「その後、マルドゥック機関に救助された」
 
 
「で、それからそれから?それからどうしたの?ヒメさんは」
 
 
父親に話の続きをせがむ息子、碇シンジ。ちゃぶ台とそこに並ぶ焼き肉のたれ流用のロコモコ(半熟目玉焼きのせ)という男飯を挟んだ親子の会話は、中身と人物を知らねばそこそこに街の片隅の穏やかな市民的光景ではあった。しかし、「誰も知らない」、というのはこの場合許されるはずもなく。
 
 
 
「あー、ごめん!!失礼する!!おられるかゲンドウ殿!!」
 
 
声と同時に登場というのはつまり音速であったのか、おそらく気迫がブーストしたのだろうが挨拶とともに水上左眼が父子の食卓に現れた。特急仕事を片付けてきたのに違いない男装スーツのネクタイがよれていたが、そんな指摘などできるはずもないほどの眼光とハクリキ。もはや一人新撰組の御用改め状態であった。碇ゲンドウが着流し姿で平然とそれを迎えるのはともかく、碇シンジがちゃぶ台の下に隠れているのはいかがなものか。
 
 
「見ての通りに在宅している」
平伏どころか皮肉らしいことをのたまう碇ゲンドウ。
 
このまま無礼討ちにされても文句はいえない態度であった。水上左眼にしてみればこの人物のために吹き飛んでいった金のことを考えると。が、碇ゲンドウにしてみれば、伝言したとおりに行動したのだから何も文句はないだろう、ということになる。実際、表面だけなぞれば文句のつけようがない。
 
こうして、戻ってきているのだから。しかし、なぜ戻ってきたのか。一日さぼれば一週間のツケがまわるアスリートどころではない里を封じたツケを取り戻し切り回しするのにかなり無理をしなければならない、というか現在進行形でそれは当分片付きそうにないのだが、いきなり夕刻になって碇ゲンドウ父帰る、と報が城に来たので最優先でここに来たのだ。多少は慌てたり申し訳なくしてもらわねば、こちらの勘定の収支がつかない・・・のだが、それを口にする水上左眼ではない。
 
とりあえず、一息つき。それから一睨み。
 
よもや取り替えられた影武者ではあるまい。たとえ京都製であろうと札がなければ感知されずに入ってこられない・・・・こうも静かに、という但し書きが最近は必要になったが。
 
 
「いや、おられるなら結構なのですが・・・・伝言通りに戻られたのも、また」
 
しかし、と続けたい水上左眼。しかし、竜尾道から出られるのでしたら事前にご一報を、というのは愚問だ。時間の無駄といえる。ただでさえ時間はマネーであり、しかも今はビッグマネーである。碇シンジあたりに正確にその額を教えたら目の玉が飛び出るかもしれない。まあ、それはいいとして。
 
 
「いったい、どのようなご用事だったのですか?」
 
聞くべき事はとりあえずそれだ。他のことは後でいい。戻ってきてはいるのだ。こういう行動に現に出る、というのならこちらの態度も変化するだけのこと。・・・・パチンコくらいは禁止にさせてもらおうか。
 
 
「私事・・・・家の用事だ」
 
誤魔化される余裕も駆け引きを楽しむ余裕も今はない。他の者なら碇ゲンドウがそこまで言えばもはや口を割らせる努力を放棄しただろうが、水上左眼はそうはいかなかった。
碇か六分儀か、いずれにせよ踏み込めば血の道茨の道だろうと。今更級日記だ。
 
 
「もう少し具体的にお願いします。それと、その用件が今後も続くのかどうかも」
 
空気は緊迫する・・・・・ところだが、ちゃぶ台の下にいる碇シンジが台無しにしていた。
そのポジショニング。狙ってやっているとしたら、まさにドームカーメーの日本代表。
パリンと割れる科学研究所のバリヤー、っぽいナチュラルにかもしだす絶対領域。
 
 
「注文していた品を受け取りに行っただけのことだ。私か、シンジが行かねば渡さぬというのではな・・・・やむを得ない」
すばやいカメのようなザマをさらす息子に胸中何を思うか、碇ゲンドウの表情は変わりなく鉄仮面である。
 
 
「注文していた、品・・・ですか」
この期に及んでエヴァ初号機の秘密兵器とかではなかろう。人間の手で運べる何か。
そして、私事であり家の用事、だと碇ゲンドウは明言している。何を今更この期に及んで感プンプンであるが、その匂いに耐えながら問い続けねばならない。情報も金である。
 
「それは・・・?」
碇シンジが行っても渡してもらえる何か、と考えた方が早いかもしれないが、クイズじゃないのだ、考える間も惜しい。外せばそれこそ魔である。だから聞くのだ。
 
 
 
「結婚指輪だ」
 
碇ゲンドウもあっさり答えた。
 
 
 
「「ははああっっ!!??」」
 
 
 
水上左眼と碇シンジの驚きがシンクロした。完全だった。完璧だった。演技も打ち合わせもない。そのシンクロ具合は。確かに碇シンジはほざいたとおりに竜号機もいけるかもしれない。水上左眼は相方を睨みつけるが碇シンジもそんなことは全く聞かされていなかった。いつぞやの食事時のようにホワイトアスパラを無理矢理食わせたときのように・・・これも、と思ったが。どうも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・真剣らしい。
 
 
「だ、誰と、誰の・・・・・?」
 
 
息も絶え絶えの問いは碇シンジから。ちゃぶ台から出ることも忘れているその姿は、どこかパップラドンカルメにも似ていた。
 
 
「お前とそこの左眼とだ」
 
 
 
「「うっそだおおよおお!!」」
 
 
今回のは合っていなかった。かなり捩れてアンバランスだった。それはそうだろう。
 
 
「だって年齢は!!僕はまだ16だし!」
「いやシンジ殿、14だろう!?危険なサバを折るな!」
「そ、そうだ!僕は14才だった・・・サバは読むものだけどっ!」
 
 
「そんなものはここではどうとでもなる。首長が首を縦に振ればいい」
嘘は縦横無尽でも、ふざける、という単語は碇ゲンドウの辞書には存在しないはず。
これは完全に冗談悪ふざけの部類に入る。ただ、真実本気でなければ。
碇ゲンドウがそんな一発ジョークのためにこんな動きをとるとは思えない。夢にも。
今更このヒゲ父親がそんなお茶目キャラだと判明したところで・・・・・・
 
 
「な、なんで・・・・でもなんでいきなりそんなっ!?マンガじゃあるまいし!」
てめえの父親には完全に無縁であろうはずの発想についていけない息子が叫ぶ。
食卓の空気を悲痛さが引き裂く・・・・ところを、そのポジショニングが自動修復。
 
 
「政略結婚というやつだ。当人同士の意思など関係ない」
 
 
「なんだってええええええ!!」
 
ちゃぶ台を返すのは今!今この時、ひっくり返すため、あえてここに雌伏していたのだと!
マンガどころか時代劇であった父親の大河な一言を決起氾濫させるため、空にもそびえよ!とスーパーロボット黒金の城な勢いをつけて立ち上がる碇シンジ!!
 
 
が、ちゃぶ台はその前に押さえ込まれた。ぴくりとも動かない。
 
軽く片手をついただけに見える水上左眼に14の革命はあっけなく潰された。
 
 
「本気ですか。私も冗談につきあえるほど暇ではないのです。特に今は」
眼光は殺気に限りなく近い。600以上の人生を見、その運命のフィルムを次々と切断してきた眼で。
 
 
「お前が無理であるなら、右眼でも構わない。
 
目的は、最後に・・・ユイに、息子の晴れ姿を見せてやりたいだけだからな」
 
 
前半だけで言葉が終わっていたなら、碇ゲンドウは間違いなく真っ二つに斬殺されていただろう。無表情のまま続けられた後半がその命脈を続けさせた。
 
 
「これぐらい望んでも、構わないだろう。それさえ済めば、シンジはお前たちに、いや、この地にくれてやる」
 
内容はどえらいが、碇ゲンドウは淡々としている。あまりの淡々さに落ち込むよりも抗議するよりももうあっけにとられてるしかない碇シンジ。いきなり出て行っていきなり出戻ってきて説明もなく平然としている。自分をおいて逃げなかったことだけは確かだよなあ、と安心してのがまずかった。のんきにヒメさんヒストリーなんか聞いてる場合じゃなかったかもしれない。外に出て誰かに連絡だけして戻ったのかと思いきや。
そこまでしないといけないのか・・・・・・・・まあ、そうかもしれない。
現状の自分たちは。
 
 
「え・・・・・あ・・・・・それは・・・・か、かなり、重大な判断ですね・・・・時間を頂いても・・・・よろしいですか・・・・」
 
水上左眼は目に見えてうろたえている。何が急所であったのか、明確に逃げに入った。
 
 
「ああ。アレに伝言は頼む。・・・楽しみにしていた指輪の出来を確認するか。これを」
懐を探って碇ゲンドウが翡翠色の小箱を取り出そうとすると、現れたのと同様、もしくはそれ以上の速度で水上左眼は去った。「城から急ぎの連絡がはいりましたのでまた後日ー・・・・」挨拶の方が遅い。ほとんど魔よけの札をちらつかされた悪霊のリアクション。
勝ち負けでいうなら、再び碇父子の勝ち、ということになるのか。
 
 
「ちょっと痛快。・・・・・・・・・・・だけど」
 
えらいことになったな、と。こんな詐欺みたいな、というか詐欺そのものをせにゃならんとは・・・・エヴァのパイロットから父子詐欺師・・・・うーむ、人生いろいろ。これを楽しめるようになればまさに、人生の失楽園?父さんは黙々ロコモコ食べてるし。
苦悩する碇シンジであった。
 
 
 
「そろそろ・・・出たらどうだ」
ぼそりと、碇ゲンドウが言った。