「ただいま」

 

言うのもなんだか妙だとは思ったが、惣流アスカは発令所に入って誰ともなしになんとはなしに、そう一言告げた。己の帰還と復帰を。相当に立て込んでいるのは知っているし、その声の大きさではこの盛況の中誰の耳に届くわけもない、まあ、お祈りみたいなもんよ、と少々照れて歩を進めようとすると

 

 

風が吹いた。

 

 

地下の秘密基地内にそんなものが吹くはずがないのだが確かに。相当に勢い良く一陣のそれは少女のもとへ。その心は強く揺さぶられる。この殺人的に忙しい中、いちいち「おかえり」などと口に出したりなどせぬが、スタッフたちの気配が、一瞬だけこちらによこした視線が、わずかに止まった移動の足が、それらすこしづつちょっとづつのことが、どれだけどれほど自分を待っていたか教える。声も熱気もいや増してくる。穏やかさなど微塵もない、覚悟のない者が踏み入れれば沈められること必至の弩級の修羅場。ちなみに弩級の弩とは大昔の戦艦ドレットノートのこと。17900トンくらいの排水をしなければならないくらいの修羅場でありそうしないと溺死するわけである。

 

 

「おかえり」

自分の声が聞こえたわけではまさかあるまい。考えることが似ているだけだろう、葛城ミサトのその声に惣流アスカは居場所の確認をする。自分のいるところはここ。じぶんのいるところはここ。じぶんはここにいたいのだ、と。

 

 

「うん、お待たせ」

どんなにキツイことやばいこと危ないことが降りかかろうと。

そんなの関係ない。ここまで待ち望まれてなにもしないなんてことは、たぶん、どんな人間にもできない。

さあ、こっちも一仕事だ。シンジのやつだけにいいかっこうさせるもんか。

 

 

「で、なにをすればいいの?」

どんなことでもしよう。今なら、どんなことでもやれるはず。どこまでも走っていけるような気分が胸のうちにある。

 

 

 

うーーーーむ

 

 

なんの曇りもなく真正面から強く見据えてくる蒼い瞳に、葛城ミサトは第二類、セカンドチルドレン、「二重人格」の存在を確信する。ちょっとだけ、ほんのわずか、気づかれぬほどわずかな目配りで惣流アスカの左手を見る。

 

包帯も解いてしまっていた・・・・・あの火傷が綺麗に完治している。

 

演技で傷は治らない。何かが今夜、あったのだ。現在もあり中だけど。

 

 

こんなまっすぐな目ができるわけがないのだ。そりゃそうだろう。碇シンジとともに高速で走行するトロッコで鉾を登りそして第二支部へ渡った・・・・そのあたりはカメラで確認されているし何より発令所のモニタで皆が見ている。二人でこの異常時にエヴァにも乗らずに現場へ突入してしまった・・・なんの連絡もせずに。はっきりいえば厳罰ものであり、碇シンジを伴っていない現状、野散須親父に見得をきってみせた手前、正直なところ肩を引っつかんでガクガク揺さぶってもその行方を問いただしたい、この異常事態の種明かしを迫りたいところ・・・・なのだが。

 

 

アスカはなにもおぼえていない

 

 

と、自宅から直通携帯でかけてきたアスカの声をした何者か・・・・いや、もうひとりのアスカ、本人はラングレーと名乗った。彼女がそう告げたのだ。

こちらからの質問を先んじて封じて、現在位置だけを教えると一方的に。

 

本人は火傷の治療のため自宅から一歩も出ていないと思っているし、第二支部の第三新東京市への突如の空間転移事件が発生しエヴァ初号機は緊急出動を求められて碇シンジはネルフ本部へ駆けつけ、そのまま初号機に乗り込み<鉾>を起動、単独でのATバビロンでなんとか第二支部の落下を支えている・・・・戦闘は起こっておらぬから射出はせずに地下で初号機とシンクロだけして鉾にエネルギーを注入し続けている・・・ような状況で、碇シンジもトロッコに乗って鉾を駆け登ったりはしていない。と。アスカはそう信じているからその点を問いただすのは一切やめたほうがいい、と警告さえしてきた。

 

 

あれだけごまかしようもなく堂々とやっておいて。なにをふざけているのかと。

 

一瞬、怒鳴り返してやろうかとした葛城ミサトだが、その前に赤木リツコ博士に携帯をひったくられた。あやういところで反射的に肘をいれるところだった。

 

 

しばらく携帯の相手、ラングレーと話していたリツコ博士だが、ぷち。返す前に切りやがった。

 

 

「うわー!!なにしてくだすっとんですか、まいっちんぐリツコ先生!!揉まれ殺されたいのですか!!」そう叫んだらこっちを谷底に生存してる原始人かなにかのように見下した目で見やがって。

 

 

「・・・今の話、ほんとうよ」冷たく、一言だけ。

 

 

その冷たさがどこにかかるのかはよくわからんが。背中に氷でできた判子をおされたように。ぞくっとする。分かるのは時間の無駄が省かれた、ということだ。一番追求するであろう人間が黙るというのなら。「本部にはすぐに来るように伝えたから」弐号機が使えると判断したのなら。それでも二点、どうしても聞かねばならぬことがある。

それがあるから、切りやがったのか。ここで動揺するほどやわじゃないっての。

くそ、ラングレーか・・・・惣流アスカラングレー。こんな、時に。いやだからこそなのか。アスカが覚えていないというのならラングレーは覚えている、ということだろう。この間、いったい何が起きてなにがあったのか。

 

 

「アスカがくるの?ここに」

問いの意味は分かっているはずだ。

その名は発令所内に深く静かにどよめき伝わる。弐号機へ連動する、波。

 

 

「そうよ」

答えは簡潔。ラングレーではなく、アスカが。金髪の科学者は不思議におもっているようだがそんなのはどうでもいい。

 

 

「それで、シンジ君は」

 

現在の発令所はのんびり聞き耳をたてていられるような状態ではない。嵐の海のようなもんでもうアチコチがグラグラものなのだ。次々と指示を大声で飛ばさなければならないし、全体の流れを聞き取らねばならない。リツコ先生がラングレーとどういう会話をしたのか。肝心なことをまさか聞いてないはずはない。その名はこの騒乱を終わらせる魔法の呪文のように。鉾と接続されたエヴァ初号機専属操縦者、不在にして起動した初号機と天に昇ったパイロット。

彼が地上に戻って初号機の操縦席に座らねば、この騒動は収まらぬ・・・・

まるで子供の原チャリを鍵もないのに無理やり走らせようとする親だ。

それなのに。誰よりもなによりもこの都市に腰をすえておらねばならぬ者が。

 

 

まだ、“あそこ”にいるのか。

 

 

まだ、目的をはたしていないのか。まあ、こっちは航空機による浮上第二支部への着陸もできないのだけど。強烈な力場に阻まれて接近すらできない有様。

最新科学をあざ笑うかのごとくあのトロッコ、あれしかないのか。

 

 

渚カヲル、彼に通じる道は、碇シンジ、彼にしか開かれていないのか。

 

 

・・・・実を言うとそんなこともないのだが、さすがにそんなことまで分からない葛城ミサトである。・・・シンジ君、今あんたなにしてるのよ・・・・

 

 

 

「こっちが聞きたい、ってね。そう言ってたわ」

そんな答えがあるかあ!と燃え上がる黄昏気分のまま頭突きでもかましてやろうかとしたところ、

 

 

「・・・・レイは」

ぽつん、と付け加えられた一言で動きをとめられる。何でその名がでてくるのか。

 

 

「え・・レイ・・・」

さすがにもう指一本動かせぬだろうから、医務室で深い眠りについているはず。

これ以上は誰がなんといおうとレイを使う気はない。動かせば。

 

あんただって知ってるでしょうに・・・・目で答える葛城ミサトには友人がひどく疲れているように感じた。皆がそうだが、特に。もう壊れかけてるというか。人と対話する部分にやばい箇所ヒビはいってるというか。この状況で倒れられたらシャレになんないんですけど・・・でもあんたは働いてね。副司令は副司令でまたろくでもねーことになってるし。碇家の家老かあんたはといいたい。

 

 

「と、とにかく、シンジ君はまだ戻ってこない、と・・・アスカを先に帰したのかもしれないけど・・・・」

アスカはアスカでどうやってマンションまで戻ってきたのか。それも謎だ。今までロストしていたものが突如、その存在を連絡してきたのだ。まるで入れ替わりのように。自分の家は先ほどまで、アスカ、いやラングレーから連絡がくるまでは無人だった。警報器機を信じればそうだ。あの家にはペンペンしかいなかった。異星人に誘拐されたわけじゃあるまいに。自分たちの見たトロッコ疾走が幻でないのなら、第二支部まで乗り上げて、その目で見たはずだ。

 

 

 

そして、彼に会った・・・・・・会えたのか・・・・

 

 

 

それもおぼえてない、という。

 

それどころか、シンジ君と一緒だったことさえ。ともに夜に飛び出した記憶すら忘れなければならないほどのことがあったのか、それともそうしなければならない理由があったのか。聞くなというなら聞くまい、今は。

 

 

「じゃあ・・・・」そのように受け入れを整えなければならない。到着するまで。あとで上からゴチャゴチャいわれぬように尤もらしい理由をつけて初号機のパイロットは機体に乗り込んでいる、いた、いましたというデータを捏造する班にその機密レベルをあげるように指示。

 

「どーも、アスカ、混乱してるみたいだから。シンジ君が先に戻ってると思い込んでるみたい。その点、気をつけて」

何者をも一切黙らせる脅しとガンつけであった。よけいなこといったらころすと顔に書いてある。しかもひらがなで。

 

かくしてセカンドチルドレン到着後も初号機とは連絡ができぬように封鎖しておくこと等々の小細工。・・・・こんな真似しといて最後の最後まで碇シンジが戻らなかった日には・・・その信頼関係は破断間違いなし・・・それでも葛城ミサトは淡々と「やれ」という。

 

 

「シンジ君は、“まだ”、戻らない」それだけを強く言って。

 

 

碇シンジにとりあえず与えているのは「消失し再出現した第二支部の中心部にいるであろうフィフス、渚カヲルの救出」という大義である。私情もいいとこやんけとクリティカルなことを言うやつは幸いネルフ本部発令所内にはいない。もちろん、任務などではない。子供に任せられるようなことではないが、「友情」のためやむなく突っ走った、暴走してしまったのだ、という筋書きである。そうでもなければ人は納得しない。幸いなことに、渚カヲルから贈られた鉾はあくまで碇シンジの私物であり、それを当人が友人のために用いるのになんの不思議もない。

 

    ・・ただそのスケールが並外れているだけで。

 

 

まずは発令所、ネルフ本部内の身内の意思を統一、固めておくことである。

葛城ミサト、赤木リツコ、野散須カンタローが中心になり結託。

こんなときに総司令であり父親である碇ゲンドウがいない、というのはかえってやりやすかった。葛城ミサトのようなおおうそつきにとっては、だが。

それが真実ではなくとも。おぼろげな輪郭、近くで見れば美形、近寄ってみれば笑ってしまうようなお多福であったとしても。それでも、まるきりぜんぜんわけがわからん、というよりはましである。あえて誤魔化されもしよう。

 

 

不正をあまり追い回すな。やがて

おのずと冷えて来る、外は寒いんだ。

この暗さ、このひどい寒さを考えろ、

嘆き声の響き渡るこの谷間では。

 

 

と三文オペラ(ベルトルド・ブレヒト作)の名セリフにもある。

 

 

そして、消失した第二支部の出現と示し合わせたような、あの行動。

第二支部がそこに現れると知っていたのかのような、または、あの鉾を起こしたから消えたものがもう一度現れた、というような人知を越えた・・・

それすらも。

 

 

「彼はたぶん、感じたのよ。鼻が利くから」

 

感覚、ということで納得するようにする。人並みはずれた感覚。

 

それは、人を超えた知識、よりもはるかにわかりやすい。というか、それはもう人間の頭では理解できないと最初から自己紹介されているのだから当然のこと。碇シンジごときがマギも計算しきれないものを計算してその出現をその地点を予想して行動した、というよりははるかに説得力がある。自分たちもその行方は必死になって探していたのだから。世界のどこかで必ず発見できると。

 

「ブレノスアイレスの蝶が羽ばたけば日本に大竜巻が起こる式のカオス連鎖を皮膚感覚で彼は感知できるのかもしれない」などと赤木リツコ博士が真剣な顔してつぶやいてみれば、そんなもんかと信じる者は信じる。伊吹マヤなど特に。

ただ、これまでの経験から碇シンジが初号機の角を折られただけでのたうちまわったり使徒をほとんど恐れなかったり常人と異なる奇妙な感覚を持ち合わせているのは発令所の人間は知るところであるから、云われてみればそうかも、と思い返すことになる。

 

 

何より。

 

 

彼は、一度、消えている。そのことを。忘れようのない苦い記憶が。

 

 

「子供が、一度は風に飛んでいった凧が電線にひっかかっておるのを見つけて、

親にだまって竿竹を持ち出して、凧を取り戻そうとするようなものかの」

冗談抜きでそれくらいの感覚しかないのかもしれん、と野散須カンタローが。

そこまで子供じゃなかろう、と聞くものは思ったが、反論としては浮かばない。論として成立しないのだ。自分たちの目で見たものが、今までの経験が足を引っ張る。学校でもこっくりさん大会をやってみたり、服を来たまま惣流アスカと泳いでみたりとここ数日の若殿のご乱行を聞くものは聞いていた。

 

 

そのバカ殿さまが誰にも相談せずに、閃いた感覚といっちゃった感性のまま、やっちまった、という可能性は非常に高い・・・・ここまでくると、あまり誤魔化されているという気がしないから碇シンジは不思議だ。なんともありそうだ。

 

 

対外的にこれで誤魔化すにはちょっと苦しいかもしれないが、自分たちにはそれで十分・・・ということでネルフ本部発令所スタッフは呑み込んだ。ごくん。

 

 

サードチルドレン。

 

 

エヴァのパイロットがエヴァに乗らずに、なにをやっているのか・・・。

 

本部では碇シンジはサードチルドレンだが、本部の外ではサードチルドレンはサードチルドレンなのだ。それ以外の何者でもない。これは特別なことではなくどんな業界業種でも同じことだろうが、認められる許される幅が異なる。

 

今も必死の問い合わせを何度も何度も繰り返してきている第二支部スタッフの関係者、家族からすればこのようなふざけた真似は断じて許すまい。

何よりも何よりも何よりも、愛する者たちの、同僚の家族の恋人の生命が最優先で、最も近くの現場にいる者には他の何もしてほしくないだろう。遠くから自分たちの手がそこまで届かない及ばないだけに。その希望、その期待は。

何の前触れもなく突如として消えた命。もう帰ってはこない、二度と。

信じかけていたものも、それを断じて認めない者、さまざまだろうが、

今夜、飛び込んできた知らせ。消えたものが再び姿を見せた。帰ってこないはずの者たちが、帰ってくるかもしれない。自分たちのもとへ。願いと祈りと。どれだけ重ねてもかなえられるはずのないことが、現実に、なろうとしている。

さよならしたはずのものたちが、今夜、また。

 

 

葛城ミサトは残酷だと、発令所の者は思った。相手をするのが辛いのではない。

彼ら彼女らの人生をまるごとぶつけられるのも上等である。原爆瓦のような荒々しさでゴシゴシ削られても本望である。その痛みは理解できる。だが・・

その望みが絶たれたあとのことを考えてみたのか、その可能性を。

 

 

情報公開の代償として無条件にして全力の助力を求める。

それをもってしても、救えなかったとしたら?現実問題、浮くのをやめたあれがそのまんま落下してきた日には第三新東京市は甚大なダメージを蒙る。使徒をまとめてやった際の放電攻撃を仮定してどれほどの破壊が可能か、対象を第二支部にして計算を命じられた班もある。いかんせん、肝心の鉾の内部にほとんど潜り込めていないが。プロテクトが厳重すぎ、なおかつ鉾の方からも逆ハックを仕掛ける有様で発令所で行きかうデータのいくつかが吸い取られた。

 

 

状況は非常にやばいところにある。どっちをむいても明りがみえない。

お先真っ暗。どんな度胸の持ち主でも好んでこの陣頭に立ちたいとは思うまい。背負うものが重過ぎる。葛城ミサトは残酷だが、驚くほどに強い。

もう、なにもかも捨てて逃げたい、と思ってもおかしくない。その重さは。

まるでアトラスである。シジフォスである。足してアトフォスもしくはシジラスである。

 

 

さらに、予定落下地点としていたN2沼に行っていた野散須カンタローから奇怪な報告が届いていた。周辺に住み着く者もおらず、N2不発弾もなし、その他必要とされるすべての確認作業は完了、結果は、移動距離を考慮にいれた上での最高条件の立地である、という判定がでた。日ごろ真面目に戦術地図を作成していたおかげだ。どう移動させるのかまだ決定していないようだが、さあ急いで引き上げだ!、という簡単なことにはならない。それならわざわざ、しかも沸騰直前ギリギリこぼしていないだけの発令所を離れて百戦錬磨の野散須カンタローがじきじきに検分することはない。確かに重要な仕事ではあるが、実際にやるのは作戦部の部員や技術部の学者なのだから。

発令所の最高年齢者をわざわざ向かわせたのは・・・・・・ほかの目的があるからだ。確固として、むしろそれがメインの。

 

 

碇シンジらがトロッコで鉾を登り、第二支部へ飛び移った数時間後のこと。

 

 

第二支部から、四条の光線のようなものが放たれた。刹那のことでこれを見逃さなかった観測員は大金星といえた。おまけにひどく微弱で高性能の観測機器によらねばとらえることもできなかった、細い細い糸。罪びとまみれの地上にたらされた蜘蛛の糸のごとく。怒涛の混乱にありながらこのような些細なことまで葛城ミサトの耳に入るあたりがネルフ発令所の恐ろしいところである。

 

 

それらがそろって差したのがこのN2沼の地点だったのだ。

 

 

何かの間違いかも知れぬし、それがどうしたこっちは忙しいということもできたが、「なんかありそうね・・・」葛城ミサトは即座に決断。現地調査はそれがメインで、落下予定の事前調査というのは建前であり、このことは外部には隠蔽されている。ゆえに葛城ミサトに頼まれた作戦顧問が出て行ったわけなのだが・・・・・・

 

 

鉾内部の狙撃プログラム・天眼が、周囲一帯を観測検索した結果、その地点を<選択>した、ということが分かるのはそれよりも後のこと。

 

 

その四条の光線にそれぞれ名前があり、それらが<火の瀬>、<くろは>、<エルゴベルツァー>、それから<ひなゆきせ>などということを葛城ミサトが知るのは、ラングレーから教えられるずいぶん先のこととなる。

 

 

それはともかく、未だ第二支部の誘導落下方法の目処もたっていない状況で葛城ミサトはその現地報告になんかヒントがあるんでは?とかずいぶん調子いいことを胸のうちに秘めてずいぶんと期待していたのだ。いっそ光になって飛んできた碇シンジと惣流アスカと渚カヲルがはだかんぼで沼にぷかぷか浮いて戻ってきた、とかいうメルヘン落ちでもいいわよとか、相当なことまで考えていた。

 

 

 

「白い電車から・・・ぼうっと光る人影が降りとる・・・雪が降っとるぞ・・・・・けっこうな人数じゃの・・・十や二十じゃきかんぞこれは・・・・」

 

待ちに待った野散須親父の現地報告はらしくもない、明瞭さを欠いたもので、心とらわれたように、ぼーっとしたものだった。しかもなんだその内容は。

一応、作戦部長専用の端末に念のため覗き殺し”塗り仏くん“をかけて受けているのだが。

これじゃ日向くんを行かせたほうがまだまし、気象マップ見れば雪はなんかマジで降っているらしいが・・・、鉾の大電力のせいか、刺激を受けた大地がもぞもぞ狂ってそれにあわせて天候も乱れ放題で、もはや驚く気にもなれぬプチ異常だ、そんなのは。その白い電車とか、ぼうっと光る人影とか・・・あのギョロ目が確かにギョロっているのなら、ほんとうにそんなのが見えるってんなら・・・・「降りたあとからは列をなして・・・爆心地・・沼中央にむけて歩いておるか・・・おう、ほかからも光る人影の列が同じように移動しておる・・・・うーむ、あれは光る着物をきとるから光るのかもしれんな・・・君、機械の操作はこれでよかったかの」

 

 

それって・・・・・もしかして、幽霊?・・・・・とか。まさか。

怪しい宗教団体が合宿とか、舞踏の暗黒儀式をしようとか、とにかく面倒なことになりそうだ。昔の人魂みたく燐とか、地下から噴出すやばいガスが燃えてるとか・・・

 

「映像おくってください、映像」自分にも見えるはずだ。自分にも。実物なら。

 

しかし、転送されてきたのは、「なんじゃこりゃ?」全てピンボケ。わざとやってんじゃないかと思うほどに光でぼけてしまっている。宗教画ならなんか温かみがあってこれでもいいんでしょうけど、「なんですかこりゃ、真面目にやってくださいよ!」さすがに言い方がきつくなる。心霊写真じゃないんですから。

ほんとにそうであるなら、かえって話は簡単で楽なのだが。無視すればいいし。

 

しかし、覗き殺しをかけてもまた覗くよな輩の妨害かもしれぬとも思い返してこっそり遠隔会議中のリツコ先生をひっぱりこむ。もの凄く迷惑そうな目でにらまれたが先のお返しだ。「・・・・これ、どう思う?」「・・・なんとも云えないわね・・・ただ、覗き殺しは正常に作動してるわ」「じゃ、現地の操作ミス?これだからお年よりは・・・・・おっと沼全域を引いた絵もきたか・・・沼のまわりをぐるっと・・・光る点点が・・・電飾つけて釣り大会でも始まったわけでもないわよね・・・作戦顧問!野散須作戦顧問殿!なんですかありゃ!」

「うるさいのう、それを調査するために来ておるのじゃろうが。しばし待っておれ。・・・・これは、当たり、かもしれんぞ。作戦部長殿」頼もしい含み笑いとともに野散須カンタローは調査隊を沼中央方面に移動させる。

 

 

葛城ミサトはそれを黙認した。「お気をつけて」の一言も出なかった。

 

「え?」という軽い驚きの表情で日向マコトガが直属の上司を見上げる。

 

忙死一歩手前の、ギリギリの残容量でその話を聞いていたのだが、それは葛城ミサトらしくない鈍さ。完全な異常事態に軽装備しか持たぬ野散須調査隊に任せてしまっていいのか。ちょっとそれは・・・・危険すぎるのではないかと。

 

あの古い人間が自分から戻るはずがない。逃げの野散須、の異名は人を逃がすことであって。作戦部長として、ここは抑えるべきだったのではないかと。

 

とある事件を経験して、聞き耳ずきん的な他人とは異なる感覚力をもつことになった彼のセンサーにビンビンくるものがある。やばい、やばすぎる!と。こういった感覚、“カン性”は上司のほうが数倍、優れていたと思っていたのに。一言上申しようかどうか迷ったが・・・送られてくる仕事量の波にさらわれてタイミングを逸してしまった。葛城ミサトもいつまでの端末にかじっていられない。マンパワーを最大限にしてはいるが各支部の責任者クラスの応対はさすがに自らこなすしかない。副指令の仕事までこなさねばならぬのだから死ねる。

 

 

夜は明けない。一番長い夜、どころではない。まったく明ける様子がない。

第二支部の浮上のタイムリミットが実感されるよりはいいかもしれないが、

人の頭上をべったりと塗りつぶす重い銀蒼(ブルー)。

今夜が永遠の夜のはじまり、とでもいうように明ける気配がない。

 

 

N2沼に支援を出すかな、と、高速で仕事をこなし続ける頭の隅で、日向マコトはちらと片隅で思ったがその様子はない。じくじくじく、と感じるやばさのあまり歯が痛みだしてきた・・。

 

 

「衛星では写らないわね・・・航空でも」他の端末をちょいといじってN2沼周辺を他の視点から確認しようとした赤木リツコ博士が告げる。「やっぱり機材がおかしいの?」葛城ミサトのその問いこそがおかしい、という顔をして「その地点だけブラックアウトするのよ。“やみくろ”にでも食べられたみたいに」静かに答える。

 

 

「!!なによそれ!!なんで黙ってんのよ!!」

指示指令の怒号とはあきらかに違う、葛城ミサトの感情過多の叫び声に一瞬、発令所が静まる。発令所はスタッフが必死こいて100%以上に機能している。させている。その機能を指揮者が自ら停めてしまってどうするのか。

 

「・・・あ」さすがに一瞬で己の失態に気づいた。指揮者の限界がそのまま集団の限界となる。下が作り出す熱と動きをコントロールできねばそれは暴走となる。自分たちの限界を目に見える、耳に聞こえる形ではっきり出されてしまって、スタッフたちも途方にくれる顔をする。

 

 

「・・・たった今のことよ。確認してみなさい」

それでもただ一人、赤木リツコ博士だけは変わらない。失態を責めはしないが突き放して言う。調査隊の中にあの老人さえいなけばおそらくミサトは判断を誤らなかったはず。おそらく退避させた後、遠距離からの観察か、もしくは明暗の参号機に一走りさせたはず。

 

 

「・・・くそ、マーカーも消えた・・・」

単純なジャミング、機材の故障などではありえない。現地からの連絡の途絶。

それが即、調査隊の消失を示すわけではないが・・・・これは

作戦家ともあろうものが虫のいいことを考えていた罰か。鉄則を忘れていた。

 

 

“敵というものは来てほしくないときにやってくる”。それを忘れぬこと。

 

 

おそらく、この状態で起きてはほしくないこと。最も望まない現実。

 

 

「止めたほうがよかったわね。いまさら遅いけど」

 

気づいたのは葛城ミサト、赤木リツコ、そして黒羅羅・明暗が。ほぼ同時に。

だが、受ける感情はそれぞれ異なり。浮かべる表情も三様。

 

 

 

「使徒・・・・・・・」

それは予感であり確信。

 

 

その間も確実に現地の状況を捉え続けたのは<天眼>しかない。

Kurokuro・・・

 

 

黒いドームのようなものが沼の中央から膨れ上がり周囲一帯を結界化、封じた、と思ったらそれはしばらくすると消えてしまい・・・・・そこから

 

 

視認されたものはプログラム天眼に新たな計算を要求する。誘導落下に支障が生じるほどの<異物>の出現。もちろん、鉾はそれを、それが何か知っている。

 

angel

 

それが目標地点から移動なり排除されるなりしなければ作業は継続不可。

天眼はそう判断を下して、しばし一休みすることにする。そのついでに先ほどからチクチクと自らをつついてくるこうるさい蟻を黙らせることにする。

 

 

黒いドーム・・・「黒妖壁の真似事とはやるじゃねえか・・・」明暗が呟く。おそらくはATフィールドであるそれが消えてしまえば、

 

 

「パターン青!使徒です!!」オペレータの悲痛な叫びが発令所を貫く。

 

 

いいか悪いか別として、それで反射的に再スタートがかかる。これで使徒迎撃もやらねばならぬとは・・・確実に死んだ!と死ぬ気でやってほんとに死んじゃうパターンだ。骨くらいは拾ってもらえるだろうが。

「数は・・・1,2,3,4・・・まだ増えます!!」

おまけに、単体ではないと。

 

それとも、これは激務から来る、ふと見えてしまった悪夢、悪いとはいえ、夢!現実ではないのではないかと、ほんとに儚いことを考える者もいた。

すぐさま各方面からもたらされる観測情報でそれは粉砕、固定事実化される。

 

 

しかし・・・・・・・使徒は・・・・・パターン青で、使徒とされた

沼地に立つ巨大な影・・・・・・・・・<それら>は

 

中央のモニタに映されたそれらは・・・・発令所の人間を嘲笑しているかの

まさしく、悪夢そのもの。「なんで・・・・・・」葛城ミサトが、あれだけ使徒を憎みに憎んでいる好戦的な作戦部長が、気後れしている。

実は異界に通じていた沼の底から這い出してきたように、突如、現れたそれらを・・・知っていた。異形の姿。わずかにフォルムが違うような気もするが、

 

 

あれらは・・・・・

 

 

「“SUPERロボ”・・・・・・」

 

「“マッドダイアモンド”・・・」

 

 

はじめから“なかったこと”にされた、あの「第二東京」の決闘。MJ-301とかいった脅迫軍団のロボットが、闇の中に立っている。機械の体のあちこちに粘菌のようなねば糸を光らせながら。「おいおい・・・あいつらにも食わせたのかよ」明暗の呟きは誰にも届かない。聞くものを慄然とさせずにおかぬ黒い呟き。

 

「・・・あそこにいやがるな・・・」ざわざわざわざああああ・・・・・っ。

参号機から抑えられずに弾けた闘気が周囲の兵装ビルにヒビを走らす。

 

 

「“先攻者”・・・・・・」

 

「“地底の鉄管より朝は手をあげる”・・・」

 

「“人影のない戦場”・・・・」

 

「“殺人光線”(ヴァニッシング・シャドウ)・・・・」

 

「“あやかし”・・・・・・」

 

 

次々にマギにより使徒認識されていく巨大ロボたち。皆、粘菌の様なねば糸を機体のあちこちに光らせている。「あれが使徒の本体ってところかしらね・・」機体には見覚えがある赤木リツコ博士が氷でも吹くように言う。「面倒なことになったわね・・・ぶざまな話だけれど」

 

 

「なんで・・・・“大学天則”・・・・・・・“オリビア”まで?!」

なんで葛城ミサトが疑問調なのかは第二東京出張組にしかわからない。

一瞬だけ綾波レイのことを考えるが、すぐに思考は戦闘戦術方向へ。

 

使徒の出現はまだ続くようで・・・・「なんだこの大きさは・・・・!人型でもない、これはっ!」半分べそをかいたような報告に、ぴん、とくる。外れてほしいその予感。「まさか・・・・・・・」そのまさかである。

 

 

「・・・・・・“クトゥルーフ”・・・・・ロボットじゃないじゃないよ!!」

 

MJ-301旗艦、クトゥルーフ。真・JAとエリックの騎馬コンビの攻撃にまきぞえくらった形でやられたドン亀なやつだが、こうやって陸上に出現されてみると、シャレにならん圧迫感がある。おまけに軍艦なみの、いやさそれ以上の砲撃能力がある・・・基本的に小地域制圧用のロボットたちとは喧嘩の勝手が違う。鈍重さにつけこんで運行中にやってしまうしかない。のだが、こうやって突如出現されてしまえば・・・・・・先手で砲撃しようにも、現地には・・・まだ。

 

 

使徒がなぜ、どういう基準でこいつらを選んだのかは分からない。そもそもロボットという括りはないのかもしれない。

 

これでまだ・・・・・時田氏の真・JAや電気騎士団のエリック、URUURU、レプレツェンまで敵に、いや、使徒になっていたら・・・オリビア、大学天則まで侵されているあたり・・・・・・レプレツェンやエリックならまだしも・・あの2体まで相手にせねばならぬとしたら・・・・奥歯をかみ締める葛城ミサトだが、それ以上の報告はない。クトゥルーフで打ち止めらしい。・・・計10体。多いとも、無論、少ないとも、いえない。震えながら。

 

 

これでヨッドメロンまで出てこられた日には・・・・まんまあの時の再現だ。

 

 

「どうにも因果なもんだよな・・・葛城の姉貴」明暗からの通信に苦笑するしかない葛城ミサト。どう因果なのか、その意味を、その真実を取り違えたまま。

 

 

使徒バルディエル・・・・・・最強という幻想の冠をもち、最も殲滅しにくいしぶとさにかけては天下一品の使徒。今すぐそこに駆けつけて首をはねてやる。

そうすれば・・・オレたちは、ようやく道を終えることができる。

 

 

「明暗!」葛城ミサトの命令を受けて参号機の目が光る。たとえ世界的になかったことにされようと、その指示だしは確かに覚えている。

ああ、ことごとく、か。

なんと気分のいい命令もあったもんだ。黒羅羅・明暗は笑っている。

夜闇の中、参号機も顎部装甲を揺らして笑っている。

 

「もとの機能をある程度保持しているなら・・・クトゥルーフを先に潰して!遠距離無差別砲撃なんぞされたらたまったもんじゃないわ」

 

「そうだな、Sの字とフランス製もやべえかもしれねえな。任せときな、一発だってこの街にゃ撃たせてやらねえよ・・・鉾にだってかすらせねえ、作戦顧問のじいさんたちにもな」

 

「ごめん・・・お願い」

 

「よしなって。相手は使徒だろ。オレ達の仕事だぜ・・・じゃ、いくぜ」

これでさらば。この都市に戻ってくることもあるまい。風のごとく。

 

 

事実、参号機が駆け出したのち、第三新東京市に明暗が戻ってくることはなかった。

 

瞬斬

立ちふさがるロボット使徒をエヴァ参号機でバラバラに粉砕していく。

 

マッドダイアモンド、先攻者、人影のない戦場が、いきなり脱落。土に還る。

速度優先で一直線にクトゥルーフへ。悪い予想通り、読み通りに砲撃をおっぱじめようとしていた悪玉使徒操り戦艦の砲塔を伸ばした足でねこそぎ蹴り飛ばし、伸ばした腕で残さず殴り飛ばす。阿修羅鬼神もこれを避けるほどの戦ぶりに使徒ロボたちも恐れをなしたのか、手がだせない。

 

 

「強凄い・・・・・・・・・・」としか言いようがない。この戦闘スキルははっきりいって初号機、零号機、弐号機が束になってもかなうまい。全身の動き全てが破壊に通じて破砕に導かれる。戦闘というよりは超高速である種のパズルを解いているようでもある。終わると相手は立体であることをやめてしまう。

格闘戦最強、の呼び名は伊達でもなんでもない。ユイ初号機すらも凌駕する。

 

 

そして、いとも簡単に、クトゥルーフを、戦艦クラスの巨大物体を、

四散させる。奥義の名を叫ぶこともなく。幸い、爆発はしなかったけれど・・・

 

現地に調査隊が残っていることなどすっかり忘れておるんじゃあるまいか。

明暗の奴・・・入神の域にあるというか、あまりの技の見事さに見蕩れていたけれど、ちとまずい。しばし自分の仕事を忘れていた葛城ミサト。じ、自分だけじゃないし。ほかにもけっこういるし。リツコなんかは例外として。いまのうちだ。

 

「あー、野散須さん、生きてます?現場はちょっと凄いとおもいますが」

 

「おっと。通じるようになったかの。にしても、ちょっと、はなかろう。控えめにいいすぎじゃの。一応、全員生きておるよ。怪我もなくな。こうなった以上現場からは引かせてもらうがかまわんかの」

 

「ったりめーですよ!!とっとと逃げてください。参号機気合が入ってますから。破片とかに潰されないうちに、早く戻ってきてくださいよ!」

 

声には力がある。ピンチの後にチャンス、ではないが、状況はもともと悪かったからさらに悪くなることだけはなかった、ということか。まさに参号機万歳、明暗さまさまだ。いくらロボット使徒相手とはいえ、強すぎる。さすがにあの数はちょっと肝が冷えたけど、ぜんぜん問題じゃないじゃないの。

 

 

「それがの・・・・」歯切れが悪い野散須親父の声。

 

「どうしたんですか」なにかあるのか。もしかして、親父も使徒菌に侵されてしまったとかいうんじゃ・・・

 

「本部にはもどれん。戻らん方があとで都合がいい、ようなことになってのう」

 

「なんですかそりゃ!?ふざけてないで仕事してくださいよ。手伝ってもらいたいことが山積みなんですから」

てめえだけなまけるつもりか、そんなのは許さない。

 

「シンジ少年がやりたかったことがわかったような気がしてな・・・・まあ、年寄りの寝言かもしれんが。実を言えばそろそろ夜も遅くなってわしも疲れての、なじみの寺で一休みさせてもらう」

 

「はあっ!?いい加減にしやがれこのハ・・・・・」

まなじりをつりあげて科学の砦の住人とは思えぬ身体的特徴に関する原始的呪詛を浴びせようとしていた葛城ミサトだが、それはすんでのところで止まる。

 

良識の故でも相手の仕返しを恐れたわけでもない。口が、言葉が凍ったのだ。

その目は中央モニターを凝視。そこに映された<あるもの>を見つめて。

動きが止まる。体内の時間が停まる。めまぐるしく情報を取り込んで処理していた脳みそが、固まる。「葛城三佐!JA連合、時田氏から通信です!葛城三佐!」

そんなのも耳に入らない。野散須調査隊も本部とは反対方向に移動している。時間がひどくゆっくり流れ出す・・・・

 

 

踏み入れてはならない領域

キーン、と耳鳴りがはじまる。目にする映像は、参号機が地底の鉄管〜とSUPERを蹴り飛ばして、地底〜を完全破壊、SUPERを半壊させてモードチェンジに追い込んだその後、四散させたクトゥルーフの中から、ひとつの機体の首を引っ掴んで引きずり出したところ・・・・・予定調和ではあったのだ、その存在も予測できた。

 

 

ヨッドメロン

 

 

使徒反応はなんのことはない、クトゥルーフの内部にいたこれから発せられていたのだろう。フォルムはそのままだが、パイロットを失ったそれは、腹部と頭部の目玉を、メジュ・ギペールの目玉を嵌めていなかった。能力の源を。だから、ずいぶんとたるんでみえたし、脅威は感じなかった。「あれは・・・」リツコ博士も噂には聞いていてもその姿まで知りはしない。あくまで能力の増幅器であり、肝心のパイロット、ジャムジャムさえ乗っていなければ、あんなものは・・・

アバドンに回収されていったはずのあれが・・・・おいおい、ものすげえ大チョンボだ。

 

 

だけれど

 

 

SUPERロボがまだトドメをさされておらず、モードチェンジを終わらそうとしている。すきだらけのその状態を見逃して、なぜ、いつまでもヨッドメロンの・・・虚となった眼窩をみている?・・・・・首を握り締めたまま

参号機、明暗ほどの戦い上手が、自ら隙を敵に無防備な背を向けて見せて

 

 

なにかを、待っているようでもあり、

 

無人の機体に語りかけているようでも、ある。レイがあんなことになった原因でもあるこの機体に、恨み言・・・でもあるまい。

 

 

まさか、あの中に、ヨッドメロンの中に、使徒が、ロボットどもを侵した本体が潜んでいるとしたら・・・

 

 

「明暗!離れなさい!!」

葛城ミサトのその命令と、ヨッドメロンの何もない、何もないはずの眼窩が光り、ギルロリと目玉が生まれ出てくるのとはほぼ同時。ジャムジャムの時は緑だった瞳は金色。人を惑わせずにはおかない悪意を秘めた金色。

 

 

その金の光が自らの首を絞めている参号機を照らし出す・・・・四色。

 

 

黒、白、朱色、そして、青。奇怪なことに首を絞めている参号機のほうが本性を現すことを強制された妖物のごとく、苦しみ始める。エヴァ参号機、機体のみが。パイロットの明暗は逆に静かに瞑目、眠るように落ち着き払っている。

 

 

「ど、どういうこと・・・・・」

兵器であるエヴァが苦しんでいるのにパイロットが平気というのは、その逆であるよりもはるかにいいわけだが、そのからくり上、理解に苦しむ。

 

「シンクロ率は変わらない。ロボットを叩き壊したときのまま、高いレベルのままよ・・・・」

赤木リツコ博士は無感情に返答する。いまさら思うが、この女、どうも基本的に心がここにはないのだ。肉体から抜け出てふらふらと第二支部のほうへ飛んでしまってるのだろう。捜し求めて。「・・・少し、上昇さえしているわね」

優秀な脳みそだけが地下で律儀に作動しているのだろう。

 

「じゃあ、なんであんな・・・・エヴァだけ苦しむのよ・・・あの光は」

葛城ミサトの問いに、まるで色合いの違う言葉が返ってくる。

やる気がないわけじゃない、と信じたい。科学者らしく冷静でいるのだと。

 

 

「そうね・・・まるで騙されていたことに気づいたみたいに、今までひそかに飲ませられていた毒がようやく効いてきたみたいに・・・・不思議ね」

 

それは科学じゃないんですけど。どっちかというと・・・・まあいいか。

勝手にリタイヤしやがった野散須親父よりはまだいい。

 

「苦しんでいるように見えても、機体にダメージがあるわけじゃないけど・・・明暗、大丈夫なの?」

 

 

声をかけた時。二つの閃光が中央モニタを灼いた。

ほんのわずかなことで、これこそは夢だと思いたいのだが・・・失明防止の光量カット機能発動で録画も意味がなく、瞬間の視覚記憶に頼るしかないのだが・・・・・ヨッドメロンの目玉から発射された金色の光線が・・・・参号機を頭から股まで、真っ二つに切り裂いてしまったように・・・・・見えた。照射の量が増大しただけのことかもしれないが・・・・確認するすべはない。間髪いれずに今度は本部上天に浮かぶ第二支部のあたりから夜をも一気に掃うような強烈な光が放たれた。

 

 

モニタが復活してみれば・・・・・参号機とヨッドメロンが姿を消している。

 

 

どこにもいない。

 

 

どの観測機器も二体の存在をとらえない。

参号機、黒羅羅明暗の生存を伝えてこない。消失、ロスト。

 

 

あれだけの強さを誇った参号機があっさりと・・・

 

しかし、ヨッドメロンも消えている。相打ちだったのか、それとも何らかの意図があってステルス装甲でも使用してトンズラこいたのか・・・ギルから裏の帰還指令でももらっていたか・・・・そうとでも考えないと、ぶっ倒れそうだ。

 

 

使徒ロボットがぜんぶ消えていればいいのだが、こいつらは残っている。

 

しばらくまごまごしていたが、ほかにやることもないし、とばかりに第三新東京市、つまりはこちらに進撃を開始してきた。当然のことながら一番遅い海戦用のあやかしなどでも、のたくるわりにはけっこうな速度を出してくる。一番足がはやいのが、大学天則と便乗しているオリビア。次がモードチェンジしてSPAWNロボとなった元・SUPERロボ。この期に及んでパターン青から白旗ふって「僕たちはダマサレテタンデス、無実です、人間の敵じゃアリマッセン」てなことにはならんだろう・・・・・・迎撃するしかないのだが。動けるエヴァがありません。困る葛城ミサト。「これって現実よね・・・夢じゃないわよね・・・ちょっと、つねってもらえる?」リツコ博士に頼んだら思い切りビンタされた。なんでこんな反応だけスパルタンなんですか。いままでリリカルリツコだったくせに。怒る余裕も泣く元気もない。くそ、へし折れそうだ・・・・・

 

どいつもこいつも勝手なことばかりしやがって。と。そう思う自分もやはりどこかで勝手なことばかりやりやがってと歯噛みされているのだろう・・・そう考えると多少、慰められるような気も。そう、生きているということは痛みと辛さを感じることで、それを感じられるうちは生きていられる。

 

 

ああ、この地上の世界ってあんまりすばらしすぎて、だれからも理解してもらえないのね。人生というものを理解できる人間はいるんでしょうか。その一刻一刻を生きているそのときに?

 

 

って、「わが町」ソーントン・ワイルダーのお芝居のセリフにあるけれど。

この状況がすばらしいようにはちょっち思えないんだけんど・・・・

 

 

使徒ロボットがこんなに残っているということは、また「やられた」わけではないようだ・・・・それとも、こっちが泣いて天を仰いで頼むのを待ってるのか。

 

 

まだ夜は続く。唯一の希望さえどこかにかき消されて。エヴァだけは三体ちゃんとあるってのがまた・・・・苦しい。完全に神様の手のひらの上、ダンシング孫悟空状態。赤い瞳の禁じ手を用いる許可は何に求めるべきだろうか。

 

わたしたちは神様にいじめられています。悪魔さん、なんとかしてください。

 

そう、頼むべきだろうか。・・・・・・「そのくらいなら」時田氏に土下座でもなんでもしてやる。使える手はどんな手でも使う。だけど、レイはもう使えない。決めた。レイを使うくらいなら、副指令を監禁してしばいて拷問にかけてでもユイさんにご出馬願う。それで世界が歪もうと赤道がずれようと日本がインドになろうともかまわない。・・・・まだ、崩れてたまるか。もう後がない。

 

自分がここでぶっ倒れてしまえば、あとはもう。人類が滅亡するかどうかまでは分からないが、自分たちがやられたあとは残った連中がなんとかするだろう、守るべきものは蹂躙される。なんとか知恵を搾り出そうとする葛城ミサト。

 

 

「明暗だって、参号機だって、まだ死んだとは限らないでしょう!!」などと強引きわまる激を飛ばしながら。「消えただけだから!、また現れる可能性もある!!今夜はなんか出現率が高いし!それよりもあのロボ使徒をどうにかするわよ!仕事なんだけど仕事の邪魔!!」最後のあたりになるともうむちゃくちゃである。その分、皆の共感は高かった。“仕事なんだけどロボ使徒邪魔”、なんかその通りであった。「葛城さん・・・」オペレータ三羽烏が感動の涙を流していた。あまりの痛々しさに。赤木リツコ博士が無言でその肩を揉む。

 

ATフィールドさえ使えなきゃ、あんな奴らただのデクノボーよ!どうも操られてるだけで、“おそらく”ATフィールドは使ってこない!と、したらこっちの敵じゃないわ。武装要塞都市の実力みせてやる!ついでに機体を使徒なんかに乗っ取られた間抜けな戦自の方にも責任とらせてやる!」吼えて吼えて吼えまくり。まさに、張子の虎。ほとんど詐欺である。だけどまだ沈むわけにはいかない。そんな葛城ミサトにいいにくそうにオペレータが

 

 

「葛城三佐、JA連合の時田氏からですが・・・いい加減にしないと直接おしかけるそうです・・・」そういえば完全に忘れていた時田氏通信。

 

「そう、つないで」と答える前に

 

「葛城三佐、ギルのマイスター・カウフマンから通信が」

 

「え?ドイツ支部を通さずに、直接・・・?つないで」ということでそちらを優先。結局、いろいろ話したいことがあったのにさんざん待たされた時田氏はシビレを切らして第二東京はJA連合本部から真・JAと電気騎士エリック、レプレツェンまで積んだ“ジェットクモラー2”で出撃した。見間違いようのない代物なので領空侵犯で撃墜されることはないだろうが・・・・

 

 

 

「・・・・・どんな話だったの」マイスター・カウフマンとの話が終わり、赤木リツコ博士に問われて、ずっと複雑な顔だった葛城ミサトは複雑な顔のまま

「いろいろと難しい話されたわ・・・でも、後弐号機を近くに潜伏させてたから、参号機がいなくなったのなら自由に使っていいってさ。・・・なんなのよ」

 

 

AVTh・・・“双奈落”・・・・実力は問題なし・・・・だけど」

 

「・・・まあね。なにかあるでしょう。でも有難く力を貸していただきましょう。こっちはジリ貧なわけだし。今が貸し時。大貸しにされるか、そのまま占領されちゃうか・・・あの岩人間の考えることはよく分からないわ。あ、時田氏を待たせてたんだっけ。話し終わったから。つないでー」

 

「もう、切れました:」

 

「ふーん」

 

「直接、こちらへ来られるそうです」

 

「この状況で?相変わらずいい根性してるわね・・・・あー、ミサイル班に連絡。第二東京方面から困ったロボットを搭載してたりする未確認飛行物体が接近してきたら警告なしで撃墜してもいいです」

 

「ほんとにいいんですか」

 

「いいです」

 

目つきがあやしい葛城ミサト。そのままの勢いで「いくら天才つったって基本的には子供が設計したもんでしょーが!なんとか気合入れて解明すんのよ!!プロジェクト・D(ドルアーガ)よ!イシターの祝福はすぐそこだ!がんばれ!」鉾内部捜索班に発破をかける。被保護者の私物を分解せえ、というよく考えるとひどいお達しではあるが、命かかっているし。遠慮も手を抜いているわけではなく全力で真剣ではあるのだ。第二支部を誘導移動できる目処がたてばだいぶ事情も違ってくる。このまま直下にズドーンと落ちでもされた日には・・・・使徒以上の脅威なのだ。鉾が不可視の力で支えている、というのはカンだ。証明されることのない推理。だが、鉾は初号機から膨大な電力を供給されてなにやら動作していることだけは確かで、いやになるほど第二支部出現のプロセスと合致しているのだ。第二支部自体に浮上するなにかがあるのかもしれないが、それも確認しようがない。現地に届いているらしい碇シンジ・・には無理だろうし。

葛城ミサトの考えには2パターンあり、まずは羅針盤かわりに誘導の方法を探ろうというもの。それから、あの使徒の一群をまとめて始末した、放電兵器の外部発動方法を発見しようというもの。

 

むろん、後者は秘中の秘で、外部には無論のこと、気が狂ったように大反対するに決まっている赤木リツコ博士にも秘密である。

 

どちらにせよ、ほとんど魔術の域にあるまるきり知識の外にある素材で組まれた内蔵メカニズムからして異様で、解明にはまだ後者のほうが踏み込みやすそうであったが、天眼なる狙撃プログラムがなんとも難物で、大人しく口をあけるどころか針を千本吹き出して邪魔をしさえするという按配で機材がいくつも逆襲にあってつかいものにならなくされていた。赤木博士がその様子を横目で見ながら「ぶざまね」と言ったとか言わないとか。

 

とにかく、この悪魔の塔攻略班が成果を出すのと出さないのとでは思考の範囲がまったく違ってくる。住民の逃げる算段、タイミングまで計りながら作戦を練らねばならないのと、とりあえずその心配がないのとでは、頭の冴えがまるきりちがう。

 

その点を考えると野散須の親父、ほんとに逃げたんじゃなかろうな、と思わぬでもないが、家の奥さんをおいてけるもんか、とも思う。

 

シンジ君がやりたかったこと・・・・か。それはただ渚カヲルに会うことだけではないのか。あのハゲ親父に分かってわたしにわからんはずがない、と。

 

 

 

 

そんなことを考えていたら、携帯がかかってきたのだ。かかるはずのない直通携帯。心臓が、破れるほどに強く、鳴った。「はい葛城・・・」まさかと思った。

 

 

その相手が、ラングレーだった。

 

 

そして、今、目の前にいる。もういやになるほど、からっぽな明るい目をした

アスカが。

 

久々に見るような、その青い瞳は・・・・なんともいじらしいほどに真摯で。

 

 

この子にこの今のやばすぎる状況を説明せにゃあかんのか・・・

 

うう、へしおれたい。首くくりたい。とびおりたい。きえてなくなってしまいたい。うちはせかいいちふこうな29さいや。だれかかわってええ・・・・でもなあ・・・・・・これからも、この子の魔性とつきあっていかなくちゃならんのだよなあ・・・・この目覚めてしまった二重人格(セカンドチルドレン)と。対応するには自分の心を二つに裂いてもおそらく足りまい。

 

それでも。

 

「・・・やってもらいたいことはけっこうあるんだけど。とりあえずネバ糸ひいたロボットを片付けてもらえる?」