沈没したひとつの街を使徒が見下ろしている。
 
 
大使徒(VΛV)リエル。裏死海文書や使徒名鑑などわざわざ持ち出さずともその名が知られている、四大使徒のひとつである。あまりにも有名すぎてかえって誰にもわからない。
 
 
第三新東京市を素通りしてこんな西国までやってきたのは武具の匂いに惹かれてのこと。
 
 
「ゼルエル」がなかなか出てこないので興が削がれていたところに探索役に出していたドカンエルにちょっかいかけられた人間が慌てて落としていったらしい”武具”幻世簫海雨を拾ったところ、妙な匂いを感じたのだ。ゼルエルとバルディエル・・・第一使徒の奇禍以来、空位であった最強の使徒の正銘を冠せられた最も新しい使徒と自らの使命(いのちのかたち)を理解できなくなった狂える使徒。まちがいない。また、武具それ自体にも興味をひかれたこともあり、にんにきみんみと西の方へ向かった。シャルギエルのことにも後ろ髪をひかれたが、自分を連れ戻しに追いかけてくるであろうヤシチエルらのこともあった。
 
 
西へ
ごーごーうぇすたん
 
 
だが・・・・・匂いの導く先まで着いてみれば・・・・そこは
 
 
旧尾道市。広島県南東部、尾道水道に面した市。1898年市制。中心市街地は、平安時代備後国太田荘の船津倉敷地になったことに始まり、室町時代は明、朝鮮との貿易港として繁栄。江戸時代は広島藩のもとに九州、四国のほか遠く山陰北陸から北海道への西回り航路の一拠点として隆盛をきわめた。造船業、繊維工業、水産加工業が盛ん。1983年完成の因島大橋により本州四国連絡橋の拠点でもあった。作家志賀直哉、林芙美子、歌人中村憲吉のゆかりの地であり、済法寺、持光寺、光明寺、海福寺、宝土寺、信行寺、天寧寺、正授院、妙宣寺、慈観寺、善勝寺、福善寺、大山寺、常称寺、持善院、金剛院、浄泉寺、尊光寺、正念寺、西郷寺、海徳寺、浄土寺、西国寺、千光寺、海龍寺など由緒ある寺がある。ブリタニカの辞書的な説明はこのあたりにして、観光ガイドブック的な説明を加えると、おのみち文学の館、おのみち映画資料館、おのみち歴史博物館、千光寺ロープウェイ、市立美術館、向島洋らんセンター、おすもうさんではない国立公園高見山、因島フラワーセンター、因島水軍城、五百羅漢の白滝山、平山郁夫美術館、シトラスパーク瀬戸田など、日本全国どこにでもありそうな、カメラにしか映らない大人の観光スポットもあるが、この地を舞台とした「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」尾道三部作・「ふたり」「あした」「あの、夏の日〜とんでろじいちゃん」新尾道三部作と称される映画が計六本つくられ、それがまたド迫力ハードアクション巨編ではなく、青い謎をふくんだノスタルジックな、硬質な、未だ磨かれていない真摯な輝きを嵌め込み、不器用で生真面目な少年の心を宿したものであったためか、「一度も訪れていないのに、なんか懐かしい」とSFめいた宣伝文句がまかりとおったりする映画と文化と・・・・・そして、記憶の街。
 
 
 
で、あったのはずなのだが、今は
 
 
 
とりかえしがつかぬほどに海のものとなった、人の住まぬ沈み里。
そのことに対する感慨などむろん使徒の身には特にないが、あるのは不思議の念。
 
 
武具は教える。大陸から海を渡ったりもしたが、そもそも自分はここで産み出され鍛え上げられ今にいたり、兄弟ともいえる武具たちがここで鍛火の饗応を受けているのだと。
 
 
だが、ここにはなにもなく目の前にあるのはただの海路。
人間の営みという観点からすれば、あくまでここはただ通り過ぎていくだけの風景にすぎぬのではあるまいか。だいたい、それを思うはずの人間もここらへんにはいない。
 
 
あれだけの強靱な武具を生み出し鍛えるための「火」がない。
情熱と情念と執念が飽くことなく響かせ続ける「音」がない。
不自然極まる人間の、元来もつはずもなかった牙と爪を掘り出す「闇」がない。
 
 
どこかに、潜んでいるのか・・・・・・隠れることがヘタな種は生き延びる時間が短い。
 
 
人間はその点、絶望的にそれがヘタでもある。なぜ、そこまで?と首をひねるほどに。
 
 
くん・・・・・・鼻を効かせる。
 
 
それでも、わからない。
 
 
「空間」をいじって隠れているのだとしても匂いは誤魔化せない。レリエルのようなそれを得意とする者相手でも大使徒(VΛV)リエルの感知は匂いを辿れる。空間を操る術は使徒の専売特許であり人間におくれをとるようなことはありえない。
 
 
ここに
 
 
ひとつの鍛冶場があるのだと武具は告げるのだが・・・・まさか住民全体がエラのついた半魚人となって海の底で生活しているわけでもなかろう。どこの竜宮城だ、と大使徒である(VΛV)リエルは文化人類学的に指摘したりはしないが、興味は惹かれた。
しばらく、ここに足止めすることになる。
 
 
これが、結果的に第三新東京市のネルフ本部、綾波レイたちを救うことになった。この(VΛV)リエルの気紛れの滞在が、後の使徒戦での大使徒参戦という超激最悪事態を避けることにつながった。現段階のネルフ本部戦力ではとうてい太刀打ちできる存在ではない。
まわりまわれば、鈴原トウジの参号機が運搬途中に東方剣主を落っことして拾われて正解だった、ということにもなろうか。
 
 
「・・・・・・」
 
 
しばらく海路を見ていた(VΛV)リエルは謎を解く鍵のようなものを得る。
 
 
橋をくぐって船が西の方からやってきた。それが大きいのか小さいのかは(VΛV)リエルには分からない。少なくとも彼の箱船よりは小さいが。
 
 
ただ、穴だらけの鯨の死体を引っ張りながら船首に「刀剣」をつけたその船は、四つの回転しながら空を飛ぶ乗り物に追われているようであった。空を飛ぶ方が小回りがきき速度にもだいぶ余裕があるらしく、すぐに囲まれた。(VΛV)リエルの感知力はこの距離からでもしっかりと空飛ぶ乗り物が黒い筒から船めがけて火薬まじりの金属礫を吐き出すのをひとつ残らずとらえた。秒36個×4。さらに4掛ける。かけ算など使徒はやらないから、答えは人間にまかせる(VΛV)リエル。
 
 
しかし、その感知能力をもってしても・・・・・
 
 
船首の刀剣をひとふりするように体を振るわせた船が、金属礫が当たる前に忽然と姿を消した原因を把握しきれなかった。沈んだのでは断じてない。海路から消えたのだ。
 
 
消滅。空間の転移などではない。消滅だ。人間が乗り動かしていただろうあの船に消滅する能力も原因もあったと思えない。かといって他方からの力の干渉があったわけでもない。あれば即座に分かる。因果を飛び越えてそんなことができるのは・・・・・・
 
 
竜だ
 
 
答えを出す前に、またしても忽然と突然になんの前触れも予兆もなく、海路に竜が現れた。
船が消えたのとほぼ同じところに。竜は飛び、逃げようとする空の乗り物を軽々と三つ叩き落とし、残るひとつを明らかに見逃した。力のケタが違いすぎる。人と使徒ほどに。
 
 
ならば、あの竜は使徒に抗しうるか・・・・・・
 
 
興味を惹かれた。大使徒ともなればその議定心臓に刻まれた実行すべき使命の数は下のものとはケタが違う。実際にあまり人間に関わる時間などとれないのだが、それでも。内に騒ぐものがある。
 
 
直々に乗り出すような派手な行動はできない。海というのはいささか勝手が違うのもある。ゆえに、そこいらから何体か小物使徒をひっぱってきて海路にむけて進撃を命じた。
使徒に命令することができるのも大使徒の特権である。てきとうにテリトリーを荒らしてやればあの竜が現れる、と読んだわけだが、はたしてそれが的中する。・・・が、
 
 
強い。
 
 
すぐさま撃破された。実力の差がありすぎていまひとつ力のほどが分からない。竜が備えている武装の質は拾ったものと同レベルで、まごうことなきここの産であろう。
さげている武器さえ抜かずにケリがつくのだからあの竜の力はまあ相当なものだ。感心する。
 
 
そして、賢く、鋭い。
 
 
この武具・・・東方剣主の匂い、近くに出戻っているこの存在には気付いているのだろうが、あえて気付かぬふりをしてここまで寄ってこない。向こうから襲いかかってくる分には正当防衛であるから存分に相手ができるのだが。敵の排除後、海の巣穴に消えようとする竜の跡をなんとか見極めて追随しようとするのだが、それがかなわない。
跡形もなく海路から消え失せる。使徒が攻め込めばすぐに現れるくせに。
 
 
人間の技術がここまできたか・・・・その割りには、外海にもゆかずそこらで漁をやって帰るだけのどこにも仕掛けらしい仕掛けもない小舟でさえも同じようなことをやってのける。この大使徒の目と鼻を欺く。その気になればここから第三新東京市の様子もはっきりと見えるその目は、小舟の舳先に錆びもせず異様にピカピカな短刀が備え付けられていることを確認していたが、それがこの消失出現とどう結びつくのか、分からなかった。
 
 
調査役のレリエルならばこんな事態も看破したのだろうが、あれはすでに使徒でなくなったから呼び出して仕事させるわけにもいかなくなった。その意味であれは貴重だった。
 
 
一番てっとりばやいのは船に隠れて同乗することなのだろうが、大のつく使徒がそんなことをやるはずもない。ひとつの局面で無理をしてその結果、他方の仕事が遂行不可能になってしまったら元も子もない。人間に関わるだけが使徒の使命ではないのだから。絶大な能力をもってはいてもその点では使徒ほど不自由なものはない。
 
 
どの程度の戦力を投入すれば、あの竜を捕らえられるか・・・・・
 
 
いつしか(VΛV)リエルの興味はそこに移ってしまい、そこに人間が隠れているのならば陸路からもおそらく通じるルートがあるのではないか、とかいう考えも惜しげもなく捨てて、そのことに集中する。しばらく、それに飽きるまで。使命数が多すぎて、気紛れに何をやろうとどこかにはひっかかるという大使徒の特異性、それをフルに用いて。
 
 
 
「迷惑な話だが」
 
 
と竜号機のパイロット、水上左眼はその時のことを一刀両断した。