鋼鉄のガールフレンド事件アンコール
 
 
 
<いきなりの補足>
本文は、七つ目玉の十四話「第三新東京市立地球防衛オーケストラバンド」のおまけ「鋼鉄のガールフレンド事件」のそのまたおまけである「鋼鉄のガールフレンド事件コーラス」のおまけ・・・というともはやなにがなんだか分からないので「ふろく」ということにしておく。とにかく、いきなりこれを読んでもおそらくワケが分からないので、まずは先の三つを読んでおくことをおすすめする。
 
 

 
 
扉が開かない。というかいつの間に閉まっていたのか。いくらやる気がなくとも自分が入ってくる先ほどまでは確かに開いていた。それが音もせずに閉まり、扉に手をかけ力を入れても開かない。・・・・つまりは
 
 
とじこめられた
 
 
ということになる。文句を言おうにもそばには誰もいない。「そういえば・・・」
綾波レイは大まじめな顔で呟く。「2年X組なんてクラスはこの学校にはないはず」
これが推理小説であれば、これですべてのトリックは明かされて闇に潜んでいた犯人も暴き出されるくらいの理知的な横顔であったが、いかんせんそれが発動されるのが遅かった。
 
 
やばい、と思ったからそこに近寄らないことが一番良い。君子危うきに近寄らず。
日常的にそれではたち行かぬ生活を送っている綾波レイであるから仕方のない面もある。
どこかの特務機関のトップの一人息子のように毒蛇をくらう孔雀のごとくトラブルを好んでいるわけでもない。
 
 
「・・・・・」
 
総当たりコマンドがすべて外れた探偵よろしく無言で次の行動を考える綾波レイ。
取り乱しても不安になっても得なことは何一つなく。
どうもこれが通常の犯罪行為などとは違うことも見当がついている。どちらかといえば層である方が対応は容易いのであるが・・・・つまりは、人の仕業ではなくもしや使徒の・・・・だとしたら
 
 
てんてけてけてけ てんてけてけてけ
 
 
白皙の緊張感をすべて台無しにするかのような太鼓の音のする。これから祭り興業が始まるよと櫓から村中に知らせるような日本の農村的明るさ。生成されるのは状況のミスマッチによる不快感よりは安心感がなぜか勝る。それは遺伝子の働きなのか。音の方向に振り向くと・・・・チョーン、と桜の木の拍子木を打つ音が駆け抜け、無情の常世から有情の幕裏に切り替わる狭間に導き、それに気をとられた素の心のすぐそばを
 
 
 
そのとき、なぜか記憶のかけらがとおりすぎていった
 
 
 
・・・・・そこには
 
 
いくつかの机を寄せて組み合わせた土台の上に、いつぞや見た覚えのある特殊な「ひらくと立体が飛び出す本」の国技館(?)バージョン。それはすでに展開済みであり・・・なぜかそこだけやけに光が差している土俵があり・・・・おそらくは”力士”の入場を待ちわびている・・・・・・
 
 
「・・・・・・・」
 
 
ムダなあがきだとは思ったが、一応、右手と左手の人差し指を交差させて「×」マークをつくってみる綾波レイ。効果はない。土俵は厳然として存在し続ける。もう少し角度をつけて「+」のようにしてみるが、痛がる様子も苦しむ様子もなく平然として目の前に在り続ける。どちらかといえば魔性の正反対であるからやむなしか・・・そうなるとこちらの方が扱いに困るしタチが悪いともいえる。まあ、そんなことはよく分かっていることだが。
 
 
「だけど、今日は・・・」
 
 
その力士の持ち合わせなどない。というか、こんな展開は予想だにしていなかった。それを考えると未来視であることはかなり苦痛な生き様なのかもしれない。いや、未来視ならばこそこの苦労を避け得たとするならば。でも、肝心の力士がてもとになければ関わり合いにならなくてもいいのか・・・・。
 
 
「・・・・・・・・」
 
 
一応、念のため、ポケットなど身の回りをチェックする綾波レイ。なんのチェックかというと、何かの間違いや策略等で”てごろな力士”を携帯していたりしていないかというお調べである。自分の知らぬうちにポケットなどに入っており、あとから対戦相手に因縁つけられてなし崩しに関わり合いになってしまう・・・・よくあるパターンだ。クレバー王女・綾波レイともあろう者がそんなうっかり導入を経るわけにはいかない。別にこの現実の住処を捨て冒険の旅になど出たくないのだから。特に、ここで「伝説の力士モデル」なんかを所有していたら大変なことになる。確実に長々とした冒険の旅がはじまる。
冗談ではない。これで予定がないのなら一晩くらい付き合ってもいいが、まだ予定がある。
・・・・・厄介なトラブルに時間を食べられてしまう前に撤退すべきだろう。
 
 
太鼓と拍子木、あとはお囃子も聞こえてきた。始まる前にさっさと。四十八手ならぬここは三十六計だ。
 
 
うまいことに人目がない。人目があればそもそもこんなことになっていないわけだが、ポジティブシンキングというよりは不屈の闘志を胸に秘めている綾波レイは、そこそこ回復してきた精神力と体力と実行力にものをいわせてここからの脱出をはかることにした。
 
 
教室一部の破損もやむなし。
・・・・ここまで、携帯連絡や大声をあげたりしての救難を求めようとはひとつもしなかった綾波レイである。
 
 
破壊もやむなし。
教室の入り口に向かう赤い瞳が輝度を増していく・・・・・・
 
 
がらり
 
 
扉はあっさりと開いた。「えー、それではただいまから力士の入場です」というアナウンスとともに。