと置き去りにされた妹を振り返るようにレリエルが問うた。時間軸についてのただし書きのついている不思議な問い。
この先、長いこと関わっていくことになりそうな、予感はある。ゆるく、簡単ではあるが、結び目があるのを感じる。どうせ、レリエルにはほぼ正確なところが分かっている。
 
 
「サードチルドレン、つまりは渚式適格者分類法における第三類・・・・・それは
エヴァに搭乗することで助長される、人格の分裂数・・・・つまりは多重人格。
この場合は三重人格になるのかな・・・・ギルガメッシュ機関ではそれを逆手にとってあらかじめ多重人格の子供に訓練を施しているようだけどね・・・それも重度にして深度なほどシンクロ率の発現はいいそうだけど・・・惣流・アスカ・ラングレー・・・彼女なんかはその代表的な好例ね。火のように激しい好戦的で高飛車で破壊的な人格が今も塔の中で首を括りつつあの子を待っている。訓練中の事故として処理されてるけど殺人未遂もいくつか起こしてるとか。A・V・Th・・・・名前は聞いたことない?階段から突き落とされて首の骨を折ったそうよ。
 
 
ああ、その話はいいんだった。シンジ君の話だわ。彼にも三つの人格がある・・・・・
渚式分類法に従えばね。そういうことになっている・・・・カヲル君、自分の子供をフィフス認定したくらいだから、おそらく間違ってないんでしょう・・・それで」
 
 
「やめて」
綾波レイは耳を塞ぎ、レリエルの語りを止めさせた。真実はいつも苛烈。そして唐突。
 
 
「残念ながら時間がないの。魂に直接語りかけてるから耳を塞いでも無駄よ。レイちゃん。
ちゃんと、聞いて。あなたにはその義務がある。耐えられそうにないなら、嘘だと思って聞けばいい。どうせ使徒のいうことだもの。策略かもしれないわよ?・・・続けるわ・・・
 
 
第三の人格、ひとつはいいわね。そして、今後、確実に現出してくる最後の人格、
それは「王」の人格。人類の決戦兵器、エヴァ初号機を駆るに最も相応しい人格。
外敵を排除し、人を支配する無敵にして弱点を知らぬ王国に君臨する存在。
鎧を拵えれば、人を守る魂が宿る・・・・レイちゃん、確かに正しいわ。
でもね、その中には闇がある。意思のない、自然の、力を還元し、貯めておけない、つまりは・・・・耐えること我慢することをしらない、我が儘な闇よ。好き放題に暴れ回るわ。
なんせ、王様だから。政治家じゃないの。やりたいことをやりまくるわ。
つくづく、エヴァってのはまともな兵器じゃないわ。調べれば調べるほどね。
 
 
ああ、思い出したように心配しなくてもいいわよ。わたしの任務もそろそろ終わるの。
そうなれば、残念だけどレイちゃんとは縁切りになるし。頑張って好きに自由に生きて。
罪悪感に囚われることはないわ。べつに、誰でも良かったんだから。レイちゃんなら本部を動いても不審に思われないし、余計な血を流さなくて済んで良かったくらい。機密情報なんて人間がいくら頑張って隠しても、わたしの目にはお見通しなのよ。メリットとしてはテレビやお菓子がたくさん食べられた事かなあ。
まあ、最初、レイちゃんこそがファーストチルドレンだと思ったのが縁の始まりかな。
縁は異なもの味なものってね。それだけは誤算だった」
 
 
自分たちのことをなんの数字で呼ぼうと勝手だが、それでは矛盾している。
おのおの、勝手な方式で呼んでいるせいだろうか。数が、間違っている?
 
 
「そこらへんは人間もバカじゃないわね。自分たちの子供が奪われないように算段をつけてあるの。特に、碇シンジ君、彼の場合はややこしいわ。特別だから。見てみる?」
レリエルは携帯テレビをどこかから取り出すと、綾波レイに見せた。
そこには、生体部品が活性化しているのか、太い血管がドクドクと脈打って見るからに動物の体内のような内装に変わり果てている初号機のエントリープラグが映っている。
LCLは固化したように揺らぎを失い、ゼリーのように流動し得体の知れぬ大量の花と葉を咲かせて碇シンジの身体を包んでいる。どこか、棺桶のようでもある。カメラが位置を変えるとプラグ全体が白い樹根で包まれている。「これは・・・・」
 
「それは、まあ、エアバッグが作動したみたいなものよ。初号機にしかないけどね。
緊急安全装置・・・というか、覚醒した機体のレベルに合わせて操縦席の方も強化しようとしている・・遙かに長い時間戦えるようにね。どうせ身体を動かして操縦するわけじゃないし、シンクロ率を深めるには仮死状態近くまで生体反射を落とし込んだ方がいい。あの状態なら一年間はプラグの外へ出ることなく戦闘続行可能・・・そんなところかな。
見せたいのはそれじゃないの。もっとズームして」
 
その画面を視覚でみているわけではないから、意識を近づける必要があるのだろう。
綾波レイはレリエルが指示する一点を凝視する、イメージした。
碇シンジの目。瞳孔網膜パターン。その一点に緑色に薄く発光する文字が、識別ナンバーが刻まれている。
 
 
fanatic first 07:00lm
 
 
その横に七つ目玉を潰された紋章が。
「廃棄ナンバーよ。シンジ君はある意味、捨て子なの。目玉をえぐり出さないと天国の門は開かないようになっている。”だから”、下位組織のネルフにいる。レイちゃん、あなたたちにつけられた数字の意味をよく考えた方がいいわ。
この都市に戻ってきた以上はね」
 
 
「できれば、この都市は初号機が戻ってくる前に無傷で手にいれたかったけど、そうもいきそうにないし。
今回は諦めるわ。わたしはわたしの思惑を達成できたし。これで、わたしの仲間が爆弾踏まなければ言うことなかったんだけど・・・まあ、一番槍の者には一番槍の誇りがあるんでしょうから・・・・・・・・・サキエルのばか・・・」
ぽそっと、綾波レイに届かない呟きを最後にもらすレリエル。
 
 
「わたしはレイちゃんもシンジ君もけっこう気にいってるの。美味しい食べ物をたくさん売ってるこの都市もね。住めば宮尾ススム・・・はいっ!・・・じゃなくて、住めば都ハルミってほんとうだね」
重いのも軽いのもまるで関係ないレリエルの無重力口撃に圧倒されっぱなしの綾波レイ。
ムーンサルトプレスで押し潰されてるようなもので、あっさりとカウントスリー。
前世紀のギャグも脱力に拍車をかける。つくづくレリエルという使徒が分からない。
おそらく、こんな話をしている間に、仲間の使徒は霧を駆ける初号機に惨殺されているに違いないのに。それに、レリエルも襲撃対象に入っているんだろうに。なぜ平然と?
 
「そろそろわたしたちにもお迎えがくるから・・・・寂しくなるけど、こうやって話をするのも最後になるかな。もう、レイちゃんにはわたしたちの言葉は聞こえなくなるから」
 
 
「レリ、話は終わったか」
 
 
その誇り高く芳しい声に、レリエルも綾波レイもびっくりした。この聖なる場所・・・・おそらくはレリエルの内的宇宙に、入る余地のない聞くはずのない他者の声に。
不作法なのだが、それを感じさせない高貴さがある。本当の本物に偉い位階にある存在だけがもつ無礼免罪符。声の主はそれを所有しとるらしい。声のする方を見ると、
 
屋台をひっぱっている鳥のように美形なガマ口ヘルメットの人物が。
その屋台には緑の全身タイツの怪人がうつぶせに乗せられている。
 
「ウ・・・様」なぜか、レリエルの呼ぶ名前がほとんど聞き取れない綾波レイ。
まるで耳がその名を聞き取るのを恐れたように。実際、桁違いの神格を感じる。
けれど、どこかで・・・・・
 
「はい、いえ、あの、その・・・・・」
 
「どうしたレリ、お前らしくもない。舌滑が悪いではないか」
 
「あの・・・・・屋台はともかく・・・・サキエルもお連れ下さるのですか?」
 
「当然だろう。なにゆえにそのようなことでうろたえているのだ?」
 
「いえ、でもあのしかし、サキエルは・・・・・議定心臓の・・・堕天改竄・・・」
さきほどの饒舌ぶりが嘘のように小娘のように口ごもるレリエル。
「ウ・・・様ほどの方がそのような恐れ多い・・・・」
 
「実務に疎い分、それだけのことはせねばなるまいよ。作戦はまだ終わっておらぬ。
総責任者としてな・・・そうであろう、レリ?」
見透かされていた。赤くなるレリエル。
 
「ふふ・・・・では、行くぞ」
ウ・・・様なるレリエルが及びもつかないほど偉いらしいその人物(?)は掌から天に向けて虹を放つと屋台を引っ張って虚空に消えた。
 
 
「あっ!はっ、はい!!じゃ、じゃあレイちゃん、あとはよろしくね!」
慌ててそれを負うレリエル。そこらに泡があればもりゅもりゅ食べていただろう。
しかし、「あとはよろしく」された綾波レイとて困る。なんだそれは。詳しい話、具体的条件は一切聞いてない。戦闘を止めたければ自分で碇シンジと交渉すればいいのだ。
これでは・・・体のいい”身代わり”ではないか・・・・しかも、なんで使徒の面倒を
 
 
聖なる者は悩まないのかも知れないが、綾波レイは悩む。頭の中まで霧が染み込んできたみたいだ。そして、予想もしなかった寂しさ、歯が冷たくなるような寂しさに驚く。
レリエルの言葉に嘘はなく、自分とレリエルの結びつきが解消されたことが分かった。
すうっと、自分の身から何かが火葬場の煙のように離れていったのを感じる・・・・
これで使徒に操られる・・・ことはなくなった。というのに。傍の空白。
姉妹でもいなくなってしまったような・・・一番に、近しい者が。自分から離れた。
木蓮の夢のように。置き去りにされてしまった。おそらく、空へと戻っていく。
自分ひとりに。それこそ、一番はじめから終わりまで、望んだことであったのに。
 
これで碇ユイから「レイちゃん、なんとかしてシンジを、アスカちゃんを止めてあげて!」という珍しく必死の色のある頼みと、天から伸びる光の階段が霧を割って状況を露わにしなければ永遠に悩み続けたかもしれない。
そこで、綾波レイが目にしたものとは・・・・・
 
 
 
ファイナルラウンド「階談(きざはなし)」
 
 
光の階段を、赤いコアが行列つくって上っていく・・・使徒は階段をあがるごとに身体が透けていきコアだけになる・・・・魂の昇天、というにふさわしい神々しい光景であった。綾波レイとて、いまが戦闘、ここが戦場であることを一瞬忘れて感動に痺れた。いつまでも見届けたい・・・そんな気持ちにさえなる。だが、それが一瞬で終わったのは、階段の登り口で、エヴァ初号機の妨害工作があったためである。それと、これが使徒の撤退行動であることを思い出したせい。
あくまでも全滅させる気でいるらしいエヴァ初号機、中で意識もあまりないらしい碇シンジは、右手に鉾と、赤く捻れた二またの槍に変形した左腕を振るってオラオラ追撃する。
敵の退却時をケツから叩いて大ダメージを与えるのは、世界中あらゆる戦争方式のセオリーである。が、初号機のそれはもはや攻撃追撃どころか、暴撃とでもいうべきものだった。
ここで、使徒を死にものぐるいの反転反撃に移らせたらどうなるか・・・
それに、初号機はそのまま光階段を昇っていって帰ってきそうにない勢いだ。
 
 
しかも、だ。光階段を見上げる綾波レイの目が止まる。驚きに目が大きく丸く。
あまりにも意外な姿が、光階段の中頃、踊り場にあったのだ。
 
 
エヴァ弐号機
 
 
ズタズタに引き裂かれたはずの、エヴァ弐号機が、なぜあんなところに・・・
しかも、これまたどこかフォルムが異なっているような・・・一番、特徴的なのはまるで戦乙女のように側頭部に赤い翼飾りのようなものが生えていることだ。強化パーツ?にしては機能的に無駄っぽい。偽物か・・・・しかし、そちらの方が二倍くらい格好良い。
見たことのない炎のハルバードをふるって粋がっている。なんなのだろうか・・・・
どうも戦意はコアではなく、階下の初号機にあるような・・・まるで闘牛士のようにATフレイムをもって初号機を挑発しとるようにも見える。もちろん、気のせいだろう。
なぜ、あの二機が敵対しなければならない?弐号機への催眠?霧に包まれレリエルと話している間に状況は大幅に変化していたりする。一体、何が起こったのか?
 
 
話は前後するが、弐号機が切り刻まれて回収された後のことである。
 
 
初号機と零号機を放ってはおけない、という自覚からか、惣流アスカは気絶から早々に復帰すると、運ばれる担架から自ら転げ落ちて這ってでも戦場へ戻ると言い張った。ド根性というのも生やさしい烈火の気合い。だが、機体は限界を迎えている。おまけに両腕もない。足手まといになりにいくようなものである。治癒使徒もさすがに自分たちが利用されていることに気づいたのか、はたまた仲間たちをはぐれた心細さからか、萎んでしまって使い物にならなくなっていた。碇ユイや葛城ミサトが慰めるが、それすら耳に入らない。
 
「誰がアイツの仇をとるってのよ!!!!」
泣き叫ぶ惣流アスカ。弐号機のケージ天上にまで届き、聞く者すべての胸が張り裂ける。
頭と心の中には、倒れて動かない初号機の姿だけがある。それだけで、埋まっている。
気持ちは分かるが、もはやこれでは戦力にならない。自爆特攻なぞさせやしない。
葛城ミサトは鎮静剤使って眠らせるように指示する。別にまだエヴァ初号機、碇シンジが完全にくたばったという報告は受けていないし、赤木リツコ博士からも「初号機のエントリープラグは特別頑丈だから当てられたくらいなら大丈夫」と聞いたし、碇ユイに聞くところによると「とうとう<訓練戦闘用>から<実体戦闘用>の本分を見せてくれる」らしいし、「いざとなれば、たとえこの身が砕けて灰になってももう一度起動させます」、と請け負ってくれたので、ここで惣流アスカが出ていく必要はないのだ。完全に頭に血が昇っている。
 
 
だが、その熱き魂の声は厄介なものを呼び寄せた。
 
 
刀剣使徒タブラトゥーラとの戦いで得た戦利品、コアの半分くらいの大きさの虹色の玉。
人間には知る由もないが、フキビキエルの二等賞品。マジックソード生成箱に記念として填め込まれていた「それ」が、惣流アスカの無意識下の強烈な呼びかけに応えた。
 
 
熱き炎のような呼びかけに応じるものには、たいていの一般常識は通用しないことになっている。マジックソードシステムがなんの命令もされていないのに、勝手に作動する。マギが強制割り込みに悪寒を走らせ拒否すが、熱き魂の力がそれを制した。箱は弐号機サイズの炎の人型をゴウゴウと勝手に造り出すと、弐号機の方に噴き出してみせた。それと合体すると弐号機は完全に修復した上に、なんだかあちこちパワーアップしていた。
 
 
「な?な?な?・・・・・・」科学者・赤木リツコ博士の目が飛び出んばかりに。
 
 
フキビキエルの二等賞品だけあって、虹色の玉は凄まじいご都合パワーを秘めていた。
<蘇生>プラス<成長>・・・・・アトラスの玉、と呼ばれるその神話的賞品は、発動に”完膚無きまでの徹底的なド敗北”と”それにも学習しない飽きない人並みはずれた執念”と”それでもメゲない闘争勝利への欲望”となかなか敷居の高い条件を必要とするが、効果のほどはご覧の通りで、まさに歴史に残る一発ギャフンと逆転強化が実現する。機械だろうと生体だろうと人造人間だろうと発動さえさせれば、なんでも成長させる凄まじさ。いわゆる超回復を変身レベルまでやってしまうわけだった。それも、成長した惣流アスカが設計にまで口を挟む立場になればこうなるであろうなあ、という形質を実現する!。
 
 
だが・・・問題がないわけではない。その効果は一時的なもので、四十分もすれば元に戻る。それが第一。それを発動させた人間の精神状態が、固定される。早い話が性格が変わる。人間の怒りや殺意はたいてい一過性のもので時間にして半秒くらいなもの。それ以上は脳みそが物質的にもたない。血管も切れてしまう。”完膚無きまでの徹底的なド敗北”を勝利の弐文字に短く、端的に、塗り替えるために、”執念”と”闘争への欲望”これら強烈単純マインドに脳みそが支配されてしまう。戦いはある意味、パワーと火力であるから、そのまま押し切れば勝てないこともない。狂戦士、バーサーカーやベルセルクの突進力で全てを片づけてしまおう、と学習能力のないことをやるわけだ。
この<成長>で得られる力がどれほどのものか・・・・それでも、たいていの敵には十分仕返しが出来てお釣りがくるほどの力はゲットできる。
でなければ、二等賞品の意味はない。しかも、四十分以内に。
ベラボーにパワーが超絶あがっているに決まっているし、そうでないと困る。
 
 
今現在の惣流アスカに冷静な判断力もないし、一般常識に縛られてもいなかった。
皆の制止を遮二無二に振り切って、弐号機に乗り込むと発進を決め込む。
「冗談じゃないわよ、そんなムジナが化けたようなあぶねー機体に乗ってるんじゃない!!アスカ、降りなさい!」葛城ミサトは怒鳴りあげるが
 
 
「フン・・・・・いつまでもあんなバぁカに見せ場をとられてたまるもんですか。
ちょっち使徒を行ってなでてくるわ・・・・この”火焔太后”、アスカ様がね!!」
完全に人が変わっている。これが先ほど悲しや悔しやと泣き叫んでいた少女であろうか。
そして、機体が変わると、その目的さえも。倒れた初号機、苦戦する零号機に一瞥もせぬのではないか。しかも、怪しげな通称を自分でつけているし。自分で様づけだし。
パワーは増したのかも知れないが、確実に知能指数は減っている。感情指数も。
ただし、シンクロ率は最高レベルを記録している。それもエヴァの本質であろう。
 
「使徒に乗っ取られている・・・わりにはあの言動は・・・・違いますかね」
「一時的な狂騒にして強壮状態・・・・まずいわね、シンジの方も”出来上がってる”し・・・・・・泥酔覚醒にハイテンションをぶっつけるよーなことになるかも・・・・」
科学技術への信頼が揺らいでぐらぐらしている赤木リツコ博士はほっといて(緊急時だし)弐号機が<敗北成長>したことをずいぶん簡単に受け入れて思考する葛城ミサトと碇ユイ。戦闘時の発令所の頭脳は彼女たち。よほどの勇気がないと異論を挟む余地はナシ。
まあ、あの二人が認めてるんだし・・・と整備の人間も半ば諦観。(緊急時だし)
治癒使徒に治療させるのも、使徒の宝物を戦利品にしてそれを発動させるのも同じだ。
「かといって、だ・・・いいのかい、本当に」整備の師匠、円谷エンショウ。渋い。
 
 
「うっ・・・シンジ、今行くから。今、行くからねまだ死んだりしたら・・・・・うっ・・・ぐすっ・・ぐすっ・・」
火焔太后様はどこへ行ったのか。再びスピーカーからは少女の涙声が響く。
こりゃあ、泣き上戸の酔っぱらいだ・・・・発令所の人間は皆、納得した。
二重人格のサイコさんだと鋭く指摘する者はいない。
 
 
「アスカ、あんたねえ・・・・・」手を焼く、とはまさにこのこと葛城ミサト。
 
 
「なにゴチャゴチャいってんの?早く行かないと助けてあげられないじゃない。
ぶざまにリターンマッチでやられてるポカQシンジ君をさ・・・・
それになんか、ファーストもケダモノに噛まれてるし・・・・死ぬよ?あの子も」
自信に溢れすぎて、聞いている周囲の人間が溺死しそうなほどである。いきなりのヤヌスぶりにもついていけない。機体もあぶねーが、パイロットがさらにあぶねい。さらに。
 
意味もなく発令所に向かって中指でカモンカモン。誰に向かってそんなことやってるのか。
 
 
そーーーーーーっと、威厳が損なわれないように周囲にばれないように、ゆっくりと碇ユイの表情をうかがう碇ゲンドウと冬月副司令。一見、その面に変化はない。
「まあ、”三目の王”に出くわしたら・・・・・LCLの圧縮濃度を限界まであげて気絶してもらうしかないわね・・・・とりあえず動かなければ初号機も殺らないでしょう」
別に怒っとりゃしない。機体があれだけ変身したのだ。搭乗者の精神が高ぶるのも当然。それがチルドレン。戦果はあまり期待できそうもないが、このまま地下に止めておくこともできそうにない。「葛城さん・・・・仕方がないです・・零号機のこともあります」
「ですか・・・・・」
 
 
リニアレールで打ち出されている途中でまーた惣流アスカはえんえんわんわん人泣きした。
精神安定のあの字もない。本当に、いいのだろうか。<成長>した弐号機の能力によってギルでマイスター・カウフマンによって施されていたセカンドの封印に亀裂が入ったことなどレリエルならぬ人間の身に知る由もない。地上にあがることになれば熱で蒸発したように涙は跡も残さずに消える。そこにはまた、自称火焔太后のアスカ様がいる。
 
 
エヴァ弐号機は変身して地上に戻った。獲物は長柄のハルバード・獄炎鴛鴦。
箱で生成しているうちに、あれよあれと、と都市は深い霧に包まれた。完全五里霧中。
 
 
 
それを契機にエヴァ初号機はムクリ、と起きあがり活動を開始した。もちろん、この霧に乗じての使徒殲滅である。その姿も、綾波レイが見たとおり、小鬼が大鬼に出世したような変化がある。手始めに力つきて倒れたサキエルを左腕が変化した赤い槍で血祭りにあげて景気をつけると、ゼルエルの鉾を再接続すると駆けながら次々と残りを屠っていく。その果断さ残酷さそして手際の良さはとてもあの碇シンジのものとは思われない。だが、現実に。その猛威は都市全域をくまなく、そして油断なく完成された戦術的に吹き荒れた。
黄金の摩天楼、本陣は、一番最後に。その途中の敵は残さず刈り取る・・・・・
この場合の初号機の目に映って動く者、それは全て敵であった。これは妖精城の霧。
 
霧の中で、ぺったら練り練りと武器を生成している弐号機など・・・しかも使徒の宝物を発動中・・・・見分けがつかずに襲われても文句はいえなかった。
 
 
「最悪・・・・・!」観測機器も無効にするこの霧の中で唯一、戦場が見える目をもつ碇ユイが臍をかんだ。思えば、大人が関知するには一番微妙なお年頃だ。
予想外に初号機の再起動が早かった。この濃さと速度でこの霧が発生することも。
こちらからの一切の通信も遮断する霧。弐号機に初号機の姿が視認できると思えない。
この霧は初号機のためのもの。雷だけが初号機の武器だと思ったら大間違いなのだった。
零号機の危機を救ったのはいいが・・・・・
 
 
そのまま弐号機は霧の中からの襲撃者と、初号機は霧の中で蠢く怪しい侵入者と。
戦うハメになった。最悪のタイミングであった。時間運命が敵に回ったとしか思えない。
この期に及んで・・・・
 
 
ゼルエルの鉾とロンギヌスの槍をもって戦うエヴァ初号機・V(サード)
魔法のハルバード・獄炎鴛鴦振り回して戦うエヴァ弐号機・U(セカンド)
 
 
初号機に瞬殺されるかと思いきや、酔えば酔うほど強くなる酔拳のような動きを見せて弐号機は見事に応戦している。敵だと認識している分だけ、遠慮も何もない。
しかも、ボーナスポイントを29点くらい振り分けたくらいにレベルアップ(ただし時間制限あり)した弐号機は四眼の機能を限界まで釣り上げてこの霧の中でのヴィジョンを確保していた。弐号機には、初号機の正しい姿が見えていたのである。
それがまたまずかった。現在の初号機の姿は普段とフォルムが多少違うのである。
自分が変身したからといって、相手も変身するなどと考えるものではない。
考えてもいいはずなのだが、これが考えないものなのである。我も変身、彼も変身。
月光仮面の横で仮面ライダーが変身すれば、おそらく二人は「てめえ怪しいぞ!」と大喧嘩を始めることだろう。
 
 
これ以上は得るものなし、と使徒連が撤退準備を開始しているからいいようなものの・・・同じエヴァ同士がこの極限状況でガチンコっているのである。これ以上のパワーの、資源の無駄、浪費はなかった。とてもじゃないが、碇ユイにしてもこの光景を皆に伝える元気は出てこない・・・。なんだって、こんなことに・・・・
 
「なかなかやるじゃないの、アンタ・・・・武器も冴えてるし」
「初号機の姿を真似てる・・・・・ふざけるんじゃあない!!」
 
二重人格を剥き出しにした惣流アスカのエヴァの駆り方は凄まじく、やすやすと<アトラスの成長>を果たした弐号機を乗りこなし、意のままに操り、その力をビリビリと引き出す。だが、それでも初号機に敵うものではないし、とりあえずの目的はコイツではなかった。この身体に満ちている力に時間制限があることは優れた戦闘本能が知らせる。
さっきに、ズタズタに切り刻んでくれたヒョウタンプロペラ島を同じ目にあわせること。
それから、初号機の仇をとってやること。この二つ。それを果たす。まずは。
遠いからこの霧の中、さすがに分からないが、零号機ももしやられたなら仇くらいはとってやらねばなるまい。短いつき合いだったけど・・・三つか。
 
 
弐号機の四眼が赤く輝いた!!
「じゃあねっと!!」
 
 
炎爆落城(エグゼノンファイネル)
 
発炎体を相手に埋め込み、それを炎の線で繋ぎ合わせて炎の膜で一瞬に呑み包む。
火炎の燃焼力と爆発力を究極地点で交差させて何倍にも増幅させた荒技である。
獄炎鴛鴦の一撃でゼルエルの鉾に大火傷を負わせると、弐号機は霧の中をスタコラサッサと消えた。その離脱の鮮やかさは碇ユイの目すらしばらく欺き通したくらいで。
惣流アスカはやらない、またはできるはずのない。その力。その技。その気迫。
その間に、運をも味方につけたのか、ボーナスポイントで割り振っておいたのか、上手い具合に目的のヒョウタンプロペラ使徒を見つけて奇襲をかけて焼き斬り殺した。
 
 
その直後である。光の階段が天から出現したのは。
 
 
「使徒の脱出路・・・・・・?」惣流アスカはそのように順当に判断したのだが、もう一人の、復活を約束された、成長するに従って現れ出てくる予定の人格の惣流アスカ・ラングレーはまるで別の発想を閃かせた。これが世界で一番冴えて正しい解法である、と自分で自分を誉めてやりたいくらいの素晴らしいことに、世界で一番最初に気づいてしまったことに栄光を感じる・・・・。この偉大さ・・・うーむ、やはり自分は命令なんぞされる器ではない。命令する方・・・総統になるにふさわしい。地下で縮こまって自分では戦うこともできない連中は、教えてやらねば千年たっても我が閃きに辿り着くことはあるまい。
 
弐号機は単独で疾風となって霧を裂いて駆けた。円舞曲なら”自分ふたり”で踊ればいい。
子供ではない、大人のための野望円舞曲を。目標は光階段。
 
「とうっ」華麗なる空中回転をみせて、いきなり光階段の第一踊り場に着地する弐号機。
これからどうするかというと・・・・もちろん、下々の者共が考えるような「敵の撤退路を塞いでさらなるダメージを徹底的に与える」という、戦術的に一見正しく見えるが、それゆえにさもしー、サルでも考えつくようなそんなこっちゃではない。よく聞くがいい。
 
 
「この光階段が使徒どもの退却路なら、そこから駆け上がって・・・
”攻め入ってやる!!”」
 
いつまでも防戦一方の戦をするだけだと思ったら大間違いだ。これは丁度いい機会。
いっちょ、やったるでえ!!!気炎をあげる惣流アスカ・ラングレー。
そろそろ時間のはずだが、変身は解けそうもない。彼女は本能で見抜いていたのかもしれない。この光階段がただの脱出路などではなく、歴とした大物中の大物使徒で、それゆえにパワーを、それも虹色の玉のようなベラボー系ご都合類奇跡を大自然の恵みのように惜しげもなく欲する者には与えてしまう気前の良さを完備しているESPをも解放してくれる万物森羅万象ゴキゲンなパワースポットであることを。
地上の都市、地下の人間のことなど頭から綺麗さっぱり消え失せて、第二踊り場まで駆け上がる弐号機。それは快楽でさえあった。修行も訓練もせず力が増すのだ。それは楽しい。
階段をあがりさえすれば。戦闘兵器としての階梯もあがる。こんな話があってもいいのか。
 
 
そのまま光階段をあがればあがるほど、力が増していく・・・・・その姿もさらに実力を反映した美しさをもつようになる。綾波レイが見たのはこのヴァージョンである。
それは、この世のあらゆる快楽に勝る快楽・・・・・自分の肉体が虹のように輝いていく感触歓喜・・・それに抗える者がいるわけはない。
そして、何より。弐号機の中には、退化よりも進化を望む生命が入っている・・・。
 
だが、それは二重人格の良いところ。なんとか抗って歩を止めた。止めることが出来た。
あのままずうっっと駆け上がり続ければ、戻ってくることは出来ない。そんな気になれないだろう。大海を知って水たまりに戻れるわけもない。いや、一滴の雫かもしれない。
そして、大海には水たまりで遊んでいる分には予想もつかない恐ろしいものが待っている・・・・子供が見て正気が保てるはずもないほどに恐ろしい世界が大気の上にはある。
 
だが、その理由が、「今のこの調子なら、さっきのニセ初号機に焼き入れ直せるかも。ヤッホー」という好戦根性この上なく。使徒のことなどアウト・オブ・四眼中。
この光階段のうえにある以上、惣流アスカの意思判断は封殺されてしまう。
さっそく、初号機を挑発にかかる。「おまえのかーちゃん、でーべーそー」
戦術的的確ワードであったかもしれないが、初号機はそれを無視。
 
 
「地上の星の金貨作戦」総責任者・ウ$ェ$が殿(しんがりと読む。との、ではない)となって初号機と対峙していたからだ。そんな余裕はなかった。
サイズは人間程度。長い金色の髪にガマ口ヘルメットで白い聖衣。
だが、そのケタが五つも六つも違うフィールドと、命を、ものを、奪うのでなく、与える「引き算だらけの計画に誰もが夢中」攻撃、そしてその脇を守護する悠久の時を燃え続ける浄化の火を灯す銀の燭台使徒とで初号機の進撃を防ぎ、撤退作業を順調かつ穏やかに進めていた。傍目見た目だけでいえば、どちらかが悪役だか分かったものではない。
今の初号機が正義かといえば、ちょっと、いや、かなり問題があったせいもあるが。
 
 
「ゼル、すまないが戦が苦手なわたしを手伝っておくれ」
ウ$ェ$のその一言で、右腕に接続され自在に振るえたゼルエルの鉾がこなきジジイのように重くなる。かといって、切り離しもできんので、不自由な体勢で戦うことを余儀なくされる初号機。そのせいで、左腕の赤い二またの槍も上手く揮えない。罪人が足首に丸い鉄球を枷られるのにも似ている。いかんせん、どうにも相手が悪い・・・。
手出しをしないのが、正解だ。弐号機に挟撃命令も出せないでいる葛城ミサト。
 
 
そして、その弐号機は初号機が相手にしないのをみると、ふたたび光階段を上り始めた。
弐号機にしても、あのどっかで見たような人間サイズの金髪がま口ヘルメットには勝てないことを戦闘本能で見抜いていた。そうなりゃ、やるべきことは唯一つ!。
使徒の本拠地・・・本拠天か、それまで駆け登っていって、それを撃滅してやること。
それしかない。それに勝る手柄がこの地球上にあるだろうか?ワールドワイドな栄光がこの頭上に輝く!こりゃあ歴史の教科書の一番初めと一番最後に載るなあ。ナポレオンのあだ名が「世界史の教科書で五ページ占領する男」であるから、人類を天敵から救ったあたしはもう、これは「別冊・惣流アスカラングレー様」ってところだね。
成長して発現するだろう第二人格たる、彼女は無鉄砲のミス竹槍(バンブースピア)。
たとえ自分の国が滅びようが城が落とされようと攻めて攻めて攻めまくる戦女神のような攻撃性を持つ代わりに、非常に迂闊な面があった。
名声名誉が大スキなことはともかくとして。
 
 
ぶつっ
 
 
アンビリカルケーブルが外れた音。それは電源の問題がいまだに尻についてまわっていることを教えてくれる。初号機と違って、変身しても使用電源のことまでは虹色の玉は面倒みてくれなかった。ひゅー・・・・・コンセントは落ちていく。ちょうどその距離でケーブルは限界だったのだ。万事完璧な機動を誇る惣流アスカのやるミスではない。
内蔵電源に切り替わる。やばい。ここで、惣流アスカ・ラングレーが何を考えたか。
大半の者は地上に戻るだろう、と思った。エヴァは電源が切れればでかい人形にすぎない。
 
 
ところが・・・・・
 
 
弐号機はさらに光階段を駆け上がる!!。
 
「電源が切れる前に本拠地を探して叩かないとねえ」最大戦速前進である!!
計算も何もない。時間の概念を理解しているとも思えない豪快発想の下に弐号機を動かす。
あまりにパイロットがバカだと自動的にストップする機構を取り付けておくべきだったかもしれない・・・赤木リツコ博士は真剣に悩んだ。だが、紅の韋駄天はアッという間に雲の上まで行ってしまい、見えなくなった・・・誰も止める間もない。碇ユイでさえ。
戦術はバクハツだー!!といわんばかりの弐号機の行動に。昇天するコアたちもよけて譲った。この先に、何があるのか、彼らは知っているせいもあるが。
 
 
それを、そんなのを任された自分は不幸かも知れない・・・・・
大昔、十字架に磔にされたひとの気持ちが少し分かったような気のする綾波レイ。
ちなみに、零号機だって機体ぼろぼろです。愛がなければ、とてもやっていられません。
無理矢理、心の深層から発掘してそれを灯している、といった方がいいのか。
初号機を止め、弐号機を止める・・・・・なんだか間違っているような気もするが・・・
だが、迷っている時間はなかった。猶予はない。与えられる時間はほとんどない。
 
 
だが、・・・だがだが、と二段逆接になってしまい、あまりよくないのだが事実よくないのだから仕方がない。零号機はダメージが甚大すぎて動かない。動かそうとすると身体に激痛が走る。立ち上がれもしない。無理にやれば四肢がバラバラになるだろう。
使えるのは、自分の能力。搭乗者の能力を拡大する機能としてのエヴァ。
ねっころがったままで、やらねばならない。このまま見ているだけでも許されるかもしれないが、それは自分が許さない。
 
 
初号機と弐号機・・・・・どちらからなんとかするか・・・・・・
 
 
雲の上に消えてしまった弐号機だろう・・・・・一体全体何を考えているのか、何も考えてないのか、もしかしてあれは似ているだけで別物だったんではないか・・・・
とにかく、早いトコ連れ戻さないとえらいことになる。ジャックと豆の木じゃあるまいし、ジェットスクランダーが装備されているわけでもない弐号機だ、光の階段が途中で消えたら墜落死してしまう。というより、エヴァの内蔵機関を考えるとちょっとした爆弾並。
なんとかして思いとどまらせて地上に引き替えさせねば・・・・敵陣深く切り込むのはいいが、戻ってこれなくては意味がない。もともとエヴァは防衛戦のためのものなのだし。
 
正直に言うと、天に駆け登った弐号機よりまだ地上で戦い続ける初号機の方が怖かった、ということがある。戦えば戦うほど強くなる・・・いやさ、鉾の不利を知ると接続部を喰い千切り解き放し、槍のみで戦うその闘志・・・・・光階段で殿を務める人間サイズの使徒の絶対領域を侵しつつだんだんと押していき、脇を固める銀燭台使徒を討ち取ってさえいた。とてもじゃないが、その闘魔神のごとく凄まじさに介入するのは命の無駄使いというものであった。懸命な綾波レイはそれを知っていた。今の彼は、普段の彼ではない。
あれを恐れる自分は、つくづく人間だ、と思った。
この戦いを制したなら、彼も光の階段を上がって天上に攻め上っていくのだろうか。
都市にすむ人間の者たちのことなどかまわずに。それとも・・・・地上をまずは支配するだろうか。
光階段はゆっくりとだが、明度、つまり存在確率を落としていっている。
このままいけば消える。そうなれば、弐号機は永遠に・・・
 
 
「零号機の左腕を切断してください・・・弐号機を捉えます」
 
 
ふいの申し出は疑いはされたものの、却下されずに実行された。碇ゲンドウ司令権限で。
零号機の足は千切られている。駆けて追いかけることはできない。葛城ミサトが額の浮き出た血管から熱き怒りの血潮をぴゅーぴゅー噴き出させて戻れ戻れと怒鳴る連呼にも弐号機は応答しない。すでに応答できない空間へ行ってしまっているのか・・・・・
この連呼で葛城ミサトは喉が涸れてしまい当分声がでなくなってしまった。
 
 
「大丈夫・・・・・助けます」確約する綾波レイ。発令所の全ての女たちに。男たちに。
 
赤い瞳を輝かせ、能力の連続発動。
「”飛行衝動”」この能力の微妙なところは相手を飛ばせても自分は飛べないところだ。
ただ、飛行性能はグンバツに優れている。
「”綾波念法・影矢”」極度の精神集中によって二次元の影に対象物の地の果てまで追うしつこい追跡能力をもたせた特殊な法術。天の果てまで・・・はどうか分からないが。
念法そのものは旅の武芸者に教わったもので綾波由来の武芸ではない。
「”能力強制転写”」引導術ともいう。現在の檀家仏教では滅んだ仏教技術大系のひとつを綾波が密かに伝来していたものを、献能された。他者に力を分け与える、という神にも悪魔にもなれる便利な能力。つまりは輸能だが、これはその気のない嫌がる相手にも実行可能で悪魔より。
「”飛行衝動”」能力の二乗重ね、というのは難しい。例えるなら馬の背に馬を乗せて、トラックに同サイズのトラックを積載して運んで走るようなもの。押し潰されるか弾けるか同化してしまい、当初のプログラム通りにことが運ばなくなる危険性が高い。ナダくらいの経験を積めばやれないこともないが。しかも、この飛行衝動という能力そのものが未完成で発動が不安定ときている。飛べない者は飛べない、と身も蓋もないことを第一人者オリジナルが言うのだから。 それらを全て左腕に込める。
 
 
なんとかこの左腕を弐号機のいるところまで飛ばして、”正気を取り戻させる”。
階段が消えるまでに駆け降りてくればいいけれど、その前に消えたとしたら・・・・
光階段の明度から逆算するに間に合いそうにない・・・・・
あとは、「飛んで」もらうしかない。とても現在の状況では落下する弐号機を受け止められない。弐号機パイロットに飛ぶ資格があるかどうか・・・・賭けとしかいいようがない。発動さえすれば、エヴァはその人間の能力を拡大する。弐号機も飛べるだろう。たぶん。
 
 
零号機の独眼が赤く光った。能力重複連続発動。綾波党の次期党首たる貫禄。
零号機の左腕がロケットのように、あるいは直立する虹のように天に飛んでった。
もし、最後まで諦めずにネルフ本部で内偵を進めているスパイがいたとしても、さすがにここまできて、雇い主への報告を諦めさせる一撃であった。あまりに夢のようだった。
初号機の激闘に気をとられているふりをして、ちらっとその光景をみてしまった科学者がお仕事のA・Rさん(三十代・女性)は戦闘記録のライブラリの改竄を決意したという。
「うーん、レイちゃんが黒金の城の荒技を使うなんて・・・・・」
うなづきながら感動に打ち震えている碇ユイ。「強くなったのねえ・・・・・・」
正確には、あんたが強くさせているのだった。
 
 
その頃、光階段を駆け登ったエヴァ弐号機・惣流アスカ・ラングレーは見てはいけない、行ってはいけない場所まできてしまっていた。複雑に分岐する階段を適当に選んだすえに。
 
空を埋め尽くす赤の機体・・・・・・これ全てがエヴァ弐号機。
 
いわゆるパラレルワールドか、空間のねじ曲がったところに来てしまったのか、微妙に型式の異なる・・・中にはこれがエヴァ?ちょっと無理でしょうというのもいたが、エヴァの群れが光階段を駆け登っていた同胞を迎えていた。しかも、あまり好意的ではない。
思い切り武装準備を整えており、激しく叩きつけるような闘気殺気戦気を感じる。
ここに辿り着くまでの経路は忘れた。先に進むしかない。
修羅地獄。天に向かって光の階段を昇ったはずなのに、行き着いた先は。
ここでもし、あと一歩踏み込んでいたら、我を失い、世界が終わろうと永遠にここで戦い続けるハメになっただろう。
それを救ったのは・・・・・
 
 
ぱかーん
 
 
地上から追撃してきたアッパーカット気味に弐号機のあごに命中した零号機の左腕だった。予想だにしなかったので、完全にボクシングの教科書にのるくらいに見事に決まった。
よろよろよろよろよろ・・・・・よろけて、光階段を踏み外す弐号機。
そのまま、落ちる。地上への強制帰還。だが、そのまま落ちてはパイロットも機体もお陀仏であるので、無事に着陸する方法が働かないとならない。
飛行衝動が発動せねば、弐号機はパイロットもろともペシャンコになるだろう。
 
 
しかし・・・・・、惣流アスカ・ラングレーには飛ぶ資格がなかった。
いわば暫定的に出てきているだけの人格だから能力がフォルトするのか、やっぱり根本的に資格なしなのか、は不明だが、とにかく彼女では能力が発動しない。落ちて潰れる。
 
 
イイ感じで天下を獲りに駆け登ったのに、思わぬ邪魔者が入ったものだ・・・・・
零号機・・・・ファーストチルドレンか・・・・おぼれてけつかれ・・・・・必ず
ちなみに、惣流アスカ・ラングレーは血統的にも個人の性根的にもとても執念深い。
気にいらない相手なんぞ決闘でも申し込んで貴族風味に殺しかねない。激しすぎる。
少女が成長するにつれ、約束されていたかのように現れ出てくる第二の人格・・・。
卓絶した戦闘力機動力行動力があるが、あまりものごとを、領民のことを考えない・・・
<血紅騎士>
庶民軍人の泥臭さが抜けない<偽英雄>とはちがう。
強ければそれでいいし、やられたら必ずやりかえす。
実際に、惣流アスカ・ラングレーはこのことをずっと覚えていた。
やり返すにも生きていなければ仕方がないので、未熟な小娘にタッチ交代する。
どうせ、そろそろ時間切れだ・・・・
 
 
惣流アスカには飛行衝動が発動した。飛ぶ資格があった。
ゆっくりと地上に降下していく。惣流アスカの飛行衝動の形は「空飛ぶ箒」であったようだが、弐号機を飛行させるために、箒のサイズをエヴァ並にし、それを八本、扇のようにして背中に装備し、強烈なアフターバーナーを吹くその姿は不動明王にも似ていた。
エヴァの良さは人間の能力を拡大する点において無類の融通を利かせるところである。
 
 
光階段のまわりを螺旋のように降るにつれて、弐号機の成長も失われていく。
もとの弐号機へ戻っていっているわけだが、パイロットの意識も完全にもとの、十四才の少女、惣流アスカのものに切り替わる。だが、まずいことに基本的に冷静で戦力計算能力が高く、戦闘の勢いをよく測るものの、無謀な行動はしない惣流アスカは手柄欲しさのために光階段を駆け登ったりはしない。で、あるからそこから零号機のロケットアッパーで突き落とされたり、飛行衝動という不思議な術をかけられたりしたことなど意識にない。もともと人間の持つ能力を引き出す、副作用のない術であるから綾波レイも遠慮なく無断でかけてみたのだが、かけられた方はたまらんものがある。いくら構造的に人の身体が泳げるとは言え、いきなり泳いだこともない人間が水の中に背中から押されたらどうなるか。
非常な恐怖を感じる。しかも、気づいてみれば水の中、この場合は空の中にいるのだから。
恐慌・そして。暴走ならぬ・・・・
 
 
天逆噴射
 
 
が始まる。下向きに吼えていた箒のアフターバーナーが上向きに切り替わる!!。
こうなると重力による落下速度に引き算どころか掛け算される。
 
これではなんのために・・・・・
やってしまってから気がついた。よく考えたら自分もあの時、そうなったではないか。
うっかりといえばうっかりだが・・・綾波レイを責められる人間はあまりいない。
碇シンジくらいであろう。その資格があるのは。
綾波レイの顔から完全に血の気が引いて紙のように白く。賭けに負けたのか勝ったのか。
弐号機パイロットが助からないなら、それは完全敗北を意味する。
落下予測地点まで駆け、ATフィールドで受け止める・・・ことはできない。
こっちは糸の切れたマリオネットのように無力に転がっているのだから。
 
 
初号機しかいない・・・・・戦に猛り狂って楽しんでいるエヴァ初号機しか。
だんだんと追いつめていっている・・・・もしかすると、あの殿を務める人間サイズの使徒をも倒してしまうかも・・・・・気のせいか、あの左腕の赤い槍が伸びていっているような・・・・・・絶好の、この長い戦闘を人間の勝利で終わらせる絶好の機会。これを逃すような甘さは・・・今の初号機のどこにも欠片ほども見あたらない。戦闘の途中に他のことに気をとられるなんぞそれは愚かな弱点であり救いがたい欠点であろう。それでも。
 
 
彼しかいない。
 
 
「碇君、お願い・・・・」
 
 
魂を振り絞って、祈った。これ以上なく、真剣に。祈ることがこれほど精神と魂を酷使することだって知らなかった。その代償にエヴァ初号機に心臓を抉り出されるのだとしても恐れはない。祈りというのはそういうもの。だけれど、呼びかけるのはあくまで、彼。
碇シンジあてに。神様も、使徒も、戦の悪魔も、この舞台で楽しんでいる。その楽しみを中断しやしないだろう。レリエルの謎めいた言葉の鍵が、真実の扉に差し込まれて半回転ほどする。戦見物に興ずる神々の不興を買おうが、悪魔の思惑を外して呪われようが、それが出来るのは人間だけだから。興ざめするがいい。人は戦の物語を停止させる。
時代の流れに逆らう、流れ止めるものの名をもつ人間の子供は祈りに応える。
人でも、人の祈りに応えることができる。過去からの必死の祈りが現在を変える。
正直、綾波レイ当人も、碇シンジに弐号機を助けて欲しいのか、それとも戦闘を停止してほしかったのか、分かっていない。祈りこそ心の塊。毛玉のように丸めたそれをぶっつけてみるしかない。それは、絶対領域を超えて、碇シンジの頭にぽん、と命中した。
過去は現在に勝り、現在は未来に勝り、未来は過去に勝る。ジャンケンのような者たち。
未だに発動を知らないロタティオン・・・・・
 
<実体戦闘モード>から<訓練戦闘モード>へ・・・・<実験用モード>へ緊急切替。
 
第三新東京市の全観測器から全方位周囲の情報を収集、上空の赤い異常点確認。照会・エヴァ弐号機と判明・・・・落下速度予想落下地点の算定・・・・・こういったややこしい処理をこの都市を知り抜いている実験用モードなら自動的にやってくれて便利。
操縦者は駆けるだけでいい。「シンジ!!つかまえなさい!」「シンジ君!!アスカを!!」
「アスカ・・・・・なんで空から落ちてるの?!・・・モグモグ・・・とにかく間に合えっっっ!!」固化したLCLを内部からうち破り、奇妙な花を喰いながら叫ぶ碇シンジ。
 
 
そして、エヴァ初号機は、両腕で天から炎あげて落ちてくる弐号機を受け止めた。
すでに左腕は槍の姿ではない。槍では突き刺すことはできるが、受け止められないから。
その腕の中、胸の中が着地地点と本能的に知ったのか、弐号機の飛行衝動は消失した。
 
 
光階段は使徒とコアを回収し終えると消えた。最終階段に立つウ$ェ$がにこにこと負けを認めて、この都市の住民全てに賠償金を支払った。白い衣の袖を振ると、全ての人間のもとに輝きながら届いた。それは一枚の金貨。街角にはヴィーナスと草原に駆けるペガサスの絵が入っている。金額はなく、小切手のように自分で必要額の金額を刻み込むようになっている。なんの説明もなかったが、人間はその金貨の使用法を知っていた。大昔、一度その金貨は人間の世界に配布されたことがあったのだ。その時の記憶が、ある。どうやって、いつ使えばいいのかも。
その金貨は、綾波レイにも、惣流アスカにも、もちろん碇シンジにも支払われた。
それは、いつの間にか懐に入っていた。
 
 
不思議なお金・・・・・
 
 
あれだけいた使徒は跡形もなく。お金だけが人間の手元に残った。
 
まるで使徒を売ったようだなあ、と誰かが冗談混じりに言った。
 
 

 
 
「黄金週間」であった。
 
 
碇ユイ訪問にあわせて祝日を設定したネルフであったが、市民をも巻き込んだ今回の激戦のために第三新東京市全体が確実切実絶望的に一週間ほどの休養を欲した。できれば都市そのものも、こんな物騒で気の休まらないところから旅行鞄もってヴァカンスしたいところであっただろう。とにかく、誰か呼んだのかその一週間ばかりの連続休日は「黄金週間」。
せめての煌びやかな呼び名とは違い、あまりの疲労のため過疎の農村より活気がなかった。
一般市民はともかく、特務機関ネルフはこんな時でも働かねばならぬ。よくもまあ、あれだけの数の使徒に攻められて生き延びたもんだ・・・・。しかし、それで信仰の道へ入った職員もいなかった。どこに感謝すればいいのか、といえばやはり、碇ユイか。
 
けれど、彼女ももういない。
 
戦闘終結後のネルフ大宴会でしこたま伝説をつくるとヒロシマへ戻っていった。
碇ゲンドウ、碇シンジ、夫婦水入らず、親子水入らずで一日だけある旅館で過ごした。
激闘の疲労でまる3日こんこんと眠り続けていた惣流アスカと綾波レイは大宴会に参加できず別れの挨拶も言えなかったこと、それをずいぶん寂しがって恨んだようだが。
碇シンジと見送りに同行した葛城ミサト、赤木リツコはそれで良かったのだと無言。
 
 
「それじゃあね」
というあまりに軽い挨拶。碇の家族にだけある糸・・・絆、といってもいい。
それが切れた音を聞いた。何も言わないが、直感で理解した。かたん。家族の風景をどこかで録画していたビデオテープの終わる音。これ以上は記録する必要はなく。
 
ああ、この家族はもう、こうやって会うことはないのだと。
その女の予感は正しかった。碇の三人家族。父、母、子。
彼らがその姿で会うことはそれで最後だった。
碇ユイが駅に足を踏み入れるとゆっくりと都市が揺れた。別れを惜しむように。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
チャイムに呼ばれて玄関を開けると、綾波レイがうらめしげに立っていた。
何も言わないが、その顔に「うらめしや」と書いてある。
怒っているのかも知れない。いや、怒っているのだろう。
こんな「避難先」までわざわざやってくるのだから。
 
碇シンジは困ってしまった。犬のお巡りさんだったらわんわん鳴くところだ。
うらめしげにやってきた白い子猫ちゃんを前にして。どうしたものやら。
部屋にあげるには、まだほとんど片づいておらず。実物大で「倉庫番」か「Xi」をやっているような有様だった。まずはどの部屋に住むか、それが問題だったから手間がかかる。
 
ここは碇シンジの所有する幽霊団地である。王道である管理人室でも住むか、それとも見晴らしの多少はいい最上階に住むか・・・・どうせ一時的な避難であるから大仰な改築する必要もないが、それでも長いこと人に住まれてなかった空間に住むには、多少の専門業者の手を必要とした。個人的な荷物の運び入れ、引っ越しは最後の手間になる。
 
あの激闘、ウルトラな戦いから黄金週間も終わり、十日経った。
ネルフにおいてエヴァを駆り、使徒と闘う戦闘部であるチルドレンは戦闘が終われば、とりあえずはやれやれであるはずだった。通常は。あれだけ使徒と戦いまくったのだ。人同士で争うこともなかろうに、葛城ミサト宅では熱風嵐サンタナが吹きまくった。
 
原因は、綾波レイの記憶を取り戻させたことにある。
もう一度、零号機で消した記憶を再生させた。これで通りすがりのファーストチルドレンだなどとバカなことを言わなくてすむ。カンのいい人間は戦闘中におぼろげながら記憶が戻っていたようだが。これで、もとのとおりで良かった良かった、と碇シンジなどは簡単に考え、親父のゲンドウもその点は楽観視していたふしがある。他にも考えるべきことは山ほどあったし、レイの能力ならば簡単にカタがつくだろう、と。それはいいのだが、あの大宴会中に自分の奥さんが「何を言ったのか」覚えてないのである。碇ユイの方も何の気なしに言ったことで、覚えてもいないかもしれない。だが、聞いた周囲の人間はしっかり覚えていたのである。
 
「孫の名前はなんにしようかしらねえ・・・やはり、レンジとか」、と。
「女の場合はどうする」などと、調子こいたのか、総司令もそれに合わせたことも。
 
まあー、そこまでならば大人の天気の話のようなもので、よくある話の種。
 
そこに数日後、零号機によって取り戻された綾波レイに関するデータが放り込まれて混じり合ったから面倒なことになった。おまけに、現実の足跡として碇シンジは使徒来襲の起こる直前にしんこうべに行っているのである。そこらへんも考慮して復活させとけばよかったのかもしれないが、綾波レイもそんな配慮が出来るほど世慣れていない。出来たとしても、そんな都合の良い改変をヒョイヒョイ加えたら人の精神にけっこうな重圧がかかる。
 
綾波レイとしては、脱退、抜け忍ならぬ抜けネルフの抜けチルドレンの罪は素直に認めて処罰を食らう覚悟もできていた。使徒戦線から逃亡離脱を謀った臆病者の誹りも受ける気でいた。事情は知っている碇ゲンドウも、まあ部下共の手前、謹慎なりの適当な懲罰でも受けさせるか・・・・と、こればかりは冬月先生にも赤木リツコにも頼めぬので、あれは極秘任務であった、というのも苦しいな、と自分で考えていたところ・・・・
 
とんでもない噂がネルフ本部を駆けめぐったのである。
 
「碇シンジと綾波レイが親御のところに一緒に挨拶に行ってきた」と。
 
わざわざチルドレン二名がこの都市を離れて別の都市に自ら赴くなど、それくらいしかなかろう、と。噂は言うのだが、確かに説得力がある。その上、どのようにも想像できる羊の皮を被った狼的巧妙さがある。それならば、碇ユイの急な到着も納得がいく。
使徒の大量来襲でゴチャゴチャになってしまったが、そうでなければもしかして。
婚約?・・・・・・まさかなあ
 
今更、江戸時代のお城の若様と姫様じゃあるまいし・・・・といいかけた者も、ふたりの姿を考え直して、確かにある意味、この現代であの二人は・・・と思い返した。
現代でも名家の婚約はそんなもんかもしれない。一番強い山賊や海賊のなれの果てが王様だという話もあるし。強く、優れた血筋が混じるのは、優生学的にはいいことだ。
使徒来襲という天災に負けぬためにも。無責任ゆえにこの手の会話は楽しい。
 
「下らん話だ・・・」さすがの碇ゲンドウでも噂は止められない。いや、六分儀の術法にそんなのがあることはあるが。放っておくか。それも部下の皆さんの娯楽よと、ユイは面白がることだろうが・・・。
 
しかも、噂を本人たちは否定も肯定もしないものだから。ますます火がつく。
とくに、このごろ偏頭痛がしてきげんがわるい・・・という惣流アスカ方面、保護者の面目がないわね〜という葛城ミサト方面に。
「言うか死ぬか」と命の選択をせまられてはかなわぬ。
手ぐすね引いて待っているに違いないのだ。特に大宴会に参加できなかった惣流アスカは。
その憂さを晴らすのは碇シンジを使用するしかない。霧の中での戦闘で話すべき事は話したいことはくさるほどあるのに。
 
しかし、話せるわけもないので、一時避難することにした碇シンジ。とんずら。逃げる。
人の噂も七十五日。すぐに忘れてくれるだろう、と。それに、時間が欲しかった。
一人になれる時間が。しばらくは、時間は自分の中にだけ注いで、使いたかった。
温暖な混乱の中で踊るには、すこし、つかれていた。闇の中で、影の中で、眠りたい。
まさか、他の者は思いもよらない。実は碇シンジが落ち込んでいた、などと。
 
 
綾波レイがやってきたのはそんな時。
向こうもうらめしげで、こちらもあまり歓迎ムードではない。部屋片づいてないし。
僕は母さんじゃないし。碇シンジです。
 
 
「食事・・・・・食べにこない」
 
「・・・おいしいものはないけど・・・・つくったから」
 
食事の誘いであった。ちと驚く碇シンジ。もちろん、わざわざおいしくない食事を誘いに来る少女がいる、ということについてではない。間にごにょごにょと、碇君の分も、とかなんとかいっているようだったが、よく聞こえない。普段にもまして声が小さい。
 
「うん・・・・」碇シンジもあまり元気がよいとはいいかねる返答。受けたのか、単に相づちなのかわからない声色である。十分後、綾波レイといっしょに彼女の方の幽霊団地棟に向かっているから承諾したのであろう。
 
 
差し込む夕日の橙だけがある、音楽も花もなく二人だけの火をつかわない夕餉。
いつ購入したのか、テーブルにはホットプレートがあり、肉が入っていないある意味ヘルシーある意味貧乏くさい素麺入りお好み焼きが。その割にやたらめったらに美味いのは、綾波レイの腕前ではなく、しんこうべで未来視ノノカンにもらったソースの実力だった。
これを量産できればお好みチェーンで全国制覇できるだろう。
 
 
「・・・・・・・・」
「・・・・・」
 
 
会話がない。碇シンジが話さないからである。
 
綾波レイもそれでよかった。別に会話するために呼んだのではない。
碇ユイのいなくなった寂しさ・・・・・これはそれほどまでに皆に愛された証拠・・・・を、皆は碇シンジにむけている。噂なんかのほんとうの理由はそれだ。碇司令もこの点はどうしようもない・・・自分も、ちょっと前、3日間の深眠りから覚めてユイおかあさんが帰ったのを知って、そうしたくなった。うらみごとを言いたくなった。
無理矢理起こしてでも、お別れの時に会わせてもらいたかったのに、と。
だけど、碇シンジの瞳の色を見て、それはすべきではない、と悟った。
落ち込んでいるのを慰めることも、自分にはできない。けれど・・・・、
 
 
「おいしい・・・・」ようやく口をひらいたとおもえばそんなことか。
綾波レイのよいところは、「そんなことか」などという顔を絶対しないことである。
それ以上のことを特にしてくれるわけでもないが。けれど、それを契機に碇シンジトークもはじまる。
 
「そういえば、チンさんにあやまる手紙を書かなくちゃ・・・怒られてるだろうね」
「六分儀の・・・・碇君を守っていたあの人たちは・・・・・」
共犯者の会話である。しんこうべに行っていた間のことは、二人の秘密になる。
 
しばらくその話が続き、ふいに碇シンジが思いついたように頭を下げた。
 
「・・・?」
 
「綾波さんにお礼を言わなきゃいけないかも。おかげさまで、母さんに会えました。
ありがとう」
 
「えっ・・・・」それは責められこそすれ、礼をいわれる筋合いのことではない。
も、もしかして、自分の方も「おいかけてくれてありがとう」とかそれに類することを言わなければならないのだろうか・・・礼法的に。のっとって。いや、それも変かも。難しいところだった。「・・・そんなつもりじゃなかったから」としか言えない。
 
ありがとうという重圧。綾波レイはうつむいて黙ってしまう。
 
あいかわらず、そんなもんは気にせず、碇シンジは続ける。
 
 
「そういえば、綾波さんのお父さんは・・・なんていったんだっけ・・・・あだ名とかはたくさん聞かされたけど、本名は誰も教えてくれずじまいだったんだ」
 
「エン・・・・・綾波、エン」
 
 
この会話を聞けば、誤解の噂も一掃できたのだが。
このふたりして双方の両親に会うことはない、と。
 
 
 
もはや愛しい過去のこと。