鋼鉄のガールフレンド事件アンコール
 
 
 
<いきなりの補足>
本文は、七つ目玉の十四話「第三新東京市立地球防衛オーケストラバンド」のおまけ「鋼鉄のガールフレンド事件」のそのまたおまけである「鋼鉄のガールフレンド事件コーラス」のおまけ・・・というともはやなにがなんだか分からないので「ふろく」ということにしておく。とにかく、いきなりこれを読んでもおそらくワケが分からないので、まずは先の三つを読んでおくことをおすすめする。
 
 

 
 
力士の入場というからには、ぬりかべのような肉の壁どもがのっしのっしと進んでくるのかと構えてしまったが、12人の「力士」たちは老若男女でとくにまわし姿というわけでもなく肉付きも豊かというよりは普通の者が多く、力士の言葉のイメージとは重ならない者が多い。しかしながら。
 
 
その眼光
 
 
己の力量に絶対の自信を持ち勝利を渇望する者だけに宿るしぶとく強靱な光はまごうことなくその呼称にふさわしかった。年若い(小学生くらいか)の少女でさえ外見はともかくたおやかな弱々しさなど微塵もなく。ただこの場には勝利のみを求めて現れたことを無言のうちに宣告する。
 
 
我は、最強を、証明する
此処に集いし我らは、己が最強を、証明する
此処に並びし他の汝、最強を、証明せよ
我は、汝の証明を、うっちゃり、押し出し、覆す・・・
 
 
これまで死闘をくぐり抜けてきた綾波レイの赤い瞳は即座に見抜いた
仁義、業界はことなれど・・・
 
 
彼らが、とんとん相撲のプロフェッショナルであることを。
それで金銭を稼いでいるかどうかは知らぬが、猛者中の猛者、強者中の強者と書いてそうルビをふる感じの百戦錬磨の、プロフェッショナルだと。
 
 
その中に見覚えのある者がいた。ハチマキをまいたタコ頭の仁王のごとき大男・・・確か、別府ドウゴとかいったか・・・・うわ、眼があってしまった・・・・・ニヤリと笑みを返された・・・”ここで再び見えることになろうとはな”・・・”相棒のあのペンギンがいないようだが”・・・”まあいい”・・・”取り組みを楽しみにしているぞ”・・・読心を使った覚えはないのだが、ハートにビンビン響く力士番付物語。ははは・・・
つい反射的に乾いた笑みをうかべてしまう綾波レイ。砂漠の花のように。
 
 
ギン
 
 
その笑みが傍目にはどのように映ったのか・・・12人のとんとん力士たちは鋭気を強めて己らよりもこの場に先着していた空色の髪をもつ少女を認めた。
 
 
倒すべき、強敵として(何人かは強敵、に”とも”とルビをふってそうなのが厄介だ)
 
 
・・・・まずい
 
 
ここは隠れて様子をみつつ、連中の入れ替わりにここを抜け出せばよかった。いつの間にか扉はまた閉まってしまっているし、こちらを認めた彼らはいまさらこちらの離脱を許しはしないだろう。ここでこの12人が何しようと、(とんとん相撲やるにきまっているが)こちらの知ったことではない好きにしてもらえばいいのだが・・・・自分に参加を強制してくるとなると話は違ってくる・・・・ここで碇シンジならば自分がやりたくないのに参加を免れそうにもない時はさっさと「あ、僕、行司役やります」などと立候補して「ついでに呼び出しもかねます。皆さんは取り組みに集中してください」さらに怒濤のどとーでたたみかけてそのままとんずらしたであろう。走る取的も追えぬ速度で。
 
 
しかし、綾波レイにそんな真似ができようはずもない。
 
逃げもせずにその鋭気と闘気を受け止めてしまう。よせばいいのに、足下からゴゴゴゴ・・・とただものではありませんよオーラを立ちのぼらせながら。これでいいわけも弁解も説明もせずに唇を凛々しく引き結んでいるのだから誰がどう見ても「かかってきなさい」状態であり寄れば斬られる臨戦態勢であった。
 
 
 
「そろったようだし、ぼちぼち始めるとするかね」
 
 
年経た女性の声がする。12人とは反対のそちらを向くと、これまたいつぞやの古本屋の店主の鼻眼鏡の魔女っぽい老婆がいた。悪人ではないが善人でもなさそうな面構え。
隣にウグイス色の法被きた女の子がにこにこして拍子木をかまえている。
どうも・・・この老婆店主がこの勧進元らしい・・・というか、ではないのか。
12人に気をとられすぎていたのか、まるでその登場と接近に気付かなかった。
仕切り役、主催者側の登場で12人の力士たちはこれから己の力が存分に奮えることに喜びの表情を浮かべる。あからさまな者もいれば分かりにくい者もいるがそろって間違いなく。彼らは闘うためにここにやってきたのだから。自慢の力士を擁して、ここに。
 
「・・・何を」
 
空気読めないこのセリフも別にあっさり背後をとられて、もうこの世のすべてを感じてやるものかとやけになっているわけではない。この場の空気を拡散しようと険悪になろうとかまわない。ただ何も分からず流れに巻き込まれるような綾波レイではなかった。
闘う理由もないし。どうしても今とんとん相撲やりたいわけでもないし、時間ないし。
 
 
「箱根代表さんよお、一番乗り果たした気合いっぷりでそりゃねえだろう?干支じゃねえんだから早いモン勝ちってわけじゃ・・・ねえんだぜ?」
 
答えたのは老婆店主ではなく、しかも明らかに誤解しているふうの求めている答えとはまるきりかけ離れていることを暑苦しく、ナリも黒革製品を上下使用で暑苦しい若い男。
顔の善し悪しはこの際関係なくどうでもよい。グラサンなどしているし。問題なのは腰のホルダーにおさめてある黒いとんとん力士・・・EVANGERLION SERIESの参号機・・・鈍重さなど微塵もないはずの参号機にしては・・・重たい印象を受ける。
ちなみに、EVANGERLION SERIES・・・というのは、よく見るとEとLの間にRがはいっている食玩である。お菓子にふろくというかおまけというか人形がついているわけであるが、この人形を用いてのとんとん相撲が流行っているのだそうだ。まだ下火になっていなかったのは驚愕に値するが。いや、下火になったからこそこんなところでこの限定人数で行われるのかもしれない。・・・・・・しかし、「箱根代表」と言ったのかこの男。
 
 
「横綱になるのは、この伊東代表、鳩屋ヨイフロウなんだからよ。フフ・・・この鉛入りサンドイッチアーマーで覆われたEVANGERLION参号機は無敵だぜ!!・・・ところで勧進元のばあさん、あの国技館本の呼び出し受けた場所で優勝した奴の望みがなんでも叶うってのは本当なんだろうな?」
 
しかし、つかみの説明役としてはかなり優秀なのかもしれない。自分の手まで明かしてくれるのはとにかく、この男が何を望んでいるのかこの場にいる全員が分かってしまった。
 
「・・・べつにうちが勧進元ってわけじゃないんだけどね。どちらかというとこちらのウグイスの方が近いかねえ・・・そう呼びたかったら構わないけどさ、・・・それから・・・あー、自分の名前を変えたいくらいの願いならアンタ、別にこれに頼らなくとも自力で叶えられるんじゃないのかい」
 
「な!!なんで・・・・何で分かったんだ・・・・!!ばあさん、やっぱりタダ者じゃねえな・・・」
「ま、見てのとおり歳は食ってるからねえ・・・・」
 
呼称はともかく、この場所の仕切り役がこの老婆であるのは間違いないらしい。皆分かったこの男の密やかな願望をあえて指摘してくれた。好戦的な人間の方が多いのだろうから、ここに早速塩を振りかけ擦り込まない理由もないが、綾波レイのようにそれを目撃したくない人間もいる。
 
「いや別に名前変えるだけならそりゃかまわねえんだろうけど、つけたオヤジとオフクロの気持ちってもんがあるからな、そのあたりがムツカシイんだよ。旅館を継ぐのもいいんだけどこればっかりはなあ・・・とにかく、願いが叶うんだな!?この全国区の面子で疑うわけじゃねえんだが、怪しい宗教の勧誘とかじゃねえんだろうな!!」
鳩が吠えた。
 
「サインして返送してもらった案内状の通りだよ。若いの、アンタもこの”土俵”にあがったことのある人間だ。分かるだろう・・・真偽のほどは。宗教?ちゃんちゃらおかしいねえ・・・・とんとん相撲はとんとん相撲さ。なれど、紙にして神の業。信じられないなら、ただ最強位を求めてやって来たことにでもすればいいさ。そんな楽しみ方もあるさ」
が、やはり豆鉄砲ほどの威力しかない。それを包んで餅にして食べるのは民話の鬼婆だったか寺の住職だったか。隣でウグイス色の法被の少女がにこにこ立っている。この12人のうち、誰が願いを宿し、誰があまりそんなことを考えずただとんとん相撲しにきたのか承知してますよ、という意を含んだ笑顔。
 
 
 
それにしても・・・・・案内状、などと。そんなものは自分はもらっていない。
 
どんな内容なのか知らないが、こちらのことを血気盛んで思考力とカルシウムが足りてなさそうな男がいきなり「箱根代表」などと呼んでいたあたり・・・・油断がならない。
しかも、サインして返送などと・・・わりあいに事務的である。だいたいその手の謎の招待状やら案内状は一方的に不安と興味をかき立てるだけのことしか書いてないものだが。
綾波レイは内心ですこし考えてみるが、覚えはない。そんな怪しい書面が自分に届くことがそもそもあり得ないのだが。交通費なども同封されて「ぜひおこしください」などあればまず起こるのが殺人事件復讐系。探偵が謎を解くまでゾロゾロ皆殺しになるわけだが、そんなのはクレバーではない。つい反応してしまったが、一刻も早くここを離れねば。
ターゲッティングはされているみたいだが、今ならまだ事情を話せば理解してもらえるかもしれない。趣味ではなく利益がらみの話なら競争相手は少ない方がよかろうし。その点、親しいわけではないが、一度見知った人間がいるというのは心強い。「あの・・・」
 
 
「そうそう、早く始めましょう。時は宝石。こちらは遠方から来たのだから勝利して地元に戻って願いが叶う時間がそれだけ遅れるの」
無視されたわけではないのだろう、参加者としてはもっともな意見を述べたのは赤い制服のツインテール女子高生。使用力士は左肩にマントを着せたEVANGERLION 弐号機(なぜか頭部は銀のカラーリングにしてある)・・・・こちらもなんらかの細工をしてあるのは間違いない。
 
 
「そうだな。ここまできて問答は無用!互いの力士でもって存分に力を比べようではないか!がはははは!」
そこに大声で合意するのは別府ドウゴ。他の者たちも力をこめて頷く。なにせ好き者どもが集まっているのだろうから。もしくは自力ではなく怪しげな力でもって遠隔婉曲にかなえてもらわないとならない願いがある者が。自分はそのどちらでもない。分かっててやっているのか、こちらの引く機を潰されたようで鼻白む綾波レイ。いやいや、自分はなんせ”力士をもっていない”のだ。これでは取り組みにならない。これは間違いないところで、”巻き込まれようがない”のだ。慌てることはない。自分についても案内状に誤植でもあったのだろう、それを主催者側の老婆に伝えればすむ話だ・・・・盛り上がってきた空気をかき回すこともない、これが冷静な対応というもの・・・後夜祭まで一分一秒を争うわけでもない、スルーする分にはまだ余裕はある。急がばまわれ、だ。踏切は一時停止。赤信号、みんなで渡っても自分は待つ。体育館ステージに直接時間ギリギリで登場した碇君のようにだけはならない。あんなことにはなるわけにはいかない・・・・
 
 
「綾波関」
 
声をかけられた。しかも「関づけ」。ええんかいなと思いつ見るとウグイス法被の少女だった。向こうはこっちの名を知っているが、こっちは知らない。しかしこの目の色はどこかで・・・
 
 
「お部屋の方は少し遅れて来られるそうです。太刀を持っていくので、ということでしたが・・・」
 
おまけに何を言われているのかさっぱり分からない。謎かけや意地悪されているわけではなく、ウグイス法被の少女はそれでおわかりですね、という顔をしている。もとの伝達内容がそのようなものであったのだろう。分かりにくいうえに、厄介な誤解のタネをはらんでもいる。太刀持ちといえば・・・「んだあ?箱根代表はもう横綱気取りかよ」伊東の鳩男が分かりやすく説明してくれていたのでこれでよし。考えるべきは他にある。
 
 
”お部屋の方”というのが誰のことなのか、さっぱり見当がつかない。
持ってくる”太刀”というのも・・・なんのことなのか。本物ならば銃刀法違反だ。
 
 
・・・・だめだ。こんなところで深入りしては。人違いでもなんでもいい、ここは通り過ぎるのみ。こちらとそちらは違う世界の住民なのだと、明言してやるべきだ。
 
 
「分かりました。そういうことでしたら・・・わたしには、使用する力士がおりませんので休場させてもらいます」
 
 
さ、これで話はついた、と綾波レイが思ったのも無理はなかった。が、現状認識が甘かった。ここが「どこ」なのか、そんなことは先ほどから思い知っているはずなのに。あまりに無防備な物言いであった。謎を解かずに推理小説は終わらぬように、目の前の相手を倒しにやってきた勝負師たちにいきなり弱みをさらした世間知らずの美少女がこの先どうなるかなど・・・・古今東西南北必敗、分かりきっている。そう
 
 
12人は声をそろえて綾波レイに言うのだ。
 
 
「「「ここで買えばいい。ここは駄菓子屋だし」」」
 
 
惣流アスカならば、完全にギャフン、と言っていたところであった。